2300まであと数分。
不動司令やエウレカとレントン、アクエリオンたちに次元を繋ぎとめる役を任せ、セツコたちZEUTHは大特異点へと急いだ。
そして辿り着いたのはユニウスセブン。あれに桂とオルソンが触れれば時空修復が完成するらしい。
このまま時間になれば世界中の人たちの想いが此処へ集うのでそれをνガンダムのサイコフレームで集め、ZEUTH全員がその受信機となる。
それを大特異点に触れさせれば人の意思の数だけ新しい世界が生まれる筈だ。
「オルソン、お父様……私、待っています」
「やっとお父様か……始めは 『貴様』 だからな。道のりは遠かったよ」
「おじさまからオルソンへの道のりもな」
ZEUTHの代表としてユニウスセブンへ向かう桂とオルソン。確かにこれまでの道のりは長かった。
仲間たちと出会い、隊長とトビーを目の前で失い、アサキムにひどい目に遭い、カイメラに騙され、なんやかんやでシンと結ばれ(おまけが2人いるが)、アサキムにリベンジをかまし。
そしてようやく世界を救えるところまで来たのだ。これまでの険しい道のりを思い出し、セツコは思わず溜息を吐く。
仲間が居てくれたとはいえ、自分がここまで来れるとは思わなかった。
それにまさか生きているうちで、ロードを歌うことなく光源氏計画を完遂させる男を見れるとは思わなかった。
「さて、行くか……。新しい世界の始まりだ」
桂さん、オルソンさんはもう新しい世界を開いてますよ。
そんなことを考えながら桂の隣の男を生暖かい目でみつめるセツコ。リアルのロリコンによるのろけなんて見ていて気持ちの良いものでもないので、できれば早く終わらせて欲しい。
そしてシンやルナマリアたちと早く会うのだ。
『残念!!そうは問屋が卸さない!!』
だが、この局面でも空気を読まないバカ参上。
さっき倒した筈のジ・エーデルが、十以上のレオー小隊を引き連れてZEUTHとユニウスセブンの間に割り込んだ。
「ジ・エーデル!!」
「貴様、何をしに来た!?」
『見て分かるだろう!? 君たちの邪魔に来たに決まってるじゃないか。あの岩の塊を破壊すれば、全てはおじゃんなんだ!!』
そう叫ぶやいなや、ユニウスセブンへと突き進むカオス・レムレース。レオーたちはZEUTHたちの前に展開し、ユニウスセブンへの道を閉ざそうとする。
まずい。今のZEUTHにとってあんな機体は物の数じゃないが、あれに構ってたらレムレースにユニウスセブンが破壊されてしまうだろう。
「そうはさせない!!」
「セツコさん!?」
気付けば飛び出していた。レオーたちの隙間を掻い潜り、バルゴラがレムレースに食らい付く。
「私がこの男を止めます!! その間にレオーを倒して時空修復を!! ――――――スフィア、私の命を吸いなさい!!」
セツコが叫ぶと同時に、レムレースごとバルゴラの周囲の空間が歪んでいく。
その時、セツコの思惑に気付いたデュランダルが叫んだ。
『あれは……いかん、急ぐんだシン、レイ!! 彼女は自分ごと』
「わかっていますギル!! ですがここからでは……!!」
言われるまでもなくバルゴラを必死に追いかけていたデスティニーとレジェンド。彼らだけではない、大勢の仲間がその後に続く。
しかし決して少なくない数の敵機体が行く手を阻む。手こずる様な相手ではないが、このままでは
「遠すぎる……!! 邪魔すんな、お前らぁぁぁ!!」
届かない――――!!
『動かない? な、何だこれ―――?』
バルゴラに食いつかれたまま、抵抗する事も無く押されていくカオス・レムレース。自分の考えが正しかった事を知り、セツコはほっと息を吐いた。
確証の無い一か八かの賭けだったが、どうやら勝てたようだ。
「あなたの機体が次元力を制御すると言うのなら……同じシステムのスフィアの力なら、あなたの機体に干渉することができる……!!」
『け、けどそんな事したら君は完全にスフィアに食われちゃうよ!?』
「…………」
知っている。だから出来る事ならばやりたくはなかった。昔の自分ならばともかく、今の自分には光がある事に気付いていたから。
だけど今レムレースを止めるにはこれしかない。スフィアの力に目覚めた、自分しかいないのだ。
世界の危機と、もう先の無い壊れた自分。比べるまでも無かった。
『離せ、離せよこいつ!! ボクの望む世界の邪魔をするな!!』
「あなたも願って……。あなたの願いも連れて行くから……」
『馬鹿!! ボク以外の世界なんて認めてたまるか!!』
「………!! ならば、貴方は私が連れて行く。誰にも手を出せない遠くへ……!!」
リミットまではあと数分だが、天才であるジ・エーデルならその程度の時間でも何かするかもしれない。
だから少しでもユニウスセブンから引き離そうと、動きを止めたレムレースに食いついたままバーニアを噴かした。
戦場から離脱していく2機。ユニウスセブン、そしてZEUTHからどんどん離れていく。
「早まっちゃ駄目だ、セツコさん!! ………くっそぉぉぉぉぉッッッ!!! なんでだよ!! 何でそんな事するんだよ!!」
「ごめんね、シン君。みんな。最後まで心配ばっかりかけて」
少年の絶叫が耳に届く。誰の声なんて考えるまでも無い。自分の1番好きな声だ。
その声を聞いた後セツコは目を閉じ、意識を外界から外した。今感じるのは自分自身と触れているレムレースのみ。それ以外はもう、必要ないと思った。
どうせスフィアの力を長く使えば、少しずつ感覚を失っていく恐怖に晒されるのだから。ならば一番覚えておきたいものを心に焼き付け、自分から閉じよう。
最後に目に映ったのは自分を救おうと戦っている彼の姿。そして最後に聞いた声は自分との別れを受け入れられない彼の叫び。それだけで自分には十分過ぎる。
スフィアの力に目覚めた時から、自分には未来なんて無いと諦めていた。でもこの世界にはそんな事は無いと気付かせてくれた、こんなに自分を強く想ってくれる人がいてくれたのだ。
だからこの後どんな所に跳ばされても、スフィアによってどんな目に遭おうとも、その事だけで自分は幸せと言えるんじゃないだろうか。
思わずそんな事を考えたセツコの目から一筋の涙が零れ落ちる。
さよなら、大好きな人たち。
さよなら、私の大切な家。
勿論別れたくなんてないけれど。できることならすぐに引き返して、皆の元に帰りたいけれど。
「でもきっと、これが」
それ以上に守りたい。彼を。彼がいるこの世界を。自分たちが愛した、この世界を。
だから。
「私の―――――」
「シンを諦めてそんなのと駆け落ちするって言うのなら、好きにすれば良いと思いますけど。――――――その前にセツコさん、左に避けて」
「運命…………え!?」
唐突に聞こえた仲間の声。思わずその指示通り左にバルゴラを動かすセツコ。機体の右隣を2つの紅い閃光が通り過ぎ、そして爆発を起こした。
視線の先にはケルベロスを構えたブラストインパルスの姿。間違いない、今撃ったのは自分の親友だ。
「ルナマリア、なんで 『残念、隙ありだ!!』 ……しまった!!!」
ルナマリアを問い詰めようと僅かに気を抜いたセツコ。その刹那の隙を突いてレムレースがバルゴラから離れた。
杖を振りかぶるその巨体に、不意を突かれたセツコは動けない。
だが次の瞬間、ビームの雨がバルゴラをすり抜けてレムレースに降り注ぐ。インパルスとは別の方向から此方に接近してくる光が見えた。
これは――――?
「やれやれ。誰もが皆、諦める理由に『運命』という言葉をよく使うが……他に理由を言えないものかな?」
レムレースに攻撃を仕掛けているのは両手にライフルとバズーカを構えたクワトロの百式。そして
「いいか、セツコ…運命なんてのはな…後出しの予言と何も変わらない。何かが起こった後で、こう言えばいいんだ……」
その隣にはフィン・ファンネルとビームライフルを連射するアムロのνガンダム。
「全部運命だった、とな!!」
その2機を両脇に従え、ハマーン・カーンの乗ったキュベレイがファンネルを展開しながら両掌を輝かせている。覚醒と加速を使っているのか、通常のMSの3倍にも匹敵するスピードで宇宙を駆ける3機。
小隊長が射程の長いハマーンのキュベレイであるため、なんとか攻撃が届いたようだ。
UC有数のニュータイプ達によるトライチャージ、それもファンネルとバズーカも使ったスペシャル仕様。その弾幕に押されるようにレムレースが後退し、
「セツコさん、無事!?」
「だいじょうぶ!?」
2機の間には、バルゴラを庇うようにインパルスとガイアが割り込んだ。
「どうして来たんですか!? こうするしかなかったのに………!!」
同じ手が通じるかわからないが、もう一度スフィアの力でレムレースを封じるしかない。そう思い前に出ようとするバルゴラの進路を塞ぐ2機のMS。
やめてほしい。もういいから。この男は私が抑えるから、早く皆の所に戻って時空修復に備えて。
そう言葉を続けようとしたセツコを、2人は笑いながら振り返った。
「理由なんかない。だいじな人は、まもる。シンが教えてくれた」
「そうそう。それに………ほらセツコさん、あれを見て。私たちだけじゃないんだから」
セツコの叫びを気にした様子も無く、インパルスは手にしたジャベリンで背後を指す。その先にはレオーと戦っている仲間たち。
「行けぇシン!! デスティニーなら!!」
「了解!! 3人共待ってろ、今行く……!!」
「単機じゃ無理だ、レイとカミーユも行って来い!!」
「修復の予定時間まで残り2分、それまでに敵を全滅させろ!! セツコを守れ!!」
「敵の数は多くはない。この局面でこんな中途半端な数ということは、奴らにこれ以上の戦力は無い筈だ!! 彼女を犠牲にする必要なんかない!!」
その場にいる誰もが、自分の身を案じてくれている。
「やれやれ、みんなセツコさんには甘いんだから」
「他の皆まで………どうしてそんな事を」
嬉しくないわけではない。だが何故だ。そりゃあ確かに自分だって己の身を犠牲にしたかったわけじゃない。
だけど今回ばかりはもう本当に時間が無いのに。壊れそうな世界と既に壊れている自分、比べるのが馬鹿らしいほどに差があるものなのに。
なんでこの人たちは、私なんかのために必死になるんだろう。
「そんなの簡単だよ。皆セツコさんを犠牲にして得た平和なんて欲しくないんだ。
だって俺たちが望む未来の中には、セツコさんの笑顔も入っているんだから。セツコさんの幸せも入っているんだから。
だから……お願いだから、もう自分を犠牲にするなんてことを考えないでくれ。俺たちと――――」
今も戦っている最中とは思えないほどの、穏やかなシンの声。
小さい子供に話しかけるかのように、セツコに向かって話しかけた。
「俺たちと、いっしょに帰ろう?」
「シン、君………」
皆のところへ帰る。彼と共に。
その言葉に思わず涙が流れてきた。それは先ほどまでの涙とは違う、喜びの涙。
帰ってもいいのか。諦めなくて良いのか。
私は、自分のために生きても良いのか――――――
「ああ……っ」
涙が溢れて止まらない。何も無かった自分だけど、今では帰る場所がある。帰る事が許される。
こんなに嬉しい事は無い。
「生きるかくご、決めた?」
「………はい!!」
問いかけるステラの声に強く答える。その声を聞いたルナマリアがほっとしたような声を出した。
「まったく、無茶してくれちゃって!! そんな風にして平和を手にしたって、誰も喜びませんよそんなの。………まあ自分の意思で勝手に脱落してくれるなら、私は別にいいけど」
「ルナ、ひどい。ステラにはセツコもだいじな人」
「ステラは優しいわね。でもセツコさんがシンを諦めるなら、私たちがシンと一緒に寝る時間、凄く増えるわよ?」
全員が聞いている通信で行われる会話ではないと思うが。
ステラはルナマリアの言葉に少し考える素振りを見せた後、セツコに向かって可愛く手を振った。
「…………ばいばい、セツコ」
「そ、そんな!!!」
正直すぎる。友情より恋か畜生。さっきまでの感動が半分は吹っ飛んでしまったじゃないか。
悔しい事に、もう半分はどう頑張っても消えてくれそうにないが。
「動揺するくらいなら、最初からそんなこと言わない!! ……私だって、不戦勝なんかじゃ納得できないんですからね!!」
お前を倒すのはこの俺だ的な発言をしながら戦闘態勢をとるルナマリア。再び近付いてくるレムレースに対し、両肩のミサイルを大量に放った。
だが敵は止まらない。命中するミサイルを気にした様子も無く距離を詰めてきた。
『姉系にミニスカニーソやロングブーツ、アホ毛に飽き足らず、ツンデレまで開眼しようというのかい君は!? 引っ掛ける針が多すぎるんだよ!!』
長杖がうなりを上げてインパルスに迫る。避けられないと判断したルナマリアは盾を構えるが、果たしてそんなもので耐えられるのか。
そもそも機体のサイズが違いすぎるのだ。まともに食らえばMSの1機や2機などひとたまりもない。しかし
「なめんな!!」
盾は吹き飛び腕はひしゃげたものの、VPS装甲とルナマリア自身の底力が機体の両断を防いだ。さらに動きを封じようと杖を脇で抱え込むインパルス。
「皆、今よ!! ヤツに攻撃を!!」
『これを止めたか……だけど甘いよ。これで止めさ!!』
「させない……!! ルナ、守る!!!」
インパルスを破壊するべく長杖に力を込めようとするレムレース。だがMA形態に変形したガイアが体当たりのようにグリフォンを叩きつけた。
そこから生まれた一瞬の間を使い、インパルスが分離。各フライヤーを体当たりさせながらコアスプレンダーの機銃で破壊する。
カオス・レムレースの目の前で爆発を起こすブラストシルエット。
「爆・散!!!」
『どこのオレンジだよ!?』
ガイアのビームブレイドにインパルスの分離攻撃。それぞれの機体の特色を生かした攻撃に、流石のレムレースも思わず受けに回る。
当然この隙を逃せるわけが無い。
パーティーの3人目、セツコがガナリー・カーバーを変形させ、構えた。
「今だ!! ――――ザ・グローリー・スター!! フル、バースト!!!」
至近距離で放たれたグローリー・スター。エーデルは咄嗟に反応し回避したものの、左上半身がドリルごと抉り取られた。
『ぐうっ!? こんな、ボクが――――なに!?』
攻撃はまだ終わらない。レムレースの目の前に現れたのは、いつの間にかフォースシルエットを換装したインパルス。ガイアとエクスカリバーを分け合い飛び込んでくる。
そこにガナリー・カーバーを変形させたバルゴラも加わった。
「記憶しなさい!!」
「ZEUTH戦隊、セツルナステラ!!!」
「――――それが、貴方をNice boatする者の名です」
何それ。
ジ・エーデルがそう反応する暇もなく、袈裟切り・逆袈裟・唐竹とそれぞれが通り過ぎながら切りつけた後、3人は持っている得物を同時にカオス・レムレースに突き刺した。
「すごいな、3人とも……」
あの攻撃はかつて自分がルナマリア・レイと共にデストロイを屠った際に編み出した攻撃だ。だがそこに入るまでのプロセスが自分たちのものより洗練されている。
インパルスによるパーツ攻撃での目くらましからMAガイアでの突撃とバルゴラの零距離射撃を加え、止めに三位一体の合体攻撃。
その破壊力は合体攻撃の最高峰と言われるファイナルダイナミックスペシャルにも引けを取らないだろう。
3機が離れると同時にレムレースが大爆発を起こす。今日幾度も見た光景だが、他のレムレースが撃墜したときの爆発と遜色ない。
「来るのが遅いわよ。もう私たちがやっつけちゃった」
「ステラがんばったよ。シン、ほめて」
「ごめんなさいシン君、心配かけて……。でも私、もう生きる事を諦めないから。皆と一緒に生きていくから」
ようやく彼女たちの元に辿り着いたシンだったが、もうその必要も無くなってしまった。
急いで来たんだけどなぁ。まあいいか、彼女たちが無事なら。
煙が晴れていく空間を固唾を呑んで見守るZEUTHたち。実は皆ちょっと言いたい言葉があるのだが、それだけは絶対に口にするわけにはいかなかった。
何しろ状況が状況だ。もうすぐ23時だし、撃墜を確認したらすぐにでも時空修復をしなければならない。
もうこれ以上の戦闘は、本当に勘弁――――
「やったか!?」
「「「「馬鹿ーーーーーーっっっ!!!!!」」」」
嗚呼。
せっかく皆我慢してたというのに、ジョゼフが言いやがった。
余計なこと言うなよ本当に。そんな台詞言ったら大抵の場合どうなるか、お前原作で御大将から習っただろうが。
『まだだよ!!僕はこんなもので終わりはしないんだ!!』
ほらな。生きてるものなんだよ、こんな風に。
あ~あ。
「ちょっとジョゼフさん、余計な事しないで下さいよ!! お前は影でフランでも孕ませとけという皆の副音声が聞こえないんですか!?」
「空気読めあかいの。……ああ、これまでの人生で読めたことないのか」
「普段目立たないからって、ここぞとばかりにしゃしゃり出てこないで下さい!!」
普通にひどい事を言って叱る3人。気持ちは凄く分かるが、流石にひどい。
俺なら泣いてるぞマジで。
「え? 何だよ、俺のせいかよ!? 3人が仕留め損なっただけじゃ」
「言い訳をするなジョゼフ。余計なことをするくらいなら、MAPの隅で腕立て伏せでもしていろ」
斗牙キレすぎ。
彼女たちの声をきっかけにジョゼフに対してブーイングを始めるZEUTH。だがもうジョゼフのライフはゼロなので勘弁してやって欲しい。
それにいつまでもあんなマサイ族の美人みたいなやつに構っている時間は無いのだ。今は目の前の問題に意識を向けねば。
宇宙空間で腕立て伏せを始めたボルジャーノンを意識から外し、シンはカオス・レムレースに視線を向ける。
『ボクを無視するなんてひどいな。まだまだこんなものじゃボクは倒せないよ』
「黙れ。さっき言っただろ、それなら何度でも倒すだけなんだよ!!」
『おやおや、ようやくナイトの登場かい!? ならこの刺激のお礼に、お姫様たちと一緒に消し飛ばしてあげるよ!!』
ふざけんな、なにが 『お姫様たちと一緒に』 だこの空気読み人知らずが。彼女たちをお前なんかにこれ以上触れさせてたまるものか。
「3人は下がってろ!! あれだけ動いたんだ、エネルギーもそんなに無いんだろ!?」
「それはそうだけど……でも、今はアイツを討たないと」
「俺に任せりゃいい!!」
フラッシュエッジを両手に持ったまま、デスティニーを3人を庇う様に前に出す。
アロンダイトは既に消失しているが、戦えない状況ではない。伊達に武器や各性能をフル改造したわけではないのだ。
死ぬつもりは毛頭無いが、刺し違えても良いくらいの覚悟でいけば――――
「大丈夫だよ、みんな」
「「「え?」」」
皆を安心させるように話しかけるセツコ。その目に無理に言っている様子は無い。
だが何をもって大丈夫だと言っているのだろうか。
「あの人が来たから大丈夫だよ。よく言うでしょ!?」
「「「あの人?」」」
セツコがその言葉を発すると同時に、戦場に一筋の光が流れた。こちらに向かって真っ直ぐ飛んでくる。
援軍か。だが今仲間が1機援護に来たところで、サンドマンや万丈クラスじゃないとセツコほど安心はできないのだが。
大きさから見てスーパーロボットじゃなくMSっぽいけれど、一体誰が来たんだろう。
レオーと戦っている仲間たちも誰が行ったか分からないのか、疑問の声を上げていた。
「あれは何だ!?」
「鳥だ!!」
「飛行機だ!!」
「いや、LFOだ!!」
「いや……鳥だ……!!」
鳥やったんかい。
当然その光は鳥などではなく、宇宙を駆けているのは1機のMS。
フライングアーマーに乗ったガンダムMK-2。エマ=シーンが操るその機体が、ライフルを連射しながらジ・エーデルに向かって突っ込んでいく。
そしてフライングアーマーを叩きつけた後、カオス・レムレースを思い切り蹴飛ばした。
「はああああああっっっ!!!!」
『う、うわああああああっっっ!?』
強烈な一撃に再び大爆発を起こすカオス・レムレース。
そしてセツコの声が宙域に響く。
「人の恋路を邪魔するヤツは、馬に蹴られて地獄に落ちるって相場が決まってるんです」
ジ・エーデルの断末魔の悲鳴と共に消えていくレムレースを見ながら、皆は思った。
――――セツコ、それ馬ちゃう。エマ中尉や。
戦いは終わった。
エウレカは無事に救出し、ジ・エーデル・ベルナルはZEUTHに破れ、世界の崩壊も防ぐ事ができた。
奇跡的にZEUTHには戦死者はなく、おまけにアクエリオンに乗ったアポロやシリウス、頭翅も無事に戻ってきた。
絶望の淵から掴み取った、これ以上ないほどの完全勝利。皆が大喜びするのも無理は無いだろう。アムロはヘルメットを外しながら周囲を見渡す。
そこには責任や苦しみから解き放たれた開放感と大変な事を無事に成し遂げたという喜びが混ざった、戦いの終わりに相応しい幸せな光景があった。
涙を流しながら抱き合っているのはレントンとビームス夫妻。エウレカはその隣で子供たちの頭を優しく撫でている。
サンドマンを中心に集まっているのは涙目のグランナイツやメイドたち。
琉菜は斗牙とエイジどちらに抱きつこうか迷っていたところ、ちびメイドたちとエィナに先を越されてうらやましそうに彼女らを見ていた。狙うのはどっちかに絞れ。
勝平は関係者たちと泣き笑い、ゲインとアスハムは何かを楽しそうに話している。遠くではガロードたちととフロスト兄弟が皮肉を言いあっているようだが、かつてほどの険悪な雰囲気ではない。
「うぇい!! うぇい!! うぇい!! うぇい!! うぇい!! うぇい!! うぇい!! うぅぅうぇーーーーーい!! 」
子供たちや整備士相手にSRF8回をやっているのはステラ。ヒロインにあるまじき行動だが、まあ今日くらいはいいんじゃなかろうか。超人目指してステラマンとか名乗らなければ。
クワトロはアムロ同様皆を微笑ましく眺めていたが、キュベレイが帰艦するとそちらの方に歩いていった。ついにロリコン卒業の日が来たのだろうか。
そんな彼の背中に視線を浴びせているのはレコア。彼女には悪いが、もう寄りを戻すのは無理だと思うけどなぁ。シロッコのところで 「メタスよりはやーい」 をやっちゃったわけだし。
なんかあの辺りでまたドロドロが起こりそうだが、まああっちに比べればマシか。
アポリーやロベルト等がいるエゥーゴ組の方に視線を向けると、丁度カミーユにファとフォウが抱きついているところ……いるんだと思う。
きっとそうだ。胸から見える刃物の輝きなんて見てない。密着しているのに背中に回らない両手なんて知らない。
カミーユはそのままゆっくりとベンチに座り、天井を見上げる。
「照明が眩しいな……」
今時ブラックコンドルなんて若い人は知らないだろ。だれも結婚式なんてあげてないし。
彼らの周囲一帯に流れるギスギスした空気にも慣れてきたのか、それともギャグ属性に目覚めたカミーユは不死身だと悟ったのか。
アムロは目の前のスプラッタな光景を軽く受け流し、再び視線を周りに向ける。
正直自分もあの喜びの輪の中に入りたいが、とりあえずそれは全機帰艦を確認してからでも良いだろう。今まで少年たちに対してガラにもなく大人ぶってきたのだ。それぐらいの事はしないと。
そう思った矢先に格納庫に入ってきたのはクラウダとデスティニー。
運命の名を冠するその機体を視界に入れたアムロは前言を撤回し、歓喜の輪の中へと入っていった。
さて皆の衆。僕はまだやる事があるし、君たちにも言いたい事ややらねばならぬ事はあるだろうが、今は一つだけ伝えなければならないことがある。
今すぐ離れろ。ここから先は戦場だ。
「ルナ!! ステラ!! セツコさん!! 3人共怪我は無いか!?」
コックピットから降り、シンは周囲に向かって声をかける。
だがその声が響いた瞬間、背筋が凍るような重圧と共にMSデッキの中が途端に息苦しくなった。
「3人共、だぁ!?」
自分に多く集まる視線に、シンは周囲を見渡した。ギラつく瞳に体の節々が鳴る音……うん、敵しかいないね。「アスカktkr」→「うはwwwフルボッコwwww」の良い見本である。
3人との関係が周囲に知られてから急激に伸びた、ZEUTH内の裏サイトでのアンチスレ数2位(part42)は伊達ではない。ちなみに1位はカツ(3桁越え)。なんでだ、あいつ出番は皆無だったのに。
戦闘態勢に入っているのは彼女たちの友人やもてない男たち、そういうのを許せない人等。理由は様々だが、目的は一つのようだ。
「………何か、言いたいことでもあるのか?」
「いやなに、ハーレムなんて狙ってたらぶっ飛ばすって言いたいだけさ」
顔が汎用な整備士 (鉄パイプ装備) がシンに向かって声を荒げる。その気持ちは分からないでもないが、他人が口出しする権利は無いと思うのだが。
いや、彼らが言いたいのはとっとと女を誰か1人に絞って、余った2人を他の男が口説いても良いようにしろとそういう事か。
なるほどなー………ふざけんなモブ如きが。こっちはこういう関係になった時点である程度の覚悟は決めてるんだ。
傷の舐め合いだろうがぬるま湯だろうが、誰かに脅されるくらいで、俺が彼女たちの手を離すとでも思っているのかこいつらは。
なめるなよ? リンチが怖くて女が愛せるか!!
「向かってくるのか……逃げずに俺たちに近づいてくるのか……」
「近付かないと後ろの彼女たちを抱き締められないからな……」
所詮は名無し。前に出たシンに対し思わず後ずさりするモブ達。
だがそのうち覚悟を決めたのか、敵の中の数人が動く。
「キエエエエエッッッ!!!」
「五月蝿い」
跳び蹴りで襲ってきたのはカツ。いろいろ恨みを込めたその一撃はシンが左に半歩動くことによって空しく空を切った。
そして着地する間もなく踵落としでカツを地面に叩きつけたシン。だが
「シィィィン!!!この、馬鹿野郎!!!」
休む間もなくオーブの軍服を纏った青年が、シンに襲い掛かる。
「お、アスランが突っかけたぞ」
「行けぇ!! 先輩FAITHの力を見せてやれ!!」
「俺は神に感謝していることが一つある。奴が敵ではなかったことだ」
咆哮と共に繰り出されたアスランの鋭いワンツー。
だがその攻撃をシンは廻し受けで捌き、その勢いのままアッパー気味の掌底を顎に叩き込んだ。音も無く沈んでいくその身体。
糸が切れたかのように倒れこむアスランをまたぎ、シンは再び周囲に目を向ける。
「アスランを……格闘で……!?」
「聞きしに勝る猛将よ!!」
「あれアスランもう終わり? 父親から教わった逆転の必殺パンチは無いのか?」
「フン、だが調子に乗るな。アスランはZEUTHに入れた事が不思議なくらいの実力なのだからな」
「セイバー乗ってたからって射撃の育成しかしてないからこうなるんだよ」
「なるほど、あの2人はレベル外ってことか。カツとアスランの差も相当なもんだが、シンの前では違いが無いもんな」
こいつら手の平返しが半端ねぇ。
どうやら彼らにとって今のアスランは、獣の王様なワニとか六将軍に入ってたのに戦闘シーンが無かったナルシストみたいな微妙なポジションのようだった。
格闘養成してないアスランのジャスティスと熱血の組み合わせじゃ、他のスーパー系に比べて売りが無いもんなぁ。援護攻撃はそこまで使うこともないし。
まあいいや、今はアスランの事なんて考えている場合ではない。
ウォーミングアップにもならなかったが精神的な覚悟はできた。来るならやってやるという心境だ。
だが彼らはどうすれば納得するのだろう。全員倒すのも骨が折れるし、強い奴9人掛けでもすれば通してくれるんだろうか。
拳を鳴らしながら歩き出すシンの前に幾つかの影が立ちはだかる。
「言っておくが、俺はリンチのプロだぜ」
「ふつくしく散りたまえ。タナトスが君を呼んでいる」
「ステラの好きにさせてやりたいし、俺に父親ぶる資格は無いが……流石にコレはないもんな。まさか再びこのマスクを着ける日が来るとは」
「やめてよね。いくらシンでも、この面子に敵うわけないだろう?」
「ファットマン。やっちゃいなさい」 「ウス」
「ゲインの様な者には負けられん!! 今の私は、絶好調であぁぁぁる!!!!!」
「月は出ているか?」
「運命の翼を持つ者は滅する……」
「姐さんの想い人か。人の恋路を邪魔する気はねえが、少しばかし誠意が足りねえな。今だけ俺はクラッシャーになるぜ」
「ククク…君も堕ちてみるかい? 常闇の牢獄へ」
ちょ、9人掛けってレベルじゃねーぞ!! 食い残しどころか “腕の一本で済めばラッキー” ぐらいの超精鋭じゃねーか。どうする俺? とりあえず種でも割っとく?
死亡フラグのランクは最高クラス、手首を決めてくる元海兵のコックと対峙するくらい。いや待てそれフラグじゃなくて死亡宣告だろが迂闊俺。
しかもさっきから目の前に、歩き出そうとする気を挫くかのように立ちはだかっている強固そうな門が見えるんだが。それ以外にも地割れが見えたり吹いてもいない突風を感じたりするし。
なんだろうねコレ。まさかこれがあの有名な修羅の門ってやつかな? 違うか。
なんだかこの門をくぐったらやばそうだ。いつもの俺なら回れ右して逃げてるトコだけど――――
視線を遠くに向ける。その先には3人の女性。
寄り添ったまま、不安そうに自分をみつめていた。
―――彼女らが待ってるってのに、それはないよな。
腹を決めた。眼つきが変わったシンに気付き、7人が臨戦態勢に入る。
「借りは返すぜ、喰らいなアサキム!! 俺の魂のブレーン・バスターを!!!」
「ザ・ヒートめぇ……!! くっ、頭に血が上る……ッッッ!!!」
「ふつくしい……」
ちなみにあの2人は除外の方向で。あ、ランドさんそいつのドタマおもいっきりかち割っちゃってください。
何か思い入れでもあるのかサンドマンさんも何やらその光景に見入ってるみたいなので、動くとしたら数が減った今しかない。
踏み出す一歩。彼らの殺気で目前の空間が歪む。
だが退けない。ここを通らなければ掴めないものがあるのだから。
「―――――――やれやれ。自由の代償は高いぜ」
立ち止まる。
メサイア攻防戦の後でデュランダル議長から受け取ったFAITHの勲章を手に取り、己の心臓に押し付けた。
「夢を抱き締めろ。 そして彼女たちへの想いは、手放すな………!!」
目を開く。
怖くないといえば嘘になるが、彼女たちの為なら命だって惜しくは無い。
「いらっしゃいませぇ!!!!」
飛び込んで行け、夜へ――――
戦いは熾烈を極めた。
アスハムはそんなに強くないので時間をかけずに一蹴。
ファットマンは身体の末端を攻撃してバランスを崩してから、故障している膝へローキックを思い切り叩き込んで戦闘不能。
鉄也は強かったが、その最中にジュンがぼそっと呟いた 「戦いのテクだけはあるのよね」 の発言にペースダウンし、最後は男泣きしそうな顔で棄権を申請。
頭翅は宙を舞って撹乱してきたものの、遠くでこっそりとキスしてたアポロとシルヴィアの姿に驚愕したところに右アッパー→左フックというコンビネーションが命中。
比較的最近に神の子(自称)を失神KOさせたコンビネーションなので、神ならぬ堕天翅くらいならしばらく沈んでくれるだろう。
無論、一方的なシン無双だったわけではない。実際疲れもあったためネオにはやられかけた。
がしかし、止めを刺される瞬間に乱入してきた金髪ロンゲのマスクマンが 「俺、参上」 と言いながらレッグラリアートを叩き込んだり(すごい正体が気になる。誰なんだろう)、
参戦しようとしたニートに背後からランスローが 「おっと、お前の相手はこの俺だ」 とベジったりと仲間にも助けられた。
「それでも!! 羨ましい世界があるんだーーーっっっ!!」
「アンタって人はぁぁぁぁ!!!」
そして今、シンはキラとのライダーキックの打ち合いを刹那の差で制した。勝敗を分けたのは2人の戦い方による育成の差だ。
ほぼ射撃しか育成する必要が無いキラに比べ、シンは格闘を育成することが多かったため何とか勝てた。だがそれまでの激戦のダメージが大きく片膝を付いてしまう。
「ぐっ……あと何人いるんだ……」
「どうやら、そこまでのようだね」
そんな彼を見下ろすのはサンドマン。よりにもよってこの人が大トリか。
やっぱり人生ってそう甘くないよな。
「感心、いや敬意と言っても良いかもしれない。まさかこのメンバーを破って、私の元にまで辿り着くとは予想できなかったからね。
君の彼女たちへの想いは良く分かった。だがここは一度退いて、落ち着いて考え直してみるんだ。………今の君のあり方は、美しくない」
勝利を確信し(尤も負けることなんて最初から考えていなかっただろうが)説教モードに入ったサンドマン。
言っていることは正論だ。立場が違えば自分もきっとそう言うだろう。
だがシンはその言葉を受け入れる事はできない。理由がなんだろうが、自分が先に彼女たちの手を離すことはあるわけがない。
「………」
「そうか。……残念だ」
喋る力さえ湧かなくて、とりあえず首を横に振った。
僅かに視線を落とすサンドマン。だがそれも一瞬のこと。
「ならば美しく――――」
シンとの距離を歩いて詰め、右拳を引いて構える。そしてその長身から拳が振り下ろされた。
「――――散りたまえ!!」
手首、肩、腰、膝、足首、足の親指。全ての関節から伝わった力を乗せた、サンドマン渾身の右ストレート。
シンの頬に衝撃が奔る。膝から力が抜けると同時に、地面に前から崩れ落ちた。
拳に確かな手応えを感じたサンドマン。周囲の者に治療を頼もうと、倒れたシンに背を向ける。
勝負あったのか。これで終わりか。
倒れ伏せたシンの視界が白く染まり、全てが終わ――――
「まだ立つのか」
サンドマンの声に意識が戻る。気が付けば、いつの間にか立ち上がっていた。どうやって立ったのか覚えてはいないが、この際そんな小さい事はどうでもいい。
力があるなら立ち上がる。立ち上がれるなら抵抗する。抵抗する以上は必ず勝つ。
このまま終わるわけには、いかない。
「そりゃあ。……だってそうでしょ? 勝つのはアンタじゃない、俺なんだ。間違いなくね」
「……シン、今の言葉をもう一度言ってくれないかな」
開いた口から出てきたのは大言壮語。だがその言葉の全てが法螺だというわけでもない。今の一撃で分かったこともある。
確かに正面から行ったらシン・アスカの力では、どうあがいてもこの人を打ち倒すことはできないだろう。
だけど。
「何度でも。サンドマンさん、アンタが次に仕掛けたとき。戦いは俺の勝利に終わります」
勝つのは、俺だ。
大言に思わず溜息を吐きそうになったサンドマンだったが、シンの目を見てそれを止める。
冗談や虚勢を言っているのではない。そのことを一瞬で理解したからだった。
「……窮鼠猫を噛む、か。この絶望的な状況下にもかかわらず未だ衰えぬ闘志。どうやら今の君は精神が肉体を凌駕しているようだ。
ならば私も全力でかからなければならないだろう。その意識ごと」
一瞬で間合いを詰めるサンドマン。体重の乗った打ち下ろしの右を再び打とうとして
「断ち切―――かはっ」
動きを止めた。
彼の目の前にいるのはシン・アスカ。交差した腕をサンドマンの首元に押し付け、力を込めている。
傍目からでは何が起こっているかわからない。わかるのはシンによってサンドマンが何やら苦しんでいるということだけ。
「な……何で締めているというんだ……!?」
そう。今のサンドマンの発言の通り、シンが行っているのは締め技だ。
だが彼には何故自分がダメージを負っているのかがわからないのだろう。現に今も必死にシンの腕を掴み、ただ引き離そうとするだけだ。
それこそがシンの狙い。
彼を倒すのに、おぼつかない体での打撃など論外。関節技や投げも決まるとは思えない。残るは締め技しかないが、例え完璧に裸締めを決めたとしてもおそらくサンドマンなら返すだろう。
シンが勝つには彼の意識の外、つまり彼が思いもよらない技でしか勝利は奪えない。
「1回こっきりのチャンスだった。貴方が傷ついた俺に止めを刺す理由を口にしていたとき――――これ以上俺を傷つけたくないのがわかった。優しいから」
締め上げる。軋む脇腹の痛みは無視した。
「案の定。止めの一撃は力が抑えられていた」
締め上げる。定まらぬ視線を気にせぬよう目を閉じた。
「そしてワンチャンス。傷ついた体で、しかも貴方が予想だにしない攻撃となると………」
締め上げる。締め上げる。これでもかというくらい締め上げる。
そうでもしなければあっさりと引き剥がされてしまうだろう。サンドマンの手には今も、それぐらいの力が残っていた。
「これしかなかった」
握り締めているのは黒く長い紐のようなもの。
「あ、あれ私のニーソックスじゃない。いつの間に」
愛する彼女の黄金聖衣だった(黒だけど)。
「サンドマンさん。この技を最後に俺…倒れます……。そのときあなたが立っていたなら」
SEEDが覚醒し、全身の神経が研ぎ澄まされる。残された力はごく僅か。もって十数秒といったところか。
これが耐えられればもう自分には攻撃手段が無い。ならば――――
「あなたの勝ちだ」
その十数秒、己の力を高めるのに費やすまで!!
「うおおおおおおっっ!!」
「~~~~~~~~ッッッ!!!」
時間にしておよそ20秒。シンの手から力が抜ける。
同時に両膝を付くサンドマン。何かを掴むように手を空へ伸ばし――――そして倒れた。
絶叫のような歓声をあげる周囲のギャラリー。だがそれすらシンの耳には届かない。息を弾ませたまま天井を見上げている。
「ああ、シン!!」
「シン君!!!」
「シン、だいじょうぶ!?」
声の方向に目を向けると、群衆を掻き分けながら自分に向かって飛びついてくる3つの影。誰かはいわずもがな。
崩れ落ちかけたシンの体を抱き締める。
「良かった……!!シン君、無事で良かった!!」
「シン、絶対勝つって信じてたんだからぁ!!」
「うん!!」
身体中が痛いけれど。報酬がこれならば、戦った甲斐はあった。
このぬくもりを手に入れられたのなら。もう自分には、他に欲しいものなんて無い。
「ただいま………」
3人に体重を預けると、再びしっかりと抱き締めてくれた。
しばらく3人にもみくちゃにされたシンを待っていたのは、ギャラリーたちの拍手だった。
すぐ側でレイヴンに肩を預けて立っていたサンドマンが、歯を光らせてシンに微笑む。他に倒された者も痛む箇所を押さえながらも笑いかけてくれた。
遠くでは金髪の男性が仮面を放り投げ、背中を向けて去っていくところだった。あの長髪はどこかで見覚えがある気がするのだが、一体誰だったのだろうか。せめて名前だけでも聞いておきたかったのだが。
そんな自分の思考を掻き乱すかのように、男連中が周りに集まってくる。
「ナイスファイト、シン!!」
「良いもん見せてもらったぜ!!」
「ここは一つシンを胴上げじゃい!!」
「「「「しっんあっすか!!! しっんあっすか!!!」」」
胴上げされる自分の身体。現金な奴らめ、お前ら敵じゃなかったんかい。
まあいいや。悪い気はしないし、彼女たちの笑顔を見れたのだ。今までの不幸を考えれば夢のような境遇だし……ん?夢?
何かを考えかけたシンの思考を、どっかで聞いたことがあるようなEDテーマがかき消していく。
DEAR ZEUTH ~正義の愚連隊たちへ~
DEAR ZEUTH……って歌うなこんなとこで。削除されんだろうが。
(まずいなー、この流れ)
そして。
「ああああああっっ!!!! ハア、ハア、イッちゃった………やだ、腰抜けそぉ。きゅ、究極側の発表は以上よ!!」
「負けません……至高側の発表、開始します!! シン君、行くよ」
「シン、だいじょうぶ? ステラが膝枕してあげるね」
「なんちゅうことをしてくれるんや……なんちゅうことを………」
しばらくの。
「アスラン君がまたザフトに戻ったんだって」
「うん。このあいだレイが言ってた」
「またぁ!? 姉としてはいい加減メイリンへの責任とって欲しいんだけど」
「心配するなよルナ、人間関係のもつれか女性問題で3ヶ月もすればオーブに戻るさ。……女性問題と言えば、カミーユの退院はまだだっけ」
「病室でまた修羅場が起こって、1ヶ月伸びたわ」
平和な時が流れて。
「あ、今この子お腹蹴ったよ、シン君」
「ずいぶんおっきくなりましたよね。まあ私もだけど。つか流石に双子はきつい……」
「ステラ、3つ子………」
「金を作らねば……デスティニーを売るしかないのか?いやいや、あいつと一緒に戦ってきたんだ、そんな事できるわけ」
「ソードシルエットならいいわよ? エクスカリバーさえ外せばだけど」
「不憫な」
(なんだか嫌な予感がするんだけど)
「少し疲れたな。こう仕事が多くちゃ、それも仕方ないけどさ」
やっぱり政治家になんてなるんじゃなかったと呟き、ソファに背を預けて溜息を吐くシン。この部屋を自分の仕事場としてから、もうこの類の愚痴を何度言っただろう。
そんな事を考えながらかつてのデュランダル元議長並みに長くなった髪を掻き上げ、視線を机に向ける。
そこにあるのは数年前の結婚式の写真。仕事中の彼の、唯一の心の拠り所だ。
白のタキシードを着て髪の毛をオールバックにした自分が、仲間や愛する妻たちと共に笑っている。
「アスカ議長、まもなく閣議の時間です」
書類を脇に抱えた金髪の補佐官がドアから部屋に入ってきた。疲れ果てたシンの姿を見て僅かに眉を顰める。
トップが人の前で弱さを見せてはならない、それが彼のよく言う言葉だった。とはいえ彼もシンに 「それを見せるのはお前の前だけ」 と返されて黙るのだが。
「わかった。それと、公の場以外では敬語は止めてくれっていつも言ってるだろレイ。議長だろうがなんだろうが、俺とお前は親友で相棒で対等なんだぞ」
「だが立場というものが………そうだな、以後気をつけよう。見たところ随分疲れているようだが、写真なんか見て昔が恋しくなったか?」
「疲れちゃいないよ。ただ、皆は今頃どうしてるかなって思っただけだ」
「そうか。俺もたまに思い出すことがある。あのとき皆と精一杯走った時代を。ZEUTHの仲間の事を」
ZEUTH、それは彼の青春を表す言葉。無論今の自分も十分若いが、あそこに所属していた時を越えるほどの濃密な時間はもう過ごす事はないだろう。
熱く駆け抜けた日々。共に戦った仲間への想い。それは今も尚、自分の胸の奥に宿っている。
しばらく逢えていない者やあれ以来連絡が取れない仲間もいるが、彼らが今もそれぞれの場所で頑張っているのは間違いないだろう。そういう奴らしかいなかったし。
なら俺も弱音なんか吐いている場合じゃないな。
そう自分に喝を入れ、力強く立ち上がるシン。そんな彼を満足そうに見ていたレイが、今思い出したとばかりに声をかけた。
「それと言いそびれていたが、さっき奥さんから電話があったぞ」
「奥さん?」
レイから発せられた 『奥さん』 という単語に、きょとんとした表情をするシン。もう一度写真に目を向け、すまなそうにレイに言葉を返す。
「悪い、レイ………どの奥さんだ?」
机の写真の中には、ウエディングドレスを着た3人の美女が笑顔で写っていた。
(ああ、本当にやばいわこりゃ。
だってこういうのって、大抵が―――――)
『夢』
「うらー!!シン、とっとと起きろよなぁ!!!」
誰かの蹴りによって起こされる。じんじんと痛む頬。目の前には兜甲児。蹴ったのはお前か。
「あれ?俺の奥さんたちと子供は?」
「何言ってんだお前? 寝言なんか言ってないで、とっとと起き上がれよ。もう皆行くところだぜ?」
遠くに見えるのはサンドマン。その首に絞められた跡なんて見えないし、ポケットの中のニーソは丸まったまま。………やっぱり夢オチか畜生。
思い出したかのように始まった頭痛に顔をしかめながら、シンは問い返した。
「行くって何処へさ?」
周囲には甲児以外にも万丈やロラン、そして愛する3人の女性の姿があった。それ以外の面々はちょうど今MSデッキの出口から外へ出ようとしているところである。
特に変わったイベントは無さそうだ。部屋に帰るだけならそんな言い方しないだろうし、一体何を言おうとしているのか。
「馬鹿だなお前は。勝利の後は宴会って相場が決まってんだろ!! ですよね、万丈さん」
「そうだね。これからは違う戦いが僕たちを待っているんだ。せめて今ぐらいはそれも許されるだろう」
「ああ、そういうことか……」
シンが体を起こしたのを確認し、残っていた仲間も出口へ歩き出していく。デッキに響く明るい笑い声。だがシンは万丈の最後の言葉が引っ掛かった。
違う戦いが待っている、か。
そうだ、これからもきっと、人々の間で争いはなくならない。今のような馬鹿騒ぎもできなくなるかもしれない。
今回は平和を守る事が出来たとは言え、ZEUTHだって仲間同士で殺しあうという間違いを犯したのだ。覚悟は決めているものの、自分も道を間違えない保証は無い。
先ほどまで戦っていた変態の言葉を思い出していやな気分になった。
結局のところブレイク・ザ・ワールドから目先の危機を回避しただけで、世界も自分も何も変わっては――――
「シン、立って」
「行こう? シン君」
「ほら、早く掴まりなさいよ」
いや、変わっていることならある。差し出される3本の手。今の自分の傍には彼女たちがいる。
それだけではない。
出口で立ち止まったまま自分が立ち上がるのを待っている、沢山の仲間たち。
お前も早く来いと言わんばかりに此方を眺めている彼らを、信じられない理由なんてない。
「ああ」
不安はある。恐怖もある。もしかしたら、デスティニープランをやっておけばと後悔する日もあるかもしれない。
望まない戦いに心が磨り減ってしまうかもしれない。
考えたくはないが、再び大切なものを失ってしまうかもしれない。
だけど。
「今、行くよ」
これだけの人に支えられてるんだから。
道を間違えることは、きっとないだろう。