「仕方ないか」
こういう強者との戦いは避けてヘカテーを目指すべきなのだろうが、あの不可視の衝撃波に背を向けるのは危険である。
(あのラッパ、攻撃の支援のものだと考えると、多角攻撃か?)
「‥‥悠二。私、二つは"盗めない"よ?」
そう、平井の『オルゴール』に刻んでおける自在式は一つだけ、『銀沙鏡(ミラーボール)』で式を写しとっても扱えるのは一つしかない。
「わかってる。あのラッパに気をつ、け‥‥?」
ひらり ひらり
羽根が、一枚一枚降ってくる。
ゆかりの『パパゲーナ』のそれとは受ける印象が、違う。
何だ?
「惑え‥‥」
一枚、また一枚、羽根は辺り一帯を包み込む。
「何だ、これは!?」
羽根の、その中で無茶苦茶にぶれまくる視界、でたらめな遠近感に捕われたプルソンが叫ぶ。
(ええい、面倒だ!)
美麗の獅子・プルソンが指揮者のように振るう腕に合わせ、周囲のラッパもその力を集中させる。
「謳え、『ファンファーレ』!」
応えるように、ラッパ達は周囲広範囲に、音の暴力たる衝撃波を吹き放つ。
プルソンやその配下の徒達を包み込む不可思議な結界が、羽根の嵐が、ガラスが割れるように吹き飛んでいた。
しかし、
「‥‥やってくれる」
侵入者たる二人のミステスの姿は、すでに無かった。
その広大な一室の柱の一つの後ろに、一人の少女がもたれかかっていた。
薄い布のような衣服を纏った、紫の短髪の少女。
「‥‥さあ、どんな結果か見せてくれ。不肖の弟子よ」
「何で師匠がここにいるんだろ?」
「ヘカテーが家出した時にくっついて来た、とか?」
階段を駆け上がる悠二と平井。
プルソン達が撹乱されている間に当然のように先に進んでいた。
だが、いい加減この城で暴れすぎたため、いくら上ろうと敵はいる。
むしろ、上に行くほど敵の数や質が上がっている気がするが、それはつまり‥‥‥
「ヘカテーが近い、って事かな」
「だろうね」
二人、敵が手強くなる事にむしろ喜びを感じていた。
自分達がこの城に攻め入った時点でヘカテー狙いなのはバレているだろう。そして、当然ヘカテーの警護を意識しているはず。
警護が厳しい所にヘカテーはいるのだ。
「っ!」
ドォオオン!
突然、城の壁を突き破って徒が一人乱入してくる。
この気配は、また『王』か。
それにしても、突入してからすぐに臙脂色の封絶が『星黎殿』全てを包み込んだから後で修復が可能とはいえ、自分達の城で無茶苦茶やるなあ、とは思う。
「てめえら! よくもこの俺をペテンにかけてくれたな!?」
そう怒鳴り付けてくるのは、先ほど『捜索猟兵(イェーガー)』の振りをしてやり過ごした三本角の大きな甲虫。
表の"銀"が陽動である事がバレたのか、知らされたのか、あるいはもう大半の"銀"がやられてしまったのか。
どちらにしろ、また敵の数が増えたという事だろうか。
「この『巡回士(ヴァンデラー)』リベザルが、大御巫には指一本触れさせんぞ! この場で叩き潰してやる!!」
「‥‥‥‥‥‥‥」
この甲虫、見た目はいかにもやられ役の怪物という感じだが、どうやらかなり強い。
先ほどの、プルソンくらいの実力者のような気がする。
なら‥‥
「ゆかり、二人がかりで一気に決める」
「オーケー」
悠二の左腕に銀の自在式が巻きつき、平井が息を大きく吸い込み、
それらが"不発に終わる"。
甲虫・リベザルの角を絡めとる、金色の鎖によって。
「なっ!?」
驚愕の声をあげるリベザル。
「‥‥何であんたまでここにいるんだ?」
「‥‥‥『敖の立像』の時の白スーツの人?」
警戒する悠二と、記憶を探る平井。
それらを楽しそうに見やる、美青年。
「"狩人"フリアグネ! 貴様何のつもりだ!?」
怒鳴るリベザルは、とりあえず無視する美青年・"狩人"フリアグネ。
「別に? 単なる好奇心さ。はじめましてになるのかな? お嬢さん。私は"狩人"フリアグネ。そして‥‥‥」
「"恋人の"マリアンヌです」
「ああ、そこを強調してくれるなんて、なんて君はいじらしいんだ私の可愛いマリアンヌ」
「‥‥いちゃつきに来たんならよそでやってくれ」
うんざりしたように悠二が言う。フィレスとヨーハン見てるような気分である。
「そう言わないでくれないか。これでも、手伝いに来たのだから」
「‥‥‥‥‥‥は?」
その意外すぎる言葉に悠二は呆気にとられ、
「貴様! やはり侵入者に通じていたのか!」
リベザルが大声で怒鳴りつける。
「さっさと行くといい。"敵同士の潰し合い"なんて、わざわざ見物していく事もないだろう?」
不敵に笑ってリベザルに目を向けて言い放つ。
実質の宣戦布告である。
「あ‥‥え?」
「行くよ悠二!」
フリアグネと何度も敵対していたため、現状を信じられない悠二の襟首を、フリアグネをろくに知らないがために即座に"味方"だと判断した平井が掴み、高速で飛ぶ。
「逃がすかぁ!」
怒声を発してそれを追おうとするリベザルの眼前に、指輪が一つ放られていた。
そして、
ドォオオン!
白炎の爆発がリベザルの巨体を軽々と吹き飛ばす。
「ぐっ、ぬうぅぅ! 貴様! 我ら『仮装舞踏会(バル・マスケ)』を謀っていたのか!?」
「別に? そんなつもりはないさ」
フリアグネの傍らのマリアンヌが、引き継ぐように、
「でも‥‥」
そしてまた、フリアグネが引き継ぐ。
「囚われの姫君を、勇者が魔王の手から救い出す。外野の横槍は無粋というものだよ」
「‥‥師匠はともかく、何で"狩人"が?」
「悠二、立像の中であの二人を討滅しないで『転移』で飛ばしたんでしょ? 恩にでも感じてるんじゃない?」
そんな性格か? それに、その前に散々痛めつけたのもまた自分なのだが‥‥‥
ズッ
走る二人の前方に、銀に縁取られた漆黒の穴が現れる。
「えっ!?」
「わっ!?」
急には止まれず、その穴に飛び込んでしまう。
「っ!」
穴を抜けた先は、両脇に二列ずつ太い柱を並べた、五廊式の大伽藍である。
「悠二、これって‥‥」
「‥‥ヘカテーが言ってた、『銀沙回廊』だろうね」
以前ヘカテーから『実家の話』として聞いた事がある。『星黎殿』内部の空間を自在に組み換え、離れた場所と場所を繋ぐ仕掛け・『銀沙回廊』。
今、この大伽藍を大小無数、異形人形の徒達が埋めていた。
中央の道を空けるように、二人の通る道を空けるように。
攻撃してくる気配もない。
理由もまた、一目瞭然。
唯一、道を遮る形で立つ、ダークスーツにプラチナブロンドのオールバックの頭、そして目にはサングラスという装いの、男。
「‥‥‥‥‥‥」
悠二と平井は、徒達の空ける道を進み、会話に相応しい距離まで歩みよる。
「‥‥どっちが、『零時迷子』のミステスだ?」
「僕だ」
男の、表情には出さない殺気が、一際大きくなる。
プッと口にくわえていた煙草を吐き出し、それが地に着く前に紫に燃えて消える。
「念を押すようだが、お前達は手を出すな。俺の客だ」
『はい、将軍閣下!』
男の声に応えるように、周囲の徒達が響くように言う。
(『将軍閣下』、ね)
「あんたが、"千変"シュドナイか?」
「‥‥‥ああ」
悠二の問いに返る返事も鈍い。怒りを押し殺しているのがわかる。
「これは、"一騎打ち"って事でいいんだな?」
「なかなかいい度胸だな。そこだけは買ってやる」
言って、男・シュドナイは、"掌にある口"を開き、そこから大柄のシュドナイよりさらに一、二回りは大きな、鈍色の剛槍が現れる。
(『神鉄如意』、か)
ヘカテーの『トライゴン』と同じ、『三柱臣(トリニティ)』専用の宝具である。
「オロバス、レライエ、お前達も下がれ、巻き添えを食らいたくなければ、皆も離れている事だ」
シュドナイのやや後ろに控えていた黒衣と白衣の男女も、それを聞いて周囲の群衆の辺りまで退く。
先ほどのシュドナイの言葉で、群衆達もさらに後方まで退がる。
「ゆかり」
「‥‥‥うん」
悠二と平井も、この『一騎打ち』に応じる。
これは、シュドナイのように『決闘』に拘っているというよりも、悠二とシュドナイが一騎打ちをしている分には、平井に他の徒達が手出しはしないだろう事を見越しての事だ。
『三柱臣』を交えた二対大勢より、悠二とシュドナイの一騎打ちの方が都合がいい。
わざわざこんな手の込んだ真似をした以上、あくまで『決闘』に拘るだろう。悠二が戦っている間、平井は安全だ。
ぎゅっ
悠二の手を強く握り、その場から退がる平井。
群衆は、退がった平井の一定範囲には近づかない。
思った通り、平井に手出しはない。
広く空けた大伽藍の中央、二人の男が対峙する。
片や剛槍・『神鉄如意』を肩に担ぐ男。
片や魔剣・『吸血鬼(ブルートザオガー)』を右手に下げる少年。
「っふん!」
「っはあ!」
その二つ刃が今、ぶつかる。