戦争は多くの英雄を生むと同時に
それとは比べものにならない大量の犠牲者と遺族を生む
それはレンネンカンプ世界の戦争でも変わらない
■論功行賞■
戦争イベントが終わると大半のプレイヤーはその行動に
応じた経験値や金を手に入れた状態で、強制召喚される前の場所に戻る事になる
ただ、爵位や階級の高い者、大きな武勲を挙げた者は少々扱いが異なり
帝国の場合だと新無憂宮の謁見の間で皇帝や宰相から
直接恩賞や昇進が告げられることになる
金髪と赤髪だけでなくヘインや食詰めも謁見の間で帝国宰相や皇帝から
お褒めの言葉と恩賞を賜る栄誉与えられていた
■■
『陛下、既に全ての者に今回の恩賞や昇進を告げ終えました。どうか奥の間に・・』
『おわったか?よんせなにもしてないぞ』
帝国宰相によって全ての恩賞の授与が終わったとき
病を理由にその場にいなかった皇帝がひょっこりと現われてしまう
無謀な戦争イベントを起こした張本人皇帝を見た瞬間
自分はプッツンするだろうと大半の列席者は考えていたが
目の前で天真爛漫な幼児皇帝とそれに対応する憔悴しきった老宰相の姿を見て
多くの者がやりきれない思いとともに振り上げかけた拳を下ろす
だが、その程度の事実で大切な者を『アスターテの死闘』で失った者は止まらなかった
数名が装備する武器を手に玉座に座る皇帝に襲いかかり、その武器を振り下ろしたが
突然現われたオレンジ色のフィールドによって、全ての攻撃は虚しく弾かれる
『レンネンカンプ』では街の中での攻撃は全て無効化される
そして、それが解除されるのは戦争イベントの戦場マップになった時だけなのだ
だが、それが分かっていても感情の爆発が鎮まるわけでもなく
復讐鬼と化した一部の列席者達は攻撃を行う手を止めなかった
謁見の間は怯えた子供の泣き声と怨嗟の篭った罵声
フィールドに弾かれる攻撃の音によって支配される
それはNPCの衛兵によって復讐鬼達が取り押さえられ、宮殿から叩き出されるまで続く
後味の悪い戦勝式典であった・・・
■
ちなみに今回の戦いでラインハルトは元帥、キルヒアイスは一気に少将へ昇進し
それに見合った経験値と多額の帝国マルクを手にし、
皇帝の寵姫として登録された姉アンネローゼと面会することが許される
ヘインは上級大将に昇進するだけでなく、伯爵から侯爵へと位階を進め
一日自動的に手に入る収入は5000帝国マルクに跳ね上がる
また、恩賞としても20万帝国マルクを経験値と共に手に入れる
食詰めも『鮮血の烈姫』という恥ずかしい二つ名を得るだけでなく
少将から中将へと昇進し、ヘインと同じく経験値と金を手に入れる
ただ、保有スキルの影響もあってか得た経験値はほぼヘインと同じであったが
手渡された恩賞は500帝国マルク紙幣一枚だけだった・・・
■アスターテ症候群■
2500万人を越える人々のうち戦争イベントに強制参加させられた者は400万人
そして、その戦いで二度動くことが出来なくなった者が200万人
それ以外にもダンジョンやフィールドで死んだ者や電プチで逝った者を併せると
既に300万人以上の『木偶人形』があちこちで転がっている
現実世界の僅か4日足らずでログインしている者の10%が動かなくなっていた
■■
『ユカ・・・、お前向日葵が大好きだったよな。この前、向日葵とよく似た花が咲いてる
公園を見つけたんだ。兄ちゃんが連れて行ってやる。だから・・・、起きてくれよ!!』
『なにやってるのよ!一緒に居たと思ったら急に消えちゃうし、戻ってきたらきたで
わたしに連絡もしないでこんな所で気持ち良さそうに一人で寝てるなんてずるいよ!
ぶっきらぼうに名前読んでよ!普段は地味な服着ろって自分勝手なこと言ってよ・・・』
動かなくなったプレイヤーの傍には多くの悲しみがあった
家族を失った者、恋人失った者・・・
戦争イベントのため目の前から突然消え、動かなくなって戻ってきた大切な人
この余りにも残酷な仕打ちに多くの人々は打ちのめされていた
また、リアルな戦争を経験して無事に帰ってきた人々も
見えないだけで多かれ少なかれ傷つき壊れていた
剣を振るった者は肉を切り、骨を絶つ感触を何度も思い出し
返り血の臭いがいつまでもその手に残る・・・
直接手を下さず魔法を使って人を焼殺した者は
呻きながらのた打ち回る光景が脳内の奥深くにしっかりと焼き付けられていた
そして、彼方此方で転がっているデスペナを受けた者達とそれに縋りつく人々の姿は
罪を犯した者達の心を執拗に抉り続けていた
■パウラの人生相談♪■
『それは止むを得ない選択でしょう。ですが、陳腐な自己陶酔に浸って
罪悪感を持ち続けるほうが楽なら、そのままでも構わないと思います』
おいおい、どんな人生相談してるんだよ
相談者が真っ白になってるじゃないか
もしかして周りで真っ白になっちまったぜ状態になってるの
みんな義眼と話した奴等じゃないだろうな
『ご想像の通りですよ。ブジン上級大将閣下』
フェルナーか、それにしてもちょっとあれは酷くないか?
もう少し労わりの言葉を掛けてやってもいいような気がするぞ
『いや、お嬢も最初からあそこまでキツイ言い方はしていた訳じゃないんですが
ここ数日、申告手続き等の相談ではなくお悩み相談に来るお客さんばっかりでして』
なるほどね~、心の傷を誰かに舐めて貰うんだったら
むさ苦しいフェルナー達より、見目麗しい少女に舐めて貰いたいって感じで
申告とか相談する振りして大挙押しかけてきたと・・・義眼も大変だねぇ
『ご明察、もっとも最初の頃と比べれば大分減ってきてはいますけどね
それで、閣下はどんなご用件で?こんな所までお悩み相談に来たという
訳ではないのでしょう。なんなら税理士資格を持つ私が相談に乗りますよ』
まぁ、そっち系の相談と言えばそうだけど・・、俺もあいつらと大差なくてね
准将に相談するより、多少ツンケンしてても女の子の方が良いってわけさ
『それは残念。では、またの機会という事にして置きます』
■■
はいはい!あんまり長い話しても無駄無駄!とっとと退いた退いた
後ろ詰まってるんだよ 『なにを勝手なボクは今真剣な話をしてるんだぞ!』
ハイハイ、女の子は男の自分語りなんか興味ないどころかウゼーって思うもんだから
逆効果にならない内に止めとけ止めとけ、上手く行くもん上手く行かなくなるぞ
モタモタしないでとっとと立って立って、男は去り際はきれいにしないと
フェルナー!!この人座布団ごと持っていって『ちょっ、ちょっと・・おまっ』
「どうやら、気を使わせてしまったようですね。助かりました」
別に良いって、礼を言うなら後でフェルナーにでも言ってくれ
お前のこと色々気に掛けて面倒見てくれてるんだろ?
「確かに閣下の仰る通りなのかもしれません。今度、何か礼をすることにします」
あぁ、そうしておけ。ちゃんと世話になった人には礼をしないとな
現実もVネットもちゃんとマナーを守らなきゃいけないってのは変わらないからな
■■
「閣下、今日の用件はなんでしょうか?ただ世間話をしにきた訳では無さそうですが」
ちょっと臨時収入があってね、一応、税務相談に来たわけだ
恩賞で大金貰ったんだけど、課税対象になるのかならんのか分かんないんだよ
「恩賞の課税についてですか、区分は一時所得扱いなので本来は申告が必要なのですが
国が支給する恩賞の場合、税徴収済みの額が支給されるので申告の必要はありません』
なるほどねぇ、恩賞は源泉徴収済みってだけで非課税ではないんだな
命がけで得た恩賞からも税金が取られるなんてホント嫌な世界だ
まぁ、納得できない部分もあるけどよく分かったよ。ありがとな!
「いえ、私は自分の仕事をしただけです」
■狩りへの誘い■
ヘインは義眼の相変わらずの固さに苦笑いしつつ
もう一つの用件を告げる。それは近場のフィールドで行くという狩りへの誘い
『支援者』も仕事をこなせばその出来に応じて経験値が加算され
レベルはあがり、ステータスも上昇するのは他のプレイヤー達と変わらない
だが、日頃から狩りを行って生きている『求道者』達と比べると
実戦経験という点では大きな差が生まれてしまう
この差は、戦争イベントでは生死を大きく分ける要素だった
躊躇しつづける『支援者』の多くが、血の臭いや凄惨な戦場の光景に動揺している内に
戦場の狂気に順応し、ハンターと化した『求道者』に容易く狩られていったのだ
ヘインも食詰めと一緒に人型を含む様々なモンスターを屠っていなければ
戦場で剣を振るうことが出来ず、デスペナを喰らっていたかもしれない
この義眼への誘いはお節介で自己満足の為のモノだった
そして、ヘインもそれを分かったうえで提案していた
勿論、フェルナーに気に掛けてやってくれと頼まれていたことも影響していたが
もっとも大きな理由は、税務署の横で少し風変わりな知り合いの少女が
なにも言わずに横たわっている光景を見たくないという我侭
そして、もう一つ理由は・・・
■■
「閣下、それは戦場に行って実際に戦った者としての親切心による助言ですか?
それとも、自らの手で殺めた人に対する罪悪感を消すための代償行為ですか?」
相変わらず辛辣だなぁ。そこまで容赦なく核心を突かれると笑うしかないね
まぁ、両方だと思ってくれればいいよ
それに動機が不純な誘いに抵抗を感じるんだったら断って貰っても構わないぞ?
「正直な人だ・・・、その誘いお受けします。私にはメリットしかない提案ですから」
じゃ、決まりだなフェルナーも誘ってあるから
日時が決まったらあいつにメール送るんでよろしく!
「わかりました。当日はよろしくおねがいします」
■最高のディナー??■
ヘインが野暮用で出かけたため家で留守番する食詰めは暇を持て余していた
午前中はなんとか掃除や洗濯をして時間を潰したのだが
昼過ぎにはそれも全て終えてしまっていた
アスターテから戻って4日目、断末魔が鳴り響いた戦場と違い
その日は、陽射しのやわらかい静かな一日だった
■■
一人で居る時間がこうも長く感じられるとは不思議な物だ
横に居るのが当たり前になるほど、多くの時間を過ごしたという事か
最初は、笑えないスキルを何とかするために近づいただけだった
それがどうだ?今はあいつが傍にいないと退屈してしょうがない
失敗だったな・・・、『家でゆっくり休め』なんていう言葉など無視して
無理矢理にでもあいつに付いて行くべきだった。
そうすれば、こんな風に暇を持て余すことなどなかった筈
寄り道しないで早く帰って来いヘイン
私は退屈でいま死にそうなんだ
■
義眼と狩りの約束をした後、ヘインは適当に街をぶらつき
買い食いしたり、久々の気ままな一人を楽しむつもりだったのだが
仮想世界における擬似リアル特有の嘘臭さのせいか、なにか物足りない感じがして
思っていたより楽しむことが出来買ったため
食詰めに頼まれた調味料や換えの電球の購入を終えると
適当に買ったスイーツを片手に予定より早く帰路についた
■■
お~い!ヘインさまのお帰りだぞ~
うん、返事が無い。『ご主人様お帰りなさいませ』みたいなアホな返事は
食詰めには全く期待してなかったが、ちょっと無視はどうかと思うな
よし!ここはガツンとSEKKYOしてやろう
俺はここの家主さまでアイツは居候っていう立場の違いを教えてやろう
おい!家主さんのヘイン様のお帰りだぞ・・・、って寝てんのかよ
そっか、こいつもあんまり夜眠れてなかったみたいだからな
しかし、鼻ちょうちんしながら寝る奴ってホントにいるんだな
さて、久しぶりに学生料理名物ネコマンマでもつくりますか
生ハムとネギがあるから、それ刻んでご飯に乗せて醤油をかければ完成
ご飯さえ炊いてあれば10分以内に作れる超お手軽料理だ
■■
「なんだ、帰ってきていたのか。すまん、少し寝ていたようだ」
別に気にすんな。それにしても、飯の用意が出来た途端に起きるってのがお前らしいな
ちょっと待ってろ、お前の分も持ってきてやるよ!
「あぁ、頼む。もうペコペコだ」
はいはい、欠食児童にはしないから安心しろ
サラダと味噌汁もおかわりし放題の大サービスだ
■眠れぬ夜を・・・■
声を揃えた『いただきます♪』を終え、仲良く食事をとる二人
絶望的な状況にあるからこそ二人は食事中に行う団欒を大切にしていた
話す内容は、その日あったことや感じたことなど他愛無い会話が殆どであった
だが、彼等は知っていた・・・、その一見価値の無いよう会話が本当に大切な物ということを
狂った世界にいるからこそ、例え作られた平穏な日常でも必要だと
自分が、目の前にいる人がいつ動かなくなってもおかしくない
そんな恐怖の中で正常さを保つには、それ相応の努力を必要とする
■
「なぁ、夜あんまり寝れてないだろ?」
ヘインの唐突な呼びかけに一瞬目をぱちくりさせた食詰めだったが
いつものように人を食ったような笑みを浮かべながら冗談交じりに返答する
『なんだバレていたのか?分かっていたのなら早く言ってくれればいいものを
ヘインも中々人が悪いな。私はいつも寝不足さ。なにせ部屋の鍵を掛けずに
いつ来るかと待ち侘びているのに、誰かさんは一向に襲いに来ないからな』
「冗談で返せるなら大丈夫と思って良いんだな?俺はエスパーじゃないから
お前が何も言わないと何も分からないからな、本当に大丈夫なんだな?』
戦場から戻って以後、表面上全く問題無い様に過ごして見せた食詰めだったが
一年以上一緒に過ごした『家族』の目から見れば問題だらけだった
ヘインの一歩踏み込んだ質問とらしくない真剣さに
食詰めは肩を竦めて降参の意を示し、らしくない弱みを見せる
『大丈夫ではないな。手を下した瞬間の感触や血の臭いを思い出し
私を最後まで見つめる視線を夢にみては、毎夜飛び起きる有様だ
恥ずかしいお願いだが、眠るまでの間、傍にいてくれると助かる』
恥ずかしそうに俯きながらお願いする食詰めの姿は効果抜群だった
ヘインは警戒心の強い子犬を手懐けたような快感に浸りながら
食詰めの申出を快諾し、眠るまで手を握ってやるとか
ベタなオプションまでサービスすることを浮かれて約束する
も彼女を『生まれながらの食詰め』と評した本人が
迂闊にもその事実を忘れてしまったようだ
ヘインは確認するべきだった。俯いた少女の表情を・・・
■痛み分け■
まったく、ようやく術中に堕としたと思ったんだが、これは予想外だな
さすがの私も初日から自分より早く寝るとは思わなかった。さすがはヘインと言った所か
まぁ、まぬけな寝顔を見られるのは嬉しいが
寝相の悪さはなんとか直して貰わないと本当に寝不足になってしまう。
横の椅子に座っていたのにいつの間にか、私のベッドに転がり込んでくるなんて
一体どういう寝相をしてるんだ?
これから私はベッドから落とされるたび目を覚ますことになるのか?
『おふぁよう~、よくねれたかぁ~?』
あぁ、ヘイン・・・、お前のお陰で久々に快眠だったよ!!
感謝と慙愧の念で胸が一杯で腸が愉快に煮えくり返っている所だ
『んぁ?まぁ、寝れたならよかったなぁ~、わりぃもうちょいねるぅゎ~』
■
食詰めは二度寝に入ったヘインに静かな殺意を覚えつつも
このなんとも平和な日常によって、自分は癒されているに違いないと
少しだけ気を静めてヘインの寝顔を優しい表情で眺める
30分後、脇を抉るようなパンチでヘインを飛び起こさせられる
何度もベッドから蹴落とされ続けた食詰めの恨みは結構深いようである
理不尽な暴行と信じるヘインに、正統な報復と主張する食詰め
騒がしくも平和な日常が、いつものように繰り返されようとしていた・・・
・・・ヘイン・フォン・ブジン侯爵・・・電子の小物はレベル132・・・・・
~END~