どんな過酷な戦いの中にも、休息は必要だ。
壁に背を預けたシンは、自分の目の前に流れる艶やかな長髪を軽く持ち上げた。
少しずつ手から離れたそれは重力に従い、さらさらと音を立てて落ちていく。
「やっぱり綺麗だな。前から触ってみたかったんだ、セツコさんの髪」
「そうなの?だったら好きなだけ触っていいよ。でもこの姿勢、少し恥ずかしいな」
腕の中には自分に背中を預け、生まれたままの姿で抱きしめられているセツコ。シンに遊ばれている自分の髪をぼんやりとみつめている。
「俺に抱きしめられるの、嫌?」
「そんなことないけど。ただ、この姿勢甘えてるみたいでね。私の方が年上なのになぁって」
「いつも頑張って立ってるんだから、今くらい体預けてくださいよ。この時だけは年上とかそんなの気にしないって事で」
「………そうだね。うん、気にしない」
シンの胸に身体を預けたまま、セツコはお腹に触れたシンの左手の上に手を添える。彼女と密着する部分が増えて、2人の体温がさらに上がったような気がした。
目を閉じて彼女の首元に顔を寄せると、女の子特有の良い匂いがした。ひどく落ち着く。
「けど、シン君」
「ん?」
目を閉じたままのシンに彼女は問いかける。気にしているのは目の前の光景。
「あっ、はぁっ、あああ……。ルナ、ちょっと待って……」
「ふふっ。顔真っ赤にしちゃって、ステラ可愛い………。ここか?ここが良いのんか~!?」
「あれ、気にしなくていいの?」
「あえて見ない振りをしているとは思わないんですか」
仕方がないので彼女が見ている方へ目を向けると、ちょうど肉食獣が獲物に止めを刺してるとこだった。……いや、正確には乳首をはむはむしてるだけなんだけどな。
昨日は我が身だったせいか、助けてあげた方がいいんじゃという目でセツコが見上げてきた。だがシンはそれに応えることができない。
情けない話だが、今あれに巻き込まれたら涸れ果てちまう。
だって仕方ないじゃないか。
追い込みすぎて底力が発動してしまったルナマリアに対し、自分はENもSPも尽きてしまった。
おまけに前回目覚めた議長ボイスの運命は途中で「さらばだ、わが友よ」とか言って帰っちゃったし。
この役立たずが。口だけか。そーか。
そういうわけで、今のシンの心境は「俺は今、究極のパワーを手に入れたのだ~!!!」 → 「とてもじゃないが助けてやれそうもない」なナメックの人と同じなのだ。
「ねえ、早くこっちに来なさいよシン。さっきまでのリベンジしてやるんだから。さもないとステラがもっと凄い目にあうわよ?」」
「そんなにムキになるなよ。ステラだって疲れてるんだから、少し休もう」
どうやら先程の決勝戦でのシンの責めを根に持ってる模様。自分で降参って言わせて欲しいなんて言ってたくせに。
なんだろうね、負けた事なんて無いのに『彼女には勝てない』って思ってしまうこの空気は。
「何言ってんの。ザフトレッドのこの私が、ベッドの中じゃ緑服なんて認められないんだから」
「いや緑で良いって。俺だってグリーンボーイ、6回戦レベルだって」
「何言ってんの、シンならきっと世界狙えるわよ。だからあと6回はいけるはず」
「ちょっと待てや。どっからきた数字だよそれ」
「知らない?世界戦って12ラウンドまでなんだけど」
ボクシング関係ねえ。そんなにやったら涸れてしまうわ、確実に。
てかそろそろその攻める手を止めてあげて。
「ね~?ステラもシンに来て欲しいわよね~?ほら、ここをこんなにして」
「シ、シン。つらいなら、あ、無理しなくていいよ。ステラならんんっ、大丈夫だから。ステラがシンを守るから……はぁ、はぁ」
あ~、ステラさん。その言葉は嬉しいけど、そんな大げさな話でもないと思うんだ。
「もう、この娘ったらポイント稼ごうとかっこつけちゃって。だったらお望み通りにしてやるんだから。ほぉらステラ、えい!!そんなにシンが好きかーーっ!!!」
「ああん!!このルナマリア凄いよぉ!!さすがメイリンのお姉さーん!!!」
ステラがピンチだ。性的な意味だけじゃなくヒロイン的な意味でも。それにルナマリアがそっちの趣味に目が覚めてしまうのもなんだし、戦場へ乱入しようか。
乱入とは言っても、フリーダムみたいに手加減なんかするつもりは勿論ない。全力で沈めに行くのだ。
裏を返せば、返り討ちにあう可能性も十分あるということだが。
「あ、シン君」
「?」
「あっちが終わったら、私ももう1回お願い。……今度も、強めで」
「………」
身体、もつのかなぁ?
結論から言うと、お尻を並べた3人へ勢い込んで突撃したまでは良かったものの、やはり3人同時は楽なものではなかった。
いくらデスティニーとはいえバルゴラ・インパルス・ガイアの3機相手では厳しいといったところか。
最初はまだ余裕があった。
体の一部分にトライチャージを受け、その反撃に思わず高エネルギー長射程ビーム砲をそれぞれの顔に命中させてしまったり、
調子に乗って仲間にも攻撃を始めたルナマリアへ、セツコやステラと3人でガンホーガンホーガンホーしたり、
両手のパルマフィオキーナとアロンダイトをそれぞれに割り振り、フル・ウェポン・コンビネーションをALL攻撃にしてみたり、
抱き合ったステラとルナマリアの間にアロンダイトを突き刺し、「まだいける!!」とばかりに再攻撃を繰り返したりした。
だが連戦に次ぐ連戦に、ついにデスティニーにもエネルギー切れのピンチがやってくることとなる。
勝機とばかりに襲い掛かる3機。特にやばかったのはやはりインパルスの彼女。
戦術換装(赤服・ミニスカ+ニーソ・全裸)したらすぐEN回復してくるというのは反則すぎる。なんでだ。ミネルバ離脱してんのにさ。
見かねたステラが援護防御してくれなければ、おそらく自分が撃墜されていただろう。彼女が自分を守ると言ってくれたのは嘘ではなかったのだ。
尤もその後、感謝の証としてアロンダイトをプレゼントしなければならなくなったが。最大の難関であるルナマリアを撃墜できたのだから、その甲斐はあったというものだろう。
それにしても運も味方していたとは言え、自分でもよくここまで戦えたと思う。
いや、過去形で語るのはまだ早い。まだ戦いは終わっていないのだから。
ステラは途中で疲れて寝入り、ルナマリアは先程失神してから起きる気配は無い。もはや残っているのは僅かに1人。
だが自分は今、その彼女に――――
「ごめん…ごめんねシン君。腰が……腰、止まんない…っ!」
「いや、いいですけどっ…つうっ!」
一方的に攻め込まれていたのだった。
「はっ、ふぁっ、いい。シン君…っ、シン君すごいっ……!!」
貪られている。シン・アスカの全てを貪られている。
自分の胸に両手をつき、その身体の上で大きく腰を弾ませるセツコを見上げながら、シンはそう思った。
「セツコさん……これまでに何回イッた?」
「んっ、3回目から次は、はぁっ、数えてないっ……!!」
気を逸らす為に問いかけてみると、なんとも正直な答えが返ってきた。シンの記憶でも、大小合わせて結構な回数彼女は達した筈だ。それなのに続くこの貪欲さ。
まずい、体力が残り少ないなんていってる場合じゃない。攻めないと。強烈な一発でKOしないとこちらがもたない。
覚悟を完了して繋がったまま身体を起こすと、今度は逆にセツコに覆いかぶさった。
耳を攻めながらの正常位。だがそれでも下になった彼女の腰が止まる事は無く。
「シン君、シンくん……」
指と指が絡み合う。そう言えば、ここまでの彼女は体を重ねるたび、必ず身体のどこかを絡み付けてきた。まるでシンを離さないかのように。
怖いのだろうか。こうやってお互いを貪っている時でも、失うことを恐れているのだろうか。
「大丈夫ですよ。大丈夫」
「ふあぁ……しん、くん……」
意識が遠くなってきているのが不安なのか、ひたすら小さい声でシンの名前を呟き続けるセツコ。
彼女はずるい。その声は反則だ。
ピンチな現状は分かっていたが、こんな自分を求めてくれる彼女を愛しく思う。
自分を呼ぶその声がもっと聞きたくて思わず身体を密着させると、当たり前のように彼女の腕が背中に回る。
その時、吐息に混じって耳元で何か聞こえた。ような、気がした。
――――す、き
眩暈がした。
それはもしかしたら空耳だったのかもしれない。身体を重ねているからといって、自分は調子に乗っただけなのかもしれない。
でも、それでもよかった。
今までほのかに抱いてた気持ち。この数時間で強まったシンの気持ち。それを吐き出すのに十分なきっかけだった。
「………?」
動かなくなった腰に気付き、彼女は目を開けてシンを見る。蕩けきった瞳が続きを促していた。
「シン、くん。どうしたの?」
自分が何かしたのかと思い込んだのかもしれない。不安そうな顔をする彼女。
シンが顔を近づけると、やっと表情が緩んだ。そして彼女もシンに応える為に顔を近づける。
絡み合う視線と吐息。ついばむように唇が軽く触れる。今日だけでもう何回目なのか分からないキスをして、シンは言った。
「セツコさん、俺さ。………貴方が、好きです。」
「………へ?」
ポカンとした表情を浮かべ、シンを見つめるセツコ。まだ脳が理解していないのだろうか。シンは構わず言葉を続ける。
「だから大丈夫。何処にも行ったりしない。………俺、此処にいますから。貴方の傍にいますから」
「え……?あ………――――ッッッ!!!」
変化は劇的だった。
シンを包み込んでいた柔肉が波打った。見開かれた目からは雫がこぼれた。すらりとした手足がシンの身体に巻きつき、額はシンの胸に押し付けられた。
細い肩が震えていた。
逃げられない。まるで蜘蛛か食虫植物にでも捕まったかのよう。体重をかけないよう姿勢を保つのが精一杯。
しばらく彼女は身体中をびくつかせていたが、そのうち抱きついたまま動かなくなった。自分が動くべきか、このままにしておくか。シンにはこの後どうすればいいかわからない。
一つだけ分かるのは、彼女から離れるという考えが自分の中に全く無いということだけ。
「………」
彼女の頭を優しく撫でながら、シンはしばらく待ち続ける。劣情は今尚身体に残っているが、大して気になるほどのものでもなかった。
ただひたすら、彼女の事を考え続けた。どうやら時間はたっぷりありそうだったから。
変なヤツにひどい目に遭わされて。
好きな人への想いを利用されて。
身体の機能を失ってきて。
仲間を、誇りを汚されて。
信じた者達に裏切られて。
ずっと、1人で。
今の彼女は悟りでも開いたかのように落ち着いている。だが同時に、自分の幸せを諦めているようにも見えた。
自分がいなくても、周りの人は幸せになれる筈だ、と。
だから伝えてやりたかった。そんな事は無いと。皆の、いや自分の幸せの中には、彼女の笑顔も入っているという事を。
隣には裸のルナやステラが寝たままだ。そして2人への想いも嘘じゃない。こんな自分にはその言葉を吐く資格はないということは分かってる。
それでも言わずにはいられなかった。
嘘や同情じゃない。勿論浅はかなハーレム願望でもない。ただ、そう伝えたかっただけだ。
胸の中の彼女は、まだ肩を震わせている。
この想いが届かなくてもいい。ただ、彼女を好きになる男もいるということを分かってくれればいい。自分の幸せの為に生きてくれたらいい。
震える彼女を抱きしめたまま、そうシンは思った。
「ごめんね、シン君。待たせちゃって……。あんな事言うからびっくりしちゃった」
彼女が顔を上げたのは、しばらくたってからだった。
どれだけ自分が待ったのかはわからないが、彼女が謝る必要なんてない。
悪いのは、いつだって自分だ。
「すいません、こんな状況で言う台詞じゃないのはわかってます。でも、俺―――」
「ストップ。その話、今はやめておきましょう。今の私たち、お互いに抱えてるものが多すぎるから」
「セツコさん……」
「お願い、シン君」
「……」
抱えているもの。それはグローリー・スターの事か。彼女のその言葉にシンは少しだけ落ち込んだ。
考えてみれば当たり前だ。死者の想いを裏切ることはできない。
自分たちは出会ってたかだか数ヶ月。しかも隣に他の女の子が寝ている男の言葉などで、彼らとの思い出を振り払えるわけがないのだ。
そんなシンの顔を見て、彼女はシンの頬を撫でてきた。その瞳は優しい。
「ふふっ、なんかおかしいね。私たちこんな格好で繋がったままなのに、なんで暗い顔してるのかな。――――ねえシン君。続き、しようか」
「別に無理しなくてもいいですよ?こうしているだけでも俺、十分幸せですし。……ていうか、そろそろ抜いた方が良いような」
「抜きたいの?でも、ココはそう言ってないけど?」
セツコが腰を僅かに動かし、シンを包んでいた柔肉の締め付けが再び強くなる。
不意を突かれたシンは思わず出してしまうところだった。
「うわっ、セツコさん、それ無し……」
「ふふっ」
笑顔を浮かべるセツコ。その顔に先ほどまでの影は無い。いや、もう余計なことは考えるな。考えるのは今の彼女のことだけでいい。
自分たちに今できるのは、その手に残った大切なものを貪るだけ。今はそれ以外の思考はいらない。
「実は、さっきから身体が火照っちゃってて。続きが欲しいの……お願い、シン君」
「……わかりました。んじゃ」
「あ、ちょっと待って。んー」
唇を突き出しキスをねだる彼女。さっきまでとの表情の落差に思わず笑みが零れる。ルナマリアといい彼女といい、さっきから振り回されてばっかだな俺は。
「あの、いきなり子供っぽくなってません?」
「知らない」
「拗ねないでくださいよ。今のセツコさん、すごいかわいい」
「………ばか」
頬を膨らませた彼女と、鼻をくっつけて微笑みあう。
そのまま彼女にご要望通りの長いキスをしてから、シンは再び腰を動かし始めた。
「ああっ、はっ、んんっ!!……シン君、わたしあんまり、余裕、ないかもっっ!!」
「ごめん、俺も……」
激しくなる息遣い。それに比例するように2人の腰が激しく動いていき、
「出る……っ!!!」
「あ、あああああああーーーっ!!!」
2人が同時に達するのに、大した時間はかからなかった。
「そろそろ、寝た方が良いんだろうな…多分」
「そうだね…」
寝転がったままお互い向き合い見つめあう2人。既に身体は離れているが、手だけは握り合ったままだ。
現在時刻は深夜の3時。明日も早い。隣の2人はとっくに爆睡モードに入っている。
起きる時間を考えれば自分たちもそろそろ寝た方がいいのはわかっているが、シンもセツコもそれができなかった。
いや、したくなかったというべきか。
「ねえシン君。元気、出た?」
「出た。ってか出すぎてもう身体に残ってないです」
「もう……」
疲れたように冗談を口にするシン。セツコは思わず苦笑する。
「それにしても、まさかこんな状況になるなんて思っても見なかった」
「…………後悔してる、とかないよね?」
「当たり前ですよ。ただ、俺たち本当に違う世界の人間だったのかなって思っちゃって。こんなに近くにいるのに」
「そう言えば、そうね。出会うはずの無い人たちがこうして出会って、こうして触れ合って。なんだか不思議」
そう、本来なら自分たちは出会うことは無かったのだ。セツコだけじゃない、カミーユやロランやZEUTHの仲間とも。
もしも彼らに出会えなければどうだったろう?
ステラは助けられず、アスランとは揉めたままで。議長の示す道を疑いも無く進むだけになってたのではないだろうか。
だとしたら、俺は。
「俺、多分皆と…セツコさんと出会わなかったら、きっとひどい事になってたと思う。だから、なんて言うかその………貴方と出会えて良かった」
「私も。ブレイク・ザ・ワールドから今まで、いろいろ辛いこともあったけど。でも皆や……シン君と出会えて良かった」
「うん……」
優しく穏やかな目で微笑みあう2人。キスをしようと顔を近づけかけたシンの足に何かが触れる。
視線を向けると、彼女の両足がシンの右足を挟んでいた。
えーと。このサイン、もしかして?
「セツコさん……?」
「あ……あの、その。……シン君さえ良ければだけど。もう1回、良い?」
「も、もう1回ですか?」
「ダメかな……?」
潤んだ瞳でシンをみつめるセツコ。そんな目でおねだりされて応えないのは男ではない。
でもまあ残弾とか充填率的な問題もあるし、とりあえず下半身に聞いてみた。
シン(いけるかシン太郎?)
シン太郎(やれやれだぜ)
よく言った。ならもう1ラウンド頼む。
「いけます」
「………うう…露骨すぎ」
彼女は頬を染めて恥ずかしそうにうつむく。下ネタは駄目なのかこの人。
身体中キスされて大事なところもほとんど自分に見せたというのに、それでもまだダメらしい。
まあそういう表情も可愛いからいいけど。
それじゃとばかりに身体を起こすと、すぐに彼女が抱きついてきた。細い腰に腕を回し彼女を受け止める。
希望はどうやらこのまま対面座位。お互いの体が密着でき、なおかつ自分もある程度自由に動けるこの体位が彼女のお気に入りの模様。
彼女の胸の谷間に流れた汗を舐めると、さらに胸を押し付けてくる。
退く理由は無い。先端を強めに噛みながら下半身同士を擦らせると、セツコは大きな声をあげながら身体を震わせる。
どうやらスイッチが入ったようだった。淫靡な顔は普段の彼女からは想像もできない。
だけど彼女のそんな一面を見ても、胸の中の感情だけは消えることは無かった。
「全部決着が着いたら、もう一回言ってみようかな……」
「…………何か言った?」
「別に何も。俺の準備はいいですよ。腰、降ろして」
「うん………んはっ、はっ、はいった、よ……」
両手両足を絡ませてシンに体重を預ける。ゆっくりとシンのものが呑み込まれていき、そして止まる。
息を整えながらそのまま動かない彼女。少ししてからシンの顔を見つめて、ようやく動く許可を出した。
「ふー……。もういいよ、シン君。動いて」
「うん。それじゃ行くよ、セツコ」
「ふぇっ!?あ、あああっ!!」
遠慮なく腰を跳ね上げるシン。リズムに合わせて跳ね上がる、彼女の長髪と胸が激しさを物語る。
だが彼女が気にしているのはその強さではないようだった。
「シン君、ちょ、駄目、呼び捨て禁止ーーーっっ!!」
「いいでしょ、今くらい?俺の事も呼び捨てにしていいですから」
「で、でも」
「ほら。シンって言ってみてくださいよ。年上なんだから別に変じゃないでしょ?」
セツコの弾む腰を抱きしめて動けなくしてから、シンは彼女を見つめる。
刺激が止まってしまった事に焦れて自分で腰を動かそうと頑張っていたセツコだったが、シンの目を見ると恥ずかしそうに呟いた。
「…………シン?」
「うん、そう」
キスができそうなほど近づく2人の顔。嫌がっていたわりにはなんだか嬉しそうだ。
「………シン」
「なに?セツコ」
「シン」
「慣れた?」
楽しそうに聞いてくるシン。セツコは頬を染め、照れたように顔を背けて答えた。
「………ねえ、やっぱりシン君の方が」
「はい、『君』付けたからお仕置きですね。激しいのいきますよ」
「え?そんなの聞いてな、あ、あ、あああああっっっ!!!」
結局、起床時間近くになるまでそのじゃれ合いは続いた。
「まったく、あの子たちったら。こんな時間になっても部屋から出てこないなんて。もうミーティング終わっちゃったわよ」
「まあまあ。ここのところ大変だったんだ。注意するのは大事だけど、少しは大目に見てやらないと」
宇宙なので実感は湧きにくいが、現在の時刻は朝の8時。破嵐万丈は仲間たちを連れて艦内を歩いていた。
向かう先は居住区。ミーティングをサボった3人の女の子の様子を見る為に、女性陣リーダー格のエマと共に部屋へ向かっている最中だ。
ちなみにその他の者たちは、ただ単に暇だったので付いてきただけである。
「それにしてもルナやステラはともかく、あの真面目なセツコまで来ないなんて珍しいわね」
「どうせ3人で愛しの彼の相談でもして夜更かししたんじゃない?パジャマパーティーとか」
パジャマパーティーか。なんだかドキドキする言葉だ。いや深い意味はないんだが。
それよりも今朝のミーティング欠席者はその3人だけじゃない筈だ。確か昨日―――
「そういえば、シンも夜に出たきり部屋に戻ってないみたいだね」
「あれ?シンはミーティング出てなかったっけ?後ろで騒いでたじゃん」
「それはエイジだろう。あ~じゃあシンが来てなかったのか。文句言いに行かないとな」
「シン兄ちゃんまだ寝てるんじゃねえの?一応軍人なんだから、起きてたら来ると思うんだけど」
確かに。いつものシンは時間にはきっちりしていた筈だ。大方昨日3人と騒いで寝るのが遅くなったんだろう。後で寄っておく必要があるな。
「フフ、こんなこともあろうかと。キラケンさんと寝起きドッキリの準備をしてきたんだ。それくらいの罰ゲームは良いと思ってね」
彼らの後ろに『ドッキリ』と書かれたプレートを持つキラケンと大きなしゃもじを持ったキラが続く。……キラ、それ違うから。
「あら、シンも起きてないの?じゃあ昨日の勝負はついたってことなのかしら。1人は彼とラブラブ朝チュン、残りは自棄酒二日酔い、みたいな」
「不幸だわ」
「まあそれは無いと思うけどね。それにもしそんな展開だったとしても、幸せも不幸せも人それぞれだよ。
彼女たちはまだ若いんだし、失恋なんて時が経てば大事な思い出の一つに変わるさ」
女性陣の会話に苦笑しているうちに、ルナマリアの部屋に着いた。女性の部屋なので少し距離をとると、代わりに前に出たエマが部屋の入り口にあるインターホンで呼びかける。
だがインターホンから聞こえてきた声は、部屋の主のものとは違う声だった。
『はい』
幼い声。この声はステラだ。ということはおそらく、彼女はあの後この部屋に泊まったということなのだろう。
暗い様子はなさそうだが、上手くシンを元気付けることができたのか。ちょっと声だけでは分かりそうもないな。
「ステラ?やっぱり貴方もいたのね。ルナマリアを呼んでもらえる?それかセツコ。一緒にいるんでしょ?」
『ルナとセツコ?いるよ。それからシンも。―――ちょっと起こしてくるね』
なんですと?
思わず顔を見合わせる。今彼女は何て言った?
扉の横のスピーカーからは、依然として室内の声が聞こえている。
『みんな、起きて。朝だよ』
『んん、腰痛いな……おはよ、セツコさん』
『ふぁ、ねむ……え、シン君?なんで………あ、そっか。うん、おはよ』
『……おはよぉ……』
会話から想像するに、彼らはすごい近くで寝ていた様子。なら答えは1つしかない。
いやいや焦るな落ち着け自分。その結論は早すぎる。酒でも飲んで皆ダウンしただけかもしれないじゃないか。
『ルナ、セツコ。ねえ』
『ふぁ、ねむ……。ねぇシン、おはようのキスはぁ?』
『キス?ったく……ん。これで良いか?』
『ふふっ。だーめ。あと3回』
『……ん、ちゅ、んん。んじゃ、これで』
『あと5回だけ』
『増えてるぞ、おい』
『調子乗り過ぎた、かな?……ごめ、んーーっっ!?んんーーっっ♪』
あ、コレはアウトだ。女性陣からハイパー化しそうなくらいやばいオーラが出てる。
誰も動かない。キラですら動けない。動ける人間がいたら教えてくれ。
『やっぱり眠いな……あと5分だけ……いやいや、もう起きなきゃ。でもまぶたが重い……』
『セツコ聞いて……だめ?……ねえルナ、今外に』
『あ~あ、もう身体がベタベタ。みんな、シャワー浴びよ?ほらセツコさんももう目を覚まさないと』
『………ごめん、俺今ちょっと立てない』
『ちょっと大丈夫シン?もう、昨日の元気はどこにいったのよ?』
『原因は間違いなくルナじゃないか……』
『何情けないこと言ってんのよ。今夜もするんだから、それまでには回復させとく事。いい?』
『シャワー……ええ?今夜も?私もちょっと身体が』
『自由参加ですから、セツコさんは自分の部屋で休んでても良いですけど?こっちは私とステラがいますし、人数が足りないって事はないですから』
『………参加、します』
有罪確定。判決、死刑。とりあえずそんな結論が出たらしい。
幽鬼の様にゆらりと動き出す女性たち。
「………」
「………」
「……………行くわよ」
エマの声と共に、部屋の扉に向かって数人が舞う。跳び蹴り。
哀れな部屋の戸は、大きな音を立てて吹っ飛んだ。
女部屋なので中に入れない男たちを気にも留めず、彼女たちは部屋になだれ込む。出入りじゃ出入り。いてもうたれ。
「よく見たら身体中キスマークだらけだぁ……。シン君にマーキングされちゃったってきゃああああ!!!」
「うわ、びっくりした」
「ああ、ドアが!!ちょ、みんな、人の部屋に何してるのよ!?」
部屋の中には4人の男女。皆シーツで素肌を隠しているが、全裸なのはすぐ分かった。
露出した素肌には所々赤い斑点がついており、おまけに室内には特有の匂いが充満している。
「「「「この、女の敵がぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」」」」
体を動かせずに部屋の外で立ち尽くす男性陣。中からは肉を叩く音と、おぞましい悲鳴が聞こえてくる。あれでは生きては帰れまい。
無茶しやがって。
「シン兄ちゃん、生きて帰れるのかなぁ……」
「やっぱり浮気はよくないんだな。よし、今からサラに一生君だけを愛し続けると誓いに行こう」
「駄目だなぁ、シン。お前守るんじゃなかったのか。この世界の平和を………」
勝平君怖いのはわかるが落ち着け。ゲイナーやめとけ。マリンは早く正気に戻るんだ。
そして一刻も早くここから脱出しよう。
シンの小隊の再編成は僕がブライト艦長に言っておくから、君たちは今の光景を忘れるように。戦闘に引きずってはいけないからね。
このまま戦場に出たら小隊長効果に「女性への攻撃力-20% 女性からのダメージ+20%」とかになりかねん。マジで。
「あ~!!逃げた!!」
「追え!!!」
怒声と共に部屋から飛び出て来たのは、ズボンだけ履いて上半身裸のシン。体の所々に赤い斑点が付いている。やっぱりかこの野郎。
そのまま自分たちに目も向けず、焦った表情で走り去る。
続いて出てきたのは女性陣。まるでオーバーデビルの大群のように、絶対的な死のプレッシャーを放ちながらシンを追いかけて行った。
どうやらシンはエンドポイントの選択肢を間違えて、1人で黒歴史エンドへ行ってしまったらしい。
万丈は心の中でシンの葬式の時に読む弔辞を考えながら、勝平の手を取り歩き出した。残りの男たちにも付いて来いと促す。
生あるものは死者のぶんまで、自分のすべきことをしなければならないのだ。だから、シンの事を振り返るのはもうちょっと後で良いだろう。
えーと故人は3度の飯よりも女の子が好きで………ってなに?僕にあれを止めろって?…僕は………いやだ。
あの死亡フラグにダイターンクラッシュを決めるのは容易ではないし、僕だってなんでもできるわけじゃないんだ。それが幸せかどうかは別にしてね。
メサイアの前方でZEUTHを待ち構えるレジェンド。本来なら後詰として出てくる予定だったが、自ら志願して先陣を切ることになった。
ZEUTHは精鋭だ。数は此方が多いとはいえ、一般兵士たちが薙ぎ倒される可能性が高い。
それは全軍の士気にかかわる事だ。ならば誰かが先頭に立ち、彼らの勢いを止めなければならなかった。
「俺1人で彼らを止める、か。なかなか厳しいな」
せめてここに親友が、背中を預けられる自分の相棒がいれば、まだ気が楽だったと思う。
いや、そんな仮定の話はやめよう。彼はもう敵だ。敵なのだ。
まだ距離はあるが、ZEUTHの戦艦から数機ほど出撃してきた。先頭はデスティニー。
誰が乗っているかは言うまでも無い。シンが此方に向かって来ている。ザフトを止めるのは俺だ―――そんな考えをもっているのかもしれない。
アイツらしいな。
「やはり来たか。シン、俺はお前を…………なんだ?」
覚悟を完了して迎え討とうとしたレイだったが、何かおかしい。数機で突っ込んできたというよりは、シンが後続の機体から逃げているようにも見える。実際攻撃されてるし。
ビームやミサイルを回避するその光景は、立場は逆だが2人でアスランを追いかけたときに似ていた。
デスティニーを追いかけているのはZとマジンガー。ゆっくりと後方にオーガス。いや、今ジャスティスと百式も加わった。
『ちっ、照準が定まらんか……』
『シン、なんてうらやま…じゃなかった、今のお前は修正してやる!!』
『年貢の納め時だぜ、シン!!』
『いやちょっと待ってくれ、この面子に襲われるのは納得いかないんだけど』
『シン、お前が欲しかったのは本当にそんな力か!?』
『アンタは黙ってろアスラン!!フルウェポンコンビネーション決めるぞ!?魂と再攻撃付きで』
説得に定評の無いアスランはいつもの事だが、これは何だ。また仲間割れというわけでは無いようだが。
通信画面の中のデュランダルやタリアも困惑している。
わけがわからないので、とりあえず追いかけずに眺めているオーガスに事情を聞いてみた。
「すまない、状況が読めないのだが……何があったんだ?」
『あ、レイか?ひさしぶりだな。これは……まあ、あれだ。シンがウチのアイドル達に手を出したんだってさ』
「アイドル?」
『セツコとルナマリアとステラ。3人まとめて』
…………なるほど、やっちゃったのか。しかも3人まとめて。それは誰かに刺されても仕方が無いのかもしれない。
だが追っ手の人選が間違っているだろう。あの4人は無いって。ほとんどがトライアングラーじゃないか。
奴らに女性関係について偉そうに語られるのも気分が悪いし、ここは助けてやってシンの居場所はザフトしかないと思わせようか。
それが良い、そのためにはギルの許可を。そう思いながら振り返ると、背後のメサイアに光が集まっていた。
『ネオジェネシス発射用意。目標、デスティニー。――――運命に打ち勝て!!』
「ちょ、ギルやめて」
それ最後にかっこつける為に残しておいたやつじゃないですか。しかも台詞もタイミング違うし。
『気にするな。私は気にしない』
いや、人の台詞取らないでください。
「やれやれ……」
経緯を聞いたアムロだが、怒る気にはなれなかった。そりゃ女性陣のキレっぷりを見れば冷静になりもする。
ちなみに経緯を聞いたブライトは
「ま、まあ良いんじゃないか?浮気とか不倫とか、そういうのは当人の問題だろう。外野がとやかく言うことじゃない、ウン」
だそうだ。何で続編があった時の予防線貼ってるんだ。劇場版準拠なんだから心配しなくても良いと思うぞ。俺はどうだかわからんがな。
それはともかくシンの捕獲(討伐)部隊も勝手に行ったことだし、自分にはすることがない。ぼんやりと自分の恋人を含めた喧騒を見ているだけである。
「ちょっとルナマリア、大丈夫なの!?」
「だ、大丈夫って何のことですか……?」
「気付いてない!?いや、あのケダモノによほど凄い、じゃなくてひどい目にあったのね!!」
「………好きだって言われちゃった。ああいう事の最中の言葉だけど、あの時のシン君、凄い真剣な顔だったなぁ…」
「ねぇ、プリンが2つ置いてあるけど、ステラが貰っていいのかな?」
あの兄弟意外と義理堅いな。遠慮いらないから食べなさい。
「ケダモノって……シン、そんな悪いやつじゃないですよ」
「完璧に飼いならされてる……だめよ、貴方たちは若いんだから。まだやり直しはきくわ!!」
「『何処にも行かない』とか『貴方の傍にいる』って、もしかしなくてもそうなのかな。………やだ、そんなの私困っちゃう。でも女性が年上の方が上手くいくって聞いたことあるし』
もう無法地帯だここは。戦いを前にしてるのに落ち着きが無い。大丈夫かこんなので。
映像ではジャスティスがアロンダイトで串刺しにされたところ。アスランの安否が気になるが大したことではないか。
この戦いにはロジャーが出撃するし、迅速要員が減っても今回の作戦には支障はあるまい。
女性陣は画面の映像を気にもせず、ヒートアップは激しくなっていくばかり。
こうなったら月光蝶で殺そういやいやここは無限拳で月へ御大将とタイマンとか亜空間に放り込むってのもトリプルマジンガーブレードでNICE BOATはアイキャンフライでよくね?
……もうZEUTHって、とても正義の味方には見えんなぁ。
「ま、まあ、悪いことばかりでもないのかもしれないな」
無理矢理思考を切り替える。とりあえずそれは嘘ではないことも事実だった。現にシンには元気が戻っているし、ルナマリアとステラの仲も悪くなっていない。
今までは達観したような雰囲気を出していたセツコも表情が豊かになった。顔にしまりはないが。
全部良い方向に進んでいるし(たまたまだが)、風紀の乱れについて厳しく注意すれば、まあいいだろうか。
いや、それすら必要ないかもしれない。
「彼女たちの心のケアを最優先にすべきだと思います!!あの男にはサテライトキャノンで派手に散って貰いましょう!!」
「ついでに近くのシャアにも撃ち込んでおけ」
「そうね。とりあえずあのケダモノは男連中に殺って貰って宇宙葬にでもして――――」
罰が必要なくなるくらい、凄い目にあいそうだし。
そろそろ男連中を止めに行くついでにアスランを回収しに行くかとMSデッキに向かう。部屋を出る際にもう一度だけ振り返った。
「それはダメですって!!ちょ、セツコさんもニヤニヤしてないでこっちを何とかしてくださいよぉ!!」
「プリン美味しい。もう1個も今食べよ」
「ふふ、『もう一回言ってみよう』かあ。全部終わったら、そういう道を考えても良いのかなぁ……?」
女性陣に圧倒され、困り果てているルナマリア。
プリンを美味しそうに食べるステラ。
そして微笑みながらモニターを見上げるセツコは、とても幸せそうだった。