「お、お嬢さんを、僕にください……」
なんとか絞り出した言葉は、自分でも滑稽なぐらいに震えていた。
それを聞いた人物は、対面に座る三人の騎士。ヴィータにザフィーラ、そしてエクス。
リインⅡもいるにはいるけど、この際除外。今は構ってる余裕がない。
「あーん? 聞こえねぇなぁ」
と、云ったのはヴィータだ。
そっぽを向きつつ、口元にはにやついた笑いが浮かんでいる。絶対嘘だ。聞こえている。
けどここで突っ込めば、ほぼ確実に帰れとか云われるのは予想できるので、もう一度。
「お嬢さんを、僕にください」
「聞こえんな」
次に反応したのはザフィーラ。
ヴィータと違い態度こそ悪くないものの、目を閉じて腕を組んだままそんなことを云われると、心が挫けそうになる。何このプレッシャー。
ぐ、と言葉に詰まりつつ、もう一度俺は口を開こうとして――
「まぁまぁ、二人とも。そうエスティマさんを虐めなくても良いじゃないですか」
苦笑しきりのエクスは、しかし、俺の瞳を真っ直ぐに見え据えるとその笑みを消した。
意志の光りを爛々放つ目を向けられ、表情には強い決意のようなものが滲んでいるように見える。
それは方向性こそ違うものの、彼女が闇の書であった頃と同種のものかと思ってしまうほどに。
「エスティマさん。主があなたを長年想い続けていたことを、我々は知っています。
故に、主の願いが成就されることを、我々ヴォルケンリッターは喜びましょう。
その上で問います。あなたに主を幸せにすることはできますか?」
「……できます」
口から零れたのは、僅かな間を置いての即答だった。
それ以外の答えを返すことができない、ということもあるのだが――薄々と、俺は彼女らの意図に気付く。
分からない、などと答えればここから放り出されるだろう。頑張る、なんて口にすれば呆れられるに違いない。
彼女らが求めているのは、幸福にできるかという確証ではない。そもそも、未来がどうなるか分からないのは万人共通。それを俺に求めるほど、彼女らは愚かじゃない。
おそらく、俺の決意を試しているんだ。
どれほどの気概があるのかと、それを言葉に表してみろ、と。
そして、
「……良いでしょう」
小さく笑みを浮かべて、エクスは頷いた。
「ええ。あなたは有言実行する人間だと、私たちは知っていますからね。
口に出した以上、絶対にねじ曲げてはいけませんよ?」
『旦那様、旦那様。これは見事にハメられたとしか言い様がありません』
『分かってる。黙ってろ』
こっちは余裕ないんだよ。
デバイスコアを瞬かせるSeven Starsへ念話を送ると、俺はそれた意識を再び騎士たちへ。
視線を向ければ、ヴィータは呆れたような、残念な様子で溜息を吐いていた。
「おいエクス。もう二、三回は駄目出しした方が良かったってやっぱ。
何回も挑戦させた方が、コイツの決意も固くなるだろ」
「止めてやれヴィータ。コイツのことだ、無理と分かれば駆け落ちでもしかねん」
「既成事実を作るって線もあるですよー」
……俺の評価って。
ちょっと前まではコイツら俺の部下だったんですよ? なのにこの云われよう、どういうことなの。
そんな風に落ち込んでいると、
「まぁ冗談はともかくだ」
腕を組んだヴィータは、やはり不敵な笑みを浮かべて云う。
「アタシらはお前って人間を、ずっと前から認めてんだ。
勿論、それだけではやてを任せるなんて思わねぇけど……今のお前なら、大丈夫だろ」
「当たり前やんか」
そのヴィータの言葉に、俺の背後でずっと黙っていたはやてが声を放った。
振り返れば、彼女は恥ずかしそうな顔をしながらも胸を張って、堂々と自らの騎士たちへ言葉を。
「私の見込んだ男の人やで、エスティは。
駄目男さんかも知れへんけど、それと同じぐらいに素敵なんやから」
えへへ、と笑うはやてになんと云って良いのやら。
こいつらには一生頭が上がらないのかも知れない。
そんなことを思いながら、俺は苦笑した。
リリカル in wonder
―After―
六課が解散したあと、俺とはやては、戦いの最中に行ったプロポーズから先へと進むため、準備を開始した。
今までの時間は酷く長くて、友達、同僚、戦友、とはやての面をたくさん知ってきたわけだけれど、恋人となってくれた彼女がどんな顔をするのか知りたくて――というのは、些か独占欲の強い願いだろうか。
けれどそんな考えを余所に、レリックの摘出手術が終わり、俺の体調が整うと、ゆっくりとだが結婚の準備が始まる。
これはなんというか……外野に急かされた部分が大きいのだと思う。
どうやら俺のプロポーズは身内にリアルタイム放送されていたらしく、そんなものだから、ずるずると半端な関係を続けているのが焦れったかったようだ。
そうして、まずはお互いの両親に話を――となり、さっきの話に戻る。
今更だが、はやての両親は既に他界している。なので俺が挨拶をするのはヴォルケンズであり、どうやら、はやてを貰うことに許しを得られたらしかった。
「……疲れた。なんだよあのプレッシャー」
「あはは、お疲れエスティ。
なんや、すっごく緊張してたなぁ」
「するさ。普段から顔を合わせているとはいえ、やっぱりね。
……そういうはやてだって、これからスクライアに顔を出すんだから他人事じゃないぞ?」
「んふふー、エスティと違うて、私はそんなに気負ってへんからなぁ」
「どうだか。ユーノはともかく、フェイトは結構ごねそうだけどね」
「大丈夫やって。ようやっとフェイトちゃんとも仲直りできたもん」
と、云うはやての言葉は嘘じゃない。
あの最終決戦、俺の知らないところで、何かがあったらしいとは聞いている。
詳細の方はフェイトもはやても教えてくれないが――まぁ、仲直り、というより、ようやく友達と云えるようになったのは喜ばしいことだ。
二人が微妙な関係であったのは、俺が原因とも云える。この期に及んで、本来ならば、なんてIFは口にしない。
けれど、俺がしでかしたミスで溝が生まれたのだけは認めなければならないと思う。
その関係がようやく解消されたということは、ああ、本当に嬉しいんだ。
けれど、ついさっきまでヴォルケンズの圧迫面接に神経削られていた俺からすると、それは少し羨ましくて、ちょっとした意地悪心が鎌首をもたげる。
「あいつのブラコン具合を舐めちゃいけないよ」
「……エスティは、私がスクライアの皆に認められない方がええと思っとるんか?」
「……は?」
声を上げ、思わず足を止める。
今の反応が予想外で、首を傾げながら俺は彼女の顔を覗き込んだ。
はやては何が不満なのか、視線を逸らしながら口をへの字に曲げていた。
……何か、不味いことを云っただろうか。
別に今のは、普段からやってる軽口となんら変わりはないっていうのに。
「……ごめん。なんでもあらへん」
そんな風に抱いた疑問を打ち消すようにはやては笑むと、俺の手を取って歩き出す。
手と手をぎゅっと。しかしそれでは満足できなかったのか、はやての方から腕を組んでくる。
身長差があるせいだろう。腕を組むと云っても、半ば俺の腕へ抱きつくような形になるのだ。
恋人同士になりはしたけれど未だに気恥ずかしくて、それも昼下がりの街角だ。どうしても人の目を気にしてしまう。
それでも服越しに伝わってくる温もりは心地よくて、どんな表情をして良いのか分からないまま、俺は彼女と一緒に歩みを進めた。
ここからスクライアへ行くには転送ポートを使わなければならないため、その施設がある場所まで少し歩かなければならない。
目的地へ辿り着くまでの散歩を楽しむために、俺ははやてとゆっくり歩みを進める。
そうしていると、すれ違いそうになったショーウィンドウに飾られていた衣装に目を奪われる。
はやても同じだったのか、続けていた歩みを止めて顔をそちらへと向けた。
飾られていたのはウェディングドレスだ。そう遠くない内にはやても着ることになるだろう。
装飾過多なものから、シンプルなもの。色は白を始めとして数々のものが。
数多の種類が存在しているけれど、何を着ても似合いそう、とは身内贔屓が過ぎるのか、どうなのか。
……ともあれ、今は見てる暇なんてない。
「はやて。ドレス選びは他の日にするんだから、今はスクライアの方に行かなきゃ」
「ちょっとぐらいええやんか。な、お店に入ろう?」
「入ってどうするんだよ。式は神前……海鳴でする予定だろ?
ドレスでも良いっちゃ良いらしいけど、それにしたって向こうでレンタルするんだし、ここで決めても……」
「決めるんやない。どんな種類があるのか下見するんやって」
「なのはが持ってきてくれたカタログ、飽きずに毎日見てるじゃないか……」
ちなみになのは、一人でブライダルフェスタに突撃してカタログを貰ってきたらしい。
お一人様ですか? という問いかけには流石に逃げ出しそうになったとか。
ともあれ、一体何時間、ドレス選びに割くんだよ……とまでは云わないにしても、俺の呆れが伝わってしまったのか。
ちょっと苛立った風にはやては眉ねを寄せると、組んだ腕を引っ張って俺を店へ引っ張り込もうとする。
「それでも気になるもんは気になるんや。
ほら、行くで」
「いや、だから……ここで時間潰したら、向こうに伝えた時間に遅刻するかもしれないだろ」
「まだ二時間もあるやんか」
「ドレス選びに毎回それぐらいの時間かけてるのに、そんなこと云ったって――」
「……ああ、そう」
じゃあ良いよ、とばかりにはやては俺と組んでいた腕を解いた。
そして一度もこちらを振り向かずに、そのまま店へと入ってしまう。
俺はそんな彼女に言葉をかけることすらできないまま、呆気にとられて背中を見送ることしかできなかった。
「機嫌を損ねたのは分かるけど……俺、何か間違ったこと云ったか?」
『私にも理解しかねます。これは俗に云う、乙女心というものでは?』
「……ドレス選びが? まぁ、分からないわけじゃないけどさ」
……なんとも難しい。
確かに服選びに時間を割くのは、まぁ、俺もしないわけじゃないから分からないこともない。
けれど、男と比べて倍以上の時間をかけようとする女の神経はどうにも。
その上、今日は結納のために両方の親族に挨拶を、って予定で、ドレス選びは他の日にしようって決めてある。
それなのに、だ。
……なんだか、俺の意思を蔑ろにされてるようであまり面白くはない。
はやてが俺との結婚式を思い出に残るよう楽しみたい、と思っているのは分かる。
そうでなければここまで時間はかけないだろう。そのこと自体は素直に嬉しい、んだけど……。
「……ワガママなお姫様だよ本当。
仕方がない、付き合うとする――」
『……エスティ。付き合いたくないなら、先に行っててもええよ』
「……」
店へ一歩を踏み出そうとした瞬間、はやてから念話が届いて思わずこめかみがヒクついた。
落ち着いてー落ち着いてーと脳内で雲雀が囀るも、一瞬で俺の我慢メーターは振り切れる。
『そっか。じゃあ、分かったよ。
先に転送ポートに行ってるから、着いたら連絡して。それじゃ』
云ってからしまったと思うも、遅い。
一度口にした言葉を取り繕うのは格好悪いというのもあるし、何より、苛立ちを感じていたのは事実だ。
俺はそのまま踵を返すと、転送ポートのある施設へ歩き始めた。
何か云いたそうにSeven Starsが瞬くも、無視だ。
やり場のない、怒りとも違うもどかしい感情を抱きながら、俺は振り切るように頭を振った。
「……馬鹿」
……何も、本当に行くことないやんか。
色とりどりのドレスを眺めながら、マルチタスクの一つを使って、はやてはエスティマへの文句を呟いていた。
眼前に広がるドレスは、それほど種類が多いわけじゃない。専門店というわけではないから当たり前だ。
だから見るにしたってそう時間はかからない。それを分かってはやてはこの店へと入っていた。
けれどエスティマはそれに気付いていたのかいなかったのか、自分を置いて先に行ってしまった。
何もこんな日に喧嘩しなくても、と思う反面、なんで分かってくれないの、とも思う。
彼との結婚式を思い出に残る、最高のものにしたいと思うからこそ、エスティマが些細なことと断じるものをはやては大切にしたかった。
まだ六課が運営されていた頃、彼から受けたプロポーズは本当に嬉しかった。
今までの想いが報われたことは当然として、彼から一歩踏み込んでくれたことが何より心に迫ったから。
だからそのお返しとして、今度は自分が彼に最高の思い出をあげたい。
少しでも綺麗な花嫁衣装を選んで、彼に、私を選んで良かったと思って欲しいのに。
何を着ても綺麗だよ、なんて言葉は向けて欲しくない。
選んで選んで選び抜いて、これ以上ない、本当に綺麗だという言葉が欲しい。
そのために、彼にもドレス選びに付き合って欲しい――というのはワガママが過ぎているのかもしれないけれど。
……焦っているんかなぁ。
そんな風に、はやては思う。
エスティマはそう長生きできないと、こっそり彼の主治医から彼女は聞いている。
彼とは、はやても顔見知りで、だからこそ、彼を支える自分にその事実を教えてくれたのだろう。
彼に残された時間は長いようで短い、と彼女は思う。
今まで自分が生きてきた時間よりも少しは長いにしたって、それは、常人と比べればずっと少ない。
それだけの時間しか、彼と共に歩むことができない。
彼女にとってそれは、悲しみ以外の何ものでもなかった。
生涯の伴侶、とう言葉は自分たちに限れば嘘だ。
四十歳だなんて、早くても子供が成人するかどうか微妙な頃。自分はお婆ちゃんではなく、おばちゃん、といった具合。
なのに彼は先に逝ってしまう。多少の前後はあるだろうと聞いてはいても、それは慰めにならない。
ずっと一緒に生きたいと願ったからこそ、はやては彼を選んだ。
しかし実際はそんなことなく、彼はそう長くない人生が既に設定されている。
二十年。その年数を笑えるほどの余裕が、はやてにはない。
だからこそ彼女は、その大切な、かけがえのない日々のスタートを大切にしたかった。
最高のスタートを切って、最高の日々を送れば、最後に待っている悲しみだって、きっと満足して受け入れることができるだろうから。
そう、信じて。
だのに、エスティマは微塵も焦りを見せなくて――ああもう、と一人で空回りしている気分だ。
約二十年。たったの二十年。けれどあの暢気な彼は、二十年も、と思っているのかもしれない。
はぁ、とはやては溜息を落とす。
選ぼうと思っていたドレス、手に取ったそれは色褪せているように見えてしまって、どうにも魅力的に見えない。
煌びやかなのは確か。装飾も凝っていて、似合うに合わないにかかわらず着飾ってくれるのも間違いはない。
けれど、伴侶となる彼がこれを喜んでくれるか分からないというだけで、はやては興味をなくしてしまった。
だって、意味がない。
どれだけ頑張ったとしても、彼が喜んでくれないのならば――と。
報われない想いほど虚しいものはなく、それは長年エスティマを想い続け、紙一重で彼を繋ぎ止めることができた彼女だからこそ強く思う。
「……もう、行こか。仲直りせなあかん」
喧嘩、というほど激しいものではなかったけれど、些細なすれ違いでさえ彼女は怖い。
手を放したらどこかに行ってしまいそうだから、とでも云えばいいのか。
自分の独占欲が強いのは分かっていたけれど、それに加えて男に追いすがる駄目女な属性も持っているのかもしれない。
駄目男と駄目女でお似合いやなーという自虐は如何なものか、と思うけれど、今の沈んだ気分はどうしても止められなかった。
店員の視線を背中に受けながら、とぼとぼとはやては外へ。
店の並ぶ街道は人の数が多く、その中に混じってはやては歩き出した。
腕時計に目を落とせば、時間まで少し余裕がある。
その余裕を仲直りに使えたら、と思いながら彼女は歩き始めて――
「おや、はやてじゃないですか。
どうしました、一人で。旦那様は一緒ではないのですか?」
ふと声をかけられ振り返ると、そこには修道服姿のシャッハがいた。
なんでこんなところに――と思うこともない。今日は休日なのだから、彼女がどこにいたっておかしくないだろう。
修道服姿なので、もしかしたら仕事中なのかもしれないけれど。
「あはは、今は別行動中なんよ。
これから、エスティのところに行くつもりなんや」
「そうですか――っと、なんだか顔色が優れませんね。何かあったのですか?」
「ん、ちょっと」
そうはやてが云うと、シャッハは生真面目な表情を浮かべて、行きましょう、と促してきた。
何もそんな真面目な顔をしなくても、と思うが、それは職業柄か。
本業は教会騎士団の一員ではある彼女だが、シスターという側面もあるため、世話焼きなのだろう。
そんな彼女の性格を、はやては長年世話になっていたこともあって、良く知っていた。
『念話で失礼。どうしたのですか?』
『……ちょっとしたすれ違い、かなぁ』
雑踏の中で大声で話すのは悪いと気を配ってくれたのか、シャッハは念話を送ってくる。
それに弱々しい声を返して、はやては先を続けた。
『私たちが結婚式の準備をしてるの、シャッハも知ってるやろ?』
『ええ、めでたいことですね。長年あなたたちを見守っていた立場としては、感慨深くもあります』
『ありがと。けど……なんや、私と違うて、エスティはそんなに結婚式に思い入れがないのかなぁ、ってな。
いや、分かってるんよ。エスティだって楽しみにしてる。けど、なんだか温度差があるような気がして……今別行動しているのも、それが原因。
上手いこと二人一緒に楽しむことはできへんかなぁ、って思うんやけど』
『……男の人と私たちでは、やはり気にする部分が違うと思います。
なんて云っても、いざ私自身が結婚するときになったって擦れ違いはあると思いますけれど』
『そういうもんなんか?』
『ええ。聖王教会では仕事として、挙式も引き受けていますからね。
たくさんのカップルを見てきましたから。
……難しい問題です。
はやては、どんな風に彼と挙式の準備をしたいのですか?』
『決まっとる。仲良く、何が良いのか二人で決めて、最高の結婚式をやりたい』
『ええ。おそらく、エスティマさんもそう思っていると思いますよ。
それでも擦れ違いが起こるのは……さて、なんででしょうね。
仕方がないとも云える事柄だとは思います』
『……仕方がない?』
云われ、微かな苛立ちがはやての胸中に湧き上がってきた。
そんな有り触れた、諦めにも似た理由を自分に適応しないで欲しい。
しかしそんなはやての考えを見透かしているのか、シャッハは困った風に笑う。
『そう怒らないでください。
まぁ、話半分に、先人の教えとして頭の隅にでも置いてくださいな。
実際のところ、彼が何を考えているのかなんて、はやては完全に理解できていないでしょう?
できていたら、それは少し怖い。
……ともあれ、です。
そんな風にお互い何を考えているのか分からない。理解することができないわけだから、やはり考えていることも違います。
大きな目標として結婚式を大事にしたいという願いが同じだとしても、そこに至る過程に擦れ違いが起こるのは必然。
ならば、お互いに腹を割って話し合うしかないでしょう。
はやては、唯々諾々と彼の云うことに従うような馬鹿ではないと、私は思っています。
だから彼に自分の考えていることを話してみたらどうでしょうか。勿論、彼の意思を尊重しつつ、ですよ?』
『……そんな当たり前のこと、分かっとるわ』
『そうでしょうね。けれど、それを行ってはいましたか?』
シャッハの言葉に、思わず言葉に詰まってしまった。
それに彼女は苦笑しつつも、話は終わりとばかりに頷く。
『お説教はこれぐらいに。
頭で分かっていても、結局は動かないと駄目なんです。
……恥ずかしい、というのは分かりますけどね』
『……ん。ありがとう、シャッハ』
『いえいえ。迷える子羊を導くのは、私の仕事ですからね。
……ああ、残念。ここまでです。それでは、頑張ってください』
分かれ道に差し掛かると、シャッハは小さく手を挙げて先に行ってしまった。
彼女を見送ると、はやてはエスティマが待っているであろう転送ポートへと。
……確かに、彼が何を考えているのか、私には分からない。
もしかしたら自分よりも――と考えてしまう弱い心が確かにあって、聞かずとも分かってくれるという傲慢も存在している。
そして、自分と彼はきっと同じことを考えている甘い幻想も。
けれど、幻想と云ったことから分かるように、それはただの夢でしかない。
思うことがすべて実現するような儚さはここになく、あるのはすべて、踏み出さなければ何も果たせないという酷薄さ。
しかし、だからこそ彼の側で彼が何を考えているのか確かめる楽しさがあるのだ。
擦れ違いが悲しくても、彼が自分を想ってくれているのは確かだから。そうでなければプロポーズも結婚も望んでくれはしなかったはずだから。
そんな彼との噛み合っていない歯車を調整するのも、これから夫婦となるためには必要なことだろう。
……分かっているようでいて、分かっていなかったのかもしれない。否、分かっていなかった。
恋に恋する乙女のままじゃ、彼と歩み続けることはきっとできない。
彼と対等な伴侶として、尊重し合いながら歩み寄り、腕を組んで先を目指さないと。
……その相方は、存外短気で、思った以上にだらしがなく、気が多いくせに無自覚で、照れ屋な上に、なんでもかんでも手に入れたがる欲張りだけど。
けれどそんな彼が狂おしいほどに愛しくて、だからこそずっと隣に立つべく追い続けた。
そしてようやく隣に立てたのなら、今度は彼と一緒に、設けられた最後の刻まで添い遂げないと。
行こう、とはやては歩調を上げる。
彼が待っているであろう喫茶店はもう目と鼻の先だ。
少しだけ気後れするけれど、それはいつものこと。
それを踏み越えて、自分はエスティマとの明日へと進みたい。
「……ん?」
何をするわけでもなく、流石に一人残してきたのは悪かったよなぁ、と後悔しながらコーヒーに口を付けながら外を眺めていると、雑踏の中にはやての姿を見付けた。
別れ方が別れ方だったため、少しだけ気後れしながら俺は片手を上げる。
はやても俺と同じ気まずさを抱いているのか、苦笑を浮かべながら喫茶店の入り口へと向かった。
大して間を置かずに彼女は俺の席に向かってくると、ブレンドを注文しつつ俺の対面に座った。
「……ドレスの物色は、どうだった?」
やや躊躇いながら、俺はそう問う。
喧嘩腰の返答があったら嫌だな、と思っていると――
「エスティがおらへんもん。楽しくあらへんかった」
……なんとも。
どう答えたら良いのか分からない返事があって、俺は目を瞬いてしまう。
「……ごめんな。ワガママ云って困らせて。
けど、分かって欲しかったんや。私はただ綺麗なドレスが着たいんやなくて、エスティに喜んで欲しかった」
「あ、いや……俺は……その、ごめん」
「謝らへんで欲しい。
エスティ、私は何を着ても似合うって云うてたけど、それじゃ嫌なんや。
エスティが一番綺麗って思うのを、一緒に探して欲しいって私は思うて……な。
お願い。嘘とか吐かへんでええから、正直に答えて。
……面倒?」
「……少し」
「……そっか」
正直に答えたものの、やはり少しショックを与えてしまったようだ。
はやては肩を落としながら、残念そうに視線を落とす。
けれど俺はそんな彼女の顔は見たくなくて、何か良い案はないもんかと、深く考えずに口を開く。
「……けど、俺だってはやての綺麗な姿は見たいからさ。
付き添って一着一着見るってことは、今云ったように辛いんだけど……なのはが持ってきたカタログ、俺もちゃんと見るようにするよ。
それで、俺が良さそうだと思ったのを挙げて……それを含めてはやてがドレスを選んで、ある程度決まったら、俺もちゃんと衣装選びに参加するから」
駄目かな、と問うと、はやては小さく首を振る。
そして何故だか目元を拭うと、泣き笑いの表情を浮かべた。
「ど、どうしたんだ!?」
「……なんも。ただ、簡単なことやったな、って。
……そか。エスティも、私のドレス姿を見たいと思ってくれてたんやね」
「当たり前だろ。だって……はやては、俺の」
「……俺の?」
さっきまでの泣き笑いはどこに行ったのか、意地悪な笑みを浮かべるはやて。
それにどうしても気恥ずかしさを感じて、俺は残り少ないコーヒーを飲むべくカップを持ち上げた。
それで、口元を隠す。自分が憮然としているのか笑っているのかは、分からない。
「ハニーが照れとるー」
「照れてない。それと、ハニーはやめてくれ」
「ふふ、しょうがないなぁ。
本当、困った旦那様やね」
行こう、とはやて腰を浮かばせる。
見れば、もうスクライアに向かわなければいかない時間になっていた。
俺も同じように席を立ち、そうして、こちらから彼女の手を取った。
少しだけ驚いたようなはやてだが、すぐに表情は笑み一色へ。
ご機嫌な調子のはやてと共に、俺たちは次の場所へと。
会計を済ませ、店を出ると、手を繋いだまま転送ポートのある施設へ向かう。
その最中、俺とはやてはずっと手を繋いでいた。
蛇足だが、
「駄目ー。いくらはやてでも、兄さんはあげませんー」
「そこをなんとか、な? フェイトちゃん」
「駄目ったら駄目! ほら、兄さんからも云ってよ! もうちょっと独身生活を満喫したいよね?」
「いや……そもそも俺、シグナムいるから独身じゃないし」
「そういうこと聞いてるんじゃないの! もう、ユーノ、アルフ!」
「キャロ、引き出物は何が欲しい?」
「え、あ、その……お菓子とかが嬉しいです。ごめんなさい」
「まぁ、誰でも使うの躊躇うような記念品の皿は嫌だよねぇ。
あたしゃハムの詰め合わせとかで良いよ?」
「もうっ! もうっ!」
はやての予想に反して、フェイトの抵抗は予想以上に強かったとさ。