「ん〜、こんな感じかぁ」
仮装パレードを目前にし、一年二組のクラス代表メンバーは衣装に身を包む。
緒方真竹の魔女、元々背が高いスポーツ少女なだけにやはりアンバランスな感がある。
池の案山子、佐藤のブリキの木こり、田中のライオンは、田中のライオン以外は男子が作った『工作』のレベルの代物、田中の着ぐるみも女子が作った他に比すれば明らかに手抜きである。
「ん〜、やっぱりあの二人が適役かぁ」
自身の魔女の似合う似合わないは置いといて、吉田のジュリエット、シャナのドロシーに感嘆する緒方。
襟元や袖口に白いフリルのついた丈の短めな赤のワンピースと同色のリボンの装いのシャナドロシー。
薄紫を基調とした、レースやアクセサリーを程よく配したドレスに身を包む吉田ジュリエット。
まさに適役と言わざるを得ない、二人の外見を引き立たせる衣装だった。
(でも‥‥ねえ)
今回は少し、『インパクト』であちらに劣る、か。
「おお神よ。私達二人の手を結び合わせて下さい。
さすれば、恋を獲り喰らう死の困難にも、立ち向かって見せよう」
「キャー! ゆかりカッコいいー!!」
「ロミオ様ー!」
前代未聞、男装の平井ゆかり。
蒼と白で彩られた細身の王子服のロミオ。
髪型も、普段の触角頭(失礼)ではなく、首の真後ろでその長い髪を束ね、さらに、何やら華美ではないが、その刀身そのものに美しさを魅せる細剣を手にしている。
王子としてのカッコ良さ、身を飾る女の美しさ、それでいて平井ゆかり本人が元々持つ可愛さや明るさがある。
口にするまでもない、完璧だった。
ところであの細剣、まるで本物のように見えるが‥‥もちろん気のせいだろう。
「〜〜〜っ待ってましたー!!」
ロミオの演技をしていた平井が、待ち焦がれたものの登場にいきなり完全に素に戻る。
「‥‥‥‥‥‥」
ピコピコ
耳を動かす。
パタパタ
しっぽを動かす。
そこには、黒の、ぴったりとフィットした衣装に部分的に毛皮を纏う、たれ耳しっぽ付きの、水色の髪の子犬がいた。
「可愛い! ヘカテリーナ!」
ロミオが子犬のトト(ヘカテー)に抱きついて頬擦りする。
もう可愛いくてたまらないらしい。
かく言う自分も、もう辛抱出来そうにない。
『キャァアアアー!!』
平井、緒方をはじめとする女子全員(シャナ除き、吉田含む)が、愛らしさそのものの様な子犬をモフモフするのだった。
「よし、目標はでっかく、目指せグランプリ!」
『おう!』
いざ仮装パレード。
「‥‥‥で」
しかし、緒方が僅かに水を差す。
「坂井君‥‥その衣装何?」
「烏‥‥だって」
平井のロミオの衣装とは異なる趣きの盛装。
ただしその全身の装いは黒で統一され、両肩が漆黒の羽根で飾り付けられた、下手をすれば平井より派手な烏(カラス)の衣装。
これは‥‥
「これ烏じゃないじゃん! 烏伯爵、下手すれば魔王だよ!」
「いや、僕に言われても‥‥‥」
「誰これ作ったの!?」
てっきり悠二も着ぐるみだとばかり思っていた緒方が訊くが、こういう事をする人間は限られている。
「私だけど、何か問題ある? 緒方さん」
吉田一美である。
「いいじゃん。カッコいいし」
「‥‥‥ふわぁ」
吉田が作り、平井があっさり認め、ヘカテーが見惚れる。
「‥‥‥いや、何でもありません」
これにクレームをつける勇気は無かった。
御崎市の繁華街を、オフィス街を、商店街を、白雪姫、ピノキオ、オペラ座の怪人からアラジンまで、ピカピカの者からボロボロの者まで、混沌の様をむしろ誇る御崎高校仮装パレードが行軍する。
その中に、『オズの魔法使い』や『ロミオとジュリエット』も当然混じっている。
それも一際目立って。
「キャー! あの娘カッコいい!」
「いや、あれは可愛いんじゃないか?」
「うん、カッコいいし可愛い!」
「どっちだよ?」
「どっちもだよ!」
ロミオに扮した平井が、ただ歩く時は凛々しく微笑み、看板を掲げたりする場面では輝かんばかりの笑顔を振りまく。細剣をかざしてポーズまで決めている。
「あ‥‥あれ、何?」
「子犬だよ!」
「か‥‥可愛い!」
「あれ欲しー!」
水色の髪の子犬・トトに扮したヘカテーが、同じオズ組の一人の少年の常とは違う装い、そして今のお祭り気分から、耳やしっぽをパタパタと動かす。
「あの子、モデルみたいにピンシャンしてる」
「ジュリエットもすっごい綺麗」
「おいおい、噂よりずっと可愛いじゃん?」
吉田も、シャナも、当然のようにその可憐さが目立つ。
シャナも常の険が完全に消え、その貫禄はそのままに、見た目相応の可愛らしさがある。
吉田は元々こんなのは得意だ。営業スマイル全開である。無論、本当に楽しんでもいるのだが。
そして、意外な事に‥‥‥
「うわぁ、あれ配役何だろ?」
「ロミオは前の娘だもんなぁ」
「カッコいい‥‥」
「ね、ちょっと良くない?」
坂井悠二も注目を集めていた。
優しげな容貌、漂う静かな貫禄。その衣装の効果だろうか、押しの弱い少年には全く見えない。
が、無論これを一目で烏だと思う者などいない。
そんな一年二組の行進は、まるでパレードの中、そこだけ色が違うかのように華やかであった。
だが、
「私、違う意味で浮いてない?」
「安心しろオガちゃん。俺達三人がいる」
「池、お前大丈夫か?」
「はは‥‥何とか」
間近で比較対象になる者達には少々堪えた。
しかし、救いもある。
「マージョリー・ドーが来ています」
「えっ!?」
ヘカテーの促しに、見物人に混じって、長い金髪と、モデルも逃げ出す抜群のプロポーションの女傑を見つける。
仮装パレードの人間より下手をすれば目立っているマージョリー・ドー。
ややうんざりしたような顔が気になるが。
「「いぃよっしゃぁー!」」
俄然やる気を出す佐藤と、“つい”ノッてしまった田中。
そんな田中に、緒方は頬を僅かに膨らませる(やはり魔女のイメージにそぐわない)。
そうして仮装パレードは商店街、大通り、御崎市駅のコースを往復し、再び御崎高校に戻って来た。
ただでさえ清秋祭の実行委員としてこき使われ、準備の段階で半死体状態だった池に至っては、案山子である事を生かして悠二にひょいと持たれている(悠二はその行動がさらに周囲からの評価を上げている事には気づかない)。
そして、『ネバーランド(卒業したくない)』という意地の悪いジョークによってピーターパンに扮した生徒会長が、パレードの終了を告げる。
そして『クラス代表』達が、それに合わせて、
『っかれしたぁ!!』
解散した。
「シャナちゃん、凄い目立ってたよ!」
「一美、むちゃくちゃ綺麗だった」
「ゆかり絶対入賞はしてたよ! 間違いないね!」
「ああ、ヘカテーちゃん。もう一回抱かせて〜!」
「坂井、お前いい線行くんじゃね?」
「佐藤君、ジュースいるー?」
「メガネマンが倒れた!」
「オガちゃん。どーだった? 仮装デートは」
「田中ー、メガネマン運ぶの手伝ってくれ!」
一年二組の皆が、彼らのクラス代表を労う。
実際、予想通りというか平井、ヘカテー、シャナ、吉田の四人は他のクラスや学年、見物の商店街の人達にも目に見えて好評であり、悠二も本番に強いタイプなのか、不思議な魅力を振りまいていた。
皆、『ベスト仮装賞』への期待が高まる。
ちなみに『ベスト仮装賞』とは、パレード参加者の中から、男女十人の選抜を行うものである。
『仮装が似合う事』が表向きの判断基準になってはいるが、実質は、すでに廃止された『ミス御崎コンテスト』、通称ミスコンのムードが色濃く残っている。
要するに、可愛い女子、カッコいい男子が選ばれやすいという事だ。
自分達の楽しい祭りに、緒方が、田中が、佐藤が、吉田が、平井が、ヘカテーが、悠二が‥‥シャナが、笑っていた。
(あとがき)
展開遅いにも関わらず、あと一、二話ほのぼので行きそうです。
九章丸々日常編だったのになぁ。