魔力弾がコンクリートを破砕する音が響く。
瞬く魔力光は四つ。その中で忙しなく動き回っているのは、二つ。
真紅の光が、暗闇を引き裂く。
それを迎え撃つルージュ――ウェンディの直射弾。
ヴィータは直撃コースのものを防ぎ、それ以外は逸らすか回避を選んで、じっとチャンスを待っていた。
焦りを押し殺し、まだだ、と自分自身へ言い聞かせる。
やはりType-Rと呼ばれる戦闘機人のスペックは高い。
以前戦ったときにそれは身に染み、未だその差は埋まっていない。
そして、真っ向から地力を覆す手段もまた、存在しない。
しかし、とヴィータはアイゼンを握る手に力を込める。
今、対峙している戦闘機人。それに付け入る隙は確かに存在するのだ。
「ほらほら、いつぞやと似たような展開っスよー!」
楽しげに射撃魔法を乱射する敵の姿に、ヴィータは微かな安堵をもらす。
付け入る隙とは、要するに傲りだ。
おそらくあの戦闘機人は、今まで苦戦というものをしたことがないのだろう。
生み出されたときから付随している頭の悪いスペックに酔い、戦闘をただの楽しみとしか思っていない。
これがまた戦闘狂だったら違っただろう。
目の前の敵が戦いを愉しみつつも、酔わず、勝つための努力を惜しまないような者ならば、ヴィータは戦いを避ける方向で対応を考えた。
しかし、そうではないのだ。
『じきに仕掛けるぞ、ティアナ、エリオ!
準備しとけ!』
『了解です!』
応答に、ヴィータは小さく頷く。
この二人をヴィータが選んだことには、使用できる魔法を考えた上でだった。
バインドと幻影。そういったサポートを得意――とはいかないまでも使える二人。
キャロは発動速度と自己防衛に不安が残るし、スバルはいわずもがな。
戦闘機人からの攻撃を自力で凌ぐことができ、かつ、ヴィータが強烈な一撃を叩き込むための補助をできる人選だった。
「へっ……いたぶるだけかよ。
まるで手応えがねぇぜ!」
「……強がるっスねぇ」
上等、とウェンディは目を細め、足元にテンプレートと魔法陣の融合した、歪んだ陣を展開する。
……くるか、TDモード。
さあ、力を解放して更に傲れ。
獲物が罠にかかるタイミングを計りながら、ヴィータは額に浮いた冷や汗を拭った。
「リボルバー……キャノン!」
振り下ろした拳でガジェットを撃ち抜き、スバルは弾んだ息を整えた。
ちら、と彼女は背後を見やる。そこにいるのはキャロとギンガ。戦闘になったので、キャロを背中から下ろしたのだ。
シグナムはこちらと合流せず、一人でガジェットを切り伏せているらしい。合流すれば、と姉にいったが、あの子にはやることがあるといわれていた。
それにしても、とスバルは姉へと視線を向ける。
姉の調子は、やはり完調とは言い難いようだった。利き腕である左の動きは、やはり以前と比べて精彩に欠け、鈍い。
だというのに、なぜ戦場へ出て来たのだろう。シューティングアーツの技量は姉の方が上なのだ。
だからこそ、不完全な状態で戦いに出ることがどれだけ危険か知っているはず。
『ねぇ、ギン姉……』
『……ごめんね。けど、帰るつもりはないの』
今のようなやりとりは、合流してから何度も行っていた。
スバルが何をいっても、ギンガは頑なに拒否しこの場に留まろうとしている。
何が姉をそうさせるのか、スバルにはまったく分からない。
いや――分かっているのだ。母のこと。しかしそれが、どのような意味を持っているのかスバルには理解できない。
一体この戦場に、何があるんだろう。
疑問を抱いたまま、スバルはマッハキャリバーを駆り、拳を振るう。
もうこの区画のガジェットは掃討しただろうか。
そう思った瞬間だ。
「……懲りずに出てきやがったか」
ガシャリ、と硬質な音を上げて、人影が下水道の先に現れる。
瞬間、ガジェットを叩き潰していたギンガの雰囲気が変わった。
あれは――
リリカル in wonder
眼前に現れた戦闘機人の姿に、スバルは眉根を寄せた。
戦闘機人Type-R。それは良い。この戦場に現れる可能性だってゼロではなかったのだ。こうやって目の前に出て来たとしても不思議ではない。
けれど――データではなく、こうして肉眼でその姿を目にして、いくつか気付いた点があった。
それは、髪や瞳の色こそ違うものの自分と同じ顔立ちだったり、装備しているデバイスの傾向が似ていたり。
否、それよりも。
……あ、れ? 私、あのデバイス、見たことがある。
対峙する戦闘機人の両腕に通されている手甲型デバイス。
同型のがいくらあるとしても、ただ一つ、思い出の中にあるものを間違えたりはしない。
……なんでそれを、戦闘機人が? それも、自分と同型機のような――
「――死ね」
呆然としているスバルに、短く言葉を叩きつけてノーヴェが肉薄する。
反応に遅れたスバルは、身動きが取れない。
が、
「させない!」
おそらくキャロが張ったであろう桃色のバリアと、ギンガの張ったトライシールド。
二重構造の盾を形成し、長い髪を翻して、ギンガは二人の間に割って入る。
リボルバーナックルが障壁にぶつかり、スピナーが火花を散らす。
その灯りに照らされながら、至近距離でギンガとノーヴェは視線を絡ませた。
「死に損ないがぁ! 大人しくくたばってろよファースト!」
「生憎、身体だけは頑丈なの……さあ、吐いてもらうわよ。
そのリボルバーナックル、どこで手に入れたの!?」
「てめぇに話す義理はねぇんだよ!」
両者のローラーブーツが唸りを上げ、下水を跳ね上げ、弧を描きながら激突する。
その際、桃色の光がギンガの身体を覆い打撃の補助を行った。おそらく、ギンガがキャロへ指示を出し、それに従って強化魔法を発動させているのだろう。
激突し、魔力光と火花で通路を照らし上げながら両者は吹き飛ばされる。
距離を取ると、ギンガはスバルへと念話を飛ばした。
『スバル、手伝って』
『ギン姉……どういうことなの? お母さんに関係することって、これ?』
『ええ。あとで説明してあげるから、今は――』
「おらぁ!」
念話を遮るように、叫びとほぼ同時に拳が迫る。
キャロにブーストされたギンガがそれに正面からぶつかり、シューティングーアーツを駆使して捌く。
が、やはり地力を誤魔化すには至っていないのか。
ことごとく攻撃を逸らしながらも、ギンガは押されていた。
小さく拳を握り締め、スバルは混乱しながらも援護に入ろうと準備に入った。
姉と戦っている少女の持つデバイス。この子がどんな接点を自分たちと持っているのかは分からない。
けれど、そんなことに気を回している余裕はないのだ。
ギンガに致命傷を与えるような敵を相手に、躊躇や迷いを抱いたまま戦うことなどできない。
『ギン姉、この狭さでディバインバスターを撃てば避けられないはず。
だから――』
『分かった。耐えてるから、お願い!』
ちら、と背後のキャロを見れば、ギンガの強化で手一杯なのであろう姿が見えた。
頼ることはできない。自分が決めなければいけないんだ。
「……一撃、必倒」
呟き、スバルの足元に近代ベルカ式の魔法陣が展開した。
右手に生まれたスフィアは、魔力を注ぎ込む毎に肥大化している。
自分の持てる技の中でも最高の威力を持ったものだ。倒せないにしろ、ダメージを与えることぐらいはできるはず。
「ディバイン――!」
「……小賢しい」
小さな舌打ちが聞こえた瞬間、スバルは砲撃の形成に注いでいた意識を浮上させる。
雄叫びと共に、ノーヴェのリボルバーナックルが唸りを上げた。魔力がスピナーを通じて渦を形成し、それがギンガへと。
大振りの打撃をギンガは受け止める。ダメージはない。
しかし勢いだけは殺せずギンガはスバルのいる場所まで吹き飛ばされる。
用意していた砲撃の射線上にギンガが入ってきたことで、スバルは咄嗟にディバインバスターをキャンセルしギンガを受け止めた。
その直後、自分のやらかしたことに目を見開く。
防波堤の役割を果たしていた姉がいなくなり、自分は攻撃手段のディバインバスターを止めてしまった。
つまりは無防備で――
「スクラップにしてやる!」
スピナーが紫電を散らし、暴力的なまでの余波が下水道中を吹き荒れた。
おそらく形成されているのは、ギンガの左腕を消し飛ばした砲撃魔法。
TDモードではないとはいえ、この無防備な状態で受ければどうなるか。
マッハキャリバーが咄嗟にオートガードを発動させるも、その場凌ぎのバリアで防げるかどうか。
目を瞑ることを我慢するだけで、上手く身体が動いてくれないスバル。
どうすれば――
そんな言葉が脳裏を占めた瞬間だった。
『動きが止まった……今よ、シグナム!』
渾身の滲んだ甲高い念話を、ギンガは上げる。
『心得た』
返答は念話で。それと同時に、キャロ、スバル、ギンガのデバイスへデータが転送されてきた。
ショック体勢、バリア展開、そして、射線。
「翔よ、隼……」
足元に古代ベルカ式の魔法陣を展開。
ギンガから送られてくる座標データを処理し、レヴァンテインに角度修正の指示を出しながら、シグナムは下水道の奥へと視線を向けていた。
その先は闇色に染まっており、ギンガたちの戦闘は見えない。反響した戦闘音が響いてくるも、様子を伺うことはできない。
受信しているデータでは、ギンガと戦闘機人は組み合いながらの戦闘を行っているらしい。
このまま矢を射れば、二人とも貫通してしまうだろう。
手加減などできない、シグナムが持つ魔法の中でも最高の威力を持つ技。
手加減ができないとは、無論、そこに非殺傷設定ができないことも含まれている。
しかし相手が戦闘機人ならば話は別だと許可が下り、シグナムは長年封じてきたこの技を開放しようとしていた。
身体が破損しても仮死状態になり、完全な死亡とはならない戦闘機人。
だからといって何をしても良いというわけではないだろう。それはまるで外道のすることだ。
しかし、手段を選ぶことで逃し、被害が増えてしまうのならば――
魔力光と共に吹き上がる炎に髪を揺らして、シグナムは姿の見えぬ敵を睨む。
貫くべきは父の敵。自分は守護騎士として、その敵を討つ。
そんな私情を押し殺し、シグナムは解き放とうとしている魔法の使用許可をゲンヤに求め、許可されていた。
当てられるのか、という不安はある。しかし、当てなければならないのだ。
もし外せば良くて敵に逃げられる。悪ければ隙を見せることになり、最悪、味方を誤射し、窮地に立たせる。
嫌な想像に弦を引く腕が強張った。それをゆっくりと解し、シグナムは瞬きをして目に入りそうな汗を退ける。
下水の濁った空気が肺に満ちて気分を乱す。平静を、と自分自身に言い聞かせ、シグナムはその時を待った。
そして――
『今よ、シグナム!』
『心得た』
瞬時に最終調整を行い、シグナムは溜めに溜めた魔力を開放した。
『Sturmfalken』
レヴァンテインの行った自動詠唱。次いで、矢が射出される。
魔法陣から一気に炎が吹き上がり、今にも飛び出そうとしている切っ先へとまとわりつく。
そして――猟犬の如く解き放たれた矢は獲物を食いちぎろうと、下水道を煌々と照らしながら、大気の壁を突破する。
TDモードを起動した敵の姿を見据えながら、ヴィータはエリオとティアナに指示を飛ばした。
開放されたレリックコアから魔力が吹き荒れ、燦然と戦場を染め上げる。
歪んだ魔法陣を展開すると、ウェンディは馬鹿みたいな数のスフィアを閉鎖空間に生み出す。
五十近いだろうか。それを避けるのは至難の技だと、分かっている。
しかし、
『避けてみせろよ!』
『了解!』
射出された瞬間、それぞれは動いた。
エリオはソニックムーヴを発動させて、柱を蹴りながらの回避を。
ティアナは身を伏せながら、幻影でダミーへと攻撃を向ける。
そして、射撃魔法が炸裂する。
砕かれるコンクリートと魔力弾自体が破裂したことで視界がほぼゼロに。
――この時を待っていた、とヴィータはアイゼンをギガントへ変形させる。
次いで、ヴィータの身体が橙色の光に包まれ、姿を掻き消す。
そして戦闘機人の身体へ、エリオの放ったバインドが幾重にも巻き付く。
無論、それの強度はなのはほどではない。潤沢な魔力を注ぎ込まれれば、いとも簡単に千切られるだろう。
その穴を、エリオは数でフォローする。カートリッジを次々と炸裂させて、十重二十重と稚拙ながらも最速で拘束魔法を発動させる。
「こんな小手先――」
悪態と共に、再び射撃魔法のスフィアが宙へと。
しかし、向けられた先には何もない。いや、あるにはあるが、存在するのはティアナの生み出したダミーだけだ。
ヴィータは気を緩めず、繊細ながらも可能な限りの速度でウェンディの背後へと回り込む。
この角度。バインドで拘束された今ならば、もし反応されたとしても盾では防げまい。
そして、
――ギガントハンマー!
トリガーワードを告げず、不完全ながらも直撃だけはするであろう攻撃を放った。
アイゼンが敵の身体へと叩きつけられると、シルエットが音を立てて砕け散る。
それでウェンディはヴィータに気付くも、遅い。
「ぶち抜けぇぇえええ!」
次々とカートリッジがロードされ、不完全だったギガントハンマーが本来の威力に迫る。
手応えはある。しかし、バリアジャケットを突き破り肉体そのものを打ち据える時とは、また違った感触。
このボディースーツのせいか、と推測しつつヴィータはアイゼンを振り抜いた。
鉄槌の一撃に、戦闘機人は弾丸の如き勢いで柱の一つへと。衝突の際には壁を粉砕し、更に粉塵が舞った。
……流石に今の手をもう一度使おうとは、ヴィータは考えていない。
しかし、痛手を負わせることはできたのだ。パターンを変えて攻撃を続ければ。
そうヴィータが思ったときだった。
「っ、エリオ、ティアナ!?」
「追撃をかけます!」
「馬鹿、よせ!」
サポートに回っていた二人が、戦闘機人へとデバイスを向ける。
咄嗟にヴィータは止めようとしたが、間に合わない。アイゼンを振り切り、カートリッジを再装填するために装填口のカバーを開いていたのだ。
――ヴィータは知らない。
この場にいる二人が、一体どんな気持ちなのかを。
エリオとティアナは、新人フォワードの中でも上昇志向の強い方だった。
決してそれが悪いわけではない。期待に応えるため自分を高めようとするその姿勢は、むしろ良いことだろう。
しかし、強敵らしい強敵と初めて相対した二人は、完全に頭に血が上っていた。
上昇志向を支えていた熱意が暴走し、身体を突き動かし、視野を狭めていた。
弾き飛ばされたウェンディ。彼女を包む粉塵の中にルージュの輝きと、暗闇の中に新たな人影をヴィータは見付けた。
しかし、勢い込んだ二人に止まる気配はない。けれど、防ぐに入るにしたってアイゼンは――
「くっそ!」
アイゼンを投げ捨て、ヴィータは飛行魔法を駆使して二人へと飛びついた。
エリオとティアナは何が起こったのか分からないと、身体を強張らせて動きを止める。
一拍遅れて、金属がコンクリートに突き刺さる音。次いで轟音が響き、反響した。
バリアジャケットを貫き、背中を焼かれる熱に、ヴィータは顔を歪ませる。
それでも、腕の中にいる二人だけは守ろうと、身体を盾に。遅れてクロスミラージュとS2U・ストラーダがバリアを展開した。
「ヴィ、ヴィータ副隊長……?」
「……ったく、初めてのヘマが……これ、かよ。
手間の、かかる……奴ら……」
痛みを堪えているのだろう。歯を食い縛り、とぎれとぎれの言葉をヴィータはこぼす。
どうしよう、とエリオとティアナは同時にデバイスへ目を落とした。二人とも、治癒魔法に関係するものは一切学んでいない。
フォワードの中でその役目は、キャロが行っているのだ。しかし今、彼女はいない。
「いっつー……痛い痛い痛い……ひっさびさっスねこれは」
「……遊びすぎだ」
「うー……援護がなくても平気だったっスよ、チンク姉。
一人でも大丈夫だったのに」
「撤退だそうだ。クアットロたちがしくじったらしい」
「……オットーとディードがいるのに? 不思議っスねぇ」
あー痛い痛い、と瓦礫を落としながらウェンディは立ち上がる。
その傍らには、いつの間にか小柄な少女が立っていた。
申し訳ない、といった風にチンクへ頭を下げつつ、おや、とウェンディは眉を持ち上げると、楽しげに口元を歪めた。
「あちゃー、やっちまったっスねぇ。
死ななかった代わりに木っ端二人で私の相手。ご苦労様っス。
撤退前に、あんたたちだけでも処理して……」
「始末は私がやる。お前は逃げ遅れない内に行け。
もう包囲されつつある。これ以上Type-Rを失うわけにはいかない」
「……はいっス」
ぶー、とほっぺたを膨らませながら、よいしょ、と瓦礫の中からウェンディはデバイスを持ち上げる。
そして去り際に、彼女はティアナたちへ嘲笑を向けた。
「みっともない。すっこんでれば良かったのに」
「……そうね。図に乗ってたのは認めるわよ」
「……けど、ここで大人しく引き下がるほど僕たちは諦めが良くもない」
ああそうっスか、と言い残し、ウェンディはデバイスをサーフボードのように浮かばせ、乗っていった。
残ったチンクに、エリオはバリアジャケットのロングコートをヴィータに被せて立ち上がり、S2U・ストラーダを構える。
ティアナもまた、クロスミラージュを。
そんな二人に眉尻を下げながら、チンクはスティンガーを取り出した。
「恨みはないが……」
それへの返答は、ヴィータを背後に庇いつつの臨戦体勢。
そうか、と呟いて、チンクは投擲体勢に入った。
「……ん?」
チンクにティアナたちが気を向けていると、彼女は何かに気付いたように、耳を壁へと向けた。
この隙を突くべきか、ティアナたちは逡巡する。
その時だ。
轟音と共に資材置き場の壁が吹き飛び、一人の魔導師がこの場へと到着した。
ブレイクインパルスで打ち砕いたコンクリートの粉塵が大量に舞っていて、視界をうっすらとぼやけさせた。
どこか夢のような――否、違う。これは現実だ。
そう自分自身に言い聞かせ、俺はSeven Starsを構える。
視線の先には、ずっと再会を待ち望んでいた人物と、部下たちの姿。
……これは、素直に喜べる状況なんかじゃないな。
『リインフォース、休憩は終わりだ』
『はいです! ヴィータちゃんの治療ですね?』
『ああ、頼む。……ティアナ、エリオ』
『……部隊長』
『報告はあとで良い。治療に専念するリインフォースを守ってやってくれ』
『……了解、です』
リインⅡは俺から抜け出すと、疲れを引き摺りながらもヴィータを守っている新人たちの方へと。
その間、俺と戦闘機人――フィアットさんは動かず、視線を交差させていた。
……もはや、語ることは何もないのかもしれない。
クアットロたちは既に撤退した。ギンガちゃんからの報告によれば、ノーヴェもセインと共に離脱したようだ。
ならここにいる彼女は、ウェンディを逃がし、自分自身は逃げ遅れて、孤立しているのではないだろうか。
一人ここへ残ったのならば、もはやこの人は俺たちを殲滅するか、救援を待って戦い続けるしか道は残されていないだろう。
……そんなことは許さない。
――ここで決着をつけましょう。
言葉にせず、俺はSeven Starsを握り締めた。戦うという俺の意志を汲み、Seven Starsは屋内戦に適した形態――モードC・EXへと変形する。
左腕に盾が装着され、右手にはデバイスコアの宿った片手剣。
その柄にロッドを短縮したカスタムライトを連結させ、Seven Starsの唾元と、ガンランスの刃から魔力刃が真っ直ぐに伸び、ダブルセイバーへと姿を変える。
――ああ、決着をつけよう。
対する、フィアットさんも戦闘態勢を取る。
スティンガーを俺へと向け、計六本のダガーを。
シェルコートに搭載されているAMFを起動させたのだろうか。
濃度上昇の警告を、Seven Starsが伝えてきた。
「時空管理局、六課部隊長エスティマ・スクライアです。
戦闘機人チンク、あなたをテロリズム幇助、殺人未遂の現行犯で逮捕します。
……投降を」
「それはできない。私にも義理というものがある。
管理局に捕まるその瞬間までは、結社の戦闘機人として戦わなければならない」
「そうですか」
では――と呟く。これは儀式のようなものだった。彼女が投降するだなんてこと、あるわけがないのだから。
それを切っ掛けに、戦闘が始まった。
ブリッツアクションを発動し、Seven Stars・カスラムライトを振りかぶって突撃する。
並の魔導師では反応もできない速度だが、しかし、彼女は戦闘機人だからなのか。
小刻みにステップを踏んで身をかわすと、そのままバックステップ。滞空中にスティンガーを投擲してくる。
迫る刃をすべて切り払い――内、一本は俺ではなく床へと向けられ、突き刺さった。
「IS発動、ランブルデトネイター」
舌打ち一つし、俺はバックステップを行うと、次いでフィールドバリアを展開。
爆散したスティンガーと床の破片だけが防げれば良い。衝撃に吹き飛ばされながらも空中でトンボを切って着地すると、彼女の位置を把握せずに動いた。
一拍遅れ、さっきまで俺のいた場所に四本のスティンガーが突き刺さる。次いで、爆散。
爆風に煽られながらも、彼女がどこへいるのかと視線を巡らせる。
『……ようやくだな』
『……ええ、そうですね』
唐突に届いた念話にマルチタスクの一つを割いて返答を。
舞い上がる粉塵の中に視線を向ける。
すると不自然な流れ方をしたことに気付き、カスタムライトの砲口を向けてカートリッジを炸裂させると共にショートバスターを。
『私を、捕まえるか?』
『そのためにここへきました。
……今まで走り続けた理由の一つでもある』
が、直撃した手応えはない。おそらくはハードシェルを展開したのか。
戦闘の組み立てを頭の中で行いつつ、さて、と呟く。
『……一途だな』
『性分なもので』
ウェンディとヴィータたちとの戦闘。俺の行ったブレイクインパルス。
この上更にランブルデトネイターの使用を許し続けて、果たして保つのだろうか。
何が保つのか。それは、このフロアだ。
『あの日から、もう七年、いや、八年になるのか』
『ええ』
『……長かったよ』
『……本当に』
廃棄された区画とはいえ、一応は街だった区画の地下。
そう簡単に壊れないとは思うが、経年劣化でどれほどガタがきているのかなど、建物に関する知識のない俺には予測できない。Seven Starsも同じく。
いや、この場でそんな予測ができる者はいないだろう。
それに、下手に俺が逃げ回れば治療中で動けないヴィータたちに流れ弾が当たる可能性もある。
彼女が気を配って戦っている、と断言できない以上、早い内に勝負を付けるのが得策か。
……そうとも。この年月に決着を。
「……往くぞ、Seven Stars」
『はい。旦那様の願う勝利がそれならば』
トリガーワードなどではない。ましてや、機能を発動させる合図ですらない。
しかしSeven Starsは俺の意志を汲み、金色のフレームを燦然と輝かせ、術式を構築する。
「A.C.S.」
『スタンバイ』
煙を引き裂いて、スティンガーが俺の元へと真っ直ぐに向かってくる。
触れれば即座に爆散し、対象を殺戮するであろう鋼の爆発物。
サイドステップを刻んで、爆風に煽られながらも、俺は彼女を視界の中央に据える。
手の中でSeven Stars・カスタムライトを半回転させ、ガンランスを上へ。
Seven Stars側の魔力刃が消失すると、ガンランスの刃、そこに生まれた魔力刃をフィアットさんへと向けた。
そして、ガン、ガン、とカートリッジが炸裂し、
『バレルショット』
ガンランスの砲口から、渦を巻く衝撃波――その形を取った砲撃魔法が吐き出された。
無論、彼女もそれを大人しく喰らおうとは思わないだろう。
シェルコートを発動させたのか。AMFによって威力の減衰したバレルショットは、ハードシェルの黄色い光に弾かれた。
が、関係はない。動きを止めるのはバレルショットを当てても、今の状況でも変わらないのだから。
「ドライブ――」
熱意を込めて呟いたトリガーワードを経て、カスタムライトの加速器が広がる。
構築されるのはアクセルフィンと同種、サンライトイエローの四枚翼。
高出力の魔力刃、ストライカーフレームが切っ先を鋭く、敵を刺し貫くべく冴える。
そして、
『――イグニッション』
自動詠唱を経て、デバイスに引っ張られるよう加速、突撃を行った。
刹那の内に距離を詰め、ハードシェルを突き破り、魔力刃がフィアットさんの左肩に突き刺さる。
迎撃するために右手に握ったスティンガーを差し向けようとするが、許さない。
Seven Starsとカスタムライトを分離し、逆手に持った片手剣を右肩へと突き刺した。
その衝撃でなのかどうかは分からないが、彼女を覆うハードシェルが消え去る。
防御が消え去ったのを確認して俺は地面を蹴り、ブリッツアクションを使いながら彼女を壁へ叩きつけ、磔に。
「もう逃がさない……ディバイン――!」
ガンランスの砲口にサンライトイエローの光が満ち、光輝の奔流がバチバチと悲鳴を上げる。
そして、装填されている残るすべてのカートリッジが次々と炸裂し――
「――バスターァァアア!」
トリガーワードの咆哮と共に、砲撃魔法が視界を、俺を、フィアットさんを光に包んだ。
「あああぁぁぁぁぁあああああっ……!」
腹の底から響く絶叫が、下水道内に木霊する。
戦闘機人のノーヴェは、右肩――滾々と血を吐き出す傷口を押さえ、痛みを叫びで誤魔化そうと啼いていた。
彼女の背後には、吹き飛ばされた右腕が転がり、下水に浸かっている。
胴体から切り離されて時間が経っていないそれからは血が流れ出し、濁った下水を更に赤黒く染めていた。
先ほどまで薄暗かった下水道は今、薄明かりに照らされている。
シグナムの放ったシュツルムファルケンが直撃した際に撒き散らした炎だ。
鬼火の踊る中で、腕を失ったノーヴェは今にも膝を折りそうになりながら咆え猛る。
……隙だらけ。今ならば。
スバルに抱き留められていたギンガは身を起こし、フルドライブモードを起動させる。
スピナー後部の装甲がはじけ飛び、腕を中心に構成された回転式弾倉が開放。
そしてギンガは、六課からデータを提供され、アレンジを施した近代ベルカ式の砲撃魔法を構築する。
元は石化の槍、ミストルテインだったものを。
「ハートブレイカー……!」
トリガーワードを呟くと、スピナーが魔力の流れを加速し、砲撃魔法の発射態勢へと入る。
あとはただ、打ち貫くのみ――
左腕を脇に沿え、捻りと共に掌を打ち出す。
未だ痛みに翻弄されているノーヴェに避ける気配はない。
これなら、とギンガは勝利を確信する。
が、
「逃げるよノーヴェ!」
壁から現れた――そう、壁からだ――水色の髪を持つ戦闘機人がノーヴェを抱き締め、そのまま地面へと消えた。
残ったのは波紋だけ。浅い下水の中へと消えたわけではない。溶け込むように、地中へ潜ったのだ。
ギンガの拳は虚しく空を切り、群青色の魔力光が放たれるも、打ち据えるはずだった敵は消えている。
唖然としたあとに、ああもう、と髪を掻き上げ、ギンガは溜め息を吐いた。
「……ねぇ、ギン姉」
「何? スバル」
「えっと……あれ」
そういって、スバルは人差し指でギンガの後ろを示した。
振り返ると、そこには千切れ飛んだ戦闘機人の右腕がある。
しかし、スバルがいいたいことは違うだろう。それは、ギンガも分かっている。
「……リボルバーナックル」
……これが自分の使っているようなレプリカではなく本当に母のものならば。
ギンガはゆっくりとそれに近付くと、断面の剥き出しになった血肉や金属フレームに顔をしかめつつ、拾い上げた。
早く、早く!
下水道内を飛行魔法で移動しながら、はやてはエスティマたちのいる空間へと向かっていた。
代わり映えのしない通路の景色が、より焦燥を掻きたてる。
ヴェロッサと共に聖王のクローンを戦闘エリアから離脱させ、いざ戦線へ、と戻ってくると既に戦闘は終わりへと向かっていた。
戦闘機人を二体確保。ヴィータの負傷。気にするべきことは多々ある。
けれど報告の中ではやてをこうも急かすものは、ただ一つだけ。
エスティマが最後に残った戦闘機人の五番と戦闘を行っている。
それを聞いた瞬間、はやてはいてもたってもいられなくなったのだ。
いつぞやの戦闘が脳裏を過ぎる。暴走といっても過言ではない戦い方をして、怪我を負ったエスティマ。
また今度もあの時と同じような――違う。
はやての胸を焦がすのは、そんなことではなかった。
確かにエスティマのことは心配だが、それ以上に気になってしまうのだ。
……チンク、と呼ばれている戦闘機人。敵味方であることを越えた何かの縁がある少女。
マリンガーデンで生き埋めになったとき短く言葉を交わした、はやての敵。
そう、敵なのだ。局員と犯罪者という関係だけではない、敵。
それが彼と出会うことで、どうなってしまうのか。
はやては報告を聞いてからずっと、考えないようにしつつも悪い予感がして、そんなことを考える自分が嫌で仕方がなかった。
その時だ。
下水道内に轟音が鳴り響く。砲撃魔法を炸裂させたとき特有の響き。
視線の先には、エスティマたちがいる広間へと入り口が見えていた。
そこへ、はやては真っ直ぐに向かう。
魔法を使っているわけでもないのに、視界の動きがゆっくりになっているような錯覚を受けた。
通路の中に充満しているかび臭い空気で、気持ち悪さが助長される。
そして――視界が開け、はやてはたどり着いた。
弾む息を整えながら、はやては忙しなく目を動かす。
広間の隅では、魔力光が瞬いている。リインⅡがヴィータの治療を行っているのだろう。
その近くには、デバイスを構えたエリオとティアナが、警戒しながら視線をはやてではなく、別の方へと向けていた。
なら、エスティマは――
二人の視線を追って、はやてはもうもうと煙りの立ち込める方を凝視する。
粉塵が晴れてゆくと、その中にある二つの人影が顕わになり始めた。
二つ――いや、一つの人影か。
「……捕まって、しまったなぁ」
「……はい。捕まえました」
諦めと同時に安らぎを感じされる声と、それに応える柔らかな言葉。
はやては、胃の底に何か重いものを感じた。
けれど、目を逸らすことはできない。金縛りにでもあったように、はやては動くことができない。
煙が完全に晴れてしまうと、もう、はやては目の前の光景を認めるしかなかった。
エスティマの足元には、Seven Starsとカスタムライトが落ちている。
デバイスを握っていないのならば、両手はどうしているのか?
答えは酷く単純だった。見たままなのだから。
戦闘機人は少しだけ背伸びをして、それでもエスティマの胸板ほどまでしかない身体を彼へと預けている。
そしてエスティマは、空いた両腕でしっかりと彼女を抱き締めていた。
「……あっ」
どくりどくりと、心臓が嫌な鼓動を上げる。瞬間的に心拍数が上がって、はやては気が遠のくような錯覚を受けた。
「エスティマ、くん」
名を呼ぶも、口から出た彼の名は酷く弱々しい。
だからだろうか。エスティマははやてに気付かず、チンクを抱擁したままだ。
「……エスティマ……くん」
ぎゅっと、はやてはシュベルトクロイツを握り締める。
どんな気持ちを抱いていようと、名を呼ぼうと、彼は今、自分を見てくれない。
……長年の願いが叶ったのだ。邪魔をしてはいけない。
そう思うと同時に、今すぐにでも戦闘機人を引き剥がしてやりたい衝動に駆られる。
それを必死に我慢して、俯き、肩を落として、はやてはヴィータの方へと向かった。