「‥‥‥‥‥‥‥」
死闘となった、『革正団(レボルシオン)』との戦いも終わり、今はその戦いがあったその夜。所は、坂井家、悠二の部屋。
一人の少女が目を覚ます。いや、はじめから、眠ってなどいなかった。
「‥‥‥‥‥‥‥」
今日は、少年が自分を抱き締めていなかった。もし、抱き締めてくれていたら‥‥
そこまで考えて、その愚かな考えを振り捨てる。
少年に寄り添う、喜びと安らぎに満ちた空間、その誘惑に、かろうじて打ち勝ち、立ち上がる。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
少年の寝顔を、見つめる。
(‥‥悠二)
『あっ、あの。君、大丈夫?』
出会ったのは、四月。道端で祈る自分に、声をかけてくれた。
『なら! 僕の存在を喰えばいい!!』
"狩人"との戦いで死の淵にあった自分に、悠二はそう言った。
『ヘカテー! 集中して!!』
"愛染の兄妹"の『ピニオン』を破るため、悠二との『器』を重ねての連携。
『だから‥泣かないで‥‥‥‥』
ヴィルヘルミナ・カルメルに傷だらけにされた悠二を見て、わけもわからず悲しくなって、泣いた。
『あとで、どんな罰でも受けるから』
よくわからないまま避けられ、悲しむ自分に、悠二は額への口付けをくれ、自分は卒倒した。
『あの‥‥さ、近衛さんって、坂井君が好きなんだよね?』
クラスメイトの女子、今では友達となった少女の言葉で、この想いに気づけた。
『大丈夫。怖くないから』
その想いを悠二に悟られ、怯える自分を暖かく抱き締めてくれた。
『似合ってるよ』
『可愛いよ』
他にも、たくさん、たくさんのものをくれた、想い人。
そして‥‥‥
『僕が君を守る』
(‥‥悠二)
自分を、守ると言ってくれた。
「悠二」
小さく、小さく呼ぶ。
決して聞こえないように、決して起きてしまわないように。
「悠二」
もう一度。
(悠二!)
心の中だけで、叫ぶ。
苦しくて、悲しくてたまらないから。
(‥‥‥‥大丈夫)
悠二には、たくさん、たくさんもらった。
今まで知りもしなかった、暖かくて、熱い想い。楽しい事、嬉しい事。いっぱい、いっぱい教えてもらった。
"これ"さえあれば‥‥きっと大丈夫。
(‥‥‥悠二)
『仮装舞踏会(バル・マスケ)』に、自分の事がバレた。
まだ、悠二の事はバレていない。あの時、ベルペオルが撤退してくれたおかげで、バレずに済んだ。
でも、自分がここにいれば、すぐにバレる。
「ぅ‥‥ひっく、えぐ‥‥‥ぅ、ぅう‥‥」
悠二と、いつまでも一緒にいたかった。
悠二の、お嫁さんになりたかった。
「う、ぅわぁああ‥‥‥!」
そんな事は、全部、夢物語だったのだ。
自分は神の眷属で、悠二はその『大命』の鍵を宿している。
自分といれば、悠二はいつか必ず『仮装舞踏会』に狙われる。
いや、そうでなくとも、大命の最も重要な要である自分にとって“大命よりも大事な少年”の存在を、見過ごすとは思えない。
「ぅ、ぅう‥‥!」
涙を、噛み殺す。
大丈夫。まだ、間に合う。
「悠二」
ぐっすりと、眠っている。
「‥‥‥‥‥‥‥」
眠る悠二に詰め寄り、その唇を、見つめる。
ずっと、望んで、憧れ続けてきた、誓いの行為。
愛の証明。
「ん‥‥‥‥」
自分の唇と、悠二の唇を、重ねる。
それは、最後のわがままであると同時に、一つの誓いでもあった。
(‥‥冷たい)
ずっと望んでいたはずの行為は、しかし期待していた歓喜を伴わず、今から自分のする事をはっきりと自覚させ、ヘカテーの心に氷を張らせる。
(悠二‥‥‥)
貴方は、私を守ると言ってくれた。
(悠二)
でも、貴方は私が守る。
そう誓う、口付け。
(悠二!)
「‥‥‥‥‥‥‥」
一つ一つ、私物を収納して行く。
悠二やゆかりに買ってもらった物、一緒に買いに行った物。
洋服、ぬいぐるみ、おもちゃ、筆箱、悠二達との思い出が詰まった、御崎高校の象徴である、制服。
いとおしそうに、それらをしまっていく。
一つだけ、置いていく。水色の、小鳥のぬいぐるみ。
ずっと、持っていて欲しい。
持っていてくれると信じて、一つ、自在式を組み込んでおく。
「‥‥‥‥‥‥‥」
悠二達との思い出さえあれば、悠二への想いさえあれば、離ればなれになっても、繋がっていられる。
そう、信じたかった。
自分の右掌に在る、金色の鍵、自分と悠二を引き裂くための宝具を、憎しみを込めて握りしめる。
‥‥だが、これがあったから、ベルペオルを説得する事が出来たのだ。
(悠二‥‥‥)
きっと、自分がいなくなったら、悲しむだろう。悲しんでくれるだろう。
この少年は、優しいから。
(ごめんなさい)
でも、泣かないで欲しい。好きな人には、笑顔でいて欲しい。
(‥‥‥‥‥‥‥)
悠二。
大好きな、大好きな、悠二。
でも、貴方には、生きていて欲しい。
自分が傍にいては、それは叶わない。
だから‥‥‥
さよなら‥‥
少女は少年に出会い、強くなった。
しかし、その強さは、少女自身を、そして、少女の大切な人達をも、傷つける。
(あとがき)
今回は、刺激の強い話だろうと思います。
原作とは異なる展開。そして悲劇。非難も当然やも知れませんが、『水色の星』はまだ終わりません。
では次章、『星天の宮殿へ』でお会いしましょう。