「つ、疲れた……」
「しっかりして下さい部隊長。まだ次があるんですから」
「……分かってるよ」
そう返事をして、机に突っ伏していた身体を起こす。
仕方がない、と俺を見るグリフィスの顔には、俺と同じように疲れの色が浮かんでいる。
ついさっきまで通信ウィンドウ越しに顔を合わせていた人たちとの会話が胃にきているんだろう。俺もそうだ。
六課が参加した初の大規模戦闘。その際の失態を、六課の設立に協力してくれた人たちに責められていたのだ。
クロノ・ハラオウンとカリム・グラシア。
前者の方からはマリンガーデンを崩壊させたことからの警告。次は庇えない、と。
後者の方からはロストロギアをみすみす奪われたことに対する叱責が飛んできた。
もっとも、予想していたよりはずっと柔らかくて助かったのだが。
むしろロストロギアの件よりも、その後に続いた、はやてを危険に晒したことへの方が厳しかったかもしれない。
魔導師として戦場に出ているとはいえ、彼女が聖王教会にとって貴重な存在であることに変わりはないのだから。
命令違反とはいえそれを止めることができなかったのは指揮官の責任であり、俺はその責任者なのだから、仕方がない。
はやて本人に対する処分は、減給と三日間出撃シフトから外れること。結果論だが、特に問題があったわけでもなかったのでこの措置だ。
部隊は損耗していないものの、被害は甚大――マリンガーデンがその筆頭だ――その上、戦闘機人を捕らえることもできず。
初陣ということで大目に見てもらった部分があるにしても、責められて然るべき有り様だろう。
「グリフィス、次の予定は?」
「ゲイズ副官が査察に訪れるのは……大体、一時間後ぐらいでしょうか」
「了解。まぁ、後ろ暗いことは何もしていないから問題ない……とは思うが」
さて、どうなんだろうか。
このタイミングで査察にくるってのは、外へ向けてのポーズなのか本気なのか。
どちらにしろ、やられることに変わりはないんだろうけれど。
椅子を軋ませながら立ち上がると、グリフィスを伴って執務室を後にする。
とりあえず、いつオーリスさんがやってきても良いように最後の見回りでもしておこうか。
「部隊長」
「なんだ?」
「査察と関係あるかどうかは分かりませんが……ロングアーチ00のことは、まだ非公開のままなんですか?」
「ああ、まだしばらくな。それに、非公開のままでも問題はない。海や教会はともかく、地上本部は誰だか知っているし」
「……そうだったんですか?」
「ま、そうでもなければ素性を明かさない人員を部隊に突っ込むことなんかできないって」
「それは、そうですが……」
納得できない様子で、グリフィスは口を噤む。
あまり深入りしては悪いと思ったのだろう。
コツコツと靴音を上げながら通路を進む。
幸先の悪いスタートで……この部隊は、順調なのかどうなのか。
リリカル in wonder
「査察、査察、都合の悪いデータはなーいっかな、っと」
即興で非常に微妙な歌を口ずさみながら、シャーリーはキーボードを叩いていた。
査察が入るという状況の割に表情は楽しそうであり、指の動きも軽やかだ。
そんな彼女の様子を、はやては空いている席から眺めていた。
シフトから外されているはやては、書類仕事を終わらせてしまえばこれといってやることがない。
自分の部下――エリオたちの様子を見てもいいが、自分が教える側に立ってもいいのだろうか、という考えがそれを躊躇わせていた。
スキル一つ取っても特殊な自分が、人にものを教えられるのかどうか。
新人たちの元へ行くという選択肢を消すと、はやての足はデバイスの設計室へと向いた。
リインフォースやシュベルトクロイツの調子を見る必要もあったし、丁度良いと思ったのだが――いざきてみれば、査察の対応に忙しそうだ。
なんだか申し訳のない気持ちになりながら、はやてはデバイスのデータを眺めていた。
新人たちのデバイスは完成間近。
というか、本来ならば今日にも渡す予定だったのだが、先日の慣らし運転で無茶をしたせいで再調整する羽目になっている。
そのため、お披露目は数日先延ばし。しかし、怪我の功名というべきなのか、完成度は上がっているようだ。
あとは新人たちの慣熟訓練の終了を待って実戦投入。
最初に予定していたスケジュールに若干の遅れはあるが、これはきっとエスティマの指示なのだろう。
実戦で万が一がないように、というのはいかにも彼らしい。もし自分ならば、やや早めの実戦投入に踏み切っていたかもしれない。
ここら辺は価値観の違いだろうか。
自分自身のことはともかく、他人に関わる問題となれば途端に慎重、というよりは臆病になる彼。
おそらく、どれだけ新人たちに訓練をさせてもエスティマは満足しないだろう。
はやてとしては、早く経験を積ませて自信を持たせたいと思っているのだが、それはそれ。
よっぽどのことでないかぎり、はやてはエスティマの指示に異を唱えるつもりはなかった。
微妙に調子の外れた歌を聴きながら、はやてはデータを流し見る。
そうしていると、妙な名前のフォルダを発見し、それを開いた。
「んー? sts計画?」
「査察、ささ……うわ」
「なんや、うわ、って。なんか見られてまずいもんでもあるん?」
「や、ないと云えばないんですけどー……」
答えに困り、誤魔化すような笑いを浮かべるシャーリーを横目に、はやてはフォルダの中身を見る。
中にあったのは、デバイスの改造に関する仕様書だった。
Seven Starsだけではなく、レイジングハートやバルディッシュ、リインフォースまでが対象に入っている。
……聞いていた話と違う。sts計画というのは、新人たちのデバイスを作成するためのものではなかったのだろうか。
仕様書を見ても、専門知識のないはやてには何が書かれているのか把握することはできない。
しかし、エスティマから聞かされていた計画と中身が違うことは、一目瞭然だった。
「……シャーリー。エスティマくんとグルになって、また危ないことしてるんか?」
「ノー! 違いますよ! 冤罪です!」
「やけに強く否定するんやね」
思わず、はやてはシャーリーに疑うような視線を向けてしまう。
しかし、それも仕方がないことだ。
知らぬ内にデバイスを改造して、またエスティマが力と引き替えに身体を虐めようとしているのではないかと思えてしまうのだから。
せっかく身体が治りかけてきたのに、また無茶を――そう思うと、怒りを通り越して悲しくなってくる。
「だから、本当に違いますってば! 少なくとも今は!」
「……今?」
「はい」
気分が沈みそうになったはやてに、シャーリーは声を上げる。
「少し前までは、まぁ、いつもの調子だったんですけど……。
この間の戦闘が終わってから、もう一度洗い直すことになったんです」
「どんな風に?」
「えっと……」
はやてにも分かるように、頭の中で言葉を整理しているのか。
五秒ほどの間をおいて、シャーリーはゆっくりと口を開いた。
「術者の安全を考えた上での強化プラン、ってことになってます」
「その安全って、死ななければ良いなんちゅーボーダーやない?」
「違いますよ……あー、なんて云えばいいのか……強化プランって、リイン准尉とのユニゾンが前提なんです。
融合した際に行われるダメージの肩代わりを利用したもの、といいますか」
「……ん」
そういい、はやては顔を俯けた。
融合騎は、ユニゾン時にダメージを術者と共有する。普通ならば両者に割り振られるそれを、融合騎の方に回すという話だろうか。
いくら人に近い形をとっているといっても、結局のところリインフォースはデバイスだ。
修復不可能なほどに破壊されない限り、修理することは可能――大事な騎士を物のように扱うことへ罪悪感を抱くも、はやてはそれを押し殺した。
リインフォースを他人と天秤にかけるわけではない。しかし、人間はデバイスほど頑丈ではないのだ。
傷を負えば、それが一生残ることもある。それにはやては、はやてだからこそ、人がどれだけ脆いかを知っている。
それならば――と。
そんなはやての葛藤に、シャーリーも気付いたのだろう。
彼女は小さく頭を下げる。
「秘密にしててすみません。
仕様が決まったら、きちんとお話するつもりだったんです」
「……ん、ありがと。けど、気にせんでええよ。
わがままいえるほど余裕のある状況じゃないことぐらい、分かってるつもりやから。
な、それより、仕様書通りに進むとどうなるん?」
「あ、はい。それはですね――」
話題をさりげなく切り替え、はやてはシャーリーから噛み砕かれた説明を聞く。
それを頭の中で整理しすると、どうにも納得のできないことに思い至った。
……エスティマくんの考え方が変わった?
前まではひたすらに力を追い求めていたというのに。
けれど、それにしたって――
しかし、それもシャーリーの説明によって頭の隅へと追いやられる。
なぜ宗旨替えなんてしたのだろうか、という彼女の疑問に答えは出なかった。
「問題らしい問題はないようですね」
「……もう良いんですか?」
「ええ。もともと今回の査察は、ポーズのようなものですから」
時刻は四時を回っていた。傾いてはいるものの、まだ太陽が沈みかけてすらいない時間だ。
呆気なく終わった査察に、俺は思わず溜め息を吐いた。
その様子を見て、フ、とオーリスさんは口元を歪める。この人なりの苦笑だ。鉄面皮を保とうとするせいで、嘲笑じみた形に見えるけれど。
執務室の中には、俺とオーリスさんしかいない。中将からの指示が俺個人にあるからと、グリフィスには余所へ行ってもらった。
オーリスさんは脇に抱えたバインダーを掴み直し、それにしても、と口を開く。
「あんな戦闘があったあとですから、もっと緊張感なりなんなりがあると思いましたが。
いえ、良い意味ですよ?」
「ありがとうございます。
緊張感を持ち続けても無駄に疲れるってことは、三課の頃に学んだので」
「そうですか。……なんにせよ、調子が悪くないようで安心しました。
中将も言葉にはしませんが、あなたや八神さんを心配していますから」
「そう……ですか」
違和感があるような、ないような。悪い人ではないと分かってはいるから不思議ではないのだけれど。
厳めしい顔をしたあの人に、心配なんて似合わないとは思うが……神経細いからなぁ。
「六課に関しても、計画が持ち上がった当時はともかく、今はあまり悪感情を抱いてはいないようです。
今回の事件で、公共施設へのものはともかくとして、人的被害はずっと少なくなっていましたから。
中将はその点を評価していましたよ」
「ありがとうございます」
「ただ……」
「次は周りをもっと見ろ、と」
「はい。それと、部下の統率はしっかりするようにと」
……どこでも云われることは同じか。
ま、しょうがないと分かってるんだけどね。
「……そうだ、三佐。中将からの伝言を預かってます」
「はい?」
「ロングアーチ00からの連絡ですが、どうなっているのか、と」
「ああ……」
どう答えたものかと考え込んでしまう。
連絡らしい連絡は特にないのだが――
「特には。ただ、元気そうではありましたよ」
「そうですか。……父さんには、それで十分ですね」
そう云って、オーリスさんはくすくすと笑った。
今度は鉄面皮など脱ぎ捨てて、そのままの表情で。
普段がああだから、こうやって笑う彼女は絵になる。美人であるのは間違いないのだから。
が、普段が普段だからなぁ……。
「……何か?」
「いえ、何も」
なんて思っていると、普段のオーリスさんに戻ってしまった。
指摘されたら怒られそうなので、黙っておこうか。
その後、オーリスさんとこれからの部隊の動きなどを話し合い、査察は拍子抜けするほどあっさりと終わった。
そもそもの目的がポーズなので、当たり前なのだが。
「て、ティアさん……元気出してください」
「そうだよティア。直せば良いんだし……」
「……うっさい」
スバルたちにそう声を返すも、ティアナはがっくりと肩を落としていた。
その原因は自分自身……というか、デバイスだ。
拳銃型デバイス、ドア・ノッカー。彼女の相棒であるそれは今、真ん中から真っ二つに割れている。
カートリッジを装填しようとした際に手が滑り、連結部が折れてしまったのだ。
ティアナのせいではなく単純に金属疲労なのだが、慰めにならない。
ヒビが入ったり、細かい傷がついたりは今まで何度もあったが、ここまで分かり易く壊れたのは初めてだった。
直せばいいと分かってはいるのに、どうしても気が沈んでしまう。
うう……こんな風に壊したことなんて、一度もなかったのに。
なのはがシャーリーの元へドア・ノッカーを持って行ったため、現在、訓練は中断中。
もし簡単なパーツ交換で直らないなら、このまま解散になる。
なのはが設計室へ行っている間、休憩しているよう指示があったのだが、ティアナはとてもそんな気分になれない。
壊れたのなら直せばいいと分かっているのに、どうしても割り切れないのだ。
「あの、ティアさん……何か、あのデバイスに思い入れでもあったんですか?」
エリオに声をかけられ、ティアナは俯いていた顔を上げる。
「……え?」
「いや、なんだかそんな気がして……僕もS2Uを一度壊したことがあるから、なんとなく」
「そうなんだ」
苦笑するエリオ。彼のデバイスは義兄からのお下がりだ。
ティアナの落ち込み様を見て、自分のことを思い出したのだろう。
ドア・ノッカーはまたそれとは違うのだが。
「……まぁ、思い入れはあるわよ。局員になって初めて出たお給料で買ってね。
それからずっと大事にしてきたから」
それも少し違う。本当はエスティマの作ったデバイスだから買ったのだが、それを云おうとは思わなかった。
バイクを買う資金にするつもりが、街で見かけたドア・ノッカーを目にして衝動買い。
酷く短い話だが、それとは逆に思い入れはあった。
それこそ、今みたいに落ちこむぐらいには。
などとティアナが腐っていると、不意に通信ウィンドウが新人たちの目の前に開いた。
映っているのはなのはとシャーリー。
その後ろに、誰か――制服の上着を脱いで、作業台に向かっている後ろ姿が見える。
『予定変更。皆、少し早いけど切り上げようか。夜間訓練は一時間前倒しで始めよう』
「はい!」
『うん。それとティアナ。デバイスの修理はすぐに終わるみたいだから、設計室に取りにきてもらえる?』
「あ……はい」
返事をすると、新人たちは隊舎へ。
スバルたちは先にシャワーへと向かったが、ティアナは設計室へ。
少しずつ足を進める内に鼓動が高鳴ってゆく。
何故だろうと思いながら設計室へと入ると――
「失礼します」
ああそうか、とティアナは納得した。
部屋の中にいたのは通信に映っていた二人。
しかし、ドア・ノッカーを弄っているのは、そのどちらでもなかった。
作業台に向かっている人物――エスティマは制服の上着を椅子にかけ、ワイシャツを腕まくりした状態でドア・ノッカーに真剣な視線を注いでいる。
その見たことがない姿は新鮮で、ティアナは思わずぼーっと眺めてしまった。
「お疲れ様、ティアナ」
「……え? あ、はい! お疲れ様です!」
「えっと……どうかしたの?」
「なんでもありません」
ごほん、と咳払いをして姿勢を正す。そんな彼女に、なのはは首を傾げた。
「ああ、ティアナ。もう少し待って欲しい」
「はい! ありがとうございます!」
「……そんなに畏まらなくてもいいから」
と、ティアナの方を見ずに淡々と手を動かすエスティマ。
素手でドア・ノッカーを弄っているせいで、段々と白い指先が油で汚れてゆく。
しかし気にしていないのか、デバイスを組み上げる速度は変わらない。
組み上げが終わると彼は椅子に座ったままドア・ノッカーを構え、握りを確かめる。
そして小さく頷くと、はい、とグリップをティアナに差し出した。
「あ、ありがとうございます」
「いや、気にしないで良いよ。シャーリーの仕事を息抜きついでに横取りしたわけだし。
それに、お礼を云うのは俺の方かな」
「え?」
「手入れ、欠かしてないみたいだ。そこまで丁寧に扱って貰えると、作った人間としても嬉しいよ」
「そ、そんな……私はただ、自分の手足になる物だから」
違う。本当はあなたが作ったからだ。そう云いたかったのだが、勿論口に出せるはずがない。
ドクドクと心臓が煩い。変な汗すらも出そう。
ドア・ノッカーを待機状態に戻すと、落ち着け私、とティアナは息を整える。
そんな彼女を余所に、なのはは感心した風にエスティマへと話しかけた。
「ティアナのデバイスって、本当にエスティマくんが作ったんだ」
「ああ、かなり前に。オークションに流したから誰が持っているかも分からなかったけど」
「ふぅん。……それにしては、落ち着いたデバイスなんだね」
「……言葉の通りに受け取ってやるよ」
あっはっは、と笑う二人。その間には非常に微妙な空気が流れている。
シャーリーは慣れたもので、見て見ぬふりをしていた。
「っと、なのはは別に良いとして……ドア・ノッカー、少しだけチューンしておいたから」
「別に良いって……」
「あ、ありがとうございます!」
「だからそんなに畏まらなくても……旧式のパーツを取り替えただけだし。
それに、あまり意味がないかもしれないしね」
「……え?」
「もうすぐティアナたちのデバイスが完成するんだよ」
「はい。今はもう、最終チェックの段階ですから」
……新しいデバイス、か。
聞かされて楽しみだとは思うが、同時に、ティアナは僅かな寂しさを覚えた。
ドア・ノッカーは決して悪いデバイスではなかったが、やはり最新式の――それもインテリジェントタイプには敵わない。
六課の隊員として戦うのならば、デバイスを乗り換えるのだって必要なことだとティアナにも分かっている。
しかしそれとは別の、思い入れの部分が、それを素直に受け容れようとしなかった。
「ああでも、ドア・ノッカーはなんだかんだで一芸に秀でてはいるから、使う機会はあるんじゃないか?」
……そんななんでもない風に云われた気遣いに、ティアナはほんの少し救われた気分になった。
「そうなの?」
「ああ。フィールド防御を無視した零距離射撃。砲撃でも良し。落ち着いた仕様だろう?」
「……前言撤回、全然落ち着いてないよ。
第一そんなの、ティアナのスタイルとは真逆じゃない」
と、なのはは恨めしそうな目でエスティマを見る。
実戦で使うかどうかはともかく、聞けば誰でも試したくはなる。
ティアナが実戦で使ったら――そんな可能性を考えてしまったのだろう。
「スタイルとギャップがあるからこそ、奥の手になるんじゃないか?」
「クロスレンジの技能がそう簡単に身につくわけがないって、知ってていってるでしょ?」
「あ、あの……私、試したりしませんから」
見た目だけは楽しそうにしながら火花を散らす二人に、ティアナは割り込む。
っていうか、部隊長となのはさんって仲悪かったの……?
目の前の様子に、そう思わずにはいられなかった。
しかしティアナとは違い、あはは、とシャーリーさんが笑い声を上げる。
「二人のじゃれ合いは、分かりづらいですからねー」
「じゃれ合い?」
「ああやって意見のぶつけ合いをするのが、部隊長もなのはさんも好きですから」
「……んなわけないだろ」
「……まったくなの」
憮然とした表情で、同じ反応をする二人。
仲が良い……のかしら?
どうなんだろう、とティアナは首を傾げた。
「ユーノさーん、お客さんですよー!」
「あ、はい! すぐ行きます!」
無限書庫の下層から届いた声に、ユーノは顔を上げて返事をした。
検索魔法を中断して時計を見れば、いつの間にか約束の時間になっている。
しまった、と思っていると、すぐ隣から溜め息が一つ。
「まったくしょうがないねぇ。アタシが続きをやっておくから、行ってきな」
「悪いね、アルフ」
「良いって」
作業をアルフに引き継いで、ユーノは無限書庫の入り口へと向かう。
薄暗い書庫の出口は灯りに満ちており、その逆光の中に見知った顔を見付ける。
や、と手を挙げると、相手――クロノはそれに応じた。
時間が取れたクロノは、ユーノを夕食に誘っていた。本局に用事があって立ち寄るため、そのついでらしい。
どうせならエスティマも呼べば、と思ったが、今日は地上本部の査察が入るらしいので止めておいた。
仕事を放ってくるとは思えないが、それでも無理をしそうではあるから。
ユーノは断りを入れて無限書庫をあとにすると、クロノと共に外へと向かう。
「こうやって直に顔を合わせるのも久し振りだね」
「そうか?……ああ、そうだな。最近は通信ウィンドウ越しだったか。
どうにも通信でのやりとりが多くて駄目だな」
「顔は見れても、やっぱり直接会うのとじゃ違うからねぇ」
会話をしながら、二人は本局内にあるファミリーレストランに入る。
席へと案内されて適当な料理を注文すると、そういえば、とユーノが声を上げた。
「今日は六課の方に顔を見せたんだっけ?」
「いや、通信だけだ。騎士カリムも見ていたし、上司として。
説教だけして終わったな」
「前回の一件か……被害者の一人としては、マリアージュを全滅させてくれただけでも有り難いんだけどね」
ユーノは思い出したように腕を擦る。
美術館で負った怪我は、数日前に完治したばかりだった。
「まぁ、六課を評価していないわけではないさ。今回はマイナス面が大きかっただけでな」
「その言葉は僕じゃなくてエスティに云ってやってよ」
「あいつに云ったところで、言葉の通りに受け取らないだろうさ」
「……確かに、そうかも」
料理が運ばれてくると、二人はそれに手を付けながら会話を続ける。
味については、ファミレスだなぁ、という感想しか湧かない。
「……エイミィの手料理が恋しいな」
「あんまり帰ってないの?」
「ああ。次元航行艦の艦長なんてそんなもんだ。
子供にも顔を忘れられていないか心配だよ」
「お父さんは大変だなぁ」
「他人事のように……お前だってその内、家庭を持つだろう?」
「どうかな。今はあまり、自分のことのように考えられないよ」
「お、否定しないのか」
「……否定したよ?」
「そうは聞こえなかったぞ。……アルフと良い感じなんだそうだな?」
う、とユーノは言葉に詰まる。
別にそういうのじゃない、と喉まで言葉が出かかるが、楽しそうな顔をするクロノはそれを餌にしそうだった。
知らないよ、と返し、ユーノは料理を口に運ぶ。
それをつまらなそうに見て、クロノは苦笑した。
「お前といいエスティマといい、煮え切らないな……」
「あのね、クロノ。そうやっていっつも色恋沙汰を引っ張り出すのはどうかと思うよ?」
「そういうな。既にゴールした身としては、後続を眺めるのが楽しくてしょうがないんだ」
「趣味が悪いね」
「そうれはどうも。なぁユーノ、僕は一度、家族ぐるみのホームパーティーというものをしてみたくてな。
そのためには、お前かエスティマに家庭を持ってもらわなきゃならない。
……ああ、両方でも良いな」
「同僚でも呼べば良いだろ」
「馬鹿め。お前らを呼ぶことに意味があるんだろう」
「……そんなこと云われても、焦らないからね」
憎まれ口を叩くユーノだが、表情は楽しげだ。
自分とアルフが一緒にいて、フェイトがいて。
エスティマの隣には――誰がいるのだろう。やはり八神はやてだろうか。
それだけではなく、子供なんかもいたりして。嗚呼、確かに楽しそうだ。
それを実現するのは、少し骨が折れそうだが。
おそらく、クロノも同じことを考えているんじゃないだろうか、とユーノは思う。
とりあえずは結社関連の問題をどうにかしなければ、話題に挙がった夢は現実にならないだろう。
ただ、自分もクロノもエスティマも、より良い結果を出すために足掻き続けている。
それが報われるならば、クロノのいう夢が叶っても良いのではないか。
……ゴール云々は別として。
結社対策部隊、通称、六課。
この部隊に集められた者たちは、いずれもライトスタッフである。
フォワード陣は勿論のこと、バックヤードスタッフも。
そして医療スタッフも……なのだが……。
「健康診断をサボられた俺の怒り……悲しみをじっくり味わうがいい!」
「ちょ……ちょっとまてまさかその注射を!
や……やめてくれ……! た……たのむ……!
そ、そんなものさされたら死んじまう!! なっ!! な!
うぎゃあああああ!」
と、実に楽しそうな声が木霊するのは六課の医務室。
世紀末な医者がいたりする中で、今日も元気にシャマルは働いていた。
「……いつも不思議に思うんですけど」
「なんだい?」
と、比較的まともな同僚に声をかけるシャマル。
「……六課のバックヤードスタッフって、優秀なんですよね?」
「優秀ではあるね」
「……確かに、優秀ではあると思います」
「ちなみに、君もそのスタッフの一員だよ?」
云われ、ガガーンとショックを受けるシャマル。
違うもん違うもん、と呟く彼女。
それを横目に、シャマルと会話していた青年は医務室へやってきた患者を、遅い、喚くな、と黙らせた。