―――同日 1830 横浜基地PX
<<榊千鶴>>
207衛士訓練小隊はそろって夕食を取っていた。
皆表情は暗い。私も含めて、白銀大尉に言われた言葉が頭にこびりついて離れないのだ。
ただ一人、御剣だけは“暗い”というよりは“真剣”な表情をして何事か考えているように見えた。何を考えているか気にはなるけど、今は私に対して言われた言葉を整理することで精いっぱいだ。正直、今は誰にも話しかけないでほしかった。
だが、私の希望は御剣によってあっさりと切り捨てられることになる。
「・・・榊」
「・・・なに?」
「今朝のことなのだが―――」
「・・・大尉のおっしゃった話のこと?」
「―――そうだ。皆大尉の言葉を聞いて考えるところがあったと思う。昼食時には時間がなかったが、幸いこの後は消灯までは時間がある。良ければ皆の考えを聞かせてくれぬか?」
(―――やっぱりその話か)
私はまだ気持ちの整理すら出来ていない。私たち四人の中で言われたことの整理が終わっているとすれば、話を持ち出した御剣と、あと可能性があるとすれば彩峰くらいだろう。私と彩峰を比べた時、心のあり様が強いのはまず確実に彼女だろうし、強さの種類はどうあれ、彼女の強さは私にとって一種の憧れだ。しかし―――
―――その心のあり様は私には認められない
確かに今が平和な時代なら、ここが軍隊でなければ、誰とも深く関わらず孤独に生きていくことも出来るだろう。
だが今は平和な時代ではないし、ここは軍隊なのだ。誰とも関わらないと言うのは不可能だし、隊の仲間を信頼できないどころか信用しようともしないのは問題外だ―――
(―――?)
そこまで考えて私はふと違和感を感じた。信頼できないどころか信用しようともしない? それは誰の事だ?
(―――そう、彩峰のことに決まってる)
僅かな違和感をそのまま振り切ろうとした時、御剣の言葉が耳に入った。
「我々は皆どこかで隊の仲間を信頼出来ていない。だからこそ前回の演習で問題が起きた。大尉のおっしゃったのはそういうことだと思う」
(―――ああ、そうだったんだ)
みんながみんなを信用していない。
前回の演習で地雷原に引っかかったのは、みんなが私の命令に従ったからで、責任は分隊長の私にある。だけど私はそれすら彩峰のせいにしてはいなかっただろうか。彩峰のあり様が受け入れられないから、無意識のうちに責任を彩峰に押しつけていなかっただろうか。迂回するべきだと言う鎧衣の進言を無視したのは私が鎧衣の勘を信用しきれていなかったからではないのか。
数え上げていけばきりがない。今更ながら自分の未熟さが嫌になる。私は一体何をしていたんだろう。使いにくい部下でもうまく使うことは優秀な隊長であるために必要だってことくらい、最初から分かってたはずなのに。二回目の総戦技演習が間近に迫り、白銀大尉に指摘され、その上御剣の言葉でようやく気付くだなんて、愚かにもほどがある。
(―――私に指揮官なんか向いてないんじゃないの?)
仲間を信頼できない。いや、それどころか信用すら出来ていない。だったら私は一体何を根拠に作戦を立案していたのだろうか。事前に与えられた情報だけで組み立て、部下の能力の適正を無視した作戦。自分が気付いていないだけで、そんな作戦を提示していなかっただろうか。
(一体どうすれば・・・)
簡単だ。仲間を信用すればいい。
だが、そう言われてそれがすぐ出来るようなら何も苦労していない。そもそも、上官の能力を信用しようともしない部下の能力を信用するなど、私には出来ない。
ならどうすればいいのだろうか・・・。
だが御剣はこちらの思いなど気にしないかのように―――事実殆ど気に留めていないのだろうが、こちらに話を向けてきた。
「榊、お主はどう思う?」
「・・・今は何も言いたくないわ」
「そう言うわけにも行くまい。大尉の言葉通りなら総戦技演習は鎧衣が退院次第すぐに実施されると考えたほうがいいだろう。鎧衣の体調は現在殆ど何の問題もないレベルであると聞いているし、数日中に実施される可能性もある」
「・・・分かってるわよ」
「何時行われるか分からない以上、可能な限り早く、出来れば今日中にでもこの場に居る者の間だけでもある程度の整理は付けておくべきだと思う。大尉もおっしゃっていただろう? 『207隊の問題解決の兆候が見えない限り総戦技演習の合格はない』と」
「・・・分かってるって言ってるでしょ」
「・・・榊、本当に分かっておるのか? 総戦技演習に合格できなければ―――」
「分かってるわよ、そんなこと! 今は何も言いたくないって言ってるでしょ!?」
そう怒鳴ると私は逃げるように席を立った。後ろで御剣が何事か言っているのは聞こえるが、言葉として頭の中に入ってこない。
―――最低だ。
子供みたいな対応をしてしまった。自分の気持ちの整理がついていないことは何の免罪符にもならない。
自分は指揮官に向いていない。能力的な話はさておき、自分の性向的に一朝一夕で克服できる問題ではないと思う。
一体どうすればいい?
御剣の声を無視してPXから出ようとする私の視界に、入口に佇む白銀大尉の姿が目に入った。
<<白銀武>>
PXの入口で中を見回すと、207の皆の姿が目に入った。
(あちゃ・・・、ミスったな・・・)
癖でいつも来ていたPXに来てしまったが、自分が習慣づくほど来たPXということはつまり、207隊の皆も来ると言う事だ。しかもOSのテストの事にばかり気を取られてすっかり忘れていたが、この時間は大体皆がPXに集まる時間帯だ。言いたいことはあらかた伝えてあるため、総戦技演習までは自分から会いに行くつもりはなかったのだが・・・。
見つからないうちに別のPXに行こうと、踵を返したその時―――
「分かってるわよ、そんなこと! 今は何も言いたくないって言ってるでしょ!?」
千鶴の怒鳴り声が聞こえた。
思わずそちらに顔を向けると、千鶴が席を立ち、それを冥夜が追いかけようとしていた。
(・・・またなんかトラブルか? しょうがねえなぁ・・・)
冥夜はこちらの姿を目にして足を止めたが、千鶴はまだ気付いていない。声をかけるべきかどうか迷っていると千鶴がこちらに気づいた。
「あ、白銀大尉・・・」
「・・・榊、どうした」
「いえ、何でもありません・・・」
「おいおい、本当に何もないのか? お前の怒鳴り声、外まで聞こえてきたぞ」
千鶴はその言葉に恥じるように俯いたあと、逡巡しながらも口を開いた。
「大尉、もしよろしかったら少しお時間を頂きたいのですが・・・」
「ここでは出来ない話・・・みたいだな。取りあえず食事を済ませてくるから、お前はシミュレーターデッキ前で待っていろ」
「はい・・・」
1930 シミュレーターデッキ
「待たせたな」
「いえ、お手間を取らせて申し訳ありません」
「で、何の用件だ?」
「・・・実は相談に乗っていただきたいのですが」
「続けろ」
「―――私は指揮官として向いていないのではないでしょうか?」
「・・・何?」
「今までも何となく思っていました。訓練小隊ですらまともに掌握しきれないのに、私の指揮官適性が最も高いというのは本当なのかって・・・。私の指揮官適性が他のみんなより高いとしても、本当に微々たる差なのではないのでしょうか? 今朝、大尉に前回の総戦技演習での失敗について指摘されて、その疑問がさらに強まりました。正直に言って、私などより御剣の方が指揮官としては「榊」―――はい」
「それは本当に俺の話を聞いた上での言葉か?」
「・・・どういう意味でしょうか」
「そのままだ。誰がお前に自分の指揮官適性を疑えなんて言った? 俺は207隊内での問題を解決しろとしか言っていない。さっきの怒鳴り声もどうせその話だったんだろうが、誰かがお前にそう言ったのか?」
おそらく誰も言っていない。千鶴が逃げるようにPXを出ようとした時、立ち上がっていたのは冥夜だったが、冥夜はそう言う事を言う人間ではない。行為の是非はさておき、指揮官としての責任を滔々と説教する人間だ。壬姫は言うに及ばず。慧に関しては実際に言いかねないが、慧が相手であれば千鶴は逃げるように席を立つことなどあろうはずが無く、間違いなく慧に対して食ってかかるはずだ。事実、千鶴は武の言を否定する。
「いえ・・・」
「だろ?
・・・確かにお前が言うとおり御剣の指揮官適性は高い。だが、御剣を分隊長に任命したところで問題は何も解決しない。お前と彩峰の諍いもそのままだ。むしろもっと酷くなるだろう。ついでに言えば、俺が指摘した207隊の問題とは、何もお前と彩峰に限った話じゃない。207隊全員の問題だ」
「それでも、部隊長の命令に部下が従わないと言う問題は解決するはずです」
「そうかもしれないな。で、お前はそれで何を得るんだ? 仮に分隊長を御剣にしたとしても、隊内の問題を解決できていなければ総戦技演習に合格させる気はない。お前は責任を放棄した臆病者のレッテルを貼られ、衛士になると言う目的さえ叶えられない。そんなことが望みか?」
「・・・」
「俺にも、神宮司軍曹にも、207Bの分隊長を変えるつもりはない。だから榊、指揮官はお前のままだ」
今の言葉は千鶴の言葉を否定しただけだ。千鶴にとって何のアドバイスにもなっていない。勿論千鶴の言葉を否定しただけでこの状況を終わらせるつもりはない。彼女たちが総戦技演習に落ちても構わないと言うのは本音だが、部隊の事を考えた上で千鶴は今自分に相談している。今の状況は双方にとって多分に偶然に任せた結果だが、過程はどうあれ、相談を受けている以上、応えるのが自分の役割だ。
「榊。軍内に於いて上位者からの命令は絶対だと、お前は知っているはずだな?」
「は、はい」
「なら俺はお前に命令する。―――部下を、仲間を信用しろ。いきなり信頼しろとは言わない。ただ能力を信じてお前の思うように使って見せろ」
「ですが・・・」
「うーん・・・。今まで信用できなかった奴を信用しろって言われて困るのは分かるけどな、他の奴からの信用が欲しいなら、まず信用してほしい奴をお前が信用しないと話にならないんだよ。いきなりは無理だって言うんなら、お前の能力を信用して分隊長に任命した神宮司軍曹を信じろ。それなら出来るだろ?」
「・・・はい」
「お前が自分に自信を持てなくなっているのは分かる。俺も何度も通った道だ。だけどな、それでも自分の信念だけは疑うな。信念が簡単に揺らぐような奴は誰からも信用して貰えない」
信念が簡単に揺らいでいた過去の自分。
その揺らぎを見ていた人間から信用が得られたのは、自分の信念が揺らがなくなってからだ。
それまでは単に便利な駒として扱われていただけ。そこには信用など全くない。皆にはそんな道はあるいて欲しくない。
「お前なら出来るはずだ。彩峰の言ってることもそんなに気にするな。あいつだって本心からお前の能力を疑ってるわけじゃない。単に『気に食わない』って理由だけで反抗するのが問題だと思っているから、指揮官が無能だったら云々という問題にすり替えてるだけだ。それが意図してのものかどうかまでは知らんがな」
「・・・!」
千鶴の顔を見る限り、少しは気力が戻ってきたようだ。衛士になれないことくらいは許容範囲内だが、人間として完全につぶれてしまうのはあまりに悲しい。その点はまだ大丈夫なようで安心した。
「軍曹も俺も、お前らが総戦技演習を突破してくれることを期待してる。頑張れよ」
「はい!」
力を取り戻しつつある千鶴の顔を眺める。朝会った時は、皆に対して懐かしいという想いはあっても、それ以上の感情は浮かんでこなかった。しかしこうして二人で向き合っていると、過ぎ去った日の思い出も、つい先ほどのことのように思い出される。
二度と帰らない日々、胸を焦がす郷愁に誘われ、俺は千鶴の頭に手を伸ばしていた。
「へ? あ、あの、大尉・・・?」
千鶴は顔を真っ赤にしてこちらを見つめている。その顔を目にして、ようやく自分が何をしているのか気付いた。
俺は千鶴の頭を撫でまわしていたのだ。
(あ、やべ・・・)
自分が何をしていたのかに気付くと途端に気恥しくなった。
毎度のこととはいえ、自分は未だに感情と行動を完全に切り離すことが出来ていないらしい。それが悪い事とは言い切れないが、あまり褒められた行動ではないだろう。
これが千鶴に某かの良い影響が出るのであれば話は違うが、正直どうなるかは見当もつかない。
「あ~・・・。榊、話はこれで終わりか?」
「は、はい。ありがとうございました」
照れ隠しに口を開いたが、千鶴の返答にも困惑している様子がうかがえて、後悔の念が余計に湧き上がってきた。
(あ~もう、何やってるんだ俺は・・・。しゃーねえか。開き直ってやれ)
「折角シミュレーターデッキまで来たんだ。俺の戦術機機動でも見ていくか?」
「よ、よろしいのですか?」
「気にしなくていい。ま、一応俺がやってることは極秘扱いだから他の奴には口外厳禁だけどな」
「ありがとうございます!!」
総戦技演習をクリアすればすぐに戦術機操縦課程だ。千鶴が自分に教わることを目標にして励めるのならそう悪いことでもないだろう。先ほどの相手にしてみれば訳が分からない行動と差し引きゼロに出来る、と良いんだが・・・。
「お前らが戦術機に触れるのはまだ先の事だが・・・。超一流と呼ばれる域の衛士がどういうものか、よく見とけ」
<<榊千鶴>>
自室に戻った私はベッドにうつ伏せになってシミュレーターデッキでのことを思い返していた。
特別だと言って大尉が私に見せてくれた大尉の戦術機機動。
未だ総戦技演習もパスしておらず、戦術機操縦のなんたるかすら分かっていない私が言うのもなんだが、大尉が見せたそれが恐ろしく高度なことだと言うのは、戦術機に触れたことのない者であっても理解できるだろう。
任官したところで私にはそうそう出来る物ではないと理解している。だがそれでも、白銀大尉が見せた物が衛士として最高峰の技術であると言うのなら、努力もせずに諦めることは自分の目的に背を向ける事だ。そんなこと出来ない。選択肢は一つだけ。白銀大尉という高みに君臨する衛士を目標に努力することだけだ。
衛士となった後に目指すべき目標が出来た。問題解決の指針をくれた。
なら自分がするべきことは何をおいてもまず任官すること。どんな成績であれ、任官しないことには目標に向かって努力することすら出来ない。何より、任官すら出来ないようでは信頼してくれている神宮司軍曹と白銀大尉に申し訳が立たない。
・・・しかし白銀大尉とは一体何者なのだろう?
実質的には初対面である私に対し、大尉という地位から考えれば驚くほど気安い。
「白銀大尉・・・」
ふと名前を呟くと、シミュレーターデッキでのやり取りが思い出された。
私の頭に手をのせ優しく撫でていた白銀大尉。突然のことで呆然としていたということもあるが、大尉に撫でられるのはとても心地よかった。
大尉は何かに気づいたかのように突然手を引っ込めたが、その心地よさはしばらくの間余韻として残っていた。
「・・・もっと撫でて欲しかった・・・かも」
口に出してから気付く。自分は何を口走っているのだ!?
(わ、私何考えてるの!?)
私の頭を撫でている時の大尉の表情。その顔に見とれていた私。思い返すだけで顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
大尉の表情は、それまでの真剣なものとは違い、とても穏やかで優しげな表情だった。
そのギャップに思わず見とれてしまっていたのは確かなのだが・・・。
「うぅ~~・・・」
頭を落ちつけようとしているのに、大尉の顔を思い出すとどうしても状況が思い出されて赤面してしまう。
どうすることも出来ず、私は枕に顔を埋めて、全身から噴き出しているような熱さが引くのを待つしかなかった。
<<御剣冥夜>>
夕食時、私の話を途中で振り切った榊は、PXの入口に居た白銀大尉を見つけると、何事か話しかけていた。
二人が話していたのは僅かな時間だけであったが、その表情は共に真剣で、追いかけて声をかけるのも躊躇われた。
そのため、その場で声をかけることを諦め、再度話をするべくこうして榊の自室までやってきたのだが・・・。
扉をノックをしても、中からは何の返答もない。
「・・・留守か?」
再度のノックにも返事がなかったので扉に耳を当て、中の様子を伺おうとするが、思わず周囲を見回して誰もいないことを確認してしまう。今の自分は誰から見ても完全に不審者だろう。扉に耳を当てて中の様子を伺おうとしている時点で相当に怪しいと言うのに・・・。
(何をやっているのだ私は・・・。これでは完全に不審者ではないか・・・)
気を取り直して扉に耳を当てると、中からは「うぅ~・・・」という唸り声のようなものが聞こえてきた。
何やらよくない気配だ。もしや周囲の音も耳にはいらぬほど体調を崩しているのではないだろうか?
相手の返答を待たずに部屋に入るのは少々どころか確実に礼儀に欠けるが、仲間が苦しんでる可能性と自分が礼儀知らずと非難される可能性を天秤にかけると、どちらに傾くかは明白だ。捨て置くわけにはいくまい。
「榊、入るぞ! ・・・・・・何をやっておるのだ?」
榊が腹でも押えて苦しんでいる姿を想像していた私の目に飛び込んできたのは、寝台にうつ伏せになって何やらジタバタしている榊の姿だった。
「ふぇ? ・・・み、御剣!? 何時入ってきたのよ!?」
「いや、たった今だが・・・」
「もしかしなくても・・・見た、わよね?」
「“見た”とは、今お主が寝台にうつ伏せになっていたことか?」
「や、やっぱり見られてた・・・。あああああ~~~」
どうやら言ってはいけなかったらしい。榊は頭を枕にうずめて寝台に突っ伏してしまった。
「・・・断わっておくがノックも二度したし声もかけたぞ?」
「そんなことどうでも良いわよ・・・。あぁ~・・・」
何やら悪者になっている気がする・・・。心配してやってきた隊の仲間に取る態度として少々酷いのではないかと思わなくもないが、相手の返事無しに部屋に入ったのは確かに自分だし、榊にしてみればそれほどまでに見られたくない状況だったのだろう。ともかく、今は榊がもう少し落ち着くのを待つしかない。
15分ほど後、榊は漸く落着きを取り戻し、こちらと向き合えるようになっていた。
「ええと・・・、それで何か話だったの?」
「うむ、夕食の時のことなのだがな」
「ああ・・・。さっきはごめんなさい。別に本気で怒ったわけじゃないから」
「む・・・。さほど時間がたったわけでもないのに斯様に落ち着いているとは、何か心境の変化があったのか?」
「―――そうね、確かにそうかも」
「ほう・・・。それは何故か聞いても良いか?」
「何故って、それは・・・」
それまで普通に話をしていたのに、榊は急に口ごもってしまった。それどころか、その顔は何故か赤い。
「・・・榊?」
「・・・」
「榊!」
「へ!? ああ、ええと何の話だったかしら?」
「お主の心境の変化の理由だ」
「あ・・・と。わ、悪いけど、それは秘密ってことでいいかしら」
「ああ、別にそれは構わぬが・・・」
一体何だと言うのだろう?
いきなり赤くなったり、周囲が目に入らぬようになったり、これでは情緒不安定な子供のようだ。夕食時の事もそうだ。彩峰との事以外では冷静であったと言うのに、あまり榊らしいとは言い難い。
だが、隊内の問題についての整理は一応は終わったようなのであまり突っ込む必要もないだろう。
「では、お主の決意を聞かせてもらってよいか?」
「え、ええ、決意、決意ね。・・・うん。明日からは上手くやれると思う。少なくとも、彩峰との事もうまくやれるように努力するわ」
どうやら榊の中で気持ちの整理はついているようだ。見たところ落ち着いているし、おそらく心配はないだろう。
「御剣、話は終わり?」
「ああ、お主の様子を見に来ただけだったのだが、問題なさそうで安心した」
「ふふ、心配症ね・・・。でも大丈夫よ」
「分かった。それではな」
「ええ、おやすみなさい」
榊の部屋を出た私は、示し合わせていた通り、珠瀬と彩峰と合流した。
「・・・榊さん、どうでした?」
「特に問題はなさそうに見えたな。何か心境が変化するようなことがあったと見える」
「・・・それは?」
「いや、教えてはくれなかった。ただ、何やら様子がおかしい部分もあったが・・・、まあ大丈夫であろう」
「・・・ふーん」
「彩峰。そういえばお主の話は聞いていなかったな。お主は大尉のお話を聞いて何か思ったか?」
「・・・そう言うのは一々表明するもんじゃないと思う。これは榊に賛成」
「む・・・。確かにそうだな。まあ、問題に対する方向はそれぞれ決まったようだし構わぬか」
「そうですねー」
彩峰の言葉に、夕食時の榊に対する自分の言動が思い出され、少し反省した。
彩峰は無理に聞き出そうとしても答えてはくれないだろうし、これ以上聞いても無駄だろう。これからは積極的に意見を出すと言う珠瀬の決意は聞けたが、彩峰の決意を聞けていないと言うのは少々不安ではある。やる気はあるようだが、どうも何か考えている雰囲気がある。
だが彩峰の事ばかり考えている訳にもいかない。私自身の問題を解決しないことには偉そうなことを言ってばかりもいられないのだ。皆がやる気になっていると言うのなら、私も後れを取るつもりはない。わざわざ忠告してくださった大尉の御恩に報いるためにも、今まで以上に努力せねばなるまい。
「それじゃあ御剣さん、彩峰さん、おやすみなさい」
「・・・お休み」
「うむ、また明日な」
私は自室へと戻る途中、考え事をしていた。勿論今朝現れた新任の教官の事だ。
(白銀大尉・・・。あの若さで大尉、それも専門が戦術機とは・・・)
技術士官ならば若くとも高い地位を得ることもあると聞く。だが、白銀大尉の話を聞く限りでは大尉は実戦派であるらしい。つまり、大尉は衛士としての実力で、大尉という地位を認められていると言うこと。
(今の私では到底及ばぬだろうな・・・)
自分とそう変わらぬであろう年齢でありながら、大尉という地位にある衛士。目標とするにこれ以上都合のいい人間はそうそういないだろう。
(自主訓練の量を明日から増やす、か? ・・・うむ、そうしよう)
そうだ、それがいい。どのみち任官しなければ話にならないのだ。ならば総戦技演習を突破するために役立ちそうなことは何でもやってみるべきだ。体力はあって困るものではない。
明日から増やすメニューについて考えながら、私は自室へと戻っていった。