ッガンと炸裂音が響いて、悠二とシュドナイがぶつかり合う。
両者、銀と紫の炎が互いの顔を照らしながら、衝突の衝撃で即座に飛び退く。
力は互角。互いにそう認識する。
「っはあ!」
悠二が離れざまに銀の炎弾を撃ち放つ。
が、全く容易く片手で振り回した『神鉄如意』がこれを払いのける。
しかしそれは悠二にとっても想定内の事。その間にも自在法を練っている。
「っおおおおお!!」
シュドナイは剛槍で炎弾を払いのけた方とは逆の左手から特大の炎弾を放ち、それが悠二に襲いかかる。
避けきれないかと思われたそれはしかし、悠二の『加速』の自在法により目標には当たらない。
躱し、悠二が一直線にシュドナイに向かってくる。
(もらった!)
向かってくる少年に、槍を構える。その槍は"シュドナイの腕の変化に合わせて"その長さ、大きさを変える。
使い手の体型変化に合わせてその大きさ、形状を変化させるのが『神鉄如意』の能力。まさに、自由自在に体を変化させる"千変"のための宝具と言える槍であった。
「っ!」
突然伸びた敵の間合いに、悠二は対応出来ない。
「っふん!」
太さを数倍、長さを数十倍ほどに伸ばした剛槍の一閃が、少年を上下に真っ二つにする。
その二つに割れた少年が、ボンッと音を立てて銀炎となって消える。
(『脱け殻』か!?)
と、驚愕するシュドナイの"上から"、
「っはああああ!!」
銀炎を奔らせる大剣を振り上げる少年。
普通なら間に合わずに一撃をもらうところだが、シュドナイはすかさず巨大化した剛槍で何とか受けとめる。
ガァアアン!!
悠二の渾身の一撃が、叩きつけられ、しかしシュドナイの立つ床が豪快に割れたのみで、シュドナイ自身にも、『神鉄如意』にも傷一つ無い。
「残念だったな。俺達『三柱臣(トリニティ)』の宝具は特別製でな。この『神鉄如意』は俺が望まない限り、折れも曲がりもしない」
そう誇るシュドナイ。しかし返るのは少年の驚愕ではない。
「"知ってる"よ」
「かかった」とでもいうような笑いと、大剣に波打つ血色の波紋だった。
「ぐああああああ!!」
魔剣・『吸血鬼(ブルートザオガー)』の特殊能力が、その刃に触れるものを間接的に斬り刻む。
「‥‥‥ヘカテー」
いい加減城が崩れるのではないかという騒動の中で、逃げも戦いもせずに部屋から出てこないヘカテーの自室を、『参謀』"逆理の裁者"ベルペオルが訪れていた。
止めに行ったシュドナイからは、「生きたまま捕らえればいいんだろ?」という凶悪極まりない表情と応えしか得られなかった。
あの男は"『零時迷子』の事しか"思慮の内に無い。ミステス自体について話そうかと考えたが、多分逆効果だろう。
もう、この自体はヘカテーが動くしかない。でなければ、他でもないヘカテーにとって取り返しがつかない事になる。
そうでなくても、この事態は"ヘカテーが収拾するべき"だ。事の"元凶"であるのだから。
扉越しに、ベルペオルは語り始める。
「今『星黎殿』に、侵入者が入っていてねえ」
(‥‥‥侵入者?)
少年に会いに行けない自分への自己嫌悪、独りぼっちな事に感じる寂寥感、大切な日常に在った全て、そして少年、『今はないという』喪失感。
それらに圧し潰されそうになりながら、ヘカテーは膝を抱えてうずくまっていた。
この騒動にも、興味を向ける事が出来なかった。"侵入者"という可能性についても一切思考を巡らせなかった。
だから今、ベルペオルに言われてわずかに驚いたのだ。
(‥‥感知不可能の『星黎殿』に、侵入者?)
「侵入者は二人」
ドクン
鼓動が、早くなる。
自分は何を、考えている?
「どちらも、"ミステス"だ」
ドクンッ
あり得ない。違う、そうではない。
何故自分は"期待"している?
自分が悠二を傷つける。一番恐れたはずの事。一番あってはならない事。
『星黎殿』に攻め込む。あまりに危険すぎる事。
「構成員達を蹴散らしてこの城まで来ている。全く、意気の良い事さね」
この城に?
ミステスが、二人? 悠二と、ゆかり?
違う、あり得ない。あってはならない。
だが、胸は高鳴る。
期待が、体を動かす。
「炎は翡翠と‥‥」
「っ!」
バタンッ
期待が確信に変わった時、もう体は勝手に動いていた。
否、期待だけではない。城まで来ているはずなのに、いつの間にか"城の揺れや爆発音が消えている"事への不安感があった。
「‥‥"銀"だ」
ベルペオルは、今まで見た事がないほどに、"生きた"ヘカテーを、そこに見つけた。
「ぐっ、ぬぅう!」
「将軍閣下!」
大きく膨らんだシュドナイの右腕が、ズタズタに斬り刻まれて落とされる。
そして、力は互角と先ほど互いに認知したが、悠二とシュドナイには少し違いがある。
『吸血鬼』は"片手持ち"であり、その上での互角。悠二の左手は空いているという事だ。
「っ!」
至近から繰り出された悠二の『蛇紋(セルペンス)』。
荒れ狂う銀炎の大蛇が、シュドナイに襲いかかり、文字通りに"飲み込む"。
そして、
「爆ぜろ!」
ドォオオオン!!
凄まじい銀炎の爆発が、シュドナイを包み込む、が、しかし、亀の甲羅のようた姿に変じて、シュドナイは凌いでいた。
元の姿に戻るシュドナイに向けて、"落ちた左腕が"剛槍『神鉄如意』を投げ渡す。
「さすが"千変"、何でもありだな」
「‥‥ミステスにしてはやるな」
「そりゃどうも。あんた、サングラスしてない方がいいよ」
今の『蛇紋』を受けた事でサングラスが砕け、露になった眼を指して悠二はそう言う。
「くっ、くく‥‥」
ズルリと右腕を生やしながら、シュドナイは笑う。
ヘカテーの心に傷をつけたミステスを屠るつもりで設けた一騎打ちで起こった、全く予想外の『強者との舞踏』に歓喜が湧きあがる。
「ハーハッハッハッハ!!」
腹の底から笑いながら、内心ではもう、一つの事に薄々気づいていた。
ヘカテーが消沈した事。『零時迷子』のミステスは"生きていた"事。そして何より、こいつらはヘカテーに会いにこの『星黎殿』に攻め入って来た事。
そんな確信に近い推測が、少しずつ場違いな憎悪を拭い去っていく。
今はただ、この舞踏に陶酔しようと決める。
「名は?」
「『零時迷子』の坂井悠二」
眼前の少年、坂井悠二も強く笑う。
そして、
「行くぞ、“坂井悠二”」
再び、開戦。
「っは!」
シュドナイの左半身が、巨竜のような大トカゲとなって、悠二に襲いかかる。
「くっ!」
その猛攻に対して、悠二は僅かに後ろに下がってから、
「っだあ!」
『吸血鬼』の斬撃で大トカゲを真っ二つに断ち切る。
「っ!」
しかし、"斬った断面から"無数の、牙の生えた口が開き‥‥
「ッゴァアアアア!!」
それら全てから、濁った紫の炎が爆発するような勢いを以て悠二に襲いかかる。
「くっ、ああああ!」
全身を焼かれ、動きの止まる悠二に、遠慮容赦のない一撃、巨大化した剛槍・『神鉄如意』の刺突が繰り出される。
ガァアン!!
それを何とか『吸血鬼』で受けるが、あまりの質量の違いに軽々とふっ飛ばされる。
「く‥‥‥っ!」
起き上がった悠二が目にしたのは、先ほどまでのシュドナイとは違っていた。
頭部をたてがみと角で飾る、腕ばかり太い虎。膝から下は鷲の足、そして蛇の尻尾とコウモリの翼を持つ合成獣(キメラ)。
あらゆる生物を混ぜ合わせた『デーモン』のようなその姿は、まさしく"千変"の名に違わぬ異形だった。
その虎が、その太い両腕で思いきり、剛槍・『神鉄如意』を振り上げている。
「ッオオオオオ!!」
咆哮と共に、今までとは違う、尖塔の様に巨大化した剛槍が、大伽藍の天井を裂きながら振り下ろされる。
ドォオオオオン!!
「ぐっ、おおお‥‥!」
自身を遥かに上回る圧倒的質量の一撃を、悠二は大剣一つで受け止めていた。
あの(槍に比べれば)細い大剣に、尖塔ほどに巨大化した『神鉄如意』と同等の存在の力が込められているのだ。
その証拠に、『星黎殿』にさえ致命的な傷を与えかねないほどの一撃は、大伽藍の床を派手に割ったのみの影響しかない。
威力が相殺された証である。
だが、悠二がこれを受け止める事さえシュドナイの予測通り。
「っ!」
気づけば、悠二を囲むように、異形異様の化け物が蠢いていた。
『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の徒ではない。"悠二が斬り落とした腕"が膨張し、増殖した"それら"全てが、"千変"シュドナイだった。
「ッゴァアアアア!!」
シュドナイが吠え、『全ての"千変"シュドナイ』から、千にも及ぶ『神鉄如意』の刺突の怒涛が繰り出される。
逃げ場など、一切無い。
ドゴォオオオン!!
刺突の衝撃、そして槍に奔る紫の炎の濁流が、少年がいた一帯を包み込む。
(‥‥何だ?)
周りで騒ぐ『仮装舞踏会』の徒達と違い、シュドナイは今の"何か硬い物にぶち当たった"ような手応えに違和感を覚えていた。
「っ!?」
炎が晴れ、そこにあったのは串刺しの少年ではなく漆黒の球状の物体。
シュドナイがその正体に思考を巡らせる前に、それは球状から解ける。
パァン! と突き立てられた槍を弾くように払われた"それ"は、グルグルと球状に内にある者を隙無く包み込み、漆黒の球と化していたのだった。
先ほどとはまるで違うスピードで走ってくる少年は、今までとは違う異形異装。
身に纏う凱甲も衣も、全て緋色。
後頭から長々と伸びるのは、先ほどの一撃を凌いだ漆黒の竜尾。
「ちっ!」
すかさず、紫の炎を纏う無数の『神鉄如意』による刺突を、今度は真っ正面から雨のように降らせる。
だが、そこであり得ない事が起こる。
「なっ!?」
不破の宝具たる強力無比な剛槍・『神鉄如意』。
その槍全てが、容易く曲がり、少年に届かない。
まるで少年を傷つける事を避けるようにひゅるりひゅるりと曲がる。
シュドナイが驚愕する間に、少年は一瞬で懐に入り込んでいた。
「っ!」
目の前に、燃え立つような強烈な喜悦をその面に現す少年の掌が、ある。
「無明の『黒』に染まれ」
視界の全てが、あり得ないはずの『黒』に塗り潰された。