機械だらけの『敖の立像』内部、一人の少年が、壁に背を預けてごそごそしている。
茶のジャケットに厚手のズボン、という身なりの坂井悠二である。
ギュッ
さっきの、最後の一撃で火傷した右拳に包帯を巻く(『収納』して持ち歩く習慣がついてしまったのだ)。
その手際の良さ、つまり怪我をする頻度を自覚し、自分に苦笑する。
(‥‥‥‥‥‥‥)
『彼』とは、さっきまでは僅かに"通じて"いたが、今は声も聞こえない。
本来はフレイムヘイズに宿る王の休眠を破る『トリガーハッピー』(というらしい)の力が、本来なら対象外であるはずの『大命詩篇』を活性化させた事による一時的な交信だった、という事らしい。
だが、ヴィルヘルミナと戦った時に、感覚を重ねてきたのも、マージョリーと戦った時に先ほどと近い感覚を覚えたのも、幾度か夢や、"壊刃"との戦いの最中に語り掛けてきたのも、全て『彼』によるものらしいから、集中力次第で何とかなりそうな気もする。
もう得体の知れない何かではない。確と理解し、見えているなら、今度は届くはずである。
まあ、しかし、そこまで多用したい感覚ではないかも知れない。
何か、演劇で役に入り込みすぎたような奇妙な感覚だった。
あれが、"同調"という事らしい。
まあ、今はそんな事を言っている場合ではない。
(‥‥ここ、どこだ?)
機械だらけなのも妙だが、建物全体から異様な存在感と違和感を感じるのも気になる。しかも所々脈打ってるし、さっきからやたら揺れる。
自分が、いや、『零時迷子』が何かの動力に使われていただろう事を考えると‥‥
(‥‥何か、工場的な?)
いや、なら何故揺れる、脈打つ。
『零時迷子』の力を利用する。つまりは零時近くなはずだし、ヘカテーや平井(他にもいるかも知れない)がいるという事は、御崎市、あるいはその近隣だとは思う。
(‥‥‥やっぱりダメだ)
何度感知能力を研ぎ澄ませても、ヘカテー達の居場所が掴めない。
ここまで無茶苦茶な気配に囲まれていては、フィレスの『インベルナ』を掛けられているのと変わらない。
とりあえず、この建物に『走査』の式を所々に掛けながら、直接二人を探そう。
「行くか」
「ッグォオオオオ!!」
巨大な炎狼となって『敖の立像』に喰らいつくマージョリー・ドー。
突き立てられた牙は穿つ穴を灼き続け、それを立像は断続的に再生する。
存在の力を消費して。
「ッオオオオオオ!!」
自身に喰らいつく狼を、鋼の徒は殴り飛ばして引き剥がす。
「ェエークセレント! ェェーキサイティング! "蹂躙の爪牙"をもたやすく殴り飛ばすこのパワー! フォルム! ビジュアル!」
実際には、今のマージョリーの状態は『トーガ』の最大形態というだけで、別に"蹂躙の爪牙"マルコシアスが顕現したわけではないのだが、教授にはどちらでもいい事らしい。
完全に彼の嗜好に合致する『怪獣VSスーパーロボット』の構図にはしゃぎまくっている。
(んんんんー? しかし、あの『フレイムヘイズの子供』の姿が見ぃーえませんねぇー?)
彼が僅かに気にするのは、以前出会った、『万条の仕手』と"虹の翼"の娘と思しき少女。
出来得るなら、捕えて、実験に付き合ってもらいたいのだが、今は目の前の実験の方が優先だ。
いやしかし、かの『棺の織り手』が夢半ばに倒れた、フレイムヘイズと徒の子という事象。
いやいやいや、今はこの『敖の立像』に酔い痴れよう。
「ドォーミノォー! こーんな事もあろうかと用意しておいたスゥーペシャルデバイスを、起ぃー動させますよぉー!」
『発見! 発見! 発見! 発見!』
「っ邪魔!」
銀の炎弾が、リトル・ドミノ・ブラザーズをまとめてふっ飛ばす。
全く、あの『教授』までいるという事か(そういえば、当たり前のように生きていたという事か)。
ォォォォォン
(爆発音‥‥?)
今の反響は、この建物の中の爆発のはずだ。
なら‥‥
「ヘカテー!!」
走る。狭苦しい通路を、全速力で。
「悠二!!」
声が返ってきた。間違いない。
通路を抜け‥‥
「排除す‥‥‥」
ドォン!
(いた!)
「ヘカ‥‥‥」
ドン
名前を呼び終えるより早く、水色の少女が体当たりするように胸に飛び込んでいた。
「悠二‥‥悠二!」
力いっぱいに抱きしめられ、周りにまだいるドミノ達の事を言おうとして、
「悠二‥‥よかった‥‥!!」
少女が泣きべそをかいている事に気づいて、無粋な注意をやめる。
代わりに少女を抱いたまま周囲のドミノを焼き払う。
「大丈夫。ちょっとしか怪我もしてない。僕は大丈夫」
「心配かけてごめん」と謝るよりも、自分が大丈夫だと伝えた方がヘカテーにとっては嬉しい事を、悠二はわかっている。
「はい‥‥よかっ、た‥‥悠二」
少女は震えて、失うまいとその細い腕に力を込める。
その場にいたもう一人の少女、紫のベリーショートの髪の少女が、薄く笑った。
「痛っ!」
ドミノ達の持ったボウガンから放たれた矢の一本が、ふとももに突き刺さる。
「っこの!」
すかさず炎弾を放ち、ドミノが数体まとめて翡翠の爆炎に包まれる。
そして、その炎が渦巻くうちに、鉄材の割れ目の一つに隠れる。
(あんまり、自在法の無駄撃ちは出来ないなぁ)
ヘカテーを逃がすために、おおっぴらに暴れた平井は、今、『敖の立像』の防衛機構たるドミノ軍団の攻撃を集中的に受けていた。
自分でも、初戦のわりには上手く立ち回っているつもりだが、体力的にそろそろきついかも知れない。
「発見! 触角頭の侵入者を発見!」
ドガァッ!
「レディに失礼だよ!」
『発見! 発見! 発見!』
‥‥しんどい。
「‥‥‥師匠?」
「よくこの姿ですぐに私だとわかったな」
確かに、初めて見るはずなのに何でわかったのだろうか?
「悠二、早くゆかりを助けに行きましょう」
綺麗に微笑んで、ヘカテーが促す。いつもはこういう、泣いた後とかはしばらく抱きついて離れないのだが、平井の事が心配、というのもあるのだろうが、ヘカテーが強くなった、という事もあるだろう。
何やら、精神的に未熟だったヘカテーの成長には感慨深いものがある。
「平井さん、ヘカテーを先に行かせるために足止め役になったんだよね? 今、どこに‥‥‥」
「ヘルプ・ミー!!」
「‥‥あちらのようだな」
少女・"螺旋の風琴"リャナンシーが、気が抜けたように呟いた。
「いやー、助かったよ。倒しても倒してもひっきりなしに出てくるんだもん」
平井ゆかり、合流。
ポカッ
「っ〜〜痛い!」
「無茶するからだろ、罰」
「坂井君が捕まるのが悪いんでしょ!」
「それと無茶するのは関係ないだろ!」
「いっつも血まみれになってる坂井君に言われる筋合いないよ」
「‥‥喧嘩は、やめてください」
言い争う平井と悠二、小動物の上目遣いにしてやられる。
「‥‥ゴホン。それで、『敖の立像』、だっけ?」
外から見たヘカテー達の話によると、どうやらこの建物は、時計塔が変質した巨人のようなもので、どうやら敵らしいという事。
しかも、破壊しても再生し、気配の規模は、まあ言われなくても何となくわかる。
『零時迷子』から力を吸い続け、すでにとんでもない力の総量になっているはずだ。
「外じゃマージョリーさんとかが戦ってるはずだけど、中から何とかした方がいいかも知れない」
平井が、皆を代表して方針を口にする。
「とりあえず、この、内側で循環させてる存在の力を、時計塔が吸収して『顕現』させてる仕掛けを壊そう。師匠もいるし、何とかなると思う」
『敖の立像』の内部に入り込んだ四人は、状況打開のため、動く。
「どういう事だ、ババァ‥‥‥!?」
「その呼び方はやめな」
悠二とリャナンシーが夢から覚め、"焚塵の関"ソカルの虚像が消えてからの『革正団(レボルシオン)』は瞬く間に崩れていった。
"千変"シュドナイと"嵐蹄"フェコルー。恐ろしい使い手二人、しかもシュドナイは『神鉄如意』まで持ち出して来ている。
広範囲の圧倒的な破壊力という面においては、メリヒムとヴィルヘルミナの二人より厄介だっただろう。
『革正団』が弱いのではない。相手が悪すぎたのだ。
しかし今、『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の『将軍』たるシュドナイは、『参謀』"逆理の裁者"ベルペオルに鎖で縛り上げられていた。
「さっ、参謀閣下。本当によろしいので?」
あたふたしながらフェコルーが訊く。
ベルペオルも、シュドナイやフェコルーの言い分はわかりすぎるほどわかっている。
しかし‥‥
(‥‥あの子のあんな声、初めて聞いた‥‥)
「心配無用だよ、フェコルー」
シュドナイには言わない。言っても無駄だろう。
幸い、すでに『タルタロス』に捕えている。このまま持って帰るとしよう。
「‥‥退き時かね」
三眼の女怪は、この不測の事態を、胸裏の暗雲を、むしろ喜びとして、笑ってしまう。
それは『思う儘に生きる』事を旨とする徒の中でも、彼女だけが持つ、『思う儘にならない事にこそ、挑む甲斐を感じる』という特質がそうさせるのか、それとも、少女の変化を、或いは快く感じてしまっているのか、どうにも判別がつかない。
「まったく、この世は儘ならぬのう」
激戦の御崎市に現れた『仮装舞踏会』の三人は、まるで最初からいなかったかのように、いつの間にか消えていた。
(あとがき)
あ〜、何か筆の滑りといい、展開といい、石投げられても仕方ない感じですね。
自己嫌悪モードに入ってはいますが、見捨てずに続読していただけると非常に嬉しいです。