「ていうかホンマに阿呆やな」 何故か大阪弁になってしまうほどあきれ果てているオレがいた。 オスマン朝の支援を受けたオレは連戦連勝でトゥラゴヴィシテに入城し、ヴラディスラフはトランシルヴァニアへと逃亡している。それと相前後してつい先日まで槍を合わせていた貴族たちがなんの臆面もなく大挙して臣従の使者を送ってきていた。 そんなもん信じられるかあああああああ!! 「…………すまんがベルド、これは普通の対応なのか?それともオレが異常なのか?」 「大公様のお考えが正しいのは言うまでもありませんが………ワラキアの貴族たちにとってはごく当たり前なことであるのも確かです」 …………これは史実のヴラドが人間不信になるわけだわ。 己の君主を変えることになんのためらいもない。ただ、その場の自分の利益のために仰ぐ旗を変えるのは彼らにとって自分の衣装を取り換える程度の軽いものなのだ。しかし、オレはそれを許容する気はない。 広間には公国の主たる貴族たちが参集していた。もちろん広間の警戒には万全を期している。傭兵のなかでもゲクランの古馴染の兵を中心に、数は少ないがベルドが選抜した騎士の中で年若く貴族の影響を受けていない者で構成した親衛隊が守備を固めていた。 「皆のもの大儀である」 形だけは平伏していた貴族たちがオレの登場とともに一斉に顔をあげる。なかでも先頭に座していた初老の男が代表するようにうやうやしくオレに向って一礼した。 「大公様にはご機嫌うるわしくなによりのことと思います。この度不幸にも前大公との行き違いから我々との間に剣が交わされたこと衷心よりお詫び申し上げ、我ら一同ただ一人の君主として大公様にこれまで以上の忠誠を捧げることを御誓い申し上げまする…………」 「いらぬ」 にべもなくオレは吐き捨てた。シエナに聞いた情報ではザネリ伯と言ったろうか、件の男はオレの言った言葉が理解できずに目を白黒させていた。よほど想定外の応えだったらしい。 「オレに対して剣を向けたもの、一人たりとも許さぬ。とっととこの国から出て行け!」 ようやく解凍された広間の貴族たちから怒号にも似た抗議の声があがる。 「かか、かような厳罰は過去に例がありませぬぞ!」「我々無くしていったい誰がこのワルキアの国土を守ると御思いか!」「我々は前大公に脅されて仕方なく……!」 「…………仕方なくで父と兄を殺したのか…………?」 本当にこいつらは人間なのか?こいつらにとって君主とはいったいなんなのだ?犯人の特定こそできないが、間違いなくこの中に先代ヴラド二世殺害の下手人がいるはずだった。それだけのことをして、なんら罪悪感を覚えていない連中など、オレの国には必要ない。 喧噪はさらに激しさを増していく不当な処分に対する抗議、責任のなすりあい、etc・etc………… いい加減聞いているのも飽きたのでオレは最後通告を出すことにした。 「過去がどうあれ、オレはオレに対する裏切りを決して許さぬ。父と兄に対する仕打ちを忘れぬ。唯一の寛恕として命だけは助けてやる故好きな国へと流れるがよい。不満があらば再び剣をとりて向ってきても構わぬが、その時は万が一にも命はないものと思え…………」 何様のつもりだ?という怒号があがる。お前らの大公様だっつーの。おそらく国外追放なんかで改心するような連中じゃない。まず間違いなく敵に回るだろうが、こんなやつら傍に置いておけるか! 「わが父は先々代ヴラド二世殿下とともにヴァルナの戦いに参陣し、公を守って討ち死にいたした!祖父も曾祖父も公家には数えきれぬ功績を捧げたはず!お答いただきたい!わが父、わが祖先は何故公家のために死んだのですか!?」 そんなもん臣下が君主のために死ぬのは当然だろうが!そもそもお前が死んでからそういう寝言は言えよ!しかしそんな内心とは裏腹にオレの口を衝いて出たのは有名なあのセリフだった………。 「…………坊やだからさ……………」 いかん、癖になりそうだ。 執務室に戻るとシエナが報告に訪れた。今回の追放措置は何を隠そうシエナの発案である。オレはシエナに諜報組織の立ち上げを依頼していたが、ちょうどいい人材がいるとこともなげに言い放ちやがった。要するにお家再興を餌に、追放された貴族のなかにはスパイが多数紛れ込んでいるというわけなのだよ、明智君。 「貴族の中に二十名、貴族の使用人のなかに二十八名の協力者を確保しております。ほとんどの者はヴラディスラフのもとへ参りますが、トランシルヴァニア公とモルダヴァイア公のもとにも数名は派遣できるかと」 「複数監視を怠るなよ?」 「抜かりなく…………」 素直に情報をよこしてくれるとはかぎらないので監視役の配置は必須である。こちらの貴族とは別系統の協力者や、監視専門の貴族協力者が監視と情報の運び役を担う。この時代、個人レベルで間者を飼っているものは少なくないが、国家が専門の組織を立ち上げるのはこれが初めてだろう。シエナは情報組織を運営するには最適の人材だった。怜悧で私情を交えることなく、淡々と仕事をこなす胸の奥には自らの才能を使い尽くしたい激情がある。頭脳の切れ方ではオレの側近中間違いなくナンバーワンといっていい。愛想がなくて抑揚のない話し方が某オーベ〇シュタインを連想させるが顔だちはむしろミッター〇イヤーなのでそのアンバランスさにたまに吹き出しそうになっているのはないしょだ。 シエナの次にやってきたのはゲクランだった。ネイやタンブルとともに新兵の練兵にあたっている。貴族のおよそ三割を追放した結果ワラキア公国軍の動員力はかなり減退することが当初から予想されていた。中立を保って難を逃れた貴族たちの戦意も当てにするのは危険だろう。下手をすれば戦力にならないばかりか敵に回りかねない連中なのだ。そこでオレは自営農民や自治都市から給金と引き換えに兵士の供出を依頼していた。 「まあ、オレが心配するのもおこがましいんでやすがね。連中、本当に弩と穴掘りの訓練だけでいいんですかい?」 傭兵らしいごつごつとしたたくましい風貌に微妙な困惑を浮かべてゲクランが言った。このあたりの率直さは美徳といっていい。オレはただのイエスマンは必要としていないし、常識に照らしてゲクランの疑問は妥当なものだからだ。 「ああ、傭兵と直轄の兵以外はそれでいい。もちろん当面の間だけのことだがな。いずれは一線の兵になってもらわなければならんが、とりあえずは現状を維持しろ」 イェニチェリ軍団が去ってオレに残された兵力はベルドと縁ある南部を中心とする貴族軍三千と、ワラキアに残った傭兵部隊二千だけとなっていた。忠誠心の甚だ疑わしい貴族連中をかき集めればどうにか一万を超すだろうがそんな兵と行動を共にする気にはなれない。そこで平民の戦力化を図り暫定的に二千名の訓練を開始している。 史実通りならヤノーシュが数万の兵とともに侵攻してくれまで二か月………それをこの手持ちの兵力だけで防がなくてはならない。しかしいっぱしの軍人を育てるのに二か月という期間はあまりに短かすぎるのだった。 …………しかし速成軍には速成軍なりの戦いかたがある。平民軍の戦力化に関してはすでにデュラムを通して様々な工房にあるものの制作を依頼していた。大砲を買うより遥かに安上がりなものだが効果のほどは歴史が証明している………。 「そりゃ大公様がそうおっしゃるなら構いませんがね。オレは奴らを見てるといつか味方に後ろ玉くらわせやしないかと心配で心配で………」 「それでも男ですか!軟弱者!」 癖になってしまったようだよセ〇ラさん……………。