『HQより各員、今この時1400をもってアルカディア掃討作戦を終了する。
念のために周辺への警戒をおこたるな。尚ジャベリン中隊は……』
終わった。
HQから念話が聞こえてくるが、ノーヴェは気持ち半分で聞き流す。
吹き飛ばされてしまった左腕からはいくつものコードが垂れ下がり、鈍痛が体中を支配している。
腕はまた『再生』してもらえばいいから気にならない。
腕が無い喪失感よりも、体中を支配する鈍痛よりも、重くのしかかる徒労感よりも
嬉しかった。
私達、戦闘機人部隊はこの作戦でかなりの戦果を収めたはずだ。
自分で言うのもなんだが、英雄勲章を授与されてもおかしくないと思う。
それは、私達が多くの人を救ったと言う事。
私達は要らない存在なんかじゃない。
ここにいていいんだ。
そう、思えた事が嬉しかった。
腕を押さえるようにして安全地域まで退避する。
祝福されると思っていた。
多くの管理局員達が戦場から帰還してきた魔道師達を祝福し、治療を行っていた。
私に気づいて、何人かの魔道師がこちらを見た。
その目は異形の者を見る目だった。
視線の先を辿っていくと、腕から垂れた何本ものコード達。
どこかの回路がショートしたのか、火花すら飛ばしていた。
『おい、あれって……』
『あぁ……テロリストだろ』
『おい、やめろって。一応は英雄だろう』
『はっ──何が英雄だよ、厳重監視期間を短縮したいだけだろう。
見ろよ、あんな腕になっても平気な顔してる。あんなのが一緒にいると思うと恐ろしいぜ』
念話でそんな事を話しながらも笑顔を向けてノーヴェを迎える局員達。
よくやった。えらいぞ。ありがとう。そんな『空虚』な言葉を投げかけてくる。
腕の心配などしている人が1人もいないのがこっけいだった。
あぁ、知らないのか。
私が盗聴できる事を。
怒るよりも、悲しむよりも
虚しかった。
褒められたかった訳じゃない。
監視期間を短縮したかった訳じゃない。
ただ、認められたかった。
結局は相成れない存在。
だが、一方的ではないか。
望んでこんな身体に生まれてきた訳ではない。
テロに加担した事だって、あの時はあぁするしかなかった。
私には、スカリエッティが創った世界が総てだったのだから。
素晴らしいものがあると信じていた外の世界。
なんと言う事は無い。
ただ空虚なだけではないか。
そう考えると、今まで色彩を放っていた世界が急に暗くなっていく。
たとえるなら、総てが灰色の世界。
ほら、こんなにもつまらない色をしている。
だが、そんな世界の中でも、まだ色彩を放っている人がいた。
その人は人々を押しのけるようにしてノーヴェへと向かってきていた。
「ノーヴェ!!」
まるで鬼の様な形相でかけつけてくる中年の男。
ノーヴェの保護責任者、ゲンヤ・ナカジマ。
反射的に腕を隠した。
ゲンヤにだけは今の自分の姿を見られたくは無かった。
異形でしかない自分、世界からは異端である自分。
そんな姿を見れば、ゲンヤに嫌われるに決まっている。
それだけは避けなければならない。
ゲンヤから逃れる為に走り出そうとした所を、頑なに左腕を隠していた右腕をつかまれ、思いっきり引っ張られた。
何故か、力が入らなかった。
不具合かな、と思った自分が悲しかった。
曝け出された左腕。
「見るな!!」
ノーヴェの悲痛な叫びを他所に、ゲンヤの視線は確かに左腕の回路やらコードを射抜いていた。
終わった。
何もかも、総て。
絶望にうちひしがれるノーヴェだったが、ゲンヤの目にあったのは侮蔑でもなんでもなく
「大丈夫か!?くそ、医療班は何やってやがるんだ!!」
純粋に心配してくれていた。
なんで?
あぁ、そうか。
スバルやギンガと一緒だから同情しているのか。
そうに決まっている、私はあの姉妹と違ってゲンヤの家族ではないのだから。
「っ──うっせぇ、ほっとけよ!!」
自分の口から出た言葉に思わず自分でびっくりする。
違う、言いたいのはこんな事じゃない、放っていかないでほしい。
私はどこまでダメなんだ。
「ほっとけるか!!」
ゲンヤは怒ったようにそういってぐいっとノーヴェの右腕をそのまま引っ張っていく。
魔道師達が何事かと2人の様子を見ていた。
侮蔑の視線。
「放せよ──あんたまで勘違いされるぞ!!」
ノーヴェのその言葉と表情に、ゲンヤは一瞬だけ黙った後にため息をついた。
ゲンヤにも分かってしまったのだ、ノーヴェが今どんな気持ちでいるか。
「あのなぁノーヴェ」
ゲンヤは振り向いて優しく、まるで語りかけるように話しだした。
「お前が何を思って、何を考えて、何を感じているか俺にはわからん。
だがな、ひとつだけ俺に言える事がある」
ノーヴェの瞳を射抜くゲンヤの視線は真剣そのものだった。
「お前は誰が何を言おうと、俺の『家族』だ」
そう言って、優しく抱きしめてくれた。
それはまるで父親のように大きい胸板で、恋人のような優しさがあった。
………
……
…
<<新暦0080年2月13日 時空管理局地上本部職員宿舎>>
「ウェンディ──お前……料理得意だよな!?」
「ぬお!? またいきなり唐突っすね……まぁノーヴェの作る汚物よりかはうまい自信はあるっすよ」
今日は久しぶりの休みでウェンディは自室でまったりと過ごす予定だったが、ノーヴェが部屋に押しかけてきていた。
しかも何をとち狂ったのか、料理のことを聞いてきたのである。
「汚物って言うな!! ……ちょっと見てくれが悪かっただけで」
「じゃぁノーヴェが自分で作ったもの食べてみなよ」
「食えるかあんなもん!!」
「うえ……思い出しただけで気持ち悪くなってきたっす」
ウェディはノーヴェが以前作った、原材料は食えるものだけなのに明らかに食べ物ではなくなった物を思い出していた。
あれは……一種のバイオ兵器だ。ノーヴェには悪かったが厳重に封をして生ゴミに出しておいた。
「だから、そうじゃなくてだな……その、チョコレートの作り方をおしえてくれないか?」
「はぁ──チョコレートっすか。なんでまた」
「うっせぇ、急に食べたくなったんだよ!!」
だったら買えばいいじゃないか。
そもそもチョコレートを作るっていったっていろいろな種類がある。
簡単なものは本当に簡単だし、難しいものはそれこそ何時間もかけて作らなければいけない。
「バレンタインってやつっすか」
「な──違う、そんなんじゃないぞ!!」
「ゲンヤさんの祖先の出身は第97管理外世界の日本ってとこらしいっすからねぇ」
「だから違うって」
「あーはいはい。そういう事にしといてあげますからさっさと作っるすよー」
まるっきりやる気のない声を出しながらキッチンへと歩いていくウェンディ。
確か、簡単なお菓子の型があったから、あれに溶かした板チョコでも流し込めばそれらしくなるだろう。
それならばいくら料理の苦手なノーヴェでも──
………
……
…
「いやいやいや、なんっすかこれ、マジありえねぇっす」
「……チョコレートだ」
「チョコレートはうねうね動いて奇声を上げたりしねぇっす。
なに新しい生命体つくってんすか、あんたマジで天才っすね。スカリエッティも真っ青だよ」
そこには元は板チョコだったものがうねうね動いてキシャァァアという鳴き声(?)を上げていた。
「いやいやいや、中身なにいれたんすか」
「中に誰もいませんよ?」
「ノーヴェ、その言葉はなんかダメな気がするっす」
「なんなら包丁でチョコレートをくぱぁってしてみようか?」
「くぱぁってなんすか、っていうか絶対なんかいるっす。なんかうねうねしたのが」
「うねうねしたのってなんだよ」
「わかんない、なんか触手っぽいものっす。あぁ……ノーヴェくぱぁしちゃらめぇえええええ!!
私達XXX板に移動しなきゃいけなくなっちゃうっす!!」
ノーヴェが包丁でうねうねしたものをくぱぁする前にむんずっと掴んでゴミ箱にシュート。
速攻で袋の口を閉じて封印する。
後ろからキシャァァアという鳴き声が聞こえるがきっと幻覚にちがいない。
「もう一回最初からやってみるっす、見ててあげるから」
「分かったよしゃーねぇなぁ」
チョコレートを溶かして、袋に詰めて、穴をあけて、モザイクで処理されたうねうねしたもの──
「ちょま、ノーヴェ!! その手にもってるうねうねなんっすか」
「あれだ、こいつでチョコまみれになって『私を食べて☆』大作戦だ」
「導入部とノーヴェの性格がちがぁああああああああああう!!」
「ファンサービスってやつだ」
「そういうのはXXX板の住人に任せておけばいいんっすよよ!!ここじゃどうやっても超えられない壁があるっす!!」
「ぶち壊してみてぇんだ──常識ってやつを」
「壊さないでぇえええええええええええええええ!!」
「反逆のノーヴェ」
「ずいぶんと小さい反逆っすねぇ!?」
「いいじゃねぇか、こんな駄作どうせ誰も見てねぇよ」
「作者のやる気を削がないでぇええええええええええええええええ!!」
………
……
…
<<新暦0080年2月14日 時空管理局地上本部>>
なんとかまともな形になったチョコレートを箱に入れておいた。
何故かウェンディがすごく疲れていたようだが、気にしない。
チョコレートを大事に抱えてゲンヤを探しに行く。
喜んでくれるだろうか?
おいしいと言ってくれるだろうか?
受け取ってくれるだろうか?
嬉しいような恥ずかしいような不安なようないろんな気持ちで胸がいっぱいになる。
そんな事を考えていたからか、局員と肩がぶつかってしまった。
しまったと思ったときにはも遅かった。
チョコレートを入れた箱は廊下に落ちて、その衝撃で箱の口が開いてしまう。
無残に散らばってしまったチョコレート。
「すま……ないな」
『っチ──ただのテロリストか』
『おい、見ろよ。チョコレートだってよ、いっちょまえに人間の真似事してやんの』
『はっ……もらう奴に同情するぜ』
一時は謝った局員は立ち去りながらツレと念話で陰口を言い合う。
人間の真似事。
思わず自分でも笑ってしまった。
何を浮かれていたのか。
私は人間ではないというのに。
散らばってしまったチョコレートがひどく空虚なものに見えてしまった。
ウェンディと一緒にせっかく作ったのに……。
ごめん、ウェンディ……汚くなっちゃった。
散らばったチョコレートを拾い集める。
ひどく惨めな気分だった。
──ポリっ
「おお、なかなかうめぇじゃねぇか。これノーヴェが作ったのか?」
──は?
顔を向けるとゲンヤが落ちたチョコレートを拾って食べていた。
「何落ちたもの食ってんだよ、汚ねぇ」
「汚くはねぇだろう、多分お前が作って大事そうに抱えていたもんなんだから」
──ポリポリ
「見てたのか」
「あぁ、誰に渡すつもりだったかは知らんが……こうなっちゃもう渡せねぇな」
──ポリポリポリ
「勝手に食ってんじゃねぇ……!!」
「もったいねぇから俺が全部食っておいてやる……だから……そんな悲しい顔して泣くな」
ゲンヤはそういってノーヴェの頭をくしゃくしゃと撫でた。
そんな事が、とても嬉しくて、愛しくて。
こんな世界でも、私にはちゃんと居場所があるんだって思えたんだ。
………
……
…
<<後書き>>
ついむしゃくしゃしてやった。
後悔もしているし、反省もしている。
推古もしていないから文章もおかしいと思う。
でもまぁ番外編なんでご勘弁を。