「防げ!ち、近づけるな!」悲鳴と怒号が交錯するなか、ブルジーマムルーク朝が動員した軍船がまた一隻巨大なたいまつとなって海面の華となる。マムルーク朝の艦隊司令であるアルシャーフは信じられないものを見るように絶叫した。すでに海上を縦横無尽に走り回るのはもっぱらヴェネツィアが誇る帆走軍艦であり、ロードス島を陥落の一歩手前まで追い込んだマムルークの軍船はせっかくの砲弾を使い果たしてもはや逃げ回るだけの哀れな獲物と化してしたのだった。「なんだ?これはいったい何事なのだ?」ガレー船に大砲を装備してロードスの要塞を砲撃しておきながら、アルシャーフは海戦の在り方が変わったことを想像すら出来ずにいた。大砲は海上を疾駆する軍艦には当たらぬものだと信じられてきたからだ。接舷切り込みの達者としての経験も、ギリシャの火を投射するヴェネツィア船の前には露ほどの役にも立たないでいる。自分が知る海の男がその勇気と力を発揮すべき戦いが、火力によって蹂躙された瞬間であった。「一隻たりとも逃がすな!パブロの戦隊は右翼から回れ!挟み込むぞ!」ヴェネツィアの船団を率いるのはモチェニーゴ家の当主ジョバンニ・モチェニードその人である。当主ともあろうものがこうして艦隊指揮官を兼ねることは珍しい。ヴェネツィア元老院のなかでも親ワラキア派で知られる彼が志願してロードス派遣軍を率いてきたのには訳があった。もとより、ワラキアへの援軍の見送りは、ロードス救援の指揮をジョバンニが執ることが条件であったのである。結局日が翳り始める前にマムルークの艦隊は四分五裂したあげく、その半数以上を撃沈され残りは本国へと避退した。たった一日の海戦だったが、マムルーク朝の艦隊はそのほとんどが海のもくずと化した以上その再建には多大な資金と年月が必要となるであろう。それもワラキアの技術援助をもとに進化したヴェネツィアの帆走軍艦戦隊とギリシャの火を利用した火器の運用があればこそであった。ロードス島に上陸したマムルーク朝の陸兵二万も、味方の艦隊に見捨てられ島内に孤立した状態では士気を保つことは難しい。砲撃であちこちの城壁にほころびが見られるものの、聖ヨハネ騎士団の築城技術と士気はそれを補って余りあるものだ。早期の陥落が果たせなければ、遠からず聖ヨハネ騎士団の逆撃に駆逐されることは明白である。何も逆上陸戦や支援砲撃まで行う必要はないはずだった。「さて、ジョバンニ殿、寄り道の準備はよろしいか?」その声はあくまでも涼やかで、まるで本当に散歩に出かけるかのように軽い言葉であった。…………まったくどうして、真面目一辺倒かと思いきやお茶目な方だ………傍らに控えていた長身の武人に対し、ジョバンニは爽やかな笑顔とともに答えた。「もちろんでございますぞ、大元帥殿。いささか長い寄り道にはなりましょうがな!」追い風を受けて疾風のように艦隊が進路を北に向けたのはその後まもなくのことであった。ガレー船隊を切り離した帆走軍艦の群れは速度を上げつつエーゲ海を切り裂いて驀進していったのである。 ジャハーン・シャーは己の野望が果たされぬどころか、黒羊朝そのものが累卵の危機に立たされていることを知った。マザルシャリフで対峙していたティムール軍を攻めあぐねているうちに白羊朝のウズン・ハサンが背後から迫っていたのである。おそらく白羊朝とティムール朝の双方を合わせても黒羊朝の総軍には及ばないであろうが、挟撃は十分その兵力差を埋める要素になるはずであった。「小僧め………やってくれる………!」ジャハーン・シャーは何度かウズン・ハサンに会ったことがある。切れ味の鋭い刃物のような印象を抱いたものであったが、兄ジャハーン・ギールを裏切れる器とも思えなかった。戦術家としてはともかく、権力に対する執着が為政者として決定的に不足しているように感じられたのである。それが見事な手腕で兄を隠居に追い込むや、一国をまとめて揺るぎなく、今自分に挑戦しようと迫っているとはなんとも世界は遼遠なものであった。「だが若い」確かにその器量は認めよう。オスマンへと差し向けた援兵を蹴散らし、後方を蚕食する手腕は常人にかなうものではない。しかしウズン・ハサンの器量はあくまでも武人としてのものにとどまる。少なくとも現時点では君主としての経験が絶対的に不足していた。「………アブーサイードに使者をたてよ。余はティムール朝の宗主権を認め降伏する用意があると」度重なる君主の暗殺からようやくティムールを一統したアブーサイードだが、その権力基盤は土豪の連合体に過ぎない。つまりは専制君主としての権威をいまだ持ちえていないのだった。あるいはアブーサイードなら目先の餌を罠であると看破するやもしれないが、アブーサイードを支持する土豪たちは彼ほどに遠くが見えるとは限らないのだ。議論は割れるだろう。その結果黒羊朝に敵対を続けてくれてもいい。ただ、混乱してくれる時間さえあればそれでジャハーン・シャーには十分なのだから。マザルシャリフ西方のバルフ近郊に迫ったウズン・ハサンは黒羊朝の兵団が完全にこちらを待ち受けていることを知った。「アブーサイードの馬鹿が………所詮はオレに飲み込まれるだけの器か」アブーサイードの兵力はおよそ二万、対するジャハーン・シャーの兵力五万……ウズン・ハサンが掌握している二万弱の兵力ではいささか手に余る相手であった。しかしここで引き返しても益はない。こちらが後先を考えぬ全力であるのに対して、黒羊朝にはまだ余力があるからである。全面的な総力戦になれば白羊朝の分が悪いに決まっていた。どうやらティムール朝をあてにはできないらしいが、さすがに全く警戒を解くわけにはいかないだろうから黒羊朝の兵力はいくらか割り引いて考えることが出来るはずだ。たとえ二倍の兵力差があろうとも、己が負けることなどウズン・ハサンは想像すらしていない。時として偉大な為政者は歴史の中での自分の役割を無意識に感じ取ることがある。冷静な算術からいえばオスマンと黒羊朝とマムルーク朝の同盟に歯向かうことは自殺行為以外の何物でもない。にもかかわらずウズン・ハサンは己の勝利と、ヴラドの勝利を疑ってはいなかった。この戦に勝って歴史に名を刻むという衝動のままに、ウズン・ハサンは決戦の場へと兵を進めた。双方とも遊牧民の軽騎兵を主力としているのは変わりない。歩兵は補完戦力として剣と投射武器を装備しているが、彼らの中で軍の主力を任せられるほどにいたってはいなかった。中央アジアの砂漠や荒野を行動範囲とする彼らにとって、馬のない生活は考えられない以上それは今後も劇的な変化を望めぬ類のものなのだった。欧州とは自然環境が決定的に違いすぎるのである。「………どこまで通用するものかな」ウズン・ハサンの目が向いた先には巨大な棒火矢……地対地ロケットが組み上げられつつある。いくつものパーツに分解して持ち運びを容易にさせたそれは、いったん組みあがるとおよそ六メートルになんなんとする巨大なものであった。これを製作した技術者は本当はこの倍以上の棒火矢を作りたかったらしいが…………「むむむっ!来た!来たぞ!我が灰色の脳細胞に天啓が来たぞ!」「先生……またろくでもないこと考えついたのかい?」「たった一回発射薬で飛ばそうとするから強度が不足するのじゃ!ならばムカデのように装薬を分散して加速してやることが出来たならば……!」「もういい加減で大砲の均一化と弾道の安定に取り組みましょうよ………温厚なワラキア公もしまいには怒りますよ?」「くくっ……このアイデアの素晴らしさが理解できんとは………天才は孤独なものよ」大丈夫だろうか?今、棒火矢に対して深刻な疑念が浮かんだのだが。まあ、いい。棒火矢などなくとも戦に勝つ算段は十分だ。ジャハーン・シャーの命させ奪えば勝利は決まる。白羊朝二万名の戦士たちはそのひとりひとりがジャハーン・シャーへ向けられた刺客なのだった。「あの空飛ぶ筒はなんだ?」炎とともに飛来する六メートル以上の物体は、それだけで畏怖と恐怖を呼び起こすに足りるものだ。ウルバンの鉄塔と後に呼ばれる棒火矢は、その巨大な姿に見あった破壊を黒羊朝の陣内に撒き散らした。全体として与えられた人的被害はごくわずかなものでしかないが、その焼夷効果と心理的衝撃に陣形が乱れるのは避けられない。「突撃!」白羊朝の騎兵部隊が一斉に一筋の奔流となって黒羊朝の陣営へと襲いかかったのはそのときであった。「押し包め!」ジャハーン・シャーはロケットの奇襲に浮き足だつ配下の兵に苦りきった顔をしながらも冷静さを失ってはいなかった。騎兵という兵種はなんといっても機動力が命であり、それを失った騎兵など歩兵にも劣るものでしかない。そうであるならば圧倒的な兵力差を利用して全方位的に白羊騎兵を拘束し、機動の余地をなくしてしまうべきであった。実のところ騎兵はそれほど集団戦にむいた兵種ではない。機動力と衝力にものをいわせて歩兵を蹂躙する場合はともかく、騎兵対騎兵の戦いがほぼ乱戦になってしまうのは騎兵が馬という他生物を操り近接武器を主武装としている以上どうしようもないものなのだった。乱戦になればあとは数が物を言う。そうだ、何も変わりはしない。ここでお前が敗れることも、全ては当たり前のことが当たり前におきるだけのこと。騎兵と騎兵同士がぶつかり合い、乱戦の巷に押しつぶされるかに見えた白羊朝の軍だが、驚くべきことに正面の騎兵をあっという間に突破して前進を継続していた。「何故だ?何故止まらぬ?」ウズン・ハサンが鍛え上げた騎兵部隊の練度は中央アジアでも最高に近い。しかし、黒羊朝とてそれは同様である。練度に際立った差がなければ兵数差は絶対的な意味を持つはずであった。だが両騎兵の死命を制したのは練度の差ではなく、火器の差であったのである。馬は元来臆病な性質の生き物であり、それは戦に鍛え上げられた軍馬であろうとも例外ではない。鋭敏なその耳に轟音を聞かされて驚かぬ馬はいないのだ。戦場でこれほどの銃声を聞いた馬はこの戦場にはいない。銃声に慣れさせるための訓練を積んだ白羊朝の軍馬を除いては。火力戦が浸透した東欧の諸国とは違い、中央アジアでは騎兵による奇襲と乱戦がまだまだ戦の主流を占めていた。火力といえばせいぜい攻城に用いるもののなかに大砲がある、と言う程度の認識にすぎない。攻城戦になればともかく、野戦で火器を運用することなどいまだ伝聞の域を出ないのが現状だった。野戦のなかで使用された経験がない以上、黒羊朝の騎兵部隊に為すすべのあろうはずがなかった。「留まるな!ジャハーン・シャーの首を獲るまで止まってはならぬ!」剽悍な白羊朝騎兵のなかにあって青と白の戦衣を身にまとった一団が、奔馬をなだめるのに忙しい黒羊朝軍の隙間を風のように駆け抜けていく。ウズン・ハサンの直衛軍である。その俊敏な機動と、一切銃にも手をかけぬ統率ぶりは他の追随を許さない。慌てて追いすがろうとする黒羊軍の前に、ピストルを構えた白羊軍が立ちふさがっていた。乱戦のなかにあってはピストル騎兵は無類の力を発揮する。装填時間を稼ぐために訓練した相互支援も万全だ。なまじ白羊朝を包囲しようとしたことが裏目に出ていた。もはや本陣までの距離は少ない。………これでは勝てぬジャハーン・シャーは戦況を見て取ると恥じも外聞もなく逃走を選択した。甘く見ていた。火器の威力も、ウズン・ハサンの器量も。しかし生きているかぎり再戦を挑むことは出来る。部下も精鋭も誇りも、何もかも投げ捨てて瞬時に逃走を選択できることもまた、ウズン・ハサンとジャハーン・シャーの間にある経験の差であるのかもしれなかった。逃走するジャハーン・シャーに気づいたウズン・ハサンであったが追撃は不可能だった。すでにジャハーン・シャーとその親衛隊との距離は開いており追撃中に日没を迎えることは確実であった、何より兵たちが疲弊しきっていた。己に倍する敵と戦ったのだ。体力以上に精神力が消耗してしまっていた。ここにいたるまでの行軍の疲れ影響も隠せない。「…………まあ、いい。次に会うときこそ貴様の首を父の墓前に供えてくれる」タブリーズに逃げ帰ったジャハーン・シャーはティムールとの同盟構築を急ぐとともに、火器の援助をオスマンに要請した。もはや火器なしにウズン・ハサンに対抗することは難しい。幸いアブーサイードもこれ以上の白羊朝の伸長を好ましく思ってはいないようである。まだまだ政治的術策においてジャハーン・シャーの手腕はウズン・ハサンを大きく上回っていた。もっともそれをウズン・ハサンが聞いたところで嘲笑うだけであったろう。彼にとって同盟者とは彼が敵にまわしたくないと見定めたものだけであるからだ。たとえばワラキア公ヴラドがそうであるように…………。「…………共に謀るに足らず、か」ブルジーマムルーク朝と黒羊朝の相次ぐ敗報はメムノンにとって憂鬱な問題である。オスマン軍は結局のところコンスタンティノポリスへの攻撃を継続しているが、ヤン・イスクラが中心となった防備は予想以上に堅い。あてにしていたわけではないが黒羊朝の援軍があれば、戦況は今よりずっと楽になったことだろう。しかもマムルーク朝を破った艦隊はダーダネルス海峡のゲリポルで上陸し北上してマルカラの地でスカンデルベグと合流を果たしていた。フランス王国軍大元帥リッシュモンが率いる兵数は少ないが、スカンデルベグともども数字どおりの戦力として受け取ることは絶対に危険であった。マルカラと言えば首都アドリアノーポリとコンスタンティノポリスのほぼ中間にあたる。オスマンとしてはその双方に戦力を割かざるを得ないのが現状だった。コンスタンティノポリスさえ落とせれば全ては解決するのだが、あの忌まわしい傭兵上がりの手腕は残念ながら当代一級であると言わざるをえない。「火炎瓶を投擲しろ!今城壁内に来ている連中を生かして帰すな!」火力による分断と各個撃破はヤン・イスクラの得意とするところだ。それがワラキアから供給された火器によってさらに凄味が増している。「………いったいオレがどれだけの兵力差のなかでどれほどの間戦い続けてきたと思ってるんだ……ええ?メムノンさんよお」ジェノバばかりかヴェネツィア船までもがマルマラ海の海上輸送を圧迫しつつある。アルバニア・フランス連合軍一万数千の動向も確実にオスマン軍の体力を削り取っていた。古来より巨獣は持久力には定評がない。なんとかしなければならない、しかし今は早急な打開手段がない。「伝令!伝令!」斥候に送り出していた騎馬がほとんど気死せんばかりになって本陣に駆けこんできたのはそのときだった。「いかがした?」「ワラキア公の本隊と思われる部隊がヤンボルで遊撃部隊と合流しアドリアノーポリに迫っております!どうか急ぎ御戻りを!」………ここでアドリアノーポリに現れたか!まったくあの男らしい迂遠で狡猾なやり方だった。おそらくはヴァルナで補給して南下してきたものだろう。直接コンスタンティノポリスへ挑みかからないところが呪わしい。しかしヴラドよ。姿を現したのは貴様の油断だ。オスマンの戦略目標は以前からいささかも変わってはいない。コンスタンティノポリスか、あるいはヴラドの首さえあげられればその後のことなどいかようにもして見せる。戦場にヴラドが戻ったのはオスマンにとって危機であると同時に願ってもない好機でもあったのだった。