「カルメルさん達は今日も来てるんだ?」
「来てる。千草を迎えに行ってから来るって言ってた」
清秋祭二日目。出席番号順に、"さ"の字の男女二人が一年二組のクラスの『御崎市の歴史』の担当としていた。
しかし、今の時間帯はライブとかぶるせいか、見事なまでに人っこ一人いない。
「ふむ、歌唱の舞台、というわけか」
「まあ、そのおかげでこっちは楽出来ていいんだけど」
人がいないのをいい事にアラストールが喋る。
この、二人で一人の『炎髪灼眼の討ち手』が最初の頃はどうも苦手だった悠二だが、日々鍛練で顔を合わせるうちに大分慣れた。
この少女は一切気を遣わない。実用本位の会話がほとんどであり、かなり率直にものを言う。
結果としてつっけんどんな言い回しをしているのだから最初は怯んでしまうが、慣れればむしろ爽快ですらある。
「何で人がいない教室で見張りなんかしなきゃいけないの?」
「まあ、念のためって事だろ。いいじゃないか、もう時間だし」
悠二の言うように、もう交代の時間である。
「ごめんね〜坂井君、シャナちゃん」
言ったそばから交代のクラスメイトがやってくる。
「‥‥‥‥‥‥‥」
無為な時間を使わされていたはずのシャナは、その時間の終わりに、何故か‥‥複雑な気分になった。
「坂井君の方はもう終わったかな? ヘカテー」
「私達の交代はまだでしょうか?」
所変わって、一年二組のクレープ屋。
こちらはライブの真っ最中にも関わらず長蛇の列をキープしていた。
昨日に引き続き、平井とヘカテーが原因であろう。
しかし昨日のメイド服ではない(借りていたティアマトーと細剣は昨日のうちに返した)。中国に行った際に購入したチャイナ服である。
平井とヘカテーで緑と青の色違い。髪の長い平井は団子頭にしている。スリットから覗く脚線美が眩しい。
ただでさえ学年一美少女の多いクラスの出す店だというのに、はっきり言って反則である。
より人目につく校外に、二年生のあるクラスが同じクレープ屋の屋台を出しているのだが、売り上げを比べるのが可哀想だ。
というより、食べ物屋台で勝てている店があるのかどうかすら疑わしい。
かなり多めに材料を用意しておいて助かった、と平井達と同じくクレープ屋で頑張る田中は思った。
「これは?」
「射的。あの的の穴に向かって投げて、入ったら商品がもらえるんだ」
「‥‥わかった」
当番の終わった悠二とシャナ。元々の約束からヘカテー達を迎えに行く悠二と、ヴィルヘルミナ達も見つからないしでなし崩し的に悠二についてきているシャナである。
射的の出し物で、オモチャのロボットが手に入れられずに泣く子供を発見する。
そして今、シャナがボールを持った手を、胸の前で水平に構えていた。まるで小剣の投擲である。
「は!」
そのまま姿勢を崩さずに鋭く振られた右手から、ボールが正確無比に飛び、的である鬼の口に飛び込む。
そして‥‥
「あげる」
賞品であるオモチャのロボットを子供に手渡す。当たり前だがシャナには全く不要な代物だ。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
子供がお礼を言って、ロボットを持ってはしゃぎ、駆けて行く(別に迷子ではないという事らしい)。
「何か、珍しいもの見たな」
「‥‥何が?」
「いや別に?」
悠二はこういう、シャナの珍しい側面を指摘すると、"そういう決めつけ"をしていた自分をシャナが睨むという事を経験上知っているから深くは言わない‥‥が、
ジロッ
結局はぐらかした事で睨まれる。以前なら歯牙にもかけない態度で切って捨てていたのだが、こちらの認識を気にする程度には親しくなったと考えるべきか。
「‥‥‥‥‥‥」
「はい、たい焼き」
睨むシャナに、さりげなく買っておいたたい焼きを手渡す。
甘い物をあげると機嫌が良くなる。悠二が一番最初に理解したシャナの"日常の"性質であった。
「‥‥‥‥‥‥‥」
そのあからさまな誤魔化しに、少し眉をピクリと動かすシャナだが、"それはそれとして"たい焼きを頬張る。
「はむっ」
何となく、思う。
「ふむっ」
楽しい。別に、誰もいない教室で他愛無い話をして、クレープ屋に向かう途中で、成り行きで射的をして、たい焼きをもらっただけだ。
大した事をしたわけではない。
でも、楽しい。
「はむっ」
たい焼きを頬張る。そして、"たい焼きのせいにして"満面の笑みを作る。
(‥‥‥?)
シャナの胸元に在るアラストールは、そのシャナの様子に少しだけ違和感を覚える。が、それが何なのかまではわからない。
「んむ!」
アラストールさえ知らない事だが、シャナは『天道宮』を出て以来、いつの間にか一つの不文律を作っていた。
大好きなヴィルヘルミナとの別れ、旅立ち。あの時に渡された、彼女との絆の象徴であるメロンパン。
"メロンパンを食べている時は笑顔でいてもいい"。それがシャナの作った不文律。
しかしシャナが今食べているのはメロンパンではない。その差異に、アラストールも、シャナ自身も、気づかなかった。
「さっ、坂井。今度はシャナちゃんにまで手を出したのか!?」
そんな悠二とシャナに、ばったり会った一人の男子生徒(クラスも違うし、特に親しくもない)が何やら焦った様子で言う。
昨日からのいい加減うんざりするやりとりに、悠二は疲れた風に応える。
「ただの友達だって、大体手を出すって‥‥」
「!!」
悠二の全くどうでもいいように応えた、うだうだとした応え。
その中に含まれた一つの言葉に、シャナは目に見えてわかるほどの動揺を表した。
それは、胸のうちに形を止めない『動揺という感情』から、変化する。
(‥‥"ただの"?)
『ただのって言い方、もうやめろよ』
『君はシャナ。もうただのフレイムヘイズじゃない』
(そう言ったのは、お前なのに‥‥!)
爆発するような、自身が驚くほどの、壮絶な怒りへと。
先ほどまで感じていた、弾むような気持ちが、全く正反対の負の感情へと変わっていた。
「‥‥シャナ?」
先ほどの男子生徒を追っ払った悠二が、シャナの異変にようやく気づく、が、遅すぎる。
「うるさいうるさいうるさい!!」
怒りに肩を震わせて、力の限りに叫ぶ。いつものシャナの口癖、だが明らかにいつもとは違う。
「シャ、ナ? どうし‥‥‥」
「そんな名で‥‥」
頭に血が上り、口が止められない。
「私を呼ぶな!!」
言った後、言ってしまった後、また感情が急激に変化する。
爆発するような負の熱さが、同じ種類で、全く逆の、負の寒さへと変わっていた。
「シャナ!」
シャナが完全に何かおかしい事に気づいた悠二が平静を促すために怒鳴る。
その意図に気づいて、自分が言ってしまった言葉を遅れて理解して、しかしもうこの場所に立っている事に耐えられなかった。
「一体どうし‥‥!」
「"うそつき"!!」
今の、無茶苦茶に乱れる心の中で、唯一拾える気持ちを、また叫んで‥‥
逃げ去った。
その瞳が僅かに、
濡れていた。
「シャナ‥‥」
「‥‥うん」
もう何度目か、胸元からアラストールが呼び掛け、自分が意味もわからず応える。
いや、多分呼び掛けにも、応えにも意味などないのだろう。
屋上の、一年二組占有のパーティー会場、昨夜はあれほどに賑わっていたこの場所にも、今はシャナ一人しかいない。
皆、出し物やライブを満喫しに出ているのだ。
「‥‥‥‥‥‥‥」
わけがわからなかった。
全く、重要な意味などない会話だったはず、坂井悠二も深い意味など込めたわけもないだろう。
それなのに、自分で全く制御出来ない心の動きに、勝手に怒り、勝手に叫び、逃げ出した。
『そんな名で‥‥私を呼ぶな!!』
ズキッ
自分で言ってしまった言葉が、胸に深い傷となって残っていた。
(何で‥‥あんな‥‥)
自分の行動がわからない。
いや、平静な今なら、少しはわかる。
『ただの友達だって、』
「‥‥‥‥‥‥‥」
あの言葉が、それほどに許容出来なかった。
『もうただのフレイムヘイズじゃない』
あの言葉が、嬉しかった。
だからこその、怒り。
だからこそ叫んで、拒絶して、逃げ去った。
なのに‥‥
(あの時、私は‥‥)
走り、逃げた時、この今も‥‥追い掛けて欲しかった。
坂井悠二に追い掛けて欲しかった。
取り乱し、逃げ、甘えにも似た感情を抱く。
その全てが、『完全なフレイムヘイズ』にあるまじき事。
「シャナ」
「‥‥うん」
また同じように応え、応えた後に気づく。
声が、違う。
バッと顔を上げて、声の主を見る。
坂井、悠二。
「‥‥‥あ」
目の前の光景の意味する事に嬉しさが湧き、自分の失態を思い出して顔を伏せる。
「ごめん。シャナも、今まで一緒に戦ってきた大事な仲間なのに‥‥あんな言い方して‥‥」
「!!」
自分の暴走の原因を正確に言い当てられて、理解されている事に喜びを抱いて、絶句する。
悠二はすぐに気づけた。先ほど叫んだシャナの姿が、出会ったばかりの、全てを切り捨てた"危うさ"を持ったシャナの姿と重なった。だからこそ、自分が言った、大切な言葉を思い出した。
自分の失言の意味も。
(大事な、仲間‥‥?)
その言葉に、喜びと、何か物足りなさを感じながら、
「ごめん」
それでも、
「ありがとう」
そう言う事が出来た。
清秋祭も終わり。
悠二と、チャイナ服の平井とヘカテーは楽しそうに喋りながら帰路につく。
あの後、和解したシャナも、平井とヘカテーも、見つけたヴィルヘルミナ達も皆で一緒に清秋祭を回った。
そして今、方向が違うから帰り道が別れる。
しかし、仲良く話しながら歩く三人を見るシャナの様子が、いつもと少し異なっていた。
そう、育ての親達が気づけるほどに‥‥
「ま、まままままさか‥‥そそそんな事が‥‥」
「お、おお落ち着けヴィルヘルミナ。ま、まだそうと決まったわけでは‥‥」
「? 何を騒いでいる二人共?」
「「貴様(貴方)が監督する立場にありながらこれはどういう事だ(でありますか)!?」」
「説明要求!!」
こうして、清秋祭は終わりを迎えたのだった。
(あとがき)
よ、ようやく次でバトルパート突入、か?
すいません、見事に前言撤回して。
ちなみに原作では仮装パレードのメンバーは清秋祭二日目完全フリーなのですが、このSSでは仕事が大幅に減る程度の設定です。