同刻 A-01『ヴァルキリーズ』
「ヴァルキリー01よりヴァルキリーマム。現在規定捕獲数の四割まで達成している。ヴァルキリーズ各機に損傷無し」
『ヴァルキリーマム了解。帝国軍第14師団及び第12師団に大きな損害は無く、迎撃作戦は極めて順調のまま推移している。ヴァルキリーズは引き続き任務を継続せよ』
「ヴァルキリー01了解」
あまりに楽すぎる。それが作戦開始から現在までの状況に対して伊隅みちるが抱いた感想だった。
元々作戦自体が流入するBETAがそれほど多くないポイントを選んでいるのだが、それにしても一度に流れてくるBETAの数が少なすぎる。
作戦が楽であることにこした事は無いのだが、違和感、というか不安を拭いきれない。
彼女自身は知らないが、ヴァルキリーズの作戦地点へのBETA流入数が少ないのには幾つか理由があった。
大きな理由として帝国軍が迎撃準備を完全に整えていたこと。支援砲撃も戦術機部隊も完璧に準備されている状況下と言う事があげられる。そして小さな理由として、BETA上陸地点からヴァルキリーズ作戦地点へのBETA流入経路に、BETAにとっての障害が二つ存在したことがあげられる。
―――もっとも、その障害は“小さな理由”などという言葉でかたずけられる物ではなかったが
同刻 新潟県 越前浜
越前浜は今回のBETA侵攻において上陸数が最も多い場所の一つである。そこで行われる戦闘も上陸数に比例して激しかった。
当然敵の損害も味方の被害も比例して上昇するはずであるが、味方の損害は戦闘の激しさとは裏腹に随分と低かった。勿論損害が無いわけではないが、BETAの上陸数から通常想定されるレベルからすれば並外れていると言っていいレベルであった。
その結果を生みだしているのはたった一機の戦術機だった。
情けもなく、慈悲もなく、全てを平かにしていくBETAの大波の中、“それ”はただそこにあった。
打ち寄せる波に板を立てたところで波を押しとどめる事は出来ない。打ち寄せる波の勢いに一瞬抗した後は勢いを殺しきれずに打ち倒される。ならば、決して倒れる事のない板を立てれば良い。そうすれば波の勢いは減衰され続け、波がもたらす被害は何もしないよりも確実に抑えられる。
だがそんな物は存在し得ない。津波の勢いを減衰させることを想定した堤防でさえも、想定を超えた波を受ければ脆くも崩れ去る。結局、想定を超えるものに抗し続けることなど不可能だ。
だが、対BETA戦争において最前線の部隊に要求される理想とは如何なる数のBETAであろうと、その前にあり続けて数を削ることである。勿論、そんなことは不可能だと誰もが理解している。だからこそ最前線の衛士の損耗に関しては全滅すら想定されているし、衛士たちもその事を覚悟している。
誰もが理想を求めながらもそれは不可能だと理解している。
だが、“それ”―――白銀武が駆るF-15は違った。
今回の防衛戦で、BETAが越前浜に上陸し始めてから今まで、白銀武は補給の為に離脱した以外、常に最前線に居る。
越前浜周辺に展開するどの部隊よりも長く、誰よりも前にありながら、未だ機体に損傷らしい損傷を受ける事無く戦い続けているのだ。
全くと言っていいほど存在しない挙動の隙だけでも既におかしいというのに、その機動の正確さはもはや異常を通り越して神がかっていると言える域だった。
回避はギリギリで避けるよりも少しだけ大きく、攻撃は相手を無力化させるに充分なだけ。過剰は無く、不足もなく、ただ在り続け敵を排除する。本来理想論でしか存在しない筈の存在を、周囲の部隊の衛士たちはただ驚きだけを持って見つめていた。
部隊単位ではなく、二機連携ですらなく、単機で戦場に出てくるなどただの自殺行為。基礎教育の時点でその認識を叩きこまれ、実戦の中でそれが事実であると確認して来た衛士にとって、その姿は畏怖すら感じさせるものだった。
戦術機戦闘におけるありとあらゆる常識を覆し、BETAの体液で染まった戦術機。周囲から見れば物の怪の類にも見えただろう。
しかし、武自身は特別なことをしているという意識は無く、単にいつも通りの行動をしていただけであり、戦闘とは若干ずれた部分で焦りを感じ始めていた。
「……レーザー属種が出て来ない。今回は無しだってか?」
武はレーザー属種の出現を求めていた。当初の行動予定を違えてまで同じ場所で戦い続けていたのはそれが理由だ。
武の機動概念は、XM3無しで誰にでも実行できるようなモノではない。仮にXM3が全ての部隊に行きわたったとしても、機動概念を理解せずに表面だけ実行できるような物でもない。
実戦を経験している衛士ほどその機動概念に拒否感を示し、拒否感を抑えつけた上で相応のレベルの機動を実行するには高度な技量を必要とする。
機動概念とOSの優秀性を見せつけるのには、レーザー回避を見せつけてやるのが一番効果的なのだ。
レーザー属腫が戦場に現れれば、味方の被害は当然増える。犠牲を減らすことを願いながら、犠牲が増えることを願う。矛盾を承知し、胸の痛みを押し殺し、武はただその時を待った。
同日 スネーク隊
時はしばし遡る。スネーク隊が布陣している五ヶ浜では、砲声響き渡る戦場にあって、それでもなお他を圧する爆音が響いていた。
最も巨大な音を発しているのは、スネーク中隊長、葛木緋彦大尉が操る撃震が保持する武装だった。それは、大よそ戦術機の装備としては、余りにも巨大すぎた。
―――試製96式220mm榴弾砲
本来砲撃支援や制圧支援用の装備として開発された武装だが、重量や砲撃時の反動が大きくなりすぎ、戦術機の進化にはそぐわなくなってしまった代物である。あまりに巨大すぎる砲は両腕で保持せざるを得なくなり、砲撃時の反動は腕部へ大きな負担を強いる。結果的に第一世代機レベルの重量級機体以外はまともに運用できない武装になり果て、開発局の倉庫に封印されていた。
使途が極めて限定される武装だが、限定された状況においては間違いなく有効であった。
しかし、通常の戦闘ならば周囲の目を引いたであろう巨大な砲も、この場においては居酒屋の客引き程度にしか目を引かなかった。
何故ならば、巨大な砲を振り回す撃震の周囲には、更に目を引く異様な機体が存在したからだ。
『……あの愉快な化け物どもは一体なんなんだ?』
『……知るか』
周囲に点在する部隊はその光景を驚愕と呆れを持って見つめていた。
それもそうだろう。一個中隊にも満たない戦術兵器が、大隊規模を超えるBETAの波を“停止”させたのだから。
試製99式戦術歩行戦闘車両『大蛇』は、対BETA戦における正面戦力の拡充を目的として開発された。では、目的を達成するために『大蛇』に与えられた物のうち、最も重要なものは何なのか。
それは、何物をも圧倒する絶対的な“火力”である。
突撃級が装甲殻ごと砕かれ地に伏せる。要撃級の腕部がちぎれ飛ぶ。戦車級が挽肉に変わる。闘士級が、兵士級が文字通り“吹き飛ぶ”。
大蛇には、既存の陸戦兵器と比較して異常と言えるほど大量の武装が搭載されている。
突撃級や要撃級の装甲殻を問題としない大口径滑空砲。密集するBETAをまとめて吹き飛ばす擲弾砲。突撃級や要撃級に続けて進攻してくるBETAを叩き潰す多目的誘導弾。要撃級や戦車級を挽肉に変える機関砲。小型種の接触を許さない対小型種用近接防御兵装。
全身に装備された兵器群は機体重量の大幅な増加や全力射撃時の反動の増大を招いたが、大蛇にとってそれらは既に問題ではない。
全力射撃時の反動を、装甲厚の増加による機体重量の増加で強引に抑え込み、更に増加した機体重量を支えるために脚部構造の見直しと強化が施された。その結果、構造は大型化したものの、超重量の機体を問題なく機動させるに足る脚部として生まれ変わった。開発当初から構造上の難題として残されていた欠陥は、現在では既に欠陥などと言われることもない。
異常な思想によって生み出された機体は、その正しさを証明するようにBETAを駆逐する。
そして、この戦場に存在する異常な機体は3機の大蛇だけではなかった。
試製98式戦術機動攻撃機、『禍津日』。
槻村博士が設計、開発を行ったこの戦術機もまた、従来の戦術機を上回る火力を与えられていた。
海神に変わる橋頭堡確保用の強襲機開発プランの一つとして設計された禍津日は、海神以上の火力、海神以上の機動力、海神以上の継戦能力という三つを目標に開発された。
元々、海神は強襲揚陸機として考えれば完璧と言っていいほど完成された機体である。その火力は単機の戦術機として考えれば破格と言っていいものであるし、橋頭堡確保のために必要な弾薬も充分以上に搭載している。装甲に関しても申し分なく、難点と言える機動力も、運用方法を考えれば大した問題ではない。
つまり、運用方法を絞り込んだことで高性能を得た機体を、より汎用性を持たせたうえで上回る機体を作れ、という計画なのだ。いくら海神―――A-6イントルーダーが設計されてから技術革新が進んでいるといっても、本来ならそんな機体が完成するわけがない。元々、帝国国内から全てのハイヴが除かれた将来、恐らく必要となるであろう強襲機開発を見越したオーダーなのだ。技術廠にオーダーを出した人間も現時点で満足出来る性能の機体が完成しないことは理解している。
だと言うのに、槻村博士は一応ながらそれを解決した。
第一世代重装甲機をも上回るレベルの耐熱耐弾装甲を施し、更にレーザー初期照射やロックオンレーザーに反応して射線上に割り込むようプログラムされた可動式装甲の開発。
また、海神に匹敵する火力、海神には無い陸上での即時展開能力の要求に対しては、増加噴射ユニットと種々の兵装を組み合わせたユニットを装備する戦術機武装強化プランを提案。
これらによって禍津日は、海神を凌駕する防御能力、橋頭堡確保任務に対応可能な大火力、不知火に迫る最高飛行速度を獲得し、カタログスペックだけで見れば、強襲機として海神を完全に凌駕する戦術機となった。
しかし、問題点を強引に解決した以上、そこかしこに無理が生じている。
重量級の機体を大出力の跳躍ユニットで強引に動かすため、戦闘機動をとればとるほど戦闘可能時間は短くなっていく。更に、可動式装甲や武装強化システムの制御はCPUに多大な負荷を強いるため、負荷軽減のために兵装制御処理を行うサブCPUを搭載しなければならなくなった。唯でさえ戦術機はレーザー属種の優先攻撃目標になりやすいというのに、更にレーザー属種の標的となりやすくなってしまったのである。
もっとも、今現在、禍津日が抱える欠点は戦況に全く影響を与えない。
レーザー属種は存在せず、跳躍ユニットを頻繁に使わざるを得ないような乱戦でもない。必要のない戦闘機動を行っても、精々砲撃精度を低下させるくらいで、悪影響しか存在しない。しかし―――
「スネーク4、レーザー属種は探知したか?」
『今のところ何もかかってませんねぇ。出てこないってことはないと思うんですけど』
スネーク4、金城恭平中尉が登場するの禍津日試作一番機『大禍津日』は、対BETA戦闘のみを考慮に入れて設計された機体である。従来の戦術機であれば程度の差こそあれ装備している電子戦装備の多くがオミットされている代わりに、振動センサーや音紋センサーなどの性能は大幅に上回っている。
そのセンサーに何も反応が無いということは、レーザー属種は探知範囲内では移動していない。仮にすぐ近くに存在しているとしても、大禍津日に探知できない以上、他の機体では探知不可能であり、存在していないのと同じことだ。
通常であればレーザー属種の出現が確認されていないことは歓迎すべき事態である。しかし、大蛇にしても禍津日にしても、性能試験として来ている以上少々問題でもある。
大蛇と禍津日が有する重装甲及び対レーザー防御能力は、敵との接触やレーザー照射をある程度“無視する”事を可能とする為に付加されているのであって、機動戦闘においてレーザー照射の被害を軽減するための物ではない。
現行の戦闘兵器の進化とは異なり重装甲を施されているのは、対レーザー防御能力を向上させた結果である。つまり上昇させた防御力が効果を発揮するのか否かを実戦で確かめない限り、機体が完成したなどと口が裂けても言えない。それは、設計者である槻村博士の希望でもあるし、テストパイロットであるスネーク隊の衛士全員が共有している意思でもある。
白銀武と帝国技術廠第三装備試験中隊。
それぞれが、レーザー属種が出現することで味方が被る損害と、自分たちが受けるかもしれない被害を理解したうえで、その時を待ち望んでいた。
そして、その時は程なくして訪れる。幾多の戦士の命を奪う、無慈悲な閃光を伴って。
同刻 白銀武
「!!」
視界に閃光が走り、戦域情報から複数の味方の識別信号が一瞬で消える。自分が待ち望んだレーザー属種の出現。新型OSの早期普及のために必要な犠牲。
レーザーで衛士が死んだことは自分に責任があるだなんてことは言わない。守れたのを見捨てた訳でもない。どれだけ経験を積もうが戦う者としての力しか持たない自分に出来ることは限られている。
だが、いくら割り切ったところで胸の痛みは消えない。今この場で自分にできることはただ一つ。
出し惜しみはしない。レーザー回避を見せつけ、光線級の処理が終われば、この戦場を“終わらせる”。
「CP! 光線級の位置情報を寄越せ!」
『了解。……解析完了しました』
「よし……、周囲で戦闘中の全部隊へ。これより本機は光線級を殲滅する! 援護は不要!」
跳躍ユニットが咆哮をあげる。瞬間的にシートに押し付けられた体が軋みを上げる。
噴射滑走と低高度跳躍を駆使して光線級との距離を詰める。不知火ほどの動きはイーグルでは不可能だが、不知火ではないからこそ見せれるものがある。イーグルだからこそ“参考にする”ことが出来る。
戦術機が噴射跳躍で上空に飛び出し、それを感知したレーザー属種が照射を始め、それが有効出力に達するまで、タイムラグは数秒もない。その僅かな時間に、レーザー属種の位置確認、最も安全な着地地点の割り出し、着地地点周囲のBETAの動きの予測までをしなければならないのが自分の機動だ。
やらなければならないことは多いが、熟練の衛士であればそれ程難しくない。実際、機動面だけに限って言えば、地表面では熟練どころか中堅程度の衛士ですら精度の差こそあれ日常的にやっている。それどころか、XM3が無かろうと、やろうと思えば空中でも同様の機動は可能なのだ。実際にやっている衛士も存在するはずだ。
では大多数の衛士が同様の機動をとる妨げになっているものは何かと言えば、先入観と恐怖心に他ならない。
―――操作が間に合わなければ死ぬ。照射が僅かでも早ければ死ぬ。レーザー回避など出来るはずがない。
結局、ごく一部の例外を除いては、どこの国のどんな部隊であろうと、乱数回避で逸れることを祈っているだけだ。
だからこそ、やる意味がある。見せつける意味がある。
単なる“神頼み”から抜け出せる手段があるというのなら、何も躊躇う必要は無い。
「さあ、撃ってきやがれ!」
前方と左右が完全に塞がれた瞬間、噴射跳躍で飛び出す。
着地地点の確認、問題無し。
着地地点周辺のBETAの動きの予測、問題無し。
光線級の位置確認。狙い通り、お互いに丸見えだ。
予備動作、既に並行して完了済み。
狙い通りの完璧な展開に思わず口角が吊り上るが、瞬間視界が赤く染まる。
「当たるかよ!」
操縦席に鳴り響くレーザー照射警報。だが、今この瞬間は“まだ”戦術機を大破させるような威力はない。既に反転降下に移っている自分を撃墜することは不可能だ。
着地地点付近にいる戦車級を36mmで殲滅し、接近してくる要撃級の動きを120mmで止めて、即席の壁にする。作り上げた安全なポイントに着地。即座に跳躍し、最も近い光線級のグループを殲滅する。
「ひとつ……!」
普段ならレーザー回避後の跳躍は主脚跳躍をメインで使うが、今回は噴射ユニットをメインで使う。人類の主力であるファントム系列の機体は主脚跳躍では第3世代機ほどの速度も高さも出せない。大多数の人間がその動きを身に着けるためには、可能な動きを見せてやらなければ参考にならない。
尤も、イーグルも第3世代機に及ばないという点では同様であるため、噴射ユニット多用の方が安全だという面もあるのだが。
「少し遠いな……」
着地前に次のグループには目星をつけているが、若干距離があった。次のアタックで確実に撃破する為には、出来るだけ接近しなければならない。
移動経路の途中にいるBETAを血祭りにあげ、距離を詰める。さっき確認したグループとの距離はもう十分詰めた。あとは繰り返すだけだ。
跳躍し、レーザーを回避し着地、再跳躍で光線級を撃破。次のグループに狙いを定めて接近、跳躍する。
何度目かの跳躍で確認している限りの光線級を撃破し終える。
「ふぅ……。CP、付近に光線級の有無を教えてくれ」
『大尉の現在地付近では確認されていません』
「了解。ここをある程度掃除したら一度補給に戻る。準備を頼む」
『そっ……、了解しました』
「流石にこの数を単機でとなると少し時間がかかるか……。まあ、さっきまでみたいに節約しなければ少しは早くなるか」
光線級撃破に必要がないため担架に戻しておいた長刀を引き抜く。
大隊規模にも満たない数しかいないとは言え、流石に今携行している弾薬だけで掃除するのは不可能だ。
まあ別に殲滅する必要もなければそこまで時間をかける気もない。半分も削ればこの場の部隊だけで十分対処できるだろう。だが少なくとも、自分がこの場にいる間、この程度の数のBETAを相手に味方を殺させる気はない。
自分の手が届く限り、誰も見捨てない。誰も殺させない。邪魔するくそったれ共は全て排除する。
「さあ、俺を殺してみろ!!」
白銀武はあらゆる激情を燃料に戦場を駆ける。それだけが自分の出来る事だとでも言うように。
白銀武が死を運ぶ颶風となってBETAを殲滅し始めた時、スネーク隊は補給のために他部隊と入れ替わって後方に下がっていた。試験機五機がいくら長時間戦闘を想定して設計されたとはいえ、無限に弾薬を積んでいるわけではない以上、補給のための交代は避けられない。
光線級出現の報が齎されたのは、補給も完了し再度前線に出ようとしていた時のことだった。
『要塞級及び光線級の出現を確認!』
『やはり来たか……。スネーク1より各機、これより全速で前線に出る。撃破優先に変更は無い。長谷川!』
『光線級の位置確認は完了しています』
『よろしい。スネーク2以下5名、お前らの仕事は何だ?』
『試作兵器の実戦試験』
『その設計思想は何だ?』
『ただ耐えること』
『結構。打ち合わせ通りにやれ』
葛木の言葉に従い全機が飛び出す中、5機の試作兵器は前方に進み出る。
光線級を撃破する為に突撃を行うのではない。レーザーの標的に“なりやすくする”ために前衛に回ったのである。
通常、いくら対レーザー防御能力を高めたところで、レーザー属種の集中砲火に晒されればたかが戦術兵器一機程度一瞬で蒸発する。重光線級ともなれば、艦船ですら十数秒の単照射で対レーザー装甲が貫かれるのだ。戦術機や戦車など何をかいわんや、である。
では何故防御能力の向上と言う無理難題に挑んだのか?
答えは簡単である。ある程度意味のある向上が出来る自信があったからだ。
試作品ではあるが新型多重装甲を身にまとった大蛇と禍津日は、理論値では従来の戦術機や戦車とは次元が違う防御力を有している。無論理論値と実戦値には差異が存在するというのは常識であるが、それを加味しても防御力の高さは疑いようがない。
故に誰も怖れない。光線級の単照射程度で沈むはずがないと確信しているがゆえに。
『前線にご到着ぅ! お代は見てのお帰りだ!』
『うるさい、黙れ』
『操縦席の一部だけ蒸発すればいいのに』
『ちょっ『全機射撃開始。光線級を潰し過ぎるなよ』……了解です』
大蛇や禍津日の過剰ともいえる重武装は“こういう時”のために存在しているといってもいい。
たかだか二個小隊程度の戦闘兵器がBETAの進行を押し止めているのだ。今この瞬間、スネーク隊が戦場の支配者として君臨していることに誰も異論を挟まないだろう。
進行するBETAはその多くが切り裂かれ、撃ち抜かれ、引き千切られ、吹き飛ばされる。
しかし―――
『8時方向、突撃級が抜けます!』
『分かっているが、火力の余裕は無い。後ろに任せろ』
『……やはり光線級が居ると殲滅効率は下がるな』
『擲弾がほぼ迎撃されてますからね……。このままだとまた直ぐに弾切れですね』
しかし、その圧倒的な戦闘力を以って死骸の山を築こうとも、上陸してくるBETAを殲滅しきるのは困難だった。
最初から殲滅出来ていたわけではなかった。しかし殲滅率は90%に迫ろうかという“凄まじい戦果”が、光線級と要塞級の出現に伴って、精々“素晴らしい戦果”程度にまで落ち込んでしまった。
それでも素晴らしい結果が出ていることに変わりはない。そしてそれを認識しているため、スネーク隊にも周辺部隊にもそれほどの焦りや心労は無かった。あったとしてもそれほど大きなものはない。精々が全ての光線級が一度に戦術機に狙いを定めるのではないかと言うほぼあり得ない心配であったり、機体に蓄積された負荷に対する心配であったり、突っ込みがちな同僚に対する心配程度だ。
『そろそろ終わるんじゃないか? 俺の勘がそう言ってる』
『金城中尉の、勘ほど、当てにならないものって、そうそう、無いと思うんですよね!』
『まあそう褒めるなよ。照れるだろ?』
『誰も褒めておらんわ、馬鹿者が』
スネーク隊の面々が戦場には似つかわしくない雰囲気で会話している一方、CPではCP将校の長谷川真中尉が同行していた夏海、槻村両博士に対し、被害報告を行っていた。
「標的エリア内のBETA群殲滅率、67%。八十禍津日、可動装甲の三番、七番がほぼ融解。大禍津日は五番の被害が70%に達している以外は問題なし。大蛇は二番機と三番機の正面装甲が半分近く融解している部分がありますね。装甲腕の負荷もそろそろイエローラインです。一番機は……、装甲腕の融解率が60%近くに達している以外は大して被害無いですね。全機とも各部間接に疲労がたまっていますが、現状すぐに機動面で問題となりそうなレベルには達していません」
戦域突入以降に過ぎた時間と殲滅したBETA数を考えれば、機体の疲労状況は相当に少ない。この場に第三開発局の関係者以外がいれば驚きの声を上げただろうが、そういった人間はここにはいない。
故に、被害状況に対する驚きや嘆きの声は誰も上げなかった。聞こえるのはぼやきだけである。
「うーん……? なんでこんなにずれてるんだろう……。計算と違いすぎるんだけどなぁ……」
槻村博士が唸りながらデータを見比べている一方、夏海博士はぼんやりとした表情でモニターを見つめていた。
「……擲弾砲さまさまですねぇ。光線属種が撃墜に必死なおかげで機体に向くレーザーも少ない。防御能力の試験も比較的安全に可能。味方の被害も少なくなって戦況も安定、と」
「ですが、二番機と三番機はそろそろ危険ではないですか?」
「まあ……、斑駒と違って夜刀と乙姫は元々小型な分、防御力も控えめですからね。……各機のレーザー被弾数とBETAの上陸数のデータを出してください」
「了解。……どうぞ」
「ふんふん、なるほど。……ま、これだけあれば十分でしょう。兵装試験も機体試験もこれで終わりましょう」
「了解しました。あれは使わないのですか?」
「勿論使います。最後に派手にやりましょう。―――葛木大尉、聞こえますか?」
魔獣の母は告げる。我が子に活躍の場を与えるために。
魔獣の母は笑う。我が子の活躍を確信するがゆえに。
<<周防要>>
『葛木大尉、聞こえますか?』
『どうかされましたか、博士?』
『兵装試験、機体試験、共に終了とします。ある程度目途を付けて撤収しようと思いますが、そちらで何か問題はありますか?』
『いえ、特に問題はありません。目途が付いたらと言うと、上陸が終われば、と言うことで宜しいですかな?』
私、周防要は意識の端で葛城大尉と夏海博士の通信を聞いていた。
このタイミングで通信が入るということは、実戦試験の終了か、“これ”の試験開始かのどちらかだろう。
夏海鏡花という女性の性格を考えると、後者の可能性がより高いと言える。
『いえ、上陸もそろそろ終わりそうですし、片付けてしまいましょう。1番機を使います』
『なるほど、やはり使うのですな。承知しました。
スネーク1よりスネーク各機。現時刻を以って通常兵装の試験を終了、大蛇1番機に装備された試作兵装の実戦射撃試験を開始する。戦域内のBETAの掃討を以って作戦終了とする』
やはり予想通りだったが、予想通り過ぎるというのも面白みがなく感じる。時々でも構わないから、偶には予想が大きく外れる事態にも遭遇してみたいものだ。
「……了解。兵装制御を殲滅から試験に変更」
しかし、片付けてしまうとは夏海博士も大きく出たものだ。それだけ自信があるということだろうが、シミュレーターでその威力を知っている身としてもいささか胡散臭く感じてしまうのは否めない。結局は実戦証明がなされていない兵器に過ぎないのだ。全てが理論通りにいくのならば、米軍はとうにハイヴの殆どを破壊し終えているだろう。
兵装制御をCPUに委任し、次々に表示されるシステム情報を確認していく。大蛇の欠点は操縦者のやることが多すぎるところだ。兵装制御は基本的なプログラムで一括変更出来るが、それはあくまで想定されるパターンから選んでいるだけであり、刻一刻と移り変わる戦況に対応するためには個別の変更も必要になってくる。
兵装制御だけで操縦者の処理能力を大幅に圧迫するというのに、そこに戦闘機動が絡んでくるとどうなるかは、まさに推して知るべしだろう。
試作機完成以前から携わっているスネーク隊でも、現状で使いこなせると言って構わないのは自分くらいだと言うのがそれを物語っている。
三機の大蛇試作機の中でも図抜けた火力と装甲を有する1番機だが、性能だけを追い求めすぎたせいで、量産前提の兵器としてはまだまだ完成度が低い。
「ま…、その辺りも含めて面白い機体ではありますけど……。全兵装、モード移行終了」
移行終了と同時に、唯一つを除いて、全ての火器が事前にプログラムされている通りに自動稼働する。
ある物は停止し、ある物は接近する目標だけを標的として射撃する。兵装制御システムに設定された“試験モード”とは、操縦者が唯一つの武装を万全の状態で射撃可能とする為だけに作られている。
設計当初は全く考慮されていなかったプログラムだが、兵装制御プログラム自体にも既存プログラムとのマッチングにも不具合は存在しなかった。その辺りは流石は天才夏海鏡花といった所だろうか。
機体が殆ど出来上がった後に無理矢理組み込んだ武装であるが、陸戦兵器として異常とも言えるほどのキャパシティを有する『大蛇』は、“これ”を搭載して十全に運用する為の機体としては、最も相応しいと言えるかもしれない。
今はまだ高価なガラクタ以上の何物でもないが、将来的には本土防衛の要として活躍することも出来るかもしれない。だが、それも今日と言う日を無事に切り抜けられればの話だ。試験での性能が満足いくものでなければ本土防衛の主力になるなど夢のまた夢だ。
『結構。お前たち、準備はいいな?』
葛木大尉の問いかけに、皆が次々と答える。
先ほどまでは対レーザー防御能力試験のために前面に出ていた大蛇と禍津日だが、既に自分の前にはどの機体も居ない。夏海博士が“これ”の試験開始を口にした時点で少しずつ後退し、万一“これ”が暴走した時にも安全に対処可能な位置に移動し終えている。
『では始めよう。トリガータイミングはスネーク2に委任する』
葛木大尉の言葉を引き金に、全ての感情が遠ざかる、遠ざける。
BETAに対する憎悪も、同じ願いを持つ衛士が死んでいく悲しみも、全ての昂ぶりを忘れる。
「トリガーセーフティ解除完了」
憤怒も悲哀も憐憫も共感も、一切を排し目的の遂行だけを意識に置く。
口で言うのは容易い。実行するのも容易い。物心ついて以来、そう教育され、そのことを当然と認識し、そのように行動してきた。
ただ主命を、目的を果たす為だけに行動する。私は、私たちは、そういう生き物なのだから。
「―――レールガン、威力行使」
―――だから、その兵器の威力を目にしても、私には、驚愕も興奮も、必要なかった。