2001年 10月23日 1300 ブリーフィングルーム
A-01ヴァルキリーズのメンバーはブリーフィングルームに集められていた。突然の召集に全員緊張を隠せずにいる。表にこそ出していないが、それは中隊長である伊隅みちるにしても同じだった。
「大尉、部隊員全員が招集されたということは、また任務でしょうか?」
「私も詳しい話は聞いていない。ただ、副司令の様子は楽しそうに見えたから出撃ではないと思うが・・・」
みちるはさらに言葉を続けようとしたが、夕呼とピアティフが入ってきたので会話を切り上げて号令をかけた。
「敬礼!」
「あんたたち、そういうのは要らないって言ってるでしょ?」
夕呼は心底嫌そうだ。しかしみちるたちにしてみれば、訓練兵時代に叩き込まれた鉄則はそうそう抜けるものではない。
「――ま、いいわ。今日の召集について話しましょうか。いきなり本題から入るけど、あんたたちにはこれからシミュレーションルームで模擬戦をしてもらうわ」
「模擬戦、ですか?」
模擬戦など普段から訓練で嫌と言うほど行っている。だが副司令が日常訓練の模擬戦のことなど話すとは思えない。つまり特殊な模擬戦なのだろうが、態々召集までして行うということは、他基地の部隊かよほどの精鋭なのだろうか。
「そ。あんたたち全員と、不知火一機」
『一機!?』
皆が驚きの声を上げる。戦術機と言う兵器は、機種が異なっても世代が同じである限りそこまでの差は出ないものだ。つまり同世代機同士で戦う場合、数の差と言うのは本来覆されることなどあり得ないアドバンテージとなる。もちろん米軍のF-22A『ラプター』のように対戦術機戦闘を最初から考慮に入れて設計された機体なら数の差によるアドバンテージを覆すこともあり得る。だがそれはあくまで差が常識的な範囲であった場合の話だ。現在ヴァルキリーズの衛士は12人だ。12対1でしかも使用機体が不知火では、例え相手が第二世代機であっても覆すのは難しい。1対1を12回やるのとは話が違うのだ。連携を組まれた瞬間に性能差と言うなけなしのアドバンテージは殆ど無意味と化す。だと言うのに模擬戦は不知火同士で行うという。そんな模擬戦やる意味がない。誰もがそう考えた。
「副司令、今回の模擬戦は新型兵器の試験なのでしょうか?」
『!!』
圧倒的なアドバンテージがあるにも拘らず行われる模擬戦。本来そんなことを考えること自体が無意味な設定も、新型兵器など何らかの試験である場合に限りその意義がある。
「いいえ、違うわ。試験であることは間違いないけどね」
だが夕呼はその推測をあっさりと否定した。しかも、「新型兵器の試験では無い」、しかし「試験であることは間違いない」とは、一体何を試験するというのか。
「ま、これ以上は機密だから言えないけどこれだけは言っておくわ。―――全力でやりなさい」
『了解!!』
<<白銀武>>
同日 1410 シミュレータールーム
武はヴァルキリーズの全員がシミュレーターに入ってからシミュレーターデッキにやってきた。
「よっ、と・・・ここに入るのもかなり久しぶりだな」
『白銀、無様な負け方すれば全部ご破算だってこと、分かってるわね?』
「分かってますって。博士も案外心配症ですね」
『はぁ? 誰が心配なんて・・・ま、いいわ。私はあんたの実力がわかればいいんだから』
「ええ、誰からも文句のつけようがない勝ち方をして見せますよ」
不敵な笑みを浮かべる武を、夕呼は楽しげに見つめていた。
「12対1、ね・・・」
模擬戦は既に始まっているが、武はまるで緊張していない。
それには様々な理由があるが、大きな理由として実戦ではなく模擬戦であることがあげられる。更には下手をすれば死傷者が出ることもあり得る実機演習ならともかく、シミュレーター演習である。つまり自分の命がどうこうなる可能性は存在しない。そして、さらに大きな理由として、武には相手が横浜基地最精鋭のヴァルキリーズであると言っても、現時点では12対1でも負ける要素を見いだせなかったことがあげられる。
そもそも、今の武が緊張感を持って戦場に赴くことなど、ハイヴ制圧戦でもなければありえないのだ。英雄などと呼ばれたのは伊達ではない。彼の戦術機戦闘能力に肉迫した衛士は何十何百と繰り返したなかでもせいぜい十数人程度。
それら『最強』と呼ばれる衛士と戦うことに比べれば、最精鋭とはいえXM3もなく部隊単位での実戦経験の面でもまだ不安が残るヴァルキリーズと戦って勝つことなど、まさに大した問題ではないのだ。
とは言え、この世界に来てから初めての戦術機戦闘だ。不安が全く無いわけでもない。
(リハビリも兼ねて、今回のヴァルキリーズの腕を見せてもらうとするか)
眼を閉じ、ふぅ―と息をひとつ吐く。
閉じた眼を再び開いた時、その眼光は獲物を食い殺す肉食獣のそれと酷似したものとなっていた。
結論だけ言おう。
ヴァルキリーズは12対1という絶対的アドバンテージを持ちながらも、武の不知火一機の前に敗北を喫した。
彼女たちが絶対の自信を持って仕掛けた攻撃は悉く回避された。そもそも空中を跳ねまわる武の不知火を正確に捕捉することすら困難だった。それとは逆に反撃でヴァルキリーズは次々と撃墜された。
彼女たちの中に突撃砲によって撃墜された者は一人もいない。突撃砲による射撃をすべて避けたわけではない。そもそも突撃砲の弾丸など、36mmも120mmも、一発も撃たれていない。彼女たちは、皆近接武器による攻撃で撃墜されたのだ。幾人かは長刀で貫かれ、また幾人かは短刀で切り裂かれた。更に幾人かが92式多目的追加装甲による打撃で撃破された。
長刀や短刀での撃墜と言うのは模擬戦では何ら珍しいものではない。しかし追加装甲による打撃での撃墜と言うのはそうそう見られるものではないし、経験も出来るものではない。
確かに92式は打撃を行うことも想定されているし、打撃の威力を高めるリアクティブアーマーも装備されている。しかしその機能を使う者などまず存在しない。使えるのは知っているが使わない。いや、正確には“使えない”。短刀や長刀よりも遥かに巨大なものを動かすというのはそれだけで動きが大きくなるため、避けられやすくなる。
つまり、白銀武とヴァルキリーズの面々の間には確実な技量差が存在する。
ヴァルキリーズは油断などしていなかった。しかし12対1という圧倒的な状況下で気を緩ませるなと言うのは中々困難である。彼女たちが本当の意味で本気になったのは、接触から3分で新任5人が落とされるという異常事態に遭遇してからだ。事ここに至って、漸くヴァルキリーズは自分たちが相手をしているのが本物のハンターであるということを理解した。ハンターのつもりだった自分たちこそが獲物だったのだ。
しかし、彼女たちを責めることは誰にも出来ない。白銀武と言う人間の戦術機における戦闘力は、単独でも同型機に乗った1個中隊をゆうに上回る。それは一般的な技量の衛士であっても精鋭であっても同じこと。むしろ精鋭であればこそ、その行動予測はされやすかったと言えるだろう。
こと戦術機戦闘と言う分野において、武は精鋭などと言う域を飛び越えて、人外の領域に達している。機動概念はそれまでの常識を覆し、その機動制御の正確さはもはや神域に近い。そして戦闘経験は世界中探しても並ぶ者などありはしない。そんな常識の斜め上を飛んでいる化け物を想定することなど不可能だ。
結局のところ、経験・技量の差だけでなく、常識を覆す機動概念と言うシステム面での圧倒的なアドバンテージがあり、なおかつヴァルキリーズに数の差と言うアドバンテージからくる気の緩みがあった時点で、白銀武が勝利するのは至極当然の結果だったのだ。
<<香月夕呼>>
模擬戦終了後、シミュレータールームにはヴァルキリーズの面々の暗い表情があった。それも当然。厳しい訓練
を耐え抜いてきた中で培われた自信が打ち砕かれたのだ。衝撃を受けるな、というのは無理な話だ。
「こりゃまた分かりやすい結果が出たもんね~。ピアティフ、後よろしくね」
「分かりました」
ヴァルキリーズの面々は沈み込んでいるが、私は楽しくてしかたない。白銀武は、本人が言うところの「自分が思い描く機動を実現するための」OSが無くても精鋭一個中隊を相手に勝利できる。ならばOSがあれば白銀武の戦闘能力はどこまで跳ね上がるのだろう。そして、そのOSを与えられたA-01の戦力はどれほど上昇するか。自らの目的のためにも駒の能力が上がるのは都合がいい。
「この後、今回の模擬戦についてのデブリーフィングが行われます。ヴァルキリーズは1530にブリーフィングルームに集合してください」
今回白銀武が見せた結果に対する報酬はどれほどが適当だろうか。私はピアティフの言葉を背中に聞きながらシミュレーターデッキを後にした。
<<白銀武>>
同日 1530 ブリーフィングルーム
全員集合したのを確認してから武はブリーフィングルームに入った。
ヴァルキリーズの面々は誰もが「こいつは何者だ」という表情をしているが、武はそれを気にせずにピアティフに話しかけた。
「ピアティフ中尉、俺についての紹介はどこまで?」
「はい。A-01の戦術機技能教導官として赴任されるということだけです」
「分かった。―――今紹介されたようだが、白銀武大尉だ。本日付けでA-01の戦術機技能教導官として着任した。時、場所、状況を弁えさえすれば呼び方も言葉遣いも好きにしてもらっていい」
武はそこで言葉を切り、部屋を見渡すように顔を巡らせた。
「・・・いきなりの事で納得できないだろうと思う。俺のような若造が本当に教官として相応しい能力を持っているのか。そう思う者もいるだろう。そこで、理解し易いよう一つ面白いものを用意した。俺の戦闘機動の記録映像なんだが―――ピアティフ中尉?」
「分かりました」
ピアティフがプロジェクターを操作する。
そこに映し出されたのは、先程行ったばかりの模擬戦の映像であった。
<<伊隅みちる>>
私は正直言って困惑していた。
模擬戦のデブリーフィングだと聞いていたのに、行われたのは新任の教官の紹介だ。しかもその教官は非常に若い男だった。こんな若い大尉に本当に教官をやれるほどの実力があるのだろうか?
白銀大尉はこちらの疑念に対する回答を用意していたようだ。彼は自分の戦闘機動の映像と言った。
どれほどのものを見せてくれるのだろうか。そう期待していた私の眼に映ったのは、先程の模擬戦の映像だった。
(これは一体・・・)
脳裏に模擬戦前のやり取りが浮かび上がる。
『副司令、今回の模擬戦は新型兵器の試験なのでしょうか?』
『いいえ、違うわ。試験であることは間違いないけどね』
(―――なるほど、そう言うことか)
つまり先ほどの模擬戦の相手は目の前の大尉。
模擬戦の目的は、この新任の教官、白銀大尉の実力を確認することだったのだ。
自分たちには精鋭であるという自負があった。斯衛軍の精鋭レベルでもない限りそうそう無様な負け方など喫するわけがないと思っていた。
そして少なくとも、この横浜基地における最精鋭部隊は自分たちなのは事実だ。
だが、白銀大尉は自分たちを単機で全滅させた。
結果が既に出ている以上、白銀大尉の実力を疑うなどという段階は既に過ぎ去っているのだ。
現在の実力差は確かに絶望的だが、衛士として目指すべき高みが自分たちの教官として赴任することに誰が不満があろうか。彼の教導を受けるということは自分たちの技量が高まるということであり、自分たちの能力が高まると言うことは、BETAをこれまで以上に倒せるようになるということであり、更には仲間を失うことが減ると言う事だ。歓迎こそすれ、忌避する理由はどこにもない。むしろこちらからお願いしたいくらいだ。
私の胸は今後の教導に対する期待感で一杯になっていた。
<<白銀武>>
武は映像を見ずにヴァルキリーズの顔を見ていた。
幾人かは先ほどの模擬戦で受けたショックが甦ったのか、沈み込んだ表情のままだ。しかしみちると水月はどうも嬉しそうな表情をしているように見える。
(・・・速瀬中尉の嬉しそうな顔は伊隅大尉とは違うな、こりゃ)
武の眼には水月の表情は獲物を前に舌舐めずりという様子にしか見えなかった。
(速瀬中尉には絡まれるだろうけど・・・、伊隅大尉は問題なさそうだな)
「さて、これで納得して貰えたかな」
映像が終わり、部屋に明るさが戻ってくると努めて明るい声で言った。
「じゃ、模擬戦の話に行こうか。今回の模擬戦なんだけど、―――皆まだまだだな」
「―――ッ!!」
「こちらが一人だということで油断していた面もあるとは思うが、実戦での油断は即命取りだということは、再度頭に叩き込んでおいてくれ」
その言葉に、みちるをはじめ既に切り替えていた先任組も悔しげな表情が浮かぶことを止められなかった。それは構わない。一々感情を表情に出すのはあまり褒められたものではないが、敗北に悔しさを感じなくなったらそれはそれで考えものだ。しかし新任組の表情は悔しさを噛み締めているなどという類のものではなく、明らかに沈み込んだ表情だ。
それに気づいた武は深く嘆息して告げた。
「・・・新任組、模擬戦で負けたぐらいで何時まで落ち込んでいるつもりだ? さっさと切り替えないと本当に死ぬぞ」
「・・・!!」
「今回は訓練だったんだから負けたことなんか気にするな。落ち込んでる暇があったら次にどうすれば勝てるかを考えろ。一々動揺しない精神力を鍛え上げろ。
皆練度は中々高いが、まだ伸びしろがある。だから俺が来た。皆にはこれから先生き残っていくためにも、護りたいもののためにも、今まで以上に頑張って欲しい」
武の言葉に今まで沈んでいた新任組もようやく立ち直り始めたようだ。これなら大丈夫だ。放っておいても先任達が引っ張って行ってくれるだろう。自分がするのは僅かな手伝いだけでいい。
「―――さて、と。模擬戦のことで何か質問ある? 俺で答えられる範囲なら答えるけど」
「――白銀大尉、よろしいでしょうか」
武の言葉に真っ先に反応したのはやはり水月だった。
「じゃあ、速瀬中尉」
「大尉の機動、あれは一体何なんですか?」
「質問は明確に頼む。『何だ?』なんて聞かれても答えようがない」
「・・・申し訳ありません。大尉の機動はどのような考えのもとに生み出された物なのでしょうか」
「どのような考えで、か。・・・俺の機動は従来のセオリーから考えれば常識外れだ。
皆驚いたとは思うが、対戦術機戦において上空と言うのは一種の死角なのは理解できるな? 対BETAのために生み出された戦術機戦闘のセオリーは、相手が自分よりも上に居ると言うことを想定していない。それはどれだけ戦闘経験がある衛士でも同じ―――いや、むしろ対BETA戦闘の経験がある程騙されやすい。高機動近接戦において上空へ跳ぶというのはそれだけで相手の盲点を突くことになる。
だが単に空へ跳ぶという機動を行う衛士、というだけならいくらでもいる。だから別にこれは対戦術機戦を想定した機動ではない。
―――そうだな、まずレーザー属種が居ない戦場のことを考えてみようか。レーザー属種の脅威って何だと思う、速瀬中尉?」
「それは――」
「そう、正確極まりない射撃能力と、天候に左右されない高出力であること。結局はこの二つだよな」
「え、ちょ・・・」
「これに奴らの行動原則として空間飛翔体や高性能CPUを優先目標とする、ってのが絡んでくるからレーザー属種が居る戦場では噴射跳躍もうかうか出来ないわけだけど、今想定しているのはレーザー属種が居ない戦場だ。つまり噴射跳躍したところで少なくともレーザーに撃墜される心配はない。ここまではいいか?」
皆は特に何も言わない。水月は不服そうな顔をしているがそれは黙殺する。
「さて、ここで現在確認されているBETAの攻撃方法を確認してみよう。兵士級や闘士級は戦術機はおろか機械化強化歩兵の敵ですらないから除外する。戦車級の攻撃方法とは何か、宗像中尉?」
「はい、その強靭な―――」
「強靭な顎による噛みつきだな。では要撃級は?」
「・・・その巨体を生かした」
「そう、体当たりや前腕による攻撃だよな。突撃級にしても結局はただの体当たりなわけで、別にどこかから発射された突撃級が飛んでくるわけじゃない」
「・・・・・・」
水月も美冴も怒りを堪えているような表情をしている。
二人にしてみれば態々質問を振っておいて話を途中で持って行かれたわけで、気に入らないのは当然だろう。
だが普通なら絶対逆らえない人間をおちょくる欲求と言うのは誰にでもあるものであり、それを実行した時の快感は計り知れないというのは誰であっても理解してもらえる事だと思う。
何が言いたいのかと言うと、結局のところ、自分は楽しんでいると言う事だ。
多くの世界で水月や美冴といった人間は自分にとって絶対的な上位者だった。逆らえない、もしくは逆らったところで最後にはひっくり返されてしまう相手だ。だが今は自分が上位者だ。反撃の心配なく心おきなく悪戯が出来るというものだ。何度繰り返してもこればかりは止められない。
だが流石に何時までも下らない悪戯をしている訳にもいかない。ましてや今は真面目な話の最中だ。
武は頭を業務用に切り替えて話を続けた。
「確認するまでもないと思うんだけど、BETAの攻撃方法って結局は近接攻撃なんだよな。まあ今後新種が出てくる可能性がないわけじゃないけど、現在の状況は再認識してもらえたと思う。
さて、ここで問題。レーザー属種が居ない戦場において一番安全な場所はどこだ?」
「えと・・・、後方でしょうか?」
「そう、後方だ。距離さえ離せばそもそも撃破される心配なんてない。だけどまあ作戦目的だとか作戦地域だとかの問題でいつまでも下がり続ける訳にもいかない。―――だから跳ぶ」
そこで武は少し間をおき、皆を見まわした。全員が話を聞いていることを確認するためだ。
「そして跳躍は防御の手段にとどまらない。今言ったとおり空中に攻撃する手段を持つBETAはレーザー属種だけだ。相手から攻撃される心配がない場所で撃ち放題―――最高だろ? 小型種はそもそも36mmが当たれば吹き飛ぶし、突撃級は飛び越えてしまえばあとは装甲殻のない軟らかい背面だけだ。要撃級も装甲殻のある前腕がカバーできる範囲は上方向には案外小さい。上からだとかなり楽に撃破できる。ま、流れ弾が他の目標に当たる可能性がなくなる分腕も要求されるけど。―――さて、ここまででなんか質問ある?」
「よろしいでしょうか?」
「高原少尉」
「小型種、要撃級、突撃級については理解できました。しかし、要塞級についてはどうなのでしょうか? 今のお話では要塞級について一切言及されていないですが・・・」
「それは要塞級が居るような戦場だと、まず確実にレーザー属種、特に光線級がいるからだ。今話したのはレーザー属種が居ない戦場の話だから、要塞級への対処はそれほど重要じゃないんだけど・・・、そうだな。要塞級についての対処も話しておこうか。
まあ要塞級だからと言って別に特別対処法を変える訳じゃない。結局は無暗に近づくな、という点に尽きる。要塞級の全長と要塞級の触手の全長はほぼ同じだから、大体要塞級一体分の間を開ければ要塞級は無視して問題ない。ついでに言えば要塞級の尾節は体の下部にあるから上方向にはほぼ届かない。本当にヤバくなったら上に乗れ」
「はぁ・・・」
「なんか反応鈍いな。大丈夫か? 今の話理解できてるよな?
―――ま、いいか。次はレーザー属種が居る戦場の場合だけど、レーザー属種の攻撃を受けないために最も有効な方法は何でしょう。伊隅大尉?」
「それは射線を通さないことだな。奴らの味方誤射を絶対しないという特性から考えると他のBETAを盾にするのが最も有効だ」
「その通りです。さて、そうすると先ほどの戦術はこれとは真っ向から対立する。レーザー属種以外の攻撃から身を守るために跳躍するとレーザー属種の攻撃を受けてしまう。どうするべきか。
これは絶対分からないと思うから先に言うぞ。―――いっそのことレーザー属種には自分を狙わせればいい」
『―――!?』
突然何を言い出すのか。皆目の前の男の正気を疑っていた。受ければ死亡必至のレーザーを撃たせてしまえば良いなどと言いだすとは、まともな人間の言うことではない。
「理解できないか? これを理解するためにはヒントは俺の機動制御なんだけど・・・、伊隅大尉、理由分かりますか?」
「ちょっと待ってくれ。・・・もしかしたら相手の射撃タイミングをコントロールするということか?」
「流石は伊隅大尉。その通りです」
やはり伊隅大尉は物が違う。ヒントを出したとはいえ答えを出してくれるとは思っていなかった。
「つまり初期照射反応が出た瞬間に降下を始めれば、相手は出力を上げ始めたレーザーをフルパワーで照射するタイミングを失う。そして面白いことに、レーザー属種は一度初期照射までいくと照射をやめることが出来ないらしい。つまり初期照射を確認したレーザー属種には再照射の為のインターバルがかならず必要になるということだ。俺が噴射跳躍から反転降下を多用した理由の一つがこれだ。インターバルを体感で分かっていれば安全性はさらに高まるな」
皆驚きで声も出ない。対戦術機戦での飛翔が相手の思考の死角を突くという理にかなっているのは理解できる。しかしレーザー属がいる戦場でも噴射跳躍を多用するなどという発想は常識の埒外だ。
武は皆の驚きを無視して続ける。
「俺の機動は安全だけを考えたものじゃない。攻撃と防御を最大効率で実行するための俺が出した最適解だ。ただ難点としてやることが多い。ただでさえ機動関連でやることが多いというのに、それと同時に攻撃も行うから、衛士の技量に大きく左右されるのが問題ではある。しかも戦術機には衛士の入力に反応しない時間がある。衛士の技量よりもこれが一番の問題だ」
実際、現状の機動概念でもやることは決して少なくない。だがそれでも、武の機動概念は「少なくない」どころの話では済まされない量なのだ。どう考えても「多い」のである。現状のシステムではごく一部の衛士にしか実行できないだろう。
「だがその問題の解決策は既に手配済みだ。現在香月博士に要請して俺の機動概念を誰でも簡単に実行できるOSを制作していただいている。完成品が何時になるかは分からないが、β版が出来上がればヴァルキリーズにもテストをしてもらうことになってる」
今まで考えることすらなかった跳躍噴射を多用することが自らの安全に繋がるという概念。しかも武は戦術機と不可分だと思われていた入力不可能時間を解決する案まであるという。皆驚愕で声も出なかった。
この男は何者なのか。精鋭一個中隊を単機で壊滅させるほどの実力を持ち、その上技術士官のようなことまでしている。
―――天才。
口に出さないまでも、ヴァルキリーズの全員が同じ考えを抱いた。
「さて、他に質問あるか? ―――ない? じゃあ今後の予定だが、本格的な教導はさっき言ったOSが出来てからになる。だが通常の模擬戦などでも希望があれば出来る限り時間は取るから遠慮なく言ってくれ。以上、解散」
「敬礼!!」
ヴァルキリーズとのブリーフィング後、武は夕呼に呼び出され執務室まで来ていた。
「あんたが言ってたOSだけど、明日の・・・そうね、15時にはデータ取り始められるように出来るわ」
「明日ぁ? めちゃくちゃ早くないですか?」
「何よ、早く出来たほうがいいのはそっちも同じでしょ。なんか不満でもあるわけ?」
「いえ、大歓迎ですよ」
(模擬戦の後に作り始めたにしては早過ぎる。昨日から作ってたな・・・)
事実は武の推測の通り。夕呼は昨日の時点で武の言っていることが事実だと認識していた。今後に有用だと分かっている物を些細な疑念のために用意しない手はない。OSの概念は既に聞いていたため基礎構成はすぐ出来上がったし、“彼女”の手助けもあった。
「そうそう、あんたのパスの権限上げといたから、もう大概の処は行けるわよ。ついでに機密情報の閲覧権限も上げといたわ。外交問題レベルじゃなきゃあたしの名前出せば大抵通るから、好きにやりなさい」
「ありがとうございます。―――では明日1500にシミュレーターデッキで」
夕呼の執務室を出て隣室へ向う。
そこにあるのは“何”か。いや、そこに居るのは“誰”か。武は知っている。
社霞。BETAとの意思疎通を目的として進められたオルタネイティブ第三計画の落とし子。そして―――
「よ、こんばんわ」
扉を開けて目に飛び込んでくるのは薄暗い室内に鎮座した青く輝く円筒と、そこに収められた脳髄。そして円筒の傍に佇む銀髪の少女だ。武はその少女に向かって陽気に声をかけた。
「・・・・・・」
少女は予期せぬ来訪者に怯えているようだ。夕呼に命じられてその頭の中身を覗いていた人間が現れたのだから、それも無理からぬことだろう。
だが武はそんなことには頓着した様子もなく続ける。
「俺は白銀武。香月博士の下で働くことになったんで、これからもちょくちょくここに来ると思うからさ、出来れば仲よくしてやってくれよ」
「・・・はい」
「名前は?」
「・・・社霞です」
「そっか、じゃあ霞、よろしくな」
「・・・・・・はい」
霞が何か言いたそうにしているの気付いた武は訊いてみることにした。
「どした?」
「・・・知ってるんですよね。私のことも、“彼女”のことも」
「―――ああ、知ってる。だけどそれは別の世界の話だ。この世界でのことを知ってるわけじゃない」
そう、知っている訳がない。これまでに経験した世界とこの世界は別物だ。無数の確立分岐の世界を渡り歩く意識が肉付けされたのが今の武だ。
世界は確立分岐が始まった時点で分けられてしまう。どれほど世界や人間が同じように思えても、それは別の世界であり別の人間なのだ。それを理解しようとせず同一視するのは、同一視されるものにとっても同一視する者にとっても益とならない。
故に、武が知っている数多の霞には一人として同じ霞は存在しない。そして、同じ“彼女”も存在しない。しかし―――
「違う人間だってことは分かってる。それでも俺は霞を、皆を護りたい。それしか俺に出来ることはないから・・・」
「・・・強いんですね」
「・・・俺は強くなんかないよ。何時だって自分の理想の重さに押しつぶされそうだ。それでも俺が留まっていられるのは、それが皆の願いだからだ・・・。皆を護りたい、この世界を護りたい。それが、今まで俺が受け継いできた想いだから」
そう語る武の瞳には、深い絶望とこの上ない悲しみと、何物にも侵すことのできない強固な意志が宿っていた。
「・・・やっぱりあなたは強いです」
「――そうか?」
「・・・はい」
「―――そうか。・・・今日はこのくらいで帰るわ」
「・・・ばいばい」
「霞、こういう時はな、またね、って言うんだ」
「・・・またね」
「ああ、またな、霞。―――純夏のこと、よろしくな」
霞は武が出て行ったあとも扉を見つめていた。
「白銀さん・・・」
霞は武が過ぎ去って相当な時間がたった後呟いた。
その声には様々な色が含まれていたが、誰にでも分かる色がただ一つだけあった。
<<香月夕呼>>
武が去った後、夕呼の執務室に来客があった。
「香月副司令、失礼します」
入室後、完璧な敬礼を行ったのは、訓練生の教官を務める神宮司まりも軍曹だった。
「そういうのいいって言ってるでしょ~? 此処に居るのあたしらだけなんだしさぁ」
「・・・それで? 一体何の用?」
「訓練小隊なんだけどさぁ、今度新しい教官つくことになったから」
「―――――はぁ!? ちょ、ちょっとどういうこと!?」
まりもは今にも掴みかからんばかりだが、夕呼は反対にこれ以上ないほど落ちついている。
「ああもう、説明してあげるからちょっと落ち着きなさい。教官と言ってもあんたと交代するわけじゃないわ。主な役割は戦術機技能の教導。必要だと思ったら何やっても良い、って伝えてるから、一部あんたの役割とっちゃうかもね」
「・・・戦術機技能の教官? あの子たちはまだ総戦技演習もパスしてないのよ?」
「どのみちパスさせるからどうでもいいわよそんなこと」
「パスさせる? 夕呼、あなたまた何か企んで――「はいこれ」」
「聞きなさいよ、・・・何これ?」
「さっき言ったでしょ。新任の教官の資料」
「―――えと、何々? 白銀武大尉、年齢17。―――17!?」
まりもの驚きも無理はない。若くして高い地位にある人物が居ないわけではないが、それでも17歳で大尉というのはそうそう居るものではない。そして若くして上り詰める人物というのは家格が高い場合が多い。能力が高いだけではそうは昇進できないのが軍というものだ。
まりもは白銀という姓を聞いたことはないだろう。職務柄様々な人間にかかわる機会が多い夕呼とて、実際に白銀武が現れてその素性を調査するまで、『白銀』という姓を持つ人間のことなどまるで知らなかったのだ。
「そろそろ様子を見に行くって言ってたから、明日か明後日あたりにでも顔だすんじゃない?」
「・・・そう、分かったわ」
「―――香月副司令、それでは失礼します」
「だからそう言うの要らないって・・・」
夕呼の言葉もほとんどまりもの耳には届いていなかった。まりもの意識は白銀武という若い大尉が自らの教え子にどんな益を齎すのかそれに集中していた。
同日 白銀武自室
自室に戻った武は上着を脱ぐとデスクに設置した端末に向かった。
「―――さて、そろそろ“小細工”を始めるとしますか」
まず最初に行うべきは人材の確保。
武が提供するデータの意味と価値を正確に把握できる人間が然るべき地位に就いていることを確認しなければならない。
「・・・よし」
武は大量に羅列された人名の中に目的の人物たちが居ることを確認して、安堵した。
武が今やろうとしていることで最も重要なのは“彼女”たちだ。
帝国技術廠第参開発局部長、夏海鏡花博士。同じく第参開発局員槻村忍博士。
夏海博士は兵器開発全般、槻村博士は新型戦術機開発に携わっている。
どのような情報を渡すのが一番効果的か。それを知るために内部資料を閲覧する。
彼女たちが現在開発している物は・・・
「うげっ・・・なんだこれ・・・」
槻村博士が開発しているのは普通の―――スペックノートだけみると、とても普通とは言い難いが―――戦術機が幾つかであった。一機の設計思想はハイヴ突入用のようだが、機動関連で従来機を上回る速度を要求しているうえに武御雷と同等以上の装甲まで想定されている。
夕呼の力で閲覧できているとはいえ、流石に国連基地で閲覧出来るレベルの情報では開発状況までは分からない。しかし機体の要求仕様だけ見る限りでは、正式採用機と仕様との折り合いをつけるだけでも何年かかるか知れたものではない。ハイヴ突入のセオリーを知らないのだから仕方ないのかもしれないが、防御関連の要求が高すぎるのだ。
「要求仕様考えた奴絶対馬鹿だろ・・・」
ハイヴ突入の際の現実を知っている武の非難は本人にしてみれば至極真っ当なものだが、それをこの世界の人間に理解しておけと言うのは少々酷だろう。
ハイヴ突入を何度も経験しているうえに反応炉破壊すら何度も実行している武のような人間はこの世界には存在ない。この世界にはハイヴ攻略のセオリーはあっても、ハイヴ攻略に成功した例はG弾を使用した旧横浜ハイヴ攻略戦以外に存在しないのだ。ハイヴのBETA総数自体が統計予測でしか存在しないうえに、その予測は実数とは大きくかけ離れている。どれほど敵がいるかまるで分らない以上、安全策として例え気休めであったとしても装甲を増やしたいと思うのは仕方がないのだ。
尤も、武御雷よりも装甲が厚いのは流石に言い訳できないが・・・。
しかし、こちらは何を提供すればいいのか分かりやすい分、武としてもやりやすい。だが―――
(夏海博士の“モノ”はどうすればいいんだ・・・?)
夏海博士が開発しているのは、綺麗な言い方をすれば先進的。粗い言い方をすれば“ぶっ飛び過ぎ”だ。
その兵器の系統自体はおかしなものではない。
言ってしまえばそれは単なる戦車だ。
―――全高10m以上、全幅・全長共に20m弱などという巨大なものが『単なる戦車』と言えればだが
武は半ば呆れながらも、“戦車”の資料、その備考欄に再び目を通す。
『本機は対BETA戦における正面戦力拡充を目的としている。設計に際して考慮されたのは、レーザー属種に対する防御力の向上、従来型戦車・戦術機を圧倒する攻撃力、従来型戦車を上回る展開速度の三点である。対レーザー防御能力については、戦術機に数倍する対レーザー装甲を施すことで解決。攻撃力に関しては、車体そのものの大型化により、武装を多数搭載することが可能となり解決。また展開能力に関しては―――』
「何度読んでも信じらんねぇな・・・」
武がぼやいているのは、展開速度を一定以上の水準で達成するための解決策として記された内容についてである。
平和な世界に生まれた人間として―――どんな世界であっても同じであるとは思うが―――そこに記された内容には驚かざるを得ない。
『また展開能力に関しては、移動手段に脚部と跳躍ユニットを採用することで解決の目処が立ち、従来型とは一線を画する能力を手に入れることを期待されている。本機が完成すれば戦術機の汎用的な移動性能と戦車の火力を兼ね備えることとなり、当初の目的である対BETA戦における正面戦力拡充という目的は容易く達成できることとなるだろう。しかし真に残念ではあるが、現状では製造費用が相当に高くなるのは避けられない。現状でも不知火五機分にもなろうかという製造費用を如何に抑えるか。それが今後の課題となる』
―――歩行戦車。それも戦術機を上回る大きさの。
夏海鏡花という鬼才が開発しているのは常識の埒外にあるようなとんでもない兵器だった。
何十という世界を経験してきた自分でも多脚戦車を造ろうなどという計画はまるで知らなかった。夏海鏡花という女性はどんな世界でも毎度わけの分からない―――しかもどの世界でも異なった―――物を作っているが、今回は格別だ。
備考欄を読む限りでは試作機ぐらいはすでに完成していそうだが、この戦車は未だ完成に至ってはいない。
仕様を見る限るでは単独でも戦術機一個小隊を上回る火力を有しているのは明らかであるし、移動手段として態々脚部などと言うものを選択した以上、戦術機レベルとまではいかないにしても、機動性が極端に低いということはないだろう。
少なくとも正面制圧能力に関して言えば従来のどんな戦術機も戦車も単独でこれを上回るモノは存在しない。ネックとなっている製造費用も、これらの仕様を実現させようと思えば当然と言えるレベルだ。ハイヴ攻略の際の地上制圧においても確実に役立つレベルの兵器。期待できるどころではない。
一個連隊―――いや、一個大隊もあれば火力面で数個連隊の戦術機に匹敵しかねないものを実現させないでどうするのか。
帝国技術廠の天才たちの“子供”は、対BETA戦闘において人類が優位に立つ未来を掴める可能性と成り得る。
武は天才たちが生み出そうとしている“子供たち”に魅了されていた。
魅了された結果として、武はその夜、“子供たち”に寄与する可能性がある知識を細大漏らさず記憶から引きずり出すため、深夜まで四苦八苦することになった。