ドリームと言う名の妄想は非常に甘美で魅惑的な物だが
そこから醒めたときに身を攀じられるような羞恥に襲われる事になる
だが、それがいい!!!
幾つもの人生の汚点こそが人が人である証
その痛さが、その純粋さが青春なのだから・・・
■馬車に揺られて■
メア・リースが住まうガイエスブルクの塔はアイゼンヘルツの町を少し離れた所にあり
帝都オーディンからは大まかに見積もって馬車で30日弱ほどの距離があった
大魔王レンネンカンプの打倒を目指す『求道者』の多くは
定期便として各地区の町を移動する馬車に乗りながら
この中ボスが居座る目的地を目指すことになるのだが
この物語の主人公は超リッチマンであるため
自分達専用の豪華な大型馬車を購入して優雅な長旅を送ることになる
■■
『いらっしゃいませー♪』
もう、突っ込む気も起こら無くなってきたけどお約束は大事だ
なんでお前がここにいるんだよ!!
『えーと・・・、何故かと聞かれたら答えてあげるのが世のため人のためだったかな?
まぁ、前口上はこの際省略しちゃいます!なんでここに店員さんで居るかと言うと
最近、馬車の購入者や利用者が激増したからでーす♪バブル到来って感じですねー』
あかん、本格的に頭痛くなってきたぞ
とりあえず、コイツと関わると嫌な事しか思い出さないから
他のNPC店員に頼んで適当に良さそうなの買ってとっと帰ろう
『あれあれ?ヘインさんどこ行くんですか?ちゃんと私のノルマ達成に
協力してくれないと泣いちゃいますよ!!NPCは基本天涯孤独の身だから
親兄弟親類に泣きいれて買って貰うとか出来ないからノルマ達成が大変なんです』
相変わらず無邪気な顔して妙に生々しくて嫌な話をする子だ
ほんと、こいつ意図的に現実の嫌な部分を俺に見せようとしてないか?
『ご購入あわせて任意馬車保険と車両保険に加入してくれると嬉しいかな
あとオプション販売とかでもインセンティブ貰えちゃうシステムですから
オプションもどしどし付けて下さいね♪頑張って営業しちゃいますから!』
こりゃ今日は滅茶苦茶高い買物することになるな
まぁ、金の方は余るぐらいあるから懐は痛まないからいいけど
■
かわいい営業さんに乗せられたのか、ノルマで苦しんでいる姿に同情したのか
ヘインはどこのお大臣様が乗るの?って感じのフル装備の豪華馬車を購入し
これでもかと言うほど手厚い馬車保険に加入することになる
こうして、当初予定していた豪華な馬車を遥かに凌ぐ
超豪華な馬車を手に入れたヘインは翌日の納車後に直ぐ出発できるように
生活必需品を購入している食詰め達と合流すべく、帝都中央市場に足を向ける
水や食料無しで旅が出来るほど『レンネンカンプ』の世界は甘くないのだから
■楽すぎる旅路■
中央門の前に豪華すぎる馬車が到着し
それに乗ってガイエスブルクの塔を目指す事になるとヘインから告げられた
ほかの三人は若干引いたものの、広々として豪華な上に最高の乗り心地であったため
直ぐに満足し、皆ヘインの買物センスを激賞することになる
人間とはどこにいても現金なものである
■■
ふぁ~、眠くなってきたな。見張り番も楽じゃないねぇ
こんなことなら御者NPCもついでに雇っておけば良かったな
『ヘイン、大分お疲れのようだな。代わろうか?』
「いいよ。ガキに心配されるほど俺もやわじゃねーよ
それに、もう子供は寝る時間だろ?明日起きられなくなるぞ」
『子ども扱いとは酷いな。まぁ、そういう扱いをされても仕方が無いか
卿が横に居ないと眠れなくてね。横に座らせて貰って構わないかな?』
「座ってから許可求めてるんじゃねーよ!!
あと、眠くなったら馬車に戻ってちゃんと寝ろよ」
『分かっている。その位の聞き分けはあるさ。子供じゃないからな』
・・・ったく、勝ち誇った笑顔みせやがってそういう所がお子様なんだよ
■■
「これは、なんというか馬車から出にくいですね・・・」
『見張りの交代時間が既に来ているのなら、出て行けば良いのでは?
見張りによる負担がブジン侯に重く掛かるのは好ましい事とは思えません』
いやはや、相変わらずお嬢の言うことは理屈としては正しい
正しいが、それだけでは上手くいかない場合も多々あるのだ
お嬢の最大の欠点はその機敏を読む力が著しく低い点ではないだろうか?
もっとも改善しようにも、それは諭されて直ぐに身に就くような物ではないからな
気長に成長を待つのがやはり得策か、幸いな事に面倒見の良い人物が近くにいることだし
ここは保護者見習いの侯爵閣下の手腕に期待させて貰うとしますか
■
暫くすると見張り役とお邪魔虫の二人が肩を寄せ合って
仲良く寝息を立て始めたため
フェルナーは二人のために毛布を片手に馬車を静かに降り
幸せそう二人の顔をたっぷりと堪能しながら、見張りにつく
一方、一人残される形になった義眼はというと
寝顔見物に全く興味がないのか、明日に備えてさっさと眠りにつく
焚き火の薪がパチパチと爆ぜる小さな音だけが響かせながら
静かな夜はゆっくりと更けて行く
彼等に明日が来ることを約束することなく・・・
■黒い巨塔■
ガ イ エ ス ブ ル ク の 塔
大魔王の片腕でもあるメア・リースが住まうその漆黒の巨塔は
下から仰ぎ見ると頂上が霞んでおり、挑む者の意志を挫くには
十分すぎる存在感を持って聳え立っている
勿論、挑戦者が皆無だったという訳ではない。ヘイン達がここを訪れる迄の間にも
腕に覚えの有る『求道者』達のパーティが何度も頂上を目指し
漆黒の巨塔に足を踏み入れてはいたのだが
塔から降りて戻って来た者は誰一人いない
恐怖と謎に包まれた巨塔を攻略し、大魔王への道を切り開く道は
生半可な覚悟で進めるほど易しくは無さそうである
■■
街で聞いた噂を考えると正直、登らなくて済むならそれで済ましたい所だけど
大魔王のクソッタレをぶちのめして現実に戻るためには避けて通れない道だ
しゃーねぇ、覚悟決めて登るとしますかね
「ヘイン、怖いのなら外で待っていても構わないぞ?」
うっせ!バッテリー切れでいつ死ぬか分からん状況に比べりゃ
こんなダンジョンなんか目じゃねーよ!!
『確かに、閣下の言われる通りです。他者に任せた消極策を取って
時間切れの死を迎える位なら、積極策を取るのも已む無い事でしょう』
『同感ですね。座して死を待つほど私は達観した人間ではありませんから
勿論、無理をして挑むような馬鹿な真似をする気もさらさらありませんが』
まぁ、いつも通りの戦い方で行ける所まで行くしかないよな
とりあえず、前衛は食詰めでそのサポートにフェルナー
後衛は俺が魔法で支援攻撃、義眼が踊りで戦闘補助に回復担当って形で良いよな?
「それで構わない。付け焼刃の戦法を下手に採るより、馴れた形で戦う方が
リスクが低い。それにしても、大分リーダーが様になってきたじゃないか」
勝手にリーダーにしてんじゃねーよ!!
お前が何にも言わないと一人で敵に突っ込んで虐殺ショー始めるから
仕方なく指示してるだけだろ!ったくこっちの苦労もちょっとは考えろよ!
「ふふっ、心配して貰って悪いな。だが、指示にはちゃんと従っているだろう?
卿の言う事には私は逆らえないからな。信頼してる、お前の事を誰よりも・・・」
『それでは行きましょう!!』
『ちょっ、ちょっとお嬢!!一人じゃ危ないですよ!キャラまで変わって!』
■
唐突に勢いづいた義眼に引きずられるようにして
ヘイン達四人はガイエスブルクの塔に足を踏み入れる
誰も到達していない最上階に辿り着くのにどれだけ時を要するのか
そこまでの道のり困難さ、最上階で待ちうけるものが何か
全ての情報がないまま彼等は、一階層ずつ地道に攻略していく事に
な ら な か っ た
■玄関入ったら、2分で頂上♪■
ヘイン達が塔に入った瞬間に目にしたのは
石造りのなんとも重々しい装飾が施された第二階層に続く階段と
『最上階直行!18万帝国マルクポッキリ!!』と
なんとも怪しげなあ案内文が書かれた高速エレベーターであった
■■
これは・・・、さっきまでの決意とか覚悟とかを見事に吹っ飛ばされたな
『さすがはクソゲーといったところですね』
義眼、お前の冷静さは尊敬に値するよ
こんな光景見せられて、淡々と事実を述べれるってのは
なんか、頼もしいぞ!
『ヘイン、道は二つに一つだ。好きな方を選べばいい
勿論、金を払う場合は卿が払ってくれるのだろう?』
『罠と考える事もできますが、ダンジョンにはトラップが付き物
どちらの場合も同じと考えるべきでしょうか、あと私事ですが
昔の無理が祟ったのか最近、膝の調子が少し悪いようでして・・・』
こいつらは・・・、まぁ、いいか
俺も百階以上もありそうな塔の階段なんか登ろうなんて気になるほど
奇特な人間じゃないからな。文明の利器があるなら
それを活用するのが現代人の勤めだ
「着いたらいきなりボス戦になるかもしれないから
そこのトコだけは注意して行くぞ。じゃ、いいな!」
■頂上決戦!!■
数分で頂上に着いた一行を迎えたこの黒い巨塔の主
大魔道師メア・リースは自分と同じ位整った美しい顔をした側近達を侍らせながら
高台の豪奢な椅子に優雅に座しながら、ヘイン達を上から目線で見下ろしていた
大魔王レンネンカンプの左腕、クソゲーに幕を引くための戦いが始まる
■■
『よくきたわぁねん♪メアは嬉しいわぁ・・うふふ
あなた達の悲鳴を想像するだけで感じちゃうん♪』
恍惚とした表情で頭に蛆が湧いた発言を得意気にする金髪の美少女に
ヘイン達一行は例外なくどん引きであった。
もっとも、発言者はそんな彼等の様子に気が付いていないのか
発言の内容を省みることなく、痛々しい発言を続ける
『そうねぇ・・・、直ぐに私が皆殺しにしてあげても良いんだけどぉ~
それじゃ、詰まんなぁいから~ここにいる私のかわいい側近とあなた達で
一対一の決闘でもしてみようかしらん?もちろん、異論は認めないわぁ♪』
目の前に座る馬鹿女の発言に疲れてきた四人は
メアの強引提案に異論を唱える気力を既に失っていた
もっとも、そんなことに当然気付いていないメアは
自分のすんばらしい提案にみんなが満足していると勘違いし
ものすごく、うれしそうな笑顔でさらにイタイ言葉を紡いでいく
『うふふっ、なんだか楽しくなって来たわぁ・・・
誰も頂上まで来てくれないからん、ホント退屈だったのよねぇ♪』
『御託は良い。さっさと始めよう』
もう、これ以上は無理だと思った食詰めは、陶酔しきったメアの糞発言を遮る
『あらぁ?人が気持ちよく話してるっていうのに無粋な子ねぇ
ちょっと、私の魔法でグチャグチャにしたくなっちゃったわぁ』
食詰めの横槍にメアは米神をヒクつかせる
人の話は聞かないが、自分の話を遮られる事は絶対に許せない
メアはそんな自分勝手な少女であった
我慢の限界に達した食詰めに超絶不機嫌モードのメア
一食触発のピリピリした空気が最上階を支配しかけたのだが
「どうでもいいけど、高い所で何度も足組み直すとパンツ丸見えだぞ?」
途中からメアのパンツ観賞に集中していたヘインは
ちょっと飽きてきたのでメアに注意してあげた
『やぁ~ん♪エッチなのはだめよん!もぉ、そんな悪い子には
オシオキよぉって前にもいったでしょう?まぁ、良いわぁ
エイラ、ちょっと決闘のルールを説明してくれるかしらぁ?』
恥ずかしがってイヤンイヤンし始めたメアに促されたエイラと呼ばれる側近は
『へへっ、久しぶりに外に出れたぜ!』と訳の分からないことを言いながら
決闘のルールをヘイン達に分かり易く説明していく
多分、普段は大人しくて真面目ないい娘なのだろう
■無慈悲な決闘■
エイラが分かり易く説明した決闘のルールは簡単であった
勝負は1対1、相手を殺して戦闘不能にすれば勝利
勝った者は続けて次の相手と戦っても良いし、次の者と交代しても良い
但し、一度戦闘を降りた者は再び決闘には参加できない
最終的に相手の大将を倒した方を勝者とする
参加者は、メア側の方はメアを大将とし、側近を含めて四人
ヘイン達も相手と同じ四人なので特に人数ハンデを設ける必要はなく
後は戦う順番を決めるだけでよかった
■■
『私達の先鋒はそうねぇ、ドリーム!あなたにまかせるわぁ・・・』
メアの声に促されて前に出たのは夢見がちそうな
大剣を担いだ背の高い女の子であった
『一番レベルが低い私が行きましょう。内容を見て勝算が薄いようでしたら
閣下達は退いて下さい。ここで仲良く全滅する愚だけは避けるべきでしょう』
対するヘイン側の先鋒はフェルナーの制止を振り切る形で義眼になった
一番個人戦力として低い自分が敵の力量を測るメーターになるべきと判断したのだ
もっとも、敵わないと判断したら自分を見捨てて逃げろと
平然と言ってのこる義眼に従う心算は残された三人にはなかったのだが
三人の心配は杞憂に終わることとなる
■
先鋒同士の勝負は予想に反して、一瞬で終わりを迎える
決闘の開始の合図と共に大剣を携えて猛然と接近するドリームを
義眼が振るう音速を超えた鞭が一閃、無慈悲にその体を左右対称に分かつ
『あ・・、あら・・?』
今まで塔に挑戦しに来た『求道者』達が一流だったとしたら
ヘイン達は超一流の『求道者』、やっつけで作られた中ボスの側近が
どうこうできるレベルではもとよりないのだ
余りの事態に呆然自失になったメア達はオロオロし始めていたが
無慈悲な死刑宣告によって狼狽はさらに恐怖へと変えられる
『次は私が行きましょうか、お嬢だけに手を汚させる訳にも行きませんから』
次鋒として前に進むフェルナーの足取りは決して軽い物ではなかった
いくら作られた存在であっても年端も行かない少女を手に掛けるのは
気分がいいものではない。その上、相手は恐怖に震えているのだから尚更である
『スイーツ!なんとかするのよぉ!!』
『無理!無理です!!メア様!!そうだ、有給!今日有給取ります!!』
『ダメよ!!使用者には有給の時期変更権があるわぁ!明日になさい』
何とかして逃げようとする部下に、部下に何とかさせようとする上司
悲惨な部署では有り溢れた光景であったが、現実と違うのは
彼女達の仮初の命がそこに掛かっているという点であろう
■背負うべきもの■
『・・・、やはり気分がいいものじゃないですね』
せめてもの情けで小柄な少女の心臓を一撃で抉ったフェルナーの表情は暗かった
戦争イベントを経験し、今以上に凄惨な体験をしてきた四人であったが
恐怖に怯えて命乞いをする敵キャラクターを喜んで殺せるほど荒んではいない
食詰めは年長者の務めとして続けて副将戦に挑もうとする
フェルナーに下がるように告げると
細身の剣を一振りしてから再び鞘に収め、決闘場へと歩みを進める
誰かだけに重荷を背負わせる気は彼女の頭には最初から無かった
一方敵の副将エイラは先に行われた二戦を見て覚悟を決めていた
自分に設定された力で勝つことは難しいと理解していた
そして、相手の死がイベントの進行条件になっている限り
命乞いをしようが、何をしようが逃げることができないことも
一歩一歩、決闘の場に向かって進む中、彼女は考える
自分の存在は何なのだろうかと
中ボスであるメアの懐刀?闇の人格持ち?
強制イベントで逃げる事もできない悲惨な敵キャラクター?
結局、どんなに考えても答えを出す事は出来ず
剣を構えた食詰めの待つ決闘場に到着してしまう
■■
『卿には恨みも何も無いが、ここで倒させて貰う!!』
開始の合図と共に剣を鞘から抜き放ち食詰めはエイラに詰め寄る
エイラにはその光景がまるで別世界の物のように見え
防御どころか反応することすら出来ずに呆然と立ち尽くす・・・!!
エイラを切り裂かんと食詰めの剣が振り降ろされた瞬間
ヘイン達だけでなく、メアを含めた観衆は全員勝負が着いたと確信した
だが、その確信は驚きを持って裏切られる事になる
エイラが抜き打ちで放った一撃が食詰めが放った神速の初撃を弾いたのだ
『へへ、久々の戦いだ・・、アイツがいい具合に諦めてくれたお陰で外に出れたぜ』
エイラの雰囲気が一変する。その姿はさっきまでの何処か諦めた弱弱しい姿ではなく
決闘のルールを獰猛な笑みを浮かべながら説明していた姿と似通っていた
『様子が変わった・・・?だが、私のやることは変わらない!!』
予想外の反応に一瞬だけ虚を突かれて距離を取った食詰めであったが
直ぐに気を取り直し、再び剣を構えエイラとの距離を詰めようと踏み込む
「レッドクロー!!」
エイラの剣が血のように紅く輝いた瞬間、食詰めに魔法の牙が遅いかかる
既に初動を終えていた食詰めは反応が遅れるが無理矢理体を捩って避ける
「まったく、『影羅』ったら勝手に出てきてしょうがない子ね
でも、剣士タイプの『影羅』と魔法タイプの私が力を合わせれば・・」
『へへ、勝ち目が全く無いって訳じゃなさそうだなぁ、ええ?』
目まぐるしく人格を入れ替え再び『影羅』になったエイラは
食詰めに魔法を詠唱する隙を与えさせまいと激しい連撃を繰り出す
■気楽な解説者■
「これはちょっと苦しいな、魔法剣士の弱点は剣も魔法も本職には敵わない点だからな」
『つまり、二つの職種を人格を換えることによって使い分けられる
敵の副将の方が有利に戦いを進められるということでしょうか?』
『お嬢、そうとは限りませんよ。彼女のレベルが敵より一回り上なのは確実
総合力で彼女に分がある以上、優位は揺るがないのではないでしょうか?』
ヘイン達三人が解説をしながら予想外の展開になった決闘を静かに見守るなか
再び剣で反撃を試みる食詰めから素早く距離を取ったエイラは
魔法攻撃で食詰めにダメージを確実に加えて行く
エイラはレベルの差を二つの『人格』を使い分けながら
埋める事に今のところは成功していた
『私達はただ塔の最上階で何もせずダラダラと過ごしていただけ
貴方達と違って殺したり、殺されるようなこともしていないわ!』
『くっくく、この小娘の言う通りだぜ!!二人の仇は俺が取ってやる!!』
牽制の魔法を避けもせず突進してくる食詰めの剣撃を『影羅』が受けて弾く
そして、再び距離を取りエイラに戻って魔法攻撃を繰り出そうとする
『閣下はどちらが勝つと思います?』 「食詰め」
即答するヘインに苦笑いしながら、フェルナーは視線を再び戦いの場に戻す
そこには距離を取られながら、魔法攻撃で確実に体力を削られる食詰めの姿があり
どう贔屓目に見積もっても彼女が有利には見えない光景が繰り広げられていた
『苦戦を予想された割には彼女の勝利を疑っていないようですね
なにか理由でも?それとも彼女を信じているという訳ですか?』
「ちょっと苦しいだけだって言ったろ?『アイツ』が負けると思うか?」
からかい混じりの質問をヘインに少し面倒そうに答を返された
フェルナーは頷き納得の意を示す、三人とも何だかんだ言いながら
食詰めの勝利を誰一人疑っていなかった
数多くの戦闘を共に経験し、何度も襲い掛かる死神の鎌をいとも容易く退けた食詰めが
初めての戦闘でたまたま覚醒した『ヒヨっこ』に不覚を取る訳が無いと知っていた
■場数の違い■
ヒットアウェイを延々と繰り返された食詰めは酷い有様であった
防具は焼け焦げ、裂け落ちた部分が所々あり、体の傷も少なくない
このまま行けばジリ貧で彼女の敗北は確実であり
それを打開するためには必殺の一撃に頼るしかない
そのことは彼女だけでなく、相手のエイラと『影羅』も察していた
勝負は一瞬、その一瞬を制した方が最終的な勝者に選ばれると・・・
■■
『終わりだ・・・』
何度目か分からない魔法攻撃を受けた食詰めは剣を中段よりやや上に構えると
防御を完全に無視し、一必殺の突きをエイラに仕掛けんと一挙に間合いを詰める!!
「絶対、死にたくないっ!!」『よく言ったぜ小娘!!』
食詰めの必殺の念が篭った殺気を撥ね退けたエイラと『影羅』は
自分を突き殺さんとする食詰めの剣に渾身の一撃を加え
その剣を遥か後方に弾き飛ばす。技のキレを生への執念が凌駕した
「逃がさない!!」『このままぶった斬ってやるぜぇっ!!』
無手になった食詰めを逃がす気は二人には無かった
彼女が後ろに下がれば追いすがり突き刺す
横に逃れようとするなら、横薙ぎで切払う!!
対峙して誰よりもその強さを身に沁みて知っている彼女等は
武器を失った食詰めを容赦することも油断する事もない
ただ、不運だったのは食詰めが、その上を更に行っていたことだった・・
『すまないが、逃げる気はない』
「やぁっ!」『ゴホァァッ!!』
一言呟いた食詰めは無手のまま更にもう一歩踏み込み
虚を突かれたエイラの喉元に喰らいつき、そのまま肉ごと喰い千切った
その結果、即席の血のシャワーが完成されることになる
また、エイラは喉元から血飛沫を盛大に撒き散らしながら、ゆっくりと後ろに倒れた
倒れた後、彼女は傷口を押さえながら必死に回復呪文を唱えようとするが
喉にあいた穴から声が漏るのか、口元まで逆流する血によって邪魔されたのか
微かな呻き声を生み出すだけで詠唱を行うことは出来ず
しばらくすると動かなくなり、やがて瞳の光を失い
デスペナを受けた人達と同じ物言わぬ木偶人形となる
勝者は口から滴る血と返り血によって、誰よりも紅く装飾された少女だった
■戦いの終わり■
僅か30分足らずではあったが、非常に濃い死闘を繰り広げた食詰めは
続けて大将戦を行うことを避け、決闘場を後にする
こうして、残ったのはヘインとメアの大将二人だけとなり
長いようで短い決闘は最終局面を迎える
もっとも、副将戦の凄惨な結末をみてヘインはちょっと胃の内容物をブチ撒け
メアの方は腰を抜かして椅子からずり落ち、足元に可愛らしい湖を作って
奥歯を恐怖でガタガタ震わせている始末で
両大将共にベストコンディションとは程遠い状態にあった
■■
「お前も勝つなら勝でもうちょっと、スマートに勝てないのかよ?
正直、普通の人が今のお前の姿見たら失神しても可笑しくないぞ」
『すまん、予想以上に手強い相手だったからな』
ふーん、こいつがここまで言うなんて大将より実は強い副将って奴だったのか
まさか、食詰めの戦った奴よりあそこで腰抜かしてかわいそうな状態になってる子が
段違いに強いなんてことは無いよな
『心配しなくていい。技量自体はレベル相応だった
生への執念の凄まじさが何倍にも強くしていただけだ』
「それをあっさり断ち切るお前は・・・」『化け物か?』
そんな顔してる奴に『その通り』なんて言えるかよ
まったく急にしおらしい顔しやがって、またなんか狙ってるのか?
「違げーよ・・・、クリーニング代を誰が払うか分からない困った奴だよ」
『くっくく、そうだったな。それはすまない事をした
卿には面倒を掛けるな。もちろん、借りはちゃんと返すさ』
まったく期待できない返済の約束だな
厄介事って名の利子が膨れ上がる速度の方が絶対早そうだ
ほんと面倒な奴に関わちまったよ
こいつと会ってから、基本ロクなことが起こってないような気がする
ほんと、面倒なことになったぜ・・・
■
心底やれやれといった顔で決闘場に足を進めるヘインと違って
恐怖に慄くメアは見えない力で引き摺られるようにして
絶望的な死が待つ場所へと連れて行かれようとしていた
強制イベントの効果は『レンネンカンプ』の世界でも絶対のようである
全くやる気の無い顔したヘインと最初の余裕が嘘のように思えるメアとの
後味の悪い最後の決闘が命乞いの声と共に始まりを迎える・・・
■■
『私、死にたくない死にたくない!!いままで誰も殺してません
これからも悪いことしないって誓います。だから殺さないで!!』
ほんと欝になってくるなぁ。完璧に俺というか俺ら極悪人だな
いくら仕方がないて言っても、戦意喪失して命乞いする女の子に手をかけるなんて
ほんと、せめて物の救いがゲームのキャラクターって所か?
それでも最高に気分が悪いけどな。ほんとこのゲームはクソだよ
『そうだ!いいことも思いついたわぁ♪メア、貴方の恋人になってあげる
エッチな事でもなんでもしてあげるわ。だから決闘なんかやめましょう!』
「悪いね、非常に魅力的な提案なんだけど、こっちにも事情があってね」
『お願い!!恋人じゃなくてもいいです。奴隷でも何でもいいんです!!
どうか奴隷にしてください!なんでも言う事聞きます。どんなことも・・』
悪いな、俺等ゲームをしてるわけじゃないんだ・・・
・・・ヘイン・フォン・ブジン侯爵・・・電子の小物はレベル689・・・・・
~END~