蛍光色の光に照らされた部屋の中、ジェイル・スカリエッティは机の上に広がった書類を眺めていた。
頬杖をつきながら文章を追う彼の視線には、輝きというものがまるでない。
目の前にあるものを、ただ文章の羅列としか思っていないかのような顔付きだ。
そんな状態の彼の隣には、一人の女がいる。
ナンバーズⅠ、ウーノだ。彼女は主人の胸中を察しているのか、表情が明るくない。
「どうしたものかね」
ぽつり、と呟いたのはスカリエッティだった。ウーノの反応を求めていない独り言。
それが分かっているため、彼女は口を開こうとしなかった。
「お客様は神様だ、とはどこの世界の言葉だったか……ここまで短絡的な神ならば、早々に見切りを付けるべきだと私は思うよ」
「しかし、ドクター。彼らは我々結社を維持するために必要な存在です」
「分かっているさ」
結社の規模は小さくない。そこで日夜進められている研究には、莫大な費用がいる。
しかも結社は、管理局に真っ向から喧嘩を売って存在している組織なのだ。研究資材一つを取っても密輸ルートを使わなければならないため、何をするにしても金がかかる。
そのために自分たちの技術を秘密裏に必要とする者と商売をしなければならないが――スカリエッティは彼らを金づるとしか思っていない――商売とはこんなにも面倒だったのかと、スカリエッティは嘆息していた。
トントン、と音を立てて書類を叩くと、彼は額を抑える。
「彼らは何も分かっていない。ガジェットなど、戦闘機人をより効果的に運用するための駒でしかないというのに。
いくら普通の魔導師を無力化できるのだとしても、一定以上の者に対しては限りなく無力なのだよ。
戦術を駆使して戦略を嘲笑う悪魔が跋扈するのが次元世界だ。
その上、我が娘たちに対する評価もこの程度とは……ケチるところを間違えているとしか言い様がない」
机に並んでいる書類の大半は、どれもガジェットそのものの購入か、開発データを買い取りたいといった内容だった。
中にはガジェットとセットで戦闘機人の技術も、といったものもあるが、提示されている金額にスカリエッティは納得いかない。
こちらの足元を見ているのか、それとも自分の娘たちの評価がこの程度なのか。
そんな愚痴が胸中に渦巻いているのだが、何も知らない者から見れば、適正価格と言えるだろう。
まだ冷静なウーノはそのことを分かっているため、主人を宥めるべく声をかける。
「仕方がありません、ドクター。ガジェットはともかくとして、戦闘機人に関する評価に関しては。
管理局との抗争をデモンストレーションとするやり方は確かに有効でしょうが……相手が悪い」
ウーノが言う相手とは、エスティマ・スクライアのことだ。
結社が設立されてからの三年間、ナンバーズとミッドチルダ地上部隊がぶつかり合うことは何度もあった。
しかし、その際にナンバーズが彼を撃破したことはない。時には三人がかりで相手をしたというのに、だ。
戦闘機人の評価が頭打ちとなっている最大の理由は、それだろう。いくら強くとも、ストライカー級魔導師を倒せるほどではないと思われているのだ。
……しかし、エスティマがナンバーズに倒されないことで、結社にも利益はあった。
それは、
「ふむ……これを見たまえ、ウーノ」
「これは……」
「今月きた依頼の中で、最も大口のものだよ。
プロジェクトFの技術を利用して、エスティマくんのクローンを作り出し、Type-Rの戦闘機人として……とね。
オプションでSevenシリーズのデバイスも付けろとご所望だ。しかもデザインだけではなく、製作依頼。
こういう金に糸目を付けない依頼は好意に値するが――」
「しかしドクター、その依頼は受けないのでしょう?」
「勿論だとも」
そう。最大の障害であるエスティマも、彼の作品なのだ。彼が勝ち続けていることで、レリックウェポンの評価は非常に高かった。
クク、と短く笑い声を上げ、スカリエッティはさっきまでの表情を打ち消し、口の端を吊り上げる。
何も分かっていない。
エスティマ・スクライアが最大の敵として居続けているのは、何もそのポテンシャルだけが理由ではない。
いくらレリックウェポンとはいえ、彼に使われている技術は既に旧式となっている。
カタログスペックだけならば、稼働しているType-Rに及ばないだろう。
それでも尚ナンバーズと互角に戦い続けているのは、十年を越える長い実戦経験と、常に追い詰められている精神状態。
それに、改造を重ねられて完全にスカリエッティの手を離れたSeven Starsが負けを許さないのだ。
「分かっていないなぁ。エスティマくんは機械ではない。人間だからこそ、スペック以上の力が出せる。
同系列の素体で彼以上の存在を作り出したとしても、彼以上になれるものか。
……すまない、話が逸れたね」
「いえ。ドクターが彼の話をするのは息抜きになっていると思うので、かまいません」
ウーノの言葉に、スカリエッティは苦笑した。
もっとも、スカリエッティの気が変わって依頼されたエスティマのクローンを作ろうとしたところで、今はそれだけの余裕が結社にはない。
Type-Rに使うレリックにも限りがあるのだ。依頼を受けて管理局に対抗する力を失ってしまっては本末転倒だろう。
今の環境――自由に研究を行えるという自分の夢を、スカリエッティは手放したくなかった。
商売をしている以上ある程度の妥協はしているが、それでも最高評議会の下にいる時よりは随分とマシなのだから。
「見透かされているなぁ……まぁ、ともかく、だ。
私の作る戦闘機人がこの程度の評価というのは、納得が出来ない。
――デモンストレーションといこうか」
「はい、ドクター。どのように?」
「そうだねぇ……」
考え込むようにスカリエッティは口元を隠すと、猫のように眼を細める。
そして十秒ほど間を置いて、
「タイプゼロはもう局員になっていたはず……ファーストの方が良いかな。
我が娘たちがあれの性能を完全に凌駕していると、見せ付けてやろうじゃないか。
そのための手段は――そう、そうだ。トレディアくんを使うとしよう」
そう言い、スカリエッティは椅子を吹き飛ばして立ち上がった。
両手を振り上げ、目を見開く。
顎が外れんばかりに大口を開け、耳障りな笑い声を上げた。
「はは、楽しくなってきた! やはり私にはこちらの方が合っている!
ああ、どんどん構想が湧いてくるぞ……!
今日の執務は終わりだ、ウーノ!」
「……はい、ドクター」
スカリエッティの様子にこっそりと溜息を吐きつつ、ウーノは苦笑する。
スカリエッティが趣味に走るしわ寄せはすべて秘書の彼女にくるのだが、仕方がない。
子供のようにはしゃぐ姿が彼には似合っていると、ウーノは思っているのだから。
リリカル in wonder
……あー、うっさい。
鳴り響く目覚まし時計を黙らせると、私は二段ベッドから抜け出した。
カーテンの隙間から差し込む朝日が目に痛い。朝の五時だというのに、太陽はもう自己主張を始めている。
いつもの通りだ。季節というものがないクラナガンでは、規則正しく朝日が昇る。
それに負けないよう私も、とは思うのだけれど、駄目だ。
低血圧ではないにしろ、我ながらこの寝起きの悪さはどうにかならないものか。
なんて考えている間にも睡魔に負けて床に――
「ほら、駄目だよティア! ちゃんと起きて!」
「起きるわよぉ」
「声が起きてないってば! ほら、トレーニングウェア!」
無理矢理手渡された服を寝ぼけ眼で見下ろし、もそもそと寝間着を脱ぎ始める。
気付かぬ内にスバルは起きていたみたい。顔を上げれば、きびきびとした動きで着替えを進めている。
……目が覚めた。相棒に先を越されてなるものか。
ぐいっと目を擦ると、意識して力を込めながらトレーニングウェアを着込む。
もう朝日も眩しくない。オッケー、おはよう私。
服を着ると、今度は髪を。鏡で寝癖をチェックした後、リボンを口に銜えつつ髪を束ねてツーテールに。
大体の準備が終わると、私は机の上に置いてあるデバイスに目を向けた。
立ち上がり、ホルスターを装着して、それを手に取る。
アンカーガンのカスタムモデル、ドア・ノッカー。
毎日の手入れは欠かさないけれど、それを上回って傷だらけになるこの子を見ると、どうしてもしょげてしまう。
塗装は所々剥がれ落ちて、機能に問題はないにしろ、細かい傷が増えてきた。
いつも訓練が終わる頃には魔力が尽きているから、リカバリーで修復してあげることもできない。
……ごめんね相棒。今度の休みに直してあげるから。
意思を持たないデバイスへ心の中で声をかけると、ホルスターに収める。
そうして、慣れてきたな、と今更なことに気付いた。
六課への配属が決まってから、私はこの子を使うことに決めたのだ。
前の部隊にいた頃から持ってはいたが、とても実戦で使う気分にはなれずケースの中に仕舞いっぱなしだった。
傷を付けるのが惜しかったというのもあるし、何より、市販のデバイスより性能の良いこの子に頼ってしまうようで気が引けたから。
それでも私がドア・ノッカーを使おうと、それこそキヨミズの舞台から飛び降りるほどの――そういうものだとスバルが言っていた――決意をしたのは、やはりあの人が六課へ誘ってくれたからだろう。
「ティアー、準備できたー?」
「良いわよ」
「んじゃ行こうか。今日も一日、頑張ろう!」
気合いを入れるように鉢巻きを巻いて、小さくガッツポーズを取るスバル。
いつもの光景だが、それだけに私も気合いが入る。
今日も一日頑張ろう。
女子寮を出ると、門の前にはエリオとキャロが既に揃っていた。
……このちびっ子二人は、なんで朝に強いんだろう。
キャロはスクライア全体が早寝早起きだから、なんて言っていたけれど。
エリオの方は、やっぱり親がしっかりしているからかもしれない。
エリート士官を出し続けているハラオウンの子――だけど、それに驕らない姿勢は好印象だ。
子供として出来すぎている気がするけれど、接しやすいのだから今は良いか。
「おはよう、二人とも」
「おはよー」
「おはようございます!」
「おはようございます!」
元気良く挨拶を返す二人に苦笑しそうになるのを堪え、訓練場へ。
海辺を歩いていると、海上に不自然な市街地が浮かんでいた。
今日もなのはさんが一番乗り、か。教官なのだから当たり前なのかもしれないけれど、教えられる私たちからすれば、早起きに付き合わせてしまうようで申し訳ない。
訓練の成果を早く出して報いなければと、どうしても思ってしまう。
全員でなのはさんに挨拶をすると、今日の訓練が始まる。
内容は初日に説明があった通り、基礎の復習。
とは言っても、その密度と要求される精度が訓練校とは段違いで、馬鹿にできない。
流石は教導隊、と言うべきなのかしら。
本来ならば小隊長クラスの人間――それこそエース級と呼ばれる魔導師を教育する立場の人に教えてもらえるのはなんとも贅沢な話。
なのはさんが指導してくれる、とは聞いていたけれど、ここまで付きっ切りでするとは思わなかったし。
なんだか、色々と申し訳ない気分になってくる。
さっきの贅沢と言ったこともそうだけれど、現在の六課で動いているのは交替部隊と呼ばれる人たちだ。
本来ならば三小隊で稼働しなければならないのに、彼らは私たちが育つまでの時間を作ってくれている。
本当、何から何まで面倒を見てもらって……これで成果を出せなかったら人間として終わるわ。
この状況を重いと取るか、期待されていると取るかは人それぞれなんだろうけれど……。
ちら、と訓練している皆の姿を見て、重荷に感じている奴はいないだろうと思った。
「ほらティアナ、余所見しない!」
「す、すみません!」
……不覚だわ。
……本当、なのはさんは生かさず殺さずのレベルを良く見極めていると思う。
ほどよく疲労の乗った身体を押して、私たちは食堂へと足を運んでいた。
前衛組が元気いっぱいなのはいつも通りだとして、私やキャロがこれからの訓練を受けても問題ない程度にしか疲れていない。
無茶をさせないギリギリのラインを分かっているというか……見方を変えたらえげつないわ。
いつもの席に私とキャロが席取りすると、しばらく経ってスバルとエリオがやってくる。
私たちの分の食事を取ってきてくれたのはありがたいんだけど……。
「……ねぇスバル」
「何? ティア」
「なんで私の分までアホ盛りなのよっ!」
「あはは……おばちゃんが勘違いしちゃったみたいで……」
いやー参った、と頭をかくスバル。
ぐぬぬ、と唸り声を上げてしまう。
トレーに載っているのは、スクランブルエッグにサラダ、スープにパン。それは良い。朝だから重くない、胃に優しいメニューだ。
けど三人前なんてどう処理しろってのよ!
「……アンタに取りに行かせたアタシが迂闊だったわ」
「ら、ランスターさん。私も手伝います……!」
「いいわよキャロ。この馬鹿に責任取らせるわ」
「えー、馬鹿はちょっと酷……分かった、食べるよティア」
まったく、と思わず悪態を吐いてしまう。
悪気がないのが余計にタチ悪い。
スバルの皿に料理を分けると、食事開始。雑談混じりに料理を嚥下する。
会話の内容はさっきの訓練のこと。それは良い。
けれどそれが世間話に移ると、途端に口数の減る子がいる。
エリオだ。さっきまで普通に話していた彼は、愛想笑いを浮かべて相槌を打つだけになっていた。
まぁ、それも仕方ないでしょう。女三人の中に男一人。私が逆の立場だったら……まぁ、会話に入れないってことはないけど、居心地の悪さは付きまとうはずだ。
年頃の少年は大変だわ。
「ねぇ、エリオ」
「は、はい!」
急に話を振られて、エリオは上擦った声を上げた。
そこから私は無理矢理エリオを話に入れようと――何よ馬鹿スバル。ニヤニヤするな。
そして朝食を終えると、少しの休憩を挟んでまた訓練。
いつものように――といきたいところだったけれど、今日は違った。
時刻が十時を回った頃だ。
シャーリーさんと一緒に、フラっと、思いがけない人物が訓練場に現れた。
片手にスーツケースを持つ、陸士の制服を着た中肉中背の男性。日光に輝く金髪は、遠目でも分かった。
彼はシャーリーさんと話しながら、ゆっくりと訓練場に近付いてくる。
……っと、落ち着け私。何カートリッジを使おうとしてるの。良いところを見せる必要なんてないでしょーが。
思わず勇み足を踏みそうになった自分を律する。
けど、慌てたのは私だけじゃないようだ。
エリオは私と違って派手にカートリッジを炸裂させているし、キャロはびっくりした様子で片手杖型デバイスを取り落としていた。
スバルは黙々と動き続けているけれど。
彼――スクライア部隊長がきたことに、なのはさんも気付いたのだろう。
皆に声をかけて訓練を続けるように言うと、部隊長の方へと歩いてゆく。
しかし、珍しいこともあったものだわ。
六課に配属されて一週間が経ったけれど、部隊長が訓練場に顔を出すなんて今日が初めてだ。
脚を向けた理由はいくつも想像がつくけれど、実際のところはどうなんだろう。
頭の片隅でそんなことを考えていると、五分ほど経った後になのはさんが手を止めるよう指示を出した。
「ちょっと皆、集まって!」
「はい!」
なんだろうか。そんなことを考えながらも、ついつい視線は部隊長の方へ向いてしまう。
ランク試験や部隊が設立した時に顔を見て随分とやつれていると思ったけれど、今は血色が良い。
楽、とは言わないけれど、後方に下がったことで体調が戻ったのだろうか。
首都防衛隊は激務だと聞いているし、しかもそこの主戦力だったのだから、六課の部隊長になったことで少しは疲れが抜けたのかもしれない。
……対戦闘機人戦のスペシャリスト。単独戦闘ではミッドチルダ地上部隊最強と言われている魔導師。エースタッカー。
大仰な肩書きをいくつも持っている人を前にして、どうしても彼を意識してしまう。
気付けば、目はなのはさんじゃなくて部隊長の方に向いているし……駄目だ、しっかりしろ私。
「これから私と部隊長が模擬戦をするから、しっかりと見ておくように。
陸戦じゃないけれど、それでも得るものはあると思うから」
「本当ですか!?」
「ほんとほんと。まぁ、全力全開ってわけにはいかないけれど」
食い付きの良いエリオに、なのはさんと部隊長、シャーリーさんは苦笑する。
部隊長は手に持っていたスーツケースを開くと、その中からデバイスを取り出した。
収納機能をオミットして基本性能を向上させたタイプのデバイス。エクステンド・ギア、といった種類のものだ。
スーツケースを持ってきていたってことは、最初からそのつもりだったのかしら?
「なのは、何かルールはあるか?」
「うん。見本にならないから、AAランク以上のスキルは使わないように。あと、エスティマ・マニューバは禁止」
「……エスティマ・マニューバ?」
「慣性無視連続機動のこと。そう呼ばれてるの、知らなかった?」
「ああ。しっかし、センスない呼び方だなぁ……セットアップ」
黒いデバイスコアを純白のガンランスに挿入すると、部隊長の身体がバリアジャケットに包まれる。
白を基調とした……ええっと、その、遊び心のあるデザインだ。それは、なのはさんも一緒だけれど。
……いけない。他人のバリアジャケットにケチつけるのは失礼だわ。
なんてことを考えていると、なのはさんと部隊長は空に上がり、模擬戦が開始される。
お互いに牽制の誘導弾を放ちながら、なのはさんは必要最低限の動きを、部隊長は動き回って有利な位置を。
腹の探り合いのような応酬が続くと、部隊長が動いた。
太陽を背にしてデバイスを掲げ、急加速。目が日光になれると、ガンランスの刃にストライカーフレームが形成されていたのが分かった。
なのはさんはそれを無数の誘導弾で迎え撃とうとするが、それらを悉く避けて、部隊長は桜色のバリアへと突き刺さった。
……AAランクまでだから、高等技術の零距離砲撃は使わない、か。
私の使っているドア・ノッカーにはそのための機能があるから見てみたかったけど、しょうがない。
あそこからどうするのかと思っていると、カートリッジが炸裂して部隊長の身体がブレる。
そして次の瞬間には、なのはさんが吹き飛ばされて、部隊長は鎌の魔力刃を振り切った状態だった。
ガンランスの横からピックが飛び出し、そこから鎌が生まれているのだ。隠し武器なのだろうか。
「急加速、突撃からの反転攻撃……ソニックムーヴで代用できるかな」
「反応するのが厳しいと思うけど……私が補助すれば、エリオくんならできるかも」
「うん。その時はよろしく、キャロ。
ナカジマさんも、A.C.S.は――」
「……そうだね。参考になる」
エリオにキャロ、いかにも危なそうな技を真剣に使おうと考えないように。
熱心に二人の戦いを見るお子様に胸の中で突っ込みを入れつつ、私はなのはさんの挙動をじっと見る。
私が見るべきは、ガンナーの動き。
近接タイプとの一対一でどう戦うのか、しっかりと覚えないと。それと、完成した近接型がどんな風に仕掛けてくるのかも。
さっきの一撃以降、なのはさんは設置型バインドと誘導弾で部隊長と戦っている。
私だったら幻影を駆使して、といったところか。
……もしかしたら、さっきの一撃はスバルとエリオのためにわざと受けたのかもしれない。
手を抜いているわけではないが、それでも私たちに戦い方を見せるために戦う二人に、そんなことを考えた。
結局この模擬戦は、部隊長が被弾ゼロ、なのはさんはダメージらしいダメージなしで終わった。
エリオとキャロ、それにスバルは隊長格の戦闘で興奮したようだけど、私はどうにも。
スバルに付き合ってなのはさんの戦闘映像を見たことがあったし、部隊長もどんな魔導師か知っていたから驚きはしないけど――私は意外とミーハーなのだ。秘密だけどね――再確認した。
二人とも、化け物だわ。私は身の丈に合った戦い方を覚えよう。
自分に向いた戦い方をする、というのも、たった今目の前で見せられた気がするし。
午後の訓練が終わってへとへとになりつつシャワーを浴びて食堂へ向かうと、珍しい人を見付けた。
いや、珍しいというのも変な話か。昼間に会ったばかりなのだし。
私たちが座っている席から離れたところにいる、部隊長。
同じテーブルに座っているのは、寮母兼嘱託のフェイトさん。双子らしく、性別の違いを除けばそっくりだ。
談笑している二人の姿を遠目から見る感想は、絵になる、といったもの。
もっとも、兄妹だからカップルとかそういう風に捉えることはできないけれど。
あ、そういえば。
「キャロ。アンタは向こうに行かなくて良いの?」
「はい。フェイトさんとは毎晩一緒に寝てますし、エスティマさんとも三人でたまにお話しします。
だから、今は二人っきりにしてあげようかなって」
あらら、そうだったの。
……というか、二人っきりにしたいって。下衆な想像しちゃうから気を付けなさい。色んな意味で。
そう思っても口にせず、苦笑するだけにした。キャロは分かっていないようで、不思議そうに首を傾げる。
……ま、私の頭が湧いているだけだしね。
さてこれから夕食を――と、フォークを手に取ろうとすると、
「ここ、良いかな?」
「ど、どうぞ!」
不意に現れたなのはさんに声をかけられ、スバルがコンマ一秒で返事をした。
どう答えるか分かっているとはいえ、皆にも許可取りなさいよ。……まー、気持ちは分かるから良いけどね。
ありがとう、となのはさんは微笑むと、ゆっくり腰を下ろす。
「時間も経って飲み込んだと思うから聞くけど、昼間の模擬戦はどうだった?
ためになったかな?」
「はい!」
「良かった。けど、今日のを見たからって無理に背伸びする必要はないからね。それだけは心配だから。
……それじゃ、何か質問あるかな?」
「はい!」
勢い良く返事をしたのはエリオで、それに続いてスバルもなのはさんに質問する。
やっぱり前衛は食い付きが良いか。
一方、私やキャロは何を聞いたら良いのか分からない。
なのはさんのは……なんていうか、立ち回りが上手かったのではないか。模擬戦中に使っていた技術はすべて、今の私たちが習得可能なものだったから。
そりゃ、空戦と陸戦の違いはあるけれど。
戦うための技術を教えられたというよりも、見本となる動きを見せられた感じ。
「ティアナ?」
考え込んでいると、なのはさんに声をかけられた。
いつの間にか俯いていた顔を上げれば、なのはさんはどこか申し訳なさそうな表情をしている。
「は、はい」
「ごめんね。一対一じゃ、センターの動きは分かりづらかったと思う。
私やティアナの真価は集団戦だから……今日のところは、一人でいるところを狙われた場合の時間稼ぎ、って考えれば良いよ。
キャロもね」
うわぁ、見透かされてた。
夕食を終えるとそのまま寮へと戻り、自室に直行した。
すぐにでもベッドへ倒れ込みたい衝動を必死に堪え、机にドア・ノッカーを置くと工具を取り出す。
最低限のメンテを……せめて汚れぐらいは取らないと……。
部屋に戻ってきたせいだろうか。一気に押し寄せてきた睡魔に耐えながら、分解作業を始める。
取り敢えずは銃口部分……ここだけはしっかりやっておかないとね。
このデバイスの中で最もデリケートなのはカートリッジシステムだろう。通常規格を外れた大口径は、扱うのにも神経を使う。
その次に気を配らなければいけないのは、銃口部分に施された対フィールド加工だ。
……射撃用デバイスに零距離攻撃を推奨するような仕様。これを作った時にあの人が何を考えていたのか、心底分からない。
けれど、このデバイスを作った時点であの人はエース級魔導師として活躍していたのだ。きっと、何か深い理由があるのだろう。
今はまだ未熟な私が気付けないだけで、もっと魔導師として戦術の幅を広げれば分かるはずだ。
よし、と気合いを入れて眠気を追い払うと、早速作業に取りかかる。
ちなみにスバルは、部屋の隅っこで熔けている。や、実際に熔けているわけではないけれど、それぐらいにだらけている。
……違うわね。なのはさんと訓練以外で話をしたから、悦に浸ってるんだわ。
本当、この馬鹿。……自分ばっかり。
「ティアー。やっぱり、なのはさんって凄いねぇー」
「そうね」
「私たちと五歳も離れてないのに、大人っていうかなんていうかー」
「そうね」
「ああいう余裕のある態度が取れるのも、やっぱりエース級魔導師のエチケットなのかなー」
「そうね」
「……なんか冷たいよティア」
「うっさい馬鹿スバル! こっちは精密機械を弄ってるんだから話しかけないで!」
「いつもは話ぐらいしてくれるじゃんかー。……分かった、あの日?」
「おっさんかアンタは!」
「うひー、ごめんなさいー」
と言いつつも全然申し訳なさそうにしていない辺りはコイツらしいというかなんというか。
結局この日は、私が寝入るまでスバルの話に付き合わされた。眠い。
小劇場 割と平和な六課 1
結社対策部隊、通称、六課。
この部隊に集められた者たちは、いずれもライトスタッフである。
フォワード陣は勿論のこと、バックヤードスタッフも。
そして医療スタッフも……なのだが……。
「良いか貴様ら! 今日から俺たちはあの死にたがり部隊長の専属医療団となった!
だが治すのはあの馬鹿だけじゃねぇ! あの小僧の下で働く小娘共もだ!
分かっているな!?」
「はい、班長!」
「ようし、良い返事だ! ならもう一度確認しておくぞ!
貴様ら、俺たちの仕事はなんだ!?」
「医療! 医療!」
「この部隊ですることはなんだ!?」
「医療! 医療!」
「これから先、あいつらが怯えるものはなんだ!? 怪我をしたらどうなるか――馬鹿でも分かる教育方法はなんだ!?」
「医療! 医療!」
うおおおおおお! と真っ白な医務室には場違いな、どす黒いオーラが立ち上る。
医療スタッフだというのに士気が異常に高いのは、良いことなのか悪いことなのか。
それはともかくとして、
「うぅ、ぐす……桃子お母さん。私、六課で働いてゆけるのでしょうか……」
『どうしたの? シャマルちゃん? 泣いてるの?』
「な、泣いてません……」
色々と哀れなシャマルであった。