「オメガが魔女、少々似合いません」
「はは‥‥ありがとヘカテー」
「いいじゃん、ヘカテーが犬耳なら♪」
清秋祭、その準備期間の放課後、いつものメンバーで寄り道。
最近オープンした、『デカ盛り天国』である。
「坂井君、今からでもロミオ、やりませんか?」
ふと、パフェデカ盛りを切り崩しながら悠二に自分のパートナー役を勧める吉田。
「う〜ん。僕より佐藤の方が似合うと思うんだけど」
一応『美』をつけてもいい佐藤の方が適役だと思う悠二である。
「冗談やめろよ。うちのクラスでお前押し退けてロミオなんてやった日にゃどんな目で見られるか」
そんな悠二に、うんざりしたように言うラーメンデカ盛りを食べる佐藤。
ヘカテーや吉田はもちろん、他の女子の悠二の評価も、何故だか佐藤より高い。あのファニーフェイスで。
元々持っていた不思議な安心感と、最近出てきた、日常とは全く違う所で培われてきた貫禄のせいだろう(無論、存在の力が扱えるようになった、というだけの事ではない)。
「悠二がロミオをやるなら私もジュリエットをやります。吉田一美は魔女がお似合いです」
さりげなく進言するヘカテー。先ほどの緒方へのフォローも、どちらかと言えば『魔女は吉田に似合う』を言いたかったものらしい(緒方と一緒にケーキデカ盛りを食べている)。
「ダーメ! ヘカテーは犬耳! 私もロミオ譲らないからトトやって!」
と、アイスデカ盛りを食べる平井。
これがもう何度も繰り返されている流れである。
まあ、もう衣装作りも始めているから不毛な議論であるのだが。
「まあ、これで良かったんじゃないか。ロミオとか、やっぱり照れ臭いし、平井ちゃんが適役だろ。女子の配役は問題無いし」
と、カツ丼デカ盛りを食べながら、"緒方の気も知らず"に、自分がもしロミオになった時の照れ臭さからそんな事を言う田中。
"自分達の配役"にややの不満の残る緒方が恨めしげに田中を見る。
「ま、シャナのドロシーも適役だしね。小っさいし痛っ!」
「うるさいうるさいうるさい! 烏に言われたくない」
シャナはそう言うが、実際、悠二の言う通りドロシーは適役だと思われる(デカ盛りパフェ二杯目に突入している)。
「‥‥‥‥‥‥」
この細っこい体のどこに入るのか、という至極真っ当な疑問を抱き、その片手で抱えられそうな腰を見る悠二。
「‥‥どこ見てんのよ?」
当然のように睨まれ、視線を外す。
ただ、シャナも随分と日常に馴染んだな、と思う。もう教師いじめ(無自覚)もかなりソフトだし、こういう場所に皆でいても、もう全く違和感がない。
「今度は‥‥‥」
パフェ二杯目をたいらげ、またメニューを見るシャナ。
いい加減食べ過ぎである。
「ふー! 食った食った!」
「はは、シャナちゃんが一番食べてたけどね」
「ヘカテー晩ご飯、食べられる?」
「大、丈夫です」
「ヘカテー、オガちゃんと半分こだったのにね」
「そんなんだからちびっこなんだよ」
「だ、黙りなさ‥‥くぅ‥‥」
「まあ、ヘカテー消化も早いし」
「あんま、気やすく食べに行けないな、あそこ」
一同帰宅。
佐藤はこのまま帰ってから平井に渡された資料整理が待っている。
ちなみに、それを後から平井が"密かに"再点検しているから実質役に立ってはいない。佐藤の適性を判断するためのテストの一環なのだが、まだまだらしい。
その道中、道に変なのを見つける。
大量の布生地を所持したメイド、ヴィルヘルミナ・カルメルである。
「‥‥何やってんですか、カルメルさん?」
「あなた方の行う清秋祭という祭りに、衣装が必要だとメリヒムに聞いたのであります」
その言葉に、あちゃーと頭を抱える同居人たる平井ゆかり。
教えるとまた妙な行動をとると思って黙っていたのだが、シャナ->メリヒム->ヴィルヘルミナの経緯で伝わってしまったらしい。
「任せるであります」
それを知った結果がこれである。
何をどう勘違いしたのか、一人で全員分の衣装を作るつもりらしい。
両手に下げられた大量の生地が彼女のやる気のほどを表している。
「ヴィ、ヴィルヘルミナ。皆でやる、お祭りだから」
意外にもしっかりわかっているシャナがフォロー。
「へえ、シャナも大分わかってきたな」
悠二がシャナを褒め、何か久しぶり、いや、悠二からは初めての褒め言葉に、ふふんと鼻高々になるシャナ。
「ティア、そういう時はちゃんと止めてくれないと!」
「給仕暴走」
そう言う平井。しばらく前からティアマトーの事を"ティア"などと呼んで妙に仲が良い。
何があったのやら。
「では、この生地は一体どうすれば‥‥」
満ち満ちていたやる気を削がれ、そのやる気の象徴のやり場に困るヴィルヘルミナ。
生地は巻きの単位で多種類購入されている。元々一年二組だけで使い切れるような量ではない。
「あ、あの‥‥」
怪しさ爆発のメイドに、控えめに挙手する緒方。
「それいらないんだったら、他のクラスで足りない子とか知ってるんですけど‥‥‥」
こうして、ヴィルヘルミナのズレた行動が、御崎高校清秋祭に大いに貢献する事になったのであった。
「‥‥むむ」
夜中、何やら話し声が聞こえて目を覚ます。
平井ゆかりがまだ起きているのだろうか。
ただでさえ鍛練や外界宿(アウトロー)の書類整理などで忙しいだろうに、明日も学校があるというのに夜更かしして、感心しない。
少し注意しておこうか。
(?)
寝る前に机の上に置いておいたはずのティアマトーがいない。
(変でありますな)
「「あはははは!」」
リビングから聞こえてくる笑い声、二つ。
廊下に出て、恐る恐る聞き耳を立ててみる。
微かにアルコールの香りがする。
「それでね? ティアね? 部屋の窓から外にポーンって投げ捨てられたの!」
「うーん、気持ちはわかるけど投げ捨てるのはダメだね♪ カルメルさん」
「でね? ティアね? シャナが帰ってくるまでずっと外にほったらかしにされたの。もう寒くなってきたのにひどい仕打ちなのよ!」
「うんうん。ティア頑張ってるよ。実際ヘッドドレスって大変だもんね」
「わかる? わかる? ティアもマルコシアスみたいにある程度動けたら嬉しいな!」
「ねっ、それでさ、カルメルさんその時どんな感じだった?」
「ふっふっふ、それはもう言葉では言い表わせないほどに‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥」
部屋に戻る。ベッドに横たわる。布団をかぶり、目を閉じる。
今日はなかなか愉快な夢を見ている。
さあ、夢の中でもう一度眠ろう。
清秋祭も迫り、今日は皆(と言っても希望者のみだが)放課後に留まらず、学校に泊まり掛けで準備をする許可が学校側から下りている。
学校に泊まるという非日常なイベントに心踊らせている生徒も少なくない。
悠二達のグループも泊まる気満々である。
「「♪」」
ゆカテーも当然ノリノリである。
この日のために、ヘカテーはクレープ作りも頑張って修得してきた。
そして今日は、『日常の中の非日常』を存分に楽しむつもりである。
夜遅くまで『大富豪』だ。
「‥‥‥‥‥‥」
一年二組の研究テーマ、『御崎市の歴史』。
坂井悠二は今、地図にある御崎市内の歴史的場所(と言っても大したものではない)に写真を貼りながら、少し、振り返る。
今まで、色々な事があった。
地図の、その色々な事があった場所を指でつつきながら、振り返る。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
中学の頃には考えられなかった、様々な体験をしてきた。
(‥‥当たり前か)
ふと、笑いが漏れる。
誰かに見られはしなかったかと周りを見渡すが、どうやら見られてはいなかったらしい。
(‥‥‥あれから、半年くらいしか経ってないんだよな)
ヘカテーと出会ってから、という事だ。
本当に、色々な事があった。
あまりに濃密な時間を共に過ごしたせいか、まだ半年程度の付き合いだという実感がまるでない。
もう、何年も一緒にいたかのように感じる。
(‥‥いや)
ヘカテーだけではない。
平井も、そして吉田や佐藤達とも、随分と重い、そして大切な時間を過ごしてきた。
(‥‥いつか、ここから旅立つ)
その大切さと、自分の未来を思い、少し強く拳を握る。
しかし、前のようなただの現実逃避とは違う。
大切な『今』を抱えて、その先を生きて行ける、覚悟、と呼べるほど大層な物ではないが、確かに自信のようなものがある。
「‥‥‥‥‥‥」
向こうの方でワイワイと騒ぐヘカテーと平井と、女子達に目をやる。
重苦しい感傷はやめよう、とすっぱり切り替える。
旅立つにしても、高校を卒業した後のつもりだ。
カムシンが言っていた『闘争の渦』の事もある。
平井に聞く所によると、『闘争の渦』とは、まるで不思議な運命のように徒やフレイムヘイズが引き寄せられ、いずれ大きな戦いを生む、恐るべき時の流れを持つ場所を指すらしい。
かつて、『大戦』の発端となった『オストローデ』がそうであり、不気味な事に、この御崎市には、その『オストローデ』と共通する『都喰らい』という要因がある。
正直、運命だの時の流れだの言われても眉唾物だが、実際かなりの頻度で徒やフレイムヘイズが現れているのは事実だ。
(それでも‥‥‥)
いつか旅立つ。
ヘカテーや平井と、ここから旅立つ。
その時、この街の大切さを、いつでも思い出せるように、
大切な今を、存分に楽しんでやる。
少年の心は、過去にすがりついていた時から変わり、今を大切に、未来を目指すものへと変わっていた。
(あとがき)
今回のティアマトー、やっちゃった感バリバリです。
気に入らない方もいらっしゃるかと思われますが、その時はヴィルヘルミナ的解釈でお願いします。
余談ですが、デカ盛り天国に池はいました。セリフどころか名前すら出てないだけです(素で忘れてた)。