『テッセラ』という宝具がある。
一つ所に添えて置かねばならず、断続的に力を注ぐ必要があるが、一定範囲に気配遮断の結界を張る能力を持つ、掌大の、ガラスの正十二面体の形状をした宝具である。
また、世界で最も数の多い宝具でもあり、各地の外界宿(アウトロー)の重要拠点には、これが核として設置してある。
この『計画』は、どうしても大掛かりになってしまう。いや、大掛かりでなければ意味がない。
だからこそ、準備の段階で悟られぬよう、関東外界宿第十六支部、苦労して突き止めたフレイムヘイズの拠点を襲い、『テッセラ』を奪い取った。
『テッセラ』の奪取は、全く容易だった。自分達には、“狩人”フリアグネがいたからだ。
突然の奇襲。『テッセラ』の奪取。慌てて迎撃に出てくるフレイムヘイズ達。
一発。たった一発フリアグネが、その場で最も強い気配のフレイムヘイズを“撃ち抜き”、そのフレイムヘイズは爆発した。
その爆炎は、発現と同時に至近の全てを焼き尽くした。
爆発したフレイムヘイズの仲間のフレイムヘイズ達も、外角宿で働く人間達も含めて。
証拠一つ残さず、全くたやすく『テッセラ』を奪い取った。
さすがは、近代以降で五指に入ると言われる強大な紅世の王だ。
そして、結界に身を潜め、一ヶ月の時を要して、綿密に計画を進めてきた。
しかし、敵は歴戦の強者揃い、そして腕利きの自在師までいる。
『零時迷子』を奪取した後、奪い返される事が恐ろしい。
たやすく追跡されるかも知れない。だから、一刻も早く計画を遂行する道を選んだ。
それが、恐らく一番の安全策。危地にこそ、成功を見いだす。
計画遂行に最もふさわしいと感じた場所に、男は一人立っていた。
精悍な、しかしそれは顔立ちに限った話。
肩まで伸びた、男にしては長い髪は、クセが強くあまり滑らかではない。着ているコートも、ズボンも、あまり上品とは言えない。
いや、みすぼらしい。
「同志・メアが、例のミステスを手に入れた、そうです」
傍らに立ったのは、戦力こそ乏しいが、逃げ足や撹乱が得意な、今回、『零時迷子』に繋がる決定的な情報をもたらしてくれた同志・"駆掠の轢(くりゃくのれき)"カシャ。
「そうか、大口を叩くだけの事はある。本当に一瞬の手際だな」
一度、深く目を瞑り、そしてまた、開く。
「今こそ、計画を実行に移す」
「封‥‥絶?」
坂井家の屋根の上、鍛練に励む"頂の座"ヘカテーと平井ゆかり。
突然張られた封絶に、違和感を覚える。
いつも感じる封絶の気配、つまりは虹野邸の位置よりも、今感じる封絶の気配は近い。
「‥‥何か、あったのかな?」
「‥‥‥‥‥‥」
二人、言い様の無い不安に駆られる。封絶がいつもより近い、ただそれだけ。
だが、理屈以外のもの、ただただ嫌な予感だけがある。
そして、
「消え、た?」
「‥‥違う!」
平井が、また突然消えた封絶を察知し、ヘカテーは、気配、封絶が消えた途端に現れた大きな気配が、街の外れ、時計塔に移動した事を察知する。
平井も、遅れて気づく。
そして、坂井悠二の気配が、ない。
「悠二!」
「っ!」
二人、夜の空に飛び出した。
「マージョリーさん?」
いつものように酔っ払ってソファーに寝転んでいたマージョリーが、いきなり鋭い眼光を宿して立ち上がる。それに佐藤啓作は疑問を投げ掛けていた。
「何か、やばいみたいね、これ。マルコ」
「おう」
突如現れた大きな気配に、マージョリーの顔はいつもの怠惰ではない。戦いへの強烈な戦意を漲らせている。
そのマージョリーの言葉に応え、契約者たるマルコシアスがボッとマージョリーを炎で包み、その酒気の一切を拭い去る。
『清めの炎』である。
マージョリーの言葉、様子、マルコシアスがマージョリーには滅多に使わない『清めの炎』を使った事実、それらから、佐藤も悟る。
『戦い』の到来に、気づいた。
その、意外と悪くない勘の良さに、少しだけ細くなる目を伊達眼鏡の内に潜め、あくまでも厳しくマージョリーは子分に告げる。
が、マルコシアスの方が少し早かった。
「んーじゃ、ケーサク、俺達は派手に暴れてくるけどよ、おめえがやる事はわかってんな?」
「‥‥‥ユカリと合流して『玻璃壇』のナビ、わかってると思うけど、戦おうなんて考えたら、絶対に許さないわよ」
マルコシアスに先を越された事で少しだけムッとしつつ、告げる。
「わかってますよ」
佐藤としては念を押されるのは心外だったが、今までの事があるから仕方がない。
「ヒヒッ、そんじゃ‥‥」
「行くわよ!」
「‥‥抹殺する手間が省けたか?」
「言っている場合ではないのであります!」
「シロ! ヴィルヘルミナ!」
突然現れた巨大な気配。突然消えた坂井悠二の気配。虹野ファミリーもそれに気づく。
「どうやら、この話はまた後ほどのようでありますな」
「全く、何故俺があんな鬼畜を‥‥」
「キチク? 何の話?」
「シャナ、いいか? 俺より強いやつじゃないと認めんからな?」
「?? だから何が?」
虹野ファミリー、出陣。
「『零時迷子』のミステス、『渾の聖廟』への取り込み、完了したでございますでーす!」
「ェエークセレントォー!! では、ガルザ、『体』はあの『時計塔』でぃいんですねぇー?」
世に名高い"探耽求究"ダンタリオンこと教授と、その助手・お助けドミノが、待ちに待った実験開始に胸踊らせながら取り組む。
「ああ、頼む。同志・ダンタリオン」
そして、まるで巨大な植物の種のような塊、その内に『零時迷子』のミステスを秘めた『渾の聖廟』の種を、不思議なUFOから生えた二本のアームで運んでいる。
"それ"は、時計塔に触れると同時に、まるで溶け合うかのように中に吸い込まれていく。
それを、宙に浮いて見つめる男、ガルザは、溢れる昂揚と共に見つめる。
"誰か"に伝えるように、見せ付けるように、言葉を紡ぐ。
「"宝具の力を劣化させる"自在式『テルマトス』、同志・"狩人"フリアグネの編み出したそれと、同志・ダンタリオンが幾重にも施した『吸収の自在式』、この二つに、『零時迷子』を組み込んで初めて完成に到った、それが、『渾の聖廟』」。
時計塔を見上げる。時計塔の本来の役割、時を見るために。
「見ていろ。お前がやりたかった事を、この俺が成し遂げる様を」
時は、零時に近い。
ものの数十秒前である。
「‥‥‥"来た"」
ゴォオーン
時計塔が、零時を告げて鳴り響く。
同時、
ドクン
時計塔が、"脈うった"。
そして、鉄材で出来た時計塔が、砕け、曲がり、絡み合い、異様な変貌を遂げていく。
「零時と共に、『零時迷子』は存在の力を回復させる。あの、大きな器を持ち、今は大きく損傷しているミステスを」
夢に踊る蝶が言った。
「本来なら一瞬のうちにその器を満たすだろう『零時迷子』も、『渾の聖廟』の中ではその回復速度が鈍る」
逃げ上手の、奇妙な男が言った。
「そして、教授の『吸収』の自在式が、回復した端からその力を奪い取り、いつまでも器は満ちず、『零時迷子』は無限に力を回復させ続ける、で良かったでございますはひはいひはい」
ガスタンクのような燐子が言った。
「その力を動力にした、『渾の聖廟』を心臓にした、時計塔を体にした、新しい存在‥‥」
粗末で、小さな人形が言った。
「今度こそだマリアンヌ。この無限の力があれば、今度こそ果たせる。君を、この世で一個の存在にしてみせる」
白の狩人が言った。
「紅ぅー世でしか生まれ得ない徒を! こぉーの世で生み出す! 不可能の壁を超えた‥‥っその存在ぃーー!!!」
白緑の探求者が言っ‥‥叫んだ。
「さあ、立て‥‥」
最後に、大鎌を担いだ、貧相な服装の精悍な男が、『それ』を呼ぶ。
「『敖の立像(ごうのりつぞう)』よ」
生まれ出でる巨大な存在、その内に在る少年は、目覚めない。
(あとがき)
今回は前の七、八章みたく、連章となります。
何とか十章エピローグまでこぎつけた私。長い旅路でした。
とか言いながら書き手デビューから半年くらいしか経ってないんですよね。
まだまだ未熟という事か。
それでも頑張れるのも読者の皆様のおかげです。いつもありがとうございます。