「‥‥‥‥‥‥」
「あれ、一体どうなってんだ?」
「‥‥‥平井ちゃん?」
封絶の中、人間であるにも関わらず、ヘカテーやマージョリーの力で動く事の出来る吉田と佐藤を抱えて、平井ゆかりは飛んでいた。
その目には、全くの反対方向に、無数の徒達と、異様な変貌を遂げつつある時計塔が映る。その双方を見晴らせる、ちょうど中間の位置に平井はいた。
(ヘカテー)
二対一、血色と白が、水色の光を追い詰めて行く。
(坂井君)
どこにいるかもわからない。無事なら、こんな事態に出てこないわけもない。
だが、吉田が財布に隠していた悠二の写真から、彼の姿は消えていない。
トーチが死ねば、その生きていた痕跡すらも消える。未だ写真に写っているのは死んではいない事の証だった。
(私は、またこんな所で何も出来ずに‥‥‥)
と、そんな思考が脳裏をよぎり、すぐに振り払う。
今は、吉田と佐藤を逃がさなければならない。
実力以前の役割があるのだ。
「ゆかり、ちょっと下ろせ」
背中の吉田が、そう促してくる。
「?」
よくわからないまま、一度着地し、二人を下ろす。
「ん」
そして、すぐさま右手を広げてみせる。
「ん?」
吉田の意図が読めず、とりあえず握手してみる。
「そうじゃなくて、『玻璃壇』だ『玻璃壇』! 栞出せ」
ここに到って、吉田が何を言いたいのか悟る。
自分が、ヘカテー達の下へ駆け付けたいと感じている気持ちを見透かされているのだ。
「いや、でも一美達残して行くわけにも‥‥‥」
「やかましい!」
「ひゃわっ!」
豪快に平井に掴み掛かる吉田。胸ぐらを漁り、白い羽根を二枚奪い取る。
「ここまで来たら自分達で逃げる。封絶の中ギリギリまで離れてから『玻璃壇』使うから、心配いらねーよ」
言って、道の脇でチャラ男がまたがっているバイクを見る。
「さっさと行け」
「‥‥‥‥‥‥」
その、親友の、全く彼女らしい気遣いに、ヘカテー達の危機に、平井も決断する。
「私、行くね」
悪夢だった。
千をも超える徒の『軍勢』、徒と人間の間に、『明白な関係』を築こうという大義を掲げた猛者達、それが、全く相手になっていない。
なだれ込むように襲いかかる徒達を、その数も重さもまるで無関係に投げ飛ばし、こちらの攻撃を散らすように受け流す仮面の舞踏姫。
そして、こちらの数も防御も無関係に全て消し飛ばす、虹の剣士。
完璧な防御と、圧倒的な攻撃力。
強いというより、もはや理不尽。
「はあっ、はあっ、はあっ」
白い爆炎が、血色の業火が、カードの怒涛が、うなり、しなる大鎌が、無数の燐子達が次々に襲ってくる。
反撃する間さえほとんどない。燐子をいくつか破壊出来た程度だった。
「っはああああ!」
「!」
ヘカテーを追い詰めていた二人の紅世の王。それらが突然、横合いから繰り出された炎の大奔流に呑み込まれる。
色は、紅蓮。
「サントメール!」
「情勢の分析は?」
ヴィルヘルミナ達に徒の軍勢を任せ、ヘカテーの加勢に駆け付けたシャナ、普段は反りの合う相手ではないヘカテーにも、今は私情を挟まない。
「よくはわかりません。ただ、きっと、"あれ"の中に悠二がいます」
応える間に、
ギィン!
紅蓮の炎の中から、変幻自在の血色の大鎌が伸び、シャナが大太刀・『贄殿遮那』でこれを受けとめる。
炎が晴れ、火除けの結界に展開するフリアグネと、その内に入り込んでいるガルザ。
(悠二の、『アズュール』)
元々がフリアグネの物であるにも関わらず、ヘカテーはその事にどうしようもなく憤激する。
(二対二、より‥‥)
ヘカテーはシャナから、ガルザから、大きく距離を取る。
二対二より、一対一を二つにした方がいい。自分とシャナとの相性の悪さは十分理解している。
シャナもそれを理解しているから何も言わない。
ただ、自分を追う徒の纏う薄白い炎を見て、「話が違う」という風に睨んでくる。
「そっちは任せました」
それだけ言い、自分もフリアグネに対して構える。
『アズュール』を持っている以上、フリアグネは自分が相手するべきだ。
さっきのシャナの一撃で、マリアンヌ以外の燐子は焼き尽くされている。
こいつを倒して、悠二を助けに行く。
「覚悟」
「っは!」
まるで鞭のように、いや、それ以上に不規則にグニャグニャと動く大鎌を、しかしシャナの大太刀が弾く。
全く、敵の能力についてくらい話していけと思う。
「くっ!」
疾い。しかも変則的な攻撃だ。中距離で戦うには分が悪い。
大鎌を避けながら、一度大きく距離をとる。
「っはああああ!」
そして再び、大太刀を核として圧倒的な紅蓮の炎を放出する。
しかし、
「っはぁ!!」
対する徒も、"同じように"血色の炎を、凄まじい熱量と範囲で放つ。
空をよく似た二つの炎が灼き、視界は二色の赤に埋め尽くされる。
単純な炎の押し合いにも関わらず、その血色の炎はシャナの紅蓮の炎に少しも圧されていない。
(私と同じ、炎使い!)
それを見切り、遠距離から炎で仕留める方針をあっさり捨てる。
敵はこいつだけではないだろう。消耗戦は非効率である。
「アラストール」
「うむ」
契約者に一言で確認し、次の手に移る。
あの、何かの宝具らしき大鎌は確かに危険だが、
(私なら、行ける)
その確信に違わず、またも炎を裂いて襲いくる大鎌の一撃を弾く。
「っは!」
紅蓮の双翼が燃え上がり、血色の徒へと最短に突き進む。
当然のように、血色の大鎌が連撃を繰り出されるが、
ギンッ!
うねる大鎌の刃を悉く弾く。
ヒュッ!
体を僅かに、最低限に反らし、姿勢を動かすだけで掻い潜る。
(間合いに入った!)
大鎌が伸びている間は、その変則的な攻撃のメリットはほとんどなくなる。むしろ接近戦での小回りが効かなくなる。
「っ‥‥‥‥」
無論、元の長さに戻せば済む話だが、もちろんそれを許すつもりはない。
「だっ!!」
僅かに退がり、"自分の身を"大太刀の間合いから逃した徒の、"大鎌"に斬撃をたたき込む。
逆袈裟に斬り上げられた一撃が、徒の大鎌を弾き飛ばす。
返す刀で、斬り下ろす。
しかし、眼前の徒の手に、先ほどまでは無かった血色の炎の大剣が現れている。
ガァアン!
二つの刃がぶつかり、炎が"散る"。
そう、炎が散り、気づく。これは"炎の大剣ではない"。
大剣が血色の炎を纏っていただけ、そして炎が散って、そこにある大剣の刀身には、波打つように"血色の波紋"が浮かび上がって‥‥‥‥
「『吸血鬼(ブルートザオガー)』!?」
ザンッ!
「っあ‥‥!」
魔剣・『吸血鬼』に注ぎ込まれた存在の力がシャナを斬り裂く。
気づいた瞬間、僅かに身を退いたおかげで致命傷には到っていない、と"油断する"。
「驚く事じゃない、"これは元を正せば俺の物だ"。正確には俺達の、か」
刀身に浮かぶ波紋と同色の炎を湧き上がらせる徒。
かつて一人の人間と共に作り、それを用いて共通の大敵を屠ふり、最後には、歳を取り、倒れたその人間の墓前に突き立てた大剣。
時を経て自分の手元に戻って来た大剣を、男は懐かしげに振るう。
「っ!」
それを見て、坂井悠二が本当に捕われた状態にある実感を持つシャナの背中を、
ズバッ!
"ガルザの手元から離れたはずの"血色の大鎌が斬り裂いた。
「その鎌はただの武器でも、宝具でもない。"鎌の姿をした俺の燐子"だ。
まあ、俺は同志・フリアグネほど器用じゃないから、燐子に"意思"なんて持たせられないが、これくらいなら"そいつ"にも出来る」
炎髪のフレイムヘイズが、背中から血を吹き出しながら、街へと落ちて行く。
「まずは、一人目」
「ははははははははは!!」
壊してやった!
"こいつ"を引き裂いて、噛みちぎって、踏み潰して、全てブチ壊してやった!
自分の足下に這いつくばる板金鎧を踏みにじりながら、『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーは、あまりにも昏い、しかし歓喜の笑いを爆発させていた。
(どうだ! 私から全てを奪ったこいつを、この"銀"の全てを、今度は私が奪い去ってやった!)
何百年も探し続けた復讐の対象。自分の心底からの望み。今の自分の存在理由。
そう、存在理由。
(これで、これで私は‥‥‥‥)
"何も無い"。
「ははははは、は‥‥は、うぁ‥‥‥‥」
そう、歓喜で、憎悪で、誤魔化していたものが、目の前にあった。
気づいてはいけない。絶対に目を背けなければならないものに、気づいてしまった。
「あ、あぁ‥‥‥」
そう、終わったのだ。
何もかも、全て。
「っうわぁああああああああああああああああ!!」
「二人目」
最早、世界を変える熱意を失った少女が、それでも何故か戦う少女が、ポツリと呟いた。
(あとがき)
今回、最近無かったくらい筆(指)の滑りが悪かったです。
限界か。スランプか。
『吸血鬼』の部分はオリジナルです。原作にそういった(出所とかの)詳しい描写はありません。
最近、ベランダの手すりに古い米を置いて、それを食べるスズメを眺めるのがオツです。ラブリー。