『レンネンカンプ』における戦争イベントを起こすには
帝国では皇帝若しくは帝国宰相の役割を演じる者の『勅命』が
同盟では国家元首を筆頭とする国権の最高意思決定機関たる
最高評議会の『決議』を必要とする
また、その二つが選択された際に
国家パラメーターの『国力レベル』が一定以上あることも
『戦争イベント』の発生条件となっている
この『戦争イベント』によって世界を統一する戦いを行う事は
『レンネンカンプ』のSLGパートをクリアするために欠かせない要素ではあったが
RPGパートとSLGパートは完全に分かれているため
『大魔王レンネンカンプ』の打倒によるゲ-ム世界からの帰還を目指す場合
この戦争イベントは起こす必要が全く無い不要のイベントであった
だが、この仮想世界では必要なことだけが行われる訳ではない
現時世界と同じように無益なことが繰り返されることも当然ありうるのだ
■フリードリヒよんせちゃん■
『あの、戦争ボタンもしかして押しちゃった・・かな?』
「おした!がんがんおしたぞ!」
無邪気にとんでもないことをしでかしたと自白したのはフリードリヒ四世
銀河帝国を統べる神聖にして不可侵の皇帝の役割を与えられた者(5歳)
そして、悲惨な戦争イベントを発動させた無邪気な暴君である
この暴君によって暴挙が成された事をその小さな口から躊躇無く吐き出された
言葉で知らされた帝国宰相リヒテンラーデは頭痛が痛くなってしまう
『そっかー、よんせ押しちゃったのかー、ははは・・・』
「おー、よんせおした!びょ~んとおしたぞ」
実行犯のまったく悪びれる様子が無い愛らしい笑顔を見つめながら暫し逡巡した後
リヒテンラーデは観念し、同盟との開戦準備に取り掛かる
望むとも望まぬとも賽は投げられたのだ
彼には職責を全うするため、帝国を守るため最善を尽くす必要があった
例えこれが仮想世界の戦争であっても、そこから生じるリスクは
現実とそう変わらない大きさなのだ。その肩にかかる責任は大きく重い
戦死した者にもデスペナによる『永遠の沈黙』が等しく与えられるのだから
皇帝が紙飛行機を片手にお気に入りの寵姫アンネローゼの所へ
元気一杯に遊びに行く姿を見送った初老の宰相の背中は煤けていた
■最高評議会■
帝国によって戦争イベントが起こされた事を知った
同盟最高評議会に属し、政権を担う閣僚の多くは、そのあってはならない事実に驚き
しばらくの間、言葉を発することもできない有様であった
彼等は『後発組』の市民から得た情報でデスペナの恐ろしさを認識した後
全会一致で戦争イベントの無期限凍結を決議しており
帝国側上層部を担うプレイヤー達も同様の対応をするものと信じきっていた
ただ、そんな予想外の事態にもさほど動じることも無く
自らの地歩を固める好機に繋げようと図る怪物も存在する
国防委員長ヨブ・トリューニヒト
彼は機能不全に陥った最高評議会を卓越した弁舌を持って再起動させ
会議を、同盟を動かす力を持つ者が誰かと言うことを
列席者に知らしめる事に成功する。
もっとも、このような非常事態にならなくとも、彼ならさほど時間を要せず
自己に相応しい立場と力を得ていたであろう。
幾らリアルの地位を考慮に入れたとはいえランダムで選ばれたエセ政治家如きが
現実世界においても総理局政務参事官という高級官僚の地位に就き
来年早々に行われるであろう選挙で当選確実な彼に敵うはずもないのだから
■アスターテの死闘■
アスターテの戦いに参加するプレイヤーは
帝国軍側が130万人、同盟軍側は270万人と
同盟側参加者数は帝国の二倍以上と圧倒的に同盟が有利であった
また『レンネンカンプ』における戦争のルールは簡単
相手をより効率的に多く殺した側が基本的に勝利者となる
現実の戦争と大差ない非情のルール・・・
■■
まったく、あの金髪の凄いのか、同盟の指揮官が無能なのか
まぁ、二倍の兵力で三方から包囲殲滅せんと襲い掛かってくる敵を
逆に各個撃破の好機にしちまうんだから、金髪は大した奴なんだろうな
そのうえ副官の赤髪と揃ってイケメンときちゃーお手上げだな
『なに、卿もそれほど悪い顔じゃない。まぁ、特に良い顔でも無いがな』
うるせーよ!!そんな事はお前に言われなくても分かってるんだよ
それより、もう手洗うのは止せ・・・、もう十分綺麗になってる
それに、そんなに強く擦ったら手の皮全部むけちまうぞ
『あぁ、分かってはいるんだ錯覚だと。でも、どうしても返り血の臭いが取れないんだ』
俺たちが『殺した』人たちが受けるデスペナのこと考えたら
気にするななんて言えないけど、お前のお陰で助かった味方も大勢いるんだ
それに、ささっとレンネンの野郎ボコってログアウトできるようにすれば
デスペナで動けなくなった人も助かるはずだろ?
『卿は優しいだけじゃなく強いな』
お前と大差ないって、俺も散々さっきまで横で吐いてただろうが
強いなんて言われても嫌味にしか聞こえねーよ
ちょっとお前より立ち直りとか諦めが早かっただけだ
『そう自分を卑下する必要はないと思うが?少なくとも私は
卿が横で慰めてくれたお陰で大分気が楽になった。ありがとう』
■
謝辞と共に食詰めにぎゅっと抱き付かれたヘインはあたふたするだけで
完全に食詰めにペースを持っていかれる。
もっとも、第一戦目と二戦目もヘイン率いる軍団の副司令官として
最初ガクガクブルブルするだけだった軍団長のヘインを叱咤しながら戦線を維持し
総司令官の金髪の勝利を助けるなど大活躍をし続け
開戦以後ずっとヘインは食詰めのペースにあったが
また、初端からガンガンレベルを上げていた二人の魔法剣士は
指揮だけでなく前線でも大活躍であった。
敵陣を突破する際に乱戦になると食詰めは自慢の剣技で
ヘインも食詰ほどではないにしても怪物相手に鍛えた剣の腕で
同盟プレイヤーの返り血を浴びながら物言わぬ木偶に変えていく
二人とも余りにもリアルな戦場の空気に自らが持つ圧倒的な力
仲間を救うという自己陶酔、死ぬかもしれないという恐怖による過剰反応といった
様々な理由で一戦目、二戦目と自らの手が汚れていくのを省みることなく
狂熱的な戦勝の勢いのそのままに駆け抜けてしまう。
そして、その熱が冷めた後は多くの『生きのこった』人々と同じように
自らの犯した罪を嫌悪し、同じ罪を持つ者同士互いに
傷を舐めあい慰めあうという醜態を晒しながら、殺すことへの耐性を付けていく
馴れてしまったり、好んでするようにならない分だけマシなのかもしれない
だが、それも殺される側からしてみれば大差のない些細なことに過ぎない
■■
第一戦、第二戦とも帝国軍の圧倒的勝利だった
同盟軍側は敵に倍する戦力を有する事に慢心し
より派手な厨くさい勝利を求めてわざわざ兵力分散の愚を犯した結果
比較的単調な指示で済む機動戦を採った金髪によって各個撃破されてしまう
そもそも訓練もされていない軍で複数軍団に分かれての
包囲殲滅作戦を執ること事態が馬鹿げている
もっとも、本当に戦争での指揮経験がある者がいることは
普通はないので仕方がないことである
そう、歴史ネタやらミリタリネタの知識自慢をするような
半端な奴等の意見を下地にしたクソみたいな作戦で死ぬハメになった
同盟プレイヤーはただ運が少しばかり足りていなかったのだ
残る同盟の軍団は一つ、総兵力は帝国軍120万に対して同盟は100万
既に彼我の戦力差が逆転したことを味方の斥候プレイヤーから知らされた
同盟プレイヤーは顔面蒼白でヘインより酷いガクブル状態に陥る者もいたが
戦場から離脱する脱落者は一人もいなかった。
勿論、彼らが恐怖に打ち勝つことのできる黄金に輝く
強靭な精神を持っていた訳では当然無い。
『レンネンカンプ』の戦争イベントにおいて敵前逃亡などというコマンドはないのだ
一旦戦場に出たら指揮官プレイヤー指示が無い限り
部隊から離れて単独行動は取れない仕様である。
まぁ、これはどのVSLGでもあるような仕様で珍しい物ではない
素人に各々バラバラに動ける自由を与えたりしたら
大人数での作戦行動など上手くいく訳がないため、これは致し方ない処置である
■■
『ヘイン、ファーベル両名とも中々の活躍だったと聞いている。良くやった
残る敵は一軍のみではあるが、慢心することなく最善を尽くしてもらいたい』
『御意、総司令官閣下のご期待に応えるべく、ブジン閣下と共に最善を尽くします』
「まぁ、死なない程度に頑張りますかね」
けっ、イケメンが偉そうに!イケメンは全員敵だ
どうせリアルでもイケメンな勝ち組なんだろ?
『後発組』ってのも気に食わないぜ
どうせ大切な人を守るためとか何とかいって
厨臭い理由で考えなしにログインしたんだろ
こういう頭はいいけど馬鹿ってタイプが一番面倒なんだよな
「って、イテテテ!折れる腕折れる!!!」
『これは、失礼しました。まさかブジン大将だったとはてっきり怪しい輩が
ラインハルト様に害を為そうとしているのかと勘違いをしてしまいました』
「どんだけ!うっかりさんだよ!!勘違いで人の腕折ろうとすんなよ」
『もうヘインとキルヒアイスは仲が良くなったようだな』
『そのようですね。私も少々嫉妬してしまいそうになります』
この赤髪は金髪への悪意に対するレーダースキルでも持ってるんじゃないだろうな
それに金髪と食詰の野郎は意味不明な会話して笑ってるんじゃないよ
冗談抜きで赤髪は俺の腕折ろうとしてたぞ!リアルな痛覚があるって分かってるのに
もう二度とコイツ等の指揮下だけには入らないって決めた
いくら金髪が戦争の天才で楽に戦争イベントがこなせたとしても
横にいる赤髪に後ろから刺されて殺されたんじゃ意味無いからな
それにイケメンは全員敵だ
こんな事だったら最初の作戦会議で日和見なんかしてないで
シュターデンやフォーゲル達と一緒に抵抗勢力になって
理屈ラップでも一緒に歌ってりゃよかったYO!
『さて、休息はもう十分だろう。ヘイン、キルヒアイス!
最後の敵を倒しに征こうか。より完璧な勝利を掴むため』
『はい、ラインハルト様!』
「へいへい、分かりました~」
■
イベント開始当初、圧倒的な戦力差を理由に
佐官以下の半数がデスペナを受ける代わりに戦争イベントを終了できる
撤退コマンドを選択するようにシュターデンを始めとする将官達に
迫られたラインハルトは『勝利を得る好機を前にして撤退する必要がどこにある』と
これを一笑に付して、その要求を跳ね除ける
その際、他の将官と一緒になって自分を批判しなかったヘインは
自分の機動戦による各個撃破作戦を理解して受容れたものと考え
彼に対する評価を凡庸そうなお人好しから
考えを読ませぬ切れ者へと評価を大幅に上方修正する
その後に続く戦闘においても、生に凄まじく執着するような必死な戦いぶりと
副将格の食詰を年少で女性だからと言って軽んじることなく
その才能を遺憾なく発揮させる度量の広さを見せたのも合わさって
自分の横に並び立つに相応しい力量を持った
キルヒアイスと同じ、友人として共に歩む人物という迷惑な評価を
本人が全く望んでいないことには気付かずに下していた
誤解によって始まった天才と凡人の関係がどのような帰結を辿ることになるのか
その答えを出すためにも彼等は勝利し、生きて戦争イベントを終わらせる必要がる
■
歴史オタの第四師団長パストーレとミリオタの第六師団長ムーアは既に冥府へと旅立った
残された第二師団長パエッタの指揮下にあった副参謀長ヤン・ウェンリーは
再三に渡って進言した『戦いは数だよ!』作戦が却下された事を無念に思いつつ
今後、間違いなく行われる帝国による攻勢にどう対処するべきか
優れた頭脳をフル回転させて、その対処法を組み立てていた
ただ、その出された答えが有効に使われるかどうかは
再三に渡って彼の進言を無視した指揮官次第である
ラインハルトとは別の陣営に現われたもう一人の天才は
その才能に重い枷が嵌められていたが、その牙の鋭さは本物である
果たして、その牙を向けられることなく
ヘインと帝国軍は無事勝利を掴み
生きてオーディンに帰還することができるのだろうか?
・・・ヘイン・フォン・ブジン伯・・・電子の小物はレベル63・・・・・
~END~