フリデリカは死刑台に昇る死刑囚のような暗澹たる気持ちを押さえきれずにいた。ハンガリーに入国してからというもの、決して好意的とは言えない視線にさらされて身も心も疲れ果れきってしまったようだ。故国から付き添ってくれた侍女たちにも申し訳ないと思う。それにしても先ごろまで敵国であったとはいえ、敵意が妙に生温かく感じるのは気のせいなのだろうか?いよいよヴラド三世との対面を目前に控えたフリデリカは頭の片隅から消えない疑念に頭を振った。 これ以上考えても仕方がない。結局のところ、自分の生殺与奪の権利はこれから会う男、愛すべき主人にして恐るべき虐殺者たるヴラド三世が握っているのだから。 「遠路はるばるよう参られた、フリデリカ殿」 フリデリカは予想と違ったヴラドの闊達で明るい面差しに面食らっていた。血色のよさそうな肌に大きな瞳は愛敬に富んでおり、美丈夫とまではいかないが、確実に水準以上の容姿である。そしてとうてい十字軍を殲滅し、ハンガリー王国を亡国に追い込んだ男とも思われないなんとも優しい声音だった。 …………なんて優しそうな人……この方があの戦悪魔……… ヴラド三世弱冠十七歳。つまるところフリデリカにとっては年下である。史実と違いヴラドには猜疑心の塊といった暗い影はない。体躯は人並み以上だが明るく均整のとれた肢体を持つヴラドはごく普通の好青年にも思えるのだった。 ………そのころヴラドは深刻な葛藤に苦しんでいた。 ものごっつう好みかも…………いや、だって顔立ちはハーマ○オニー似なのにどこのマ○リンだっていうくらいセクシーってもう犯罪だろ?しかもそこはかとなくいじめてオーラを醸し出しているのもまたたまらん。てか何?その巨乳?くっ………ポーランドの巨乳は化け物かっ! 「いつまで胸を凝視しておるか!この破廉恥魔ァァァ!」 「あっちょんぶりけっ!?」 ヘレナの頭突きを鳩尾に食らって悶絶するオレを見たポーランド王国の面々がまるで樹氷のように凍りついた。………夢よね。これは悪い夢。非道で名高いヴラド三世が幼女に手も足も出ないなんてそんな馬鹿なことは………。 「そんなに!そんなに汝は胸が好きなのか?!妾だって汝が言うから三食欠かさずミルクを飲んでおるのじゃ!その妾の気も知らず!」 「誤解!誤解だってばヘレナ!オレはヘレナの平坦な胸だって大好きだよ?」 「地獄に落ちろおおおおお!!」 誰もオレを助けてくれる臣下がいないのはどういうわけなのだろうか。もしかしてオレ嫌われてる…………? 「「「今のは殿下がお悪い」」」 ……………ごもっとも。 「プッ!」 フリデリカは他国の王家では決して考えられないあからさまな痴話喧嘩に思わず噴出していた。まるで愛しい義父と義母の喧嘩のような気安さであった。もしかすると自分の運もそれほど捨てたものではないのかもしれない。同時に、ワラキア宮廷に入ってからの微妙な敵意についても完全に納得がいった。要するにあの愛らしい幼女の焼き餅であったらしい。さぞや宮廷の人々にも愛されているのだろう。それは相変わらずじゃれ続けている二人を見守る側近たちの瞳を見ても明らかだ。 …………私もあんな風に等身大な笑顔を向けられたら……… ヴワディスワフ二世の庶子、そんな色眼鏡でしか誰も自分を見てくれなかった。この宮廷で誰がヘレナを東ローマ帝国の皇女として腫れものに触るような扱いをするだろうか。きっとそんなことはなく、ヴラドに恋する愛らしい少女として、大事にされているのに違いない。そしてそれはきっと、ヴラドの少女や臣下に対する日頃の等身大な接し方の賜物なのだろう。いつしか恐怖と落胆で満たされていたフリデリカの胸には希望の光が膨らみ始めていた。 「うわっ!ヘレナ!そこは駄目だって!お婿にいけなくなっちゃう!?」 「こんな!こんな下品なものがあるから汝は妾に×××××して〇〇〇〇するのだ!」 ………………………考え直してもいいだろうか? 「どうしても行きてえってんなら好きにするさ」 そのころ上部ハンガリーではヤン・イスクラの率いるフス派軍事集団がまさに分裂の時を迎えようとしていた。ヤンにとってフスの教義はリパニの戦いで死んでしまったものである。死者は生き返らない、いや、生き還ってはならない。戦って戦って戦いぬいて、戦うほどに何故か信仰は遠くなっていったあの日の絶望をもはや二度と味わうつもりもない。今は己の生というものをいかに燃やしつくすことができるか、それだけが全てであった。しかし、部下の全てがヤンのように刹那的に生きられるわけではない。わけても故地であるボヘミアがハンガリー王ラディスラウスの廃位により無政府状態になっていることは彼らの望郷の念を一層強くしていた。今こそ故郷に立ち返り、理想の社会を築き上げるときではないのか?口々にそういい募る部下を説得する術をヤンは持てずにいたのである。 「だが、出て行くってんならオレとは縁切りだ。この上部ハンガリーからは出て行ってもらうぜ?」 配下の隊長たちとヤンとの間で青白い火花が飛び散った。ヤンの言い分は到底呑む事はできない。なんとなればフス派の戦術の基本は火力戦であり、旧来の軍形態以上の後方兵站を必要としたからである。現状で兵站として武器弾薬を製造する拠点は上部ハンガリー以外にはありえなかった。 ……………神の教えを全うするためにはこの不心得者を倒すしかないかもしれぬ……… ヤンは部下たちの心に芽生えた叛心を正しく洞察していたが、だからといって彼らの要求を入れる気は毛頭ない。彼らに同心するということは、またあの永久運動のような戦いに身を投じるということなのだ。上部ハンガリーは神の国のための兄弟が治める国に成り果てる。ふざけるな!この国を治めるのはこのオレ様だ!こいつらはまた同じことを繰り返そうとしている。あの理想のために現実を踏みにじり続ける糞ったれな狂信者どもと同じ過ちというものを。あの日の後悔を忘れるつもりはない。主人に考えることを預けてひたすらに主人の言葉を信じて戦った。その結果が兄弟の決別、あまりにも凄惨な家族殺しの惨劇。オレの主人はオレであり、オレはオレの判断と責任でオレの生を全うする。二度と主人を頂くつもりはない。それがたとえかつての同胞、恩師、家族であったとしても。 ………………そういえば一人面白い男がいやがったが、な………… ヤンは遠い南の空を見上げて薄く嗤った。 「何分初めてのことでございますゆえ粗相があるかもしれませぬが………」 いかん、どこでこんな美味しい……もとい、妖しい流れとなってしまったものか。最初は詫びのつもりだった。会見では終始ヘレナに折檻されてろくに挨拶もできなかったからな。控えめながらも明るい気性と、初心で恥ずかしがりやな様子に思わず会話がはずみ、食事とワインを共にしたまでは良かったのだが…………フリデリカのポーランドでの扱われ方や義兄カジミェシュ四世の思惑などを親身になって聞いてるうちにいつの間にか侍女たちが誰もいなくなって隣にはベッドの用意が………はっ!?これは罠?俗にいうハニートラップというやつか! 「殿下はそんなに胸がお好きですか………?」 そんなことを考えつつも目は欲望に忠実に巨乳に吸い寄せられていたようだ。巨乳恐るべし! 「…………は、恥ずかしいですがどうか殿下の好きなようになされませ」 覚悟完了とでも言いた気にギュッと目をつぶり全身を朱に染めて身体を横たえるフリデリカにオレのなかの理性は軽々とリミットを振り切った。もう辛抱たまらん! 「たわけえええええええええええええええ!!!」 「げほおおおおおおおおおおおおお!!!」 どこから潜り込んだものかヘレナの頭突きがオレの股間に炸裂していた。 「汝の初めての女になるのは妾であろう?それが何じゃ!こんな簡単に色香に惑いおって!妾だって……妾だって汝のためならあああ、あれ以上恥ずかしいことだって我慢できるぞ!いいいや、むしろうれしく………って何を言わせるのじゃ!」 グキリ 照れ隠しのヘレナの拳がマイマグナムを直撃する。 …………ごめんなさい。調子こいてました。もうしません。 「チッ!」 ………今、誰か舌打ちしなかったか?