『レンネンカンプ事件』が世間に与えたインパクトは
ビックバァーン!!!ってな位に大きいものだった
また、事件原因究明に政府主導の下、関係機関が調査した結果
特務機関ジオバンニによって一晩で解明された原因
付属機器の欠陥による死亡とゲームシステムサーバの脆弱さによる
ログアウトを不能にした二つの原因はすぐさま公表されることになったが
問題解決までに残された犠牲者達の命のタイムリミットについては
公表すれば深刻なパニックが起こると判断され、一般公開を控えることが
事件の翌日午前に開かれた閣議によって決定されることになるのだが・・・
■午前会議■
『能書きはもういい!それでいつまで持ちこたえることができるんだね?』
既に三本目の葉巻に火を点けた首相は苛立ちも隠さず
特務機関ジオバンニのシャフト局長に『レンネンカンプ事件』の
被害者に残されている期間を明確に答えるよう強く求める
大物ぶって余裕を見せるようなパフォーマンスを取ることも無く
一方、これに答える側のシャフトは事件の深刻さとは対照的に
得意げな表情で嬉々として説明を始める
「機関の手で『リアルファイト』の最長連続プレイ記録を調査した結果
最長記録は10年7ヶ月でありました。同装置の使用者は仮死状態に近い状態に
なることから、社会復帰を諦めれば更に長期間の連続プレイも可能と考えられます」
シャフト局長の説明に列席した閣僚陣はどよめき溜息を漏らした
ゲームをやると馬鹿になると親に言われて買って貰えず
ひたすら官僚や政治家になるため一直線に勉強に励んできた彼らにとって
電気代さえ払い続けることが出来れば寿命が尽きるまで
プレイできる廃人仕様は驚嘆に値する物であった。
『つまり、被害者に残された時間は彼等の寿命が尽きるまでという認識していいのかな?』
再起動を果たした閣僚がシャフトに明確な回答を求めて質すと
身の程も弁えず仰々しい態度で短い首を振り、芝居がかった口調で否定する
その態度にイラッとしている閣僚達の様子には全く気付かずに
「残念ながら、大臣が認識された猶予と実際の猶予では幾許かのズレが生じております
半永久的な時間を与えるほどの安全性を持っているのは、我が機関が開発に力を注いだ
『リアルファイト』の装置に限ってのことであります。この装置は外部からの強制切断
災害などによる停電時においても予備電源を利用した安全なログアウトが可能では
ありますが、『レンネンカンプ』に付けられた付属機器にある大きな欠陥によって
誠に遺憾なことにその時間的猶予を大幅に少なく見積らざるを得ない状況にあります』
一息に舌を激しく動かし、自らが進めた国家プロジェクトによる
最大にして唯一の成功例である『リアルファイト』に全く比が無い事を
永延と説明するシャフトに業を煮やした首相は、叩きつけるように
5本目の葉巻を灰皿に押し付けて火を消し、最後の質問を行う。
『このままいけば、彼らはいつ死ぬ?』
■
現実の世界と仮想世界における一日の差は大きく
現実では直ぐ大問題になったこのレンネンカンプ事件が
仮想世界の住人達が同じように深刻な問題と受け止めたのは
彼等の感覚から言えば結構な時間が経った後のことであった
『あれ?なんか全然ログアウトできないんすけど?』
「「キャラメイクと同じで時間待ちかよ?初期トラブル?」」
《外と時間差100倍だから対応が遅くなりそう。マジ勘弁》
「これがレンネンクオリティという奴ですね!」
【友達が急に動かなくなったんですけどw初期バグ?マジ笑えるwww】
後に解析されたフレンドチャット等の記録を見ると
上記のように何とも緊張感のないコメントが幾つか見受けられ
ログアウトを試みてエラーメッセを受取った人々やその話を聞いた他の人々や
電プチで頭がフットーして動かなくなったプレイヤーを見た人々やその噂を聞いた人々が
新作ソフト立ち上げ時にありがちな稼動3、4時間に集中する
ただの初期トラブルによるログアウトエラーや動作エラーと考え
それほど事態を深刻に受け止めて居なかったことが窺える。
だが、仮想世界から脱出できない、動かない木偶と化したプレイヤー達・・・
本来なら不平不満の爆発や不安と恐怖による騒乱が起きても不思議ではない
この二つの事態を見ても、ささいな初期不良程度としか考えなかった
大多数プレイヤーの危機感の薄さは特筆に価するものではないだろうか?
一日が百日・・・、仮想世界のゆっくりと流れる異常な時間が
危機感と言う本来人間が持つ大事な要素を減退させてしまったのだろうか?
■図書館へ行こう!■
宿屋でレンネンカンプでの最初の一夜を明かしたヘインと食詰めの二人は
『昨晩はお楽しみでしたね』
宿屋の店主が発したお決まりの言葉で送り出される。
もっとも、二人は別々の部屋を取っていたことから
この台詞は男女二人組みの客が来た際に出される定型メッセのような物であろう。
NPC相手に朝の何ともアンニュイな遣り取りを終えた二人は
一つの目的として掲げる勉学に励む場所を確保するため
近場の帝立第4オーディン図書館に足を伸ばす。
勉強するなら図書館の自習室は外せない場所である
■■
しかし、いくらゲームの世界といっても
ここまで立派な図書館を見せられると感動するな
多くの先人達の知識が詰まった書物が何十万冊と置かれている
まさに圧巻ともいえる光景ではないだろうか?
そう、ただ見るだけでその知識に触れないのは無礼ではないだろうか?
「ヘイン、その意見には私も頷くところが多いが、お前が手に持っているのは漫画ばかり、余計なお世話かも知れないが、少しは活字文学に触れてみるのも良いと思うのだが?」
何を言っているんだ!漫画だって立派な文学だ
文字と絵どちらか一方だけじゃ表現できない物を
表現することを可能にした素晴らしい物なんだぞ
それにお前だって偉そうに活字だ文学だとか言ってるけど
手に持ってるのは『逆毛のアン』に『枯草物語』って
どこの夢見る少女だよって感じの児童文学じゃねーか
「そうか、では別の本を読む事にしよう。そうすれば卿は満足なのだろう?」
いや、そこまでしなくていいって!折角持ってきたのに戻すことは無いさ
それにその二冊は素晴らしい名作だよな!
うん、ここは文化人らしくお互いの趣向を尊重して共に文学の世界に浸ろう!
■
当初の目的を忘れ程度の低い文学論争を繰り広げたヘイン達であったが
一応は年長者であるヘインが折れたというか、
少し不機嫌になりかけた食詰めに白旗を揚げて降伏することによって収まる
だが、論争を繰り広げた場所が悪かった
ここは図書館、静寂が尊ばれる知識の館
喧騒の原因となるものは許されない。例え仮想世界であっても
それは変わらぬ原則であり、マナーを守れない者は弾き出される
『お前ら表にでろ!』
■就職活動■
早々に図書館を追い出される事になった二人組みは
昼までに空いた時間を潰すために
帝国公共職業安定所、通称ハロワに行って職業登録をする事にした
そう『レンネンカンプ』の大きな特徴としてあげられるのが
求職活動しなければRPGパートではどのプレイヤーも
等しく無職であると言う点である
それは爵位持ちであろうと将官であろうと変わらない絶対のルールであり
『レンネンカンプ』をクソゲー足らしめる重要な要素であった
■■
『番号札37番でお待ちのヘインさーん!』
ようやく順番がきたな。職を求めた人で長時間待ちって
リアリティありすぎて逆に醒めるぞ。ほんとにクソゲーだな
『ええと、ヘインさんは今大学に在学中と、そうなると学歴は高卒扱いになりますね』
「いや、VRPGに学歴とか関係ないだろ!そんなことより早く職業選択させろよ!」
『なに言ってるんですか?多くの職業では学歴が違えば待遇も違います
基本給の元になる賃金テーブルも院卒・大卒・専門短大卒・高卒・事務職と
事細かに分けられていたりするんです。その壁を越えるのも中々大変なんですよ』
とりあえず、この人が何を言っているのか分からなくなってきた
大丈夫だこれはただのゲームだ!適当にNPCの話を流して職業をささっと決めよう
『それじゃ、履歴書と職務経歴書を見せてください。あ、ヘインさんは学生ですから
職務履歴書じゃなくてスキルシートになりますね。アルバイト経験はありますよね?』
「いや、持ってきて無いし、そもそもなんで履歴書とかがいるんだよ!ゲームだろ!!」
『はぁ・・・、いいですかヘインさん。常識で考えれば分かりますよね
職に就こうとするなら履歴書を就職希望先に提出して面接を受ける
これは当たり前のことなんです。こちらもヘインさんだけの相手を
していればいい訳じゃないんです。次回はちゃんと用意してくださいね』
これなんてゲーム!? はやく何とかしないと・・・
■■
まさか、ゲーム内で職業に就くのにハロワいって面接とか受けなきゃいけないって
このゲームの製作者は冗談抜きできがくるっとる
道理であんなに待ち時間が長い訳だ
『Vリアル就活』がFランクの反感を買ってほとんど売れなかった理由が良く分かったぜ
だけど魔法使いとかになろうとしたら帝国魔術局にいって
面接で真面目な顔して『特技はイオナ○ズンです』とか言わなきゃ行かんのか?
どんだけ羞恥プレイを要求する気だよこのクソゲー!!
『どうやら待たせてしまったようだな。まぁ、その様子を見ると卿も
職には有り付けなかったようだな。二人仲良く無職と言う訳だな』
「うるせー無職言うな!!俺はまだ学生だから無職って言わないんだよ!」
『このゲームの世界では無職ではないか。まずは現実を受容れることが
新しい職探しの第一歩だとマザーズ帝国ハロワの人も言っていたぞ』
くそニヤニヤしやがって!ささっとコイツを定職につければ
お別れして気ままな仮想セレブライフを送れると思ったのに
『さて、資産家のヘインさん。今日の昼食もご一緒して頂きたいのだが?』
「はいはい分かりました。喜んでご馳走させてもらいますよ」
『ふふ、すまん。お前には借りを作りっぱなしだな
いつかちゃんと纏めて返す心算だから安心してくれ』
ほんとに返す気あるのか?この食詰めさんは
まったく、帰りに履歴書の用紙買って職安通いか・・・
ほんと、このゲーム作った奴、実はVゲームが大嫌いなんじゃないか?
■
帝国公共職業安定所で仮想現実の厳しさがよく分かったヘインは
もぐもぐとテーブル一杯に並べられた料理を頬張る食詰めを眺めながら
就活とかもその内しないといけないんだなぁ~と感傷に浸っていた
戦 わ な き ゃ 現 実 と
この仮想世界におけるメインテーマがある限り、
多くのプレイヤー達が望んだ『夢世界への逃避行』が実現することは無い
『最高にリアルなヴァーチャル』を目指した『レンネンカンプ』は
明らかにゲームの方向性を間違えていたのだ。
更に、この中途半端な『リアルさ』が現実に戻れないことを知った後も
多くの人々に現実世界のことを頻繁に思い出させた
この意図せざる残酷な仕打ちによって『レンネンカンプ』に捕らわれた人々が
心を狂わせる事になるのは、もう少し先のことであったが・・・
・・・ヘイン・フォン・ブジン伯・・・電子の小物はレベル1・・・・・
~END~