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No.7038の一覧
[0] リリカル in wonder Ⅱ【完結】[角煮](2010/05/11 14:32)
[1] カウントダウン5[角煮](2009/03/07 02:30)
[2] カウントダウン4[角煮](2009/03/12 10:38)
[3] カウントダウン3 前編[角煮](2009/03/30 21:47)
[4] カウントダウン3 後編[角煮](2009/03/30 21:49)
[5] カウントダウン2[角煮](2009/03/30 21:46)
[6] カウントダウン1[角煮](2009/04/25 13:06)
[7] カウントダウン0 前編[角煮](2009/05/06 20:21)
[8] カウントダウン0 後編[角煮](2009/05/06 20:23)
[9] sts 一話[角煮](2009/05/06 20:33)
[10] sts 二話[角煮](2009/05/20 12:15)
[11] 閑話sts[角煮](2009/05/20 12:15)
[12] sts 三話[角煮](2009/08/05 20:29)
[13] sts 四話[角煮](2009/08/05 20:30)
[14] sts 五話[角煮](2009/08/05 20:27)
[15] sts 六話[角煮](2009/08/09 11:48)
[16] sts 七話[角煮](2009/08/28 21:59)
[17] sts 八話[角煮](2009/08/20 21:57)
[18] sts 九話 上[角煮](2009/08/28 21:57)
[19] sts 九話 下[角煮](2009/09/09 22:36)
[20] 閑話sts 2[角煮](2009/09/09 22:37)
[21] sts 十話 上[角煮](2009/09/15 22:59)
[22] sts 十話 下[角煮](2009/09/25 02:59)
[23] sts 十一話[角煮](2009/09/25 03:00)
[24] sts 十二話[角煮](2009/09/29 23:10)
[25] sts 十三話[角煮](2009/10/17 01:52)
[26] sts 十四話[角煮](2009/10/17 01:52)
[27] sts 十五話 上[角煮](2009/10/17 01:51)
[28] sts 十五話 中[角煮](2009/10/21 04:15)
[29] sts 十五話 下[角煮](2009/11/02 03:53)
[30] sts 十六話 上[角煮](2009/11/10 13:43)
[31] sts 十六話 中[角煮](2009/11/19 23:28)
[32] sts 十六話 下[角煮](2009/11/27 22:58)
[33] ENDフラグ はやて[角煮](2009/12/01 23:24)
[34] ENDフラグ チンク[角煮](2009/12/15 00:21)
[35] ENDフラグ なのは[角煮](2010/01/15 15:13)
[36] ENDフラグ フェイト[角煮](2010/01/15 15:13)
[37] sts 十七話[角煮](2010/01/08 19:40)
[38] sts 十八話[角煮](2010/01/15 15:14)
[39] sts 十九話[角煮](2010/01/21 20:26)
[40] 幕間[角煮](2010/02/03 21:17)
[41] sts 二十話 加筆 修正[角煮](2010/02/03 21:18)
[42] sts 二十一話[角煮](2010/03/10 23:25)
[43] sts 二十二話[角煮](2010/03/11 19:00)
[44] sts 二十三話[角煮](2010/03/12 17:41)
[45] sts 二十四話[角煮](2010/03/13 18:23)
[46] エピローグ[角煮](2010/03/14 20:37)
[47] 後日談1 はやて[角煮](2010/03/18 20:44)
[48] はやてEND[角煮](2010/04/18 01:40)
[49] 後日談1 フェイト[角煮](2010/03/26 23:14)
[50] 後日談2 フェイト[角煮](2010/03/26 23:14)
[51] フェイトEND[角煮](2010/03/26 23:15)
[53] 後日談1 なのは[角煮](2010/04/19 01:27)
[54] 後日談2 なのは[角煮](2010/04/18 22:42)
[55] なのはEND?[角煮](2010/04/23 23:33)
[56] 後日談1 チンク[角煮](2010/04/23 23:33)
[57] 後日談2 チンク[角煮](2010/04/23 23:34)
[58] 後日談3 チンク[角煮](2010/04/23 23:34)
[59] チンクEND[角煮](2010/04/23 23:35)
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[7038] 後日談2 チンク
Name: 角煮◆904d8c10 ID:1e7f2ebc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/04/23 23:34

戦闘機人に関する区画を抜け、俺は売店で買ったお菓子の入った袋を揺らしながら、一般病棟へと向かっていた。
そこへ向かう理由は一つ。クイントさんが入院しているということもあるが、今日は別件だ。
こうして顔を見せるのは、四回目ぐらいだったか。
向かう先はプリウス・セダンの過ごしている病室だ。

以前、偶然で顔を合わせたあの子とは端技術医療センターにくる度に顔を見せるようにしていた。
特に親しいというわけではない。そして、何か特別な繋がりがあるというわけでもなし。
ただ、この施設に足を運ぶ度にどうしても空き時間ができてしまうため、それを埋めるために通い続けているのだ。

廊下を進み続けていると、ふと、その途中で見知った顔に気付き、こんにちは、と挨拶を。
向こうも俺に気付いたのか、小さく会釈を返してくれた。

「どうも、プレミオさん」

「またきてくれたのか。ありがとう、エスティマくん。
 娘も喜ぶ――と云いたいところだが、すまない。
 今はちょっと会えないんだ」

「検査か何かですか?」

「いや、風邪をこじらせてね。
 体力が落ちてるところに、だったから余裕がないんだ。
 悪いが、今はそっとしてやってくれないか」

プレミオさんの言葉に、微かな心配が胸の内から浮かび上がってくる。
何度か顔を合わせて、あの子の口から、身体がどんな状態か聞いているので気になってしまう。
が、俺よりもプレミオさんの方がよっぽど心配だろう。
なんてったって娘のことだ。俺みたいな部外者より、ずっとあの子を気遣っているだろうから。

「……そうですか。
 それじゃあこれ、差し入れです。
 売店で買ったので大した物じゃないですけど」

「ありがとう」

強引に笑みを作ってビニール袋を渡すと、彼は苦笑して受け取ってくれた。

「……エスティマくん、少し時間はあるかな?」

「はい。プリウスくんと話すつもりだったので、余裕はあります」

「そうか。
 ……すまないが、少し話し相手になってくれないかな」

「かまいませんよ」

応じると、俺たちは場所を移すことにする。
区画を抜けず、この近くにある食堂へ。
食堂とは云っても大袈裟なものではなく、患者が生ものを保存するために冷蔵庫が置いてある、こじんまりとした所だ。
幸いにも先客はいないみたいだった。
椅子を引いて対面になるよう、俺とプレミオさんは腰を下ろす。

するとややあってから、彼はゆっくり口を開いた。

「……あの子の身体がどんな状態なのか、聞いてるね」

「……大雑把には。
 病気の類にはかかっていないけれど、何度も手術をしたせいで体力が落ちてるって」

「ああ、それで間違ってない。
 そんな状態で風邪を引いて……ただの風邪だっていうのに、あそこまで衰弱するとは思わなかった。
 ……人は、存外脆いものなんだな」

自嘲するように、プレミオさんは苦笑する。
その表情の中に微かな黒さが覗いていることに、俺は気付いてしまった。
……その感情を、俺は知っている。
無力感だ。自分には何もできないと思い知らされた人間が誰しも抱く、自分自身への失望。
身に覚えがあるからこそ、すぐに気付くことができた。

だが、とも思う。
確かに娘さんが苦しんでいるのならばそう思うのも無理はない。
俺だってシグナムが危篤、なんて聞かされたら似たような表情をするだろう。
……そう、この人が今抱いている感情は、重いんだ。

そのことから、風邪とは云えどもプリウスくんが危険な状態であることを察することができた。
だが、俺にはどんな言葉をかけて良いのか分からない。
元気を出して。頑張って。そんな言葉がなんの慰めになるというのだろう。
深く沈んだ感情に対する慰めは、逆鱗に触れるようなものだ。
何故なら、無力感を抱いている人間は何かしらその捌け口を求めているから。
八つ当たりがその最たる例で……話を聞いてくれと頼んできたこの人は、そうしない分大人だと云える。

「君も知っての通り、あの子は前まで、陸士の訓練校に通っていたんだ。
 健気なものでね。魔法が使えるなら、お父さんみたいに管理局で人の役に立ちたいと云っていたよ。
 事務方ならともかく、魔導師であれば現場に出る必要があり、多かれ少なかれ危険な目には遭う。
 だから私としてはあまり勧めたくはなかった……けれど、あの子の云ってくれたことが嬉しくて、結局は訓練校への入学を許してしまった」

俺はただ黙ってプレミオさんの話を聞く。
彼が口にする言葉は会話をしていると云うよりも、独り言に近い。
話の趣旨が見えないとは思うものの、今は聞き役に徹するのが一番だろう。

「順調だった、とは思う。訓練校での成績も悪くはなかった。
 執務官なんかのエリートコースは歩めないにしても、捜査官としてならそれなりの魔導師になれただろう。
 ……そんなところまで私に似なくても良いのにな。
 それでも娘は自分の才能に不満を云うこともなく、日々を送り続けていたよ。
 ……それが終わったのは、マリアージュ事件と呼ばれている、あの騒動が切っ掛けだ」

そこまで云って、プレミオさんは俯きがちだった顔を上げ、まっすぐに俺を見る。
視線はこちらに向いているものの、彼は何を見ているのか。
虚ろというよりは疲れ果てた瞳を、彼は伏せた。

「あの日、プリウスは休暇ということで家に戻ってきていた。
 家族三人が久々に揃うということで、外食をしようという話になっていてね。
 待ち合わせは沿岸地区の繁華街だった。あの近くにはマリンガーデンを中心に、賑やかだっただろう?
 今は、破壊されて復興中だがね」

……話がようやく見えてきた。
この人が話したいこととはつまり、

「そう、破壊されたんだ。不意に起こった結社のテロ。
 設立宣言のときと同じように連中は民間人へ逃げるように云っていたようだが、避難が完了する間もなくガジェットの襲撃が始まった。
 その中を娘と妻は逃げててね。生憎と私はその頃、仕事先から待ち合わせ場所へ移動している最中だったんだ。
 ……私が現場にたどり着いたときには、すべてが終わっていたよ。
 戦闘機人は撤退し、ガジェットは全機撃破。私にできたことと云えば、娘と妻の行方を捜すことぐらいだった」

「……あの戦いが後手に回ったのは、認めます」

「……君を責めるつもりはないんだ。こんな話を聞かせているのだから、信じてもらえないかもしれないが。
 私も前線に出るタイプの魔導師だ。不慮の大規模テロに対して、火消し以外の対抗手段がないことは理解している。
 恨んではいないよ」

どこか割り切った風に、プレミオさんは言い切った。
台詞とは裏腹に、声色には苦みが混じっている。
納得など、できはしないだろう。

「……話を戻そう。
 駆け回ってようやく娘と再会できたら、あの子はまともに会話もできないような状態だったよ。
 マリアージュ……量産型の戦闘機人に襲われて、生きていただけでも僥倖なのだろうが。
 ……長い髪が綺麗だったんだ、あの子は」

だが今、プリウスくんの髪は中性的――酷く、短い。
つまりは、頭蓋を切開する必要があったのか。
いや、マリアージュの戦闘に巻き込まれたのなら、それでは済まないだろう。
身体が弱っているのはそういうことなのだろうと、一人納得する。

戦闘能力に関して云えば、あれはガジェットよりも遙かに強力な兵器だった。
酷い云い方をするならば、殺されて、屍兵器であるマリアージュにならなかっただけマシ、といったところだろう。
無論、そんなことをプレミオさんに云えるわけがないけれど。

そこまで考え、嫌な予感が脳裏を過ぎる。
話に出てきた奥さんを、俺は見たことがない。
そしてプリウスくんがマリアージュに襲われたということは、近くにいた奥さんは――おそらく、兵器として殲滅されたのか。

云いようのない罪悪感が、胸の内に宿り始める。
あの事件そのものは仕方がなかったことだろう。
仕方がなかった――のか?
自分の考えに疑問を抱いた瞬間、口の中に苦みが広がった。

……俺は、何かを忘れているんじゃないだろうか。
根拠もない不安が滲み出してくる。
それに対し気を回そうとした瞬間にプレミオさんが話を再会したため、俺は疑問を頭の隅に追いやった。

「あの子はなんとか一命を取り留めたが、瀕死の状態であることに代わりはない。
 この前は勝手に歩き回っていたが、本当なら回復した今も病室を出ることすら許されない。
 それなのに私は元気だから――と、強がってな。
 ……目の前であいつが殺されたところを見ているはずなのに」

「……強い子ですね」

「……ああ。本当にな」

そこまで云って、いかんな、と彼は苦笑した。

「すまない。こんな話をするつもりじゃなかったんだ。
 あの子の境遇を知ってもらった上で、君に礼を云いたかったんだよ」

「礼、ですか?」

「ああ。結社を潰してくれて、ありがとう。
 本当なら私の手でやりたかった……その力がないと、十分に理解しているが。
 あの子が君を慕っている理由も、おそらくそれだ。
 ……すまないが、飽きずにまた足を運んでくれると嬉しい」

「こんな話を聞いたら、嫌とは云えませんよ。
 あの子が元気になるまで、付き合いましょう」

「……ありがとう」

先ほどまで浮かべていたどの表情とも違う、柔らかな笑みを彼は浮かべる。
今までのが憎悪と自嘲ならば、今は娘を思いやる父親の笑みだ。
……愛し愛され、といったところなんだろう。
プリウスくんは父親に支えられて、この人はただ一つ残った拠り所に支えられている。

不幸であることに違いはないのだろうけれど、そう断じてしまうのは気が咎めてしまう。
そんな家族の在り方――

『申し訳ありません、旦那様。
 今すぐここを離れてください』

『どうした?』

珍しくSeven Starsが焦ったような念話を向けてくる。
表情を変えずに問い返すと、再びSeven Starsは謝った。

『先ほど、チンクから私に念話が届いたのです。
 今、どこにいるのかと。旦那様を驚かせたかったらしく教えるなと云われて』

『……確かに、不味い』

俺が不味いと云ったのは驚かせる云々ではなく、目の前にいるプレミオさんだ。
局員である彼が――それも前線に出るタイプの魔導師である彼が、戦闘機人の顔を知らないわけがない。
今聞いたばかりの話から彼の心情を察するに、フィアットさんと顔を合わせたら……なんて考えたくもない。

「すみません、急ぎの用事ができました。
 今日はこの辺で。またきます」

「ん、ああ。
 またきてくれるのを、待ってるよ」

急いで席を立つと、俺はそのまま早足で食堂を後にした。
その瞬間だ。曲がり角から顔を出てきたフィアットさんと鉢合わせして、思わず目を見開く。
だがそれは彼女も同じで、目をパチパチと瞬いていた。

「き、奇遇だなエスティ――」

「ここじゃなんだから急いで離れますよ!」

「む、おい待て、私は荷物じゃないんだぞ脇に抱えるな!」

フィアットさんの叫びをガン無視しつつ、俺は駆け足で廊下を進む。
じたばたと暴れるこの人に色々と申し訳なさを感じつつも、降ろすわけにはいかなかった。


















エスティマを見送ろうと思って――そのつもりだけだった。
しかし、食堂を出たエスティマがすぐに鉢合わせした少女を目にし、プレミオは目を細めてしまう。
――知っている。確か、ナンバーズのⅤ番だったか。

仲が良いのかもしれない。
小脇に抱えられた少女へと視線を注ぎながら、彼は歯を食いしばった。

妻と娘の仇とも云える存在を、プレミオは忘れたことがない。
エスティマに云ったことは事実だ。
彼が前線に出たところで、おそらく相手にしてもらえなかっただろう。それは十分に理解している。

だが事実とは別に、彼は想像の中で戦闘機人、そしてスカリエッティや機械兵器をどうしてやろうかと、ずっと考えていた。
そうでもしなければ耐えられなかったのだ。
生涯の伴侶と定めた妻は殺され、娘は治るかも分からない怪我を負って人生を狂わされた。
その悲しみから逃れるためには、憎悪を燃やして現実から逃れるしかなかったのだ。
そうでもしなければ、きっと自分は狂っていた。そんな自覚がある。

――だが、すべては終わったことだ。
憎悪していたのは確か。八つ裂きにしてやりたかったのも確か。
今も恨みが消えていないのも偽りではない。

しかし管理局の局員として、彼女ら戦闘機人が犠牲者であるとも理解はしている。
だからこそ彼はチンクの姿を目にしても、エスティマを引き留めようとは思わなかった。
おそらく彼は、戦闘機人がここに顔を出すと気付いて席を立ったのだろう。
今は憎悪よりも、彼に気を遣わせてしまったことの方が申し訳ない。

恩人、というわけではないが、結社を打倒したエスティマに対して、プレミオは感謝している。
それだけではなく娘を元気付けてくれている今、どれだけ感謝してもし足りないぐらいだ。

――プレミオは知っている。もう二度とプリウスが魔導師にはなれないことを。
娘には知らせていないことだったが、保護者である彼は医師の口から聞かされていた。
……云えるわけがない。もう一生、五体満足に管理局の魔導師として働くことはできないなどと。
娘の夢は本人の気付かないところで潰えて、どんなに努力をしようとも、もう以前の状態に戻ることはできない。
だがプレミオはどうしてもそれを娘に伝えることができなくて――そして娘は、リハビリさえ頑張れば、と思っている。
そんな娘に、どうして夢を諦めろと云えるのだろうか。
そしてその娘を元気付けてくれる彼を、どうして恨むことができるだろうか。

何度も言うようだが、プレミオの憎悪は枯れたわけではない。
しかし、彼にとって過去はそれほど重要ではない。
連中を八つ裂きにして妻が戻ってるならそうしよう、とは思う。
娘の身体が元に戻るのならば、皆殺しにしてやろう、とは思う。

だがそんな意味の分からない理屈が実現するわけがない。
ならば今、自分が行うべきことは憎悪を燃やすことではなく、残った宝物である娘の無事を祈ることだろう。




















リリカル in wonder

   ―After―



















「乙女をいきなり脇に抱えるとはどういう了見だエスティマ。
 お前には私がスカートをはいているのが見えないのか?」

「いや、分かってます。
 分かってますけれど、俺の方にも谷よりも海よりもブラックホールよりも深い理由があったんですって」

「ならそれを云ってみろ。
 納得できる理由なら、大目に見てやらないこともない」

「……結局、許さないってことなんです?」

「……お前は、その……私の下着が見られても良いと思っているのか?」

「いえ、全然」

「ならば理解しろ馬鹿!」

臍を曲げたフィアットさんの怒りを宥めるためにすみませんすみませんと平謝り。
けれど流石に扱いが扱いだったからか、かなりお冠のようだ。

「それで、理由は?」

「……俺がさっきまで会って話していた人、結社が行ったテロの犠牲者なんです。
 手を下したのはナンバーズじゃなくてマリアージュですけど……あの人からすれば、大差ないでしょう」

「……そうか」

嘘は吐きたくなかったため本当のことを口にしたのは良いものの、やはりフィアットさんの表情は曇ってしまった。
当然だろう。自分が行ったわけではないとはいえ、関与はしていた。
それをまったく関係がないと開き直る。この人はそんなことができないと、俺は知っている。

正しく罪を償いたい、とフィアットさんは以前云っていた。
こうして表情を曇らせるのはその約束を履行していることの証明でもある。
自分の犯した罪から逃げない、という。

それを良いことだと思うと同時に、プレミオさんと話をしていた時に覚えた苦みが、再び広がり、根拠のない焦燥が煮え立つ。
だが、自分でも意味の分からない感情を吐き出す手段など存在しない。
湧き出す衝動へ強引に蓋をしながら、俺は手を握り締めた。

「……謝ってこよう」

「……止めた方が良いでしょう。
 プレミオさん……っていうんですけど、あの人、事件のことを乗り越えようとしてましたから。
 謝るなら、傷跡が癒えてからが無難ですよ」

「だが……!」

「今謝りに行ったって、刺激するだけでどちらも傷付きます。
 ……それじゃ、あなたの自己満足で終わってしまう。そうでしょう?」

「……ああ」

参った、とフィアットさんは額に手を当てる。
そして前髪を微かに握ると、溜息を吐いた。

「……お前は、優しいのか厳しいのか、たまに分からなくなるよ」

「それぐらいの距離感が丁度良いって思います。
 今は、まだ」

「……そうか」

呟き、フィアットさんは縋るような瞳を向けてきて――逸らした。
何かを耐えるように口を引き結ぶと、暗い表情を一転させて苦笑する。

「さて、仕事に戻ろう。
 こんなところで油を売っていたら時間が惜しい」

「そうですね」

笑いかけ、俺はフィアットさんと並んで歩き出す。
彼女の云った仕事とは、そのまま管理局の仕事だ。
俺の監視下で、彼女は今日々を過ごしている。

俺の下ではなくちゃんとした部隊に振り分けて、という方法も取れたのだが、そこは俺のワガママで。
この人が口にした罪を償うという約束が果たされているかどうか、この目で見届け、見守りたい。
だからフィアットさんと俺は書類上はともかく、執務官と執務官補佐のようにコンビを組んでいると云って良い。

仕事の内容は多岐に渡る。
災害救助から犯罪者の逮捕まで。
それらを一つ一つ着実にこなしながら、この人は社会へと適応すべく努力している。

終わりはまだ遠い。
けれど確実に、この人は自身が望んだ人でありたいという願いに近付いていると、俺は思う。






















先端技術医療センターの中にある、病室の一つ。
部屋の入り口にはクイント・ナカジマとプレートが入れられており、その通りに、部屋の中には彼女がいた。
彼女の介護のため、スバルは六課が解散してから毎日この場所に入り浸っている。
病室にいるために退屈な毎日を送っている――というわけではない。
目が覚めた母は十年の歳月を埋めようとするかのように、雑誌やらなんやらを乱読して、スバルを質問攻めにする。
だがそれは、混乱からではないのだろう。自分の知らないことがいつの間にか増えていて、単純にそれを楽しんでいる子供のような。

記憶の中にあった母や優しくて強くて――そんな印象をずっと抱いていたが、どうやら違ったみたい、とは最近になってスバルが思ったことである。
だがそれも無理はないのかもしれない。
当時の自分たちはまだ子供で、母は大人としてそれらしく接してくれていたのだろう。
当時のは、今でも見ることがある。
しかしそれ以上に、今の母はちょっと年上のお姉さん、といった感じが強い。
それもまた、時間が経てば変わるのかもしれないけれど。

「うん、よし。今回はこれぐらいで。
 スバル、上手く撮れた?」

「あ、うん。大丈夫だよお母さん」

唐突にかけられた声に、スバルは意識を引き戻した。
今、母は捕らえられたナンバーズに向けてのビデオレターを録画していた。
つい最近になって始まったそのやりとりは、これで五度目ぐらいだろうか。

ノーヴェという名の戦闘機人に対して、スバルは複雑な感情を抱いている。
姉を傷付けられた。母のリボルバーナックルをずっと奪っていた。
そんな負の面である感情があると同時に、彼女が母に執着していることも知っている。
悪ではあったと思うものの、ノーヴェの動力源と云えた願いが分からないわけではないため憎みきれない。
それに、結局最後の戦いでノーヴェとは言葉らしい言葉を交わすことができなかったから。

彼女が母に対して執着を抱いている、というのは推察にしか過ぎない。
実際に彼女がどんなつもりで戦っていたのかを、スバルは一切知らなかった。
出来ることなら腹を割って話をしてみたかった。そんな後悔が、ずっとスバルの胸に燻っている。

だがそのチャンスはしばらく訪れないだろう。
今はまだ、母がノーヴェから送られてくるビデオレターを見て、彼女の人となりを判断している段階だ。
意地悪なことに母は動画を一切見せてくれないので、結局、スバルはノーヴェのことを分からないまま。

彼女から送られてくるビデオレターを見た後は決まって母の機嫌が良いから、悪い内容ではないのだろう。
それが余計に、悔しかったり。ノーヴェと話したい、ということと共に、なんだか母の関心があっちに向いてしまっているような気がして。

そこまで考え、やめやめ、とスバルは頭を振る。
今はじっくりとノーヴェが心を開いてくれるまで待つしかないのだから、何かを考えたところで意味はない。
考える必要があることと云ったら、いつかきっと訪れると信じている対話の時に、何を話すのか、というぐらいだろう。

……対話、か。
対面して話し合う。その行動が必要であるのは、今のスバルにとってノーヴェだけではなかった。
気まずさだけで云うならば、おそらくもう片方の方が上かもしれない。
どんな風に話しかければ良いのか、さっぱり分からない。

「……スバル、どうしたの?
 なんだか顔色が優れないけど」

「あ、うん……」

なんでもない、と返そうとしていつの間にか俯いていた顔を上げると、心配そうな瞳に出迎えられた。
それを前にして嘘を吐くことはできず、言いづらいと思いながらも、スバルは口を開く。

「……エスティマさんに、どう謝ろうかなって」

「まだ謝ってなかったの?」

あらあら、とクイントは苦笑する。
一応、というレベルだが、クイントはスバルとエスティマの間に確執があったことを知っている。
今からすれば信じられない話だが、当時、スバルはエスティマのことを『おにーさん』と呼んで慕っていたのだ。
それが目を覚ませば気まずさ大爆発状態だったのだから、不思議に思うなという方が無理だろう。

だがクイントが認識している以上に――スバルは――勘違いとは云え二人の間に生まれてしまった溝が深いと思っている。
当たり前のことだろう。事実をすべて明るみに出してみれば、自分はずっとエスティマを逆恨みしていた。
母を奪い去ったのは彼ではなく結社。守ってくれなかったのは確かなのかもしれない。けれど、決して彼のせいではない。
彼が全面的に悪くないわけでもない。逆恨みであり誤解でしかなかったのに、彼はそれを解こうとはしなかったわけだし。
だがそんなのは言い訳だ。悪いことをしたら謝る。子供が第一に教えられるような理屈だが、それはある意味単純であるが故に真理だろう。

そう、彼には悪いことをしたとスバルは思っている。
だからこそ謝りたいと思っているのだが――

「一言謝れば、許してくれない子じゃないわよ?」

「分かってる」

……母からすれば、エスティマは坊や扱いだ。
目覚める前は子供だった、ということもあるのだろうが、やはり母にとって子供は子供という認識なのだろう。

「私もそう思うよ。エスティマさん、優しいから。
 それに誤解をずっと解かなかったのは自分が悪いと思っていたからだし。
 けど……何か間違ってるかもしれないけど、簡単には許してもらいたくないの。
 悪いことをしたって、私は思ってる。だから簡単に許されちゃいけない気がするの」

「……そう。気持ちは分からなくもないわ」

そう云い、おいで、とクイントはスバルを手招く。
椅子を引きずってベッドに座っているクイントに近付くと、優しい手つきで頭に手が乗せられた。
まだ回復しきっていない指は細く、丸みを帯びていない。
けれど髪を梳く動きは繊細で、慈しみが見て取れた。

「……少し悔しいわね。大人になっちゃうのは嬉しいけど寂しい。
 私の手でここまで育てたかったって思っちゃう」

「……お母さん」

「残念だけど、ね。仕方がないことだもの。
 ……それにしても、スバルはそういうところ、相変わらずなのね」

云われて、そうだったかな、と首を傾げる。
その様子に何を思ったのか、クイントは苦笑した。

「元々あなたは争いごとが嫌いだったでしょう?
 だからある意味、あなたが魔導師として……そして戦闘機人の力を使って戦っていることが、一番の驚きよ。
 それでも根っこの部分は変わらないものなのね」

「……そう、なのかな」

「そうよ。あなたは争いごとが嫌いな分、悪いことをしたと思ったら、ちゃんと謝ることのできる子だった。
 自分がどうして悪かったのかを、分かってたもの。子供なりにね。
 ちょっと勘違いした方向に成長したみたいだけど、良いところが残っててお母さんは嬉しいわよ」

とは云われても、少し複雑。
子供の頃からそうだったと云われても、結局、どうエスティマに謝れば良いのかなんてさっぱり分からない。
などと思っていると――

「悪いと思っているのなら、もう手段は一つしかないわスバル」

「……えっと、お母さん。なんだか急に楽しそうな顔に。
 結構真面目な空気だったと思うんだけど」

「もう嫁に行くしかないわ!」

「どうしてそうなるの!? 超展開って云うんだよそれ!
 っていうかまだ諦めてなかったの!?」

「当たり前よ。諦められるわけないでしょう。
 ギンガとスバルをよろしくって頼んだのに、あの子は……盛大に意味を取り違えてっ」

「いや、エスティマさんの受け取り方が普通だと思う……」

「むぅ……ギンガもスバルも乗り気じゃないのね」

「まぁ、それは……」

端から見て、恋人らしい人がいつも隣にいるし。
てっきりスバルは――というかフォワード全員は八神はやてとくっつくものだと思っていたが、予想は大外れ。
六課が解散するときの宴会で聞いた話だが、エスティマとナンバーズのⅤ番は随分と前から知り合っていたらしい。
それだったら八神小隊長とくっつかなかったのも頷ける、とあの時は思ったものだ。

敵味方に別れて、なんてベタすぎるけれど現実ではそうそう起こり得ないことだろう。
そういう話もあるんだなー、と錆び付いてるスバルの乙女回路ですらロマンチックだと思ってしまった。
ロマンチックにしては血と硝煙と魔力光に満ちてる運命だけれど。

そこに割り込むのは普通に気が引ける。
というか、そもそも自分はそんな風にエスティマを見たことがないのだし。
姉は姉でどうなのかは知らないけれど。

「ともかく、その話は放り投げて」

「……うう、私の素敵家族計画が」

「どうすれば良いのかな……」

スバルが頭を悩ませていると、不意に病室のドアがノックされた。
はーい、と返せば、やや遠慮がちにスライド式の扉が開かれる。

「こんにちはー。お見舞いにきました」

「ティア!」

姿を現したのはティアナだ。
私服姿で紙袋を手に提げた彼女は、後ろ手に扉を閉めるとクイントの下へ近付いてくる。

「これ、お土産です。
 ロールケーキなので、痛まない内に食べちゃってください」

「あらありがとう。
 そうね……じゃあ早速頂いちゃおうかしら。スバル、切ってくれる?」

「うん、分かった」

頷くと、スバルはティアナから紙袋を受け取った。
早速袋に入っている箱を取り出して開けると、中からはフルーツロールが出てくる。
箱に印刷されていた店名を目にして、先端技術医療センターの近くにあるお店、と思い出した。

「ここの美味しいんだよねー。
 でも、ちょっと高かった気がする。
 ごめんね、ティア」

「別に気にしなくても良いわよ。私も食べたかったし。
 ……あ、そうだクイントさん。具合はどうですか?」

「私としては早く退院したいんだけど、主人がゆっくりしろってうるさくてね。
 ここじゃ走り回ることも組み手もできないもの」

「……元気、みたいですね」

呆れた顔をしながら、ティアナは苦笑する。
彼女の反応は頭のおかしいことに、クイントの見舞いにきた者がする普通の反応だった。

対応を見れば分かるとおり、クイントとティアナは初対面ではない。
六課が解散する際にスバルが云っていたように、目を覚ましてからすぐ、ティアナはスバルによって紹介された。
見舞いにきたスバルの友達一号、ということもあってクイントは彼女のことを気に入っているらしい。

「そういうティアナちゃんの方はどう?
 空隊の試験、受かったんでしょう?」

「はい、信じられないことに受かっちゃいました。
 ……おかしな話ですよ。前は駄目だったのに今は大丈夫だなんて。
 空戦の適正そのものは何も変わってないはずなのに」

納得できない、という風にティアナは眉根を寄せる。
するとクイントはやや真面目な表情を作り、そうねぇ、と思い出すような口調となった。

「適正は変わっていなくても、魔力の操作技術は上がったんでしょう。
 ええっと、確か、六課だったかしら?
 そこで教導官さんに磨いてもらった技術は、飛行魔法の制御にも生きる。
 それに、飛行魔法を使うときは、いくらかマルチタスクを回さないとだし。
 そういった基礎が固まっていることを認められたんじゃないかしら」

「だと、嬉しいです。努力が報われたみたいで。
 それにしても、詳しいんですね」

「所属していた部隊の隊長が空戦魔導師でね。
 茶飲み話に聞いたことがあったのよ」

「部隊というと三課……ロングアーチ00の人ですか」

「あ、切り終わったよー」

はいどうぞー、とロールケーキを差し出すスバルだが、既に彼女は口にケーキを放り込んでいる。
呆れた視線をティアナに向けられながら、まったく、と溜息を吐かれた。

「ともあれ、私はヒヨっ子に逆戻り。
 しばらくは訓練生として頑張ることになりそうです」

「うんうん。若い内はなんでもやってみるものよ。
 まだまだ先は長いんだから冒険してみないとね」

「ん、美味しいわねこれ。
 スポンジは柔らかいし、クリームはしつこくないし」

「ええ。だから、結構人気みたいです。
 あー、買って良かったなぁ」

もくもくとロールケーキを頬張る二人を眺めつつ、残りはどうしよう、と考えるスバル。
美味しいというのは決して嘘じゃないため、ギンガやゲンヤにも食べさせたいけれど、もう一切れ、二切れ、食べたい。
……あ、そっか。また買ってくれば良いんだ。

頭に花を咲かせつつ天啓が舞い降りた気分になるスバル。
そうしていると、そうそう、とクイントが声を発した。

「ティアナちゃん、ちょっと相談に乗ってあげて欲しいの」

「なんですか?」

「スバルったら、エスティマくんにどう謝ったら良いかって困っちゃってて――」

「お、お母さん!? ティアにまで云わなくても良いじゃない!」

「……今更でしょうが。そんな慌てることでもないわよ」

まったく、とティアナは苦笑する。
それもそうだ。何があったのかは詳しく話していないものの、ティアナは自分とエスティマの間に確執があったことを知っている。
六課ではそのことで迷惑もかけた。
だから隠す必要はないと思っているものの……どうにも、気恥ずかしい。

「部隊長のことだから、許してくれるわよ」

自然に、ティアナはエスティマのことを部隊長と云う。
意識して口にしたわけではないのだろう。だが、ティアナは部隊長と、エスティマさん、という呼び方をごっちゃにしていた。
ティアナももう六課は解散したと分かっているはずだ。
けれど彼女にとってのエスティマは、六課でのイメージが強いのだろう。
そんな風に、スバルは考えている。

「そうなんだけど……なんだか、簡単に許されそうで、ちょっと」

「……気難しいこと考えてるのね。
 アンタらしいというか、らしくないというか」

「うぅ……」

「じゃあまぁ、そこから一歩踏み込んで考えてみましょうか」

阿吽の呼吸と云うべきか、ティアナはすぐに相方の意思を汲み取る。

「簡単に許されたくない、ってのは分かったわ。
 それで、アンタはどうしたいの?」

「どう、って……さっきから云ってるように」

「ああそうじゃなくて、アンタがどうしたいかなのよ。
 ぶっちゃけると自己満足だしね、これ。
 エスティマさんが簡単に許すんなら、それはともかくとして、謝罪以上の何かをアンタの方からすれば良いんじゃない?」

「おお、すごいよティア!」

「で、考えは?」

「……ありません」

「……うん。クイントさんの前で云うのもアレだけど、馬鹿ねアンタ」

「ウチの娘がどうもすみません……」

「いえいえ……」

小芝居を開始したクイントとティアナだが、スバルからしたらどうしたら良いのかさっぱり分からない。
頭を悩ませても、いまいちピンとしたものが飛び出てこないのだった。

「……ティア、参考に聞かせて。
 ティアが私の立場で、私と同じことを考えてたら、どうするの?」

「え? そうねぇ……」

ティアナは首を傾げつつ、顎に手をやって考え始める。
悩み初めたからか、徐々に眉根が寄ってゆく。
そして何かを思い付いたように目を見開くと、次いで顔を真っ赤にした。

「何かあった?」

「な、なんでもないわ……」

「え、いや、今何か思い付いたような……」

「こういうのはアンタが頭悩ませてこそ価値があることでしょ!?
 私に頼るんじゃないわよ!」

「そ、そうだね」

正論で吹っ飛ばされた。
再び自分で考えてみるものの、結局アイディアらしいアイディアは出ない。
そもそも誰かに何かをしたい、というのはあまり経験したことがないのだから仕方がないのかもしれないけれど。

「もうこうなったらお嫁に行くしか……」

「お母さんしつこい……」

……本当に、どうしよう。

「じゃあほら、プレゼントとかどう?」

「物ってのも、なんだか現金だと思う……」

「まぁね。けど、他にアイディアがないんだったらしょうがないんじゃない?」

「んー……それに、何をあげたら喜ぶか、分からないし」

「そこはほら……人に聞けば良いのよ。
 八神小隊長に、なのはさん。それにフェイトさん。
 男の人だったら、確かユーノさん、ってお兄さんがいたじゃない? それにザフィーラ」

「うーん……」

ティアナに勧められても、スバルが表情を輝かせることはなかった。
その時、彼女は気付かなかったが、密かにマッハキャリバーはデバイスコアを瞬かせていた。


























今日の仕事が終わると、チンクはエスティマと共に海上収容施設へと戻っていた。
現在、チンクにとって家と云える場所はあそこだ。
まだ観察保護の段階なので、とてもじゃないが住み家を自分で用意して、など許されない。
なので朝はここから出てエスティマと共に仕事をし帰宅するという毎日が続いている。

移動手段はバスだ。エスティマは自動車免許も車も持っていないため、公共の交通機関を使っている。
普通は護送車で送られるそうだが、そうされていないのは、エスティマならば逃がさないと信頼されているからか。

海上収容施設まで伸びているバス路線は、今乗っているこの便だけ。
本数もそう多くはない。半ば働いている職員のために動いているようなものだろう。
そしてこの時間に海上収容施設へ向かう者は数少なく、車内はほぼ貸し切り状態となっていた。

優先席のソファー、その背もたれに背中を預けながら、チンクは向かいにある窓を見上げる。
だが背の低い彼女は外の景色を見ることができず、自然と、目に入るものは茜色に染まる夕空のみ。
海上を真っ直ぐに伸びているこの道は、当たり前のように周りを囲む建物が存在しない。

なので目に映る空は広く、橙色の空はどこか幻想的ですらあった。
バスの揺れと音。自分とエスティマだけという状況。運転手はいるものの、機械的に職務を果たしているのであまり意識をせずに済む。
仕事を終えた軽い倦怠感と疲労も相まって、この風景を、チンクはどこか夢心地に捉えていた。

行き先は海上収容施設。
それは分かっているものの、このバスはどこへ向かうのだろう。そんなことを考える。
自分と彼を乗せてどこか知らないところへ。ディエチではないが、旅行に行ってみたい、などとつい思ってしまった。

『チンク』

「……なんだ?」

声をかけられ、彼女はエスティマへと視線を向けた。
すると、いつの間にか彼は首を折りながらうとうととしている。
監視が寝てどうする、と思わず苦笑してしまう。

声をかけてきたのは彼ではない。それはチンクも分かっている。
彼の胸元に下がっているデバイスに視線を注ぐと、チカチカとデバイスコアが瞬いた。

『一度あなたと話をしてみたかったので、この機会にと』

「そうか。デバイスに話しかけられるというのも変な気分だ」

デバイスとは、もっと機械的で持ち主の補助に徹するものという印象を、チンクは抱いている。
そしてそれは一般的な認識で、おそらくこのデバイスは特別に情緒が豊かなのだろう。
エスティマの相方として在り続けたからなのか。それとも、この機体が特別なのか。
流石にそこまでは、分からなかったが。

『私は旦那様と共に在り続けたため、あなたがなんのつもりで罪を償おうとしているのか知っています。
 そこで一つ、質問を。あなたはどうしてそんなことを思い描いたのですか?』

「……どうして、か」

理由になってない理由なら、即座に口にすることはできる。
エスティマが起きていたら気恥ずかしさが先に立って口にはできないものの、それは、好きだから。
この男が好きだから、この男の側にいたいから、罪に塗れたこの身を濯いで、と。
人として生きたい、というのも、根幹にはそれがある。
妹たちへの願いとは別に、チンク個人の望みとして、彼女はエスティマと共にいたいがために贖罪の道を選んだ。

ともあれ、どうしてそれを思い描いたのか。
その問いに対する答えは、一体なんなのだろう。

『戦闘機人であるあなたが、管理局員である旦那様と共にいることは不可能ではないものの、困難であることに違いはありません。
 今日あなたが知った通り、結社へ恨みを持つ人間はいくらでもいます。
 プレミオさんのように怒りを自制できる人間がいれば、おそらく出来ない人間もいることでしょう。
 それを前にして、あなたは旦那様の気持ちを裏切らないと断言できますか?
 あなたが思い描いたその夢を、諦めないと云い切れますか?』

「……ああ」

『失礼しました。口で云うのは容易いですからね』

「辛辣だな」

『申し訳ありません。ですが、旦那様は厳しさを見せながらも、あなたに疑いを持ってはいません。
 だからこそ、私があなたを疑いたいと思います。この人のために。
 今私が云ったように、口ではどうとでも云えます。なので、この会話は無駄なのかもしれません。
 ですが、いざその時がきたとき、あなたが何をもって裏切らないのか……それを、確かめたいと思っています』

「……裏切り、か」

Seven Starsにそのつもりはなかったのだろうが、チンクにとって裏切りという単語は古傷を抉る代物だ。
過去、自分はエスティマの気持ちを裏切ったことがある。
敵味方、というのはこの際無視だ。自分は、向けられている好意や信頼に気付きながらも、彼の気持ちを踏みにじるようなことをした。
仕方がなかったと云うこともできる。だが行いそのものは悪であり、だからこそ今でもチンクにとっての古傷なのだ。

「……約束は違わない。正しく罪を償う。
 そして待ってくれているエスティマに追い付き、ずっと共にいて、子供を産んでやる。
 それがエスティマと契った言葉だ」

『……云ってて恥ずかしくないのですか?』

「お前が云わせたのだろう!」

まるで笑うように、Seven Starsはデバイスコアを瞬かせた。

『ではそれをもって、あなたに打ち込んだ楔としましょう。
 忘れてはいけませんよ。もしそれを破ったとき、他の誰が何を思うと、私はあなたを許しません』

断固たる口調で、Seven Starsはそう言い切る。
デバイスに何ができるのか。そんなことを、チンクは思わない。
あのエスティマのデバイスだ。すると云うならば言葉を違えることはないだろう。

「……ああ。忘れないよ」

応え、チンクは投げ出されているエスティマの手に、そっと自分の手を重ねた。
自分のよりもずっと大きな手は、武器を握り続けたせいかひび割れ、皮膚が分厚い。
その感触を愛おしげに撫でながら、そうとも、とチンクは一人頷いた。









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