「っていうかなんでこんなに貧乏なんだ?」 「殿下の常備軍は大喰らいですからな」 デュラムの目が冷たい。おいおいなんだよ、そのおやつをつまみ食いされたセ〇バー見たいな目は! 仕方ないだろう!常備軍の力は絶対に必要なんだから!オスマン朝に東欧の諸国が善戦しながらも最終的に負けてしまうのはそこなんだよ!一年中戦える軍隊と一年に二回も戦えばたちまち息切れしてしまう軍隊とではそもそも勝負にならんだろう? 「なんと言われましても常備軍が金喰い虫なのは事実です」 「だからってこの食事はないだろう!?」 オレの目の前に置かれていたのは貧相なパンが三切れとスープ…………それだけ、以上終了ちなみに朝食ではなく昼食である。ざけんな!これで成人男子の腹が持つかあああああああああ!! 「自業自得です」 「のおおおおおおおおおおおおおお!畜生!見返してやる!いつか腹いっぱい銀シャリを喰ってやるううううううう!!」 「意味がわかりません」 …………おふくろ、お金は魔物ばい。ばってん、おいももう泣いてよかよね? エセ博多弁で号泣しつつ、某英国ばりの粗食に耐えるオレがいた。うんうん、雑な食事は最低だね、セ〇バー。 一方でこんなフランクな会話に涙が出そうなほど安堵をおぼえている自分がいる。貴族たちの処刑はそれほどに重い決意と重責を必要とした。これでベルドら側近の態度が変わっていたらオレの精神は耐えられなかったかもしれない。串刺しではなく磔を選んだ理由は串刺しがトルコ由来の刑罰であるのに対し磔はローマ由来の刑罰であるからだ。ルーマニアとはローマ人の国の意であり、その風土にはローマ以来の古い伝統が残っている。少なくとも串刺しよりは正当性を印象づけられるはずであった。中世世界であるからには処刑などは日常茶飯事に行われているが数千人以上にのぼる大量処刑になるとそうそうお目にかかれるものではない。しかし、中央集権化を進めるうえで、こうした示威行動は避けてはとおれぬ道であった。少なくともオレに対する反逆することのリスクを骨身に染みさせておかなくてはならない。ルールが変わったということを知ってもらわなくては。この先の展望を考えれば、中立派の貴族の力もまた必要になるのだから。 バルゴの丘の光景は狙い通りに貴族たちの心胆を寒からしめた。彼らは口ぐちに公国への忠誠を約定し、今回の戦勝に対する献上品を先を争って積み上げていった。もちろん献上についてデュラムの示唆があったのはいうまでもない。とりあえず恐怖によるものであっても彼らの統制がとれたことをよしとするべきであろう。長期的には彼らに対し利益をもたらしてやらねば再び敵対するようになるだろうが。 そうしたオレの施策をベルドもネイもタンブルもゲクランもデュラムも理解したうえで更なる協力を誓ってくれている。こんなうれしいことがあるだろうか。…………シエナの奴はわからん。あまりに表情がないし………。 結局農民兵千名と傭兵二千名をもって常備軍とすることにした。反逆貴族の資産や中立貴族たちからの献上品で公国財政は好転しているが、ワラキアのような小国にとって常備軍の維持費はあまりに大きい。スルタンには国内騒乱につき二年間の貢納金免除を申請したところ貴族の大量処刑に加え、ハンガリー王国軍に打撃を与えたことがよほどスルタンの心証をよくしていたようで逆に褒美までもらってしまった。これにより生じた余剰予算は士官学校の設立と街道の拡張などのインフラ整備にあてられている。他にもやりたいことをあげればキリがなかったが残念なことに予算のほうが先に尽きた。無い袖は振れないのである。もっとも史実のヴラド公に比べれば遥かに恵まれた環境であることも確かだった。なんといっても公の最初の親衛隊は五十名から始まっている。げに恐ろしきはやはり金の力なのだった。 「殿下、ゲクラン殿がお目通りを願っております」 「うむ、とおせ」 相変わらず日焼けしてごつごつとした野性味あふれる風貌の親父がやってきた。これでなかなか教え方がうまいので士官学校の校長を任せている。士官学校での教育方針は完全にオラニエ公マウリッツの軍事理論を採用していた。 16世紀に軍事革命と呼ばれるマウリッツ公の理論はオレにとってはそれほど目新しいものではない。むしろ常識の範疇に属するものだ。まず第一には傭兵の給料をきちんと支払うこと。軍事費の負担にあえぐ諸国はともすれば傭兵への支払いを踏み倒したり遅らせたりしがちであった。戦いさえ終わってしまえば傭兵は邪魔にしかならない無法者であり、約束を遵守する必要が感じられなかったのだ。これによって傭兵は上官に対する反抗意識を持ったり、モラルを低下させたりしていた。給料の支払いに安心したのち、傭兵のモラルは大幅に向上したという。第二に当時ヨーロッパを席巻していたテルシオに対抗して、部隊編制の中核を大隊とした。具体的には横25列に縦10列の長槍隊を配し、両翼に縦10列横5列の火縄銃隊、そのさらに両翼に縦10列横10列の火縄銃隊を配置してこれをひとつの戦略単位としたのである。行動単位が連隊から大隊に縮小した結果、機動力が比べ物にならないほど上昇した。第三は指揮命令系統の確立である。当時の戦場では指揮官もまた戦場にいたれば馬を降り、一兵卒として剣を揮うのが常であった。これでは戦局を見た効率的な部隊運用など出来るはずもない。指揮官は馬を降りず戦闘にも加入しない。ただ、部隊の把握と指揮に専念させることが必要なのであった。また、指揮官を失った部隊が烏合の衆と化すことを防ぐため大隊には三人の中隊長がおかれ、席次によって指揮を引き継ぐことになっている。士官が増えればその下にさらに九人の小隊長を置くことも決められていた。第四は行動様式の細分化であった。マウリッツが執筆した教本ではただ銃を撃つことにさえ、数十の段階にわけて詳細な説明がなされていた。当時小国であったオランダが大国スペインと渡り合うためには寡を持って衆を制する戦いかたが絶対に必要であった。その論理的帰結として、より集団としての精度を高めることが要求されたのである。結果スペイン軍が千名を整列させるのに一時間を要したところ、オランダ軍は倍の二千名を二十分で整列させられるまでになったという。また、それを可能とするための日々の軍事訓練は傭兵たちに共同体への帰属意識を植え付けるという二次的な効果もあげていた。これに関してはすでに傭兵と農民兵の間で効果が出始めているとゲクランは報告していた。 「殿下、今日は殿下に紹介したい男がおりやして」 あごをしゃくった先に精悍な中にも気品を備えた美丈夫が膝を折って控えている。有能な傭兵の中から直臣を推薦するのもゲクランの大切な任務なのであった。 「マルティン・ロペスと申します、殿下」 オレ個人の見解だが、知性は顔と言葉に表れる。もちろん例外もあるだろうが、おそらくこの男は貴族かそれに近い階級に所属して、高等教育を受けてきたであろう気配が感じられた。 「いずこから参った?」 「ブルガリアでございます。先祖がスペインより十字軍としてエルサレムに向い、その帰路にブルガリアに土着したものと聞き及んでおります」 なるほど、ブルガリアか……………。1394年だから今から53年前にオスマンに滅ぼされたワラキアと同じビザンツの文明圏にある国家であった。後年のワラキアやモルダヴィアと違い自治を許されなかったから旧支配階級の数多くが路頭に迷ったという。マルティンの父もそうして傭兵に身を落とした没落貴族であったのかもしれない。 …………これは思わぬ拾いものになるかもしれんな……。いずれオスマンを敵に回したとき、ブルガリアを知悉したものがいるといないとでは大きな差が出るだろう。しかも縁者がいまだブルガリアにいるならば工作の手間もはぶけるかもしれなかった。 「こいつぁ、三年前のヴァルナで一緒に戦いやしてね。腕が立つのは勿論なんだが……ひとつ珍しい特技がありやして」 「…………なんだ?それは?」 「銃の扱いに長けておりやす。100m先の的でもはずしやしません」 銃!銃か!正直喉から手が出るほど欲しい武器なのだが如何せん金がないために数を揃えられずにいる。発射速度、射程距離ともに弩を上回るそれは遠くない未来に世界を変えるはずなのにだ。 だからといって銃の価値が我が軍内で低いということはありえない。可能なかぎり増産させ実戦部隊に組み込む方針は決まっている。その意味でも貴重で有用な人材ではあった。 「マルティン、この私に仕える気はあるか?」 「殿下のご情を賜るならばこの非才なる身の全力をあげて」 「よかろう!ゲクラン、貴官にこの者を預ける。士官学校に入れた後、卒業後は銃兵の教導に当たらせろ!」 「御意」 どうにか軍は形になってきている。まず核を作り上げてしまえば増強は容易い。 残念ながら内政に専念していられるほどの余裕はワラキアにはないからな~並行して軍事も進めていかんと………。 「殿下………………」 「おわあああっ!」 シエナめ………相変わらず気配を感じさせぬ奴……! 「ジプシーの主だった者に渡りはつけました。約定が守られれば協力は惜しまぬと」 「そうか!それじゃあ早めに布告せんとな」 14世紀に入ってバルカン半島に数多く見られるようになったジプシーは移動民族であり、特定の君主をもたないことから、各国の君主に煙たがられる存在だった。極端なところでは略奪や暴行の格好の対象となってさえいる。自国民でないとなれば軍隊もあえてジプシーを守ろうとはしない。むしろジプシーを迫害する自国民を味方する場合が多かった。彼らを保護するものは彼ら以外にはいない。ジプシーはそんな孤独な民なのだ。 国内生産や兵士としての戦力にはならないが、オレにとって各国を放浪する彼らの情報網は貴重なものだ。情報収集や情報工作の協力と引き換えに、ワラキアが国家としてジプシーに保護を与えることを持ちかけていたのである。どうやら目論見は図に当たったようであった。 「今日の会見で聞いたところではハンガリーでヤーノシュに敵対する貴族の粛清が行われたとか…………」 摂政位であるヤーノシュがそこまで露骨な手段に訴えるということはかなり追いつめられているな。 「そういえばワラキア公が独身なのは男色をお好みなのか?そうであれば一族選りすぐりの男娼を差し出すと申しておりましたが………」 大きなお世話だ!!オレはノーマルだっつーの!彼女いない歴22年だけど何故か童貞でないのは永遠の秘密なんだよ!