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No.6805の一覧
[0] 短編 ゼロと帝国(ゼロの使い魔×銀英伝if)[Dr.J](2009/02/22 00:23)
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[6805] 短編 ゼロと帝国(ゼロの使い魔×銀英伝if)
Name: Dr.J◆10933fde ID:0821b7c6
Date: 2009/02/22 00:23

「なによこれー!」

 何度かの失敗の後、ひときわ大きな爆発と共に現れた物を見て、ルイズが、いや、その場にいた全員が目を見張った。さしわたし二百メイルほどもあろうかという、巨大な鉄の塊。押し潰されて死ぬ者が出なかったのが奇跡だった。

 その場にいた生徒の何人かが、理屈抜きの恐怖心からそれに攻撃魔法を放とうとする。が、呪文を唱えてもなぜか魔法が発動しない。気を取り直したルイズが、その物体にコントラクト・サーヴァントを行おうとしても、やはり発動しない。

 あまりの異常事態が二度続いて、生徒どころか教師までもがパニックに陥りかける。そこへ学院から他の教師全員と、学院長であるオールド・オスマンが駆けつけた。しかし、彼らにしても出来ることなど有るはずもない。学院の全員が途方に暮れる中、その物体はふいに宙に浮き上がると、そのまま彼方へと飛び去って行った。

 それきり何事も無かったので、二,三ヶ月もたてばこの事件は忘れ去られた。しかし一年余り後、ハルケギニアにある変化が訪れる。『銀河帝国』と名乗る国の交易船───マストも帆も無い上、とんでもなく高速な船───が各地に現れ、勝手に様々な、しかもおそろしく進歩した道具を売り始めたのである。

 連発式で、しかも数百メイル先の的を正確に撃てる銃、鉄でも切れ、なおかつ絶対に刃こぼれしないナイフや斧、魔法を使わずとも遠く離れた場所と話せる道具など、ハルケギニアでは絶対に造れない物ばかりであった。それらを平民でも買える値で売るのだから、誰もが飛びつかない筈がなく、飛ぶように売れる。

 そのことに気を良くした銀河帝国の商人たちは、王や領主に伺いをたてることすらせず、勝手にハルケギニア中に現れては、様々な進歩した道具を売りまくる。それを白い目で見る者も当然いたのだが、彼らは商売敵どころか、貴族や王家の意向すら気にも留めなかった。

 商売敵である商人や、勝手なまねをされて怒った領主が脅しても、銀河帝国の船は多数の武器を積んでいる上、屈強な男たちが数多く乗り込んでおり、いかなる脅しも圧力も、実力ではねのけてしまう。無論その男たちは、商売の邪魔をする相手以外には決して手を出さないのだが……。

 業を煮やした現地の豪商が、メイジを雇って報復に出たこともあった。ところがそのメイジまでもが、返り討ちにあって半殺しにされてしまう。驚いて話を聞くと、銀河帝国側は、魔法の発動を不可能にする道具すら持っていたという。噂を聞いて集まった者たちに、銀河帝国の商人は、その道具をすら商品として売り始めた。

 それから半年たたずして、ある意味予想されたことが起こる。貴族に恨みを持つ平民たちが、それらの道具を復讐のために使い始めたのだ。何百メイルも離れた場所から銃で撃たれて死ぬ貴族、魔法の発動を封じられてなぶり殺しにされる貴族が何十人も出て、ついにハルケギニアの国すべてで、銀河帝国の道具を買う事、使う事が禁じられる。しかしそれは、結果的に見れば、平民たちの不満という火種を、ハルケギニア───それまでのハルケギニア───を焼き尽くす大火へと、燃え上がらせただけであった。

 銀河帝国側は、この機を逃さなかったのである。巧みに平民たちを扇動し、ハルケギニア全域で反乱を起こさせたのだ。しかも辛辣なことに、あの道具のはるかに強力なものを使い、魔法の発動を、ハルケギニアすべてで完全に封じてしまったのである。

 魔法を失った貴族たちは、銀河帝国の武器を持った平民たちの敵ではなかった。しかも反乱軍には、銀河帝国の屈強な男たちも加わっている。武器には武器で対抗しようにも、そもそも数が絶対的に違う。それから三ヶ月たたずして、ハルケギニアすべての国で、貴族や王族はほぼ皆殺しにされた。

 トリステイン魔法学院でも、生徒や教師はほぼすべて殺された。ギーシュもキュルケもマリコルヌも、オールド・オスマンもギトーもすべて死んだ。平民に対する差別意識を持たなかったコルベールは死を免れたが、魔法を失ってほとんど何も出来ぬ役立たずに成り下がった。(ただし後に、銀河帝国の技術をハルケギニアに根付かせるのに、多大な貢献をしたが。)

 王宮において、アンリエッタ王女は死を免れたが、貴族制度の廃止、そして王制そのものの廃止を、ハルケギニアすべてに向け宣言させられた。

 貴族の中には、表向きおとなしく投降し、内心で「この反乱が終われば、再び自分たちが必要とされるようになる」と、ほくそ笑んでいた者もいた。しかしその思惑は、銀河帝国がさらに多くの道具を持ち込んだこと、その道具を作るための技術を平民たちに教え始めたことで、水泡と帰す。

 銀河帝国の道具は、それまで「魔法を使わねば出来なかったこと」のほぼすべてを可能とした。ハルケギニアに、もう魔法は必要無かった。平民たちにとって、銀河帝国の道具があれば、魔法とメイジはもう無用の長物、何の価値も無いガラクタだったのである。


 やがて反乱という名の炎は、魔法学院を退学させられ、失意の内に故郷に引きこもっていたルイズの元へも迫る。

 ラ・ヴァリエール公爵は、おのれの名誉にかけて必死に抵抗したが、それは所詮、巨大な岩を素手で殴りつけるようなものでしかなかった。公爵自身は斧で真っ二つにされ、夫人は頭蓋を叩き潰され、長女エレオノーレは杭で串刺しにされた。皮肉にも病弱だったカトレアと、元々魔法を使えなかったルイズだけが、お目こぼしにあずかることができたのだった。

 しかし当然ながら屋敷も領地も財産も失い、カトレアとルイズに残されたのは、「ちょっと裕福な平民」程度の家と財産にすぎなかった。しかも家族の死と環境の激変で、カトレアの健康状態が急速に悪化し始める。治療しようにも、ハルケギニアに水の魔法はもう存在しない。姉を死なせないため、ルイズは屈辱をこらえて、銀河帝国の人間に、水の魔法を復活させてくれるよう懇願するしかなかった。

 幸い頭目らしき男が、「魔法を復活させることはできないが、銀河帝国の医者による治療を受けさせる」と約束してくれた。ハルケギニアより遙かに進んでいるらしい銀河帝国の医術でも、生まれつきの虚弱体質を治すことは出来なかったが、どうにか死の危険からは救い出すことが出来た。

 かろうじて───本当にかろうじて戻ってきた平穏な日々。その価値を痛感させられる中、ルイズは突然、あの頭目らしき男に呼び出される。

 いぶかしく思いつつ向かったその先には、ルイズの見知った顔が何人か集められていた。アンリエッタ元王女も、コルベールも、オールド・オスマンの秘書だったミス・ロングビルもいる。その他にも魔法学院のコックとメイドだった者、反乱軍のリーダーの一人である女戦士もいた。

 あの頭目に話を訊いてみると、これから自分の上司に会ってほしいと言う。そこで初めて、ルイズ達は頭目の正体を聞かされる。なんと彼は、銀河帝国正規軍の将校だというのだ。彼の上司が、ハルケギニアの住民の、生の声を聞きたがっているというのだ。

 それを聞いたあの女戦士が、厳しい顔で進み出る。

「以前から疑っていたが、やはりあなたがたは、ただの商人などではなかったのだな? この反乱は、あなたがた銀河帝国が仕組んだ謀略、ないしは軍事作戦だったのだな?」

「つまりアニエス殿は、我々があなたがたを利用して、ハルケギニアを支配下におさめようとしたのではないかと疑っているわけか。」

 あまりにあからさまなその言葉に、一同が息を呑む。そんな彼らに、頭目は苦笑気味の笑いを見せた。

「当然だろうな。しかし、我々にそんな意図は無い。ハルケギニアなど支配したところで、銀河帝国にはまったく何のメリットも無いのだ。そもそも、支配するつもりなら、こんな回りくどい手は使わん。直接攻め込んで征服している。」

「…信じられんな。第一、何の得にもならないのなら、なぜわざわざこんなことをした?」

「今すぐ理解しろと言っても無理だろうが……。ハルケギニアにおける社会の現状が、我々にとって、決して許せないものだったからだ。」

「……わけがわからん。どういう意味だ?」

「それは私の上司が説明してくれるだろう。」

 そのまま船の一室に押し込まれ、海上を飛ぶこと一刻余り。いかなる陸地からも遠く離れた洋上で、巨大な船(らしきもの)が十数隻空中に浮かんでいた。もちろんただの船ではあるまい。これは明らかに銀河帝国の艦隊であり、当然ながらすべて軍艦に決まっている。
 壁のスクリーン(彼ら自身は「開くことのできない舷窓」だと思っている)を通じ、感嘆の思いで見つめる彼ら。ところがその時、中の一隻に目を留めたルイズとコルベールが、揃って叫び声を上げた。

「あれは!」

 それは二年前、彼女がサモン・サーヴァントで呼び出した、あの物体であった。その時は何なのかすら判らなかったが、銀河帝国の軍艦だったのか───。新たな事実に二人が呆然とする中、彼らの乗る「小船」は、艦隊中でひときわ巨大な艦───全長にして千メイル以上あるであろう。当然ながら旗艦に違いあるまい───に接舷する。

 あの頭目───黒と銀の軍服に着替えている───に先導され、艦内の通路を進む彼ら。ある扉の前で威儀を正すと、頭目は声を張り上げた。

「シェーンコップです。お望みの者たちを連れて来ました。」

「ご苦労。入りたまえ。」

 中から、驚くほど端正で魅力的な声が答える。それと共に扉が開き、一同は部屋へと通された。

 正面で、巨大なデスクに一人の男が着いていた。背後に部下らしき男が何人か控え、部屋の両脇には、白い全身鎧をまとった兵士が警護についている。この男が、頭目───シェーンコップ───の言っていた上司に違いあるまい。しかしそれにしては、拍子抜けするほど「普通の男」であった。

 年齢は三十代前半だろうか。中肉中背、黒髪に黒い目。顔立ちは整っている方だが、目立つほどの美男でもない。服装もごく普通の白いブラウスに黒のスラックスで、正直街のどこにでもいそうな平凡な男である。無論ルイズ達とて、人を外見で測ることの愚かさは百も承知している。が、見るからに「只者ではない」と思わせるシェーンコップの上司にしては、落胆させる人物と言うしかなかった。

「それで、彼らはいったいどういう人々なんだ?」

 視線をシェーンコップに向け、その男が問いを発する。あの端正な声は、この男のものであった。それに対し、シェーンコップが手短に彼らの素性を説明する。

「なるほど。元王女が一人、反乱軍のリーダー格が一人、元メイジだが平民に偏見の無い学者に、同じくメイジだが貴族嫌いな女性。まったくの平民二人に、大貴族の娘だが魔法が使えなかった少女が一人か。少なくとも間違った人選ではないな。」

 男がそう言いつつ机のどこかに触れると、隣室から人数分の椅子がその場に運び込まれる。一同をそれに座らせ、彼は改めてルイズ達に顔を向けた。

「わざわざ呼びつけてすまない。すでにシェーンコップから聞いていると思うが、私に、君たちの生の声を聞かせて貰いたいんだ。もちろん君たちは、自分の思った通りのことを言ってくれてかまわないし、ここで何を言ったところで、咎め立てされることは無い。私が聞きたいのは君たちの本音であって、建前やお世辞ではないのだからね。」

「その前に、教えていただきたいのですが。」

 男を正面から見据え、アンリエッタが逆にそう問い返す。その顔には、露骨な疑惑の色が浮かんでいた。

「何をだい?」

『シェーンコップの上司』は、穏やかな微笑を浮かべながらそれに相対する。

「あなたは、いったい何者なのです? ここに来るまでの兵士たちの態度から、シェーンコップ殿がかなりの上位者であることはわかっています。その上司であるというあなたは、いったい何者なのですか? それに、『民衆の生の声を聞きたい』というのは、最上位に立つ者の発想です。おそらくは、ハルケギニアに派遣された銀河帝国軍の総司令官、あるいはそれに準ずる立場の方と見ましたが、違いますか?」

 元王女の鋭い指摘に、ほとんどの者が息を呑む。その中で、一人冷静だったアニエスが後を続けた。

「私も訊きたい。シェーンコップ殿の話では、銀河帝国には地位は有っても身分は無く、貴族もすべて名前だけの存在だと言う。その地位も実力と実績と人望のみで決まり、血筋や家柄はまったく考慮されないと言うことだ。加えてシェーンコップ殿は、私の目から見ても極めて優れた戦士であり指揮官でもある。その上司であるあなたは、すなわちシェーンコップ殿以上の実力者ということになるが?」

 それに対し、男の微笑が苦笑へと変わる。

「元王女の肩書きも、反乱軍リーダーの肩書きも、伊達ではないということだね───。しかし、それは買い被りだよ。と言うより適材適所かな? 私は将ないし軍師としてはともかく、戦士としてはまったくの役立たずだ。」

「銀河帝国では、戦士として役立たずでも将や軍師になれるのか?」

「そうだよ。戦士の資質と将や軍師の資質は、まったく別のものだからね。」

「はぐらかすのはやめてください!」

 ごまかすつもりだったのだろう男に、アンリエッタの鋭い声が飛ぶ。

「もう一度訊きます。あなたはいったい何者なのですか?」

「───やれやれ、自己紹介は後にしたかったのだが、やむを得ないな。」

『まいったね』と言うように頭をかきつつ、男は言葉の───とんでもない事実の爆弾を落とした。

「私の名はウェンリー・ヤン。銀河帝国の、一応、皇帝ということになる。」

「な!!───」

「後にしたかったわけが解っただろう? こんなことを明かせば、君たちが本音を言ってくれなくなるかもしれないからね。」

 あまりの事実に一同が絶句する中、最初に我に返ったのはルイズであった。

「こっ、皇帝ですってー!」

 恨みに我を忘れ、『皇帝』に飛びかかろうとする彼女。しかし所詮は、非力な少女にすぎない。警護の兵に、あっという間に取り押さえられてしまう。

「く───。」

 床に押さえつけられ歯がみするルイズに、皇帝は悲しみのこもった眼を向けた。

「私が憎いかね?」

「当たり前でしょう! あなたのせいで父様も母様も、エレオノーレ姉様も!」

「そうだろうな。」

 溜め息混じりに、しかしはっきりとそう断言する。これには、ルイズのほうが怪訝な顔になった。

「怒らないの?」

「恨まれて当然だからね───。実際、こんなことは過去何度もあった。かつて、戦場で倒した提督の息子に殺されかけたこともある。その子も君と同じ、まったくの子供だった。」

 その言葉にルイズは、目の前の人物が実力も、人としての器量も備えていることを知った。が、中の一言が彼女の心にカチンとくる。

「子供じゃないわ! これでも十八よ!」

 そう言われ、今度は皇帝のほうが怪訝な顔になる。かたわらの部下に顔を向け、小声で問うた。

「この星の一年は、標準年より短いのかい?」

「いえ、むしろ、わずかながら長いはずですが。」

 ルイズは心中で地団駄を踏んだ。容姿のせいで幼く見られるのには、もう馴れている。だからといって、子供扱いされて気分が良いはずはない───。そんな彼女に『皇帝』が、申しわけなさそうな顔を向けた。

「それは済まなかった───。しかし、君に言っておかねばならないことがある。かつて貴族に愛する者を奪われ、今の君と同じ思いを味合わされた平民が、ハルケギニア全体でどれだけいたと思う?」

「う……。」

「彼らの気持ちが解らないとは言わせない。それとも、貴族と平民はまったく別の存在で、人として価値が有るのは貴族だけ。平民など、そこらの虫けら同然だとでも言うのかな? もしそうなら、私もここにいる者たちも、君を許さない。」

「………。」

「それに、君の両親と姉上にも、生きのびる機会は与えられていた筈だが?」

「地位も身分も領地も財産も、すべて捨てた上でのことでしょう! そんなこと、誇り高い貴族が受け入れるもんですか!」

「……誇りを持つのは結構なことだが、その対象が『貴族であること』というのは感心しないな。」

「…どういう意味よ!」

「はっきり言おう。貴族であることに価値など無い。血筋や家柄など、何の価値も無い。そんなものが、人間の価値を左右してはならない。人間の価値を決定づけるのは、1に人格2に能力で、他にあるとすれば、過去の功罪だけだ。」

 あまりに思いがけないことを言われ、ルイズは唖然とする。───どうやら銀河帝国では、それが「国是」であり「正しい考え」であるらしい。価値観も考え方も、彼女の───トリステイン貴族のそれとは根本的に違うということだ。だとすれば、ルイズ達ハルケギニア貴族の論理は、銀河帝国の人間にはまったく通用しない───。彼らを言い負かすのは不可能ということだ。唇を噛むルイズだが、すぐ逆襲のすべを見つけた。

「……何よ! 血筋や家柄に価値が無いなら、あなたは何なのよ! 皇帝の血筋に生まれたから、皇帝になれたんじゃないの?!」

 それに対し皇帝が、初めてむっとした顔を見せる───かと思いきや、彼の表情はむしろ哀れみのそれであった。わけがわからず、ルイズは困惑するしかない。───が、彼らが口を開く前に、皇帝の背後に控えていた中年の男が進み出た。

「陛下、ここは私におまかせを。」

 そう言って向き直る男。長身で痩せぎす、半分白くなった髪で、どことなくあの「マザリーニ枢機卿」を思わせる。が、こちらの方がはるかに冷たいと言うか、冷酷そうな印象だ。

「ルイズといったな。本気でそう思っているとしたら、君は愚か者ということになる。」

「なぜよ?!」

「血筋で皇帝の地位を得た者が、みずからその価値を否定すると思うかな?」

「なんですってえ?!」

「そうだ。ウェンリー陛下は、先帝陛下とはまったく血の繋がりは無い。」

「それじゃ──もしかして──あんた簒奪者?!」

 皇帝に視線を向け叫ぶルイズ。それに答えたのは、中年男のほうであった。

「それも違う。ウェンリー陛下が現在皇帝の地位に着いているのは、先帝陛下によって指名されたからだ。」

「…つまり銀河帝国では、皇位継承さえも血筋とは関係無いって言うの!」

「そうだ、銀河帝国においては、皇帝も職務上の地位にすぎない。人格と能力のみで選ばれ、血筋など考慮されることも無い───。だから銀河帝国には、皇帝はいても王朝は存在せず、皇妃はいても皇子や皇女は存在しないのだ。」

「そんな………。」

「銀河帝国では、血筋や家柄に価値など無い───。だからこそ我々は、ハルケギニアの貴族たちが許せなかった。」

「その通りだ。特にトリステイン王国では、貴族がすべてを独占し、大貴族の多くは、平民を、ほとんど人間扱いすらしなかったと聞く。そんな彼らの振る舞いこそ、我々には絶対に許せないものだった。」

「だから───だから貴族を滅ぼしたって言うの! 何の得にもならないのに!」

「いや、それは違う。」

「違う?! 何が?!」

「ハルケギニアの貴族は、我々銀河帝国に滅ぼされたのではない。同じハルケギニアの、平民たちに滅ぼされたんだ。今まで君たちが見下し、虐げてきた相手によって。我々はただ、彼らを手助けしたに過ぎない。」

「………。」

「つまるところ君たちは、今まで平民たちを虐げてきた、そのツケを支払わされたんだよ───。それこそが、貴族滅亡の真相であり、本質なんだ。」

「……私たちの自業自得だって言うの! 何もかも!」

「すべて自業自得だとは言わない。しかし、十の内九までそうなのは確かだな。」

「……そんなの詭弁よ! 責任逃れだわ!」

「責任逃れなどしようとは思わないし、そういうつもりで言ったのでもない───。しかし、それならば訊こう。もし目の前で、君自身にとって決して許せないことを、誰かがやっていたら君はどうする? 自分自身の損得など考えず、何としてもやめさせようとするのではないかな?」

「く……。」

「ハルケギニアにおける貴族と平民との差別、魔法を使える者と使えない者の差別こそ、我々には決して許せないものだった。我々は、それをやめさせたかった───。ま、君たちとの最初の接触で、ある種の電磁波が魔法の発動を不可能にするとわかっていなかったら、もっと苦労しただろうが。」

「………あれ? 待ってよ! 銀河帝国でも、能力の違いは認められているんでしょう?! 魔法を使えるか使えないかも、れっきとした能力の差じゃない!」

「…もう一つ我々が許せなかったのは、ハルケギニアにおいては、魔法の才能が何より優先するとされていたことだった。」

「…どうしてよ! それのどこがいけないの!」

「ある人間の、国を治めるまつりごとの手腕と、魔法の腕との間に、関係があると思うかい? 兵を率いる将としての器量と、メイジとしての力量の間に、関係があると思うかい? 作戦を立てる軍師としての能力と、魔法のそれとの間に、関係があると思うかい?」

「………無い。どれも無いわ、確かに。」

「本来重視されるべき能力より魔法のそれが優先され、魔法が使えなければ、それ以外でどれだけ優れていても認めてもらえない───。それもまた、我々には許せないことだったんだよ。」

「そのために───そのために魔法を滅ぼしたって言うの! 魔法の才能の価値をゼロにするために! 貴族と平民の能力差をゼロにするために!」

「───確か君は、大貴族の娘でありながら魔法が使えなかったんだろう? 魔法以外の才能で認めてもらえたら、と思ったことは無いのかい?」

「……有るわよ! それは認めるわよ! でも、『この世に魔法が無かったらいいのに』なんて思ったことは一度も無いわ! 第一そのせいで父様も母様も、エレオノーレ姉様も!」

「───魔法を使える者と使えない者との差別、それを完全に無くすためには、少なくとも一度、魔法そのものをハルケギニアから無くすしかなかった。そして魔法が無くなれば、貴族が滅びるのは必然だった。」

 歯ぎしりするルイズだが、その言葉に隠された裏の意味に気づく。

「……待って! 今言ったわよね! 『少なくとも一度、魔法そのものを無くす』と! つまり、いつかは魔法を復活させると言うの?!」

「ああ、いつかは復活させる。しかしそれは、今から少なくとも三,四十年後───魔法も貴族も、完全に過去の遺物となってからのことだ。ゆえに復活した後も、魔法は、『役には立つが不必要なもの』となるはず。魔法の才能も、他の才能と同列にしか論じられなくなるはずだ。」

「くくく……。」

 その言葉に、ルイズは悔し涙が溢れてきた。要するに、皇帝はこう言っているのだ。『魔法の復活はいずれ許すが、貴族の復活は絶対に、かつ永遠に許さない』と。
 魔法の才能が特別なものでなくなったら───他の才能と同列の存在でしかなくなったら───その後に魔法が復活したところで、おそらくもう、貴族は甦らない。貴族の栄光も、おそらく二度と、戻って来ることは無い。いや、それこそが、銀河帝国の狙いなのだ。

 彼女は改めて、思い知るしかなかった。貴族そのものが、もう過去の存在でしかないことを。これからのハルケギニアでは、貴族は歴史の中にしか存在し得ないことを。自分の誇りの拠り所すべて、魂の拠り所すべてだった貴族という存在が、もう永遠に、この世から姿を消したことを。

 しかも、それだけではないことを。おそらくこれからのハルケギニアでは、貴族はすべて人間の屑とされてしまうことを。かつての貴族はすべて軽蔑すべき存在、唾棄すべき存在とされてしまうことを。貴族の血を引いているということ自体、恥ずべきこととされてしまうことを。自分の誇りの拠り所すべて、魂の拠り所すべてが徹底的に否定され、おとしめられ、粉々にされてしまうことを。

 それが解ってしまったが故に───その運命を変えるのは、もう不可能だと知ってしまったが故に───ルイズは、悔し涙を流すしかなかった。


「いずれにせよ、ハルケギニアにもう魔法は存在しない。魔法の才能は、もう何の価値も無い。貴族と平民の区別ももう無い───。魔法と貴族の時代は終わり、科学と民衆の時代が来る───。君もこのままで終わりたくないなら、魔法以外の能力で認められるよう、努力することだ。」

「そうですよ、ルイズさん。元々、魔法の実技以外では学院でもトップクラスだったじゃないですか。」

 黙って聞いていたシエスタが、この時口を挟んだ───。


───結局、彼らが生きている間に、魔法が復活することは無かった。そしてウェンリー皇帝の言葉通り、復活した時には完全に過去の遺物でしかなくなっていた。魔法とメイジが社会の主流を占めることは、二度と無かった。しかしアンリエッタ・トリステインと、その腹心ルイズ・ラ・ヴァリエールの名は、ハルケギニアの一時代を支えた女流政治家の名として、歴史に刻まれている───。



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