『革正団(レボルシオン)』。
"人の世に自分たちの存在を知らしめる"という思想を持つ、十九世紀から二十世紀初頭にかけて大きな『戦争』を起こした"奇妙な"徒達である。
彼らは、他の大組織、『仮装舞踏会(バル・マスケ)』や『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』とは大きく異なる。
彼らには、明確な首魁や、"組織としての実体"が無い。ただ、同じ、"人の世に自分たちの存在を知らしめる"という思想を持つ者たちが自らを一員と名乗る、という組織というより集団なのだ。
彼らは徒とフレイムヘイズの間にある暗黙を当然のように打ち破る。フレイムヘイズどころか、同胞たる徒からも疎まれる存在。
「‥‥‥‥‥‥」
しかし、その中に、友がいた。
当時は、そこまで親しい相手でも無かった。
自分は、昔から持てる力には不似合いなほどに"穏やかな生活"を望んでいた。
通常の徒が抱く強烈な願望や自己顕示欲はほとんど無く、ただ、『この世界』で穏やかに暮らす事こそが十分に楽しかった。
誰の為でもなく、自分の為に、そうしてきた。
だから、あの男の考えには最後まで賛同など出来なかった。
いや、今も考え自体にはさっぱり共感など出来ない。
たまに、本当に数十年に一度くらい会って、一緒にエールを飲み、ビリヤードで遊ぶ。その程度にしか親しくはなかった。
だが、そんな彼が死んだと聞いて、自分でも全く予想していなかった喪失感に襲われた。
『人の世に、自分たちの存在を知らしめる』、その小さな一歩、その為の犠牲となったと言う。
理解出来なかった。そんな事のために命を捨てたあの男が。
しかし、どうしてもその事実を、“あの男が無為に命を捨てた”事を受け入れられなかった。
そして、決意した。
このまま、世界が何も変わらなければ、あの男はただの犬死にである。だが、世界が変われば、徒と人間の間に『明白な関係』が出来れば、あの男は世界の摂理を生み出した一人として、その死に、生に、意味が出来る。
そう、納得する事が出来る。
自分でも馬鹿馬鹿しいと思う。そんな、自分に対する子供騙しの感情だけで、遂にここまで来た。
人と徒の関係。今でも、自分にはそんな事はどうでもいい。ただ、友達の死が無駄な、どうでもいい死にされる事が我慢出来ないだけだ。
「見ろ、もうじき完成する」
そんな自分が『革正団』を名乗り、"それぞれの利害による"仲間を集め、昔は鼻で笑った、『同志』などという気取った呼び方を愚直に守っている。
今は亡き友に、語り掛ける。
「無限の力を持ち、同胞殺し達に壊される事も無く、人間達にその存在を、その姿と力を以て知らしめる、『俺たちの代表』が」
そんな滑稽な自分に対する自嘲も、今は忘れる事が出来た。
「‥‥見ていろサラカエル。もうじきだ」
「生まれた存在の力が、あの巨体に完全に馴染むまでは時間が掛かりそうだね」
変貌していく時計塔を見下ろす位置に浮かぶ"狩人"フリアグネが、傍ら、"戯睡卿"メアに語り掛ける。
「『敖の立像』が完全に覚醒するまでは"貴方の目的"も実行に移さない、という話だったかしら?」
それにメアも、可笑しそうに返す。
「君達がいなければ、私たちは『零時迷子』の存在も知る事が出来ず、ここまで上手く事を運ぶ事も出来なかった。マリアンヌのためとはいえ、最低限のマナーは守らせてもらうよ」
「ご主人様‥‥」
自分の肩に在る"恋人"を撫でながら、"狩人"の顔には不敵な笑みがある。
それが、マリアンヌの言葉で、とろけそうな笑みに変わる。
「ダメじゃないかマリアンヌ。ご主人様じゃなくて、フ・リ・ア・グ・ネ、だろう?」
「あ‥‥はい、フ、フリアグネ‥‥様」
フリアグネ達の僅か下に浮かぶメア、溜め息が聞こえそうなほどにわかりやすく肩をすくめる。
「‥‥来たみたいよ」
メアが示す先、明るすぎる水色と、翡翠の光が飛んでくるのが見える。
「‥‥片方は知らない色だね。まあ、誰であっても、やる事は同じ、か。ガルザ!」
フリアグネは、自分たちよりずっと下方、時計塔に相対している同志に呼び掛ける。
「‥‥わかってる。邪魔は、させない」
言って浮かび上がってきたガルザとフリアグネが、二人で飛んで行き、その場にはメアと、未だに何事かはしゃぎながら時計塔の周りをぐるぐると回っている教授のみが残される。
「‥‥‥‥‥‥‥」
自在法・『ゲマインデ』は、本来は"戒禁破りの自在法"である。
ミステスを人為的に作る際、徒は、中身を奪われないように防御系の自在法・『戒禁』を掛ける。
『ゲマインデ』は、標的を夢で踊らせ、"戒禁を変換して作り出した"虚像を、標的自身に倒させる事によって、その『戒禁』を破るのだ。
そうして、『戒禁』を無くしたミステスに、メアは"寄生"する。
彼女は珍しい事に、"ミステスに寄生する"奇妙な徒なのだ。今の少女の姿も、寄生した戦闘用ミステスの物である。
(‥‥サブラク)
手にした、粗末な短剣を見やる。
かつて一緒に旅をした時に、代償として彼に渡した物。それから、会う度にちゃんと持っているか、しつこく確認した物。いつでも、彼はちゃんと持っていてくれた物。
そして、彼の死を理解"させられた"物。
『ゲマインデ』は、自分との力の差が大きな者には掛ける事が出来ない。
例えミステス相手でも、相手が強大であれば使えない。
だから、本来なら、"このミステス"にも、『零時迷子』のミステスにも、『ゲマインデ』は掛けられない。
だが、この自身の"燐粉"たる自在式を、対象に打ち込む事で、どんな相手にも"内側から"『ゲマインデ』を掛ける事が出来る。
いつも、彼がそれをやってくれた。そして、『零時迷子』のミステスにも、渡しておいた自在式を、打ち込んでおいてくれたのだ。
「‥‥‥‥‥‥‥」
変貌していく時計塔を見る。
「もうじき、完成する。世界が揺らぐ、誰も、『これ』を成し遂げた私を無視出来なくなる」
いつも、口癖のように自分は言っていた。
『誰にも無視されない存在』になりたいと。
ポタ
右手に、雫が落ちる。
「ようやく、願いが叶う」
それなのに‥‥
雫が、次々に零れてくる。
「私は、誰にも‥‥無視、出来なっ‥‥‥!」
嬉しくない。
ちっとも、嬉しくない。
「誰よりも、貴方に認めて欲しかったのに‥‥‥」
少女の涙に、応える者は、もういない。
「封絶」
街全体を覆うほどに巨大な陽炎のドームが展開される。
その中を漂う炎は、明るすぎる水色。
「‥‥ゆかり」
「‥‥わかってる」
"敵"が近づくに連れて、気配も明白になってくる。
間違いなく、『王』が二人、いや、三人。
しかも、得体の知れない気配が、時計塔の辺りから膨らんでいっている。
「悔しいけど、仕方ないね」
坂井悠二に何かあった。それを感じ取っているのに‥‥この状況では自分は足手まといにしかならない。
"そういう立場"になれたと思って、しかし以前と何ら変わらない自分に無性に腹が立つ。
「‥‥シュガーと吉田一美を連れて、なるべく遠くに離れてください」
そんな平井の無念を察して、しかしそう言うしかないヘカテー。
絶対に、まともな規模の戦いにはならない。近くにいたら巻き添えにしてしまいかねない。
そんな、恐ろしい予感がある。
「‥‥"ごめんね"」
力になれない弱い自分を悔やみ、そんな自分の弱さを親友に謝り、平井は引き返す。
そんな平井を見送るヘカテー。見送られるしかない平井。
双方が等しく胸に少なくない痛みを抱いて、しかし、今は‥‥
(悠二!)
愛しい少年のために、ヘカテーは飛ぶ。
平井は、そう出来ない自分に怒りを覚えて、それでも、反対方向へ、飛ぶ。
(悠二!)
相手は少なくとも三人以上。本来なら、ヴィルヘルミナ達が追い付くのを待つべきである。
だが‥‥
(悠二!)
到底、待つ事など出来ない。
見る間に距離が縮まり、男が二人、立ちはだかる。
(あれは!?)
「久しぶりだね。"頂の座"」
"狩人"、フリアグネ。
「生きて‥‥いたのですか」
唖然とするヘカテーに、対するフリアグネは全く平然と応える。
「驚くほどの事でもないだろう? 君達は、私が消滅した瞬間をその目で見たわけではないのだからね」
肩に乗ったマリアンヌを撫でながら、見下すような目でヘカテーを見る。
「悠二を、どうしたのですか?」
ヘカテーも、"こいつ"が元凶である事を理解し、凍てつくような殺気を伴った水色の炎を全身から溢れさせる。
「心配する事はないよ。"彼"は壊していない。いや、むしろ永遠に"あのまま"壊れる事などないだろうね」
以前とは明らかに違う。少年を大切にしているとはっきりとわかるヘカテーの様子に、フリアグネは面白そうに言う。
「‥‥‥‥‥‥‥」
悠二に、こいつが何かしたというのははっきりした。もう、生かしておく意味もない。
それなのに‥‥
(‥‥寒い)
心が、怒りを上回る不安でいっぱいだった。
今までは、悠二が傷ついても、血を流しても、生きていて、自分の側にいた。
だから、ある意味安心して敵に洗礼を与える"余裕"があった。
だが今は違う。悠二がいない。無事かどうかわからない。
目の前の敵がどうでもよくなるくらい、悠二の無事を確認したかった。
そんなヘカテーに、しかし敵達は容赦しない。
「話は済んだか。なら、一応こっちも自己紹介しておこうか」
今まで黙っていた、肩までの長いクセっ気の、古びたコートの男が語りだす。
「俺は"血架の雀(けっかのじゃく)"ガルザ。『革正団』だ」
言って、担いだ身の丈を大きく越える大鎌を構える男。
その男・ガルザの大鎌も、体から溢れだす炎も‥
"血色"だった。
(あとがき)
メアの能力、少々設定いじくってます。
オリキャラまで出して墓穴を掘る私。しかし完結を目指して頑張ります。