「『銀時計』」
再びの『銀時計』。さっき徒、しかもおそらくはそれなりの地位にある王を殴り倒してしまった以上、“銀”の撹乱の他にも本命の侵入者(自分達)がいる事に気づかれるのは時間の問題だろう。
「中心の、あのでかい城かな?」
『星黎殿』は広く、大きく、建造物も無数にある。
そのうちの一つ、ヘカテーの自室のある大きな城を、『銀時計』は刺していた。
「もう、飛んでいくのはまずいな。地面(した)から行って城を登ろう」
「んー、いよいよRPGっぽくなってきたね♪」
「あのね‥‥」
「囚われのお姫様を助けに行く勇者と魔法使い。いっぺんやってみたかった!」
その図式でいくと自在師(魔法使い)は自分だから‥‥勇者はゆかりだろうか?
「んじゃ、ジョーンズ・ボンドばりの潜入劇をかましますか♪」
『星黎殿』の地下中枢部に存在する司令室・『祠竃閣』。
今この場にいるのは、“千変”シュドナイ、“嵐蹄”フェコルー、そして“逆理の裁者”ベルペオルのみである。
ヘカテーは、いない。
この事態にも反応しない巫女に、いよいよ深刻な状態だと三人は思う。
しかし、今はその事については口に出さない。
「『暴君』自体には特段の変化は見られなかった。だが、今『星黎殿』のいたる所に現れている鎧の姿はまさしく『暴君』そのもの」
ベルペオルが、まとめた情報を二人に話す。
「つまり、どういう事だ?」
常なら戦いにおいて焦りなど持ち込むシュドナイではないが、こんな時に現れた侵入者への憤りのためか、少し急かすように言う。
「要するに、『あれ』は『鏡像転移』でも『暴君』の誤作動でもなんでもない。“侵入者”が自身の力で生み出したただの傀儡、という事さね」
「しっ、しかしそれならば‥‥‥」
その言葉の意味するところに、フェコルーが気づく。
フェコルーが気づいた事を、ベルペオルが引き継いでやる。
「ああ、『暴君』の事を知っている何者かの仕業、という事になるだろうね」
偶然、この『星黎殿』で、『暴君』そっくりの傀儡を生み出すなどという偶然はあり得ないだろう。明らかに、撹乱を狙っている。
「となれば、この『暴君』共は囮、か」
竃型宝具・『ゲーヒンノム』に無数に映り、『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の徒達の攻撃を受けている『暴君』達は、ただ逃げ回り、走り回っているだけ。
何らかの狙いがあるようには思えない。確かに、その姿と数でこちらの目を引こうとしているように見えた。
「おそらく、『本命』は密かに侵入しているんだろうさ。敵の狙いがわからない以上、あらかじめ兵を配備するのは無理か‥‥」
「デカラビアもいないこんな時に‥‥‥」
《伝令です! 西部尖塔の屋根上にて、“駝鼓の乱囃(だこのらんそう)”ウアル殿を発見! 気絶させられております!》
フェコルーが嘆くのに割って入るように、また物見から伝令が入り、同時に気絶させられた直立のヒトコブラクダが映る。
「‥‥どうやら、本命の方も動き出したようだね」
「不意打ちであれ何であれ、ウアルを、“大規模な戦いに発展すらしないうちに”倒せる程の使い手、というわけか」
強力な王があっさり敗北したという事実にも、何故かシュドナイもベルペオルもフェコルーもさして驚かなかった。
得体の知れない不気味な相手、むしろただ者である気が全くしなかった。
《たっ、大変です!》
さらに、伝令が入る。
《“巫女様の居られる城”の城門から侵入者が! 若い少年と少女の“ミステス”、炎は翡翠と‥‥》
そこまで聞いて、三人の表情が明らかに変わる。次の言葉を、言われる前から理解していた。
《“銀”です!》
「いくよ、『パパゲーナ』」
平井が右手に構えるのは、かつて御崎市を襲った『革正団(レボルシオン)』の主格の一人、“戯睡卿”メアが使っていた宝具・『パパゲーナ』。
元々は神楽鈴型宝具だったが、シャナとメアの戦いで破損し、残った鈴を使って作り変えたため、形態が変わっている。
広い鍔に六つの鈴を提げた短剣・『鉾先舞鈴』というやつだ。
「殺せ!」
「巫女様には指一本触れさせぬ!」
襲い掛かる徒達の攻撃を捌き、躱し、“通り過ぎる”。
「ん? 何だ?」
「これ、羽根‥‥」
ドォオン!
刹那の打ち合いの間に放たれていた『パパゲーナ』の羽根が、徒達の至近で爆発し、たまらず徒達は昏倒する。
「城まで大した騒ぎにならずに来れたのは上手くやれた方かな?」
悠二の方も、大剣・『吸血鬼(ブルートザオガー)』で敵の武器を捌き、あるいは破壊してから気絶させている。
「でも、ここからはバレないように、は無理だね」
城の警護の徒達がわらわらと出てくる。表で“銀”にかまけている連中まで呼び出されないうちに一気に突き進むのが良いだろう。
「『胡蝶乱舞』」
平井の鉾先舞鈴から、翡翠の羽根が無数、警護の徒達へと飛ぶ。
幻想的な羽根吹雪に包まれた徒達全てが、
「『時限発火』!」
ドドドドドォン!!
全ての羽根の炸裂により、壁に、床に、天井に吹き飛ばされ、叩きつけられる。
「よし、一気に抜けるよ」
二人で包囲網を破り、駆け抜けていく。
目指すは、一人の少女。
(『零時迷子』の、ミステスか!?)
ガシッと剛槍・『神鉄如意』を掴み、シュドナイが走る。
「待ちな、シュドナイ!」
ベルペオルが止めてももう遅い、『星黎殿』内部を自由に移動出来る『銀沙回廊』を使って、シュドナイは消えた。
「‥‥‥フェコルー、お前は万一の時のため、『秘匿の聖室(クリュプタ)』を『マグネシア』で守っておいておくれ」
全く頭の痛い事態に、しかし務めて冷静にベルペオルは命じる。
「‥‥‥‥は」
フェコルーも、生返事のような返答しか出来ない。
「それと、構成員達に無闇に攻撃するなと伝えておくれ。ミステス破壊で『零時迷子』が無作為転移を起こされでもしたら冗談にもならないからね」
こんな時でも『仮装舞踏会』の参謀たる彼女は、冷静に状況を把握し、的確な指示を出していた。
問題はむしろ、『将軍』の方である。
「私はあの馬鹿を止めてくるよ。それに‥‥」
そして、この事態に、“動かなければならない者”もいる。
「ヘカテーにも、知らせてくる」
「「っはぁ!」」
目の前に飛び込んできた図体のでかい徒を二人の飛び蹴りが沈める。
「今、何階まで登ったっけ!?」
「さあ、ヘカテーが何階にいるのかちょっとわからないけど!」
随分と広い城である。しかも、ヘカテーを探す間にも徒達はひっきりなしに現れる。
こう気配だらけだとヘカテーの気配も掴み辛いし、この乱戦では『銀時計』を使う暇などない。
「っ!」
進路方向先、派手な宮廷衣装を纏った獅子の頭を持つ男。
(こいつ‥‥やばい)
悠二は今まで強敵とばかり戦ってきた経験から、その実力を、一目で見破る。
と、その獅子が“大きく息を吸い込む”。
(何かくる!)
「ゆかり! 『ミラーボール』!」
「っ! オッケー!」
悠二の声に応え、平井の掌に“悠二に喰われた証である”銀の珠玉を、宝具・『オルゴール』の証たる翡翠の炎が取り巻く球体が現れる。
それが平井の前方に放たれ、ぺしゃりと潰れてまた形を変える。
それは、翡翠の炎に縁取られた銀の鏡。
「っがあ!」
獅子が力強く咆哮し、風ではない、炎でもない、“衝撃波”が二人に叩きつけられる。
はずだった。
「っ!?」
平井の前方に展開された銀の鏡、その周囲にのみ破壊の影響は見られず、毅然として鏡はそこに在った。
またすぐに形を変え、翡翠の炎が取り巻く銀の珠玉へと変わる。
「お見事」
「まね♪」
平井はそれをさらに、胸の灯り、正確にはうちに秘めた宝具・『オルゴール』に取り込む。
そして、“大きく息を吸い込み”、
「っだあ!」
「っはあ!」
獅子と平井、“二人の咆哮”が中間地点でぶつかり、その周囲の壁が、床が吹き飛ぶ。
「ふっ、ふふ、私の破壊の咆哮、自在法・『獅子吼』を返すとは、なかなかの使い手のようですね」
「褒められて悪い気はしないけど、こっちの少年はもっと強いよ?」
「‥‥何が“少年”だ」
美麗の獅子と軽口を叩き合う。
先ほど平井が『獅子吼』を返した。否、“取り込んだ”のは平井独自の自在法・『銀沙鏡(ミラーボール)』。
“自在法を吸い込む鏡”である。そして、吸い込んだ自在法を式へと変えて、『オルゴール』へと刻み込む。
つまり、“返したのではなく”、
「っは!!」
一度吸い、刻めば、上書きしない限りは“何度でも”使えるのだ。
「なっ!?」
ドォオオン!!
自身の自在法を跳ね返されたのではなく、扱われ、美麗の獅子は動揺し、躱しきれない。
「このまま走り抜けるよ!」
言って平井が駆け出す。が、その“平井を悠二が抱えて飛んだ”。
ドォオオン!!
爆煙を吹き散らし、自在法・『獅子吼』が先ほどまで平井がいた床を粉々に打ち砕いていた。
「我が名は“哮呼のしゅん猊”プルソン。そう易々とお通しするわけには参りませんな。“侵入者”の方々」
立ち上がる美麗の獅子の周囲に、旗のついた長いラッパが現れていた。
「我が自在法・『ファンファーレ』。どうぞご鑑賞あれ」
「はあ、もう零時回ったから回復出来ないっていうのに‥‥」
宙で平井を抱えたままうんざりしたような悠二、その眼に‥‥
「仕方ないか」
先ほどまでにはない強さが宿る。