「皆、楽しそうでしたね」
「ああ」
「そうでありますな」
パレードの見物人に混じって、明らかにおかしい三人。
正確には、明らかにおかしい二人と一緒にいる誇り高き主婦である。
シャナの晴れ姿を拝みに来たヴィルヘルミナ・カルメルとメリヒム、そしてそこでばったり会った坂井千草。
「話を聞く限りだとただ変装して歩くだけだったが、存外楽しそうだったな」
ちなみに、メリヒムは未だに『ヴィルヘルミナは俺のものだ』という主張を崩していない。好きだなどとは決して口にはしない(自身そう思っているかさえ疑問である)。
「あの子があれほどの笑顔を見せるのは久しぶりであります」
対するヴィルヘルミナの方は、そんな彼の態度を"可愛い"とさえ思う事が出来るようになっていた。
あの作戦から一ヶ月以上経ち、ようやくこの幸せに、この幸せに在る自分に、“地に足を着けた”、といった所か。
「ふふ、ヘカテーちゃんもゆかりちゃんも可愛いかったですよね。悠二のあれは、何かしら?」
「彼が持っていたプレートには、『烏(カラス)』とあったのであります」
坂井千草も、息子と娘同然の少女、そしてその二人と格別仲の良い少女の艶姿に満面の微笑み。
「なら、学校の方に行くぞ。祭り自体は学校であるらしいからな」
せっかちなメリヒムが、パレードの行進を見た商店街から学校への移動を促す。
まだシャナ達は往復しなければならないのに、全く気の早い骨だった。
(?)
ヴィルヘルミナは、いつになく自分の頭上が静かな事に、ほんの少しだけ違和感を覚えた。
「これで‥‥」
御崎高校一年二組の出し物はクレープ屋である。
パレードの終わった直後、一番客寄せをしやすい時間帯に、『クラス代表』のメンバーからクレープ屋担当が選ばれたのもある意味必然であった。
坂井悠二、近衛史菜、平井ゆかり、佐藤啓作である(男女二人ずつが原則だ)。
「どーだ!」
しかして、平井ゆかりの今までクラスメイトにさえ隠しておいた秘密兵器が炸裂する。
『キャァアアア!!』
丈のやや短い青紫のワンピース、その上に白いエプロン、首元に黄色いリボン、そして頭上に煌めくヘッドドレス(ヘカテーはパレードの時の犬耳のままである)。
メイキング・バイ・ヴィルヘルミナによるザ・メイド服である。
しかも、二人。
「一体、いつの間にそんな物作ってたんだ?」
やや視線のやり場に困りながら訊く悠二。
「夏休み♪ これには涙なくして語れないエピソードがむっ!?」
自身の恥ずかしいエピソードを暴露されそうになったヘカテーが平井の口を塞ぐ。
そして平井が反撃してヘカテーをモフモフする。
二人共、メイド服で。
はっきり言って、もう何をやっても可愛い。
少々目に毒なくらいであった。
「‥‥で、ご感想は?」
見ている方がドキッとするような悪戯っぽい微笑みで悠二に訊く平井。
佐藤には訊かない。周りの男子にも訊かない。女子はすでに態度で示している。
ただ、悠二だけに訊く。
「うん‥‥」
周りにまだ準備のクラスメイトがいる状況下で悠二はつい言ってしまった。
「可愛いよ」
『キャァアアア!!』
黄色い叫びが調理室を支配する。
発言の内容、優しげな悠二の声色と表情、真っ赤になったヘカテー、頬を染める平井、その全てが年頃の女子には最高に刺激的な光景だった。
「‥‥‥‥‥‥」
悠二が、可愛いよ、と言った時、ヘカテーを見ている時間が自分より僅かに長かった事に、平井は気づいていた。
(‥‥うん)
それで、いいと思う。
あの言葉は、確かに自分にも向けられていた。見ていた時間の差も、"僅かに"だった。
それだけで、十分だ。
(うん)
ずっと、三人一緒。それは絶対に譲らない。
だから、これが一番理想的な形。
むしろ、自分も大切に想われているだろう事が、望むべくもない幸福なのだろう。
「‥‥‥‥‥‥‥」
いつから、だったのだろうか?
自覚したのは、かなり遅かった、と思う。
しかし、池速人に振られた時、自分はすぐに立ち直る事が出来た。
それは、自分がそういう性格だからだと思った。
しかし、本当にそれだけだったのだろうか?
断たれた想いが、はじめから空虚的なものだったのではないか?
今思えば、そう考えた方が、自分の気持ちにしっくり来る。
(そういえば、一美は‥‥)
入学式の始まる前に、入る教室がわからなかった時に案内してもらった。
その時、唐突に"そうだ"と思ったらしい。
そしてそれを、自分も知っていた。
そして、その悠二の親友が、池だった。
(ああ‥‥なーんだ)
結局、"そういう事"だったのか。
"あれ"は、『そういう感情』をまるで知らなかった自分が錯覚した、想いのこもらない、完全な理性からのものだったのだ。
(振られても当然、か)
もはや、そう考えてもまるで胸は痛まない。
「‥‥‥‥‥‥‥」
そして、無意識のうちに、感情に任せた方に近寄って行ったのか。
とんだ卑怯者である。
そして、『あの時』、自分の最期を悟った時、ようやく完全に自覚した。
あまりの間抜けさに、自分でも呆れる。
(‥‥坂井君の事、言えない、かな)
何やらガラにもなく深く考えて‥‥
(ま、いっか♪)
"今は"、ずっと共に歩める存在へと変わった。
"これ"を、自分が人間を捨ててでも得たかったのだとわかっている。
なら、いつか来る旅立ち、その前に、この今を、楽しもう。
「よし! これでクレープ売るぞヘカテー!」
「商売繁盛」
「私も食べたいです」
「つまみ食いはダメだからね、ヘカテー」
「んじゃ、やるか」
クレープ屋、開店。
清秋祭、その中を練り歩く吉田一美、シャナ、緒方真竹、田中栄太、こういう賑やかな日は田中と二人きりより皆で騒ぎたい緒方であった。
歩く中、自分達のクレープ屋に目を向けてみる。
そこには、見事な長蛇の列が出来上がっていた。
「何であんなに繁盛してんだろな」
「やっぱり、ゆかりとヘカテー効果じゃない?」
「こりゃあ、本気でグランプリ狙えるんじゃないか」
「クレープは甘くておいしい」
四者四様に評価し、横から店内を覗いて見る。
「っなあ!?」
メイドが二人。
「はい! ブルーベリークレープお待ちどおさま♪」
「二百五十円」
「‥‥‥チョコバナナクレープです」
平井がイキイキとしてクレープを売りさばき、ヘカテーが名残惜しそうに(食べたそうに)クレープを客に売りさばいている。
たまに悠二がヘカテーにクレープを食べさせてあげている。その様すらも客を呼ぶ要因となっている。
身内びいきなど無しにわかる。売れない方がおかしい。
「くそ! 私も何か用意すればよかった!」
「あれ、私も着るように言われた」
悠二の衣装作りに凝り過ぎてクレープ屋の衣装にまで頭が回らなかった吉田と、平井がすでに用意してあるメイド服を着る事になっているシャナ。
シャナ、ヘカテー、平井の分はヴィルヘルミナがまとめてメイド服を作ったのだ。
「‥‥お前も狙ってんのか?」
「? 何が?」
「わからねえならいい」
パレードに引き続き強烈なインパクトを見せ付けたゆカテーを置いて、また祭りを回る四人。
ふと、億劫そうな女傑を見つける。
「あ、姐さん。ご無沙汰してます!」
子分、をもはや名乗れない田中が、未だ抜け切らない『姐さん』呼びで話し掛ける。
「ああ‥‥ったく、何で私が少年少女のウキウキカーニバルなんかに来なきゃなんないのよ」
「そりゃおめぇが酔って恥なんか晒すからだろうが。我が赤っ恥の酒樽、マージョリー・ドーよぶっ!?」
「おだまり」
「佐藤君ならあっちでクレープ作ってますよ?」
ほとんど初めて白い方でマージョリーに話し掛けてみる吉田。
「‥‥‥‥気持ち悪」
「ふんっ!」
普段とのあまりの違いにポロッと本音が漏れたマージョリーに、吉田のチョッピング・ライト(打ち下ろしの右)が炸裂する。
マージョリーの方が背は高いが、今は座っているから問題ない。
しかし‥‥
「げふぉっ!」
これをマージョリーは『グリモア』で防ぐ。
「そっちの方が似合ってるわよ、あんた」
「マ、マージョリー。おめぇ俺を盾に‥‥」
小競り合いを繰り広げるマージョリーと吉田。
そんな彼女らをよそに、シャナは保護者達を見つける。
「シロ、ヴィルヘルミナ、千草!」
「ふふふふ、もはや完全に夫婦の風情よな、"虹の翼"?」
雑音に紛れると判断してか、アラストールが口を出す、が、ペンダントの身で挑発するのは無謀である。
ポイッ
アラストールとの会話を好まないメリヒムによって、あっさりゴミ箱に突入する。
「楽しそうでありますな」
「うん。はい、ヴィルヘルミナ一個あげる」
手に持った綿飴を一つ、大好きな養育係に手渡し、アラストールを呼び戻す(契約した王とフレイムヘイズは、互いが望む事で呼びあえる)。
呼び戻したのはいいが、ソースとマヨネーズ臭い。どうやらゴミ箱に焼きそばやたこ焼きの空パックが捨ててあったらしい。
さすがにこんなに人がいる中で『清めの炎』を使うわけにもいかない。
「シャナちゃん。悠ちゃん達とは一緒じゃないの?」
「坂井悠二、近衛史菜、ゆかりはクレープ屋にいる」
尊敬すべき女性の質問に応えながら、どこか『コキュートス』を洗える場所はないかと見回すシャナの耳に‥‥‥
《お楽しみのところお邪魔いたしまして、これより、ベスト仮装賞の予備発表をします!》
マージョリーと小競り合いをする吉田一美の耳に‥‥‥
《それでは、ノミネートされた十名を、組順に発表していきます》
クレープ屋の当番時間の終わりそうな悠二、ヘカテー、平井の耳にアナウンスが聞こえる。
そして、一組の選抜者が選ばれ、二組‥‥
《一年二組、犬のトト役・近衛史菜さん、ドロシー役・シャナ・サントメールさん、魔法使いの烏役・坂井悠二君、ロミオ役・平井ゆかりさん、ジュリエット役・吉田一美さん》
「やったー!」
「?」
「うぇえ!?」
「ベスト仮装賞?」
「ま、当然だな」
学年で(というか一年生しかやらないのだが)男女十人しか選ばれないベスト仮装賞に、二組だけで五人もの面々が選ばれたのだった。
(あとがき)
前回の言葉、撤回するかも知れません。
まだほのぼの、二話どころじゃ済みそうにない。自分の長さ調節の未熟さが染み渡ります。