醜悪な別離と愚劣な出会いが巷に溢れ始めるなか
最悪の絶望感と最低な欲望という名のスパイスを加えた
最高にクソッタレな戦争イベントが遂に始まろうとしていた・・・
■終わりの夜■
後に『アムリッツアの地獄』と称される戦争イベントが開催される前夜
多くの別れが生まれる事を知らず、人々はいつもと変わらぬ日々として過ごしていた
勿論、その大多数の中にヘイン達四人も含まれている
■■
やけに外が暗いと思ったら今日は新月か・・・
気が付きゃこの世界で2年近く過ごしてるんだよなぁ
その間に何回くらい夜空を見上げたんだろう
何だかんだで俺も余裕があるわけじゃないからな
ガキのアイツは尚更って事か・・?
「なぁ、玄関でウロウロしてないで入って来いよ。もう暗いぞ?」
まったく、年相応な反応を急に見せやがって
厳しくする心算が、ついつい甘やかしちまうじゃないか
『ただいま。その、今日のことは反省している・・・』
「もういいって、まぁ、義眼にはちゃんと謝れよ?」
まったく、素直にコクって頷いちゃったりして
これが毎日続いてくれれば、保護者冥利に尽きるんだけど
そうも行かないのが、現実の厳しさってやつだな
まぁ、今日は一段と素直なお嬢さんに
普段よりは、ちょいと割り増しで優しくしてやりましょう
ちゃんとゴメンなさいができたら
それ以上怒らないってのが鉄則だしな
■
耳や尻尾が生えていたらシュンと萎れていそうな食詰めが
素直に昼間の振る舞いを謝したのに大いに満足した保護者気取りの愚者は
いつも以上に少女に優しく接し、それに乗じて少々行き過ぎた
スキンシップを果敢に試みる少女の行動を概ね黙認してしまう失態を曝す
保護者としても、男としても中途半端な立ち位置でありつづけるヘインと
共に過ごす日々を積み重ねるたびに想いを募らしていく食詰め
その重ならぬ想いの狭間を最も効率の良い方法で衝きつつ、俄に動きを早めだした義眼
その三人の関係に何を言うでもなく、ただ静観しつつ
かつて、自分が過ぎ去った日々を其処に見出しながら
幾許かの寂寥感と共に暖かく見守る傍観者
彼等の心地よくもこそばゆい関係は、時の流れを止める事が出来ない以上
いつかは失われてしまうモノであるには違いなかったが
もう、少しだけ続くことが許されてもいいはずであった
ただ、不幸なことに彼等のいる場所は、最悪の作られた世界
若い幸せな母親に子殺しの烙印を平然と焼付け
桁外れの才能と情熱を永遠の闇へと無慈悲に落とした世界
そう、『レンネンカンプ』は彼等四人だけに
優しくしてくれるような甘い世界ではないのだから・・・
■気休めだとしても■
なぜ、『アムリッツアの地獄』と呼ばれる悲劇の幕があがったのか?
その当時、中ボスの二人は倒され、後は大魔王レンネンカンプを倒すだけと
プレイヤー達の大多数がそう認識していたことに疑いの余地は無い筈であった
だが、サーバー負荷低減によるログアウトが可能になるという噂も
少なく無いプレイヤー達の間で根強く信じられていた
レベルが50万以上という大魔王に挑むより、効率良く同胞の数を削り
自分だけでも現実世界に帰りたいと望む人々は少なく無かったのだ
無論、人々にそう思い込ませるため虚実を巧みに操る者の暗躍はあったが
そういった土壌の下、勢力の伸張著しいヨブ・トリューニヒトに対抗する為
現評議会議長と一部の軍人が結託して生まれた、帝国領侵攻作戦が立案される
この立案された作戦はイゼルローンの簡単すぎる勝利で
必要以上に世の中を甘く見るようになった愚かな同盟プレイヤーと
汚れた欲望が満たされる『戦争イベント』に取り付かれた人々に
自分だけが帰還出来れば言いと考える利己的な人々達の支持を加えて
最高評議会で楽々と可決される事になる
過酷な事実と最悪な状況は人々の心を既に充分過ぎるほど蝕んでいたようだ
■■
『幸か不幸か、巻き込まれたのは閣下と私だけのようですね』
義眼に声を掛けられたヘインは余りの事実に完全に沈黙していた
いままでのルールなら、トップを走る『求道者』でもある自分が
戦争イベントでデスペナを受ける事はほぼ有り得ないことだった
だが、戦争イベント中はレベル差が完全に無視される現行ルールでは
いつ、誰が物言わぬ木偶になってもおかしくないのだ
その上、女子供は敵の手に落ちればどんな酷い目に遭うか分からない
最悪の状況に立たされており、ヘイン以外にも思考停止状態になる人々は多く居た
『閣下、危機的な状況なのは私も良く分かっております。ですが、
怯えて立ち竦み続ける訳には行きません。私もここで終わる気はありません』
いつも通りに淡々と話す義眼であったが、その作られた瞳には静かな決意が篭っており
その瞳に真っ直ぐに見詰められたヘインは、なけなしの勇気を総動員して
一応の覚悟を決める。どんなに怯えた所で、頼りになる相棒も頼れる年長者も
ここにはいないのだから・・・
デスペナを受けたくなければ戦って生き残るしかない!!
そんな熱い決意を漢らしく、自信満々に義眼に返す・・・
「そうだな。今までだって俺達は何とか生き残ってきたんだ
今回だって何とかなるよな!うん、たぶん・・いや、おそらく・・」
筈であったが、やはり人間である。怖い物は怖いのだ
レベルが上がってデスペナの恐怖から暫く遠ざかっていたことも
その恐怖を強める大きな助けとなっていた
『御安心ください。閣下のことは必ず私が守ります』
「いや、嬉しいけど・・・、それはちょっと立場が逆と言うか、情け無いというか」
『では、私を守って頂きましょう。それで問題は解決します』
「そうだな。お互いの背中を預ける仲間が一人いるだけでも
俺達は恵まれてるんだよな。よし!無理せず絶対生き残るぞ!』
尚、不安と恐怖に悩まされるヘインに義眼はベタではあるが
男としては嬉しいような悲しいような複雑な気分にさせる宣言を用いて
ヘインに半ば無理矢理な形で覚悟を決めさせることに成功する
もっとも多少の覚悟をした所でデスペナから都合よく逃げられる訳では無いが
生死の境界線上でどちらに転ぶか分からぬときに
その覚悟が生の方に引き込む助けになることが多々あり
義眼はそのことを、これまでの戦いで誰よりも知っている一人でもあった
■欲望に呑まれシ者■
同盟軍600万、帝国500万、両軍合わせて1100万を超える人々が
参加する戦争イベントがどのような結果を残すのか?
両軍の参加プレイヤー達は、ただ自分の生還だけを信じてそれぞれの武器を携える
■■
帝国軍総司令官に選ばれたラインハルト・フォン・ローエングラム元帥は
全軍を五つの部隊に編成し直し、赤髪を副将として自身が本隊を率い
他の四部隊の指揮官には、帝国の双璧と渾名されるミッターマイヤー中将
ロイエンタール中将の二名に、有名ギルド『黒色槍騎兵』のギルマスでもある
ビッテンフェルト中将にヘインを加えた四名を据える
各部隊には魔法使い、弓使い、剣士の3タイプ中、2タイプの兵士を均等に割振り
編成タイプの違う部隊を常に二部隊以上で行動させることによって
最低でもじゃんけんで言うアイコ以上の結果が見込める形を整える
これに対して、同盟軍首脳ロボス元帥を筆頭として迷走を極める
望まぬ防衛戦を余儀なくされた帝国陣営と違い
自分の邪な欲望を満足させる為に前線に無駄に出たがる者
敵味方関係なく自分以外の犠牲者が増えれば帰れると考え極力前線に出たがらない者と
参加者の意識の乖離は大きく、それを調整して部隊を分けるのが精一杯であった
タイプを考慮する余裕も能力も、そして驚くべき事にその意志すら彼らには無かったのだ
両軍とも一部隊100万人の6部隊編成と5部隊編成の似通った形を取っていたが
内実には大きな差があり、それが一方的な勝敗を決める大きな要因となりそうであった
■■
『閣下、敵第二部隊の損耗率は既に三割を超えました。以後、掃討戦に移ります』
欲望のままに開戦早々に突出して侵攻してきた同盟軍6部隊の内
4部隊はその汚れた欲望に見合った末路を辿っていた
彼らは常に自軍の2倍以上の攻勢を受け続け
自分達にもっとも被害を与えることが出来る部隊が中心となって
彼らを次々と物言わぬ木偶に変えていく
「これは敵が良くボケの馬鹿だった事を喜ぶべきか、金髪赤髪コンビの
優秀さを喜ぶべきか判断はつかないけど、なんとか生きて帰れそうだな」
『はい、ここまでは全て作戦通りです。もっとも敵もこれ以上は自身の欲望に
従って行動するとは考えられませんので、どこかに集結ポイントを定めて
再集結後に部隊を再編し、起死回生の攻勢に出てくるものと思われますが』
「大勢はもう決まったようだし、後は無理せず行けばいいだろ」
暫くして、義眼の推測は全面的に正しかったことが証明される
敗走に敗走を重ねた同盟軍プレイヤー達は、戦場の血の臭いに酔った
一部の帝国軍プレイヤー達に自分達が望んだ筈の欲望を逆に満たせながら
身勝手な復讐心を満たす為、総司令部が指定した再集結ポイントに集結し
今度こそ部隊を兵士のタイプ毎に再編成し直し、戦える形を遅まきながら整える
600万の内250万人をデスペナに追いやって
ようやく総司令官ロボスを始めとする総司令部は『幼女奴隷』を手にいれる欲望を捨て
英雄として名高い『魔術師ヤン』に全ての指揮権を与えることによって
なんとか生き残る算段を立てんと足掻き始めていた
もっとも、それは余りにも遅すぎる軌道修正であった
すでに同盟側の多くの人々がデスペナだけでなく
彼の望んだのものと同じ汚れた欲望の犠牲者となってしまったのだから
■戻れぬ道■
混在する兵士タイプを小部隊に分け、常に最前線で最適な攻勢守勢が取れるように
指揮を執り続けていた第6部隊指揮官ヤンは疲労困憊の体で
顔に少しくたびれたベレー帽かぶせ、芝生にだらしなく寝転がっていた
もっとも、周り者達は誰のお陰で地獄のような撤退線を無事に乗越えて
この新たな墓場になりそうなアムリッツアに辿り付けたかよく知っていたので
誰も文句も不満を言わなかった。まぁ、もし言うような馬鹿が居たら
横に居るアッテンボローに自慢のワンパンで芝生に沈められただろうが
■■
『先輩、もうそろそろ起きた方が良さそうですよ?敵さん揃い踏みです』
まったく、怠けるために入った仮想世界で現実以上に働かさせられるなんて
運命は意地悪だとは先人もよく言ったものだ
ヤンは心底ついて無さそうな顔でそう思いつつ
アッテンボローに再編した部隊のチェックをさせていく
とにかくここで生きて帰れなければ、自分の帰りを可愛らしい首を長くして待っている
被保護者を悲しませるどころか、路頭に迷わせる事になると思うと
生き残るために打てる手を打たずには居られない
ただ、その結果として、その手に強かに打ち据えられた不幸な相手やその帰りを待つ人が
自分が危惧する不幸を味わう事になると思うとアッテンボローから返される
満足のいく回答に素直に喜ぶ事が出来ないでいた
ヤンは詮無き事と理解しつつも、考えを巡らさずにはいられなかった
例えこの世界から人々が抜けだせたとして、以前と同じように過ごせるのだろうかと・・・
■アムリッツアの死闘■
アムリッツア平原に集まった同盟軍350万に止めを刺さんと
追い縋ってきた帝国軍は450万近くの戦力を未だに有していた
前哨戦で致命的なミスとロスを犯した同盟軍は
既に兵数の優越という最大のアドバンテージを失っていた
勝利を確信する帝国軍と生存のみ目指す同盟軍
死体の山を築くため、最後の高いが始まる
■■
先手を打ったのは帝国軍、左翼のミッターマイヤーに連動するように
右翼のロイエンタールも前進を始め、寡兵ながら頑強に抵抗続ける
同盟軍を反包囲殲滅戦と動く
『さすがはロイエンタールか、ミッターマイヤーに勝るとも劣らない指揮振りだ』
『はい!ラインハルト様』
自らが任じた指揮官達の働きぶりに満足する金髪に赤髪は
今日、8回目の『はい!ラインハルト様』で返す
まぁ、仲良きことは良き事かな?
『まだ、ローエングラム元帥から突撃命令は無いのか!!
我が黒色槍騎兵隊には後退と待機の二文字は無い!前進あるのみ!!』
一方、ヘインと共に金髪本隊の両脇を固める黒猪の渾名で呼ばれるビッテンフェルトは
我慢の限界がもう直ぐそこまで来ていた。もともと沸点がそれほど高くない彼に
双璧の活躍を横目に地味な戦線維持をさせ続ける事の方が無理があったのかもしれない
『閣下、現状を見るに攻勢を掛けようと思えば掛れると思いますが、如何なさいます?』
「う~ん、待機!初心貫徹で無理しないで行こう。二人で帰る事を優先!」
『はい。一緒に帰りましょう』
義眼の問い掛けにらしい返答を返したヘインは
らしくない義眼の微笑みと言葉に耳を赤く染め
周りのプレイヤーから死んでしまえと思われていた
兵力の優位を十二分に活用した帝国の攻勢は今のところ問題なく
このまま続けば、そう遠くない未来に同盟軍は完全に瓦解しそうであった
そう、まだそれは完全に決まった未来絵図では無かった
■■
「そろそろ良さそうだね。殆ど素人の割には引き方が上手くて助かったよ
こちらの左右の部隊が後退しているのは相手の両翼に対応する為だと
向こうも信じ込んでくれていそうだ。アッテンボロー、切込は任せるよ」
『任されましょう!こっからは中央突破の乱戦ですからね
先輩もボサっとしててデスペナなんて事にならないで下さいよ』
勢いよく前線に駆けて行く後輩に『努力するよ』と苦笑いで答えたヤンは
左右の両翼が伸びきろうとしている帝国軍の中央部に向けて
一気に本隊を前進させて激しくぶつけ突破せんとする
敵の両翼を引き付けた後方の左右の部隊が
一気に中央側に退いてから前進し中央突破に続くため
モタモタしていたら、敵の両翼に後方から襲い掛かられ
正面と後方から挟撃される醜態を晒す羽目になる
この作戦は時間との勝負であった。
敵の両翼が伸びきった部隊を纏めて後方を扼すのが先になるか
自軍が中央のラインハルトを討ち取るか
中央を突破した後、反転攻勢によって敵の後方を逆に扼す形になるか
もっとも、中央突破が為った際に撤退コマンドの選択が可能であれば
無理に反転攻勢を仕掛けず、そのままヤンは退却する心算であった
無益に犠牲を増やす気はヤンにはなかった
彼が望むのは唯一つ、一刻も早いこのイベントの終了であった
■■
「ちぃ!!ファイボン!!ファイボン!!」
『閣下!!後ろです!!』
アッテンボローを陣頭に置いた同盟軍の決死の中央突破を一手に引き受ける
貧乏くじを引いたのはヘインの部隊であった
同盟軍の大攻勢が始まる直前にビッテンフェルトが率いる部隊が前進開始したため
その攻勢を逸らしつつ中央を突破する最適のポイントが
帝国軍中央で、彼の逆側に位置するヘインの部隊になってしまったのだ
「くそ!!薙ぎ払い!!突き通し!!来るなぁああああ!!!きちゃらめぇぇっ!」
『こっ、これ以上は危険です。一旦引いて陣を立て直す必要があるかと』
「分かってるけど、こんな次から次へと狂ったように
突っ込んでこられたら無理だぞって、よこぉっおお!!」
『あっ、ありがとう御座います。閣下・・・』
もはや完全に乱戦状態に陥ったなか、ヘインは魔法剣士の特性
魔法使いと剣士の両タイプ持ちというチート力と
『求道者』として第一線で戦ってきた経験を生かしながら
何とか殺到する敵を薙ぎ払い、焼き殺し生き延びていた
また、横の義眼も剣士タイプではある物の、武器が中距離攻撃の可能な鞭であったため
ヘインと同じく経験を生かしながら、なんとか苦手な魔法使いタイプを相手にしても
倒される事無く長引く乱戦を耐え続けていた
武器の種類でタイプの弱点を解決できるという新たに発覚した事実に
『三竦み制導入の意味無いじゃん』と二人は思ったが
今回は自分達に有利に働いている為、深く考えないようにしていた
今の状況下で、相手を倒すか仲間を守ると言ったこと以外に
余計な事を考えたり、したりする余裕など有りはしないのだから
同盟の中央突破が始まって二時間、二入の限界も近づく中
ようやく、帝国軍の両翼の追撃が効果を見せ始め
同盟軍の攻勢は逃亡へと様相が変わり、戦いはようやく終わりを迎えようとしていた
■二つの約束■
ギリギリまで残ったヤンの部隊が中央を方法の体で突破すると
同盟軍から組織立った攻勢は行われず、突破に失敗し
取り残された一部の同盟プレイヤー奴隷になるのを嫌がって抵抗する位であった
また、突破した部隊は撤退コマンドが選択可能になったらしく
順次撤退を開始し、戦場マップから次々と姿を消しつつあった
帝国プレイヤー達も取り残された同盟兵達を殺戮するか、捕虜として奴隷市送りにすれば
帰還コマンドが発生して、強制召喚された場所に戻れそうであった
殺戮と暴行に略奪がない混ぜになった最悪の戦闘イベントは
ようやく、終わりを迎えようとしていた
■■
なんとか、終わりって感じだな・・・
今まで以上に、気分の悪い最悪のイベントだったけど
お前と一緒にみんなのところに戻れるだけマシかな?
「そうですね。また、元の場所に戻れるだけ僥倖と思うべきですね」
あぁ、帰れなかった奴等もいっぱい居るわけだしな
それに、俺が帰れなくした奴等も大勢居るんだよな
「仕方の無いことです。私達が殺さなければ、彼らに私達が殺されていました
陳腐な感傷に浸った所で死者は戻りません。今はただ帰れる事を喜んでもいいのでは?」
相変わらず見も蓋も無いこというね!
ったく、分かったよ!!グジグジしても仕方ないからな
悪いな。気使ってくれたんだろう?
「ただ 私は思った事を述べただけです。ですが、
それで閣下の気が少しばかりでも晴れたなら幸いです」
うん、晴れた!だから、ありがとな!
「いえ、私は何も・・・、閣下!!」
■
ヘインからの謝意に少し恥ずかしそうな顔をした義眼は再び視線を上げた際に
彼の後ろから飛来する鋭い凶器に気が付いてしまった・・・
その後には特に理屈は必要なかった
お約束の行動しか、彼女は取る事しかできなかったのだから
気付いた瞬間に思い出したのは『ヘインを守る』と宣言した光景
ヘインを突き飛ばして鈍い痛みを胸に感じたときに思い出したのは
照れくさそうに『二人で帰ろう』といった大切な人の顔・・・
約束を果たしたという誇らしい気持ちと
約束を守れなかった申し訳無さで一杯になった彼女の胸から
夥しい鮮血が流れ落ち、再び立ち上がる力を少女から永久に奪う
■■
お、おい・・・、嘘だろ・・・?
なんで、お前にそんなものが刺さって・・・
「ご無事で・・・、何より・・です。閣下」
いやいや!!お前が無事じゃないだろう!馬鹿やろう
なに冷静に傷口見てるんだよ!!早く止血しろよ!!
俺が押さえてやるから!!おい!!だれか、怪我人だ!!回復呪文!!早く使ってくれ
俺の魔力切れちまったんだよ!!早く頼むよ!!だれか!!1
「もう、結構・・・です」って諦めるな!!!絶対嫌だぞ!
フェルナーだって、きっと食詰めだって待ってるぞ!!
あいつ素直じゃないだけだからさ!!なぁ、帰るって約束しただろぉお!!
「ごめん・・なさ・・い」
■
倒れてから一分も立たずに、義眼の少女は多くの人々と同じように物言わぬ木偶となった
あまりにも、あっけなさ過ぎる最後だった
ほんの僅かな遺言を残す時間も彼女には与えられなかった
彼女に許されたのは一つの約束が果たされた事を確認する事と
果たす事が出来なかった約束について謝罪する事だけだった
映画やドラマのように感涙ものの言葉を交す時間など全くなかった
一方、残されたヘインはただ無意味な止血を最大限の努力を持って続けていた
少しでも彼女の胸から流れ落ちる血を止めようと無駄な努力を永延と
誰も止める者が居ないまま、戦いが終わり、元の場所へと転送が始まるまで
同盟軍戦死者、450万人、帝国軍死者120万人
ヘイン達が所属する帝国軍側の大勝利であった
・・・ヘイン・フォン・ブジン侯爵・・・電子の小物はレベル1184・・・・・
~END~