廃棄都市群の地下を、ヴィータを先頭にフォワードたちは進んでいた。
ガジェットとAMFの反応はあるも、姿は見えず。ならば敵はどこだと探せば、地下から地上へとAMFを発生させていることが分かり、五人は地下へと降りた。
先頭を突き進むヴィータと、それに続くエリオとスバルの背中を眺め、その上キャロに気を回すティアナ。なんだかんだで、彼女は神経を削る役回りだった。
空戦型ではない自分は歩いて進むしかない。しかしヴィータは狭い空間でも器用に飛行魔法を使って進み、スバルとエリオは言わずもがな。
それになんとかついて行くティアナは、キャロを置いていかないように気を付ける。
華奢で体力のないキャロにとって足場の悪い地下を駆け回る状況は、あまり良くないだろう。
無論、ヴィータもそれを分かっているのだろう。生かさず殺さず、といったペースを維持して五人はガジェットを破壊して回っていた。
『ティアナ、キャロは大丈夫か?』
『はい』
『そっか。面倒見させて悪ぃな。アタシが直接聞いたら、無理でもいけるって答えそうだし』
『そうですね』
良い子なのも考えものだ、とヴィータからの念話を聞いてティアナは思った。
『とっととガジェットぶっ壊して、AMFを消すぞ。そうすりゃ、エスティマもちったぁ楽になんだろ』
『はい』
念話に頷き、ティアナは孤立している部隊長に想いを馳せた。
あの人は大丈夫だろうか。まさか戦闘機人にやられてないわよね、などと考える。
しかし不謹慎な想像をしても、ティアナにはエスティマが負ける場面を思い浮かべることができない。
ティアナにとってエスティマとは、魔導師の象徴、いつか自分がたどり着きたい――同時に、たどり着けないともどこかで思っている――憧れなのだ。
そんな人が負けるだなんて、あるわけがない。
身体を動かし続けているからか、ヘリに乗っていたときに抱いていた不安や焦燥は大分なくなっていた。
自分たちを鍛えてくれている、なのはが救援に向かったということもあるだろう。
教導を受けているからこそ分かる。雲上人といっても過言ではない技量を持った魔導師が助けに入って、その上に限定解除。
あとは自分たちがガジェットの掃討に成功すれば、なんの問題もなく戦いは終息に向かうんじゃないだろうか。
そんなことを考えていると、先頭を進んでいるヴィータが速度を落とした。耳に手を当てているから、念話を受けているのだろうか。
「……うし。おめーら、良く聞け。救援が届いた。
ここで小隊を二つに分けて、向こうと合流してもらう。ピッチを上げるぞ。
スバルにキャロ。おめーらは108のところに行け」
「……108?」
「おう。ギンガとシグナムがきてるとよ。キャロをおぶってってやれ」
「分かりました!」
そういってスバルは速度を落とすと、キャロを背負って私たちから離れてゆく。
それを見送ったヴィータは、速度を更に緩め、終いには動きを止めた。
「……ヴィータ副隊長?」
不思議そうにエリオは声を上げる。それは、ティアナも一緒だった。
どうしたのだろう。そう考えるも、ヴィータは応えない。
ただアイゼンを肩に担ぎ、何かを警戒しているようだった。
今三人がいる場所は、地下に広がる下水道が繋がる開けた場所だった。
下に水が張っていることもない。資材搬入スペースか何かだろうか。
落盤を防ぐためか、広場には何本もの柱が規則性を持って立っている。
その中の一本から、ふらりと、
「やー、ようやくバラけてくれたっスねぇ」
こつこつと足音を響かせ、物陰から姿を現す者が。
「……やっぱりいやがったか」
「はっはっは……それにしても、よく分かったっスねぇ」
「無邪気な殺気がダダ洩れなんだよ」
音を立てて、ヴィータは僅かに浮かびながらアイゼンを構える。
姿を現した者――戦闘機人Type-Rのウェンディは楽しげに目もとを緩ませると、盾のようなデバイスを構えた。
戦闘機人。ヴィータと違い、それと初めて相対するティアナとエリオは身を固めた。
自分たちはどうすれば良いのか。散々訓練を重ねてきたというのに、そんなことすらも頭から抜け落ちる。
『聞け、おめーら』
その時、ヴィータから念話が届いた。
彼女はアイゼンを戦闘機人へと向けたまま、気を抜かずに視線を注いでいる。
『コイツは、前にアタシとシスターの二人がかりで戦った相手だ。
正直、面倒なことこの上ねぇ。戦うのは厳しいとも思う。
……けど、勝機はあるんだ。それを確実にするために、アタシはおめーらをここに残した。
――戦えるよな?』
『……はい!』
良い返事だ、と念話を止め、ヴィータは次に指示を飛ばす。
この場にいる三人だけで戦闘機人へと勝つ手段を。
「ヴィータ副隊長やティアさん、エリオくん……大丈夫でしょうか」
「大丈夫だよ、キャロ。みんな強いもん」
「そうですよね」
背中におぶったキャロに笑いかけて、スバルはマッハキャリバーへと魔力を注ぎ込みながら合流地点へと急いだ。
センサーの類を持つスバルは、あの場に戦闘機人が隠れていることを知っていた。
きっと大丈夫、とスバルは下水道をウイングロードで駆ける。
そうしていると、
『スバル』
『えっ――ギン姉!? 大丈夫なの!?』
届いた念話に、スバルは目を見開いた。
姉のギンガは少し前に退院し、今はリハビリの調子も上々でゆっくりと職場復帰を行う予定だったはずだ。
それが何故ここにいるのだろう。
心配半分、驚き半分のスバルに、ギンガは念話を続ける。
『無理行って出て来たの』
『そんな……駄目だよ、怪我だって治ったばかりなのに!
私たちだけで――』
十分だから、とはいえなかった。ヴィータに戦闘機人を任せたものの、自分の同類は一人じゃない。
何体の戦闘機人がエスティマへと割り振られたのか知らないが、まだ手の空いている敵がいても不思議ではないのだ。
それが分からないギンガではないだろう。
しかし彼女は苦笑する。
『そうね。けれど、確かめなきゃいけないことがあるのよ』
『確かめなきゃいけないこと?』
『ええ……お母さんに関することよ。
詳しいことは後で。今は合流を急ぎましょう』
釈然としないものを感じながらも、分かった、と応えるスバル。
お母さんのこと? そんな今更、何を確かめるというのだろう。
リリカル in wonder
『ダメージリンク正常作動。
負荷の一切をリインフォースⅡへと回します』
『出力安定。臨界稼働を維持。
イリュージョンフェザー、散布開始』
『ステータス、オールグリーン。
ツインブースト開始。マッシブパワー、アクセラレイション。
パラディンモード、完成ですよー!』
シャーリー、Seven Stars、リインⅡの声が次々に耳へと届く。
パラディンモードとは、この状態のことを指しているのだろうか。
なんつーネーミング、と思いつつも、エスティマは意識を両肩のアクセルフィン、それと背中のスレイプニールへと回した。
それぞれの羽で大気を打ち、ヘリから浮上する。
その際に違和感――いつもよりも思うように空を駆けることが出来たことに、胸が高鳴った。
思い描いたとおりに、願った形そのままに飛べる。今までは技術に頼る部分が大きかったというのに、今は違う。
背中のスレイプニールが追加されたことで、姿勢制御へと以前よりも気を回さなければならない。
しかし、その欠点を補って余りあるだけの運動性が手に入ったのではないか。
スレイプニールを可動させる度に黒い羽が宙に舞い、確かな手応えが返ってくる。
――これなら。
「ロングアーチ01、エスティマ・スクライア――目標を、駆逐する!」
ユニゾンを果たしたリインⅡからのデータがSeven Starsへと転送され、それがエスティマの脳裏、マルチタスクの一つへと流れ込んでくる。
敵の配置。現在の状況。そういったものを処理し、彼はなのはたちへと指示を出した。
『フェイト、お前は戦闘機人の三番を足止め。ザフィーラはヘリの護衛を。
Type-Rの相手は俺となのはがする』
『分かった、兄さん!』
『承知』
『……驚いた。てっきり、一人で相手をする、って言い出すかと思ったのに』
なのはからの念話にエスティマは思わず苦笑を漏らした。
それもそうだ。確かに、そのつもりがないわけではない。勝機もあると確信している。
しかし、そんなことをすれば治りかけの身体がどうなるのか分からない。
エスティマ・スクライアという人間は、もう行き当たりばったりの戦い方を許されてはいないのだ。
身を案じてくれる人たちの気持ちを裏切るようなことは避けたかった。
今がどれほど大事な局面か分かっているが、エスティマにとって、この戦いと親しい者たちの声は等価値――否、後者の方が重いのだから。
シグナムとの会話が脳裏に蘇る。
そうだ。簡単に命を投げ捨てるようなことなどできはしない。
それぞれが動き始める。
三体の戦闘機人を相手にしていたなのはとフェイトは分かれ、フェイトは集中的にトーレを狙い始めた。
降り注ぐ弾幕を避け、なのはへと接近しようとするトーレ。しかし、それを割り込んだフェイトが防ぐ。
姉を助けようと、空戦の二人は援護に入ろうとする。
しかしそこに、エスティマが、両手に握ったデバイスからのショートバスターを乱射しつつ割り込んだ。
ガン、ガン、とカスタムライトのカートリッジが炸裂する度、サンライトイエローの砲撃魔法が放たれる。
サンライトイエローの魔力光と漆黒の翼を撒き散らしながら、エスティマはオットーとディードの間に割り込む。
更にそこへ、十発ほどの桜色の誘導弾が突き刺さる。
エスティマの姿が今までと違うことに気付いたのだろう。オットーとディードは警戒を表情に浮かべながら距離を取る。
それぞれが持つデバイス、刀とグローブのデバイスコアが瞬くと、二人の身体から莫大な量の魔力が吹き上がった。
TDモード。レリックコアの内部に蓄積された魔力を開放し、ポテンシャルを限界以上に発揮する状態。
ディードはISを発動させて、なのはの方へ。
オットーは片手を天に掲げると、誘導弾を避けながら、身体から吹き上がる魔力で渦を描き、
「IS発動。術式、ホーミングレイ――行け!」
トリガーワードを経て放たれたものは、ISと魔法の融合した代物だった。
光の網を生み出しながら、幾重にも放たれた光条はエスティマへと殺到する。
上等、とエスティマは口角を吊り上げ、
『Sonic Move』
降り注ぐ光の雨に対して、エスティマは移動魔法を使用しながら回避行動を取る。その際にスレイプニールからは次々に羽が散った。
高い誘導性を持つオットーの攻撃は、直角の軌跡を描いて彼に追いすがる。
が、
「何……!?」
光の雨が打ち据えたのはエスティマではなく、何もない空間だった。
一体何が――そう、オットーは声を上げる。エスティマの稀少技能に付随するロックオン阻害機能の問題は既にクリアしているはずだ。
それに、今のエスティマは稀少技能を発動させてはいない。外すわけがないのだ。
攻撃があらぬ方向へ向いたことに、オットーは目を見開いた。
その隙をエスティマは見逃さない。まるでこうなることが分かっていたように、オットーへと真っ直ぐに突き進む。
高速型ではないオットーは、急接近するエスティマに反応できない。バリアを発動させようとするも、遅い。
「もらった……!」
一気に肉薄したエスティマは、ガンランスの刃に発生させた魔力刃を突き刺し、そのままショートバスターを叩き込んだ。
急接近の勢いを乗せたまま魔力刃を突き出し、吐き出された攻撃。
吹き飛ばす際にはブレードバーストまで発動させ、更に追撃をかけようとエスティマはSeven Starsを振りかぶる。
しかし、そうはさせぬと動く影があった。
『後ろです』
背後から斬りかかってきたのは、高速型のディード。彼女ならばエスティマにも追いつけるだろう。
第三の眼、というわけではないが、エスティマの死角をフォローするSeven Starsがそれにいち早く反応し、Seven Starsとディードのデバイスが激しく打ち鳴らされた。
同じ材質で作られたデバイス同士がぶつかり合い、火花を散らす。
リインⅡによる筋力強化を行われてはいるが、やはり戦闘機人との力比べは分が悪い。
徐々に押されるエスティマは歯を食い縛りながら、足りない力を推力で補った。
スレイプニールが羽を散らし、アクセルフィンが折れんばかりに身を捩る。
互角となった両者は、同じように舌打ちをして弾かれるように距離を取った。
「どんな手品か知らないけれど……オットー!」
「ぐ……分かってる」
魔力ダメージに顔を歪めるオットーが、ディードの声に従い次の行動を起こした。
両手へと魔力が渦を巻き、誘導弾が駄目ならば、と絨毯爆撃のように魔力弾が放たれる。
リインⅡからの軌道予測を頼りに回避行動を取りつつ、どうするか、とエスティマは考える。
稀少技能を使えば形成逆転は可能。しかし、エスティマにその気はなかった。
負荷を気にして戦うことなど、今までは模擬戦ぐらいだった。どうにもやりづらい。
しかし、この戦いで初めて切った札もある。
おそらく初見でしか通用しないであろう、スレイプニールの羽に仕込んだ幻影魔法。それを無駄にしないためにも、勝負は付けておきたい。
ストライカー級魔導師の援護があり、かつ、優位に戦いを進められる今だからこそ、必ず戦闘機人を、欲を言えばType-Rを仕留めたいところだ。
先にどちらを倒すべきか――判断に困っていると、視界の隅にこちらへと接近してくるディードの姿が映った。
小さく頷き、エスティマはリインⅡに発動と維持を依存したトライシールドを展開する。
それを一撃でディードは引き裂こうと、二刀のデバイスを振りかぶり、叩きつけた。
軋みを上げ火花を散らし、目前のシールドに亀裂が入る。
迫る斬撃から身を守るように、エスティマは背中のスレイプニールを動かし、黒翼で身を身体を包んだ。
守りに回ったエスティマに、殺った、とディードの口元が歪む。
刃がトライシールドを貫き、その奥のスレイプニールを引き裂く。
が――
刃が触れた瞬間に翼が爆ぜ、数多の羽が宙に舞った。
エスティマの姿はない。引き裂くはずだった敵は姿を消して、あるはずだった手応えもまるでない。
一体どこに、と視線を動かし、
「……どこを見ている」
声と共に、胸元からサンライトイエローの刃が突き出てきた。
魔力刃のため、血は噴き出ない。しかし鋭い痛みと、胸の中にあるレリックへの直接攻撃に身が軋む。
いつの間に背後へ。追撃から逃れるよりも、そんな疑問がディードの脳裏を占めた。
それに対する解答はない。敵へ懇切丁寧な説明をしてやるほど、エスティマは傲っていない。
ディードの背後にいるエスティマは、突き出したカスタムライトをそのままに、右手に握ったSeven Starsを振り上げた。
「フォトンエッジ――」
トリガーワードに反応し、突き刺された刃が伸びてディードをビルの側面へと叩きつける。
そして同時に、振り上げたSeven Starsの矛に生み出される魔力刃。天を突かんと伸び上がったそれを、エスティマは躊躇なく振り下ろした。
交差する形で降りかかる刃。為す術なくディード身体を刻まれる。
やはり血は出ない。しかし身を寸断されるような痛みは誤魔化しようがない。
二つの魔力刃は身体に食い込み、その奥にあるレリックを捉えた。
手応えを確かめるようにエスティマはそれぞれのグリップを握り締めると、
「――バースト!」
刃の形成に使われている魔力が切っ先――ディードの元へと集い、彼女の体内で炸裂した。
長大な魔力刃が形を失い、構成に使われていた魔力が内部で吹き荒れる。レリックを破壊するには一歩足りないが、それでも昏倒させるには十分な威力。
打ちのめした敵を確保するためバインドを発動させようとするが、しかし、エスティマはこの瞬間動きを止めていた。
魔力反応が周囲に生まれ、警告をSeven StarsとリインⅡから飛び出す。
しかし最速で展開されたライトグリーンの檻――キューブ状のクリスタルケージが、エスティマを閉じ込める。
しまった、と振り向けば、そこには無表情の中に仄かな怒りを覗かせたオットーの姿がある。
おそらくは、姉――妹を撃破されたからか。
彼女はクリスタルケージの維持に全力を注ぐ。半透明だった檻は色を濃くし、その強度を上げた。
生半可なことでは破壊できないだろう。
「ディエチ、お願い!」
動きを止めた上で確実に仕留めるつもりか。
エスティマは舌打ちをこぼし、
『なのは!』
『もう、仕方のない。どっち?』
溜め息混じりの呆れたような――けれど、出番がきたことへの喜びが滲む――念話がなのはから返ってくる。
ディエチ――おそらく、今は幻影――を指し示すと、ケージを砕くためのバリアブレイクを実行した。
しかし、早過ぎてはいけない。直前で回避行動を取らなければ、敵の砲撃は中断されるか、別の標的へと向けられるだろう。
リインⅡとSeven Starsのセンサーが伝える情報に神経を回しながら、その時を待つ。
そして、
『高エネルギー反応、三時の方向です!』
『バリアブレイク、実行します』
瞬間、一気に魔力を注ぎ込み、クリスタルケージを破砕。
イノメースカノンから閃光が瞬いた瞬間、アクセルフィンとスレイプニールで大気を打ち払い、ビルの影へと。
それと同時に、なのはも動いた。
既にフルドライブ――ヱルトリウムモードへとなっていた彼女は、砲撃を放つ。
マギリング・コンバーターが唸りを上げて戦場に散らばった魔力を集束し、カートリッジが炸裂、冗談にしか思えない巨大なスフィアを形成する。
「全力全開っ――ヱルトリウム、バスタァァァアー!」
そしてイノメースカノンに一拍遅れ、轟音と共に桜色の極光が空を薙いだ。
昼だというのに周囲が柔らかな光に照らされ、染まる。
その場にいる誰もが彼女へと視線を向け、息を飲む。
砲撃を放ち、姿勢を固定しているディエチに避けることはできない。
だがクアットロは違った。彼女は動きを取れない妹を見捨てて、離脱。
一人残されたディエチは、愕然とした表情をしながら閃光に包まれた。
急いで砲口を迫る砲撃へと向けるが、ヱルトリウムバスターは橙色の砲撃を真っ正面から打ち砕き、標的へと殺到する。
炸裂する魔力光。次いで、爆発。イノメースカノンに誘爆したのか。
回避行動を取ったエスティマも、行動に移る。
ディエチがやられたことでオットーは動きを止めていた。そこへソニックムーヴを発動させて背後から接近し、Seven Starsを一閃。
ゴキリ、と嫌な手応えに顔を顰めながらも、エスティマは追撃をかけるためにリインⅡへと指示を出した。
『捕らえよ、凍てつく足枷!』
念のためにと発動させたエスティマのリングバインドの上から、リインⅡのフリーレンフェッセルンが発動した。
氷付けになり完全に動きを止めたオットー。地面に落ちてゆく彼女にフローターフィールドを。次いで、チェーンバンドで氷塊を地面へと貼り付ける。
額の汗を手の甲で拭うと、エスティマは小さく息を吐いた。
やればできるじゃん、と自分自身を褒めてみる。パラディンモードの起動にエクセリオンを使ったものの、魔力負荷だって大して溜まってはいない。
また戦場に出るかどうかは分からないが、この調子なら、もし次があったとしても大丈夫なはずだ。
充実感のようなものが込み上げてきて、エスティマは薄く笑みを浮かべた。
『エスティマくん、砲撃型の戦闘機人は確保したよ』
『兄さん、ごめん。こっちは取り逃がした』
『いや、気にしなくても良いよ。頼んだのは足止めだけだったから。
……ありがとう、二人とも』
『あ、うん』
念話を返すと、どこか呆気に取られたような反応をされた。
そしてなのはから、それにしても、と、
『どういう風の吹き回しなの? エスティマくんが他の人を頼るだなんて。
……正直、ビックリしちゃったよ。嬉しかったけどね』
……こんなことで喜ばれる俺って。
あはは、と肩を落としながらエスティマは笑う。
……仕方がないのかもしれない。はやてだって、宗旨替えをしたことに対して変な顔をしたのだ。
が、すぐに表情を引き締めると、次の指示をなのはたちに出した。
まだ戦闘は終わっていないのだ。この戦場に残る戦闘機人を、可能なだけ狩らねば。
盛り返してみせる、と、この戦いではなく、自分自身を取り巻く状況に対して思い、エスティマは飛行魔法へ魔力を注いだ。
「ええい、邪魔をしないで頂きたい!」
「何を馬鹿な……あなたを兄さんの元になんて、行かせない!」
限定解除を行い、ソニックフォームとなったフェイト。
彼女とトーレは、戦うエスティマを背景に得物をぶつけ合っていた。
魔力刃とエネルギー刃の衝突で爆ぜる火花に照らされるトーレの顔は、苦々しく歪んでいた。
恋い焦がれているといっても良いほどに待ち望んだ好敵手が、すぐそこにいる。すぐそばで存分に力を振るっている。
可能ならば今すぐに飛びついて、全身全霊での闘争を愉しみたい。
だというのにそれを行えない状況が、トーレを苛立たせていた。
行く手を阻むフェイトは、言葉の通りに兄の邪魔はさせぬと鋭い眼光でトーレを射抜く。
以前に戦ったときよりも手強い――否、トーレの足止めに専念しているからなのだろう。
打ち負かそうという意志は薄く、足止めに終始しているような戦い方で向かってくる。
どうにかして出し抜いて――
夢遊病者のように、トーレはエスティマの方へと流れようとする。
その隙を突くようにフェイトはハーケンフォームのバルディッシュを叩きつけてきた。
魔力刃が身体を引き裂く痛みと衝撃で、トーレは我に返る。胸に宿る感情は、焦りと怒り。
それはフェイトにではなく、自分自身に向けられる。
――なぜ自分はあそこにいない……!
戦いたかった相手は一人だけだったのに、他へ流れたのがいけなかったのか。
……そうだ。闘争者として在る自分自身に意義をもたらす存在は、あの人、エスティマ・スクライアしかいなかったというのに。
手にして最も意味や意義のある勝利は、彼からこそ得られるものだったのに。
『……トーレ姉様』
『……クアットロか?』
『ここは、退きます。撤収の手伝いを』
『だが……!』
『退きます!……くそ、なんなのよアレ!』
苛立たしげなクアットロからの念話に、トーレは面食らった。
いつも余裕のある態度を崩さない妹がここまで取り乱している。そのことが、トーレへ僅かな冷静さを取り戻させた。
……この場で反応が残っているのは、クアットロと彼女に回収されたディード、そして自分のみ。
残る二人は捕縛されたのか、通常稼働状態にないようだった。
……退くのか?
そう問いかけるも、ここで自分の我を通せば自分も妹たちも捕まってしまうだろう。
主力であるディードとオットーはもう戦えないのだ。このまま長居すれば――末路は容易に想像できる。
強い抵抗はあるものの、トーレはクアットロの言葉に頷くしかなかった。
フェイトと距離を取りつつ撤退用のスモークを炊き、トーレは姿を眩ます。
その隙に合流したクアットロが幻影で姿を隠し、三人はトーレのライドインパルスで離脱した。
この戦いにおけるトーレたちの役割は、隊長陣の足止めと、可能ならばエスティマ・スクライアの確保。
しかし目標を達成できず、挙げ句の果てには妹たちを捕らわれて不様に敗走する始末だ。
視線を横に移せば、牽引されているクアットロはディードを抱えながらぶつぶつと恨み言を吐いていた。
こんなはずじゃ。おかしい。許さない。
俯いて表情こそ分からないものの、口元は犬歯を剥き出しにされ、憎悪がありありと見て取れた。