上階から響いてきた轟音を聞き、トレディアは脚を止めて天井を見上げた。
どうやら予定通りに進んでいるようだ。
この作戦で1マリアージュの役目は、局員の足止めと、このマリンガーデンへ侵入した際の障害の排除。
海底トンネルからでは遺跡に進むことはできない。マリンガーデンの地下にある、まだ管理局が発見していない地下空洞を通る必要があるのだ。
だが、その上に建っているマリンガーデンが邪魔だ。埋め立てられた通路を開くため、トレディアはマリアージュを自爆させて道を開いた。
上のフロアを崩壊させたのは、単純に管理局がこの場所を発見しないようにする必要があったからだ。
フロアが崩壊したことで管理局が地下に進むことができなくなったとしても、結社は別。
無機物の中を自由に行き来できるISを持つ戦闘機人を保有しているので問題はない。
トレディアは一人、地下空洞をゆっくりと進む。
ここへ来るために、すべてのマリアージュを使い果たしてしまった。
しかし、問題はない。イクスヴェリアを確保すればマリアージュなどいくらでも調達することができるようになる。
マリアージュのコアを生成する古代ベルカ、ガレアの王。あれを手に入れることができれば、無尽蔵の兵器を手にすることに繋がる。
人の手を汚すことなく戦う屍兵器の持つ圧倒的な火力と物量。それさえあれば、オルセアで今も続いている内乱に終止符が打てるだろう。
「……なんとしても手に入れてみせる」
あれさえあれば。延々と争いが続き、泥沼と化している世界に平穏を取り戻すことができる。そのはずだ。
マリアージュとイクスヴェリアを見付けるまで、トレディアはオルセアに数多ある勢力の一つに身を寄せていた。
その勢力が掲げていることは――といっても存在するすべての組織が似たり寄ったりの主張をしているが――ただ争いを終わらせようとするために、手段を模索している。
今まで、マリアージュを見付けるまで何もしていなかったわけではない。
話し合いによる解決など、いくつもの手段を試してみた。
けれど、その結果は今も続いている紛争という形で答えが出ているのだ。
終わりの見えない戦争に、オルセアという世界は疲弊しきっている。管理局の介入すらも拒んで、閉じた世界で争いを続けている。
そして、その争いを続けている者たちはもう、引き返せない場所まできてしまっているのだ。
あまりにも多くの血が流れすぎてしまっために、もはや和平など考えている者は鼻で笑われるか、軽蔑されるかのどちらかだ。
怨恨の蔓延した故郷を救う手段は、もう力ずくで……それしか残っていないのだ――そう思うからこそ、トレディアはイクスヴェリアを求めている。
痛みを受けたから痛みを返す。そんな我慢という名の理性を忘れ去った者たちに、本当の痛みというものを思い出せさてやるのだ。
そうすればきっと、今度こそ人は争いがどれだけ馬鹿げたことなのか理解してくれる。
――その行いこそが紛争をより激化させるのだと、トレディアは考えていない。
万が一マリアージュとイクスヴェリアが正常に機能してしまえば、オルセアが二度と立ち直れない状態になると気付いていない。
いや、気付いているのだろうか。
それとも気付いていながら彼は、このような手段を選んでいるのだろうか。
それは誰にも分からない。
長年蓄積した憎悪や諦めは、彼以外の者に理解できないだろう。
だからこそ、ねじ曲がった考えを否定する者は現れない。
頭ごなしに綺麗事をぶつけられてもトレディアは聞き入れないだろう。
そしてまた、同じ境遇、同郷の者に否定されたとしても、彼は考えを改めないだろう。
端的に言えば、彼は歳を取りすぎたのだ。自分の目で見て、聞いて、人生から導き出した答えになんら疑問を抱いていない。
そこに疑問を抱いてしまえば、それは自分の人生を否定することに繋がるだろうから。
どう考えても恵まれてなかった人生だが、それでも自分の意思で生き続けたのだ。
それを好転できると信じている博打が間違っているなどと思えるはずもない。
足音を響かせ通路を進んでいると、微かな光が岩肌を照らしはじめた。
高鳴る鼓動に急かされる足をなんとか落ち着かせ、先へと。
そして角を曲がると、目の前にあるものを見てトレディアは目を見開いた。
スカリエッティのアジトにある物とは違う形式だが、培養ポッドが開けた場所に鎮座していた。
近付けば、その中にいる人物がはっきりと見えてくる。
薄手のワンピースを一枚だけ着た、幼い少女。くくられた細く、長い二尾の髪が液体の中で踊っている。
「……この子がイクスヴェリアなのか?」
ぽつりと呟くが、応えてくれる者はいない。
……遺跡のポイントはここで合っているはずだ。ならば、きっとこの子が。
一歩一歩近付き、ポッドが手の届く場所までやってくる。
これで私はやっと――そしてトレディアは手を伸ばし、
「そこまでにしてもらおうか」
コツコツと鳴り響く靴音。そして静止の声に、彼は振り向いた。
暗がりの奥に誰かいる。
目を凝らしても、そこに誰がいるのかは分からない。
トレディアは故郷から持ち込んだ懐の自動式拳銃に手を伸ばしながら、じっと相手の様子を窺う。
「……誰だ」
うっすらと空洞を照らす培養ポッドの光。それを反射して、暗がりの中に二つの瞳が浮かび上がった。
「君こそ誰だい?」
問いが向けられる。涼しげで余裕のある男の声。
しかし、目標まであと一歩までこぎ着けたからだろうか。
落ち着きのある声を聞いたというのに、トレディアの胸は焦燥に満たされた。
トレディアの態度から答えるつもりはないと見たのか、男は嘆息と共に溜息を吐く。
そして彼の背後にある培養ポッドに視線を向けると、口を開いた。
「確か、イクスヴェリア……そしてマリアージュだったかな。
婚姻、祝福を意味するもの。
息絶えた人を武器へと変えるもの。
――ガレアの冥王」
最後の言葉。男がマリアージュの存在を知っていると理解し、トレディアは懐から拳銃を取り出した。
そして、発砲。マズルフラッシュが瞬き、真っ直ぐに弾丸が男へと飛ぶ。
しかし、
「質量兵器。わかりやすい敵意だね」
男は倒れない。トリガーを引き続けるも、空洞内に轟音が反響するだけで男は倒れない。
続く言葉にも揺るぎない自信が込められていた。質量兵器を前にしているというのに。
「監視は……どうやらないようだ。管理局も結社も未熟……いや、後者はわざと、なのかな?」
余裕を感じさせる声を発すると共に、男は足を動かした。
そして、一歩一歩近付くにつれ、彼の姿が露わになる。
緑の長髪が特徴的な男。
酷く場違いな白いスーツは、バリアジャケットなのだろうか。
彼は足元から伸びた影を身に纏っていた。
おそらく、それで銃弾を防いだのだろう。そう考えなければ、生きているはずがない。
男が一歩踏み出すごとに、トレディアは一歩後退る。
そんなトレディアの焦りを余所に、男は薄ら笑いすら浮かべて歩みを進める。
そして彼は左手を額に添えると、
「な……!」
「提案しよう、名も知らぬ君――」
足元に古代ベルカ式の魔法陣を展開して、声高く宣言した。
「――食事の時間だ!」
「なんだ貴様は……っ!」
男の周囲が――ざわめき、沸き立って、うねる。
見えているものは、影とも泥ともつかぬ流動する何か。
魔力の迸りと共に、溢れ出す。
ぐるりと男を取り巻く黒い何かは、彼の足元から吐き出され、周囲で蠢いて回転し、不定形の何かへと変貌する。
黒い何かが、ボコボコとその姿を変えてゆく。
未だ多くの黒い何かが変態する中、男はいった。
「喰らうよ」
そして――
黒い何かが、形を持つ。
四肢を持ち、その頭部に、赤い光が宿って。
姿を現したのは猟犬だった。
小さく鼻を鳴らして、犬は主を見上げる。
男は猟犬へと小さく頷きを返す。すると、何をすべきか察したように、ソレはトレディアへと牙を剥いた。
一匹だけではない。二匹、三匹、四匹――
次々と生み出される猟犬。それを前にして、トレディアは自らの人差し指がただ動いているだけなのだと今更気付いた。
カチカチと壊れたようにトリガーを引く指。
その行為はトレディアの内心をそのまま表している。
……目の前にいる男は一体なんだ。何を目的として――
いや、そんなことはどうでもいい。今はイクスヴェリアを、私の目的を――
「イクスヴェリアを狙う哀れな者よ」
脱兎の如く駆けだして、トレディアはイクスヴェリアの収められているポッドへと。
しかしその行動に驚いた様子もなく、男は声を張った。
「君の声は届かない――」
馬鹿な、どうしてこんな、と現状を認めようとしない思考がトレディアの頭を占める。
目的である物が目の前にあるというのに、追い詰められているこの状況は一体なんだというのだ。
「う、あ――!」
……そう、追い詰められている。男が自分に何かをしたわけではない。
しかし、質量兵器の直撃を受けても生きている人間が、そしてイクスヴェリアのことを知っている者が、彼女を奪いにきた自分を見逃すとは思えない。
そしてその通りだとでも言うように、
「残 念 だ っ た ね !」
その言葉を合図にして、猟犬たちは一斉にトレディアへと群がってきた。
拳銃を振り回すも、腕に噛み付かれる。太ももを食い千切られる。身を折ったことで下がった顔へ牙を立ててくる。
「ぎ、あ――!」
吹き荒ぶ風を伴い、男の足元から猟犬が放たれ続ける。
影色の怪物たちは瞬時にトレディアへと食らいつき、その身体を粉砕する。
したたる血は影に吸収され、不思議なことに一滴も残らない。
バキバキと人が上げるにしては無機質すぎる音と共に、トレディアは破壊されてゆく。
元の形がなんであったのか認識できない、バラバラの破片に至るまで、刹那の内に。
「や、め、ろ……!」
トレディアはなんとか言葉を放つが、自らが咀嚼される音に混じって蚊の鳴くような音にしかならない。
「た、す、け……!」
彼の脳裏に、故郷の風景、同士たちの顔、今までの人生が明滅する。
それを振り払おうとするかのようにひたすらに声を上げる――もう彼にはそれしかできない――が、トレディアの身体はごっそりと抉られてゆく。
懇願。悲鳴。絶叫。断末魔――人であるトレディアが、物のように破壊される。
とてもではないけれど、常人では正視できないような光景。
それを眺めながら、男は再び口を開いた。
「は は は――
ベルカの王をものにしたいのならば。
このていどで死ぬな。引き裂け。
あらゆる魔力を己のものへと変えろ。
はははッ!」
男の声は虚しく空洞に響き渡る。
猟犬たちが群がった後には、骨や肉、髪に至るまでのすべてが残っていない。
トレディアを食らい付くし、役目を終えた猟犬たちは洞窟の闇に解けるように姿を消した。
血の一滴さえも残さない――この場へ誰かが踏み込んだという証拠を消し去って、男、ヴェロッサ・アコースは満足げに目を細める。
そして彼は振り返ると、ことの次第を見守っていた姉と慕うシスターに声をかけた。
「これで良いのかい? シャッハ」
「ええ、ご苦労でした、ロッサ」
シャッハの姿は戦闘機人との戦闘で、バリアジャケットの所々が破け、砂埃がついている。
彼女はヴェロッサへと歩み寄ると、つい、と視線をイクスヴェリアへと移した。
「ここには誰も来なかった。
この場にあるのはロストロギア……ガレアの王そのものがいるだなんて気付かれたら、五月蠅い人たちが出るからね」
「はい。申し訳ありませんでした。ここへ侵入されることだけは防ぎたかったのですが……」
「仕方がないさ。戦闘機人のType-R……厄介な相手だったんだろう?」
「はい。……次こそは」
ぎゅっとデバイスのグリップを握るシャッハの顔には、濃い悔しさが滲んでいる。
それを見て見ぬふりして、ヴェロッサもイクスヴェリアへと目を向けた。
「いやぁ、しかし助かったね。
ロストロギアを血眼になって探している結社なんてものが結成されずにマリアージュが進行してきたら、この子を奪われているかもしれなかった。
古代遺跡に対して神経質になってて良かったよ」
「そうですね……結社などという者たちに感謝などするつもりはありませんが」
「まったくだよ。……それで、どうするんだいシャッハ。この子はこの場に安置するのか。それとも――」
「カリムからの要請で、秘密裏に教会本部へ移送することになりました」
「……六課には?」
「泥を被ってもらいます。申し訳ないとは思いますが」
「そうかい」
ヴェロッサの瞳に、微かな哀れみが浮かんだ。
初の大規模戦闘。その結果、戦闘機人とマリアージュ、ガジェットは撃退できてもロストロギアは奪われる……か。
エスティマの顔が脳裏に浮かび、ヴェロッサは申し訳なく思った。
これはきっと裏切りのようなものだろう。所属している組織が違うから、といくらでも言い訳できるが、面倒事を六課に任せておいて美味しいところを持って行く。
友人として自分のことを見てくれるエスティマには悪いとは思う。
しかし、今の聖王教会もそれほど楽な立場ではないのだ。
管理局だけではなく、教会騎士団も結社とは決して楽ではないロストロギアの奪い合いをしている。
その上、結社の主力である戦闘機人。その力の源となっているレリック――古代ベルカの遺産というだけで聖王教会を逆恨みする輩すらいる。
マリアージュに量産型の戦闘機人と誤った認識を持たせたことも、その者たちへの対策だった。
……聖王クローンの追跡。彼から請け負った仕事は、きっちりやろう。
そう考えて罪悪感を減らし、ロッサは踵を返す。
イクスヴェリアのことはシャッハがどうにかしてくれるだろう。
あと自分にできることは……姉にエスティマを必要以上に責めないよう、お願いすることぐらいか。
そもそも彼は責められるようなことをしていないのだが。そして、カリムもそのことを分かっているはずだ。
なんとも心苦しいね、とヴェロッサは苦笑した。
聖王教会に所属する二人に、トレディアが何を望んでいたのかなど関係ない。
ましてやロストロギアを悪用しようとする輩に――それも目下最大の障害である彼に躊躇する必要もない。
力を手にしようとしていたトレディアは、あと一歩というところまで近付き、圧倒的な力によって叩き潰された。
これは、何かの皮肉だったのだろうか。
リリカル in wonder
湾岸地区を中心に巻き起こった今回のテロ。マリアージュ事件と呼ばれるこれは、戦闘機人の撤退を切っ掛けとして終わりに向かい始めた。
六課の損害はゼロ。限定解除に対するおとがめも、おそらくないだろう。
ただ、陸士部隊の損耗具合は馬鹿にならない。マリアージュの素体となり、命を落とした者もいる。
結社の設立テロのときほどではないが、それでも、決して小さくない被害だろう。
今は事件の事後処理も終わり、なのはたちから上がった報告に目を通しているところだ。
流石に限定解除が遅れたせいで、撃破はゼロ。奴らがどれだけ厄介かは、俺が一番良く知ってるんだ。次に期待しよう。
次に各部隊からの報告書をまとめたものに目を通しながら、小さく溜息を吐く。
戦闘機人は撃退したものの、イクスヴェリアは奪われる、か……。
あれが使い物にならないことは知っているため、それほど焦りはない。
けれど、初の大規模戦闘でみすみす相手の目標を達成させてしまうなんて。
その上、我が子可愛さのためにロングアーチ00に危ない橋を渡らせてしまった。
仕方がないとは思う。原作知識がなければ、誰も奴らがイクスヴェリアを狙っていただなんて分かるはずがないのだから。
それでも納得できないのは、やはりスカリエッティに出し抜かれたからか。
いつか見たあの男の高笑いが脳裏に蘇る。思わず手を握り締めてしまい、爪が掌に食い込んだ。
こんな痛みじゃ、自責にすらならない。自虐趣味があるわけじゃないが、それにしたって。
俺が出ていれば少しは違った、と思うのはきっと自惚れなのだろう。
もう一執務官ってわけじゃないんだ。いい加減、認識を変えないといけない。
そんなことをマルチタスクの一つで考えつつ、六課の報告書を作り上げる。
そして見直しをした後に背伸びをすると、背後の大窓に目を向けた。
まだ空は暗いが、夜明けは近い。
……今回の戦闘で倒すことはできなかったが、次はもっと上手い具合にやってくれるだろう。
一度手合わせした相手の分析を怠るようじゃあ、エースとは呼ばれない。そしてウチの隊長や副隊長たちは、エースと呼ばれる者たちだ。
俺でさえ分かる、奴らの弱点を自分の目で確かめたことだろう。ならば次の結果がどうなるかは分からない。
俺からいわせれば、陸戦のType-Rはそれほど厄介じゃない。本当に相手をするのが面倒なのは、空戦の三人組だ。
その内の二人が今回出てこなかったのは、良いことなのか悪いことなのか。
『エスティマ、今いいか?』
『――っと、ザフィーラ? 大丈夫だけど』
『そうか。失礼する』
そう念話を返すとドアが空気の抜けるような音と共に横へスライドし、ザフィーラが部屋へと入ってきた。
狼形態のザフィーラは、てくてくと歩いてくると俺の座る机の前に座り、顔を上げてじっと視線を向けてくる。
「ザフィーラ、どうした?」
『主のことで、少しな』
誰もいないというのにわざわざ念話を飛ばしてくるザフィーラ。
彼は俺を見据えたまま、一度、床を掃くように尻尾を振る。
……フロアの崩壊に巻き込まれたはやては、あのあとザフィーラによって助け出された。
瓦礫を部分的に氷結させ、それを鋼の軛で串刺しにしつつ持ち上げて――そして発見された彼女は、戦闘機人の五番と一緒だったと報告を受けている。
発見された直後にセインが割り込んで、チンク――フィアットさんは捕まえることはできなかったようだ。
それを安堵するのは、流石に不謹慎すぎるだろう。
『……エスティマ?』
「……ん。ああ、ごめん。それで?」
『戦闘が終わってから、主の様子がどこかおかしい。高町やヴィータに声をかけられても調子が戻らないようだ。
俺が何かいっても、あまり意味はないだろう。すまないが、お前から主に声をかけてもらえないか?』
「それにしたってね……」
どうなのだろう。
戦闘が終わってからの各隊長からの報告時に、命令違反のことも含めて二言三言言葉を交わしはしたけど、なぁ。
『あれは高町やヴィータの前だったからだ。主もいいたいことをいえなかったのだろう』
「……考えを読むなよ」
『苦虫を噛み潰したような面をしていれば、誰でも分かる』
フ、と鼻を鳴らすと、ザフィーラは立ち上がり、出口へと。
おそらく、俺が断るとは思っていないのだろう。合っているのだけれど。
……はやて、か。
フィアットさんと二人っきりの状態で、二人は言葉を交わしたのだろうか。
あの人を逃したことや埋まっていたという状況から、戦闘をしていなかったことは分かる。
ならば何をしていた――分からないのか、考えたくないのか。
……うじうじ考えていても仕方がないさ。
俺は席を立つと、情報端末をスタンバイモードにして部屋を出た。
六課の隊舎はまだ明るい。あんなテロが起こったあとだから、低レベルだが警戒態勢が維持されているのだ。
ひとけの薄い廊下をゆっくりと進みながら、はやてに念話を飛ばす。
どうやら彼女は休憩所にいるようだ。心持ち元気のない返答に、腹の底に何かが溜まる感覚が増す。
やや重い足を動かしながら休憩所にたどり着くと、そこに彼女はいた。
シャワーを浴びたばかりなのだろうか。シャツとスカート姿で、上着とタイは隣に置いてある。
横長のソファーに座っている彼女は、タオルを頭にかけた状態で俯いていた。
「……はやて」
なんとも声をかけづらい状態だったが、なんとか声を出す。
はやてはゆっくり顔を上げると、俺を目にして、頭からタオルを下ろし立ち上がった。
「エスティマくん……なんか、飲む?」
「え、ああ……」
「奢るわ」
有無を言わさぬ、といった感じで彼女は自販機にカードを翳す。
自分の分と俺の分。ブラックコーヒーとミルクティー。逆がいいとは、とてもじゃないがいえなかった。
ガタン、と音を立てて転がり落ちてくる缶を手に取ると、彼女はミルクティーを俺に手渡してくる。
そして別々のソファーに座ると、お互いにプルタブを開けた。
……どう言葉をかけたもんかな。
取り敢えずは……命令違反のこと、だろうか。
作戦終了後のミーティングでも一応注意はしたけれど、今度は部隊長としてではなく、一個人として。
「なぁ、はやて」
「何?」
「命令違反のことなんだけどさ。もうあんなことするなよ? 無茶通り越して無謀だって、あんなの。
陸戦の戦闘機人を相手するのに自分まで地上に降りて……あんまり心配――」
「……どの口が」
いわれ、思わず口を噤んだ。確かに俺がいえたことじゃあない。
しかしそれより気になったのが、はやてらしくない、酷く重い声色だった。
ただ、自分のことを棚上げしてでも彼女にはいっておきたい。
「……分かってるさ。けど、心配したのは事実だから。俺は、あまりはやてに無茶なことしてほしくないんだ」
「自分はよくて、私は駄目やっていうんか?」
「……なんだか、妙に噛み付くね。どうしたの? らしくないよ」
「私らしいってなんやの? いっつもニコニコしてるのが私らしいって?」
「いや、だから――」
「……ごめん」
そういって、はやては俯き、言葉を切った。
目を伏せて、手に持った缶をぎゅっと握る。
いいたいことと感情を、必死に堪えているような姿だ。
彼女は溜息とも、深呼吸ともとれる深い息を吐く。
そして顔を上げると、じっと俺に視線を注いだ。
彼女の瞳に映る俺の顔は、なんとも情けない。困惑を隠しもしないで、ただはやてを見ているだけだ。
俺たちは口を開けないまま、見つめ合う形になる。
そうして経った時間は、三分ほどだろうか。十分は経ったような気もする。
何がはやてにあったんだろうか。やっぱりフィアットさんと――
そんなことを考えていると、唐突に彼女は口を開いた。
「……ナンバーズの五番と、話をしたんや」
「……そっか」
「うん。ねぇ、エスティマくん。教えて欲しいことがあるんやけど……ええかな?」
許可を求める言葉だけれど、彼女の瞳には微かな怒り――怒りは怒りだが、それに悲しみが混じっているのは気のせいだろうか――が混じっていて、とてもじゃないが嫌とはいえない。
「何? はやて」
「うん。ねぇ、エスティマくん。エスティマくんは私のこと、好き?」
「い、いきなり何を……」
あはは、と乾いた笑いが口から漏れた。
が、はやての頬は微動だにしない。真剣な眼差しを向けられるばかりで、俺は肩を落とす。
「……好きだよ」
「ありがと。じゃあ、愛してる?」
「……はやてのことは大事だと思ってる」
「つまり、NOってことやね」
「それは……」
「違うん?」
念を押されるように聞かれてしまえば、俺は何もいえない。
好きか嫌いかでいえば、俺ははやてのことが間違いなく好きなんだ。
けど、それは異性として――いや、異性としても間違いなく好感が持てるとは思う――愛してる、といえる感情じゃない。
少し前までは、そんなことをしている場合じゃないと思考停止していた。
そして今。この宙ぶらりんな関係が限界だってことぐらい、俺も気付いている。
はっきりしない態度を取り続けて、どれだけはやてを苦しませているかも理解している。
けど、甘い言葉を吐くことだけは絶対にしたくない。
それはきっと、傷の舐め合いみたいなもんだ。
その場しのぎの嘘みたいな台詞で、俺なんかを慕ってくれる子を騙したくない。
それがどれだけ酷薄なことだったとしても、はやてが大事だからこそ。
「……否定せえへんの?」
「……ごめん」
だから、俺には謝ることしかできない。
「そか。なら、あの戦闘機人は?」
「……え?」
話は終わりだと思っていたら、唐突にフィアットさんのことをはやてが聞いてきたので、反応が遅れた。
やっぱりはやての様子がらしくないのは、あの人と顔を合わせたからなのだろうか。
「あの戦闘機人のこと、エスティマくんは好きやの?」
「……俺は、」
「ごめん、やっぱええわ」
「はや――」
「あはは……ご、ごめんな、エスティマくん」
「え?」
「少し意地悪やったわ。
明日になったら、いつも通りに戻るから……今は一人にしてくれへん?
ちょっと考えたいことがあるんや」
「分かった。その……ごめんな、はやて」
「……エスティマくんは、何も悪くないやんか」
そっか、と呟いて、俺はソファーから立ち上がる。
はやてをちらりと見ると、彼女は不思議そうな顔をしていた。
それじゃあ、と手を挙げて休憩所を去る――その間際に、最後に一度だけ、はやてを視線を送った。
一人残った彼女は、肩を落として俯いている。
どんな表情をしているのか、俺には分からない。
酷い自己嫌悪。消えてなくなってしまいたいとすら思うほどに。
片手で額を抑えると、私は小さく溜息を吐いた。
ついさっきまで目の前にあったエスティマくんの顔を思い出して、本当にごめん、と声に出さず謝る。
一人でいじけてその末に八つ当たりだなんて……馬鹿みたい。
話をした戦闘機人、ナンバーズの五番。彼女の落ち着いた態度と今の自分を比べてしまって、余計に落ち込んでしまう。
あの二人がどういう経緯で出会って、どんなことがあって今の関係になっているのか聞くだけの勇気が私にはなかった。
私の知らないところで、何があったのだろう。どうしてお揃いのリングペンダントを持っているんだろう。
少しでも気にすれば、まるで蟻地獄にでも落ちるように際限なく気分が落ち込む。
そのせい……なのかな。いつもは簡単に――とても簡単に押し殺せるぐらいの感情が沸き立ってしまう。
柳に風……とは少し違うかもしれない。けれど、彼自身がどうしたいのかがまったく分からない態度にどうしようもなく苛立ってしまう。
……いや、分かっている。彼は、どうしたくもない。答えの出せる状況が整うまま、今のままでいたいと望んでいる。
私だってそれを分かっているからこそ、ずっと彼の側にいるだけで我慢していたのに――
「……焦ってるんやろうね」
エスティマくんの側にいるのは自分の専売特許だと思っていたし、事実、今もそうだ。
さっき心配になって様子を見にきてくれたことだって素直に嬉しかったし、そんなことをしてもらえない戦闘機人に対しての優越感もある。
……けど、それだけじゃあとても足りないと思ってしまうのは、
「欲張りなのか、浅ましいのか……」
焦らされているのに近い現状に――それも厄介な恋敵が現れたことで、渇きにも似た衝動が湧いている。
さっきの意地悪だって、私のことで気に病んで欲しいという部分がないとは言い切れない。
「……だとしたって、エスティマくんを困らせてどうするんや」
その問いに答えは出ない。
なんとも情けないスパイラルに陥ってしまって、立ち直るのには少し時間がかかりそう。
……けど、いつまでもこうしてたって意味がない。
それに、明日になったら元に戻るって約束したんだから、気分を入れ替えなければ。
そう思っても、萎えた心は上手く立ち直ってくれない。
……きっとこれが恋の病とか、そういうものなんじゃないだろうか。
今更かもしれないけれど、こんなにもエスティマくんが好きなのだと、少し驚いた。
ちゃぷ、と重い水音が上がる。
大浴場の湯船の中、フェイトは体育座りをしながら水面に視線を落としていた。
長髪はタオルで纏められ、露わになったうなじには玉の汗が浮かんでいる。
もう風呂に入り始めてからどれぐらい経っただろうか。もともと彼女は長湯する方だが、それでも今日は長い。
明るくない顔でフェイトが思い出しているのは、先の戦闘で衝突した戦闘機人のことだった。
ナンバーズの三番、トーレ。彼女に叩き付けられた言葉がぐるぐると頭の中を回っているのだ。
戦闘機人として生まれ、望まれた闘争者として自分の存在を確立していた彼女。
あれと兄が同じだなんて、断じて違う。
頭で考えるよりも先に感情がそれを拒絶する。
差別のような色が混じってしまうが、兄と戦闘機人には大きな違いがあるのだ。
人として生まれて、人として何かの目的のために戦っている兄。
それは単純に局員としての義務をまっとうしているだけなのかもしれないし、何か別の理由があるのかもしれない。
ともかく、そういった目的があるだけで戦闘機人と兄はまったく違う。
何かのために戦う兄と、戦うために戦う戦闘機人。あのどうしようもなく歪み、それを受け入れた姿勢は思い出すだけでも苛立ってくる。
……なぜそう思うのかを、フェイトは気付くことができなかった。
単純な話、トーレはフェイトの影みたいなものなのだろう。
もし兄に助けてもらわなければ、自分は母の元でどうなっていたのか。気を引きたい一心で努力をして、戦っていた自分はどう成長していたのだろう。
考えてみても分からないことだ。
そんなIFのことよりも、フェイトは今の自分の方が大切だった。
勿論、まだ幼かった頃のフェイトならそんなことは思わない。
しかし、フェイトの人生はPT事件の前よりもその後の方にたくさんの思い出がある。
母親のことだって今のフェイトにしてみれば、そんなこともあった、という認識になっていた。
無論、プレシアのことを思い出せば寂しさは込み上げてくる。けれど、不安に駆られるようなことはもうない。
彼女にとって大切なのは、過去よりも明日だった。
長い時間がかかったが、闇の書事件での因縁に折り合いをつけることで、彼女は人間的にも成長している。
悲しいことがあったとしても、新しく迎える明日の思い出で乗り越えよう。
そう思える、本来とは別種の強さを彼女は持っている。
しかし、だからこそ、フェイトはトーレの言葉を無視することができないのだ。
昔のフェイトを肯定するような在り方。自分を救ってくれた兄を侮辱するような言い様。
今さえよければ未来など必要ないと――まるで燃え尽きる寸前のままで止まっている蝋燭のような生き方だ。
今のフェイトに根付いている価値観と真っ向からぶつかるトーレは、ある意味、フェイトの天敵といえた。
だからこそ彼女を簡単に忘れることができないし、許すこともできない。
トーレのいったことを認めることなどできたいため、フェイトの思考は堂々巡りを繰り返す。
そうしている内に、段々とクラクラしてきた。もう上がろうか、と思っていると、
「あれ? フェイトちゃん、まだ入ってたの?」
大浴場のドアを開けて、なのはが入ってきた。
タオルで前を隠している彼女は、洗面台の方に行くと身体を洗い始める。
その様子を、フェイトは浴槽の縁に頭を乗せて見ていた。
……動くのが億劫になってきた。
ざばーとお湯をかけて汗を流すと、なのははフェイトの方へとやってきた。
フェイトの様子を見て、あはは、と彼女は苦笑する。
「フェイトちゃん、大丈夫?」
「……大丈夫」
「あ、あまり無理はしない方が……というか、なんで無理してるの? 顔真っ赤だよ?」
「うー……」
「フェイトちゃん、考えごとでもしていたの?」
「少しね」
そういいつつも、フェイトは先の戦闘でトーレと交わしたことをなのはに伝える。
アルコールが入っているわけではないが、茹だった頭でえっちらおっちらと話すフェイトの口調は酔っぱらいじみていた。
呂律の上手く回らない口で紡がれる言葉に、頷きを返しつつなのはは耳を傾ける。
そしてフェイトが話し終わると、身体が冷えたのか、彼女は湯船に身体をつけた。
「……フェイトちゃんは、お兄ちゃん子だから」
「そんな簡単な話じゃないよ、なのは」
「そうかもしれないね」
「もうっ」
なんだか軽くあしらわれているようで、フェイトは真っ赤になった頬を膨らませる。
その様子になのはは笑みを深くして、手でお湯を弄ぶ。
「……そういうのってさ。あまり深く考えても意味がないんじゃないかって思うんだ。
手を取り合うことは大事だけど、本当に価値観の違う人とは、たぶん理解し合うことができない。
意見のねじ曲げ合いになっちゃって、キリがないもの。
だからフェイトちゃんは、フェイトちゃんが信じるものを大事にすればいいんじゃないかな」
「……大事なもの」
そう呟くフェイトの脳裏に浮かんできたのは、兄の、スクライアの皆の顔だった。
結局のところどう考えたって、大事なものが色褪せたりはしないらしい。
親友から助言をもらって、気が抜けたのだろうか。
ぐるぐるとしていた頭の中が、だんだんと愉快なことになってきた。
「……きゅう」
「……フェイトちゃん? フェイトちゃん――!?」
完全に伸びたフェイトを抱きかかえてなのはは、シャマルー! と念話を飛ばす。
ちなみにクラールヴィントに叩き起こされたシャマルは、寝ぼけたままの抱き枕を抱えた状態でやってきた。
情報端末とにらみ合いながら、ヴィータは腕組みをしている。
ちなみに画面とにらみ合いをしているヴィータの横で、リインⅡは机に突っ伏して熟睡していた。
リインの寝言と寝息を聞きながら、時折思い出したように腕を動かし、キーボードを叩いて、画面には文章の繋がりがない箇条書きが並ぶ。
彼女はナンバーズとの戦闘で気付いたことを、報告書とは別に、個人的にまとめていた。
相手の攻撃手段。それに対してとった行動。今考えて、有効ではないか、と思える対抗策。
グラーフアイゼンもナンバーズとの戦闘記録を掘り返し、主の手助けをしている。
そうしていると、やっぱり、と呟いて、ヴィータは椅子の背もたれに体重をかけた。
そして床を蹴ってデスクから離れると、その場でくるくる回る。
強化魔法ではなく、肉体そのものを強化され、その上普通ならば一握りの人間しか手にできない莫大な魔力をその身に宿した敵。
手合わせしてみた感想は、非常に厄介、というもの。しかもあの様子からまだ底を見せていないのだろうと予想できる。
防戦に徹すれば一人でも相手をすることは可能だ。しかし時空管理局の局員として犯罪者を逮捕しなければならないと考えれば、多人数でかかったとしても非常に難しい。
多人数で時間をかけて消耗させれば――と思わなくもないが、戦闘機人とやり合える面子を一カ所に回せば他が手薄になる。
そして、殺傷設定で暴れ回る戦闘機人を長い間相手にしていれば、それだけ周りの被害が面倒なことになる。
ベルカの騎士に一対一で負けはない、という誇りはこの際捨てるべきだと分かってはいる。
捨てた上で、どうやって相手を捕まえるかをヴィータは考えていた。
ハイリスク、ハイリターン……そうなるよな、やっぱ。
「……何をしている、ヴィータ」
「……なんでもねぇよ」
くるくると回していた椅子を止める。
見れば、いつの間にかザフィーラが呆れ顔でこちらを見ていた。
少しだけ気恥ずかしさを感じつつも、ヴィータは見られたことをなかったことにして、腕を組んだ。
……その様子に、フッ、とザフィーラが鼻を鳴らして、頬がヒクつく。
「ザフィーラ。喧嘩でも売りにきたのかよ」
「何、いささか暇でな。丸くなるのにも飽きて、今は散歩をしているところだ」
「気楽でいいよな、おめぇは」
「……これはこれで辛いのだが、まぁいい」
ザフィーラはとことこ歩いてくると、ヴィータの隣にやってきて、腰を下ろす。
そして顔を上げると情報端末の画面を見た。
「戦闘機人か」
「ああ。……なぁ、ザフィーラ。エスティマの奴、本当にあんな連中を複数相手にして戦えてたのか?」
「劣勢ではあったがな。だが、稀少技能を持っていることもあるし、奴は我々と違って全局面に対応できる魔導師だ。
バランス型も突き詰めれば馬鹿にできん、ということだろう」
「アタシの持論が適応できねぇって話だな」
ヴィータの持論とは、マルチスキルと直接的な強さは関係がない、というものだ。
しかしバリア出力を除いた全技能が平均を超えている上に稀少技能という一芸を持っているエスティマは、対応力そのものが強さと繋がっている。
もっとも、それはエスティマだけではなく、自分にも適応できる話だが。
エスティマと違い、自分の場合は一撃の破壊力。
ただあの戦闘機人には、その一撃が通じなかった。だからこそ、みすみす取り逃がすという決着となったわけだ。
リミットブレイクでも使えば話は違うのだろうが、今度は近付くことが困難になってしまう。
やはり、一人では限界があるだろう。
「エスティマの野郎は、たしか空戦組とやり合ってることが多かったよな。
参考にならねーかもしんねーけど、三課の方に頼んで、戦闘映像でも取り寄せるか」
「ふむ。フィニーノに頼んでおこう」
「悪ぃな」
「気にするな。……それで、ヴィータ。何か良い案はあるのか?」
「どうだろうな。攻守共にバランスの良い敵なんだが……まぁ、付け入る隙はある」
「ほう?」
「あいつら、アタシたちのことを嘗め切ってた。だからまぁ、そういうことだ」
「なるほどな」
そんな風に話をしていると、不意に非常警戒態勢が解除された。
これからは通常業務か、と思いながらヴィータが窓の外を見ると、見慣れた後ろ姿を発見した。
ようやく朝日が昇り始めた時間。顔を出したばかりの朝日が差し込む駐車場に一台のタクシーがやってきて、それに乗り込む青年。
「ありゃ、エスティマか?」
「ああ。……おそらく、行き先は先端技術医療センターだろう。
命に別状はないとしても、知人が重傷を負ったのだ。それに、シグナムのこともある」
「ああ、ナカジマの……まぁ、上から目線で首突っ込むのも野暮だ。
それとなくフォローするぐらいにするか」
「そうだな」
そういって、二人は再び情報端末の画面に顔を向けた。
戦闘機人のことを突き詰める二人だが、しかし、彼女たちはずっと同じことを考えつつも敢えて口には出していなかった。
何があっても頭の中にあること。それは、主――はやてのことだ。
しかし気になるからこそ、二人はエスティマとはやてのことに触れない。
どれだけ主がエスティマのことを想っているのか知っているし、それに口出しするのがどれだけ野暮かも理解している。
大体、自分たちが口出ししてどうにかなるような状況はとうの昔に過ぎ去っているのだ。
もはや第三者の介入でどうにかなるような問題じゃないことを、二人は分かっていた。
ヴィータもザフィーラもエスティマに言いたいことは山ほどある。
しかし、それをいったところでエスティマの神経を削るだけ。きっと彼は自分の態度を改めないだろう。
見守ることしかできない歯痒さはあるが、きっとそれが一番なのだ。
それに、守護騎士の二人もエスティマのことは気に入っている。今の状況を延々と続けるほど駄目な奴じゃないと、思っている。若干希望が混じってはいるが。
「……んにゅ、ザフィーラですかぁ?」
「起きたか」
「おはようですよー……って、まだ四時? リインはもう一眠りするです」
バタリ、と倒れ込んで、すぐさま寝息を上げるリインⅡ。
すやすやと眠る末っ子に、二人は苦笑した。