『創造神』"祭礼の蛇"。
それは、太古の昔、『大縛鎖』という徒の都を作り上げ、"世界の有り様"に手を伸ばした存在の真名。
"それ"は、最古のフレイムヘイズ達の秘法によって、紅世とこの世の狭間、神さえ無力な世界・『久遠の陥穽(くおんのかんせい)』へと葬られたはずの存在。
炎の色は、『黒』。
(馬鹿、な‥‥)
その出来事は、『神殺し』の"お伽話"として語り継がれていた。
無論、"最古のフレイムヘイズ"である、あの『儀装の駆り手』カムシン・ネブハーウのように、直接『彼』を知る者もいたが、一般的に徒やフレイムヘイズにとってもそれはお伽話と言われるほどに昔の事なのだ。
(あり得ない!)
しかし、世界の狭間へと葬られたはずの『創造神』の、『天裂き地呑む化け物』の持つ黒い炎が、今、目の前で燃え上がっていた。
「"狩人"フリアグネ。愚かな王よ」
深く、遠い声が、しかし少年の口ではない場所から発せられる。
「お前が手を出したのは、ただのミステスではない」
少年の背後に燃え盛る黒炎が、まるで蜃気楼のように巨大な蛇を形作り、『そこ』から声は出されていた。
「この者こそ‥‥」
諧謔の風韻を漂わせるその声が、燃え上がるような喜悦を以て、告げる。
「この『創造神』たる余と共に歩むに相応しい、この世でただ一人の"人間"よ!」
燃える様に言い放ち、黒炎は霧散する。
残るのは、緋色の凱甲と衣を靡かせ、後頭から竜尾を伸ばす、異様に落ち着いた少年。
「うっ‥‥‥」
もはや、目の前のものが何であるかなどどうでもいい。
願いを叶えた。マリアンヌを、一個の存在へと変えたのだ。
これから、いつまでも二人で生きて行く。
これから、これから続く、自分とマリアンヌの永遠。
「うおおおおおお!!」
絶対に、邪魔はさせない!
右手の指輪・『コルデー』を無数に分裂させ、少年に向けて飛ばす。
白の爆炎が少年を包み込み、指輪が手元に戻ってくる。
しかし、いつの間にか少年の体を、漆黒の竜尾が球状に包み込んでいた。
ダメージらしいダメージはみられない。
(いけるか!?)
部屋の出口まで、二十メートル強。
マリアンヌの手を取り、全速で走る。
外に出てしまえば、『敖の立像』がいる。逃げる事くらいなら容易なはずだ。
出口まで走る中途で、膨大な黒炎の波が襲いかかってくるが、
(無視、だ!)
マリアンヌを抱え込み、火除けの、『アズュール』の結界を展開し、炎を防ぐ。
が、
「く、かはっ‥‥!」
黒炎に紛れて、伸長した竜尾が横薙ぎに払われ、鋼の鞭となってフリアグネの腹に一撃を与えていた。
「っこの!!」
愛しい主人へ攻撃された怒りを持って、マリアンヌがカードの怒涛・『レギュラー・シャープ』を放つ。
しかしそれは黒炎に阻まれ、少年には届かない。
どころか、その中の一枚を少年は指で挟むように掴み取り、
「っは!」
一閃、投げ返された。
その一枚のカードは、神速の速さと、正確無比なコントロールによって、"フリアグネの左手薬指を"斬り落とす。
「ぐっ、おお!」
痛みに苦しむ間も無く、少年は竜尾を翻して向かってくる。
「消えろ!」
それに向けて、再び『コルデー』を放ち、今度はそれが全弾命中する。
(くたばれ!)
と、指輪を起爆しようとした瞬間、ボンッと少年の姿をしていた物が、黒い炎となって消える。
(『脱け殻か!?』)
「フリアグネ様!」
マリアンヌの声に振り向いた次の瞬間には、もう少年が拳を振り下ろしていた。
ゴッ!!
歯が軋む嫌な感触を伴い、床を数回バウンドするように叩き付けられる。
(マリアンヌ‥‥)
強い。一体何者なのかわからないが、しかし‥‥
『余と共に歩むに相応しい、この世でただ一人の"人間"よ!』
『創造神』に、連なる存在。
だが、それでも‥‥
(マリアンヌ‥‥)
死ぬわけにはいかない。死んでたまるか。
生き延びてやる。絶対に。
(小細工は、効かない)
さっきのカードで、『アズュール』は落とされてしまった。
(ただ、全力の一撃を以て‥‥‥)
自分達の未来への障害を、打ち砕く。
「っああああああ!!」
右手に、膨大な白い炎を湧き上がらせて、向かって行く。
少年・坂井悠二も同じ、右手に黒炎を纏わせて受けて立つ。
双方で違うのは、フリアグネの右手には、全ての指に無数の『コルデー』が、びっしりとはめられている事だった。
("右腕を捨てる"!)
ドォオオオオン!!
フリアグネの、自身の炎と『コルデー』の爆発を合わせた一撃と、悠二の黒炎がぶつかる。
広大な『渾の聖廟』が、原型を留めないほどに吹き飛ぶ、黒白の大爆発が巻き起こる。
(フリアグネ‥‥様?)
『アズュール』を拾い上げ、その巻き添えから逃れていたマリアンヌは目にする。
失った右腕から白い火花を溢れさせて、片膝をつく主人と、片膝をついた状態から、ゆっくりと立ち上がる、黒の少年を。
「‥クソ‥‥」
膝をつき、立ち上がれない自分に、目の前で自分に掌を向ける少年に、フリアグネは下を向いたまま絶望の言葉を吐き捨てる。
(マリアンヌ、今の君なら、私がいなくても生きて行ける)
そう、今のマリアンヌは、燐子でありながら、フリアグネの供給を受けなければ消えてしまう存在ではない。
(‥‥君だけでも、逃げてくれ)
彼女に限っては、出口はすぐそこだ。
「さようなら。私の可愛い、マリアンヌ」
しかし、フリアグネの想いは、全く逆の形で返される。
(なっ!?)
少年と自分の間に、両手を広げて立ちふさがる恋人、という形で。
「お行きなさい。『パパゲーナ』」
手にした神楽鈴型の宝具・『パパゲーナ』から、無数の羽根が目の前の『炎髪灼眼』へと舞う。
ドドドドドォン!!
それらが爆発し、炎髪の少女を包み込む。
と思う間に、
「っ!」
黒衣を幾重にも纏ったフレイムヘイズが、煙の中から飛び出してくる。
(直撃を、避けたのね)
逆袈裟から斬り上げられる一撃を、メアは神楽鈴で受けとめる。
すかさずシャナの次の斬撃がくる。
(強い)
その一撃を避け切れず、肩を浅く斬られる。
(本当に強い)
自分自身は、確かに小さな徒だ。しかし自分は、寄生したミステスの力を扱える。
この『戦闘用ミステス』も、相当に強力な使い手のはずなのに、動きについていけない。
(これなら‥‥)
再び『パパゲーナ』による爆発を起こそうとバックステップする自分を、
「っはああああ!」
『炎髪灼眼の討ち手』の、足裏からの爆火による神速の刺突が追い縋り、貫いた。
「あ‥‥!」
ミステスとしての体から、血が流れる。
貫かれ、"満足した"自分の心の動きに、ようやく理解する。
何故自分が、『炎髪灼眼の討ち手』に臆せず立ち向かったのかを。
そう‥‥
「‥‥私は、死にたかったのね‥‥‥」
"彼"に、褒めてもらえるような最期を、彼に、褒めてもらえるような相手の手で。
「っだあ!!」
体を貫く刃から、紅蓮の炎が奔り、焼く。
その、焼かれた体から、一匹の蝶。朱鷺色の蝶が舞った。
(ねえ、サブラク?)
目に映るのは、『炎髪灼眼の討ち手』、『弔詞の詠み手』、遠くから飛んできている"虹の翼"と『万条の仕手』。
そして、『敖の立像』。
(すごいでしょ?)
全てが全て、世に名立たる使い手達。そして人間と徒の関係をも変える存在。
(ちっぽけな私でも、こんな大掛かりな事を、世界を動かしたのよ?)
自分も、今まさにその中に在る。
(そして、最期の相手は『炎髪灼眼の討ち手』)
紅世真正の魔神の契約者。これ以上ない相手だろう。
(私、頑張ったでしょ?)
ようやく、胸を張って会いに行ける。
(だから、『そっち』があるのなら、今度は褒めて?)
飛ぶ蝶に、紅蓮の炎が迫る。
(私は、ずっと貴方に、認めて欲しかったのよ)
羽が、焦げる。
(いつも馬鹿にして、だから、"次"は‥‥)
体が、燃える。
(‥‥褒めて、ね‥‥)
炎は瞬く間に、朱鷺色の蝶を焼き尽くした。
それが、一つの望みのために生きた小さな徒、"戯睡卿"メアの最期だった。
『緑の芝に雨よ降れ』
『木にも屋根にも雨よ降れ』
『私の上だけ避けて降れ!』
起動を始めた『敖の立像』の頭上に、広大な群青の自在式が展開され、そこから断続的に炎の豪雨が襲い掛かる。
マージョリーの『屠殺の即興詩』である。
『敖の立像』全体に容赦無く降り注ぐ破壊の力は、しかし立像に穴も穿てない。
「こーりゃ、"頂の座"と約束なんてしなくても、兄ちゃん助けて中の仕掛けどーにかしてもらわねえと手が付けらんねえな」
「ほんっと、しかも壊した端から再生すんだからね」
そう、今、『敖の立像』は『零時迷子』から受け続けた莫大な存在な力を、目覚めた事によって"統御"しつつあった。
悠二が『渾の聖廟』から抜け出しはしたものの、もはや手が付けられないほどの力を、『敖の立像』は持っていた。
しかも、その有り余る力による再生能力まである。
「‥‥でも、再生するのにも存在の力はいる」
中の二人、いや三人が何らかのアクションに出るまで、この"徒"の暴挙を食い止める必要がある。
そして、生半可な力ではされすら適わない。
「‥‥ねえ、マルコシアス」
いつになく真剣に、訊く。
「いつかあんたが言ってた、『ブチ殺しの雄叫び』じゃないけど、もう一度、付き合ってくれる?」
そんな問いに、マルコシアスは二つ返事で応える。
「言われるまでもねえ」
むしろ、嬉しそうに。
「何度どん底に突き落とされても這い上がって、また立ち上がる。俺は、そんなおめえに惚れ込んで、俺の炎を預けたんだぜ?」
「ありがと、相棒」
マージョリーも、嬉しそうに返す。
すうっと深呼吸をする。
(よし‥‥やるか)
『黄金の卵は海の中!』
『投げ捨てられちゃあ、いたけれど!』
『屠殺の即興詩』に合わせて、群青の炎が膨れ上がる。
『キミョーな魚がもう一度!!』
『持ってぇ帰ってきてくれたぁ!!』
炎がマージョリーを核に膨大な火柱を生み、
しかし、
(まだ、まだぁ!!)
まだ詩を止まらない。
『現れたのはぁ、おっかさん!』
『雌のガチョウを、捕まえて!』
巨大な炎は、いつしか一つの形を取り始める。
『やおら、背中にまたがれば!』
『お月様まで‥‥ひとっ飛びぃ!!』
それはいつかと同じ、しかしあの時より遥かに強大な、炎の獣。
群青の狂狼。
「ッォオオオオオオオオオーー!!」
(あとがき)
今日のはもうちょっと進む予定でしたが、書いてみたら案外字数使うもんですね。こういう時、字数制限が悲しい。
悠二の覚醒は原作とは異なる部分も多々あります。改変が気に入らない方もいらっしゃるかと思いますが、あらかじめご了承を。