2001年 10月24日 横浜基地グラウンド
武は訓練校のグラウンドを歩いていた。
(懐かしいな・・・。何年ぶりだ?)
前回はハイブ攻略戦において乗機に致命的な故障が発生し、要撃級の一撃を避けれずに死んだ。それ以前に何年も前線を渡り歩いていたから、このグラウンドに来たのはおそらく10年ぶりと言ったところだろう。207Bの面々と別れたのはそれよりも短いが、それでも数年ぶりなのは間違いない。
(・・・皆変わってないんだろうな)
ぼんやりとグラウンドを眺めながら物思いにふけっていると、後ろから声をかけられた。
「失礼ですが」
―――とても懐かしい声がする
「この先は訓練兵が使用するグラウンドです。何か御用がおありでしょうか?」
「・・・用か。無いわけじゃないな」
「・・・? それは――」
「―――いいんだ、榊!」
背後からかけられた声に、訓練兵は向きなおり敬礼する。
「・・・白銀大尉であられますね?」
「ええ、神宮司軍曹。香月博士からは?」
「は、伺っております」
下士官として完璧な態度の裏にはどうしても隠しきれない疑念がある。この年若い大尉は信用できるのか―――そんなところだろう。
今はそれでいい。
「結構。では軍曹」
「はっ! 小隊集合!」
「「207小隊、集合しました!」」
集まった4人は、まりもの前に整列している。そして全員の顔に疑問が浮かんでいる。
教官の隣にいる男は一体誰なのか。何故こんな処に居るのか。何故自分たちは集合させられたのか。
だがその疑問に答える者などいない。口に出しているわけでもないし、口に出したところで答えが得られる疑問ではない。
「では207衛士訓練小隊のメンバーを紹介させていただきます」
(冥夜、壬姫、千鶴、慧・・・。ははっ、懐かしいな)
懐かしさに思わず穏やかな表情になる武だが、207Bの面々は不審げだ。それもそうだろう。見たこともない男が紹介されたかと思ったら今の自分たちには雲の上の大尉、それも自分たちと同年代のだ。上位者の能力を気にする慧などは特に気になっているはずだ。
「現在入院中ですが鎧衣美琴訓練兵を加えたのが207B分隊のメンバーとなります」
「・・・白銀武大尉だ。本日付けで香月副司令直属の特務兵として着任した。任務の一環としてお前らの教官を務めることになった。よろしくな」
『よろしくお願いします!!』
「で、だ。しばらくは副司令の特殊任務があるため俺が本格的に教導するのはまだ先のことになる。当分は神宮司軍曹にみっちりしごいてもらえ」
『はい!!』
武はそこで表情を真剣そうな表情に変えた。
今武が伝えようとしていることは彼女たちにとって、ひいては自分と夕呼の計画に影響を齎すか分からない。
しかし、優秀な衛士を戦場に送り出すことも、新型兵器の開発に協力することも、00ユニットを完成させることも、それらのどれもが人類の未来に貢献するための行動であることは変わりがない。
だからこそ、武は躊躇うことなく口を開いた。
「お前たちに伝えておくことがある―――」
武の話が終わると、207隊はまりもの指示で訓練に戻っていった。
武が207隊に伝えたのは大したことではない。
主な伝達事項は総戦技演習が繰り上げ実施されることと、あわせて美琴の退院が早まること。加えて、207Bが前回の総戦技演習で失敗した理由と、その際に表面化した問題が現在に至っても解決されていないことの指摘。その問題を解決しようとする姿勢、改善の兆しが見えなければ総戦技演習の合格はまず無いと言う事。
これらは本人たちにしてみれば大したことなのかもしれない。しかし、207隊の問題の大部分は彼女たち自身の甘さに起因する。その気になれば今すぐにでも解決できる問題なのだ。武にしてみれば、わざわざその点を指摘したのだから随分優しいとさえ思っている。
彼女たちの任官を阻んでいる事情を酌んだとしても、207小隊のチームワークの無さは問題だった。個々の能力が高い分、そこそこのレベルの問題ならば個々の能力だけで何とか出来てしまう。しかし個々の能力だけではどうにもならない問題が生じた場合、今度はそれぞれの能力の高さが逆に問題解決の妨げとなってしまっている。
最初の世界では自分という足手まといが存在したおかげで207隊はまとまった。しかし今回は「足手まといの白銀武」は存在しない。正直に言って難しいだろうが、上位者から指摘されれば彼女たちも死に物狂いで努力するはずだ。全く不可能とは思っていない。
207の訓練の様子をぼんやり見つめる武の隣にまりもがやってきた。
「申し訳ありません・・・。大尉のお手を煩わせてしまうとは、面目次第もありません」
「神宮司軍曹、謝る必要は無い。軍曹は教官として間違いなく有能だ。その軍曹に指導されたというのに戦術機適性以外の部分で先に進めないのなら、そいつは衛士には向いてなかったって事だ。総戦技演習でとっとと落とした方が良い。本人が死ぬにしても、仲間が死ぬにしても、どちらにしろそいつが居なければ戦場で死ぬ奴は減る」
多少修飾しているとはいえ、この言葉は武の本心だ。彼女たちが衛士にならない――なれないのであれば、それはそれで構わない。仲間たちに会えないのが苦にならないと言えば嘘になるが、それでも彼女たちが死んでしまうことに比べればその程度の苦しみなど些細な事だ。
総戦技演習に合格できず衛士訓練校から追い出されるならそれもよし。自分たちが抱える問題を解決して這い上がってくるなら徹底的に鍛え上げる。結局はただそれだけのことだ。
結論を再確認した武は、まりもに別れを告げると自室へと戻っていった。
同日 香月夕呼執務室
昼食をとった武は、新OSのデータ取りまでの時間に夕呼の執務室を訪れていた。
新OSとは別に、夕呼に尋ねておきたいことがあったからだ。
「失礼します」
「あら、何しに来たの? 新OSのデータ取りは15時からよ?」
「ああ、今はその話じゃないんですよ。ちょっと聞きたいことがありまして」
「自分で調べなさい。何のためにあんたの閲覧権限上げたと思ってるのよ」
「国連基地では確認できないことなんですよ。―――帝国技術廠が開発している兵器の詳しい開発状況ってご存知ですか?」
「開発状況? そんなこと聞いてどうするの?」
「昨日の夜にここで閲覧できる情報までは全部見たんですけど、どうもはっきりしなくて手が出しにくいんですよ。詳しい事が分かれば口出し出来るんで、博士なら分かるかなぁ、と」
「少なくともここにはそういう情報は無いわね。出来ないこともないけど・・・、そうね。やっぱり帝国に借りを作りっぱなしというのはどうも上手くないわ。第四計画は帝国主導とはいえ、たまには何か恩を売ってやらないとね」
帝国に恩を売る機会。そんなものは今後、文字通り売るほどある。一番近いのは11月11日のBETAの新潟侵攻だが、時期的にもまだ早いし、現時点で夕呼に伝える必要はないだろう。どの道伝えようとしたところで「必要のないことを聞いて脳のリソースを無駄使いしたくない」などと言われて聞く気がないのは目に見えている。
「なるほど、恩を売ってやれば良いんですね?」
「・・・その顔はなんか思いついてるみたいね?」
「いえ、帝国に恩を売る丁度いい機会があるのを思い出しただけですよ。今はまだそんなに介入してないですし、高確率で起こることだと思いますが、ちょっと日にちがあるのでまた今度伝えます」
「そうしてちょうだい。―――で、技術廠が開発してるものの開発状況なんて知ってどうするのよ」
「新型戦術機や新型兵器の共同開発の申し入れがしたいんですよ。正確には俺が持ってる知識を提供することで開発を促進させたい、ということですけどね。
それでですね、新型兵器はともかく、戦術機に関してはまた別の小細工が必要になるんで、こんなものを用意しました」
そう言うと武は夕呼にディスクを差し出した。夕呼はそれを受け取ってしばし眺めた後、訝しげな視線を向けてきた。
「何これ?」
「00ユニットの完成品―――それについて俺が知る限りのデータと、運用に際して確認された問題点です」
「はぁ!? どういうことよ!? なんであんたが、そんなこと知ってるのよ!!」
一瞬で噴火した夕呼は武の胸倉を掴んでがくがくと揺さぶりはじめた。
「ちょっ、落ち着いて下さいって! 今から説明しますから!」
「―――ふぅ。さあ、説明しなさい!」
武の胸倉から手を離した夕呼は、息を荒げ怒気をにじませた視線を向けている。
「ああ、死ぬかと思った・・・。実はですね、以前の世界でも00ユニットが完成したことがあったんですよ。博士、怒らないで聞いて下さいね」
「いいから続きを言いなさい」
「―――今のままだと00ユニットは完成しません。これは絶対です」
「ッ!?」
「理論が間違ってるんですよ。現時点ではその全てを用意することは俺には出来ないんで、ヒントになるかもと思ってそれを用意しました」
「・・・・・・“現時点”ってどういうこと?」
武は内心驚いていた。夕呼は理論の誤りを指摘した時点でまた激発するかと思っていたが、少なくとも見た目は随分落ち着いている。
「俺には理論そのものは用意できませんけど、“夕呼先生”なら可能だってことですよ。俺を“飛ばす”ことで数式を回収したんです」
「―――そう、なるほどね。だったらこんなもの必要ないんじゃないの?」
「最悪その方法で可能だってだけですよ。俺は何度も行くのは面倒ですし、霞にかかる負担も大きい。博士がそのデータをヒントにして00ユニットを完成できるならそれに越したことはないんで」
―――それは本音ではない。平和な世界に暮らす懐かしい人たちに会えるのだ。出来るなら何時までも居たいに決まっている。だが自分にはこの世界でやるべきことがある。やりたいことがある。それに耐え切れずに逃げだしたのは既に過去のこと。過ちを何度も繰り返す気はない。
「まあ、00ユニットが完成してからせいぜい一回くらい飛ぶってのが理想ですね」
「―――なるほどね。でもあんたのデータで完成しなかったら何言おうと回収してもらうわよ」
「ええ、それは当然です。――多分必要ないとは思いますがね」
「そ―――で、00ユニットの完成があんたの言う小細工にどうつながるのかしら」
「00ユニットが完成すれば米国は恩を売りつけようとXG-70を早々に引き渡してくるでしょう。ですので、そのついでに幾つか要求してほしいんですよ。
一つはアラスカで実験中の戦術機のデータ全て。もう一つはYF-23」
「YF-23? ・・・あんなもの引っ張ってきてどうするつもりよ」
「あれは間違いなく世界最強クラスの戦術機です。YF-23とアラスカのデータを研究出来るなら、新型機開発は相当楽になります。不知火弐型は既に技術廠の方で色々いじってるでしょうし、他国の戦術機開発のデータを頂ければかなり楽になるかと。―――まあ正直に言えば、まず使えない武御雷を希望するよりもYF-23のほうがまだ可能性あるかな、と」
元々米国は場所を提供しているだけであって、開発を主導している訳ではない。しかし、米国とソ連が諜報員によって他国の戦術機データをある程度入手しているのは公然の秘密となっている。米国がデータを手に入れているのは場所代のようなもので、アラスカに駐屯している各国の戦術機開発部隊はそれをある程度黙認している。つまり公には出来ないが米国は各国の新型戦術機開発データを持っているのである。文書に残して正式に引き渡しが行われる、というわけにはいかないが内密に処理して引き渡しを行うと言うことは可能だ。しかし黙認されているとはいってもデータの全てを持っている訳ではないため、全てを手に入れることは不可能なのだが。
一方、ソ連は米国とは異なる。元々ソ連領内に各国の戦術機開発部隊は駐屯していない。それ故各国はソ連が場所代としてデータを入手することを黙認する気はない。それでもソ連は情報を掠め取っていくわけではあるが、まあこれは余談の類である。
「・・・あきれた。あんた自分が使いたいから権限使って接収するってわけ?」
「いやだなぁ、博士。接収の名目はXG-70の随伴機ですよ? 作戦成功の確率を上げるためには高性能機が一機でも多く必要だからですよ」
武はこの上なく嘘臭い口調で―――実際半分くらい嘘なのだが―――名目上の理由を並べ立てた。
夕呼は呆れ顔だが武の表情はこの上なく楽しげだ。いや、事実楽しくて仕方がない。あの香月夕呼を呆れさせている――呆れられているのではない――のだ。これが楽しくなくて何が楽しいのか。
尤も、その言葉には本音も混じっている。衛士として、高性能機に乗りたいと思うのは当然の考えであり、自分が殆ど乗っていない米国製戦術機となればなおさらだ。元々武のスタイルは高機動近接戦闘であるが、近接格闘戦が最も得意というわけではない。その点米国機であるブラックウィドウⅡは近接戦闘能力を重視しているとはいっても、射撃能力は日本製戦術機よりも高く、自分のスタイルにも合致する。
そもそも武はハイヴ攻略に必ずしもXG-70が必要だとは思っていない。フェイズ5クラスになれば流石に必要になってくるかもしれないが、甲14号目標以降のフェイズ4以下のハイヴならば現存する平面戦力だけで攻略は可能だと武は考えている。XG-70自体はあれば便利程度にしか考えていない。
(―――荷電粒子砲に頼り過ぎるのも考えものだしな)
XG-70が搭載している荷電粒子砲の破壊力は絶大だ。一度発射されればフェイズ6クラス――地球上ではオリジナルハイヴしか存在しないが――であってもその地上構造物の大半は吹き飛ぶだろう。その破壊力があれば現有戦力でもハイヴの攻略は十分以上に可能だ。しかし、XG-70の存在を前提に作戦を組むと、万一XG-70が使用不可能になったとき、ハイヴ攻略は不可能になってしまうだろう。そして、現状ではXG-70の戦力に賭けた乾坤一擲の作戦を組まなければならないほどの必要性はない。ならば、XG-70がなくてもハイヴを攻略できるように戦力を編成しなければならない。XM3が全軍に行きわたれば戦力面での不安は大分解消される。後はそれを後押しする要素として、新型戦術機開発や地上制圧に有効な兵器開発がなされるべきなのだ。毎度毎度馬鹿みたいに戦術機や衛士を消耗していてはBETAを駆逐するなど夢物語だ。
そもそもXG-70は不安定すぎる。主機たるML機関の出力は安定しない。絶対の防御たるラザフォード場を安定制御するためには00ユニットの制御が不可欠。しかしそのラザフォード場を制御する00ユニットは完成したところで安定しているとは言い難い。
不安定なものをいくつ足し合わせたところで安定に転じることはあり得ない。振れ幅が大きくなって結果的に安定しているように思える部分が広がるだけだ。何も安定していない。XG-70を安定運用させるには、まず00ユニットが安定することが必要だ。
正直に言って、威力が絶大と言ってもそんな安定しないものに頼るのは不安がある。
「出来れば佐渡島戦にもXG-70は使いたくないんですけどね。計画期限延長の餌としては佐渡島攻略とXM3だけでも十分なはずですし―――っと、そろそろ時間ですね。先にシミュレーターデッキに行ってますね」
武はそう言うと、一足先にシミュレーターデッキへと向かった。
同日 シミュレーターデッキ
「―――てなわけで、あんたの要望は全部実装してあるわ。ただし、コンボだけは現状では微妙ね。取りあえずはバグ取り用のデータ収集だから、好きに動いてくれればいいわ。大体データ取り終えたらデータを持ってきてちょうだい」
そういうと夕呼はシミュレーターデッキを後にした。
「霞も帰ってくれて良いぞ。後はデータ取るだけだし、あんまり寝てないだろ?」
「・・・はい。それでは失礼します」
「ああ、お疲れ。・・・霞、ありがとうな」
礼を言うと、こちらを振り向いた霞はかすかに頷いて去っていった。
(さて、始めますか・・・)
四時間後、武は食事をとるためにシミュレータールームを後にしていた。
その顔は何か思案深げである。
(うーん・・・)
新OSには違和感を感じる。
これが新OSに初めて触った人間なら従来型のOSと比べて違和感を感じるのは当たり前なのだが、武は完成品を使っていたのだ。本来違和感など感じるはずはないが、同じ概念を組み込んだOSとはいえ、現在はまだ未完成だ。洗練されていない分違和感を感じるのは当然である。しかし武はそういった未完成品と完成品との差以外の部分に違和感を感じていた。
(やっぱ即応性が上がってるよな・・・。前回よりも入力に対する反応が敏感だし)
CPU性能が上がらない限り、完成品と未完成品との差がほとんど無いのが即応性に関する事柄だ。しかし、武は即応性が上がっていると感じている。従来型とXM3の差ほどの向上ではないが、それでも“以前のXM3”との間に数%は差があるように思えるのだ。
前述のように即応性はverが変わったところでまず数%もの向上は見込めない。だと言うのにそれほどの変化を感じると言うことは、即応性が向上しているのは確かであり、CPU性能も上がっていると言う事だ。
(・・・今回の香月博士の方が優れているってことか?)
だとすればそれは武にとって大いに利となる。武は事前に夕呼に対して新OSの特性について事細かに話しているため、今回のOSは既にverが上がった状態の物に近い。その分性能は向上していて当然だ。しかし、それを差し引いたとしても、今までの世界ではここまでの性能向上は起こらなかった。と言うことはやはりこの世界の夕呼が今までの世界の夕呼よりも優れている面があると言うことは事実だろう。
(となると00ユニットの問題も多少は光が見えるかも・・・)
00ユニットの問題点に関しては既に提示してある。今の夕呼ならばその問題を解決することも不可能ではないかもしれない。
今後に期待が持てることに気を良くした武は、笑みを浮かべながらPXへと向かった。