誇りだけでは食ってはいけない
だが、誇りを失えば自分すらも失う
誰よりも気高き心は己だけでなく、他人をも容易く動かす!!
■黄金樹の誇り■
アルフィーナ・フォン・ランズベルク
帝国貴族、伯爵の称号を持つ彼女は吟遊詩人として
クソッタレな『レンネンカンプ』の世界でも
誇りに満ちた詩を詠い続けていた
そんな彼女が、奴隷市の開催を知ったのは
『アムリッツアの地獄』から生還した翌日の事であった
彼女がその事実を知った時から、開催までの期間は残すところ僅かに一週間
非人道的な奴隷といっても所詮は他人事、彼女にとって何ら関係もないことではあった
だが、少しばかり常軌を逸した思考回路を持つ少女の行動は
そこらの凡人達の予想を遥かに上回るもので
彼女は奴隷全てを解放するため、即、行動を開始することになる
そう、彼女は金策のため『レンネンカンプ』中を奔走したのだ・・・
■■
「ランズベルク伯アルフィーナ!!故あって『リプッシュッタットの盟約』
ギルマス並びにサブマスと面会するため、見参仕りました!!取次ぎを願います!」
帝国最大派閥を誇る巨大ギルド『リプッシュッタットの盟約』の門を叩いた
アルフィーナは威風堂々とした態度で、盟主ブラウンシュバイク公と
副盟主リッテンハイム侯との面会を門兵に要求したのだが
用件を尋ねられた彼女は、馬鹿正直というか、純粋というか
『奴隷解放のため、貴族の義務を果たす為ギルドの有り金全部出せ!』と言った内容を
有体のまま答えてしまい。案の定、門前払いを喰らってしまう
「数は所詮数と言う事でしょうか、大志を理解せず、貴族の誇りすらない者の助力など
無用です!黄金樹の誇り無き者に用はない!私は『奴隷解放』を絶対に諦めません!!」
だが、けんもほろろに追い返されたアルフィーナの『情熱』は
益々燃え盛ることはあっても、消えることは無く
更なる金策へと駆け出し、その勢いは止まる事を知らずと言った感であった
そして、そんな彼女にヘインが目を付けられるまで大した時を要すことはなかった・・・
■■
うん、激しいノックにぶち切れて玄関を開けたら
『即刻、有り金を全部頂きたい』と丁寧に恐喝されるとは・・・
しかも、その恐喝犯が女の子って世も末だね!
『返答を頂きたいのですが?』
「返答って・・・、ノーです!ノーですわ!!お嬢さん
普通に考えていきなり有り金全部出す奴なんかいないだろ!!」
『貴公ならば、何も聞かずに二つ返事が貰えると思ったのですが・・・、
では、単刀直入言います。人の誇りと尊厳を守る為に協力して頂きたい
数日後に開催される奴隷市で、売りに出される人々を全て解放するため
貴方の持っている力『財力』を貸して欲しいのです。この通りお願いします』
って、おいおい!止めてくれよ!行き成り玄関で土下座とか
近所の人の目が痛いだろ!ってお隣さん!違いますから!
別に俺は高利貸しなんかしてませんから!!
「とりあえず!中で話は聞くから、ここで頭下げるのは勘弁してくれ!」
『そうですか?では遠慮なく、お邪魔させて貰いますわ♪』
■
世間体を気にしてさっさと家に入るよう促したヘインに
満面の笑顔で答えて、アルィーナはブジン家に来客として足を踏み入れる
それを見て『やられた』という顔をするヘインは、この後につづく展開に怯えつつ
一応、家の主人として客人を持て成す為、少しだけ馴れた手付きでお茶を用意する
ヘインを訪ねるまでに数多くの門前払いを経験した少女は
家の敷居を跨ぐ知恵を身に付けることに成功していた
『人々の誇り』を守る為、彼女は人として急激な成長を見せ始めており
ヘインとの出会いが、それを更に大きく加速させていくことになる
■勧誘■
計画通りといった体でブジン家の居間に堂々と居座ることになった少女の
『奴隷解放』を訴える熱弁に押しに比較的弱いヘインはタジタジであった
なにより有り金全部と言っても、公爵となったいま1日に一万帝国マルクという大金が
寝ていても自動的に入ってくる上に、カネとはいっても所詮は仮想世界の物で
現実世界の懐が痛むわけでは無い
それを使って悲惨な運命に曝されようとしている大勢を助けられると説かれたら
ついつい、心が動いてしまうのが人情というもの
論客として成長しつつあるアルフィーナはそこを巧みに突付き擽りながら
ヘインに協力を約する契約書に押印させようと画策し
その目論見は成功の一歩手前まで行くのだが、もう一人の現実的な住人の出現によって
成功まで残り半歩まで進めた足を、あと一歩の所まで戻す事になる
新聞や乳飲料といった勧誘では一日の長がある食詰めは
生半可な勧誘で首を盾に振るような甘ちゃんでは無い
■■
『ヘイン、そんな妄言に付き合う必要はない。私達の目標の為には
幾ら資金があっても足りないことを忘れるな。今なすべきことは
奴隷の解放ではなく、このゲームを攻略することだ。他人を悠長に
救ってやれるほど私達は余裕がある訳じゃ無い。お引取り願おうか』
押されるヘインと押すアルフィーナの間に割って入った食詰めは
些か冷たい物言いで来客を追い返そうとする
ただ、この無慈悲ともいえる物言いには、それなりの理由があった
最前線で活躍し続ける『求道者』である彼らにとってカネは非常に大事な物なのだ
彼らが使う消耗品や装備品はデスペナのリスクを押さえる為
自然と最高級品にならざるを得ず、いくらへインが公爵であっても
決して他人のために散在できるほどの余裕は無かったのだ
その上、パウラがデスペナで倒れた以上、一刻も早い『レンネンカンプ』からの
帰還を目指す彼等にとって、カネの価値はますます高まっているのだから
『これは手厳しい。確かに細君の言はいちいち御もっともと思いますが
愛するご主人に哀れな奴隷を見捨てさせるのは心苦しくは思いませんか?』
『たっ確かにヘインは優しい男だから、まぁ、夫が助けたいと言うのならば・・』
なんか、凄い嬉しそうな顔になちゃった食詰めは
アルフィーナの言が自分を懐柔しようとするものだと痛いほど分かっているのだが
頬が緩むのをどうしても止めることはできず、全ての決定権を『夫』に委ねる
「いったい、いつから夫婦になったんだよ!ベタな手にワザとらしく乗っかるな!」
『敢えて引っ掛かりつつ乗る私の想いを受容れてくれるなら、今後は控えよう
それに断る気は無いのだろう?まぁ、卿の少々お人好し過ぎるところに私は、その・・』
『ご助力に感謝しますわ!では、ここに早速サインを頂いてもよろしいですか?』
自分で振っておきながら、付き合ってられるかって感じになったアルフィーナは
ちゃっちゃと契約書作成の手続きに入り、食詰めの頬を盛大に膨らますことに成功する
最高のリアルを追求する『レンネンカンプ』の世界は現実世界と同じ契約社会である
そのため、口頭での約束でも双方の合意があれば、契約は成立するのだが
後々の無用なトラブルを避ける為、契約書を作成することが多かった
『では、契約内容を確認して頂けたら、ここに記名押印して下さい♪
あと、表紙と背表紙に割印を二箇所、一応、印紙にも消印を頂けますか?』
テキパキと契約書類を出した彼女はヘインに的確な指示を出しながら
あっという間に正副二部の契約書を作成していく
もたもたして、せっかく成約まで漕ぎ付けた案件を逃すような愚を彼女は冒さない
■契約内容は良くご確認下さい■
こうして、強引さと偽善によって生まれた契約は一応、双務契約の形式を取るのだが
一方の当事者の債務が大きすぎる不均衡な契約内容となっていた
ヘインの債務は奴隷解放に関わる必要な資金について最大限の協力を行うと記され
『奴隷解放』に必要な資金に関する包括的な協力を約してしまう・・
一方、アルフィーナの債務は奴隷解放成功後、ヘイン達のゲーム攻略活動について
可能な限り助力を行うと言った内容が記された。
もっとも、これは協力に対する対価を払う事が出来ずに申し訳無さそうにしている
アルフィーナにヘインが気を遣わせまいと大した期待をせずに提案した物であったが
これは、自身の債務ほどでは無いが、予想外の驚きをヘインに与える事になる
■■
『卿の全財産は『奴隷解放』が為るまで必要最低限以外は差し押さえさせて貰います
次にですが、貴方にはこれから知り合いに手当たり次第にカネを無心して頂きます』
えっ?このお嬢さん何言ってるの?よく言ってる意味が分かりません
もう、全財産渡すのOKしたんだから俺の役目は終わりでしょ?
『何を呆けているのかしら?ヘインさん、貴方はさっきこの私と契約したでしょう?
『奴隷解放』のため必要な資金について最大限の協力をするとここに書いてありますわ』
いや、だから俺の全財産渡すってことでいいんだろ?
『それじゃ足りないから私は言っているのです。このランズベルク伯アルフィーナを
舐めて貰っては困ります。貴方は最大限の協力を『ワタクシ』に約したのですから
それでは、お知り合いの方々に順番に、連絡をして貰ってもよろしいでしょうか?』
常識知らずのぶっ飛びお嬢様と思ったら、やっ、ヤクザより性質悪いぞ
こいつ、自分が正しいと思う目的を果たす為なら骨までしゃぶり尽す気だ
『かわいそうだけど誇りのため』とか言って平然とやってのける凄みがある・・!?
『わっ、私はカネなんか持ってないぞ!』
『夫婦愛とはなんと素晴らしいのでしょうか?夫の借金を妻が肩代わり
素晴らしきは内助の功!ランズベルク伯アルフィーナ、感嘆の極み!!』
逃げ腰になった食詰めを逃すわけも無く、アルフィーナは
ジャンプさせた涙目の食詰めから小銭を情け容赦なく回収していく
靴底に隠した紙幣する見逃すことなく
「もしもし、ナッハ?俺!!俺だよ俺!!悪いけどカネ貸してくれ!
なに、OK!流石は心のともだ!!何も言わずに有り金全部出してくれるなんて
勿論、理由は人助けのためだ。って、そうだなお前には理由の説明は要らないよな
俺たちには言葉は要らないからな。うん、また電話する!カネは明日貰いにいくから」
『・・・・、○!?×△!!!・・・!!』
一方、ヘインは次々と『レンネンカンプ』で知り合った人々に
『奴隷解放』という大儀の為、誇りのため金を無心し続けるハメに陥っていた
二人にとって、思い出したくない一週間の幕開けであった
■
悲惨な契約と容赦なく履行を迫るアルフィーナによって
ヘインはクタクタになりながら金策に駈けずり回り
奴隷市に出された全ての奴隷を買い占めるだけのカネを集める事に成功する
ある時は、金髪赤髪コンビからカネを毟り取るため
アンちゃんに泣き付いてその力を利用したり
また、ある時はミュラーの良心をチクチクと抉り、半ば脅すような形でカネ無心して
彼の恋人のエリザに塩をぶつけられたりしながら
この必死すぎる金策によって、ヘインのこれまで築いて来た
人間関係は崩壊一歩手前まで行くかとも思われたのだが
動機が可哀相な奴隷市に出される奴隷を助ける為だったので
それほど悪い印象を知人や友人に与える事にはならなかったのが、不幸中の幸いであった
なんだかんだで、トップ『求道者』達は出来た人が多かったようである
こうして、ランズベルク伯アルフィーナによって
無理矢理走らされたヘインが集めたカネの力で
奴隷市に出された1000人近くの人々の『誇りと尊厳』は守られ
それが、デスティニーランドを支える力へとやがて変わっていくことになる
少女の『誇り』と『情熱』に満ちた行動は仮想世界を大きく動かす事に成功したのだ!!
■黄金樹の下で■
『わたしだ!!』
「わたしだ!じゃねーよ!!!ホント、お前と関わったばっかりに・・・」
『自分に誇り持つ事が出来たのではありませんか?』
ヘインは満面の笑顔を見せる少女を見上げながら文句を言おうとしたのだが
木の上から得意気な笑顔で投げ返された言葉に毒気を抜かれてしまい
それ以上、文句や恨み言を続けるのをあきらめた
持てる者の自己満足や偽善に過ぎないと言われればそれまでだが
確かに少なからぬ人を助け、目の前には自分達に感謝する人々がいる
アルフィーナの言葉でそれに思い立ったヘインは
その事実だけで不思議と満足する気持ちになっていた
もっとも、彼女を見上げた後、食詰めはヘインの背中に
ピッタリとくっ付いて隠れてしまう少々情けない有様で
彼女に対するトラウマを克服するのは、もう少し先になりそうであった
■
所属 帝国
名前 アルフィーナ・フォン・ランズベルク
レベル 986
性格 気高い
身分 伯爵
階級 中将
職業 吟遊詩人
スキル 音痴
性別 女
パウラの欠けた穴を埋めるように唐突に現われた少女が
今後、ヘイン達とどのような係わりを持っていくことになるのか
悲しい別れと騒がしい新たな出会いを人々は交互に繰り返しながら
『レンネンカンプ』のゆっくりすぎる時の流れを必死に生きていく・・・
・・・ヘイン・フォン・ブジン公爵・・・電子の小物はレベル1204・・・・・
~END~