光源は背後にある大窓。差し込む日光に照らされた先にあるドアに目を向けながら、レジアスはここ最近に起こった出来事を頭の中で整理していた。
一時期に比べれば平穏と言って良いだろう。今のミッドチルダは、劇的とは言えないまでも、緩やかに検挙率が上がっている。
現状に満足しているわけではないが、目に見えて状況が好転していることに対して悪い気はしない。
悩みの種とも言えたスカリエッティも最近はめっきり大人しい。もっとも、それは戦闘機人事件の失敗で最高評議会が彼を日陰へと追いやっている部分も大きいのだが。
それ以外の要因は――おそらく、これからこの部屋に訪れる少年が獅子奮迅の活躍をしているからか。
エスティマ・スクライア。まだまだ子供と言って良い年齢の執務官。
限りなく黒に近い存在である自分と手を結ぶなんて、過激な手段を使ってでもスカリエッティを捕まえようと足掻く少年。
彼の顔を思い出し、もう二年か、とレジアスは息を吐く。
エスティマがストライカーと呼ばれ始めてから。自分と共闘を始めてから。
たった一人で戦い始めて二年。補佐官を得てもそれは変わっていない。
……それも今日で終わりか。
そう考え、心のどこかにあったしこりが少しだけ和らいだ気がした。
高ランク魔導師といえど人間だ。それはゼストと付き合いがあったレジアスだからこそ知っている。過酷な任務をこなしていれば疲労は溜まるし、たった一人で何もかもこなせるわけではない。
そんな状態を二年間も続けただけで充分だろう。エスティマが自分で望んでいる境遇とはいえ、哀れみすら感じる。
最初こそ良いように使ってやろうと思っていたが、今はエスティマに軽い親近感を抱いていた。
頼れるものは自分の身一つ。何もかもが足りない状況だが、しかし、命じられたことはしっかりとこなす。
それがどれだけ困難なことかは、理解しているつもりだった。
「中将。スクライア執務官が到着したようです」
「通せ」
傍らに立つオーリスに指示を出すと、空気の抜けるような音と共にドアが開く。
スライドして開いた扉の向こうにいたのは、陸士の制服に身を包んだ金髪の少年だ。今年で十三歳。二次性徴が始まる頃か。しかし、中性的な印象は抜ける気配を感じない。
「失礼します」
声変わりが始まったせいだろう。以前と少しだけ調子の違う高さの声を、エスティマは上げる。
「良く来たな、スクライア。では、早速報告を頼む」
「はい。指示を受けた研究施設の調査は続行中です。四カ所の内三カ所は、スカリエッティ、最高評議会系列のものではありませんでした。
残る一カ所は近い内に踏み込みます。
海と聖王教会にそれとなく知らせたレリックの件ですが、まだ本格的な捜査は始まっていないようです。ガジェットも、ミッドチルダ以外では姿を現していないでしょう。
……それと、一つ、頭の隅に置いておいてもらいたいことが」
「なんだ」
「聖王教会から盗み出された聖王の遺伝子データのことです。聖王教会が今、血眼になって探している。
確か、最高評議会は聖王のゆりかごというロストロギアを保有しているはず――ですよね?」
「いや、聞いたことがないな。彼らは俺にすべてを明かしているわけではない」
「そうですか。では、後でそのゆりかごに関するデータを送ります。オーリスさんに渡せば良いでしょうか?」
「ああ、頼む」
「はい。まぁ、データと言っても聖王教会に伝わっている伝承程度のものしかないのですが――ともかく。
そのロストロギアの起動には聖王が必要になっています。盗み出された遺伝子データの件を放置しておけば、いずれ面倒なことになるでしょう。
それらしい情報を掴んだら、教えてください」
「……お前にとってそれは、寄り道ではないのか?」
「いえ。遺伝子データを使って聖王のクローンをプロジェクトFで復活させようとしているんですから、大なり小なり、スカリエッティの影はちらついているはずです」
「そうか」
どこからそんな情報を仕入れてくるのだろうか、この執務官は。
エスティマは海と聖王教会の中枢に繋がるパイプを持っている。意味もなく。そこから拾ってきたのだろう、とはレジアスも思うのだが、釈然としない。
……こいつには諜報活動をやらせた方が良いのではないか?
そんな考えさえ浮かんでくる。
「俺から報告することはそれぐらいです」
「そうか。では、次は俺の番だな。……第三課の増員のことだが」
その話題を口にした瞬間、目に見えてエスティマが眉を潜め、目に見えて不機嫌になる。
しかしレジアスは構わず、先を続けた。
「聖王教会所属の魔導騎士、八神はやて。今日付で彼女は首都防衛隊第三課に配属となるわけだが――」
「魔力リミッターの決定には一週間ほど猶予をください」
「かまわん。それで――」
「部隊の動きも変えなければいけないので業務が滞ると思いますが、ご容赦を」
「分かっている。それで――」
「増員による予算の――」
「人の話を遮るな!」
「はい」
だん、と机を叩くレジアスに、エスティマは肩を竦める。あまりにも態度が悪いが、そうする彼の気持ちも分からなくはない。
八神はやて。彼女が首都防衛隊第三課に入ることによって、今までとは部隊の勝手が変わるだろう。それを彼が忌み嫌っていることは、十分に理解できた。
まず目に付くところで魔力リミッター。冗談なほどに高い魔力を保有している八神はやてが部隊に入るため、自然とエスティマも魔力リミッターを設ける必要がでてくる。
二人の魔力を平均にしてもAAAまで落ちるだろうか。それに、今までは部隊が身軽だからこそできた手段――転戦を繰り返すことができなくなるだろう。
だが、それを差し引いても自分以外の高ランク魔導師が増えることは悪くない。普通は。
それを嫌がるというのは、どういうことだろうか。
……いや、そうだな。
おそらく、自分がゼストに何も告げることができなかったようなものだろう。
世間一般では汚いと言われる仕事に関わる自分の姿を、八神はやてに見せたくないのか。
そんなところまで自分と同じだ。
「中将」
「なんだ」
「そもそも約束が違います。どういうことですか、これは。俺は一人でスカリエッティを追いたかったからこそ、あなたと手を組んだんだ。
たった一人の実働部隊も、動きやすかったから。なのに、これは――」
「ふん。文句なら八神はやてに直接言えばいい。幼馴染みなのだろう?
俺だって素直に受け入れたわけではない。聖王教会から無理矢理ねじ込まれたようなものなのだ。あの忌々しい稀少技能保有の女狐が……」
女狐、と口に出し、脳裏に一人の女性が浮かび上がってくる。
カリム・グラシア。騎士の称号を持つ聖王教会の予言者。
どんな考えがあるのか知らないが、八神はやてを送り込んできたのは彼女なのだ。
高ランク魔導師が手駒に加わること自体は嬉しいが、どのような思惑の下に八神はやてを――貴重な古代ベルカ式を会得している少女を送り込んできたのか。
八神はやてを第三課に入れるのは聖王教会からの指示だが、レジアスとしてはエスティマを監視として置きたいという思惑もある。
本局と結託して地上に探りを入れようとしているのではないか――そんな被害妄想じみた考えがあるから。
「ともかく。既に決定したことだ、これは。文句を言っても何もできんぞ」
「……分かってますよ」
拗ねたような口調。そこだけは、年相応だ。
溜息を吐きたいとも苦笑したいとも言える心地になりながら、以上だ、と会話を終わらせる。
「オーリス。スクライアを出口まで送ってやれ」
「はい。行きましょう、スクライア執務官」
「はい」
オーリスはレジアスの側から離れると、エスティマと並び立って出口へと向かう。
踵を返そうとしたエスティマに向け、レジアスは深い意味もなく声を発した。
「エスティマ」
「なんですか?」
「部下の動きは把握しておけ。何かあっても、後悔することしかできんぞ」
「……どうしろってんだよ」
舌打ちと共に発せられた小声を、レジアスは聞かなかったことにした。
執務室を出て行く二人の背中を見送りながら、レジアスは腕を組んで背もたれに体重をかける。ぎし、と軋む椅子の音を聞きながら天井に視線を向けた。
……少し考えれば、八神はやてがどのようなつもりで第三課にきたのか分かるだろうに。
半透明のデータウィンドウを呼び出して、レジアスは苦笑する。
闇の書事件の被害者。もし運が悪ければ、犠牲者の一人になっていたかもしれない少女。
そうならなかったのは一重に彼女を止めた人物がいるからだ。
事件の概要を書類上でしか知らない自分には断言することができないが、それでも、思春期に差し掛かった子供がどのような心情になっているのかは理解できる。
これでも、人の子の親ではあるのだから。
リリカル in wonder
「エスティマさんエスティマさん、もうそろそろ新しい人が来る頃じゃないですか?」
「そーだねー」
「どんな人なんでしょう。まだ無名だけど高ランク魔導師……ああ、新しいエースの誕生を間近で見ることができるのかなぁ」
「そーだねー」
「……エスティマさん、テンション低いですよ」
「そーだねー」
頬杖をかきながら溜息一つ。
低くもなるさ、テンション。
シャーリーが口にした新しい人とは、はやてのこと。
管理局に籍を置いた彼女は、どういうことだか俺のいる首都防衛隊第三課に入ることを希望し――どうやら中将が圧力に負けて折れてしまったようだ――その要望が通ってしまった。
まぁ、陸に高ランク魔導師が入ることを拒否する理由がないんだろうけどさ、中将には。
それに管理局から聖王教会に協力を要請するのではなく、向こうからねじ込んできたのならば受け入れて借りを作る意味もあったのかもしれない。
……酷い話だ、まったく。
これが原作ならばまだ分かる。ただ、今の彼女はなるはずだった本来の彼女と似てもにつかない状態なのだ。
特別捜査官として学生を続けながら本局地上部隊で数々の事件を解決に導く存在となる――が、その可能性は俺が潰してしまった。
今の彼女は聖王教会に所属している。だから、てっきり俺は教会騎士団の一員として聖遺物の回収に勤しむと思っていたのに。
……わざわざ地上にきた理由が分からない。本当に。
友達がいるから、といった理由もなくはないだろう。しかし、それにしては大袈裟すぎる。ねじ込み方が強引なのだ。
今挙げた理由だとするならば、力技を使わなくて済みそうな海の方に行ってなのはと一緒に――とも考えられるのに。
なんで、はやては首都防衛隊第三課に入ろうと思ったんだ。
背後に何か思惑が広がっているのか、それとも難しい理由はないのか。さっぱり分からない。
「エスティマさん」
「何?」
「八神さんとは幼馴染みなんですよね?」
「四年前に知り合ったばっかりだし、幼馴染みってほど縁が深いわけじゃない」
ここから長い付き合いになるのだろうから、幼馴染みにはなるのだろうが。
四年前、と呟くと、シャーリーは顎に人差し指を当てながら首を傾げる。
「四年前。……闇の書事件の頃ですか?」
「良く知ってるね」
「はい。エスティマさんの戦績はちゃーんと把握してますから。ファンを嘗めちゃいけませんよ?」
「ファンだったのかよ。初めて聞いたぞそれ。
……ああ、そうだ。隠す必要もないし、少し調べれば分かるから教えておくよ。
はやては、闇の書事件の中心となった人物なんだ。最後の被害者。
怪我の功名というか、その時に遺産として譲り受けた稀少技能を保持している高ランク魔導師。
彼女とは事件が始まる少し前から知り合ってて、色々と世話になってたんだ」
「はー……数奇な運命ですねぇ。知り合った人が闇の書に関わりがあったなんて」
「そうだね」
自分から関わったわけだが、そこら辺は説明する必要もないだろう。
「人懐っこい子だから、すぐに仲良くなれるんじゃないかな。
シャーリーも人見知りしない方だし」
「そんなことはないですよ。人並みに人見知りはしますってば」
「初対面でいきなりニックネームで呼ぶことを要求してきた奴が何を言うか」
「別に良いじゃないですか!」
思い出して恥ずかしくなったのか、シャーリーは頬を上気させながら頭を抱えた。
その様子に笑いを噛み殺す。年相応の反応がどうにも微笑ましい。デバイスを弄っている時の彼女とギャップがあるからだろうか。
……いや、あれもあれで年相応かな。
「それはともかく」
「はい」
「急かすようで悪いけど、カスタムライトの完成を急いで。一週間の猶予をもらったからそれまではSeven Starsを使えるけど、それ以降はね」
「あー……分かりました。
エスティマさん、常々思うんですけど、Seven Stars系列の子は陸と相性悪いですよ。
魔力リミッターが設けられたら使えないようなものじゃないですか」
「そうだね。けど、仕方ないさ」
Seven Starsの起動には高い魔力資質が必要となる。
リミッターをかけられてAAAまで魔力ランクが落ちてもSeven Starsで戦うことは可能だが、しかし、それより下になった場合、もうSeven Starsは使えない。
フレームが物理的にガジェットを粉砕できる強度に至らないのだ。
はやてと俺でAAAまでランクを落とせば良いが、それだと不安が残る。彼女の最大の長所はその莫大な魔力を元に放たれる広域殲滅魔法なのだ。
だからこそ、はやてをS、俺をAAとするのが理想だろう。
……部隊の規模を大きくするか? いや、中隊まで大きくした場合、今の人員にはやてを追加しただけでは怪しすぎる。今でさえかなり胡散臭いのに。
ああクソ。魔力ランクの低さを無視して魔導師ランクを重視した前第三課の人選が正しかったのだと今更になって実感する。
高ランク魔導師二人。戦力的には陸の中隊規模の作戦が可能だとしても、人が少なすぎてもう誤魔化しが利かない。もし本局から査察が入ったら一発でバレる。今の状態でも危ういのに。
「厄介な任務をこの一週間で片付けて、その後は慣らしといこうか」
「普通は逆ですけどねー」
「言うなよ。で、シャーリー。カスタムライトは一週間でできそう?」
「試作三号機が実用段階にはなってます。それをチューンしようと思っているのですが、良いですか?」
「……予算が底を着く予感がする。駄目なら最悪、汎用デバイスを使うことになるかなぁ」
「出力に耐えられなくて壊れるからお金の無駄ですよ」
「だな。……OSをミッド式に書き換えて、頑丈なアームドでも使うか」
「うわ、外道改造する気ですか。デバイスが泣くから駄目ですよ、そういうの!」
「はいはい」
などとやっていると、だ。
控え目なノックが部屋に響き、俺とシャーリーは会話を止めた。
そして同時に制服の乱れを直すと立ち上がり、はい、と返事をする。
一拍置いて扉が開き姿を現したのは、はやて――と、他二名。
リインフォースⅡと狼形態のザフィーラだ。
……はやてが来るとは聞いていたけど、リインとザフィーラまで一緒とは。
流石にヴィータは引っ張って来れなかったのか。
それにしても……いや、少し考えれば分かることだったのだろうけど……最近、あまり彼女と話してなかったからな。
扉を閉めると、はやてとリインはその場で敬礼を。ザフィーラはその場に座り込む。
そして、
「はじめまして。八神はやて三等陸尉、リインフォースⅡ陸曹、捜査犬ザフィーラ号、本日より首都防衛隊第三課に配属となりました。よろしくお願いいたします」
……捜査犬?
いや、そういう存在がいるのは知っているけど……捜査犬。
ザフィーラ……っ。
原作の機動六課のようにこれも一つの裏技なのか。それにしたって酷すぎるだろう。
目頭を押さえたい気分になっていると、シャーリーが破顔してはやてへと歩み寄った。
朗らかな笑みを浮かべ、手を差し出す。一瞬だけはやては戸惑ったようだが、すぐに彼女の手を取ると笑みを浮かべた。
「はじめまして。第三課の通信士、デバイスデザイナーを担当しているシャリオ・フィニーノです。シャーリーと気安く呼んでください」
「あ、はい。よろしくお願いします、シャーリーさん」
「呼び捨てで良いですよー」
「あ、あはは……」
……どこが人並みに人見知りをする、だ。
「リインフォースさんも、ザフィーラ号も、よろしくね?」
「はいです!」
「……わん」
それぞれ挨拶をしていると、不意にシャーリーがこちらへと視線を向けてきた。
急かすような目つき。次は俺、ってことなんだろうけれど。
「……よろしく、はやて。堅苦しいのはなくて良いから」
「うん。あ、あんな、エスティマく――」
「それじゃあミーティングを始めようと思う。リインのデスクははやての隣に用意しておいたから」
「ありがとですよー!」
「ザフィーラは……」
視線をザフィーラに向ける。
ハチ公よろしく行儀良く座り込んだザフィーラ。彼はじっと俺に視線を向けながら、ゆっくり尻尾を振っていた。
「……床で」
ピタリ、と尻尾が止まって項垂れる。
しょうがないだろ!?
ミーティングが始まり、この部隊の概要が説明される。
最近になって声変わりが始まったエスティマの声を聞き、しっかりと彼の話を頭に入れながら、はやてはマルチタスクを使って考え事をしていた。
さっきの、まるで話しかけられるのを嫌がるような反応。
やっぱり怒ってるんかな、と考えて、彼女は肩を落とした。
たった二人の実働部隊。あまり良くない周りの反応。そんな状態だからこそ力になってあげたいと思ったけれど、迷惑だったのだろうか。
開発部にいたころは良かったが、最近になってまた、エスティマの顔には疲労の色が滲むようになった。
帰宅する時間も遅くなったし、稀に泊まり込みで仕事をすることもある。
ストライカーと呼ばれて期待とやっかみを一身に集める存在。そんな彼の状態に、いい顔をしない人は多い。
例えばそれはシグナムであったり、シスター・シャッハであったり、ヴィータであったり。
ヴェロッサなんかはやりたいようにやらせろと言っているが、一度倒れた彼の姿を見ている者としては、今の状況を放っておきたくはない。
ふと、二週間ほど前の喧嘩を思い出す。
いや、喧嘩といえるような代物ではなかったのかもしれない。
上級キャリア試験を通り、これでエスティマと共に局員として働くことができると――そう思って彼に三課への配属を願ったのだが、その時は適当にあしらわられてしまった。
なんでそんなことを言うのか、と一人で熱くなった自分とは正反対に、エスティマの態度は一貫していた。
最初は、一人でも大丈夫。最後の方は、はやてに三課は似合わない、と。エスティマは何を言っても自分を三課に入れようとはしなかった。
結局は頭に血が上って、こうやって押し掛けるように三課に配属されたが――やはり迷惑だったのか。
……別に良い。迷惑がられたって。
胸中でそう呟き、開き直る。
そもそも、たった一人で局員として活動を続けているエスティマの方が意味が分からないのだ。
そんなことをする必要なんてない。事件を解決するならば、一人よりも多くの人で捜査を行った方が良い。
はやてからすれば、一人で部隊を動かしているエスティマの在り方は意固地になっているように見えた。
……なんでそんな風になっているのか、教えてくれればええんやけど。
しかし、エスティマは一人で戦い続けている理由を一切教えてくれない。
重要な部分で他人を頼らず、一人で何もかもをこなそうとする悪癖は悪化の一途を辿っている。
本人はそれで良いのかもしれないが、自分を含めた友人たちからすれば無視できる状態ではないのだから。
「――以上です。じゃあシャーリー、はやてたちに隊舎の案内を……」
「あ、あの、エスティマくん! 二人っきりで話したいことがあるんやけど」
言葉を遮られ、ぴくり、とエスティマは眉を動かした。
はやてはたじろぎそうになるも、しっかりと彼を見据える。
その光景をどう受け取ったのか、
「あ、じゃあリイン陸曹とザフィーラ号、案内するから着いてきてー」
「はいです!」
「……わん」
「ちょ、シャーリー!」
調子の変わらないリインフォースとずっと気落ちした様子のザフィーラは、大人しくシャーリーの後について行く。
三人が部屋から出て行くと、エスティマは額に手を当てて溜息を吐いた。
「それで、はやて。話って?」
「うん。……エスティマくん、まだ怒っとる?」
「最初から怒ってなんかない」
「嘘や。だってここ最近、ずっと変な顔しとるし」
考え事をしているような、無愛想とも無表情とも言える顔。
元々エスティマの考えていることなど分からないが、そういった状態の彼は余計に何を考えているのか分からない。
だからこそ、言いたいことがあるならば言って欲しいのだが。
「エスティマくんは私を三課に入れたくなかった……けど、それはなんで? 危ない任務があるとかは、分かってるよ。
けど、そんなのは三課だけやない。他の部隊だって一緒。海でも、教会騎士団でも。
ねぇ……私はお邪魔なん?」
「……別にそういうわけじゃないさ。それに、今更だ。もう君は三課に入ったんだから、そんなことを説明する必要もないだろう。仕事をこなすだけだ」
「あるよ。エスティマくん、私が管理局に入る前に聞いても教えてくれなかった。
そうまでして私を遠ざける理由は何?」
「遠ざける……か。そうか。そうだね」
そう言い、何かに納得した様子でエスティマは頷く。
そして一分近く黙り込むと、ようやく彼は口を開いた。
「どうしても知りたい?」
「うん」
「そう。でも、教えてあげない」
「なんで!?」
「遠ざけたいから」
短く、しかし、はっきりと告げられた言葉にはやては絶句した。
……遠ざけたい? そんなに自分は邪魔なのか?
じわり、と涙が滲みそうになるのを耐えて、はやては口を引き結ぶ。
そうしていると、
「……あのさ」
言い辛そうにエスティマは声を向けてきた。
「俺が戦っている理由そのものなんだよ、今の三課は。戦闘要員が俺だけなのも」
「……どういうこと?」
「詳しくは言えない。言いたくない。けど、たった一人で戦うことに、意味はあったんだ。
だから、はやてを三課に入れたくなかった。
……大事なものは遠くに置く主義なんだ、俺」
そんな風にようやく聞けた、大部分を隠された理由。
けど、それが自分に言える精一杯なのだろう。エスティマもそれ以上を言うつもりがないようだ。
はやてにはあまり理解が出来ないが。
大切なものを遠くに置く。そうだろうか。大事なものは手元に置いて守りたいと思うものじゃないのかと……。
違う。そうじゃない。
混乱する頭を振ってなんとか落ち着こうとするも、上手くできない。
「悪い。大人げなかったね、最近。
これからよろしく、はやて」
「あ……うん」
……なんだか誤魔化されたような気がする。
そう思いながらも、はやてはゆっくりと頷いた。
隠し事をされているのは嬉しくないけれど……。
「ねぇ、エスティマくん」
「ん?」
「大事なものは遠くに置く……私、大事?」
「あ、当たり前だろ」
「そか」
照れ臭そうにそっぽを向く彼に、思わず笑いを噛み殺す。
今はこれだけで満足するべきか。
……誤魔化されてるなぁ。
業務を終わらせて、はやてと一緒に帰宅。
登下校ってわけじゃないのに、肉体年齢がアレなせいかそんな風に感じてしまう。
しっかし……大切なものは遠くに置く、ね。
遠ざけるって聞いて初めて気付いた気がする。
ん……前は大切なものを手元に置く主義だった気がするが、変わってしまったのかもしれない。
きっとそれは、人に言えないことが多くなったせいってのもあるだろう。
俺の周りには、やたらと人のお節介を焼くお人好しがたくさんいる。
なのは然り、はやて然り。ユーノやクロノも。フェイトだって、きっと妹という立場じゃなかったらそうだっただろう。
そんな気の良い連中に囲まれているからこそ、何も言えない。
口にすれば最後。自分の身にどんな面倒が降りかかるのか分かっていながらも首を突っ込んできそうだ。
ユーノだって、何も言わないのが俺にとって一番だと思っているからこそ三課のことに触れてこないのだろうし。
……だからこそ、俺は一人でスカリエッティとの決着をつけたかった。
大事になればなるほど巻き込まれる人も多くなる。そんなことはもう、腹一杯なんだ。
けれど……もうそれも限界かな。
はやてが三課に入ったのは、良い悪いは別にして、転機となるだろう。
人員の増えた三課で今までと同じように戦うか。それとも、他人を巻き込んで戦うか。
……どうしたものかねぇ。
などと考えていると、リビングにシグナムが顔を出した。
彼女は騒がしくないていどに急ぎ足で俺の元へくると、俺の座っているソファーの隣に腰を下ろす。
「父上」
「なんだ」
「今度、連休があります」
「そうだな」
「……どこにも行かないのですか?」
と、何かを期待するような視線が。
いつもならば、買い物にでも行くか、という話になるのだが……。
「そうだな……キャンプにでも行くか」
「そうですか。買い物に……って、え!?」
信じられない、といった様子で俺を見るシグナム。
ちなみにキッチンにいるはやても目を見開いて凍り付いている。
……なんだよその反応。
「ち、父上がどこかにつれていってくれる……? これは何かの夢でしょうか」
「シグナム、これは夢やない」
「あ、あれ……?」
そんなに俺は休日を無為に過ごして……。
……いや、そうだった。出かけはするけど遠出は滅多にしませんでしたね、はい。
いや、だって疲れが残るようなことを休日にしたくなかったんだもの。
「父上、キャンプにいくのですね!?」
「うん」
「どこへ行くのですか? 海ですか、山ですか? ミッドチルダですか、別世界ですか?」
「あー、ええと……」
目を輝かせて身を乗り出すシグナムに押されながら、頭の中でスケジュールを組み立てる。
「……第六管理世界の、アルザス。そこに行くつもり」
そう。
もうそろそろ、良い頃だろう。
暗い、暗い部屋。
多くの本棚に囲まれ、遮光カーテンによって窓を覆われた部屋。
その中を、光源となるいくつもの紙片が舞っている。
イエローの光を纏った紙片。そこに書かれている古代ベルカ語を頭の中に入れながら、カリム・グラシアはマルチタスクを使用して文字の羅列――予言の内容を見極めようとしていた。
彼女の稀少技能、予言者の著書。それに記される事柄に、ここ最近、一つの新たな項目が増えたのだ。
内容は目を通す度に変貌する。まだ確定していない、いくらでも変化を起こす未来のことなのだろう。
ただ、その内の一つ。四行からなる予言の二行目、三行目が、一定の方向性を持ち、四行目が明かされようとしている。
それを見極めようと目を細め、彼女は側に立つ緑髪の少年に声をかけた。
「ヴェロッサ」
「なんだい」
「はやての様子はどうですか?」
「ああ、エスティマと喧嘩していたようだが、上手く仲直りできたみたいだ。
部隊にも馴染んでいるみたいだし。悪くないんじゃないかな」
「そうですか」
声だけは興味がなさそうに。しかし、口元には安堵したかのような笑みを浮かべながら、カリムは宙を舞う紙片の一つを手に取る。
完全な翻訳の難しい古代ベルカ語。それをなんとか飲み込もうと頭を回転させるが、はっきりとした文字列に直すことは容易ではない。
「ねぇ、カリム」
「なんですか?」
「もうそろそろ、はやてにもこの予言を教えた方が良いんじゃないのかい?」
「そうですね。頃合いかもしれません」
いつ起こるとも分からない災厄。それに対する備えは、早いに越したことはない。
例えそれが杞憂だったとしても、だ。
『―
王の証、もしくは印を持つ者、邂逅を果たす。
暗幕の跡地で力果て、死者の列に加わり。
親しき者との別離が、緩やかな終焉の始まりとなる』
この上なく不吉な内容だ。
おそらくは個人の出来事を記している内容。
まずはこの、予言の中心人物となる者を探すべきか。いや、それは砂漠の中から宝石を探し出すようなものだ。
だとしたら、やはり、この個人によって引き起こる悲劇に備えることしかできないだろう。
……後手にしか回れませんね。
それを悔しく思いながら、カリムは目を細めた。