「メリヒム!?」
「行くぞ」
ヴィルヘルミナの手を引き、メリヒムは飛ぶ。向かう先は、もはや生物へと変貌を遂げた時計塔。
「『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の狙いはわからんが、先の一撃で"敵の敵"である事ははっきりした」
メリヒムの言う通り、『革正団(レボルシオン)』の徒達は上空の"千変"と"嵐蹄"に向けて攻撃を開始している。
「今は"千変"に構っている暇も、無論助ける義理もない。潰し合ってくれるなら好都合だ」
「‥‥そうでありますな」
突如乱入してきた第三勢力を有効活用し、メリヒムとヴィルヘルミナはマージョリーやシャナの下へと向かう。
「ねえ、どんな気分? 紅世真正の魔神の契約者。徒にとっての死の代名詞、『炎髪灼眼の討ち手』、って‥‥」
起動を開始した『敖の立像』の上から移動し、強き存在にそう訊く"戯睡卿"メア。
その、今一つ意味の掴めない問いに、シャナは答えない。しかしメアは構わず続ける。
「私も成りたかった。誰も無視出来ないような、強く、大きな存在。でも、それももうすぐ成し遂げられる」
言って、その手に持った、少し変わった形状の神楽鈴を、『敖の立像』に向ける。
「わからないでしょ? 貴女みたいな存在には」
その、小さき者の切望を、シャナは言われた通りの、強き者の傲慢として切って捨てる。
「そうね、お前の都合なんて知らない。知ろうとも思わない」
ただ、その強い姿で、メアの前に在る。
「ただお前、迷惑なのよ」
「‥‥そうね」
その紅蓮に燃える姿、向けられた揺るがない切っ先、その全てを見て、メアは寂しそうに笑う。
『強者は強者としての強運を持っている。力は力以上の意味を持って、この世に存在している』
『やはりお前は、"哀れな蝶"だ』
同じように、強い者としての言葉を自分に言った、ブツクサとうるさい一人の男を思い出す。
(‥‥本当ね)
全く、今ならわかる。単純な力ではない。そういう"何か"がある。
それに、自分のちっぽけさも理解した。
こんな、世界の摂理が変わろうかという時に、霧散してしまう程度の願いしか持たない自分。
そして、本当はただ、一人の男に認めて欲しかった。それだけの自分。
その全てが、ちっぽけだった。
「迷惑と言うなら、止めてごらんなさい」
手にした神楽鈴を突き付ける。
全部わかって。何故、自分は戦うんだろうか?
「踊りましょう。『炎髪灼眼の討ち手』」
(どうして?)
ドナートがいる。ガヴィダがいる。会おうと願えば、どんな者にでも会える。
だが、いつまでも、陶酔に浸る事は出来なかった。
(ドナート)
かつて、いじけて、怯えて、全てから逃げ出した事を後悔していた。
だから、ありのままの気持ちを彼にぶつけた。
だが、"自分が知っている"ドナートしか、そこには現れない。自分が失くした、その先が、無い。
(‥‥当たり前、か)
もうわかっている。これは、夢だ。
わかっていたのに、いつまでも過去にしがみついていたのだ。
(‥‥情けないな)
「これは、私の夢だ」
景色の全てが変わり、無茶苦茶に機械が絡まった妙な部屋が現れる。
それには構わず、手にした一つの毛糸玉を見つめる。
願いを叶えるため、ほぼ力の全てを失って、完全な無防備となっていた自分があの羊角の徒に襲われた時、これだけは何とか封印して守ったのだ。
「‥‥貴方の想いは、ここに在るのにな」
『どうしたい?』
(また、この夢か)
だが、そう訊かれて、返せる答えが、今ならあるのだろうか?
「‥‥‥‥‥‥‥」
『せめて、こいつだけでも壊させて! ッブチ壊させてよぉおおお!!』
復讐を糧に、終わる事の無い戦いの運命に縛られるフレイムヘイズ。
『‥‥私、楽しかった』
徒に、ただ喰われるしかない、人間。
『‥‥貴方次第だと、言いましたから』
人を喰らう事でしか、この世に存在出来ない、徒。
そして、知らず人間を奪われて、知らず、全てを忘れ去られて消える、トーチ。
その全てが、悲しすぎる。
(僕は‥‥‥)
自然と、一つの願望。子供じみているかも知れない願望が、在った。
(この戦いを、終わらせたい)
『‥‥‥そうか』
目の前の黒い自分が、満足そうに応えた。
『悠二』
(‥‥ヘカテー?)
『悠二!』
呼んでいる。泣きそうな声で。
(行かなきゃ‥‥)
守るって、決めたから、泣かせたくないから。
(何だ、これ?)
おかしな機械に、体が埋め込まれている。
向こうに、"狩人"フリアグネと、知らない女が立っている。
そういえば、生きていた"狩人"に胸をえぐられて、意識を失ったんだった。
捕われの身。しかも‥‥‥
(力が、どんどん吸い取られる)
断続的に力を吸い出されているにも関わらず、自分の存在は消えていない。存在の力が尽きていない。
力の総量に余裕があるとかそういった事ではない。今、自分の余力はほとんどない。なのに消えない。
(‥‥『零時迷子』か)
どうやら、『零時迷子』の回復能力を、自分の器ごと利用されているらしい。
(‥‥それでか)
『悠二!』
『お姫様救出!』
自分に繋がる装置に、やたらと絡み合っている自在式から、大切な二人の少女の声を、感じ取れる。
前より、感知能力が鋭敏になった気がする。
(心配、かけられないよな)
何とかして、ここから抜け出さないといけない。
しかし、力は常に吸い出されている。こんな状態で無理に力を使えば自分の存在を使いきって消えてしまう恐れがあった。
だが、
(守るって、決めたんだ)
目の前の、元凶たる王を睨む。
(何か、何か来い)
向こうはこっちが目を覚ました事にすら気づいていない。腹の底から怒りが湧いてくる。
(何でもいい。この状況を打開する何か‥‥!)
ドォオオオオン!!
何か、この建物全体を揺るがす衝撃が起きる。
この独特の衝撃の感覚には覚えがあった。
(メリヒムの『虹天剣』か!)
吸収の式が、ほんの一瞬ブレる。
(今だ!)
ドォオオン!!
悲願を遂げ、『敖の立像』の内部で戦況を見極めていた。
邪魔者の入らない、いや、防衛機構が味方するこの立像の中で、まずは"頂の座"を始末しようと考えていた。
その最中、立像全体が揺らぎ、その一拍後に、背後から爆発音が聞こえた。
振り返る。
そこには、『渾の聖廟』に取り込まれたはずのミステス。
(馬鹿な!?)
力を吸われ続けて、動けるわけがない。
あの衝撃で、『渾の聖廟』の吸収機能が一瞬揺らいだとしても、その間に得られる力などほんの僅か。
そんな力であの頑強な装置を破壊して脱出するなど、かなりの高効率の力の顕現が出来なければ不可能。
たかがミステスに、そんな真似が‥‥
フリアグネの思考はそこで止まる。
目の前の、もはや『零時迷子』によって力の全てを取り戻した、銀の炎を撒き散らす少年。
その眼に宿る、強烈な激情。
「う‥‥‥」
いつか、自分とマリアンヌを絶対の危地に追いやった“銀”と同じ、いや、それ以上の激情を宿したその眼を、燃え上がる銀色の炎を前にして、ただ何の思考もなく。
今まで強力なフレイムヘイズを何人も屠ってきた自身の切り札の、“引き金”を引いた。
装置から抜け出し、力が、器を満たしていく。
『選んだな、坂井悠二』
銀炎を纏い、自分を捕らえた、ヘカテーを泣かせた、平井にも心配をかけた徒を怒りのままに睨む。
『お前が、お前こそが相応しい』
「行くぞ!」
ドン!
(え‥‥‥?)
"狩人"の構えた拳銃。その弾丸を躱そうと身構えていた。
だが、弾丸などない。ただ、"撃ち抜かれた"感覚だけがあった。
ドクンッ!
何かが外れて、また填まった。
「壊れてしまえ!」
目の前の脅威を屠った事に、フリアグネは歓喜する。
「爆発しろ!」
目の前に、銀の爆炎が広がる。
何度も味わった、勝利の感覚。
「はっはははははははははは!!」
しかし、気づく。
「はははは、は‥‥?」
フリアグネの切り札たる拳銃型宝具・『トリガーハッピー』は、"フレイムヘイズの中の紅世の王の休眠を破る宝具"だ。
それにより、あまりに大きい紅世の王の力の全てを許容出来ずに、契約者は爆発する。
『フレイムヘイズ殺し』の宝具。
つまり、初めから中に何も持っていない徒や、中に宝具を宿すだけのミステスには効果はない。
爆発も、するわけがない。
「なっ!?」
渦巻く銀の炎に照らされた『渾の聖廟』の内にある『影』、それら全てが"銀色に輝く"。
その銀色の影を作る炎は、一瞬のうちにその色を変じた、目の前で渦巻く、『黒』。
その炎の中から、一人の少年が、歩いてくる。
一瞬、それが誰だかわからなかった。
鎧った凱甲、靡く衣、その全てが緋色。
後頭から髪のように長く伸びるのは、漆黒の竜尾。
そんな異形異装へと変わった、少年。
その体から溢れだすのは、あり得ないはずの、黒い炎。
「お前は‥‥‥」
近代で五指に入ると言われる強大な紅世の王・"狩人"フリアグネが、目の前のあり得ない存在に叫んでいた。
「お前は一体、何なんだ!!」
少年は、その面に強烈な喜悦を浮かべて、名乗る。
「『零時迷子』のミステス」
自らが冠する事を許された、"真名"を。
「"祭礼の蛇"坂井悠二だ」
少年は覚悟し、彼はそんな少年を受け入れた。
二つの存在が共に歩む。
それは、黒の覚醒。
(あとがき)
ようやく一章からの確約を果たしました。長い道のりだった。
色々突っ込み所もあるでしゅうが、オリジナル改変や、ご都合設定付けはまた後々の本編で描写しますので。
ただこれだけは説明しとかないと。
『トリガーハッピー』でああなったのは、本来は王の休眠を破る作用が、悠二の『大命詩編』に変な風に作用したからです。もちろんオリジナル改変です。