今日は学校にお泊まり。
男子は教室の飾り付け、女子は仮装パレードの衣装作りが主な仕事だ。クレープ作りの段取りもしっかり立てなくてはならない。
だが、どちらかと言うと『間に合わない』からではなく、『楽しみたい』から皆学校に泊まるのだ。
一年二組のクレープ屋以外の出し物は『御崎市の歴史』、さして難しいものでもない。
「で? 坂井、お前結局誰が好きなんだよ?」
「いや、誰って言われても‥‥‥」
「坂井、実は僕はなぁ‥‥吉田さんが、好きなんだ‥‥‥」
「「「知ってた」」」
「えぇ!?」
寝る前に馬鹿話に興じる男子一同。当然ながら、男女別室である。
しかしまあ、例外もいる。
ガラッ トコトコトコ
男だらけの危険地帯。しかし一人の少女は一人の少年を目指してやってきた。
一年二組のマスコット、我らがヘカテーである。その手には、彼女が使うには大きすぎる、明らかに学校の貸し出しの物ではない寝袋を抱えている。
「ヘカテー、どうかした?」
何やら嫌な予感を感じながら訊く悠二。
「‥‥ん」
他の生徒もいるためか、少し恥ずかしそうに寝袋を悠二に差し出す。
「あ‥‥ありがとう」
少女の優しい心遣いに、少し驚きながらも礼を言う。
周りの男子は女の子に尽くされている悠二に嫉妬の念を送りながらも、可愛い仕草のヘカテーが見られて眼福といった所だ。
しかし、次のヘカテーの一言で、全てが凍りつく。
「‥‥この大きさなら、二人で入れます」
ビキン!!
「‥‥あ、あはははは‥‥‥‥」
もう笑うしかないという風に、悠二は笑う。
目の前で、いつもより密着して寝られる環境にその目を輝かせているヘカテー。
それを諫めようと下手な事を言えば、日頃ヘカテーと枕を共にしているという事をバラされかねない。そんな弱みを持つ自分。
そして周囲から溢れる殺気。
その全てを、もう笑うしかなかった。
「さ〜か〜い〜!」
「貴様高校生の分際でー!」
「吉田さんを誘惑しといてー!」
「弁解しないのは肯定って事かぁ!?」
「平井さんもたべたんだろーが、この鬼畜が!!」
このままではまずい。よし、この場には最初から坂井悠二はいなかった。
うん、それが真実だ。だからこんな騒動はありえない。
もはや自分の命が風前の灯火である事を悟った悠二、最後の手段をとろうとして‥‥
「封ぜ‥‥」
ガラッ!
突然開いたドアに、中断させられる。
「おー、いたいたヘカテー! 今日は一緒に寝よって言ったでしょ♪」
「しかし‥‥」
「逃がさんぞ? 我が愛しの抱きまくらちゃん♪」
他の者が何を言う暇もない。鮮やかな手並みでヘカテーを抱えて、教室を去る。
言わなくてもわかるだろう、平井ゆかりである。
「ひっ、平井さんとヘカテーちゃんの添い寝!?」
「‥‥萌える、いや、燃えるぜ!」
「な、なぁ、後で女子の教室、ちょっとだけ見に行かないか?」
「馬鹿! お前、ウチの四人娘の脅威を忘れたのか、明日の朝日が拝めなくなるぞ?」
平井が去りぎわに残していったビューティフル・ドリームが、男子達を支配し、罪人・坂井悠二の事はさらりと流れたらしい。
しかし‥‥
「‥‥‥‥‥‥‥」
悠二としては、少々複雑な心境だ。
"彼女達の事を何も知らないくせに"好き放題に騒ぐクラスメイト達に、憤りのような感情を抱かずにはいられなかった。
自分が誰よりも少女達に近しい存在であるにも関わらず、全く馬鹿なやきもちを妬く坂井悠二。
そんな彼を、
ポンポン
「ま、そうカリカリすんなって」
田中栄太が。
「何か、久しぶりにお前にかわいげってもんを感じたよ」
佐藤啓作が。
「まあ、良かったんじゃないか。結果的にお前の罪状は流れたんだし」
池速人が慰める(?)。
「っ!」
そこに至ってようやく悠二は、自分が無様な感情を面に出している事に気づいたのだった。
清秋祭も明日に控えた準備中、皆気分が高揚している。
仮装パレードに参加する悠二達も、"もしかしたら自分達のクラスから『ベスト仮装賞』が出るかも知れない"と期待している一年二組のクラスメイト達の高揚はさらに大きかった。
しかし、ここに一人、お祭り好きのはずなのに微妙なオーラを振りまいている男がいる。
佐藤啓作だ。
「マージョリーさん。来てくれないだろうなぁ」
これが理由である。
「‥‥‥‥‥‥」
一昔前なら同様な無念感を味わっていたであろう田中栄太はそれを聞いてやや複雑だ。
未だ、あの女傑への憧れはある。だがもう、調子良く"甘える"事など出来ようはずもない。
最近になって、ようやく自然に対応出来るようになったくらいなのである。
あくまで、"一般人"の範疇で。
「ミサゴ祭りにも来てたし、誘えば来るんじゃないのか?」
わりとよくマージョリーと喋る悠二が気楽に言う。
しかし、悠二の認識は"飲み友達"としての認識である。
「だって、最近それとなく清秋祭の事話してんだけど全然興味持ってくれないんだぞ?」
佐藤はもはや諦めモードである。というか、望み薄なのは初めからわかっていたのでこれは一種の愚痴のようなものだ。
(‥‥ふ、ん)
佐藤のそれが愚痴であるにも関わらず、悠二は何故か真剣に考えてみる。
佐藤の決意については平井やヘカテーから聞いている。一高校生にしては破格の熱意だと思う。
もう少し報われてもいいのではなかろうか?
(よし)
「佐藤、今日帰りに佐藤の家に寄っていいか? 僕からも説得してみる」
「‥‥お前が?」
「うん。ちょっと取り引き出来そうなネタがあるんだ」
悠二のその言葉に、佐藤がギョッとなる。
佐藤にとっての鬼門にして、マージョリーがこの街に留まっている最大の理由、"銀"の秘密を悠二が話すのかという考えが頭をよぎる。
あからさまに変わった佐藤の表情に苦笑しながら、悠二はそれを否定する。
「違う違う。"その事"とは別に取り引き出来そうって事」
「な、何だそうか。良かっ‥‥いや、良くないのか?」
マージョリーの立場を考え、自分の気持ちを思い、イエスともノーとも言えない佐藤。
(‥‥"銀"、か)
全く意図していなかったタイミングで思い出させられた言葉を、悠二は思う。
今のマージョリーは、復讐だけに生きているとも思えない。話しても、大丈夫かも知れない。
だが、自分にはまだ想像もつかないのだ。自分の全てを奪った相手への憎悪、数百年もの永い時をかけて追い掛けるほどの執着。
そして、その相手の全てが、幻のような存在、自分自身の心の鏡にすぎないと知った時、どんな感情を、どれほど抱くのか、想像もつかない。
安易な判断で教えられるような事ではない。
(まだ‥‥言うべきじゃない、かな)
そう思った。
「せーしゅーさい? どこの徒よそれ?」
放課後、全くいつも通りに飲んだくれ‥‥てはおらず、何やら果物ナイフやシェーカー、メモにグラスにアイスペールを並べてやたら真剣な顔をしている『弔詞の詠み手』マージョリー・ドー。
どうやらカクテルレシピを生み出そうとしているものらしい。
「徒じゃなくて、ウチの学校で生徒がやるカーニバル。佐藤から聞いたんでしょう?」
訪問者は坂井悠二。佐藤にはわけあって席を外してもらっている。
「あー‥‥、そういや何かそんな事言ってたような。それで? 酒は出んの?」
ようやく一つ出来た作品のグラスを悠二に差出しながら訊くマージョリー。味をみろという意思表示である。
「出るわけないだろ、高校生の祭りなんだから。んー‥‥もうちょっと甘くてもいいかも」
グラスを一口、全く当たり前の返答を返す悠二。
「んじゃ用無しね」
行く気を完全に無くし、悠二の助言を基に、カクテルに注ぐライムの量を調節し始める。
まあ、ここまでは大体予想していた反応である。
「ん? 何でぇ兄ちゃん?」
テーブルに乗せられていた神器『グリモア』を手にする。
そして、ある一ページ(裏ページ)に記された文に銀色の光をなぞらせ、"その時"の音声をそのまま写し取り、指先に小さな灯りを宿す。
そして、解放。
《私は花。愛に生きる花。愛し愛され、愛に散る花。
そこにいるのは誰? それは窓辺に咲く私を摘みに来た、愛の花娘。
ホールド・ミー! 連れてってプリーズ!
遠い遠い、永遠の果てまで!》
「‥‥何よ、今のポエム」
「さあ? 誰の声でしょうね?」
思いっきり顔を引きつらせるマージョリーに、悠二はもの凄いイイ笑顔ですっとぼける。
「‥‥マルコシアス、今のって‥‥」
「‥‥おめえが前にユージと飲んだ時に綴ったモンだよ、よりによっておめえ、この俺の神器『グリモア』に‥‥くぅ」
「嘘よ! 嘘嘘嘘! そんなポエムこの私が読むはずない! お願いマルコシアス! 嘘だと言ってぇー!!」
盛大に現実逃避するマージョリー。
「さて、僕は"まだ"何も聞いてませんけど。そういえばマージョリーさん?」
「‥‥‥はい」
「清秋祭、来てくれますよね?」
こうして、マージョリーは清秋祭へ行く事が決定したのだった。
清秋祭前夜。
ウキウキワクワクのヘカテー。
悠二のベッドの上で無意味に布団にグルグル巻きになったりモコモコと移動したりして遊んでいる。
居ても経ってもいられない様子である。
「‥‥‥‥‥‥」
そんな無邪気な少女を、椅子に座って眺める悠二。
何か‥‥悪戯心を刺激される。
モゾモゾ グルグル
「‥‥‥‥うりゃ!」
「ぴっ!?」
包まった掛け布団ごと、小動物をホールドしてみる。何か、ちょっと平井のテンションが移ったようだ。
変な叫び声を上げて、じたばたするヘカテー。
そんな少女に意地悪してホールドし続ける。
そのうちに、ぴょこんと布団の中からヘカテーが拗ねた膨れっ面を出し、今度は悠二を布団に包もうと襲い掛かる。
祭りが待ちきれないように、二人ははしゃぎ、じゃれ合う。
そして、清秋祭、始まる。
(あとがき)
日常編長くなりすぎると読む側もダレるかなぁと思いつつ、次からようやく清秋祭、バトルまでまだかかりそうです。