「つまり、管理局でも彼女たちのメンテナンスはできると?」
「そうなるな。
技術革新があったんだかどうか知らないが、ナンバーズとタイプゼロの嬢ちゃんたちは完全に別物だ。
だが、連中のアジトから出てきたデータに、長年タイプゼロの二人をメンテナンスしてきたノウハウがある。
最初は手間取るかもしれねぇが、無理じゃない」
「それは良かった」
気心の知れた、俺の面倒を見てくれている医師へと言葉を返すと、俺は視線を硝子へと向けた。
その向こう側には、照明が一切点けられていない検査室がある。
その中央にある生体スキャンの機器、中ではフィアットさんが仰向けになっていた。
今彼女に対して行われている検査は、会話の通りに彼女の身体に関して。
同じ戦闘機人とは云え、ナンバーズとタイプゼロは製造された年代に隔たりがある。
その上、定期的のボディの交換を行っていたからか、初期稼働組のフィアットさんでさえ使われている技術は最新鋭と云って良い。
そんな彼女を管理局の元で無事に運用することができるのか。
彼女たちの裁判を担当する執務官として、俺はこの場へと足を運んでいた。
同時に、彼女を心配する一人の男として。
仕事でここにきているため顔にも出さずそれらしい言葉を口にしないよう努力はしているものの、やはり心配なのだ。
……彼女が戦闘機人であることを、俺は否定しない。
それを分かった上で、俺は人としてあの人と共にいたい。
だから、メンテナンスが管理局では不可能で――なんて言葉を聞くことがなかったため、俺は微かな安堵を覚えている。
今思っていることを誰かに云ったら、心配性だと苦笑されるだろうか。
自覚がないわけじゃないから、そうかもしれない。
ただやっぱり、ようやく彼女と一緒の時間を過ごせるようになったからこそ、小さなことでも気になってしまう。
「……女の心配も良いけどな、エスティマ。
ある意味、お前の方が問題は深刻っちゃあ深刻なんだぞ」
「それはもう終わったことじゃないですか。
分かってますよ、自分の身体のことは。もう無茶はしませんし、する意味もないですからね。
ご心配には及びません。
……それにしても、女って」
……それをこの人に云った覚えはないんだけど。
眉根を寄せつつ視線を向けると、彼は呆れたように溜息を吐いた。
「隠してるつもりかお前は。
一介の執務官にしちゃ、心配が度を過ぎてるぜ。
公私混同は不味いんじゃないのかい、三佐殿」
「……分かってますよ。
自分の首を絞めないように気を付けます。
それより、なんで分かったんですか?」
「そりゃお前……」
「はい」
「さっき云ったのと合わせて、あそこのお嬢ちゃんを見てる目付きがな。
……ああいうのが趣味だったのかお前。
って、ちょっと待て。なんだその二本指は。今にも目潰しをしそうな構えは」
「いや、なんかイラっと……」
ちなみに検査を受けているフィアットさんは機器の中で全裸になっている。
だからそう、つい……。
「患者をそういう風に見てたら、今頃俺は訴えられてる。
何年医者をやってると思うんだ馬鹿が」
「すみません、つい」
リリカル in wonder
―After―
フィアットさんの検査が終わると、俺は一足先に医師と別れてロビーへと向かっていた。
これから彼女は、医師から定期メンテナンスの話をされるらしい。
あの人は他のナンバーズよりも一足先に現場に出て更正プログラムの実地研修を受ける。
そうなれば自然と、多くはないだろうが戦闘機人の力を使う機会も出てくるだろう。
単純な戦闘だけではなく、災害救助などにも協力することになる。
その時にはい動けませんでした、ではお話にならないし、彼女自身の命も危ない。
だから――
そんな風に考えごとをしていると、だ。
背後から視線を感じて、思わず振り向いた。
殺風景な白い廊下に人影はなく、気配はあるようでない。
人の声は遠巻きに聞こえてくるものの、この区画に一般の人がくるわけがない。
いるとしたら精々、戦闘機人に関係する医師か技師、そんなものだ。
が――
『誰か隠れてますね』
「やっぱりか?」
『はい。曲がり角です』
なんだろう、と思いながら俺は踵を返す。
すると同時にスリッパが床に擦れる音が響いて、思わず首を傾げた。
俺が戻ってくるのに気付いて、離れようとしているのだろうか。
それにしても、足音は酷く緩慢だ。
なんなんだ一体、と思いながら俺は曲がり角を覗き込んだ。
すると、そこには壁に沿って取り付けられた手すりに掴まる、子供の姿が。
ここに入院している子供なのだろうか。
パジャマ姿の子供は進もうとしているものの動きはどこかぎこちない。
「俺に、何か用かな?」
深く考えずに声をかけると、子供は微かに肩を震わせながらこちらを振り向いた。
中性的な顔立ちは、この子が少女か少年か判別しかねる。髪の毛があまり長くないのも一役買っているだろう。
子供は気まずそうに一度俯いて、その、と言葉を零した。
「ご、ごめんなさい」
「いや、良いよ。気にしないで。
もしかして、手を貸して欲しかったのかな?
どこか行きたいとか」
手すりに掴まって、というよりは身体を預けて強引に進んでいる。
そんな印象をこの子から感じたので云ったのだけど、ふるふると頭を振られた。
「あの、その……エスティマ・スクライアさん、ですよね」
「ああ、そうだよ」
「エースアタッカーの!」
「……うん」
懐かしいなその呼び名、と思いながら思わず遠い目をしてしまう。
だがそんな俺の反応に気付かず、子供はさっきまで見せていた戸惑いを忘れたように、笑顔へと。
「握手してください!」
「……先端技術医療センターで僕と握手」
「え?」
「いや、なんでもない。
それぐらいだったらいくらでも……っていうか、そこまで大した人間でもないけどね、俺は」
「そんなことないですよ!
ミッドチルダ地上部隊の数少ないオーバーSランク魔導師じゃないですか!
海の方に行かないで、ずっと地上で――」
そこまで云った瞬間、急に子供は咳き込み始めた。
その勢いが喘息でも起こしたぐらいに酷くて、咄嗟に近付き背中をさする。
子供は笑顔を浮かべようとするも、それもまた咳で中断され、へたり込んでしまった。
「大丈夫かい? 今、誰か呼ぶから」
「へ、へいきです……ちょっと興奮しただけですから」
しゃがみ込みつつ医師に念話を送ろうとすると、子供は苦笑しながらそれを手で制した。
ちょっとの興奮でこうなるなら、かなり酷いんじゃないか。
そう思うも、部外者の俺が込み入った事情を聞いて良いものかと躊躇してしまい、そっか、と頷くだけに留めた。
「それより、握手……」
「あ、うん……」
執念足りてる、と思いながら弱々しく差し出された手をそっと握る。
この歳にしてはやや骨張った――痩せた手の感触に、子供の頃のはやてを思い出した。
……何か、重い病気でも患っているのかもしれない。
そうでないのなら、先端技術医療センターになんか入院していないだろう。
「立てる? 病室まで送るよ」
「そんな、悪いです……」
「気にしないで。これも何かの縁だろうしね。
君、名前は?」
「プリウスです」
「ん、よろしくねプリウスくん。
じゃあ俺に掴まって」
ゆっくりと立ち上がりつつ彼の身体を支えて、身体の軽さに驚いてしまう。
確かに子供は大人と比べて軽い。けれど、この子は少し異常なほどだ。
驚きと憐憫を抱きながらも表情には出さないよう努めて、俺たちはゆっくり歩き出す。
「そういえば、さっき地上や海のことを云っていたけれど……」
「あ、ボク、入院する前は陸士の訓練校に入っていたんです。
才能なくて、エースとかにはなれそうになかったんですけど」
「いやいや。確かに才能は大事だと思うけど、一番大切なのは努力さ。
俺も才能だけならAAかそこら止まりだと思うしね」
云ってから、嫌みだったかも、と軽く自己嫌悪。
素でAAクラスの才能を持っている人間はほんの一握りだ。
それを大したことがないと云ってしまうのは、色々申し訳がない。
「ですよね。教官も良く云ってました。
最初から強い人なんかいないって」
だがプリウスくんは気にしなかったらしい。
助かった、と小さく息を吐いて、ゆっくり歩を進める。
「あ、そうだ。
エスティマさん、おめでとうございます。
結社、潰すことができて」
「ありがとう。
ようやく、って感じだけどね。かなり時間を食ったし」
「それでもすごいですよ。
やっぱり――」
「プリウス!」
プリウスくんと言葉を交わしていると、不意に大声が上がった。
何事かと見てみれば、そこには焦りを顔に浮かべた男が一人。
管理局の制服に身を包んだ中年男性は、急ぎ足で俺たちの方へと向かってくる。
「勝手に病室を抜け出すなと何度も云っただろう、まったく。
……ああ、どうもすみませんでした」
「いえ、気にしないでください」
怒った直後に頭を下げられ、どうしたら良いのか、と視線を彷徨わせてしまう。
俺に支えられているプリウスくんは、不満げに頬を膨らませるとそっぽを向いた。
「……嫌だよ。いつまでもベッドに寝てたら、リハビリも何もできないじゃない」
「お前はまだリハビリができるほど回復していないんだ。
お医者さんにも云われただろう?」
「けど……」
「けども何もない。大人しく戻れ」
すみません、と再び云われて、俺は彼にプリウスくんを引き渡す。
プリウスくんは不満げに唇を尖らせているが、大人しくしていた。
それと同時に、
『念話で申し訳ありません。娘が大変失礼を……。
スクライア執務官、ですよね?』
娘だったのか、と軽く驚きながら、それを表に出さないように気を付け、念話を返す。
『いいえ、迷惑でもなんでもないですよ。
あなたは?』
『プレミオ・セダン二等陸尉です』
『はい。初めまして、セダン二尉。
現場というわけではないのですから、敬語なんて使わないでください。
若輩者だということは自覚していますから』
『それは……分かった』
やや納得できない風に、苦笑混じりの念話が届く。
……六課や三課じゃあまり階級には厳しくなかったけれど、あの二つは身内部隊ってこともあって温かっただけだ。
一緒に考えたらまずい。これからは気を付けないとな。
自分ルールを他人に押し付けられるほど傲慢にはなれないし。
かと云って口にした言葉を引っ込める度胸もなかったので、すみません、と心の中で謝った。
「お父さんが邪魔をした……」
「お前は何を云っているんだ」
「せっかくエスティマさんと会えたのにー」
「そんな風に扱われても彼が困るだけだ」
「ぶー……もう良いよ。
あの、エスティマさん。もし良かったらなんですけど、少しお話を……」
「あー……、ごめん。
人を待たせてるから、また今度で良いかな?」
そう時間が経ったわけじゃないけれど、フィアットさんがロビーに向かっていてもおかしくない。
悪いと思いつつ断ると、目に見えてプリウスくんはしょげてしまう。
「先端技術医療センターには、用事があってよく足を運ぶんだ。
だから、また今度。それで良いかな?」
「……うん」
「そういう時はお礼を云うんだ、まったく」
「お父さんうるさい。
……それじゃあまたね、エスティマさん」
「ああ、またね」
小さく手を振って、プレミオさんに小さく頭を下げると、俺はそのまま踵を返す。
しかし女の子だったのか……君付けで呼んでも何も云われなかったから、てっきり男の子かと思ったよ。
でも今から訂正するのは少し気まずいし、このままで良いか。
妙な出会いもあったもんだと思いながら急いでロビーに行き――廊下を抜けた瞬間、おや、と眼を瞬いた。
ソファーの並んでいる休憩所にはフィアットさんだけではなく、制服姿のギンガちゃんと、私服姿なスバルの姿があった。
スバルは現在休職中、だったか。目が覚めたクイントさんのリハビリに付き合ってる、と人伝に聞いている。
何やら話し込んでいる三人の姿を遠巻きに見つつ、俺は徐々に近付いてゆく。
向こうもこちらに気付いたのか顔を向けると、フィアットさんは不機嫌そうに眉根を寄せた。
「遅いぞ。どこで油を売っていたんだ、エスティマ」
「すみません、ちょっと野暮用があって。
……や、ギンガちゃんにスバル」
「こんにちは、エスティマさん」
微かな笑みを浮かべて挨拶を返してくれるギンガちゃん。
だがスバルはどこか居心地が悪そうにしながら、どうも、と小さく頭を下げる。
前のように嫌悪感をぶつけられることはなくなったけど、今度は顔を合わせ辛いのだろう。
誤解が解けて、今までのやりとりが空回りだと気付いたからか。
もっとも、俺はクイントさんとメガーヌさんが捕らわれたあの戦いが、今でも俺のミスだと思っている。
実際、あそこで俺が足を止めず戦っていたら二人は無事に帰ることができたのかもしれないのだから。
が、わざわざそんなことに触れる必要はないだろう。
スバルの様子を気にせず流すと、俺は三人と同じようにソファーへと腰を下ろした。
「何話してたんです?」
「ああ。二人の母親が目を覚まして、とな。
……改めて謝っていたところだ」
フィアットさんがそう云うと、二人は複雑そうな表情をした。
当たり前だろう。色々ありましたが母は生きて帰ってきたから気にしません、と云えるような脳天気野郎がいたら俺だって見てみたい。
それに、フィアットさんはクイントさんとメガーヌさんを撃破して捕らえた張本人とも云える。
その人物を前にして、ギンガちゃんとスバルが何も思わないわけがない。
が――
「……まだ納得はできていませんけれど、母が気にしないと云っていますから。
あなたたちも犠牲者だって。そう云われたら、恨むに恨めませんよ」
……ギンガちゃんとスバルを引き取ったような人だ、クイントさんは。
直接手を下したのはフィアットさんでも、命じていたのはスカリエッティ。
なら悪いのはあの男でしょう、と言い切ったあの人の益荒男っぷりは異常としか云えない。
「……ありがとう」
「いいえ、気にしないでください。
……あ、そうだ、エスティマさん。少し頼みたいことがあるって母が云ってたんです」
「ん?」
「スバルが撃破したナンバーズの……ノーヴェ、って子。
お母さんが会いたいって云っているのですが、できますか?」
無理ですよね、と苦笑するギンガちゃん。
それもそうだろう。外出が許されているナンバーズは現在、少数だ。
忌々しいことに外に出ているスカリエッティ。その秘書として動いているウーノ。
そしてフィアットさん。現状はこの二人だけ。
もうすぐディエチも外に出ることにはなっているけれど、最後に逮捕されたノーヴェが外に出られるのはずっと先。
しかも彼女は、あまり……いや、まったくと云って良いほどに更正プログラムに興味を示していない。
今のままじゃ、そう遠くない内にクアットロのように軌道拘留所に送られるだろう。
「……会わせるのは、無理だな。
それにクイントさんも、まだ出歩けるほどに回復はしていない……よね?」
「……もうリハビリ開始しちゃってます。
外でランニングしたい、ってぼやいてました」
「どんな鉄人だよあの人……人間だよな?」
「……戦闘機人じゃないのは確かですね」
喜ばしいことのはずなのに頭が痛い……。
頭を抱えたい気分になっていると、ふと、遠慮がちに袖が引かれる。
見てみれば、表情を沈ませたフィアットさんが縋るような眼を向けていた。
「……ワガママだと分かっている。
だがエスティマ、ノーヴェのことをなんとかしてやってくれないか?
このまま妹が牢に入れられるのは、嬉しくない」
「あの、私からもお願いします」
続いて声を放ったのはスバルだ。
彼女は視線を逸らしながらも、その、と呟いた。
「あの子、結局は戦うことになっちゃったけど……それでも、お母さんのこと大事に思ってるはずだから。
私が勝てたのは偶然なんです。本当だったら負けてた。
形見のリボルバーナックルを壊したくなかったから力を抜いた、って、だから……」
「……ああ」
どうしたもんかな、と言葉に詰まってしまう。
二人よりも思い入れは薄いだろうけれど、俺だってなんとかしたいとは思っている。
執務官としてもそうだし、何より、あの子はフィアットさんの妹だ。
勘違い野郎と思われるかもしれないけれど、他人事のように割り切ることはできない。
「……そうだな。
電話は無理だろうし――」
思考を巡らせ、ふと思い出す。
それはさっきプリウスくんと会ったからかもしれない。
距離が離れていて滅多に会えない人と言葉を交わしたいのならば――昔、俺とはやてがやっていたように。
とは云っても、なのはたちのアイディアをパクっただけだけど。
「ビデオレター。直接会話は無理でも、それなら大丈夫だ」
「それじゃあ早速、準備をしましょうか。
スバル、お願いできる?」
「うん。動画撮れるよね、マッハキャリバー?」
『Yes.』
ほんの思い付きで出したアイディアが即決されたらしい。
良かった良かった、と思っていると、不意に横から腕を掴まれる。
「……えっと、何? ギンガちゃん」
「あと一つ、言い忘れてました。
お母さんが、顔を見せなさい、だそうです」
「……あの俺、暇じゃあないんだけど。
一応、ここにきたのもフィアットさんの付き添いっていう仕事で――」
「はい、行きましょうねー」
「ちょ、離して……掴まれなくても逃げないから!」
そんな風にあたふたしていると、だ。
もう片方の腕を引っ張られて何事と思えば、心なしか頬を膨らませたフィアットさんが手を掴んでいた。
ギンガちゃんのように腕を掴んでいるわけではなく、手を繋いで。
「……あの、フィアットさん?」
「ふん」
そっぽを向きつつも手を繋いだままのフィアットさん。
そんな様子にギンガちゃんは苦笑すると、手を離した。
「取ったりしませんよ。……多分」
「別に取られるなどと……多分?
おい、どういう意味だ!」
「さー、どうなんでしょうねー」
長い髪を揺らしながら悪戯っぽくギンガちゃんは微笑んだ。
ぐぬぬ、と唸りながらも追求できないフィアットさんは、照れているのか違うのか。
「……照れてなどいない」
「そうですか」
というかフィアットさん。
あなたこの中で年長者でしょうに。
「ノーヴェ、見せたいものがある」
外から帰ってきた姉は、帰宅早々そんなことを口にした。
芝生に寝転がったままのノーヴェは視線を投げて、すぐに瞼を閉じてしまう。
興味がない。それを態度そのもので示しているかのようだ。
しかし姉――ナンバーズのⅤ番、チンクは諦めていないのか。
制服に草がつくだろうに頓着せず、ノーヴェの隣に腰を下ろした。
すると、お土産っすかー、とどこからかウェンディが湧いてくる。
今は二人にしてくれ、とチンクが云うと、ぶーぶー文句を云いながら彼女はごろごろと芝生を転がって云った。
そんなウェンディの様子にノーヴェは、日和りやがって、と胸中で毒を吐く。
トーレのような矜持やクアットロのような野心を持たないノーヴェだが、しかし、姉妹たちの尻の軽さにはややうんざりしていた。
結社という我が家が潰れたから、今度は管理局へ。
更正プログラムなんて云い方はされているが、結局自分たちを兵器として使おうとしている点では大差がない。
だというのに姉のディエチは外の世界に興味津々のようだし、すぐ側にいる姉に至っては色ボケかましている始末。
人らしく? そんな美辞麗句に誘われて、何を夢見ているという。
チンクは自分たち姉妹を戦うだけの機械ではなく、人として生きて欲しいから最後の戦いに管理局側として参加したと聞いている。
だがノーヴェからすれば、知ったことか、と云った話だ。
そもそも自分は望んで結社にいたようなものだから。
迫る火の粉を振り払って、いずれ目覚めさせると約束された母を待つ。
そのために安住の地を作るべく戦っていたのに、今はこの様。
惨めな敗北者とは今の自分を指すのだろう。
――自分が待ち望んでいたクイント・ナカジマという女性には、タイプゼロの二人がいる。
その二人を破壊して、彼女には自分だけを見て欲しかった。
ノーヴェの渇望を端的に云うならば、そうなる。
だが結果として自分は敗北し、クイントは本来自分がいるべき場所に戻った。
であれは彼女を手に入れたのはタイプゼロの二人であり、自分は何もこの手に掴めなかった敗残兵と云ったところか。
ならば、もう自分には何も残っていない。
ウェンディやセインのように自由を待ち望んでいるわけではない。
ディエチのように夢へ思いを馳せているわけではない。
オットーとディードのように、何をするべきか分からないわけじゃない。
どうにもならない。
それが自分の手で自身に落とした烙印である。
だが――
「……たまには素直に姉の話を聞いたらどうだ」
そう決め付けているというのに、この姉はしつこく構ってくる。
まだ結社にいた頃はチンクを慕っていた時期もあった。
けれどいつしかそれはクイントに取って代わり、今となっては鬱陶しい以外の何ものでもない。
牢屋にでもなんでも、好きなところにぶち込めばいい。
そう自分の考えを何度も口にしているというのに、チンクは諦める素振りすら見せない。
どうしてもこうも物分かりが悪いのかと、日々苛立ちを感じてしまう。
いつものように、今日もノーヴェはチンクの言葉を聞き流そうとして――
「……まぁ、良いさ。
今日はお前に、ある人からメッセージを届けてくれと云われてな。
見せたいものとはそれだ」
「アタシも見たいっスー!」
「……頼むから二人にしてくれ」
「うぅー……仲間外れは酷いっスよー」
どこかから現れたウェンディが、再び芝生をごろごろ転がってどこかに行った。
誰もいないことを確認すると、チンクは眼前にパネルを呼び出して操作を開始する。
人に見られたくないもんなのか?
そんなことをノーヴェは考え――僅かなノイズと共にディスプレイに浮かんだ顔を見て、目を見開いた。
『初めまして、になるかしら?』
画面にはバストアップで一人の女が映っている。場所は、病室だろうか。
外見はタイプゼロのファーストと良く似ているが――決して同一人物ではない。
ノーヴェはそれを良く知っていた。
そう、良く知っているのだ。
目を開けたところは一度も見たことはなかったが、飽きるほどにずっと寝顔を眺めていた。
その記憶はこうして捕らわれていても色褪せることなく、彼女の脳裏に残っている。
『私はクイント・ナカジマ……って、知ってるわよね』
知ってる。心の中で返答をすると同時に、ああこんな声だったのか、と心が震えた。
これがただの動画だと分かっているのに、手を伸ばしたい衝動に駆られてしまう。
だが隣で姉に見られていることをすぐに思い出すと、ノーヴェはそれを自粛した。
『ギンガとスバルから、あなたがどんな子かは聞いているわ』
タイプゼロの二人。その名をクイントが口にしたことで、微かな痛みが胸に走る。
そして、自分の印象を勝手に伝えられたということも。
どうせロクでもない説明をされたはずだ。
ファーストは一度中破に追い込んでいるし、セカンドと戦ったのは二度。負けはしたものの、どちらも痛め付けている。
気持ち高鳴りは一瞬で沈み込んでしまうも、しかし、目を動画から離すことはできなかった。
『物騒な話は色々聞いたけど、』
ああやっぱり――
『その中に、気になる話があったわね。
奪うような形になってたみたいだけど、あなた、私のリボルバーナックルを大事にしてくれてたんでしょう?
改造するわけでもなく、手を加えずに当時のままで』
落ち込みかけたところに、自分の気持ちに気付いてくれたような言葉をかけられて、ノーヴェは目を瞬いた。
しかしそれは、自分が向けられて良い言葉なのかと思い悩んで、
『……私は、娘たちの話を聞いてあなたの印象を決め付けたくないの。
あなたが何を思ってそんなことをしたのか。
娘たちと戦った理由。デバイスを大切にしていた理由。
良かったら、それを教えて欲しいわ』
ただ押し付けられる優しさではなく、欲しいのならば掴み取れと云われたような気がして、ノーヴェは目頭に熱を覚えた。
タイプゼロに対する感情が未だ黒いものであることに違いはない。
負けた自分に情けをかけているのかという怒りがないわけじゃない。
けれどそれは、望んでいた待ち人のかけてくれた言葉によって、ちっぽけとすら云える理由になる。
声が聞けただけで充分――なんて思うほど、ノーヴェは殊勝ではなかった。
『……ごめんなさいね。
まだ話したいことはあるんだけれど、あなたがどんな子か分からないから、今回はここまでで。
お返事、待ってるわ』
会いたい。ずっとそう思っていた人物にだからこそ理解して欲しいと思ってしまう。
又聞きした自分の話を信じないで欲しい。
自分の口から、何を思い、何を願って戦っていたのかを聞いて欲しい。
動画が終わる。真っ暗になってしまった画面には自分の顔が映り込み、そしてノーヴェは気付いた。
いつの間にか自分の表情が泣き笑いになっている。
そんなつもりはなかったというのに、だ。
「どうするノーヴェ。
返事を出すか?」
「……出すよ」
チンクに短く応えて、ノーヴェは何を伝えるべきかと考えを巡らせた。
しかし思考は上手くまとまってくれない。
何を云うべきかさっぱりだ。たくさん話をしたいと思っていたのに、いざチャンスが巡ってくればどうして良いのか分からない。
ああもう、と苛立たしげにノーヴェは髪を掻きむしる。
だが彼女の表情は、決して不快ではないと云うように緩んでいた。
「上手くいったみたいですね」
「だね」
ずっとフィアットさんとノーヴェのやりとりを影から見ていたギンガちゃんは、病院にいるスバルへとメールを書き始めた。
乗り気みたい、と短く書かれたそれを送信すると、彼女は溜息を吐く。
「やっぱり複雑?」
「それはもう。一度片腕を消し飛ばされてますからね、あの子には。
恨みがないって云ったら嘘になります。すごく痛かったんですから。
けどあの子も被害者で……って思っちゃうと、云われたように複雑な気持ちになります」
「ロジックじゃないからね、そこら辺。
そういう意味じゃ、割り切れるクイントさんは超人だ。
年の功、ってやつかなこれが」
「あ、そんなこと云ってるとお母さんが怒りますよ?
まだ若い、って本人は云ってるんですから」
「外見だけじゃん……魔導師の女は怖いよ」
「密告決定です」
「本当に止めて……」
がっくりと肩を落としつつ溜息。
数時間前まで顔を合わせていたあの人の様子を思い出し、ちょっとブルーに。
しかしギンガちゃんは苦笑すると、
「……大目に見てあげてください。
目が覚めたら十年近く時間が経ってたんです。
はしゃがなきゃ、きっと塞ぎ込んじゃうんですよ」
「……だろうね。
自分がそんな目に遭ったら、なんて考えたくもない」
「……まぁ、素で元気って可能性もあるんですけどね」
「それも有り得ないって云いきれない辺りがあの人の凄いところだよ」
病室で交わした会話を思い出し、思わず笑みを浮かべてしまう。
面倒見の良さ……なのかどうなのか。
あの人は俺のことを今でも子供扱いだ。それは俺だけじゃなくて、ギンガちゃんやスバルもなんだけれど。
……その面子に、ノーヴェが入ることはあり得るのか。
今はまだ分からない、としか云えないだろう。
クイントさんに返事をするつもりではあるのだろうけれど、それがどちらに転がるかはまだ分からない。
良い方に転がることばかり考えてちゃ、いざというとき何もできない……とは分かっている。
因縁やらなんやらを飛び越えて、なんてのはただの綺麗事。
けれど綺麗事だからこそ、それを実現すべく動く甲斐があるって信じている。
結局、何が一番良いのかと云えば、皆が笑っていることだろう。
それが実現できるのならば、少しぐらい骨を折っても惜しくはないさ。
出来ることと云ったら、ビデオレターの宅配とそれとなく更正プログラムを薦めることぐらいだけど。
「そういえばエスティマさん」
「ん?」
「お母さんに色々云われてましたけど……」
「婿にはならないからな」
「残念です」
そう云って、どこか妖しげにギンガちゃんは笑う。
「……そういう反応すると男は勘違いするから気を付けるように」
「そんなつもりはないんですけどね」
「俺は一途なの」
「ますます残念」
「……ああもう」
思わず額に手を当てて肩を落とす。
……そうしていると視線を感じてそちらを向けば、フィアットさんと目が合った。
『……ふん』
『ああああ、勘違いですよ!?』
慌てて取り繕うも、ぷいっと彼女は顔を背けてしまった。
どうしよう、と慌てていると背後からはくすくすと可笑しそうに笑うギンガちゃんの声が聞こえてくる。
……どうしてこうなった、と思わずにはいられない。