《続いて、一年二組のマスコット、神秘的な魅力を秘めた小動物! 犬のトト役・ヘカテーこと近衛史菜さん!》
『ベスト仮装賞』にノミネートされた十名、まずはその一人一人が紹介されていく。
ステージの上の十人は、仮装パレードの時の衣装をまた纏っていた。もちろん悠二のエセ烏も、子犬ヘカテーも、平井ロミオも健在である。
今呼んでいる順に順位が決まるわけではない。まだあくまでも紹介である。
《貫禄満点、天下無敵のオンナノコ! ドロシー役・シャナ・サントメールさん!》
ちなみにこの司会者が読み上げる紹介文は、ノミネート決定後にクラスメイトから"本人に見せずに"提出される、いわば日頃の信用やイメージが浮き彫りになる機会でもあった。
《一年二組のムードメーカーにして、才色兼備な太陽娘! ロミオ役・平井ゆかりさん!》
しかし、さすがは一年二組の誇るヒロイン達、どうやら問題はなかったようである。
《天使と悪魔の共演! 外見のイメージを軽々と打ち破る漢女(オトメ)、ジュリエット役・吉田一美さん!》
訂正、一人例外がいたらしい。
相変わらず笑顔を顔に張りつけたまま額に青筋を浮かべている。
そして男子の代表が選抜されていき‥‥
《続いて、知ってる奴は知っている、一年二組のニクい奴、男子生徒の憎しみを一身に受ける優柔不断の地味モテ男! 魔法使いの烏役・坂井悠二君!》
ギャーだのブーだの、鬼畜ーだのと紹介文通りの喚声を受ける悠二。言われても仕方ない環境にあるとはいえ、ここまで好き勝手に言われるとさすがに彼も腹が立つのか、額に青筋を立てている。
晒し者たる同調の視線を吉田と交わして、男の列に並ぶ。
そして、男子の他のノミネート者も紹介を終え、いよいよ男女別ベストスリーが発表される。
《今回は凄い結果となりました。何と女性ノミネート者五名のうち、四名までが一年二組! そして男性で唯一選抜された一人が、"当事者達"がここにいるのもまた運命の悪戯か、ニクい、ああ憎い!》
と、一年二組情勢をぶちまけるアナウンサー、というか、自分に個人的な恨みでもあるのだろうか? と悠二は思う。
げしっ! と今までの男の司会者、私情を挟んだ愚か者を蹴飛ばし、女の子が司会者を勤める。
《はいはい、では引き続き、男女別ベストスリーを発表します! まずは男性三位から‥‥‥》
まずは男性のベストスリーを、三位から順に呼んで行く。五人のうち、四、五位の二人は呼ばれないため、一位を呼ぶ瞬間まで緊張感を保てる形式である。
三位、二位と呼ばれる中、悠二は親しい四人の少女のうち、確実に二人は選ばれるという事態に、
(誰が一位何だろう?)
などと、まだ男性ベストスリーを呼んでいるのに女子の順位について考えていた。
《そして栄えある男性第一位は‥‥‥》
(三組のアリスの子は、多分一位じゃないと思うから、ヘカテー達の誰かが一位だと思うけど‥‥)
《『オズの魔法使い』、魔法使いの烏役・坂井悠二君ー!》
(ヘカテーの子犬は‥‥本心はともかく投票するのに勇気要るだろうだからなぁ)
周りが、「ギャー!」だの「ワー!」だの「いい加減にしろー!」と騒ぐ。どうやら誰か一位が呼ばれたらしい。
《‥‥あの、坂井悠二君?》
「? え?」
何だろう? 何かまずい事をしただろうか?
《あの、一位ですよ?》
「‥‥‥‥‥は?」
自分は四、五位だと決めつけ、聞いていなかった悠二。意表を突かれる。
「いいから前に出る!」
未だに信じられない悠二の背中を平井がドンと押して前に出す。
「あ‥‥いや、ありがとうございます?」
学年男子の中から一位に選ばれた男とは思えないほどに間抜けな対応をしてしまう。
しかして、そんな悠二にブーブーと騒ぐ男子生徒の群れの中に、純粋に祝ってくれている佐藤達、母・千草、面白そうなような、鼻で笑うような変な顔をしているヴィルヘルミナ、メリヒム、そしてマージョリー。
振り返れば、四人の少女達も微笑んでいる。
「‥‥‥‥‥‥」
ようやく、実感が湧いた。
信じられないような気持ちはまだあるが、とにかく‥‥
「ありがとう、ございます」
優しく微笑んで、どこか力強く、そう言う事が出来た。
《えー、続いて、女性ベストスリーを発表致します!》
さて、悠二に自覚こそ無かったものの、これといった対抗馬がいなかったため、緊張感自体は希薄だった男性ベストスリーとは違い、ここからが本番である。
ヘカテーが、吉田が、『こいつにだけは負けない』という視線をぶつけ合う。
シャナは今イチこのベスト仮装賞の主旨を理解しておらず、平井は単純に楽しみまくっている。
三組のアリス役の少女の緊張した面持ちが一番この場に合ってはいる。
《女性第三位! 『オズの魔法使い』犬のトト役・近衛史菜さん!》
「!」
いきなり入賞を決めたヘカテー、しかしこれは同時に一位を逃がしたという事である。
ライバル(吉田)へと悔しさいっぱいの視線を飛ばす。
実際、ヘカテーは女子の人気は抜群、男子にも"実際には"大好評だったが、悠二の懸念通り、男子には、犬耳の小っさい子に堂々と投票出来る勇者はそう多くなかったという事だ。
《さらに二位! 同じく『オズの魔法使い』ドロシー役・シャナ・サントメールさん!》
頭上に?を大量に浮かべながら前に出るシャナ、しかし、『家族』の二人、緒方真竹、クラスの皆、それらが微笑んで祝福してくれているのを見て、ようやっと微笑む。
《そしていよいよ、栄えある女性第一位!》
残された三人。一位の可能性と入賞落ちの可能性を等しく持つ三人が火花を散らす。
女のプライドである。
《『ロミオとジュリエット』‥‥》
この時点で、三組のアリスが脱落。
平井ゆかりと吉田一美、幼なじみの一騎打ち。
《ロミオ役・平井ゆかりさん!》
「やっ‥‥たー!!」
ベスト仮装賞、女性一位、決定。
平井の叫びから半秒遅れて、今まで息を呑むような静寂にあった会場が、爆発するような歓声に溢れた。
《そ‥‥それでは、ベスト仮装賞受賞者にインタビューを!》
全く制御不能な騒ぎに、司会者が進行しようとするが、まるで聞いてもらえていない。
トントン
ふと、司会者の女子の肩を指がつつく。
振り返れば、今からインタビューしようとしていた男性一位、烏に扮した坂井悠二。
何やら、完全にノリまくっている平井ゆかりを指差している。
(‥‥あっ!)
悠二の言わんとしている事、この騒ぎを治められるのは平井のみという事に気づく。
《で、では‥‥時間も押しておりますので、代表して女性第一位の平井ゆかりさんにインタビューを!》
そしてマイクを差し出す。その後ろで、悠二が柄でもないインタビューを避けられた事にホッとしていたりする。
「ん? 何? 一言?」
ハイになっていた平井。マイクで一言言う事になり、ひとまず何を言うか考えてみる。
(‥‥‥よし!)
《んじゃ、この場をお借りして一言‥‥》
再び、静寂が訪れる。
《一年二組のクレープ屋の紹介、もう来てくれた人達もいると思うけど、この後の時間はシャナのメイド服が見られますんで‥‥》
言って、手にした細剣を天にかざす。
《よろしく!》
ギュィイイイン!!
機械的な回転音と大歓声が、再び会場を満たす。
結局、会場が落ち着き、優勝者商品の発表までに、15分の時を要した。
清秋祭は盛況のうちに、ふけていく。
この学園祭は二日に渡って行われ、一日目の夜には学校に宿泊する事さえ許されている。
仮装パレードからの連続性を持ったイベントの多い一日目は、まさに新入生のための一日と言えた(その代わり、二日目はオーソドックスな学園祭として二、三年生が活躍する)。
『ベスト仮装賞』の優勝者を二人も有する一年二組は、二日目に行われるメインイベント、超人気ユニット『D-ZIDE』コンサートの最前列占有権。そして、校舎屋上の特設パーティー会場占有権を得ている。
そして今まさに、特設パーティー会場は一年二組で大にぎわいであった。
「優勝おめでとう」
「お互いに、ね」
少し疲れるくらいに大騒ぎして、少し騒ぎから離れた所でジュースを飲む。
「‥‥‥‥‥‥」
「ほら、いつまでも気にしない! どうせ"その他大勢"の評価だよ!」
三位たるヘカテーが、思い出して少しイジケているのを見て、平井がフォローを入れる。
確かに、ヘカテーにとっては悠二以外の異性から可愛いと思われても大して嬉しくもない(女子はほとんど投票していたと、運営委員の池から聞いている)。
「‥‥‥‥‥‥」
そして、何より大切な一つの評価を求めて、悠二を見つめる。
(‥‥‥‥‥‥)
そんな少女が可愛くて、頭を撫でてやる。
それが、自分の求めた答えそのもののような気がして、ヘカテーは安らぎに目を細める。
ぎゅう
嬉しくて、抱きついてしまう。
(もっと、もっと‥‥)
可愛がって欲しい。
『さ〜か〜い〜!』
そんなヘカテーの夢見る時間はしかし、ここが学校であるがゆえに中断させられる。
「それ、逃げるよ二人共!」
平井が笑いながら、悠二とヘカテーを引っ張って逃げる。
そして、ベスト仮装賞の一位と三位を傍らに逃げる悠二に、さらに嫉妬の念が集まる。
それすらも楽しみながら、平井は逃げる。
盛大な鬼ごっこが始まり、夜の御崎高校はにぎわう。
そして、楽しい夜が明ける。
(あとがき)
うーん。まさかベスト仮装賞発表が書いてみたらこんなに字数とるとは、展開の遅さを更新速度でカバーしながら頑張らせてもらいます。