「……ん、分かった。急ぐわ」
『頼んだぞ、はやて』
「まかしとき。あーもう、そんな情けない顔を指揮官がしてたらあかんて」
『茶化すな。……それじゃあ』
エスティマとの通信を切って、はやては顔を上げた。
今、彼女がいるのは雲が下に見える上空。
そこを、己の騎士であるヴィータと共に進んでいる。
目指す先はマリンガーデン。そこに陣取り、長距離砲撃で上空のガジェットを殲滅して欲しいとエスティマから連絡がきた。
転送魔法を使って一気に跳びたかったが、AMFの影響で失敗したら怖い。
地道に飛んでいくしかないことを歯がゆく思いながら、彼女はスレイプニールに魔力を込める。
「はやて、現場はどうなってるの?」
「ん、まだ被害はそれほど広がってないみたいやヴィータ。
でも、困ったなぁ。まだ六課は完全稼働にほど遠い状態やし、エスティマくんがテンパってないとええけど」
「ザフィーラがいるし、大丈夫だって。変に焦っても、冷や水浴びせられれば冷静になれるよアイツ」
「んー、どうかなぁ」
ヴィータの言葉を聞きながら、そうだろうか、と胸中で呟く。
指揮はともかく、戦闘機人がいるのに現場に出られないという状況に彼は慣れていないはずだ。
焦りと不安。混ぜるな危険の二つが相まって大変なことにならなければ良いのだけれど。
「ま、私らが頑張ればそれだけエスティマくんも安心させることが出来るやろ。
ヴィータも頼むで?」
「任せて、はやて。シスターも向かっているみたいだし、大丈夫」
そういい、力こぶを作るポーズをヴィータが。
リラックスさせようとしてくれてるのだろうか。ありがとう、と小さく呟いた。
「さてヴィータ、六課の初陣、華々しく飾ろうか!」
「うん!」
リリカル in wonder
バリアジャケットの裾をはためかせながら、夜空をゆく影が二つ。
魔力光の色は金と桜。
六課所属の魔導師、高町なのは一等空尉とスクライア嘱託魔導師だ。
二人はデバイスに転送された情報を見ながら、自分のなすべきことを確認する。
なのはは空からマリアージュを。完全に機械化されているのか非殺傷設定による攻撃では動きを止められない、と報告が上がっているので、物理破壊設定で。
街を破壊しないことが前提の命令なので、精密射撃の技量が高い彼女に白羽の矢が立ったのだ。
そしてフェイトは、戦闘機人と交戦している108部隊の応援。
まだミッドチルダ地上部隊だけで結社の相手をしていた頃、三課を苦しめた者が相手だ。油断はできないだろう。
それ以外にも、救援に向かう者たちに思うところがある。
それをバルディッシュを強く掴んで考えないようにして、フェイトは隣を飛ぶなのはへ視線を。
「なんだかこうやって二人で飛ぶのって、久し振りだね」
「うん、少し懐かしいかな。
……ねぇ、フェイトちゃん」
「何?」
「余計なお節介かもしれないけど……シグナムのこと、助けてあげてね」
「……うん、大丈夫」
なのはのいいたいことが分かって、フェイトは苦笑した。
きっと彼女は、闇の書事件の確執云々のことを考えて、釘を刺そうとしたのだろう。
釘を刺す、というほどではなく、心配ていどの軽いものだろうけれど。
確かにフェイトにも思うところはある。
けど、あのシグナムは兄を一時的とはいえ自分から奪った者とは別人なのだ。
それに、エスティマが倒れたときよりも自分は大人になっている。兄を取られた、なんて今は思わない。
それぐらいの分別ぐらいはできていると思う。
「なのはの方こそ、気を付けてね。マリアージュの使う武器は質量兵器だから。
いつもの感覚で戦うと、少し危ないよ」
「あはは、そうだね」
「あはは……ん、もうそろそろ現場に着くね。
それじゃあなのは、私は行くよ」
「うん。それじゃ、また後でね!」
軽く手を挙げてなのはと別れると、フェイトは飛行魔法に使用する魔力を増やす。
途端に、なのはと併走していたときと比べものにならないほど、速度が増す。
夜風に風がなびき、回りの風景が引き延ばされるように。
……それにしても、戦闘機人か。
エスティマを中心とした三課の者たちが戦った戦闘映像を、フェイトは何度も見た。それこそ、飽きるほどに。
少しでも兄の力になるべく、寮母の仕事の合間に何度も何度も。
ずっと警戒していたのは空戦の三体だったが、今日の相手は陸戦。
地上での戦闘は空と比べ、それほど自信はないのだが――
「やるしかないよね、バルディッシュ」
『sir』
ならば、切り結ぶような状態になる前に一撃で勝負を決めよう。
長距離から一気に接近し、零距離からの砲撃。
……どんな皮肉だろう。一度だけ行ったその戦法を使った相手を、助けるために使うだなんて。
口の端を吊り上げながら、フェイトはバルディッシュに変形を命じようとし――
「――っ!?」
前触れもなく横から突撃してきた影を、バルディッシュのロッドで受け止めた。
だが、それでは終わらない。
弾かれた影は、両手に握った刀――刃の部分が光っているのは魔力か、別のエネルギーか――を振り上げ、再び突撃してくる。
咄嗟にフェイトはバルディッシュをハーケンフォームに変形させ、横薙ぎに。
しかし相手は慣性を感じさせない動きで減速し、魔力刃は空を切った。
「くっ――!」
咄嗟にディフェンサーを展開し、金色の魔力光と刀の発する紫が明滅し、火花を散らす。
その際、フェイトは相手の顔へと目を向け、目を見開く。
こいつ――
「……笑って?」
「ハハ……!」
薄気味悪さを感じて、フェイトはバリアバーストを発動。
それで敵は弾き飛ばされるが、油断はならない。
バルディッシュを握る手に力を込め、目を凝らした。
煙が晴れると共に敵の姿がはっきりと目視できるようになる。
戦闘機人特有の青いボディースーツに特徴的なヘッドセット。
手首や足首、腰に発生しているインパルスブレード。
「……手強い奴か」
戦闘映像を思い出し、フェイトは目を細めた。
目の前にいる敵は、戦闘機人の三番、トーレ。
執拗に兄を付け狙い、何度も刃を交えている相手だ。
トーレは右手の刀――インパルスブレードと同質の刃を発生させている――の切っ先をフェイトに向け、喜色満面の笑みを浮かべる。
「その顔立ち。高機動戦闘。なんという僥倖だろうか……このような任務にも出てきて正解だった!」
……何をいっているのか分からない。そういった目でフェイトはトーレを見るが、彼女は気にしていないようだった。
「お初にお目に掛かります、フェイトお嬢様。私は戦闘機人のⅢ。トーレと申します」
「丁寧にありがとう……私は時空管理局嘱託魔導師、フェイト・T・スクライア。
自分たちの罪状は、いわれるまでもなく分かっていますね? 投降しなさい」
「ご冗談を! せっかく会えたのです、刃を交えねば嘘だ!」
しっ、と息を吐いた音を残して、トーレの姿が掻き消える。
フェイトは舌打ちしたい気持ちを抑えながら、ソニックムーヴを発動させた。
そしてバルディッシュを相手の得物を打ち合わせ、歯を噛み締める。
一撃一撃は軽い。けれど、斬撃が鋭い。刺突ともなれば反応がやや追い付かないぐらいに。
厄介な相手だ。兄さんが手こずるのも分かる。
伊達に管理局を相手にテロを起こしていないということか。
「応援、少し遅れるかな……?」
「そう急がずに……エスティマ様とまた違った手強さを、是非魅せてください!」
「この……っ!」
何? この戦闘機人。
早く行かなければならないと分かっていながら、フェイトはトーレの相手をするしかない。
この場を去ろうとしても、尋常じゃないしつこさで追い付いてくる。
胸中でエスティマに謝りながら、フェイトはカートリッジをロードした。
時は少し遡る。
警邏任務で湾岸地区をギンガと共に回っていたシグナムは、両脇をビルに囲まれたビジネス街の雑踏の中に見知った顔を見付けた。
いや、見付けた、というのは変な話かもしれない。
知人によく似た顔をした少女に、つい目を奪われた。
燃えるような赤い髪の毛。有名なメーカー製のジャージに身を包み、肩にはスポーツバッグを背負っている。
どう見ても知人の――そう、スバルのするような格好ではなかったのだが、顔立ちが良く似ていたのだ。
しかしあまり顔を見ては失礼と、シグナムはすぐに目を逸らす。
しかし、
「……へぇ。アタシが"当たり"か」
奇妙な独り言を耳にして、シグナムは眉根を寄せる。
当たり……?
「なぁ、そこの局員」
「なんでしょう、か?」
その少女は、こちらへと声をかけてくる。
応えたのはギンガだ。一瞬声が止まったのは、おそらくシグナムと同じことを思ったからだろう。
「教えてやるよ。もうすぐここでテロが起きる。一般人、避難させた方がいいぜ」
「……あなた」
挑発的な口調で、嘲笑に近い笑みを少女は浮かべる。
そのときになって、シグナムは――そしてギンガは、ようやく思い出す。
ヘッドセットをしていないから気付くのが遅れたが、この少女は……!
「……なんだよ、急げって。やる気ならいいけどさ」
苦笑し、少女はジャージの胸元から待機状態のデバイスを取り出す。
それを掲げ、彼女はセットアップを。
それと同時に、魔法陣が上空に展開される。
転送魔法。ならば、出てくるのはガジェットか。
「シグナム!」
ギンガの叫びに首肯して、シグナムは一般人の避難を開始する。
それと同時に、近隣部隊へと報告も。
上空に展開した魔法陣を目にして、既にパニックを起こしている人も中にいた。
彼らを落ち着かせながら大丈夫だと言い聞かせ、焦りを感じながら、シグナムは取り敢えずの避難誘導を完了させる。
そして、
「行くぞ、レヴァンテイン!」
ペンダント状態のレヴァンテインを握り締め、シグナムも騎士甲冑を纏う。
シグナムは知らないが、ずっと昔から身に付けていた甲冑に身を包み、レヴァンテインを鞘から抜き放つと、滑走するように低空を飛んだ。
『ギンガ、避難誘導はとりあえず終わった。状況はどうなっている?』
『ごめん、余裕が……!』
返ってきた念話には、苦みが含まれていた。
人気のなくなった道を進み、角を曲がると、戦闘機人と戦うギンガの姿が見える。
シューティングアーツを駆使して拳を交える、ギンガと戦闘機人の姿。
その光景は、一見ギンガに傾いているように見えた。
手刀、掌、拳を駆使してガードの上から攻撃を加え続けている。隙を与えぬ、とその姿が語っている。
だが――
上段回し蹴りを放とうとした瞬間、後から動いたにもかかわらず、戦闘機人の拳がギンガの腹に突き刺さる。
どれほどの力が込められていたのだろうか。
バリアジャケットこそ吹き飛ばさないものの、ギンガは宙に舞い、ショーウインドウに突っ込んだ。
「ギンガ!」
「ったく、所詮は旧式かよ……ようやく勝負できると思ったのに」
一撃でギンガを吹き飛ばしたというのに、戦闘機人は苛立たしげに地面を爪先で蹴った。
ローラーブーツのデバイス。銀の装甲と、その隙間に見える金のフレーム。あれは……。
いや、デバイスというのなら、もっと見るべきものがある。
それは、両腕に通された手甲型のアームドデバイス。
ギンガの使っているリボルバーナックルⅡ――エスティマが作った物だ――によく似ている。いや、瓜二つといっていいかもしれない。
戦闘機人はローラーブーツを鳴らして、シグナムへ身体を向ける。
敵と対峙した瞬間、勝てるのか? と、言葉が脳裏に浮かんできた。
……いや、勝つのだ。
戦闘機人は父の敵といってもいい存在。
主の剣であるならば、彼女たちを倒せるだけの存在にならなければ意味がない。
日頃から自分を追い詰めている思考に急かされるように、それが蛮勇であるという考えが、抜け落ちる。
レヴァンテインの切っ先を戦闘機人に向けると、シグナムは唇を湿らせた。
『ギンガ、一度退いて回復に専念して欲しい。ここは私が押さえる』
『……あなたが何を考えているのか、なんとなく分かるわ。
けど、無謀よ。馬鹿なこといわないで』
ショーウィンドウの破片を浴びたギンガが、なんとか身体を持ち上げる。
それを視界の隅で捉えながら、シグナムは一歩踏み込んだ。
――それが、この事件の始まりだった。
シグナムたちへの応援は、ガジェットとマリアージュに阻まれて届かない。
もっとも早く動けたのは近くにいた六課だが、フェイトは上空でトーレと戦っている。
遠く響く喧噪を耳にしながら、二人は戦闘機人と闘い続けていた。
「この……!」
レヴァンテインを袈裟に走らせるも、ローラーブーツが後退し、刃は空を切る。
その直後、シグナムの背後からローラーのグリップの音を響かせ、ギンガが戦闘機人へと拳を叩き付けた。
リボルバーキャノン。カートリッジを使っての打撃。
黄色のシールドが発動するのに一拍遅れ、ギンガの拳が叩き付けられる。
だが、
「リボルバー……キャノン!」
高らかに響いたのは、戦闘機人の声だ。
ナックルスピナーが高速回転する唸り。わざわざ同じ技を使って、ギンガと真っ向からぶつかり、両者は大きく弾き飛ばされる。
頬を流れる汗を鬱陶しく思いながら、シグナムは戦闘機人を見る。
戦闘機人。生半可なものではないと思っていたが、ここまでとは思わなかった。
ミッドチルダ地上部隊の中でも稀少なAランクのギンガとAAの自分二人で、ここまで手こずるなんて。
戦闘機人は本来、AMF下での運用が基本となっている。だからこそ、自力ではそれほどの脅威ではないと思っていた。
しかし、目の前にいる戦闘機人は違う。強化された五感に加え、どういうことか魔法まで使う。
後期の戦闘機人がそういう存在だと資料の上では分かっていたが、ここまでとは。
……だが、あと一歩で攻めきれないのには、もう一つの理由がある。
それはギンガだ。
この戦闘が始まってから、彼女の様子がどこかおかしい。
時折戦闘機人のデバイスに向ける視線には、戸惑いが混じっているようにシグナムには見えた。
なぜそうなっているのか、シグナムには分からない。戦闘中に聞くべきことなのか、ということもある。
……しかし、このままではジリ貧だ。何か手があるのならば――
『シグナム』
『ギンガ?』
『一気に決めるわよ。このままじゃ溜まってゆくダメージでその内押し切られる』
『分かった』
そう応え、どうするか、と再び自問する。
全力で戦うならば、そこに雑念が混じってはいけない。
それが勝機に繋がるならば尚更だろう。
『ギンガ』
『何?』
『先程から、何か迷っているような気がする。何かあったのか?』
『…………あの子に、聞きたいことがあるのよ』
逡巡のあとに吐き出された念話には、やはり迷いが混じっていた。いや、これは動揺だろうか?
『大丈夫か?』
『ええ、勿論……悪いけど、付き合ってねシグナム』
……全力、か。
彼女のいった、悪い、という言葉。
それはシグナムに刺さる。
全力を出すならば魔力が必要となる。
それはシグナムの内にあるリンカーコアだけではなく、主人――エスティマとの間に繋がっているラインからの魔力も使えということだ。
……分かっている。妙な拘りは捨てるべきだ。
魔力を父から奪うこと。それが実力ではないなど、そんなルール付けは自分でしたもの。
使えるものは使うべきで、今がそのときなのだろう。
『……分かった』
『ごめんなさいね』
気にするな、と返して、シグナムは意識を集中させる。
自分とエスティマの間に通っているライン。普段は余程のことがない限り閉じているそれを、こじ開けた。
その途端に流れ込んでくる魔力の量は膨大だ。自分とは別種の、しかし、暖かみのある魔力が身体に満ちる。
身に纏ったパンツァーガイストが、ジジジ、と悲鳴を上げる。
ラベンダーと混じり合うサンライトイエローの魔力光。解放された力の余波に、戦闘で砕けたコンクリートの粉塵が舞う。
そして、ギンガも。
「フルドライブ……リボルバー、オープン!」
掛け声を鍵に、両腕のデバイスが変形と呼べない変形を行う。
リボルバーナックルの後部、ナックルスピナーよりも後ろの装甲が弾け飛んだのだ。
その下から現れたのは、腕を囲む六発装弾の回転式弾倉。
確かに一撃に込められる魔力は強大だろうけれど、普通に考えて常軌を逸した代物。
いつか必要になるから、とエスティマが付加したフルドライブ。今の今まで実戦で使ったところを、シグナムは見たことがなかった。
「へぇ、やる気かお前ら……いいぜ、かかってこいよ」
戦闘機人から発せられるプレッシャーが心持ち強くなる。
だが、関係ない。全力で当たる以外に、選択肢は今捨てたのだ。
『私が先に仕掛けるから、シグナムは……』
『分かった』
レヴァンテインにカートリッジを限界まで装填し、息を整える。
やるぞ、レヴァンテイン。そう己のデバイスに念話を送ると、寡黙なデバイスはコアを瞬かせることで応えてくれた。
……この戦闘機人を倒すことができれば、きっと自分は父上の守護騎士としてやっていける。
そのためにも、この戦いは勝たなければならない。最低でも引き分け。負けるなど論外だ。
「行くわよ!」
「こいよ旧式!」
拳をかまえ、両者は一気に距離を詰める。
その激突を見るよりも早く、シグナムは動いた。
飛行魔法を発動し、ギンガと戦闘機人の頭上へと。そこで身を捻り、急降下を行う。
その間に、ギンガと戦闘機人の衝突は終わっていた。
常識の範疇を逸脱した口径のカートリッジが炸裂し、魔力を帯びた拳が真っ直ぐに突き出される。
戦闘機人はそれをナックルスピナーの回転で受け流し、その瞬間にギンガはバックステップ。カウンターが入ると、予め予想していた動き。
そして、予測は裏切られず、戦闘機人の掌がギンガの胸へと――
『ぐっ……今よシグナム!』
「覚悟……紫電、一閃!」
落下のエネルギーを乗せた刃を唐竹に振り下ろす。
炎を纏った刃が戦闘機人の背中へと迫る。しかし、咄嗟に振り返った戦闘機人はシールドを展開した。
だが、一撃で終わるとはシグナムも思っていない。
シールドを砕いてレヴァンテインを振り抜き、返した刃を横薙ぎに。
その際再びカートリッジをロードし、刀身のまとう炎が燃え上がる。
さすがに危機感を覚えたのだろう。戦闘機人は咄嗟に右腕を上げ、レヴァンテインは手甲型デバイスへ吸い込まれるように刃を立てる。
ナックルスピナーの回転に弾かれるか、否か――
「紫電――一閃!」
火花を散らす衝突は、鋼を砕いたレヴァンテインの勝ちとなる。
手甲型デバイスを砕いた瞬間、戦闘機人の目が大きく見開かれた。次いで、それが激怒に彩られるが――
「てんめぇ!――っ!?」
横から伸びてきたギンガのウイングロードが戦闘機人の腹に突き刺さり、彼女はビルへと貼り付けにされた。
……これで終わりだ。
カートリッジを二連続ロード。すべてを使い果たし、シグナムはレヴァンテインを変形させる。
第二の姿、連結刃。
それを渦を描くように振り上げ、
「飛竜――一閃!」
サンライトイエローとラベンダーの魔力光をまとった連結刃が殺到し、爆炎を上げた。
「面倒っスねぇ」
盾ともサーフボードともいえないデバイスで散発的に撃ち込まれる射撃魔法を防ぎながら、少女――戦闘機人、ウェンディは道を歩いていた。
特に危機感を抱きもせず、堂々と、だ。
自分を包囲した管理局の部隊は、一対一では勝てないと踏んだのか陣形を作って散発的に攻撃をしかけてくる。
そんな彼らに微塵も興味を抱かず、ウェンディはマリンガーデンを目指して歩き続けていた。
ウェンディたちが行っている今回のテロには、一つの目的がある。
それはイクスヴェリアの確保という建前ではなく、もう一つの、自分たちの有用性を客に提示することだ。
その際にスカリエッティから指示されたことは二つ。
戦う相手は選ぶこと。雑魚を蹴散らしても見栄えがいいだけで効果は見込めないからだ。
そしてもう一つ。戦闘機人のタイプゼロと、エスティマ・スクライアの守護騎士であるシグナムを発見した場合、撃破すること。
指示の内、前者は今回の目的そのものといえるだろう。タイプゼロの破壊も、旧式と自分たちの違いを見せるパフォーマンスか。
しかし後者は違う。これはドクターの趣味のようなものだと、長女であるウーノが苦笑していたのをウェンディは思い出していた。
曰く、彼を本気にさせる生け贄だ、とのこと。
タチが悪いっスねぇ、とウェンディは思う。
陸戦である自分は、エスティマ・スクライアと戦ったことはない。顔見せだけならしたことはあっても、空戦組のいう厄介な執務官と激突したことは一度もないのだ。
だからウェンディからしてみれば、エスティマにご執心のドクターや姉妹たちの心境がイマイチ分からないでいた。
「……っと」
デバイスを持ち上げ、頭部に向かってきた魔力弾を弾く。
深緑色の魔力光。どうやら優秀な狙撃手が一人だけいるらしい。こちらの気が緩んだ隙を狙って、呼吸を合わせるように弾丸を撃ち込んでくる。
……一向に獲物が現れねーっス。もうこれを倒して終わりにするっスかねぇ。
なんともやりがいのない仕事だ。もう一人の陸戦型であるノーヴェは、ターゲットの二人を相手によろしくやっているらしいのに。
それにしてもノーヴェのことだ。変に熱が入って、殺しているかもしれない。
スカリエッティがついでで指示を出した、タイプゼロの撃破。
しかしこれは、ノーヴェにとって意味のある相手なのを、ウェンディは知っていた。
髪の色こそ違うものの、同じ遺伝子提供者から生まれた同型モデルの戦闘機人。
もし何も事情を知らない者がノーヴェとナカジマ姉妹を見ればそういうだろう。
しかし、それ以外にも一つ。
ウェンディにはあまり分からない感情だったが、ノーヴェはタイプゼロの二人に嫉妬しているようだった。
そう、嫉妬だ。
ノーヴェ本人の口から聞いたわけではなく、面白半分にクアットロがいっていたのだが。
母親といえる者が身近にいるというのに、その愛情を与えて貰えなかった自分と、与えて貰っていたタイプゼロ。
培養ポッドの中で今も眠っているクイント・ナカジマへの思い入れが反転して、そのままタイプゼロに向かっているらしい。
いわれてみれば確かにそうだろう。
いえばもっと性能の良いデバイスをスカリエッティが作ってくれるはずだというのに、ノーヴェは骨董品のリボルバーナックルを使っている。
強化改造も何もせず、昔の状態のままで。
それにシューティングアーツなんて武術も自己流で学んでいたし。
そんなノーヴェの姿から、家族の絆は大切なのだろう、となんとなく分かる。
分かるが、ウェンディには理解することができないことだった。
自分たちには姉妹がいる。生みの親としてはちょっと……いや、かなりどうかと思うが、スカリエッティも。
家族というのならばそれで良いのに。偏屈な姉妹ばかりだけれど、一緒にいて充分に楽しいと思える。
「ん、これは……?」
顔を上げると、空を制圧してAMFを展開していたガジェットが、白い魔力光の砲撃で吹き飛んでいた。
長距離、広範囲の砲撃魔法。こんなことができるのは、八神はやてという魔導騎士のはずだ。
向こうも体勢が整ってきたらしい。あまり時間をかけると、形勢逆転もありえるかもしれない。
自分が負けるだなんて、ウェンディは微塵も思っていないが。
「撤退命令が出る前に、エース級をぶっ叩かないといけないんっスけどねー」
このまま出会うことができないのなら、やはりそこら辺に隠れている狙撃手をやってしまおうか。
それとも、マリアージュを叩いている高町なのはの方に行ってしまおうか。
そう思った瞬間だ。
視界には何もないけれど、センサーが接近警報を鳴らし、ウェンディはデバイスを真後ろへと叩き付ける。
重い手応えに、金属同士が噛み合う鋭い音。
デバイスを装着している右腕を振って襲撃者を弾き飛ばす。が、敵は間髪入れずに襲い掛かってきた。
クロスレンジは得意じゃないんスけどねぇ……!
四肢に力を込め、強化された筋肉と骨格が軋みを上げる。
ただそれは苦しみなどではなく、獣が伸びをするのに近い。
背後から飛び掛かってきた相手を見て、ウェンディは舌なめずりをする。
得物はトンファー……だろうか?
よく分からないデバイスをかまえた女。アームドデバイスだろうから、ベルカの騎士か。
ギリギリまでセンサーから隠れていたことから、高い隠密能力を持っていたことが分かる。
その癖、真っ向からやる気満々なのだから、少しはできるのだろう。
少なくとも、遠巻きから射撃を撃つしか能のない平局員よりは。
ようやく戦いらしい戦いができるとウェンディが息を巻いていると、今度は上空に魔力反応が出現した。
顔を上げると、夜空をバックに赤いバリアジャケットをまとった少女がいる。
彼女は肩に担いだデバイスをウェンディへと向けると、
「管理局だ。戦闘機人のⅩⅠ番、てめはここでぶっ叩く。
もう好き勝手はさせねぇぞ!」
「ああ、アンタは守護騎士の……六課が本格的に出張ってきたっスねぇ。
相手としても申し分なし、と……」
これで充分だろう。
ただ、今の今まで呑気に散歩をしていたせいで少し時間に余裕がない。
……最初から全力で行くっスかねぇ。
「……レリックコア、解放。出力全開」
呟いた瞬間、ウェンディの胸の内に眠るレリックと同化したリンカーコアが活性化。
それて、魔力を戦闘機人のエネルギーに変換するコネクタが、ギアチェンジを行った。
――戦闘機人Type-Rとは、レリックを埋め込み、戦闘機人のISと魔法の使い分けを行える存在である。
鋼の骨格に人工筋肉。遺伝子調整とリンカーコアへ干渉するプログラムユニットによって高い戦闘能力を持つ戦闘機人。
それを超える存在として生み出されたのが、Type-R。
AMF下でも戦闘機人としての性能を発揮でき、しかしそれ以上に、強化された肉体と魔法の力を持った人間以上の存在として戦場に君臨する兵器。
本来ならばISへのエネルギー供給だけで精一杯のリンカーコアは、レリックを得たことでそれ以上の機能を身体に宿らせる。
それは、魔法と機人の共生だ。
「――ツインドライブ、スタート」
「な……!?」
シュラゲンフォルムの刃を戻そうとしたシグナムは、それがなせないことに声を上げた。
ギリギリとワイヤーが音を上げ、引き戻すことができない。
砲撃に匹敵する威力を持つ飛竜一閃を撃ち込んだ場所は、もうもうと粉塵が舞い、何が起こっているのか分からない。
しかし、手応えはあった。自分にできる最大威力の攻撃は、確かに相手を打ちのめした。
……そのはずだ。
このときほど、シグナムはバインドの使えない自分を恨んだことがなかった。
煙の向こうにいる敵は、どんな状態なのか。レヴァンテインを動かせない今、追加の攻撃を撃ち込むことだってできない。
「シグナム、気を抜いちゃ駄目よ!」
「……分かっている」
ダメージのたまっている状態でフルドライブを使ったせいだろう。ギンガの顔色は悪い。
いかに頑丈な彼女だろうと、堪えるのだろう。
しかし、原因はそれだけじゃないだろう。
煙の向こう側。そこからは、さっきよりも強い――激しいとすらいえる力の脈動を感じる。
「……やりやがったな」
ガラ、と瓦礫の崩れる音。
それを切っ掛けに、煙が徐々に晴れてゆく。
飛竜一閃を叩き込まれたビルは、クレーター状にヒビを走らせている。
コンクリートの塊が路上に転がり、シグナムの一撃が尋常ではない威力だったことを示している。
なのに――
ローラーブーツが地面を踏み締める音と共に、戦闘機人が一歩踏み出す。
左手に握られているのは連結刃の切っ先。
右腕のデバイスは、紫電一閃を受けて砕けている。
戦闘機人は右腕に目を落とし、今にも泣きそうな顔をしていた。
彼女は顔を上げると、右腕のリボルバーナックルを収納して片腕を素手にする。
そしてシグナムとギンガの二人を見据え、睨むと、
「もう決めた。ぶち殺す……!」
激情のこもった呪いを吐き出し、戦闘機人の足元にISのテンプレート――否、それと近代ベルカ式が混じったような、歪んだ魔法陣が展開する。
そして、弾けるように加速した。
反応するよりも早く、雄叫びと共に素手の右手がシグナムへと肉薄する。
刃を放されたことで、シグナムはレヴァンテインを振り上げた。
息を吹き返したように連結刃がビルの谷間に踊り、ある種の結界を形成する――
が、戦闘機人はそれを無視して、ひたすらに突撃してきた。
刃にシールドを削られるも、かまわない。いや、気にする必要はない。
火花を散らすがそれだけで、レヴァンテインは戦闘機人のシールドを破ることができないのだから。
「死にやがれ……!」
構えられた左のリボルバーナックルが唸りを上げ、シグナムへと向けられる。
咄嗟にパンツァーガイストの出力を上げるか、迎撃するかの二択が脳裏に浮かぶが、遅い。
「させない!」
「邪魔すんな!」
棒立ちになったシグナムを救うために、横合いからギンガが入り込む。
だが、戦闘機人はグリップ音を響かせて方向をズラし、かまえた左腕をそちらに突き出す。
そして、
「旧式がぁ……!」
左拳と左拳の激突。
両者とも砲撃魔法を発動させようとしていたのだろう。青紫と黄色の魔力光で編まれたスフィアが挟まれ、歪んだボールのようになる。
しかし、拮抗していたのは刹那だけ。
暴力的な質量を持つ黄色の魔力光が青紫を駆逐し、リボルバーナックルⅡに大きなヒビが走り――
「調子にのってんじゃねぇよ!」
「ぎ……!?」
物理破壊設定の砲撃魔法が零距離から、衝突したギンガの左腕を吹き飛ばした。
口から漏れた悲鳴は一瞬で、体勢を崩した彼女は吹き飛び、アスファルトの地面を転がった。
傷口は焼き切れたのだろうか。血は流れ出ない。
だからだろうか。シグナムには、ギンガの左腕が消し飛んだという事実に頭が追い付かなかった。
……何が?
目を見開き、横たわったギンガを呆然と見つめてしまう。
そんな自分を叱咤するようにレヴァンテインが何かをいっているが、シグナムには届かない。
柄を握る手がかたかたと震える。
どうやって……いや、違う、早くギンガを助けなければ。
意識してか違うのか、シグナムの頭から戦闘機人のことが抜け落ちた。
「ギン――!」
「おい」
ギンガに駆け寄ろうとしたシグナムにかけられた声。
それと同時に右手が伸びてきて、喉を掴むと共に持ち上げられた。
喉が詰まり、風船から空気の抜けるような音が喉から漏れる。
じたばたと足を動かし、レヴァンテインの柄で戦闘機人の腕を叩くが、ビクともしない。
そんなシグナムを見上げる戦闘機人の瞳は、憤怒で彩られていた。
「どこ見てんだ? てめぇの相手はこっちだろ?」
馬鹿が、と罵倒を吐きかけられ、リボルバーナックルがシグナムの腹に添えられた。
掌打でもなんでもなく、やんわりと、しかし、ギンガの左腕を破壊したのと同質の砲撃魔法と共に。
轟音と共に放たれる砲撃魔法。パンツァーガイスト、騎士甲冑を吹き飛ばし、腹に熱を感じた。
吹き飛ばされ、地面を不様に転がる。
息をすることすら忘れるほどの痛みが頭をかき乱し、視界が赤一色に染まったようにすら見えた。
生存本能といわれるものが作動したのかは分からないが、シグナムの身体はエスティマからの魔力を貪り、自動復旧を始めようとする。
だが果たして、この状況でそれは幸運といえるのだろうか。
傷の再生するむず痒さ。そこから生まれる気持ち悪さで、辛うじてシグナムの意識は繋ぎ止められていた。
地面に倒れたシグナムの耳に、ガシャガシャとローラーブーツの音が届く。
それにどうしようもないほどの恐怖を――そう、恐怖を感じて、シグナムは必死に身体を動かそうとした。
「高町一等空尉、指定地区に存在していたマリアージュの殲滅を完了しました!
ですが、先行していたマリアージュがマリンガーデンへ向かっています!」
「なのはをフェイトの方に向かわせてくれ……108のフォワードは?」
「……通信途絶。スクライア嘱託魔導師は未だ戦闘機人と交戦中、です」
絞り出すように吐き出したシャーリーの報告を聞いて、俺は机の下で拳を握り締めた。
向かわせたフェイトがトーレに足止めをされているせいで、シグナムたちは孤立無援。
いくら並の魔導師よりもランクが高いといっても、相手が悪すぎる。どんな状況になっているのかなんて、手に取るように分かった。
こうしている今も魔力は俺からシグナムに供給されている。魔力リミッターをかけられているせいで、潤沢といえるほどの量はないのに。
もし俺の魔力が切れたら――そう考えるだけで、すぐにでも現場に駆け付けたい衝動が込み上げてきた。
何が身内部隊だから安心できる、だ。だからこそこうして何もできない状態が辛いっていうのに。
……いや、六課はよくやってくれている。今までにないぐらいスムーズに敵を減らすことができているのだ。戦況そのものだって悪くない。
痺れをきらしそうになっているのは俺の勝手だ。シグナムに気を取られて、さっきから嫌な汗が止まらない。
「ヴィータ三等空尉とシスター・シャッハ、戦闘機人と交戦中。苦戦しています。
……ガジェットⅡ型、殲滅完了。八神一等陸尉からの通信が入りました。繋ぎます」
「……頼む」
『エスティマくん、こちらはやて。防衛戦が抜かれたみたいや。
どないする?』
「マリアージュか」
『せや』
頷くはやて。
あまり彼女に単独戦闘はさせたくないのだが、今は仕方ない……のだろうか。
手駒が少ないということもあったが、防衛戦を抜かれたのはマリアージュをなのはで対応できると思っていた俺のミスだろう。
このままでは、マリンガーデンの海底になる遺跡に――
……遺跡? なんで俺は――そうか、そうだ、そうだった!
マリアージュ、イクスヴェリア、この時期ならばトレディア・グラーゼ。
忘れ去っていた事柄が、それを切っ掛けにして一気に思い出される。
けれど、それも今更だ。
悔しがる俺をどう捉えたのだろう。
俺を安心させるように微笑んで、はやては強気な声を上げた。
『大丈夫。任せてっていうたやんか。
それとも、私じゃ頼りないっていうんか?』
「……すまない」
『謝る必要ないやんか。手が足りないのはしゃーない。
それじゃ、あとでな!』
通信が切れる。彼女の顔が消えたディスプレイをじっと見ながら、たった今思い出した事柄を元に、これからの方針を修正。
イクスヴェリア、か……可哀想だとは思うが、最悪、連中にくれてやっても良い。どうせ使い物にならないのだから。
それに彼女は結社からすれば貴重なサンプルだろう。無闇に実験に使って壊すようなことはない……と思いたい。
いずれくるチャンスのときに救出すれば問題はない。
ならば、俺がやるべきことは一つだ。
「グリフィス、五分……いや、三分だけ席を外す。代理を頼めるか?」
「え……あ、はい。どちらに?」
「ロングアーチ00に連絡を取る」
「……分かりました」
消化不良、といったグリフィスの表情は当たり前だろう。
唯一公開されていないロングアーチのスタッフ。誰で、何をしているのかもさっぱりの人物にこのタイミングで連絡を取る理由なんて、誰でも気になるはずだから。
「ザフィーラ」
名を呼ぶと、戦術画面を見続けていたザフィーラが顔を上げる。
彼の目を真っ向から見つめながら、俺は口を開いた。
「リインフォースと一緒に、マリンガーデンへ行ってくれるか?」
『いいのか?』
「ああ。頼む」
『承知』
短く応え、ザフィーラは爪を床に打ち付けながら管制室をあとにした。
この状況になった以上、やるべきことはこれ以上湾岸地区に被害が広がらないことと、部下を失わないこと。
ザフィーラならば何があってもはやてを守ってくれるだろう。
奴らの目的云々は、切り捨てても良い。
……さて、俺も行かないとな。
ポケットの中の携帯電話を握り締めて、俺も続いて部屋を出た。
「第四波……いくよ!
フレース――ヴェルグ!」
ミッドチルダ式魔法陣から、長距離砲撃魔法が放たれる。
こちらへ向かおうとしていたガジェットⅡ型が直撃をうけ、破片すら残さず掻き消えた。
空のガジェットはこれで打ち止め。
ならば次に行うことは。エスティマに指示を仰ごうとしたとき、はやては視界の隅にマリンガーデンへと向かってくる集団を目にした。
……防衛戦を抜かれたか。地面に向かってフレースヴェルグは撃てへんしなぁ。
なら、着地してフォトンランサーを使うのが順当かもしれないが、マリアージュが質量兵器を搭載している事実を思い出し、はやては肩を震わせた。
「……なんてな。局員が犯罪者を怖がってどうするんや。
エスティマくん、こちらはやて。防衛戦が抜かれたみたい。
どないする?」
『……マリアージュか』
「せや」
返事をしたエスティマの表情は暗い。管制室が薄暗いということもあるだろうが、戦況のせいもあるだろう。
増援は望めない。ヴィータとシスターは戦闘機人と戦闘中。フェイトも同じく。なのはは今、フェイトの方向へ向かっている。
そして、シグナムとギンガは通信に出ない。
特に最後の二人が、心配でしょうがないのだろう。
できることなら助けに行きたい、というのが表情から見て取れた。
そんな彼を元気づけるように、はやては精一杯の笑みを浮かべる。
あなたがいなくても大丈夫なのだと、諭すように。
「大丈夫。任せてっていうたやんか。
それとも、私じゃ頼りないっていうんか?」
『……すまない』
「謝る必要ないやんか。手が足りないのはしゃーない。
それじゃ、あとでな!」
エスティマとの通信を切って、はやては地上に降下する。
音を立てて降り立つと、シュベルトクロイツの切っ先をマリアージュへと。
そして夜天の書を捲り、使用する魔法の項目を呼び出した。
「アルタス・クルタス・エイギアス……フォトンランサー、ジェノサイドシフト」
足元にミッドチルダ式の魔法陣を展開して、はやては意識を集中する。
だが、マリアージュの群れの中に人影を――小柄な少女と初老の男――見付け、戸惑いつつも術式を止めた。
……人? なら、物理破壊設定で撃つことはできない。だったら凍結させて……。
そこまで考えて、再び思考がズレる。
小柄な少女の影。ロングコートの下にきた青いボディースーツから戦闘機人だと分かる。
だが、はやてにとって彼女はただの戦闘機人ではなかった。
長い銀髪とその体躯は、しっかりと記憶に焼き付いた存在だから。
まだ三課で戦っていたとき、あの戦闘機人が出る度にエスティマの様子はおかしくなった。
首都防衛隊第三課が壊滅した事件に絡んでいる人物。それ以上のことをエスティマは教えてくれない。
ただ自分自身の手で捕まえて罪を償わせると、ずっと彼はいっている。
しかし、
……二人の間に何があったのか知らんけど、エスティマくんにとっては最大の心労の元や。
彼には悪いけど、必ずここで捕まえる。
ぎゅっと騎士杖を握り締め、はやてはマリアージュではなく、その群れの中にいる戦闘機人、チンクを睨み付けた。
『主』
『ザフィーラ?』
『今、そちらに転移で向かっています。リインフォースと共に。
敵の相手は自分がするので、空で待機を』
ザフィーラをこっちに向かわせたのは、エスティマの指示だろうか。
……心配性な彼のことだ。充分に有り得る。
『……分かったわ』
口ではそういいながら、はやては地上へと降り立った。
よく分からないけれど……勘、だろうか。
あの戦闘機人は自分が捕まえなければいけない気がするのだ。
マリンガーデンを背に、たった一人で立ち塞がる魔導師をチンクは見付けた。
闇夜に映える白い魔力光をまとう少女。あれは確か、エスティマの同僚だったと思い出す。
エスティマと共にずっと結社に抗い続け、今日まで闘い続けた歴戦の勇士。
ミッドチルダ地上部隊の、もう一人の切り札。
それが彼女についている肩書きだが、チンクにとっては違う。
……ずっとエスティマの隣に立って、共に笑い合っていた者。
戦闘が終わったあとにエスティマの姿を盗み見ようと思って、そんな二人の様子を目にしたのは一度や二度ではなかった。
そんな女が自分の前に立ち塞がるのは、なんの因果だろう。
苦笑を一つし、チンクは隣に立つトレディアに顔を向けた。
「どうやらまだ管理局の魔導師が残っていたようです。
あれの相手は私がしますから、あなたはマリアージュと共にイクスヴェリアを」
「マリアージュを使って倒してしまった方が、手っ取り早いんじゃないかい?」
一理ある。むしろ当然か。そう思いながらも、いえ、とチンクは断りを入れた。
「マリアージュはあなたにとって貴重なものなのでしょう?
ここは私に任せて、先に行ってください」
「……すまない」
相手を思いやるようにして、実のところはまったく違う。変なところがドクターに似てしまったのかもしれない。
マリアージュと共にマリンガーデンに向かうトレディアを視界の端で捉えながら、チンクははやてとの間合いを詰めた。
向こうもマリアージュに注意を払っているようだが、視線はチンクへと固定されていた。
「こんばんは」
「こんばんは、犯罪者さん。もう随分と長い付き合いやね。
もうそろそろお縄についてもらってもええと思うんやけど」
モードⅡ、とはやてが呟く。
すると、騎士状が変形を開始し、十字を彩っていた円が消失。
近接用の十字槍へと変貌し、その切っ先をこちらへ向けてきた。
「私の記憶違いでなければ、八神はやて……お前は近接戦闘をしたことがないと思うのだが」
「手ほどきぐらいは受けとるよ。伊達に教会に所属してへんからな」
なるほど確かに、とチンクは頷く。
しかし、本当に言葉の通りなのだろう。
はやてが槍を構える姿は、基礎を終えたばかりの人間のように、どこか隙が見える。
とてもじゃないが威圧感も何もあったものじゃない。
そのていどの技量しか持たない者が戦闘機人に挑むなど、どれほど無謀か……三課に所属していたのならば、分からないはずがない。
それでも自分に向かってくるのは、何故だろうか。
……決まっている。
「悪いが、お前如きに負けるつもりはない」
「……如き、ときたか」
「ああ。私を負かせる者がいるとしたら、それはエスティマぐらいだろう」
瞬間、はやての瞳に剣呑な輝きが宿った。
それを見て、チンクはようやく彼女が自分に挑んできたことに納得する。
「訂正しよう……何故だろうな。お前には負ける気がしない」
「……上等や」
呟き、はやての足元に近代ベルカ式の魔法陣が展開する。
身体能力強化か、それとも別の魔法か。
懐からスティンガーを取り出して五指に挟み込み、両者は本格的な戦闘態勢に入った。