「こちらスターズ03、ティアナ・ランスター。ケースを確保しました」
『ご苦労様、ティアナ。封印処理はしっかりとするように。
もし魔力が残ってないのなら、他の人へ――』
「いいえ、やります」
なのはへの通信にそう返して、ティアナは息を整える。
両手で握るデバイスはドア・ノッカーではなく、最新式のインテリジェントデバイス・クロスミラージュ。
橙色のデバイスコアへじっと視線を注ぎ、ティアナは口を開いた。
「頼むわよ、クロスミラージュ」
音声を出さず、クロスミラージュはデバイスコアを瞬かせる。
それを肯定を受け取って、ティアナはトリガーを二度、引いた。
オレンジの魔力光が集い、砲撃魔法に似たスフィアを形成する。
「シーリングシュート!」
そしてトリガーワードが紡がれると同時に、ケース――ガジェットが狙っていたことから中身はレリックか――に炸裂。
しっかりと封印処理が施されたことを確認すると、ティアナはそれを持ち上げた。
『ティア、そっちはどう?』
『終わったわ』
『じゃあ作戦終了だね。……なんだか、少し拍子抜けかも』
『……そうね』
短く念話を返して、ティアナは汗に濡れた前髪を払った。
今回の出撃は、新人である自分たちにとっての初陣となる。
作戦の内容は、108陸士部隊から連絡を受けた密輸物――レリックらしい、というのは後になって分かったことだ――の確保。
部隊が現地に到着してから対抗するようにガジェットが出現するも、さほど手こずらずに撃破し、こうして目標を達成している。
訓練の成果が出たこともあるだろうが、やはり作戦がスムーズに進んだ最大の助けは交替部隊が自分たちについてくれたことだろう。
小隊長であるなのはが空を抑え、地上は自分たちが制圧。ベテランたちにフォローをしてもらいながらの戦闘は、思っていた以上に楽だった。
スバルがいっていたことはこれだ。戦闘機人が出てこなければ、自分たちでガジェットの相手をしても余裕はある。
その上で交替部隊が手伝ってくれたのだから、成功して当たり前といったところか。
詰まっていた息を吐いて、ティアナはクロスミラージュをホルスターへと収める。
その瞬間、手が細かく震えていたことに気付いた。
……緊張が解けたみたい。
武装隊員として戦場に出たのは、これが初めてだ。六課にくるまでは救助部隊として働いていたのだから。
スバルと同じように拍子抜けだと思う部分もある。しかしそれ以上に、初陣を問題なく済ませることができたことが素直に嬉しい。
これはきっと自信に繋がるのだろう。客観的にそんなことを考える。
……それにしても、
「……過保護、よね」
『what?』
「こっちの話よ」
緊張感が解け、余裕のある今だからこそそう思えるのだろう。
教導隊にしっかりと指導され、新型のデバイスを託され、初陣に相応しい咬ませ犬的な難易度の作戦を宛がわれる。
これからを期待されているからこその待遇なのだろうけれど。
使い捨てるのではなく、しっかり戦力として自分たちを使うための育成期間。おそらく、今日がそれの最後だったのだろう。
これからは作戦も訓練も難易度が上がってゆくのではないだろうか。
……やってみせるわ。ここまでの待遇と期待を寄せられているんだから。
そう胸中で呟き、ティアナはそっとポケットに触れる。
その中に収まっているのはデバイス――クロスミラージュではなく、ドア・ノッカーだ。
この部隊へと誘われたときのことを、ティアナは思い出す。
Bランク認定試験の終了に合わせて顔を出したストライカー級魔導師。スバルはなのはに、ティアナはエスティマに視線を釘付けにされた。
六課の隊員として働くという以外の目標――それぞれが憧れる魔導師へ近付くために、この部隊へいるのだから。
リリカル in wonder
はやる気持ちを抑えながら、スバルは道を進んでいた。
先端技術医療センターの戦闘機人に関する区画。ナースセンターで立ち入る許可をもらうと、彼女は迷いのない足取りで病室を目指す。
人気の少ない廊下の先にあるのは、姉、ギンガのいる病室だ。
ノックをして返事があるのを確認すると、スバルはスライド式のドアを開く。
病室の中にはベッドに横になったギンガの姿がある。が、痛々しさは既にない。もう退院が近いと聞いている。捜査官として現場復帰するのはまだ先だろうが、日常生活に問題はない。
「きたよ、ギン姉!」
「いらっしゃい、スバル。……それは?」
「えへへ、お土産」
そういって、スバルは手に持っていたビニール袋をベッドサイドの棚に置いた。
「クッキーだよ。シャマルがお裾分けしてくれたの、持ってきたの」
「シャマル……ああ」
そういって、思い出したようにギンガは頷いた。
同僚のシグナムと同じ境遇の少女がいると、思い出したのだ。
「お大事にって」
「そう。今度、お礼をいわないとね」
「うん。そうだギン姉、具合はどう?」
「いいわよ。もうじっとしているのが辛くて辛くて……まぁ、腕はそんなに動かないんだけどね」
そういって、ギンガは苦笑する。
生体部品の交換として新しく付けられた腕だが、まだ神経が馴染んでいなかった。
それでも片腕を失わずに済んだのは、やはり自分が戦闘機人だからだ。
心配こそさせたものの、父や妹を悲しませずに済んだことは申し訳ないと思いつつも有り難かった。
「早く前と同じように動かせると良いね。リハビリ、付き合うから頑張ろうよ」
「ありがとう」
「……っと、そうだギン姉! 今日はね、ちょっとしたニュースがあるんだよ!」
会話が途切れそうになった瞬間、思い出したようにスバルが声を上げる。
「どうしたの?」
「えっとね、遂に私たち、フォワードとして現場に出たの。それで、見事に目標達成。
問題なく事件を解決できたんだ!」
「すごいじゃない」
「うん……なんて。けど、交替部隊の人やなのはさんたちに助けて貰ったんだけど。
やっぱり、なのはさんに見守って貰っているって思うとすごい安心するんだ。
それでね――」
興奮した様子で近況を報告するスバルに相づちを打ちながら、ギンガは妹の様子をじっと見る。
話題を途切れさせないよう話続けるスバル。自分を元気づけようとしてくれる気持ちが痛いほど伝わってくる。
そう、痛々しいほどに、だ。
必死にすら見えるその姿。こうなった原因は、やはり自分のせい――母が死んだ時のことをどうしても思い出してしまうのだろう。
家族を失ったその記憶が、今回のことで掘り起こされたのではないだろうか。
いや、母を失ったのはもう随分と昔のことだ。覚えていることが殆どないといっていい歳の話。
自分だって、覚えていることといったら――
「……ギン姉?」
「……ん?」
「なんだか、ぼーっとしてたよ。大丈夫?」
「大丈夫よ。ちょっと考え込んじゃってね。退院したら何しようかな、って」
「あー、それは考えちゃうよね。リハビリは勿論だけど、それ以外にもやることあるし!」
「うん」
……覚えていることといったら正直な話、母が死んだことよりも、ある人を怨み続けたことの方が大きい。
今思えば、ああやって怨むことで自分たちは救われていたような気がする。
母を救ってくれなかった人がすべて悪いと思いこみ、悪役に仕立て上げ、悲しみの変質した怒りを向けて。
随分と歪んだ在り方だとは思うが、それでも、自分たちは明確な敵がいたことで救われていたのではないだろうか。
……こんな風に達観できているのも、母の死から月日が経ったからだろうか。
いや、それもあるけれど、考え方が変わったのは母が死んだ原因――となっているあの人の言葉だろう。
少し考えれば分かることだが、自分たち姉妹は首都防衛隊第三課が壊滅したときの状況を知らない。
知る権限がない、というのもある。だというのに、自分たちはなぜ彼を怨むようになったのだろう。
それも、少し冷静に考えれば分かる。子供染みた単純な思考で恨み言をいい、彼はそれを甘んじて受けた。
だからこそ深く追求せず、自分たちは彼が悪いと思っている。彼も弁解も弁明もせずに口を噤んでいる。
酷く分かりづらいが、それも一つの優しさだったのではないだろうか。今になって、そう思う。
誰かを怨むというのは、酷く疲れるのと同時に酷く楽なのだ。
関係のないことすらも恨みの対象へと向けて、逃げることができる。
客観的に見てどう考えても醜いその感情だが、その逃げ道がなければ自分たち姉妹はもっと厳しい幼年期を過ごしていたのではないだろうか。
……母が死んだ時に、一体何があったのだろうか。
病院のベッドで横になるようになり、自由な時間が増えて、ギンガはそれをよく考えるようになった。
それに、自分が戦闘機人に撃破されたということも関係あるだろう。
戦闘技術が低くとも、そのスペックだけでストライカー級魔導師に匹敵する存在。
Type-Rと呼ばれているソレとは違っただろうが、当時の、今の自分たちよりも幼かった彼が戦っていた戦場はどれほど熾烈だったのだろう。
それを知る術はない。父は三課が壊滅した事件のことを調べているようだが、真相を知ったとしても自分たちに話すことはないだろう。
そして生き証人である彼――エスティマ・スクライアは、何も話してくれない。
しかし、彼の面倒を見て、まるで許しているかのように振る舞う父の様子を見れば、なんとなく察することはできる。
自分たちが真実を知る時は、果たしてくるのだろうか。
もしその真実が自分たちにとって都合の悪いものだった場合、素直に受け容れることができるだろうか。
もしその真実が想像していた通りのものだったとしたら、自分たちは彼をどうするのだろうか。
「……ねぇ、スバル」
「ん、何? ギン姉」
「エスティマさんは、どうしてる?」
「……ああ、部隊長」
彼の名を出した瞬間、怒りともなんとも形容しがたい表情を、スバルは作った。
――きっと自分も、あの戦技披露会のときに彼の言葉を聞いて当時のことを考え直さなかったら、スバルと同じままだっただろう。
それが良いことなのか悪いことなのかは、まだ分からない。
いつか自分たちが明確な答えをもらえる日は、くるのだろうか。
いつかと同じように、あの人と禍根もなく笑い合えるような日は、戻ってくるのだろうか。
「ねぇ、スバル」
「ん?」
「部隊の人とは、仲良くするようにね?」
「あはは、言われなくても大丈夫だよ。ティアと仲が良いの、知ってるでしょ?
それになのはさん、優しいし。心配しなくても平気だから!」
そうじゃない。とは、いえない。
ようやく順調な滑り出しを始めた妹を悩ませるなんてことが、ギンガにはできなかった。
申し訳なくは思うけれど、もう少し。もう少しだけ――
「あ、エリオくん!」
男子寮へ戻ろうとしていたところを呼び止められて、足を止めたエリオは振り返った。
向いた先にいたのは、キャロとフェイト。二人は制服ではなく、私服に着替えている。
どこかへ行くのだろうか、と思いながら、エリオは首を傾げた。
「どうしたの、キャロ」
「うん。これからフェイトさんと一緒に、少し外へ出るの。
それで、エリオくんも一緒にどうかなって」
「えっと……」
どうしようか、とエリオは考える。
キャロはご機嫌な様子で、にこにことこっちを見ていた。断ってこの表情を曇らせるのはどうなのだろう、と思ってしまう。
フェイトの方を見てみれば、彼女は困った風に笑っていた。
一応エリオにもこれから予定があったのだが、それは後回しにしても良いか。
予定といっても、親――両方の親に初陣があったことを電話で伝えるだけなのだし。夜でも良いだろう。
「じゃあ、一緒に行ってもいいかな?」
「うん!」
「ごめんね、エリオ。じゃあ、着替えてくるまで待ってるから」
「はい。急ぎますね」
そういって、エリオは自室に直行する。
妙にはしゃいでいるキャロの様子は一体どうしたことなんだろう。そう考えて、すぐに思い至る。
きっと初陣を終わらせたご褒美か何かなのではないだろうか。
仲が良いなぁ、と少しだけ羨ましく思ってしまう。兄のクロノはそういったことが苦手な節があるし。
その分、エイミィやリンディに遊んでもらったりしたのだが、やはり同性に遊んでもらうのは勝手が違う。
そういえば兄さんとも最近は合ってないなぁ、と考えながら、エリオは支度を調えてフェイトたちの元に戻った。
そこからバスで移動し、クラナガンの繁華街へと。
まだ日が高い時間だからか、通りにはたくさんの人が出歩いている。
その中を三人は歩いて、デパートなどでウィンドウショッピングを始めたり。
二人が服を見始めると、どうにもエリオは場違いな気がして肩身が狭かった。
母や義姉などに連れられて買い物をしたこともあるから気後れはしないが、なんとも。
ついてきて失敗だ、とは思わないにしろ、手持ち無沙汰になってしまう。
フェイトと一緒になってはしゃぐキャロを見ながら、ふと、エリオは数時間前にあった任務のことを思い出していた。
任務の内容ではなく、初陣に出て緊張していた自分たちのことを、だ。
自分はまだ良かったが、キャロの方は萎縮してしまって訓練通りに動けていたとは言い難かった。
それでも小隊長、副隊長のはやてとリインフォースに励まされ、フリードに引っ張られてなんとか任務を完了させることができたのだから、大したものだ。
これからも緊張が解れないことがあるかもしれないが、今度は余裕のある自分が彼女をフォローしてあげよう。
なんといっても、男の子なのだし。
しかし一歩離れてはしゃいでいるキャロを見ていると、彼女が竜召喚のレアスキル持ちで、強力な竜を従えていることが嘘のように思えてしまう。
おそらくキャロが本気になれば、自分よりもずっと六課の戦力として戦えるだろうに。
そうしないことに腹立たしさがあるわけではない。彼女が戦いを好まない性格だというのは、同じ小隊員として訓練を重ねてきたから十分に分かっている。
キャロに対して思うことは、今のような感性をずっと持っていて欲しい、ということだった。
悲しいことを悲しいと云い、悪いことを悪いといえるような純真さは大切だと思う。
大きな力を持っているからこそ、それを振るうことに躊躇いを持つ。それはとても重要なことではないのだろうか。
「エリオくん!」
「……ん、あ、はい!」
名を呼ばれ、エリオは彼女たちの方に駆け寄った。
まだまだ買い物は続きそうだ。
けれどそれで、慣れないことをして溜まったストレスが解消できるのなら付き合おう。
なんとも兄の義理堅いところが似てしまったエリオは、嫌な顔を見せず僅かな休暇を楽しんだ。
「これで良し、っと……」
退勤の準備を終えると、俺は隊舎をあとにした。
まだ働いている部下もいる状況で一足先に帰るのは心苦しいが、今日ばかりは残業するわけにはいかない。
一度男子寮の自室に戻り、制服から私服へと。
気のせいか部屋が妙に片付いている気がするが……きっとまた、フェイトがやってくれたんだろう。
ううむ。寮母とはいえ、勝手に部屋に入って良いものなのだろうか。
これって職権乱用なのでは、などと思いつつ、シャツにジーンズ、その上からジャケットを羽織って部屋を出た。
Seven Starsは胸元ではなくポケットに。財布も忘れていないことを確認すると、俺はタクシーを呼んでクラナガンの市街地へと向かった。
適当なところで下りると、雑踏の中に踏み込んでそのまま進む。
適当な曲がり角に入ると、フェレットに変身して人では通れない道を行く。
何故こんな行動をしているのかといえば、半ば趣味、半ば仕事、と。
そうして歩き続けていると、クラナガンの外れ、廃棄都市区画にほど近い場所へと出た。
もう夕日は沈んでおり、顔を出した路地は毒々しいネオンと中途半端な暗闇で構成されている。
廃棄都市区画の近くには、どうにも管理局とはお近づきになりたくない者たちが集まっているらしい。
中将もその辺りのことに頭を悩ませていたが、それは別の話。
目的地を目指しながら、俺は黙々と足を動かす。
そうして到着した場所は、開いているのか閉まっているのかも分からない喫茶店だった。夜になると酒も出す類の。
扉を開け、軽やかなドアノブの音を聞きながら店の中を見回す。
すると、奥の席に待ち合わせをしていた彼女を見付け、マスターに会釈をしつつ進んだ。
「ん……? よー、エスティマ」
「や」
片手を上げて応じると、彼女は吊り上がりがちな目を緩めた。
肩口まで伸びた赤紫の髪が、僅かに揺れる。
彼女の服装は、白のブラウスにロングスカート、といった、おそろしくシンプルなもの。
普段の髪型や服装を知っている俺からすれば、どういうことなの……といった感想しか出てこない。
が、少し考えれば分からないこともない、か。
落ち着いた服装はあの人の好みか。だから彼女もそれに合わせているのだろう。
この格好をあの人に見せているのかどうかは分からないが。
「で、どーよそっちは」
「ああ。新人たちの初陣は無事に終了。まぁこれからは、奴らに経験積ませつつ、ってところかな」
「順調なみたいで何よりだな。アタシたちの方も、特には。
ただ、ようやく前から言われてたのを見付けたから、少し動きがあるかもなー」
「……なんだって?」
「けど、全部ってわけじゃないから」
「……そっか」
溜め息を吐いて、思わず額を抑える。一瞬で頭に血が上るのは悪い癖だ。
「ああ、それと、やっぱり例のお姫様だけど、ウチにはいないみたいだぜー。
データベースによると、聖王教会が保護した、ってことになってる。
けどアイツら、平気な顔してエスティマんところに文句いってきたんだろ?」
「……まぁね」
「あーやだやだ。これがベルカのやることかよ」
まったく、とぶつぶつ文句をいっていると、マスターが無言でトレーに乗せたコーヒーとケーキを持ってきてくれた。
寡黙なこの人は、どうやら老後の楽しみでこの店を開いているのだとか。
道楽でやっているから、営業日は不定休。そのせいで客が寄りつかない。味は良いのだけれど。
どうも、と頭を下げて彼女と向き合う。
コーヒーをブラックのまま一口飲むと、話を続けた。
「まぁ、教会が一枚岩でないのは知っているさ。俺の友人がそれを知っているのかも微妙だし」
「そっか。関係ないと良いな。隠し事はされるのもするのも気分悪い。
……んー、相変わらずここのケーキは美味いなぁ。テイクアウトしてもらおう」
「……俺の払いなんだけどね、ここ」
「いいじゃないかよぉ、アタシだって仕事してんだ」
「その分の給料はあの人に渡してるんだけど……」
「嫌だよ、金をせびるなんてみっともない」
「そうかい」
そうともさ、と彼女は頷き、フォークでチーズケーキを崩す。
それを口に持っていくと、幸せそうに表情を蕩けさせて――けれどすぐに申し訳ないような顔をした。
「ルールーも連れてきたいんだけどなぁ」
「やめろ馬鹿。ただでさえバレてるかもしれないってーのに」
「馬鹿はないだろ、馬鹿は! ったくもー。
……けどまぁ、言ってはみたけどどうなんだろ。ルールー、なんかお前のこと目の敵にしてる節があるし」
「そうなのか?」
「んー、あの子あんなだからいつもは分かりづらいんだけど。
けど、だからこそ感情が少しでも出ると丸わかりなんだよな。
お前、なんかしたの?」
「心当たりはないよ。実際に顔を合わせたことは……まぁ、覚えてないだろ。まだ赤ん坊の時の話だし」
「そっか。なんでなんだろうなぁ」
と、聞かれても俺に分かるはずがない。
彼女の言うルールー――ルーテシアとは、十年近く顔を合わせていないのだから。
思い当たる節はない。が、なんとなくは想像できたりする。大方、スカリエッティかクアットロに何かを吹き込まれたのだろう。
それが厄介じゃないと良いが……まぁ、期待するだけ無駄か。
ギンガちゃんやスバルと同じ方向って線もあるが、あれは俺が近くにいるからこその感情だろうし。
「ま、とにかく、お仕事ご苦労様。これからもよろしく頼むって言っておいて。
……というか、あの人は後ろでこそこそするのが苦手だから、ほとんど君がやってる気が……」
「……そこはお前、気にしちゃ駄目だって。アタシはただの使いっ走りなんだから」
「……そうだね」
その後、ほんの少しだけ雑談をして俺たちは別れた。
一緒にいた時間は三十分ほどだろうか。
ケーキの箱を片手に帰って行く彼女を見送って、俺も帰路につく。
帰りにどこかへ寄っていこうか。そんなことを考えていると、携帯電話にメールが入った。
何事かと見てみれば、中将から夕食のお誘い。
場所はここからそう遠くはない、高架下のおでん屋。
俺はまだ酒が飲めないというのに……。
「……それにしても」
……平和だ。
この間、大事件があったばかりだからだろうか。
動きのない状況に焦りを感じるほどではないが、それでも、のんびりした分大きなしわ寄せがあるんじゃないかと思ってしまう。
いつまでもこんな日が続けば良いのに。