「なん……だと……」
『悪ぃ、駄目か?』
「いや、良いんですけどね……」
通信画面の向側にあるゲンヤさんの顔は、なんとも申し訳なさそうなもの。
この人には色々と恩があるし、無下に断りたくはないんだけれど。
『新人らを貸してくれるだけでいいからよ。頼む、エスティマ』
「……はい、分かりました」
『本当、すまねぇ』
「いえ、良いんですよ。新人たちにも警備任務は経験させておきたかったので。
では、こっちのスケジュールを調整しますから、打ち合わせは後日」
『おう。ありがとな』
そういって、通信が切れる。
ゲンヤさんの顔が完全に消えたのを確認すると、俺は溜め息を吐きながら椅子に体重をかけた。
「あの……部隊長?」
「なんだグリフィス」
「新人たちに警備の経験を積ませるのは良いのですが……よろしかったのですか?」
「まぁ……なぁ」
何か言いたそうなグリフィスに、なんともいえない返事をする。
今さっきゲンヤさんからあった通信は、ちょっとした頼み事だった。
ギンガちゃんが抜けてシフトが崩れがちな108陸士部隊に、大きな任務が舞い込んできた。
それに必要な魔導師の数が足りないから手を貸してくれ、という話だ。
108の行う任務は、ホテル・アグスタの警備。
ロストロギアの密輸入の捜査を担当している108部隊が行うことになったのだ。
が、ギンガちゃんが抜けたせいでそれも叶わず。
どこの部隊も余裕がないということなので、ウチの新人たちを借りれないかという話に。
本来ならば六課が行うはずの任務だが、今の六課は結社対策のために動く、という理由があるため声がかからなかった。
新人たちがいなくても交替部隊、それにフェイトがいるのだからよっぽど規模の大きい戦闘が起きない限り問題はない。
それにさっきも云ったように、ゲンヤさんには色々と恩がある。断ることなんか出来やしない。
が……ホテル・アグスタにはあまり関係したくなかったんだがなぁ。
既に役に立たなくなっている原作知識では、確かティアナがミスショットをする舞台となっている。
それと同じことが絶対に起きるとは誰も言い切れない、というか、起きない確立の方が大きいだろう。
けれど、部隊が順調に動き始めた今、余計なトラブルは起こしたくない。
……しょうがない。またあの人に頼るか。
目に見えないところで働いている六課の隊員の顔を思い浮かべ、つい眉間に皺を寄せた。
「……グリフィス、シフト調整を手伝ってくれるか?」
「はい。部隊長が決めたことなら、僕は口を挟みませんよ」
「そりゃどーも」
リリカル in wonder
それは三年前のこと。
爆音と共にドアが破られる。炎と共に立ち上る煙。
その向こう側からゆっくりと姿を現す影を、レジアスはじっと見つめていた。
傍らに立っていたオーリスが躊躇も何もなく、レジアスを庇うように両手を広げて前に出る。
「よせ、オーリス」
それを止めるために口を開き、レジアスは薄く目を瞑る。
そして再び目を開くと、視界の中心には一人の男がいた。
彼を目にして、レジアスは懐かしさを覚えると共に、思わず目を逸らしたい衝動に駆られる。
しかしそれを必死に押し殺して、僅かに唇を噛んだ。
「……手荒い来訪ですまんな」
「……ぜ、ゼストさん!?」
侵入者の姿を目にして、オーリスが驚きを滲ませた声を上げた。
それもそうだろう。
数年前ならばこの場に顔を見せても、なんらおかしくはなかった人物。
しかし、今は違うのだから。
戦闘機人事件の前にあった、研究施設への踏み込み捜査。
その際に、エスティマを残して壊滅した首都防衛隊第三課。当時の隊長であるゼスト・グランガイツは、その時に死亡しているはずなのだから。
だがそうではない――いや、本当に死にはしたのだろうが――ことを、レジアスは知っていた。
あくまで可能性の話としてだが、レリックウェポンとしてゼストが生きているかもしれないと、エスティマから聞かされていたのだ。
だから驚かない、というわけでもない。理由はそれだけではないのだが。
……それはともかく。
「なぜ俺がここへきたのか、分かるか?」
「……ああ」
ドアを破砕した際に上がった煙が晴れて、レジアスはようやくゼストの顔を見ることができた。
外見は何も変わっていない。自分とほぼ同じ年齢だというのに若々しいのは、魔導師の特権か。
ただ、重傷ではないにしろ怪我を負っているのはどういうことだろうか。
スカリエッティ側にいるゼストがガジェットに攻撃する必要はないだろうし、彼がガジェットの攻撃を受けるとも思えない。
実際のところは彼が勝手な行動に出ないよう監視していたチンクを振り払ってきたからなのだが、レジアスがそれを知っているわけがない。
「……その怪我はどうした?」
「勝手な行動をとらないよう軟禁されていてな。少々、無理をして出てきた」
かつかつと固い靴音を立てながら、ゼストはレジアスの眼前までやってきた。
そして、懐から二枚の写真を投げて寄越す。
机の上に舞い降りた写真。一つは、首都防衛隊第三課の集合写真。
そしてもう一つは、レジアスと共に映っているものだ。
「レジアス。聞かせてもらいたいことがある」
「なんだ」
「俺の部隊が壊滅したあの事件……お前は関与していたのか? 俺の部下は、お前が殺したのか?
そして――お前はエスティマをどうするつもりだ。俺のように使い捨ての道具にするつもりなのか?
答えろレジアス。これを聞くために、俺は生き恥を晒してまで、ここにきたのだ」
ゼストの問いに、そうか、とレジアスは胸中で呟く。
なんともゼストらしい。いや、人として当たり前のことなのかもしれないが。
レジアスは重い溜息を吐くと、写真へと視線を落とした。
色を失いつつある写真の中の自分たちは、まだ固い絆で結ばれていた頃の姿だ。
自分とゼストが、今のような関係になるなど微塵も思ってはいないだろう。
共に地上の平和を願っていた頃の――
「……答えろ、レジアス」
「ああ。……あの事件に俺は関与していた。黙認、とういう形でな。
だからこそ、あの研究施設に踏み込もうとしていたお前たちを、あの案件から外そうとしていたのだ」
「……それがどういう意味なのか、分かっているな?」
「ああ」
黙認していた。それはつまり、違法研究者であるスカリエッティを意図的に見逃していたということだ。
最高評議会の思惑があったにしろ、レジアスはミッドチルダの平和を願いながら犯罪者を見逃していた。
その結果が――今、自分たちの背後で行われている戦闘だ。
スカリエッティは結社などという組織を作り上げ、ミッドチルダを脅かすほどの存在になってしまった。
ゼストとの誓いを最悪の形で裏切ったことになる。
「……レジアス。お前は俺と共に目指した理想を裏切のか。だが、何故だ? どうしてお前は歪んでしまったんだ。
手段を選ばず手にした力にどれほどの価値がある。お前はそれを分かっていたはずだろう!?
俺だけならばまだ良かった……だが俺の部下を、決して日の目を見ない犠牲者たちを増やしたのは許せん」
いい、ゼストはデバイスの切っ先を持ち上げる。
それを目にしたオーリスは、再びレジアスの前へと出た。
「ゼストさん、父さんは――!」
「下がれ、オーリス!」
レジアスに怒鳴られてオーリスは肩を震わせるが、レジアスの前からは退こうとしない。
頑として力一杯に首を振りながら、ゼストとの間に割り込み続けている。
オーリスの肩越しに、レジアスはゼストを見る。
デバイスを持つ腕に力を込めるゼストは、やりきれない表情をしていた。泣いているように見えたかもしれない。
……どこで自分は間違ったのだろうか。
今となっては、分岐点を思い出すことはできない。
ただ、切っ掛けは分かる。力を欲して、今の地位に就いた代償として最高評議会の使いっ走りになり下がったのだ。
汚い手を使って地位を手にしたならば、その手段を手放すことはできない。
もし手放そうものならば、自分の犯した罪を問われて今の地位を追われただろう。
罪悪で塗り固められた地位に齧り付くだけの価値はあった。
しかしその代償として、倫理観だけではなく、友情すらも自分は売ったのだ。
その精算を迫られるというのならば、抵抗はしない。
レジアスはじっとゼストのデバイスを見つめて――
――オーリスと自分を包み込む、サンライトイエローのフィールドバリアが展開された。
続いて聞こえたのは、ガラスの砕ける甲高い音だ。
背後から何かが――いや、この魔力光を持つ魔導師にレジアスは心当たりがある。
最上階に近い場所のガラスが破れたことで、甲高い風切り音が執務室に木霊する。
それに混じって、
「……そこまで、です」
声変わりを果たしたばかりの声は、途切れ途切れの息と共に吐き出されていた。
頭上を見れば、そこには両肩にアクセルフィンを形成したエスティマの姿がある。
彼は音を立ててデバイスをゼストに向けると、ゆっくりと地に足を付けた。
「……エスティマ」
「お久し振り……です……隊長……」
脂汗を顔中に浮かべ、映えるような金髪は汗でびっしょりと濡れている。
なぜここに、と疑問が湧いてきたが、彼の姿を目にして安堵したオーリスを見て合点がいった。
おそらく、本部施設に侵入を許したと報告があった時点でオーリスが彼を呼んだのだろう。
レジアスはゼストがきたのだと分かっていたので、警備も何もつけないよう指示を出したのだが……。
「エスティマ……今は、三課の部隊長をしているそうだな」
「ええ。隊長の後釜として」
ゼストは、眩しいものを見るように目を細めた。
微かに笑みを浮かべて、しかし、すぐにそれを打ち消す。
「苦労をかけてすまない。お前には謝っても謝り切れん。……だが、謝罪は後だ。今は――」
「させません」
エスティマの足元にミッドチルダ式の魔法陣が展開した。
必死に呼吸を整えようとしているのだろう。出来損ないの口笛じみた吐息が漏れている。
満身創痍の状態なのは、無理もない。スカリエッティとの戦闘があり、その後は飛び回りながらクラナガンを襲っているガジェットを破壊して回っていたのだ。
むしろ、この場に間に合っただけでも僥倖だろう。
しかし彼はそれで由とせず、デバイスを握り、手に力を込める。
その様子に、ゼストはレジアスへ責めるような視線を向けた。
「レジアス、貴様。また俺のような……」
「いいえ、隊長。中将を守ろうとしているのは俺の意思です。
ミッドチルダがこうなった以上、中将を死なせるわけにはいかない。
……それに、俺との契約もある。
今更死んで楽になろうだなんて、虫が良い」
エスティマの言い様に、レジアスは微かな違和感を覚えた。
いつもとは違う、余裕のない言葉だ。荒んでいる、と言っていいかもしれない。
「隊長。あなたが何を思ってこの場にきているのかは、なんとなく分かります。
けれど、俺にはすることがあるんだ。そのために中将を断罪することは許しません。
この人には生き続けて、贖罪してもらう必要がある」
「……どうだろうな。このままレジアスをミッド地上の防衛長官とし続けるぐらいならば、海に介入された方がまだマシかもしれんぞ」
「今の混乱状態に拍車をかけるような真似をすれば、ミッド地上は立ち直ることができなくなる。
できても、今と同じ状態に戻るまでどれだけの時間が必要になると思っているんですか?
少しでも早く結社と戦える状態に戻るならば、この人を残しておくのがベターです。
……俺はまだ諦めてなんかいない。諦めてたまるか」
吐き捨てるような最後の呟きは、どこへ向けられたものか。
自分自身か。それとも、レジアスとゼストを責めたのか。
そんなエスティマを、若いな、とレジアスは思った。
随分と昔に自分が失った純粋さか。諦めの悪さといえるかもしれない。
「……エスティマ、お前は何を望む? この最悪ともいえる状況で何を成そうとしている?」
「俺はただ、取り戻したいだけです。もう取り戻せないものはある……けれど、まだ間に合うかもしれないものもある。
今も昔もそれは変わりません。手遅れなんかじゃない。最悪でもない。戦える限り諦めない。
俺はまだ、自分自身に見切りをつけていない」
「それはお前の思い違いかもしれん」
「なら、その思い違いに気付くまで足掻きましょう」
エスティマの言葉を最後に、しん、と執務室は静まりかえる。
外からは戦闘音が響いてくる。破られた窓枠から入り込む強風に、エスティマとゼストの髪が踊る。
そうして、二人が睨み合いを始めてから、どれだけの時間が経った頃だろうか。
くっ、とゼストが苦笑を浮かべ、デバイスを下ろした。
「青さは抜け切れていないが……いい騎士になったな」
「……俺はミッド式の魔導師ですけど」
「細かいことを気にするな。……レジアス」
ゼストはエスティマからレジアスへと視線を移す。
「エスティマはこういっているが……お前はまだ、ミッドチルダの平和を願っているか?」
「……ああ」
「なら、俺はそれを見守らせてもらうとしよう。断罪か贖罪かは、後に決める。
逃げても無駄だぞ。次元の果てまで追い詰め、お前とは決着を付ける」
「分かっているさ」
ゼストの言葉に思わず苦笑してしまう。
戦闘態勢は解いたようだが、ゼストは自分を許してはいないだろう。
ただ、自分の後を継いだ者――エスティマの悪足掻きに付き合おうと思っただけなのだ。
おそらくゼストの心を動かしたのは、三課の壊滅に巻き込んだ負い目と、失ったひたむきさを持つ彼への期待か。
……この場合は、エスティマに感謝するべきなのかどうか。
まだまだ隠居も、楽になることもできないらしい。
意識が急に浮き上がりゼストは低い呻き声を上げた。
目もとを擦りつつ、いつの間にか寝てしまったのかと頭を振る。
寝起きだがすっきりとした感覚はない。むしろ、慢性的なだるさがより重くなっているような気がする。
それを気合いで振り払い、ゼストは身を起こした。
視界には一面の緑が広がっている。天気が良いからだろう。むせてしまいそうなほどの青い臭いが充満していた。
川辺に出れば少しは変わるかと思いながら、ゼストは足を動かし始める。
一度死に、仮初めの命を得てからずっと身体はこの調子だ。戦闘ともなれば今の状態が嘘のようになるのだが。
レリックウェポン・プロトであるエスティマ。そのデータをフィードバックして改造されたテストタイプがゼストだ。
身体への負荷を始めとしたあらゆる面で試作型を上回っているらしい、とは聞いている。
しかし、その軽くなった負荷でさえ今の自分には辛いものがある。
所詮は自分もエスティマもType-Rへの布石でしかない。元々、長くは保たないように作られているのだろう。
嫌な話だ。直接的にスカリエッティへ牙を剥こうとしている二人が、既に消耗しているとは。
さくさくと草を踏み締めながら、ゼストはひたすらに足を動かす。
そうしていると冷ややかな風が流れ始め、視界が開けると小さな川が見えてきた。
川辺まで行き、大きめの岩に腰を下ろすと、ゼストは何をするでもなく水面に視線を落とす。
エスティマと協力し、結社を崩そうと誓ってからもう三年が経つ。
それから今までの間に出来たことは、そう多くない。
殆どがエスティマの手が届かない場所へのフォローに回っているだけで、成果といえる成果を出せてはいない。
今日もこの場にきているのは、スカリエッティからの頼み事を聞こうとしていたルーテシアの代わりだ。エスティマからの依頼が重なったのは偶然に過ぎない。
色々なことを先延ばしにしているだけの現状。
何もしないよりはマシだとは分かっているが、それでも虚しさは込み上げてくる。
それに、ゼストがわざわざスカリエッティの元に残ってでも果たそうと思っている最大の目的も、まだ手の届かない位置にあった。
六課が設立されれば何かが変わると思っていたが、それもない。
焦りすぎなのか、エスティマやレジアスが悠長なのか。
ベルカの騎士である自分の性質もあるだろうが、長い目で物事を見ることがゼストはどうしても苦痛だった。
歳を取ってそれなりの忍耐力はついているが、それもこの三年で使い果たしてしまいそうだ。
が、なんの策もなく敵の懐に飛び込めば三課の二の舞を踏むことは目に見えている。
今はただじっと待つしかないのだ。そう自分に言い聞かせ、ゼストは時刻を確認した。
「……もうそろそろか」
『アギト』
『あいよー、旦那。もう起きたのか?』
『ああ。今、どこにいる』
『もうホテルの方に向かってるよ。まだゆっくりしてくれてて良かったのに』
『そうもいかんだろう』
『いいってば。動くのはアタシ一人なんだから、気にしないでって』
『……頼む』
苦々しい顔をして、ゼストは念話を止めた。
アギト――結社に吸収合併され、その過程で切り捨てられた違法研究組織の一つからゼストが救い出したユニゾンデバイスの少女。
彼女は基本的にゼストと行動を共にしていた。
助けて貰った恩を返す、とのことだが、こうも助けられっぱなしでは立つ瀬がない。
六課との連絡や結社の研究施設の探索など。そういったことが得意ではないゼストは、エスティマから依頼された事柄をほとんど彼女に頼っている。
力仕事は旦那の担当だからその時に、とアギトは云っているが、身体を気遣ってくれているのかそういった出番もない。
それもゼストの焦燥感を加速させる一因なのだが、アギトに悪気はないのだから責めるのはお門違いだ。そもそも責めるつもりもない。
どうしたものか、とゼストは再び溜め息を吐いた。
人間サイズになったアギトは、服装を大人しめの物に変えてホテル・アグスタへ真っ直ぐに伸びる道を歩いていた。
森の中にある宿泊施設へは車で行くのが普通なのだろう。歩くには少し辛い距離だ。
が、途中まで人目に付かないよう飛行魔法を使っていたため、疲れているわけではない。
目的地が見えてくる頃になると、アギトは魔法から徒歩へとシフトする。
遠目から見えたホテルに、物々しい警備だなぁ、とアギトは思う。
しかし、それも仕方がないのかもしれない。
ただでさえ今は結社のせいでロストロギアへの扱いは神経質になっているのだ。
そんな状況でオークションなんぞを開く金持ちの物好きを守るのもどうかと思うが、その中に管理局へ資金提供してくれている者たちがいるのだから仕方ないのかもしれない。
お役所仕事は大変だ、と他人事のように考えながら、アギトは入り口の警備に当たっている局員に近付く。
どうやら六課の者ではないらしい。ならば108陸士部隊か。
徒歩でこんなところまできたアギトに局員は眉根を寄せる。
それに気付かない顔をして、アギトはポケットからIDカードを取り出し、局員へと渡した。
「一応、六課の隊員ってことになってる。照合して確かめてくれよ」
「は、はい。分かりました」
「悪いね」
ロングアーチ00と記されたIDカードを受け取ると、指揮車の方へ急ぎ足で向かう局員。
その後ろ姿を見送るとアギトは、六課の隊員はどこかいな、と目を細めながら周囲を見回した。
散らばっている局員を眺め、その中に特徴的なバリアジャケットを四つ見付ける。確かあんな格好をしていたはずだ。
どこか緊張感を漂わせているのは、やはり新人だからか。警備任務で無駄に緊張すると疲れるぞー、などと声に出さずにアドバイスを送る。
初陣を終えてそれほど経ってないからだろうか。まだ初々しさは抜けていない。
実力の方がどんなものかは知らないが、まだType-Rと戦うのは時期尚早だろう。
やはり戦闘機人と戦えるのは――そう考えると、真っ先に思い浮かぶのはゼストだった。次点でエスティマ。
エスティマの戦闘を直接見たことはないが、数体の戦闘機人と戦って互角にやり合えるぐらいなのだから中々の使い手なのだろう。
それに、ゼストが信頼していることもあるし。
しかし、レリックウェポンとして改造されたからか、彼の肉体は限界が近いようだ。それも最近はマシになったようだが、気休めか。
エスティマが戦い続けてどれだけ疲弊したか知っているからこそ、アギトはゼストを戦わせたくなかった。
ベルカの騎士の本分は戦いだと、純粋な融合騎であるアギトは深く理解している。
しかし、それを行うことでロード――ゼストは仮の、だが――が死に向かってしまうのならば……もし戦うことが止められないのならば、せめて最高の死に場所を与えてあげたいと思っている。
そして、今の状況はとてもゼストに相応しい死に場所とは思えない。
それが見つかるまでは、何をしてでもゼストを戦わせてはならないと、アギトは一人誓いを立てていた。
「命を救ってもらったんだから、それだけの恩は――っと」
「お待たせしてすみません。お返しします」
「ども。そんじゃ、通らせて貰うよ」
局員に礼をいい、手をひらひらと振りながらアギトはホテルの敷地内へと進む。
スカリエッティの云っていた密輸物のありかは地下駐車場。局員としてそこへ入り込むのは容易い。
六課の隊員としてそのロストロギアを運び出せば、108陸士部隊の面子も潰さずに済むだろう。
問題はそのロストロギアがどんな代物か、ということか。
ロストロギアと云われてはいるが、その実、スカリエッティとは別の、結社に所属する研究者たちの作った成果物らしい。
偽装してスカリエッティの元に届けるはずが、手違いでこんなところに紛れ込んだとのこと。
厄介そうな物ならぶっ壊しておくかー、と考えながらコツコツと靴音を響かせ、アギトは地下駐車場へと入り込む。
途中で顔の合った局員に軽く会釈をしながら、悠々と足を進める。
「……ここか」
トラックのナンバーをいくつか見て回り、ようやく目標を見付けた。
局員とは別の、運送会社の者に事情を説明してトラックの荷台を開けて貰い、どれだかなぁ、と呟きながら一つ一つにサーチをかける。
そして、
「これだ!……って、ちょっとデカイな。ぶっ壊して中身だけ持ってくか」
小さく息を吐き、シールドバリアを張った手刀を木箱に振り下ろす。
小気味の良い音と共に木箱が砕け散り、その中から出て来た物を見て、アギトは首を傾げた。
「……なんだこれ」
そもそも何が入っていてもアギトでは分からないだろうが、それにしたって珍妙な代物が出て来た。
工事現場に並んでいる三角コーンをバスケットボールほどに小さくして、真っ白に塗ったというか。
持ち上げてみれば、重さは二、三キロといったところ。
中から微量の魔力反応が出ている以外、なんらおかしいところはない。
どうすっかなぁ、とアギトは途方に暮れた。
「……結局何も起きなかったわね」
「……駄目だよティア。その言い方だと、何か起こって欲しかったみたい」
「そんなことはないけど……」
呟きつつ、ティアナは肩を落とした。
既にオークションは終わり、局員も撤収作業に移っている。
会場の警備に当たっていた六課の新人たちは、誰もが疲れを顔に浮かべていた。
それもそうだろう。ようやく部隊の一員として働き始めたというのに、こんな肩透かしの仕事をする羽目になったのだから。
「仕事を選べないのは分かるけど……なんか悔しいわ」
「僕も……」
はぁ、と一緒に溜め息を吐くティアナとエリオ。
そんな二人を、スバルとキャロは苦笑して見ていた。
――そんな新人たちの姿を、眺めている者がいる。
銀色の虫の形をした、機械とも生物ともとれない召喚獣。
それを介して、一人の男――ジェイル・スカリエッティはモニターに映し出される面々を眺め、くつくつと控え目な笑いを漏らしていた。
そう、控え目だ。
モニターに映っている者たちに興味は惹かれるものの、それだけ。彼を満足させてくれそうなものではない。
スカリエッティの目を釘付けにしているのは、彼らの上に立つ者なのだから。
もし彼らを巻き込んでの騒動を起こしたらどうなるのか。
結社の責任者という立場が実行に移すことを躊躇わせるために、妄想するしかないのがスカリエッティは残念でならなかった。
「……ふむ。どうしたものかね。完全稼働となった六課と手合わせしたいのも山々なのだが」
手段のための目的がない。困ったものだ。
アギトが回収してくれた物のテストも行いたいというのに。
何かなかっただろうか。
そう思ってデータベースを弄ってみると、ふと、面白い報告が上がっているのを思い出す。
聖王のクローンが完成間近。しかし何者かが嗅ぎ回っているため――
「どうせ賤しい教会の者だろう。完成を待って横取りする算段かな?
よろしい。それに乗るのも一興。
ハハ……さぁ、忙しくなるぞ……!」
ガタ、とけたたましい音を上げて椅子を倒して立ち上がると、スカリエッティは両手を挙げる。
そして、馬鹿みたいに大口を開けて哄笑を薄暗い研究室に響かせた。
「アハハハ……! ああ、楽しみだよ!
どうするかね? どうしてくれるのかね!?
我々のゴールは近い。君たちがそれに抗う力を持っているかどうか……最後の確認といこうじゃないか!」
返事を一切期待せず、スカリエッティは画面の向こうにいる者たちを笑う。
向こう側にいる者たちは、嘲笑われているのを知らぬまま、ただ平穏の中にいる。
スカリエッティにしてみれば、すべては掌の上だ。
ゼストやアギトが何かをしているようだが、ルーテシアが人質となっているのだから迂闊な行動も取れまい。
すべてを覆す――聖王のゆりかごが浮上する時までの僅かな時間で、只人がどう足掻くのか。
スカリエッティにはそれが楽しみで仕方がなかった。