多くの可能性を止めた凄惨な戦争は、一方的な勝利によって終わりを迎える
総司令官ラインハルトは侯爵へと階位を進め、ヘインも元帥昇進と併せて
公爵へと叙せられ、『レンネンカンプ』内での栄達をほぼ極める
だが、彼はそこに何ら喜びを見出す事が出来なかったが・・・
■カルテット■
戦争イベントが終わった翌日の帝都オーディンは、いつもより冷たい雨が降っていた
普段は人々の往来が激しく賑やかな表通りも人影がまばらで
どこか寂しく、物悲しい空気に満たされていた
この虚構の世界の辿りつく先を暗示するかのような暗雲の下
男は安物のビニール傘を掲げ、人通りの少ない道を独り往く・・・
最後を看取った者の責任を果たすため・・・
■■
『思ったより早かったですね。閣下、ご無事で何よりです』
いつもの、簡易相談所で力なく椅子に座る少女の横には
自分以上に彼女との付き合いが長い頼れる仲間が
彼女に傘を掲げながら立っていた
「悪いな。ちょっと・・・、ほんの少しだけ足が重くてな」
『多分、雨のせいでしょう』
「雨か、そうだな・・、食詰めは・・、もう少し後で来るってよ」
短い遣り取りを終えると二人ともそれ以上の言葉を発せようとしなかった
罪悪感に酔った自己満足に過ぎない謝罪も、失笑モノの薄っぺらな慰めなど
彼らは必要としなかった。戦いきった戦友の前で無様な格好を見せる訳にはいかない
二人は静かに眠り続ける少女の顔をただ眺めながら
もう一人の戦友、少しだけ顔をあげるのに時を要する少女の訪れを待ち続けた
■殺して下さい■
深い哀しみが、巷にゴロゴロと転がっている一方で
一部の人々は快楽と嗜虐心を満足させつつあった
戦争イベントで奴隷をお持ち帰りした少数の人々は
自身の欲望の捌け口として、不幸な奴隷と化したプレイヤーを
己の思うが儘に汚し、蹂躙しながら、何度も何度も嬲り続けた
何度も何度も、泣き叫び許しを請い、殺してくれと叫ぶ奴隷を何度も何度も・・
自分の欲望が、自身の置かれた理不尽な境遇に対する不満が晴れるまで
彼らが壊れようが何度も何度も何度でも、それを繰り返す・・・
ログアウト出来ない閉ざされた仮想世界
電プチやバッテリー不良でいつ終わりを迎えるか分からぬ恐怖
理不尽なイベントでいつデスペナと言う名の生き地獄を味わってもおかしくない状況
所詮は狂った仮想世界での出来事と言う希薄な現実感
幾つもの要因がお互いを助けつつ
人をヒトに変え、正直に、素直に行動させていく
『レンネンカンプ』が残した膨大なログの一部は
第一種特定管理情報259、通称『黒のログ』と呼ばれるようになり
特務機関ジオバンニの手によって厳重に管理される事になる
この記録はVネット世界第一級の資料とされながら一般公開されること無く
殆ど日の目を見ることなく、資料室の一角を占有し続けていく
人類が希望を寄せた夢の世界が、現実と同じ腐臭を放っていることなど
知った所で誰も幸福にはならない。知らせぬ方が、知らぬ方が良い事もあるのだ
■前に・・、前へ!!■
雨が止み始めた頃、ようやく食詰めは三人の仲間の下に姿を現す
その足取りは軽いとは言えないものであった
無理からぬ事であろう。端から見れば些細なモノであったが
最後に会った場で、心無い発言を義眼にぶつけたまま
その謝罪を果たせずに、物言わぬ木偶となった彼女と
悲しい再会をすることに為ってしまったのだから
やるせない後悔と罪悪感に食詰めは頭を押さえつけられ
前を向く事が出来ず、視線を眠り姫と化した義眼に向ける事が出来なかった・・・
■■
「おせーよ!食詰め、ちょっとはマシな顔になったか?」
『待ちくたびれましたよ。少々、傘を持つ手が痺れてしまいました』
沈鬱な顔をした少女を出迎えた二人の男がかけた声は
いつもと変わらず、不自然な明るさも気負いも全くないものだった
まるで、義眼を襲った不幸な出来事を大したことでないと感じているかのように
『卿等は・・、なんで、なんで!?どうして、そんな平気な顔をしていられる!!
仲間が、そうだ。大切な仲間が、こんな不条理な仕打ち受けているというのに!』
その二人の余りとも言える態度に彼女は激発せずには居られなかった
少女らしいややすれば潔癖すぎる正義感と義眼に対する負い目もそれに拍車を掛けた
「ウジウジしてる余裕なんてないからな。パパッとこのクソゲーをクリアして
『俺達四人』は現実世界に帰らないと行けないからな。モタモタしてる暇ねーよ」
『閣下の仰る通りです。デスペナは肉体的な死ではありませんから
望みが無い訳じゃありません。それにお嬢は貴女が認める程の強敵ですよ
そう簡単に参ってしまうような弱い子なんかじゃありません。もっとも、
お嬢が退屈してしまわないように、色々と話し掛けたりする心算ではありますが』
「まぁ、そういうことだ。今はダメかもしれないじゃなくて
上手くいくって思って、いつも通り前に進むしかないだろ
期待してるぜ相棒!お前が俺等の中で一番の前進暴走隊長だろ?」
若干涙目で猛抗議する少女に対して二人はいつも通りの飄々とした
態度と言葉でさらりと応じてみせるだけで
返した答えの内容もまったく根拠もなにもあったものではなかったが
食詰めにとって、ステキにやさしい答えだった
『まったく、卿等には最近恥ずかしい姿ばかり見せている気がする』
「あんま気にしなくていいぜ。俺だって最初は盛大に落ちてたからな
だけど、しんみりしてる姿なんか見せたってコイツは喜ばないだろ?」
『そうだな、もっとも私はライバルを喜ばすほどお人好しじゃないからな
お前を目の前でしっかり落として、悔しくて寝てられないようしてやるさ』
別の意味で零れ落ちそうになる涙を隠しながら
持ち前の不敵さを取り戻した少女は、義眼の前でワザとらしくヘインに抱きついて見せ
それに慌てるヘインと、暖かい笑みを零しながら見守るだけの薄情なフェルナーが居る
義眼の目の前には、いつもと変わらない光景がしっかりと写っていた・・・
■お買物♪■
地獄の戦争イベント後の論功行賞が終わって間もない頃
帝都オディーンの中央市場では『非情に』魅力的な商品が新発売される!
その商品名は『奴隷』、戦場の最中に捕虜を拘束して
奴隷としてお持ち帰りできる無駄に余裕のあるプレイヤーはそう多くなかった為
その他の捕虜達は一旦、連行された後、捕虜交換によって大幅に数を減らした後
奴隷市で売りに出される事になる
もっとも、戦死者と比べて捕虜になり掛けた者の大半が
自決してデスペナを選択しており、連行された捕虜の総数はお持ち帰り数以上に少なく
たまたま、帝国と同盟の連行された捕虜数は、帝国側がほんの僅か多いだけだったので
捕虜交換で大半の人々が無事帰還する事となり
帝国の奴隷市で販売されることになる奴隷は1000人足らずであった
■■
奴隷市を仕切るNPCが、無慈悲な開催宣言をする中
奴隷を対象とした競りは最悪な下種達の歓声をファンファーレにして始まる
汚れた欲望は鎮まることなく、大いに盛り上がりを見せていた
『さぁさぁ、こんどの商品はお値打ちだよ!!年は67歳でレベルは4
孫と一緒にログインしたまったく、つかえない爺さんだから安くするよ
こんな爺さんでも、殴ったりすれば多少のストレス解消にはなりやさぁ!』
『15!』『25』『30!』「500!」『はい!4649番が、またまた落札だぁ!』
奴隷市は当初の予想通り、仮想世界であっても金の力が絶大である事を証明していく
競りが開始してまだ間もないが、ここまで奴隷となった哀れな40名が
衣服を剥ぎ取られたまま舞台に上がって競り賭けられていたが、
彼らを競り落としたのは全て同一人物であった
『はいはい!ブーイングは無しだ!貧乏人ども!世の中、金が全てでさぁ~
さぁ、気を取り直して次に行こうか!!今度は中々の上物だよ!!
年は17で顔は抜群、少々細身なのが難点だが、見ての通り一級品だ!!
この小娘が、金さえ出せば自由に出来るんだ!!内臓売ってでも工面しな!!』
羞恥と絶望に染まった顔を無理矢理持ち上げながら
奴隷商人を完璧に演じるNPCは目玉商品を衆目に晒し上げ
観衆はケモノのような雄叫びをあげてそれに応える
会場の熱気は汚れた欲望を糧に一気に温度を上昇させ
彼等の財布の紐をこれでもかというほど弛める
『1000!』『1500』『2800だ!!』『俺は2900だすぞ!』『全財産5000だ文句あるか!』
「15000」
『はい、謎の仮面4649番また来ました!!他に無いか?こんな純朴そうな上物が
後に残ってるとは、あっしも保障できませんぜ!さぁさぁ、気張れや!』
『20000でどうだ!!俺は50000だって出せるぜ!』「80000」
『はい終了ww、78さん涙目結構ですw!4649番さんまたまたお買い上げ~!!』
■強制労働■
こうして、売り出された942名は全て4649番の札を付けられた
仮面の男が購入する事となり、同時に彼等に対する全ての権利を手に入れる
老若男女で構成された奴隷の集団は絶望に満ちた表情を浮かべながら
不恰好な仮面を被った主人から与えられた服を身に纏い
彼の進む方へ、疲れた足を無理やりに動かされながら付いて行く
彼等の体は既に自分の意志ではなく、主人の意志を最優先する奴隷の体に変化していた
■■
目的地の私有地に到着したと同時に主人となった男は仮面を投げ捨て
哀れな奴隷達に命令を次々と与えていく
手始めに男性と女性を分け、続いて年齢別にその集団を更に分けていく
この作業を黙々と受容れながら、聡い者達はこれからどのような仕打ちを
主人の手によって受けるか、察してしまい顔を青くしていた
「そんじゃ、あんま働けなさそうな老人と子供はシャワー室へ行ってくれ
直ぐ目の前にある建物がシャワールームになってるから浴びて来るんだ!」
その指示を聞いた瞬間、絶望に顔を歪めた老人達は
口々に子供達だけは勘弁してくれと懇願し始めるが
当然、その要求は受容れられることはなかった
「それじゃ、働けそうな男集とおばちゃん達はあの建物に行って
そこで待っている奴の言う事を聞いて、しっかり働いてください!」
続いて指示を受けたのは働ける年齢の男たちと中年の女性の手段であった
彼らも苦悶の表情を浮かべつつ、死ぬまで続く作業が少しでも軽い事を祈りながら
指示された場所に向かってトボトボと力なく歩いていく
「それじゃ、残ったカワイコちゃん達は俺に付いてきてくれ
君達には人の気分をよくさせる仕事をして貰うつもりだ
なに、未経験でも大丈夫!直ぐに慣れて上手くやれるから」
最後に指示を与えられた集団の反応は様々であった
男を睨みつけ精一杯の抵抗を示す女もいれば
泣き崩れる少女や、別に大したことじゃないと強がる者がいたり
ただ、確かなことはそこに幸せそうな顔をした女性は一人も存在しなかった
■大量採用!!■
こうして、ヘインにおっかなびっくりで連れてこられた総ての人々は
『デスティニーランド』の従業員として、安月給で雇用される事になったわけだが
その職種はバラバラであった。最初の子供や老人の集団は
余り力仕事が当てに出来ないため、現実世界で長年積んできた経験を生かした軽作業や
園内の清掃や迷子の対応といった仕事を割振られる
子供達はその作業のお手伝いを出来る範囲でする事を命じられた
つづく、男性陣は単純な力仕事だけでなく、新たな遊具施設の開発製造及びメンテナンス
来園者を増やす為の広報や営業活動に、経営企画や経理業務に人事や庶務等の管理など
もっとも多岐に渡る内容の仕事を、それぞれが担っていくことになる
また、中年の女性陣は男性陣と同じような職種に就く者もいれば
現実世界で主婦の人は食堂やレストランで働くか、レジ打ちなどの業務を行うだけでなく
忙しい、その他の従業員の炊事や洗濯といった家事を担い
縁の下の力持ちとして、大いにその存在感を示していくことになる
最後に、ヘインがカワイコちゃん達と呼んだ集団は
主に受付や売り子と言った接客業務から、パレードの踊り子や
イベントショーのお姉いさんや劇の登場人物などを務め
少し、露出の高い制服や衣装と最高の接客スマイルで来場者を楽しませるだけでなく
アホな男から大量の帝国マルクを毟り取る大活躍をしていくことになるのだが
それはもう少しみんなが仕事に慣れた後のことになる
■■
「悪いなグルック、急に大量の人の世話を押し付けちゃって」
『別にいいよ。少しでも悪夢に泣く人を減らせるなら、きっとあの人も喜んでくれるから
それに、NPCより安く大量の人が雇えてこちらにもメリットが大きい話ですから♪』
申し訳無さそうに『奴隷解放活動』に協力してくれたグルックに礼を言うヘインに
グルックは一人前になった商売人の笑顔で、気にする必要がないと返す
事実、この話は彼女にとって十分旨みのあるものであった
テーマパークと言った物はどんなに最初は素晴らしい物であっても
いずれ時間が経てば色あせてしまう物なのだ
そして、それを防ぐにはどうしても大きな力が必要であり
その力は多くの人々の『情熱』によってしか生まれないと
彼女は大切な人から教えられ、誰よりもよく理解していた
『それにしても、君が最高峰の『求道者』で爵位持ちの大金持ちって聞いてはいたけど
よく、1000人近くもの人を丸ごと買えたね。一体、どんな手品を使ったのかしら?』
「色んな知り合いに頼んで、予想以上にお金が集まっただけですよ
もっとも、コイツの強気な攻めが上手く行かなきゃ、やばかったけど」
ヘインは横に居る食詰めの天性の勝負強さを褒めつつ
金髪や赤髪に双璧や鉄壁、黒猪や沈黙といった、その他の有名『求道者』達が
『奴隷解放』のための資金を無償で提供してくれた事を話した
胸糞の悪くなる奴隷制に反感を持つプレイヤーも少なくは無かったのだ
『ふーん、なるほどね。確かに、私も奴隷制は絶対許せないって思ったし
それで、この運動を起こした人って誰なのかな?多分、君じゃないよね?』
『わたしだ!』
グルックの問い掛けにヘインは答えようとしたのだが、夕焼けの光を背に
まるで黄金樹のように輝く木の上から発せられた声に遮られてしまう
ヘインの横に立つ食詰めは、心底嫌そうな表情で声がした方をゆっくりと見上げる
気高き聖少女が誇りに満ちた笑顔で黄金樹の幹の上に立っていた
・・・ヘイン・フォン・ブジン公爵・・・電子の小物はレベル1204・・・・・
~END~