「‥‥どういう事でありますか?」
メリヒムとヴィルヘルミナを襲った二つの自在法。二人はそのどちらにも見覚えがあった。
メリヒムと同じ『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』の『九垓天秤』、先手大将"焚塵の関"ソカルと、"厳凱"ウルリクムミの自在法である。
二人共、数百年前の『大戦』で死んだはず。奇跡的に生存していたメリヒムとは違う。
ソカルは、"先代の"『極光の射手』カール・ベルワルドに、ウルリクムミは『震威の結い手』ゾフィー・サバリッシュに、それぞれ"目の前で"討滅されている。無論、消滅の瞬間も確認されている。
"絶対に生きているはずのない"二人なのだ。
「‥‥‥幻術か」
「でありましょうな」
ヴィルヘルミナは他のフレイムヘイズからの確かな情報として、メリヒムは"あの場で逃げ出す二人ではない"という同志への信頼から、目の前の現象をそう断定する(そして、それは概ね正しかった)。
「‥‥悪趣味な事だ」
虹の剣士は、ギリッと歯をきしらせた。
「くっ!」
廻る。水色と翡翠が、自分の周囲を廻る。
「っはあ!」
炎を掻い潜り、光弾を放ち、時に炎弾も放ってくる。
一対一なら勝機もあるだろうが、あのミステスが、速さだけが取り柄らしいミステスが存外うっとうしい。
(仕方ない)
「っふ!」
左手に提げた血色の大鎌を、平井に向かって投げ放つ。
(行け!)
平井は無論の事、これを躱す。実戦経験が無くても躱せるほどの距離を、その高速の『飛翔』で常に取っている。
しかし、その後ろ、躱した先で大鎌がうねり、伸び、背後から平井を襲う。
しかし‥‥
「っ!」
"後ろを見ずに"平井はそのまま飛び、その一撃を躱す。
「"さっきの"、遠巻きに見てたからね。半端には避けないよ」
どうやら、『炎髪灼眼』を仕留めた瞬間を見られていたらしい。
しかし、
(どちらでも、同じ事)
「"追え"!」
持ち主の手から離れたにも関わらず、大鎌は生物のように飛ぶ少女に襲い掛かっていく。
自身の自我は無く、しかし主の意思を遂行するという"本能"を持つ"燐子"は、少女を追い続ける。
「え、きゃああ!!」
あの速度に追い付くのは難しいだろうが、これであのミステスはとりあえず無視していい。
あとは‥‥
「行くぞ!」
"頂の座"さえ倒せば、邪魔者はもういない。
右手の『吸血鬼(ブルート・ザオガー)』を振るって飛び掛かる。
この魔剣がある以上、接近戦の方が有利。何より、"頂の座"は遠距離戦の方が得意なようだ。
「『星(アステル)』よ」
無論、易々と接近を許すヘカテーではない。
水色の流星群をガルザに向けて次々に放つ。
「っだあ!」
気合い一閃、血色の炎がそれらを飲み込み、融爆する。
そのままヘカテーに斬り掛かろうとするガルザの耳に、
『どこぞに失せろ』
歌が聞こえた。
「っな!?」
視界の内を、無数のヘカテーと無数の封絶と、無数の血色の炎が埋め尽くす。
まるで回る万華鏡に閉じ込められたような錯覚に捕われる中、
『うすら、馬鹿!!』
さらに鏡面全てが砕け散り、閃光が目を灼き、今度は完全に視界を奪われる。
光の色は、"群青"。
(『屠殺の、即興‥‥』)
そう理解し終える間すら無く、
「「『星』よ!!」」
少女の声が耳に届く。
同時に、何の音か、雅やかな音色も流れる。
咄嗟に、見えないながらも前方全てを埋め尽くすほどの血炎の大奔流を放つ。
それらが光弾とぶつかる気配を感じながら、遅れて気づく。
声は、二つだった。
ドドドドドォン!!
(っあ‥‥‥‥!)
"後ろから"、無数の光弾が、ガルザを貫いた。
光弾の色は翡翠。
放ったのは、未だ血色の大鎌に追われて、追われながらもガルザに攻撃した平井ゆかり。
どんな複雑な自在式も、普通ならばまず使用出来ない"他者の固有自在法"すらも、一度刻み込めばいくらでも奏でる事が出来る。
それが平井が身の内に宿した宝具・『オルゴール』の力だった。
今夜の課題だった固有自在法の修得鍛練の過程でヘカテーの『星』を『オルゴール』に宿していた事が幸いしたのだ。
ガルザにとっては全くの誤算。逃げ回ってばかりいた未熟なミステスの方が、こんな切り札を隠し持っていた。
(‥‥サラカエル)
体から、炎がまさに血のように溢れだす。
(‥‥見ろ。これが『敖の立像』だ)
薄らと戻ってきた視界に、覚醒も間近な究極の存在が映る。
(こいつが、世界に教えてくれる。その存在と力で。
お前が言っていた。人間と徒の新しい関係、在るべき姿が、きっと生まれる)
時間は十分に稼いだはず。まだ"狩人"フリアグネも残っている。
(俺もお前も、世界の在るべき姿を生んだ第一人者だ)
何故か、たまらなく嬉しくなった。
(これでやっと、お前も報われる‥‥)
「‥‥さよならだ。穏やかなる世界、よ‥‥」
そう微笑んで、血の炎へとその身を散らす。
それが、"血架の雀"ガルザの最期だった。
「っとわ!」
後ろから追ってきた血色の大鎌を横に躱す。
しかしもう追跡してこず、下に落ちていく。
元々が自我を持たない燐子。主からの命令意思が無くなれば自ら動く事すら出来ない。
「‥‥勝ったぁ」
初の実戦で緊張のピークにあった平井、呆けたように呟き、脱力する。
特に、大鎌に追い掛け回されながら『星』を撃った時など生きた心地がしなかった。
パシィ!
ガルザが血炎に散り、宙に残された『吸血鬼』を女傑がキャッチする。
「遅かったじゃないですか。マージョリーさん」
それは『弔詞の詠み手』マージョリー・ドー。
一体誰と戦ったのか、身なりはボロボロ、伊達眼鏡もなければ、いつものポニーテールも崩れ、長いストレートになっている。
「いっ、色々あったのよ」
「ヒャーハッハッ! 照れてやがるぜ、我が純情なブッ!」
例によってマージョリーに平手打ちを食らうマルコシアス。
何で今のやり取りで照れるのだろうか?
いや、それより‥‥
「ヘカテー」
今は、悠二を助けだす事が優先だ。
「‥‥あの中へ、突入します」
「って、言ってもあれ何よ?」
「何か、さっきの徒は『敖の立像』とか言ってましたけど」
目の前の元・時計塔はすでに異様に大きな存在感を発し、しかも、その存在感はさらに増していっている。
「‥‥よくわかんないけど、ユージがあの中にいるんなら、何かの方法で"あれ"の動力にされてるんでしょうね」
「何もねートコから存在の力捻り出すなんざ、『零時迷子』くれーしかねーからな」
そう、周囲の人間も喰われている様子は無く、かつ、時計塔の力は時と共に増している。
そして、行方の知れない坂井悠二。妙な気配が現れたのも零時。容易に推測出来る事だった。
「‥‥‥‥‥‥」
その、悠二を勝手に利用している敵に、言い様の無い憤激に駆られるヘカテー。
ポフン
そんなヘカテーの頭に、平井が手を乗せる。
「気持ちはわかるけど、冷静に、ね? ヘカテー」
「‥‥わかってます」
二度の念押しは心外である。
「ま、どっちにしてもこれほっとくわけにもいかないみたいだしね」
「こいつの仕掛けから兄ちゃん引きずりだすってのは賛成だーな」
満場一致。坂井悠二救出。
(さあ、どうしようかしら)
眼前の敵、三人。『敖の立像』に侵入するつもりらしい。
もうミステスの"戒禁"はほとんど残っていない。
戦力にはならないだろう。
(誰にも無視出来ない、世の変革‥‥)
自分が戦ってでも、阻むべきだろうか?
勝てるとは思えないが、時間稼ぎくらいなら‥‥
(‥‥いや)
中には"狩人"もいる。"探耽求究"の防衛機構もある。
心配する事は‥‥
「お前、"これ"が何か知ってるの?」
突然、後ろから掛けられた声に、振り返る。
「あら、生きてたのね」
そこには、黒衣の内の衣服を、決して浅くない傷から流れる血に染めた、
しかしそんな傷の深さなどまるで感じさせず、力強くそこに立つ、大太刀を提げた、炎の髪と瞳の少女。
紅世真正の魔神をその身に宿す、『炎髪灼眼の討ち手』。
絶体絶命の危機。だというのに、まるで危機感が湧いてこない。
「羨ましいわね。それが『強い者』の姿?」
その、『強者』を前に、戦おうと、そう思った。
(あとがき)
シリアス展開が今までで一番長くなる感じですが、どうにもずっとシリアスってると妙な感じ。
九章から十章終盤までほのぼのだったし、やはりバランスが大事ですね。
『オルゴール』の能力、原作でこんな事が出来るかはわかりませんし、原作ではもう壊れちゃってるから永遠にわからないとは思いますが、このSSではこんなんでいきます。