トン
封絶に飛び込み、静かに屋根の上に着地する。
平井とヘカテーの二人で鍛練をしている、が‥‥
(‥‥あれ?)
何故か、前と同じ空中格闘の鍛練をしている。今日は平井の固有自在法の模索が主眼だったような気がするのだが。
「平井さん、ヘカテー!」
とりあえず訊けばいいか。
「悠二!」
ヘカテーが嬉しそうに降りてくる。それを平井が苦笑しながら追う。
「今日は体術鍛練じゃなかったと思うんだけど、どうしたの?」
訊けばわかる。そう思ったのだが、
ぎゅう
何故かヘカテーは抱きつくだけで応えない。
「あ、いや、ヘカテー?」
ゴロゴロ
‥‥訊くだけ無駄なようだ。
「平井さん、今日は何で体術?」
「いつまでも足手まとい何て嫌だからね」
(???)
会話が噛み合わない。一体何がどうしたというのか。応え難い理由でもあるのかも知れない。
まあ、一日程度の鍛練の内容なんてそんなに気にする事でもないか。
それより‥‥
「さっき、帰り道にピエロみたいな徒に襲われたんだ。そっちにも何かなかった?」
そう、自分がこんなに早く帰ってきた事にも、さっきの徒との戦いで展開した封絶の事にも、二人が言及してこない事が妙だ。
気づいていないはずなどないと思うのだが。
「そうですね」
「いいじゃん♪」
(????)
何がなんだかわからない。
「‥‥‥‥‥‥」
あれから眠り、一夜明け、いつも通りに朝の鍛練をして、いつも通りに朝ご飯を食べ、いつも通りに学校に向かって歩いている。
会話自体は噛み合わないわけではない。しかしあの徒について話を振ると的外れな返答しか返ってこない。
平井とヘカテーの様子がおかしい。
それ以外にも、何か‥‥‥
(‥‥何だろう?)
二人以外にも、奇妙な違和感がある。
平井が何か面白そうなものを見つけ、ヘカテーを引っ張って楽しそうに駆けていく。
自分もそれを追おうとして、
(っ!)
気づく。
"いつも通り"なのだ。学校がいつも通り。"今日は清秋祭の片付けのはずなのに"。
(な!?)
悠二がその異変に気づくと同時に、昨夜同様に封絶が展開される。
もちろん悠二でも、ヘカテーでも、平井でも、シャナでもない。
その封絶を形成する炎は、凍てつくような青黒。
(今度は何だ、二日続けて!?)
しかも、昨日の徒とはまるで違う。相当に大きな気配を持つ紅世の王だ。
(また、気づけなかった!)
おかしい。昨日の徒は持つ力が単に小さかったから気づけなかった。
だが、こんな気配の持ち主に気づけないはずがない。
そう考える間に、"敵"は姿を現す。
その底面に剣に槍に棍棒に、種々雑多の武器が突き刺さり、その口面からちろちろと雪のように火花を散らせる、球形のくすんだガラス壺。
「私は、欲しいだけなのだ。私を振るう腕が」
わけのわからない事を口にした徒、その底面に刺さる武器が、壺から抜けていく。
そして武器に、壺の表面に、ビシビシと霜が張っていく。
青黒の"炎"を散らせながら、周囲の気温が急激に下がっていく。
(こいつ‥‥‥氷使いか!?)
そして、壺を囲むように並列した、冷気を纏う無数の刃が、一斉に悠二に襲いかかる。
「ふふ、貴女と、日常の関わりはそう深くないみたいだから、もう"ズレ"が出てきてるみたい」
金の髪、暗い赤のドレス、その頭から生える羊のような角。
楽しそうで、どこか残酷な色を秘めた微笑み、それを、食虫植物のような禍々しい台座に捕われた少女へと向ける。
少女は、眠っている。
「でも、不測の事態も考慮すれば貴女は"触媒"にはうってつけだった。
私の『ゲマインデ』が通用する程に弱い力しか持たない。でも永い時を生きてきた貴女が」
残酷な笑みを浮かべた少女は、その笑みを消し、同じく小さな、しかし知らぬ者はいない自在師に語り掛ける。その表情に、憂いが、ある。
「ねえ、不公平だと思わない? ただでさえ、世界には覆せないほどな力の差が、必ず存在する。でも、貴女のような、私のように小さな力しか持たない存在でさえ、誰もが欲する奇跡の力を備えている」
憂いから悲しみへと、その瞳は色を変える。
「なら、私は? 私の存在は?」
それは、自身への悲哀。
「応えて、"螺旋の風琴"リャナンシー」
捕われた少女は、目を覚まさない。
「くっ‥‥‥!」
相性が最悪だ。
悠二の苦手な多角攻撃。
しかも火除けの指輪『アズュール』で防げない刃と吹雪。
『吸血鬼(ブルートザオガー)』もダメだ。あれでは近付けない。
ガガガガッ!!
悠二が飛び退いた地面を無数の剣が、槍が、棍棒が突き刺し、直後にビキビキと凍り付く。
(『蛇紋(セルペンス)』も‥‥ダメ、か?)
あの自在法は、発現してる間はその制御に集中力が要る。隙が生まれる。
こういう多角攻撃を得意とする相手に使うのは命取りになる。
先ほどから防戦一方。だが、それももう、続かない。
(‥‥‥寒い)
無数の武器と共に溢れる吹雪が、刃に宿る氷が、"冷気を持つ炎"が、悠二の体温を奪っていっていた。
もう、そう長くは動けない。
そして‥‥
(何で‥‥誰も駆け付けて来ないんだ?)
何度も封絶を張り直して学校から最低限の距離はとったとはいえ、すぐ近くにいるはずの‥‥平井はともかく、ヘカテーが来ないのはおかしい。
おかしい。だが、もう助けを待つ余裕も、凌ぎ続ける余裕もない。
「‥‥あんたの、名前は?」
「"天凍の倶"ニヌルタ」
そう、名前だけは訊いてから、"最後の賭け"に出る。
「っはあ!」
全速で飛翔し、ニヌルタの真上を目指す。
「逃がさん!」
それを一拍遅れて、無数の氷刃が追う。
今、全ての刃は、悠二の背後にある。
(‥‥‥よし)
覚悟を決める悠二の右手、今は『吸血鬼』を羽根に収め、空いている右手に、銀色の自在式が絡み付く。
そして、バッと振り返る。
『蛇紋(セルペンス)』は、本来は誘導能力を活かしてこその自在法。
こんな、"力比べ"には向かないだろう。だが、自分の持つ最高の破壊力の術でもある。
今なら、無数の氷刃も、"天凍の倶"ニヌルタも、自分の直下、一方向に在る。
制御はいらない。ただ、最大破壊力の"飛び道具"として‥‥
「喰らえ!!」
爆発的に溢れた炎が、そのまま巨大な銀炎の大蛇となって直下に襲いかかる。
無数の刃と吹雪にぶつかり、銀と青黒の炎が乱れ飛ぶ。
全力の撃ち合い、これに負ければ、死ぬ。
だが、ここにしか勝機を見いだせなかった。
あれ以上、消耗戦を続ければ"これ"による僅かな勝機すらも失ってしまっていた。
「くっ、うう‥‥ううう!」
これほどの自在法を顕現させている。そしてさらなる力で打ち勝たねばならない。
想像以上に、力の消耗が激しい。
(メリヒムなら、あっさり押し勝つんだろうな)
などという考えが脳裏に一瞬浮かび、集中する。
「っああああああ!!」
吹雪と氷刃を押し退け、氷の壺に迫る。しかしあと一歩で届かない。
だが‥‥‥
「弾けろ!!」
ニヌルタの目前で止められていた銀炎の大蛇が、一気に膨れ上がり、
ドォオオオオン!!
爆発した。
その瞬間、
ゾクッ
体の芯を、身震いするような、冷気とは違う寒さを、気のせいかと思うほどに短く、感じた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ!!」
いくら吸っても足りないというように、思い切り息を吸って、吐く。
銀の爆炎が晴れ、ニヌルタの姿は見えない。さっきまでの強烈な存在感も、もはやない。
討滅、したのだ。
だが、死力を尽くして戦ったからこそ、あれほどの使い手の気配に気づけなかった事に疑問が残る。
油断などという問題ではない。気づけないはずがない。気配隠蔽が得意なタイプにも見えなかった。
封絶の中、自分が作った巨大なクレーターを修復しながら考えていた。
(そういえば‥‥)
自分の姿を見る。所々切り裂かれ、血を流したボロボロの姿。
いくら黒い制服で目立たないと言ってもこのまま登校するのはさすがに無理がある。
トン
完全に修復し、地面に降りる悠二に、語り掛ける声あり。
「坂井君、一人で歩ける?」
「うん、大丈夫。そんなに傷自体は深くないし、それより平井さん、ヘカテーは?」
何故かヘカテーがおらず、平井一人が現れた事に疑問を抱いて訊く。
「説教も説明もあとあとあと! とにかく、怪我人連れて病院行くから」
「は? 病院?」
「んじゃ私のマンションに運ぶから!」
「???」
また、噛み合っているようで妙に会話が噛み合わない。いや、違和感がある。
それに‥‥
(今のセリフ、どこかで聞いたような‥‥)
少年は踊る。不自然な舞台で。
(あとがき)
まず謝罪を。ニヌルタのあおぐろ、またしても変換が上手く行かずにああなってます。
原作十八巻(最新刊)を読み、PVが五十万を超え、テンション上げながら行こうと思います。