「はあっ、はあっ、はあっ」
「我が『碑堅陣』は、主を守る不破の関!」
"焚塵の関"ソカルの自在法・『碑堅陣』。
"石で出来た密林"を展開し、その石林を武器に、そして自身を隠す隠れ蓑にする自在法。
ただでさえ厄介な自在法だというのに、
「死ね!」
「何故フレイムヘイズに味方する!?」
「この討滅の道具が!」
黒森に雑魚が山ほど紛れ込んでいる。
「っは!」
「っふん!」
メリヒムの細剣とヴィルヘルミナのリボンが、奇襲(のつもりなのだろう)してきた徒達をまとめて斬り裂き、爆砕する。
ソカル本体を探す暇もない。
しかも、
「我が『ネサの鉄槌』にてぇえええ! 砕けて朽ちよぉおおおお!」
石の枝や根と同時に、鉄の竜巻・『ネサの鉄槌』まで飛んでくる。
「‥‥まずは、ウルリクムミからやるべきか」
「巨体の彼では、貴方の『虹天剣』には対処出来ないはずであります」
そう、"厳凱"ウルリクムミは頭部の無い鉄の巨人の姿をした徒である。
いかに強靭な体を持つ彼でも、『虹天剣』に耐える事はまず不可能。むしろその巨体は狙いやすい的になる。
わかってはいるのだが、いかんせん敵が多すぎる。
「いたぞ!」
「殺っちまえ!」
キリが無い。いや、このままではまずい。
「『星(アステル)』よ」
水色の光弾が流星のように飛び、さらに一点、もはや人型の形に変貌している『敖の立像』の腹部に集中する。
ドドドドドォン!!
相当な力を込めたはずの一撃、しかし予想外に小さな穴しか穿てなかった。
「行きます」
「オーライ!」
穴の中、立像に捕われている坂井悠二を助けだすため、ヘカテーと平井が飛ぶ。
しかし‥‥‥
「っ!」
「何これ!?」
『星』で穿たれた穴、今まさにヘカテー達が突入している穴がみるみるうちに修復、再生されていく。
このままでは‥‥
(壁に取り込まれる!)
そんな二人に、
『王様目指す獣達!』
『ライオン倒す一角獣!』
救いの即興詩が聞こえる。
『街中ぐるぐる追い回す!』
まるで竜巻のような群青の炎の渦がヘカテー達を覆い、迫りくる壁を削り飛ばす。
「ナイス、マージョリーさん!」
無事、立像への侵入を果たす平井とヘカテー。
マージョリーは外で待機である。いざというとき、三人共、中に"取り込まれました"では話にならない。
どちらにしろ、あの再生能力がある以上、"今は"何をしても通じないだろう。あの二人が坂井悠二を救出するまで無茶な攻撃をしないという口約も、あるにはある。
無論、この『敖の立像』のがあまりにとんでもない真似をしなければ、という場合に限っての事だが。
「‥‥頑張んなさいよ」
「教授ー、『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の巫女様が中に侵入したようでございますです!」
「実験の邪ぁー魔です。防衛機構を作動! 即刻ヘカテーをつまみ出すんですよぉー!」
そんな風に教授とドミノが騒ぎ、それをマージョリーが一応ブッ飛ばしておこうかと考える最中。
「ッォオオオオオオ!」
時計塔、いや、時計塔だったものが、咆哮をあげる。
完全に変貌を遂げたその姿は、あのカムシンの『瓦礫の巨人』をも遥かに超える大きさの鋼の巨人。
まるで鎧のようなその姿が、しかし生物のように脈動している。
「動きやがった!」
「‥‥‥こりゃ、イカレ教授の相手してる暇はなさそうね」
昇る。無茶苦茶な構造へと変貌した時計塔の内部を、二人の少女は昇る。
「坂井君の気配、わかる?」
「‥‥‥‥‥‥」
立像中に張り巡らされた自在式の気配、立像そのものの莫大な気配、それらが渦巻くこんな所では、悠二の気配を掴むどころかまともな感知能力すら働かない。
『ピーッ! 侵入者発見!』
「っ!」
突如として妙にコミカルな声が聞こえる。
(あれは‥‥‥)
「『お助けドミノ』!?」
そう、"探耽求究"ダンタリオン教授の愛・燐子、ドミノそっくりの、しかし一回り小さいそれらが大量に、立像内の無茶苦茶な通路に現れていた。
これこそが教授の誇る、『敖の立像』の内部を守る防衛機構なのである。
「排除する! 排除する!」
ドミノの一体が、巨大なマジックハンドでヘカテーに襲いかかる。
「っやあ!」
しかし、それを平井の放った翡翠の炎弾が打ち砕く。
「ヘカテー、先行って。これくらいの相手なら今の私でも何とかなるから」
言って、平井は今まさに向かおうとしていた狭い、一つの通路を指差す。
あそこに一番自在式が伸びていっていたのだ。
「でも‥‥‥‥」
「あとですぐ追い付くからさ♪」
そして、笑顔で振り返る。
「無理は‥‥しないで‥‥‥‥」
そう、袖をつまみながら言うヘカテーが可愛らしく。軽く抱き締める。
「ほら、早く行く! お姫様救出は譲ったげるから!」
背中を叩いて、ヘカテーを見送り‥‥
『つまみだせー!』
「『星』よ!」
背後から迫るドミノ達を、『オルゴール』に刻まれた、ヘカテー直伝の光弾でまとめてふっ飛ばす。
「悪いけど。しばらくは、私と遊んでもらうからね」
翡翠の炎を溢れさせて、少女は強く笑い、言い放った。
(ゆかり‥‥)
大丈夫。あの親友は無謀な真似はしない。彼我の力量を見極められない愚か者でもない。
あの小型の燐子も、大半はただの機械で構成されただけの代物。
きっと大丈夫。
だから、平井共々ここから抜け出すためにも‥‥
(悠二)
この立像の仕掛けの核であると推測される‥‥
(悠二!)
何より、恋心を抱く愛しい少年を助けだす。
「悠二!!」
そんな少女の、頭に、直接声が掛けられる。
《やれやれ、あまり遠くにお行きでないよ。ヘカテー》
ヘカテーの、全ての思考が、止まった。
「まずは、宙空に飛び出す」
「了解であります」
「飛翔林檎」
メリヒムとヴィルヘルミナ、一時空に飛び、『碑堅陣』から抜け出す事を決定。
確かに空を飛んだくらいでこの石林の脅威を逃れられるわけではないが、目的はそれではない。
遠方からこちらに何度も『ネサの鉄槌』を放っている"厳凱"ウルリクムミを仕留めるためである。
『革正団(レボルシオン)』の数もまだ半数近く残っているのに、おそらくは幻術の類だろうが、厄介極まりない相手が出てきたのだ。
このままただ消耗戦を続けるのは不利だ。
(狙いは、二つ!)
ドンッ!
空気が破裂するような音を立てて、メリヒムとヴィルヘルミナは飛ぶ。
それを追うように、『碑堅陣』に入り込んでいた徒達の色とりどりの炎弾が、そして黄土色の炎を纏う石の枝木が、二人に襲いかかる。
それらを、メリヒムが安心して攻撃出来るように、ヴィルヘルミナが払いのけていく。
そして、"標的"の姿を確認する。
「この、愚か"物"共がぁああああ!!」
「‥‥‥‥‥‥‥」
全く意味の通らない言葉を発する、質実剛健にして、しかし戦い以外の全てにおいて慎み深かったかつての同胞、その幻。
それに剣を向ける事に、少なからず胸が痛む。
だが、そんな幻想に惑わされる柄じゃない。
「‥‥受けろ」
目の前に、濃紺の鉄の竜巻が迫る。
「『両翼』の、"剣"を」
メリヒムの背中に広がる七色の翼。
そしてかざした細剣から放たれる圧倒的な破壊光。
『虹天剣』が、『ネサの鉄槌』を圧倒し、貫く。
「っおおおおお!!」
全力で放たれた『虹』はそれのみに止まらず、そのまま‥‥
「ぐっ、おおおおお!!」
ウルリクムミの虚像をも貫き、さらにその先の、"もう一つの狙い"に突き進む。
それは、活動を開始した『敖の立像』。
今、メリヒム達に唯一"アテ"がある幻術の発生源。
ドォオオオオオン!
"距離によって威力が減衰"しない特性を持つ『虹天剣』が、鋼の巨人の左腕に直撃、爆発する。
しかし、左腕はまだ繋がっている。それどころか‥‥
「なっ!?」
「あれは!?」
『虹天剣』の直撃を受けて破損した左腕が、みるみるうちに再生していく。
無論‥‥
「くっ!」
直接貫いたウルリクムミはともかく、ソカルの方は未だ健在である。
あわよくば、幻術の"元"を断ってから、あの『革正団』を何とかしたかったのだが。
そんな憤りの感情で森を見下ろすメリヒムの目に‥‥‥
ドォオオオオオン!
城の尖塔ほどに巨大な、数十の剛槍が『碑堅陣』に突き刺さる、異様な光景が映る。
その穂先を燃やすのは、濁った紫の炎。
「フェコルー、本当にこんな物騒な場所にヘカテーがいるのか?」
押しの弱そうな悪魔然とした中年に、ダークスーツを着こなしたサングラスの男が訊く。
「はあ、今、参謀閣下が『遠話』を試しておいでですが、おそらくは間違いありませんかと」
「ふん‥‥」
くわえていた煙草をプッと吐き出し、男・"千変"シュドナイは、肩に担いだ剛槍を構える。
「我らが危なっかしい巫女様を守るために‥‥」
そのために、持ち出した剛槍・『神鉄如意』。
「暴れさせてもらおうか」
『革正団』だけで十分に厄介だった。
いや、『革正団』に攻撃したという事は、まだやりようはある。
何より、こちらには"頂の座"がいる。
しかし、まさかこんな乱戦の最中に‥‥
「『仮装舞踏会』か!」
(あとがき)
この辺り超展開過ぎて突っ込み所満載かも知れません。
後ほど本文中で"ある程度"整合性をつけるつもりですが‥‥‥あ、やば、またちょっとネガティブ入ってる。